Fate/false protagonist   作:破月

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Kapitel 8-3

(side : ■■■)

 

 

 

 

――――それは、夢か現か。

 

 

『貴方が、私のマスターか』

 

 

その問いを口にしたのは、もう何度目になるだろう。少なくとも、一度や二度でない事は確かだ。

 

 

― ―

 

 

一度目の召喚、目の前には白雪の姫と、草臥れたコートの男の二人がいた。絶望的に反りの合わないマスターと、その奥方。当然、コミュニケーションなど取れる訳もなく、最後の最後で男は私を裏切った。二度目も、同じ光景。光の奔流が穏やかになった、その先に、姫と男がいた。違ったのは、その奥にもう一人、どことなくマスターである男と似た容姿の男がいた事だ。その男がマスターと私の仲を取り持ってくれたお陰で、前回よりはマスターと会話が出来たと思う。しかし、それでも結末は変わらない。二度目も私はあの男に裏切られた。三度目。またしても、姫と男がいる。マスターに似た男の姿はなく、故に一度目の世界と同じ運命を辿るのだと思っていた。けれど、それは大きな間違いだ。

 

 

『セイバー。もし――――もしもの、話だ』

 

 

もしかしたら、マスターから話しかけてきたのはそれが初めてだったかもしれない。あまりの衝撃に固まる私に気づかず、マスターは言った。

 

 

『もしも、聖杯が……正常な機能を残していないとしたら』

 

 

それは、この聖杯戦争というものの根幹を揺るがす発言だ。

 

 

『君は、どうする』

 

 

黒い瞳の奥に憎悪の火が燻ぶっていたのを、覚えている。なぜそんな事を言い出すのか、そもそもどうやってそれを知り得たのか。私にそれを問い質す度胸はなく、言われた言葉を脳内で反芻するだけだ。ただ、戦いに勝ち残り、聖杯を手に入れればいいとだけ考えていた私には、然程余裕がなかったのだと自覚する。その間に、彼は知ってしまったのだろう。聖杯は純真無垢、無色透明な願望器ではなく、憎悪に満ちた悪辣な破壊兵器となり果てていた事を。正義の味方である事に拘る彼にとって、聖杯は忌み嫌う存在になってしまっていたのだ。そこからの展開は早かった。マスターに連れられて訪れた、大聖杯なるものが眠る洞窟。汚濁塗れの、超抜級魔術炉心に迎えられ、私の脚は竦んでいた。そして、二度繰り返した世界で、どうしてマスターが私に聖杯を破壊させたのか、その理由を理解する。なるほど、こんなものであるのならば、破壊せざるを得ないのだろう。納得は出来なくとも、理解は出来た。洞窟を後にして、監督役のもとへと向かい事情を説明する。暫くして全てのマスターに召集がかかった。

 

 

『聖堂教会及び魔術協会に通達の上、今後の方針を仰ぎます』

 

 

言峰教会に参じた七人のマスターと、六人のサーヴァント。多少なりとも差はあれ、全員、顔色は良いとは言えない。そこで、マスターとサーヴァントが七組揃ったその日に、アーチャーのサーヴァントが脱落していた事が告げられた。そのサーヴァントの真名を、英雄王ギルガメッシュ。ライダーは相見えられなかったことを悔やみ、そのマスターは安堵に胸を撫で下ろした。ランサーもまたライダー同様に悔恨を滲ませ、マスターは御しきれぬサーヴァントなど呼ぶべきではないと嘲笑した。キャスターとそのマスターは狂気を剥き出しに笑い、バーサーカーのマスターは顔を辛そうに歪ませていた。アサシンは何も言わず、そのマスターも然り。アーチャーのマスターだったという貴族然とした男は、ただただ己の迂闊さを呪うばかりで。

 

 

『――――王よ、貴方の言葉は決して間違ってはいなかったのだな』

 

 

王の言葉を聞かず、確かめもせず、ただ魔術師の性に従い聖杯戦争を続けようとした。最終的に令呪で自害させようと思うような上辺だけの忠誠心ではあれ、臣下が王の残した忠言を疑うとは何たる事かと。整えられた髪を掻きまわし、苦悶の表情を浮かべる。――――そうして、ただ一人の敗者をもって、聖杯に勝者は選ばれぬままに、第四次聖杯戦勝は幕を閉じた。

 

 

― ―

 

 

両きょうかいの判断は、"大聖杯の存続"。故に、マスターとして選ばれた魔術師(メイガス)達は、腕の熟達度に関係なく聖杯の浄化に駆り出されることとなる。ただし、両者ともに正式な魔術師とは言えないキャスター主従に関しては、何をしでかすか判らぬという理由でアサシン主従が厳重に監視していた。

 

 

『――――聖杯が無垢の器になれば、本当に、願いを正しい形で叶える事が出来るようになるんだろうか』

 

 

歪な風貌をさらに歪ませ、そう言ったのは早々に戦力外通告をされて傍観に徹していたバーサーカーのマスターである。一度目の召喚では、彼のその後を私は知らない。二度目の召喚では、マスターに似た男が彼を救っていたと記憶している。此度の召喚では、彼を救える可能性を持った人物はおらず、ただただ伽藍洞の瞳を聖杯に向けていた。見るからに、余命は少ない。そのなりでよくもまあ、狂戦士なぞを召喚しようと思ったものだ。とは言え、私はそのことに感謝しなければならないのだろう。大した言葉も交わせず、ただ戦場にて刃を交えた一度目。最終決戦間近、彼を庇い消滅した二度目。そして、令呪三画全てを使って狂化を解除された三度目(こんかい)。令呪という縛りは既に無く、それでもマスターである男の傍に寄り添い続ける姿はまさに理想の騎士である。

 

 

『絶対、とは言い切れますまい。ですが、恐らくは』

 

 

独り言にも近い主の言葉を拾い、言葉を返す。焦燥した横顔は、決して生前では見る事のなかった表情(もの)だ。その主従から目をそらす。聖杯の浄化は難航していた。聖杯を作り上げた第一人者であるアインツベルンの翁が、非協力的であったためだ。たとえ汚れていようと、根源に繋がるのならばそれでいいだろうと。それによって引き起こされる被害など知った事ではないと。令呪の仕組みを構成した間桐の翁もまた、積極的な協力はしてこなかった。魔術師として未熟、むしろ魔術師と呼ぶには烏滸がましすぎる男一人を立ち会わせるのみで。

 

 

『そんなものさ、本来の魔術師なんてものはね。だからこそ僕は――――僕自身は、決して魔術師ではないんだよ』

 

 

聖杯の浄化が決まった当初、マスター(キリツグ)が言っていた言葉を思い出す。今まで頑なに口を閉ざしていたマスターが自身の事を語るのは新鮮で、故に、彼の人生というものを夢に見る事も増えたのだろう。それから二年という年月をかけ、聖杯は無垢な願望器としての姿を、権能を復活させた。既に聖杯に還っていたアーチャーを除き、聖杯が汚れたままの状態でサーヴァントが退場するのは危険であるという判断のもと、二年間顕現し続けていたサーヴァント達も一人、また一人と姿を消す。それぞれが、マスターとの間にあるものを確かめながら。最後に残ったのは、私だった。

 

 

『貴方の夢、()()()()()という願いは、素晴らしいものだと思います。けれどそれは酷く儚く、難しい願いだとも私は思う。争いがない、成程それは大変喜ばしい。民草が無為に命を失う事も無い、まさに為政者が目指すべき理想に違いない。ですが、それは一種の停滞と等しいのではないのでしょうか。嘆かわしい事ですが、争いが―――戦争があったからこそ、屈するものかと人々が成長したという事実もあります。であるからこそ、私はこう言いましょう。()()()()()()()()()()()()

 

 

――――ふと。前回の召喚で、マスターに似た男が言っていた言葉を思い出す。

 

 

正義の味方は、取捨選択を繰り返す存在だ。

そこに人としての感情はなく、ただ機械的に、救うべき者とそうでない者を選別する。

その量り手足らんとした切嗣(アニキ)は、人一倍情に脆い人だった。

なのに、その道を選び取ってしまった。

……矛盾してるんだ、あの人は。

全ての人を救いたいのに、憧憬に手を伸ばし続ける限り、それが叶うことはない。

救えない存在に心を痛め、より深く絶望の沼へと沈んでいく。

愚かだと笑えばいい、兄を、そして俺を。

止められる筈だった、けれどそれを止めずに助長させるようなことをしたのは俺自身だ。

……昔、まだ俺達が何も知らない子供だった頃に、ある少女に尋ねられたことがある。

"大きくなったら何になりたい?"と。

その問いかけに、俺は答える事が出来なかった。

答えは確かにあったんだ、けれど、迷いなく正義の味方と答えた兄の隣でそれを口にする事だけは憚られた。

だって俺は――――――――

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

つまるところ、それは()()()()()()()()だろう。本人にその気はなくとも、終着点はそれだ。無謀な事だと分かっていると、そう言った男の言葉を知っているからこそ、その男の生き方を否定するような願いを抱くマスターが許せなかった。

 

 

『そう言って、それを為してきた人を知っています。貴方のように正義の味方を志す兄を絶望させまいと、死ぬ思いまでして戦い続けた弟を知っています。――――マスター、貴方にもそのような人がいれば』

 

 

八対の視線が、私を射抜いている。

 

 

『故に、此度の現界は無念しかありません。聖杯を手に入れるどころか、己のマスターとすら理解し合えなかったのですから』

 

 

暗い瞳が私を睨み付け、もう直ぐに役目を終える令呪を宿した手をかざす。

 

 

『セイバー、それ以上の――――』

『この次があるならば』

『――――次?』

『ええ、この次です』

 

 

煌々とした令呪の紅い光の奥で、マスターである男が渋面を晒している。その表情に、少しだけ溜飲が下がる思いがした。

 

 

『次があるのならば、今度こそ、私は貴方という人を理解したい。そして、次こそは必ず、私の"願い"を叶えてみせます』

 

 

令呪の光が霧散する。拍子抜けするほどにあっさりと、どこか憑き物の落ちたような顔で、そうか、とマスターは頷いた。たったそれだけ。マスターは私に背を向け、私も彼に背を向ける。ふつり、とこの世界に私を留め置く繋がりが断ち切れる気配がした。足元から徐々に消えていく。

 

 

『――――願わくば。キリツグ、貴方に人並の平穏があらん事を』

 

 

そうして、私は三度目の退場を迎える。最後の一瞬、虚を突かれたような気配を背中越しに感じながら。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side : Shiro)

 

 

 

 

「――――か、―――みや」

「――――?」

「起きんか、衛宮!」

「――――――――あれ……俺、今……?」

「何を寝ぼけておる、起きたのならば急ぎ支度を済ませる事だ。下校時刻までもう五分とない」

「え、もうそんな時間なのか?助かった、一成」

「礼には及ばぬ、何せ――――」

「早くしてくださる、衛宮くん?」

「あの、遠坂先輩?そんなに威圧しなくても……」

「――――――うわ」

 

 

一成との会話の最中でさえぼんやりとしていた頭が、覚醒する。にっこりと、それはもう綺麗な笑みを浮かべているくせに、全く笑っていない遠坂と、その横で申し訳なさそうにする桜。校門で待ち合わせしてたんだったと、今朝の事を思い出しながら荷物をまとめて鞄を引っ掴んだ。

 

 

「悪い!」

「ええ、本当に」

 

 

お詫びにと、二人の鞄も持って教室を後にする。前を行く美女二人、その後ろを一成と並んで歩く。買い物にも行かなければならないというのに、とんだ時間のロスだ。とはいえ、俺はいつ寝入ってしまったのだろうか。それも、放課後までぐっすりと。

 

 

「随分と険しい寝顔であったが、なんぞ悪い夢でも見ていたのか?」

「ん?ああ、うん、おそらく」

「曖昧な。……しかし、ふむ、そんなものか。夢とは覚えていない方が多いと聞くからな」

 

 

呵々と笑う一成に、俺も小さく笑みを溢す。おそらく、夢を、見ていたんだろう。その詳細を思い出すことは出来ないが、とても、大切なものだと思うのだ。俺が、正義の味方を目指すのであればこそ、忘れてはいけない事のはず。けれど、思い出せないのなら、それは仕方がないのだろう。途中の道で一成と別れ、三人で商店街の方に足を向けながら思う。

 

 

「(――――俺は、爺さん(キリツグ)みたいにはなれない)」

 

 

そう思う根拠がなんであるか判らぬまま、姉妹に手を引かれ俺は歩き出す。―――それが、いつかは至る終着点とは思いもせずに。




凛or桜の視点入れたいとか言いましたが、入れられませんでした。
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