Fate/false protagonist   作:双葉破月

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予定ではさくさく進めて今年中に完結するはずが、何をどう間違えたのかまだ話が半分も進んでいないという問題。
どうにかこうにか進めようと、書いては消して、書いては消してを繰り返していたら前の更新から1ヶ月経ってしまいました。
……いや、言い訳はすまい、今後はもうちょっと頻繁に更新できるよう頑張りたいです。





Kapitel 8-5

帰宅した士郎たちと入れ違いで、家を後にする。後ろ手に閉めた門の向こう側から聞こえる賑やかな声に、自然と口許が緩んだ。

 

 

「――――笑っている場合ではないな」

 

 

日も暮れ、夜の帳が落ち始めた空を見上げて紀を引き締める。数分前に唐突に送られてきたハサンからの念話。内容は任務の失敗報告と、バゼットを守れなかったという謝罪、それから先に消えてしまう事への懺悔の言葉だった。直後、外に一本伸びていたラインがプツリと途切れ、以降何の反応も示さない。それだけで、理解する。

 

 

弔合戦(かたきうち)と洒落込もうぜ、マスター」

「そんな綺麗なものでは無いかもしれないが、報復はしよう」

 

 

長年、それこそ兄弟(キリツグ)と過ごした時間よりも多くの時間を共に過ごし、傍に寄り添ってくれていた影が、この世から消滅した事を。

 

 

― ―

 

 

キィキィと、おぞましい数の蟲たちがさざめいていた。足の置き場などある筈もないそこを、何らの抵抗もなく蟲を踏みつぶして進む。この蟲蔵に入るのは、三度目だ。一度目は雁夜を助けようとして。二度目は桜ちゃんを救おうとして。結果、雁夜を助け出すことは出来たけれど、桜ちゃんの救出は出来なかった。それが、10年前の事。そして、三度目の今。

 

 

「随分と老い耄れたな、吸血鬼」

「カッカッカッ……貴様に言われる筋合いはないわ、傀儡風情が」

 

 

闇に潜み、息を殺し、虎視眈々とその時をただ待ち続けていた翁と対峙する。その足元には力なく横たわるバゼットの姿がある。微かに胸が上下しているところを見るに、死んではいないようだ。安堵すると同時に、己の考えの浅はかさに舌を打つ。―――思いの外、この翁は力を溜め込んでいたらしい。明らかな失策だ。二人ならば大丈夫だとたかをくくってハサンを失い、バゼットを傷つけた。

 

 

俺の使い魔(ハサン)を消滅させた事と、彼女を傷つけた事に対しての、弁明を聞こう。もっとも、謝罪の言葉など受け取るつもりは毛頭ないが」

 

 

ガシャコ。手元の拳銃に弾をセットしながら言えば、悪辣な笑みを浮かべて翁は言う。

 

 

「コソ泥よろしく他人様の家を探っておったくせに、白々しい事よ。家に害成すものに対する此度の儂の行為は、正当性があるとは思わんか?むしろ、謝罪するのは貴様の方よな」

「…………」

 

 

要は、先に領分を侵したのはこちらだ、と言いたのだろう。その事に関しては、異論ない。何せ、10年前に当主である彼の許しもなく、雁夜をこの家から誘拐まがいのことまでして掻っ攫い、10年後の今は桜ちゃんをこの家から切り離そうと画策している。俺がそういった行動に出た理由としては、行き過ぎた魔術鍛錬だったり、非人道的な魔術鍛錬だったりと、間桐の魔術方針に寄るところが大きい。よって、領分を侵したと言われても仕方のない事だと理解している。理解はしているが、納得できるのかというと、それとこれとは話が別だろう。

 

 

「俺は、魔術師ではないからな」

 

 

家同士の柵だとか、血縁同士の柵だとか、そんなものどうでもいい。ただ、()()()()()()()()()()()()()()とかいう、親として優しいんだか優しくないんだか良くわからない理由で、あの少女が苦しまなければならない理由が判らない。その少女を救おうとして、己の身を犠牲にしたあいつが報われない結末に至ろうとしていた理由が判らない。――――だから、救おうと思ったのだ。他の誰でもない、雪嗣(じぶん)自身が。それが、紛れもない真実だ。

 

 

「そうじゃったなぁ」

 

 

言い方は悪いが、救われるべき者は、俺が何をしようとしまいと、他の手が伸びて勝手に救われる。ならば、救われる筈だった者、犠牲にせざるを得なかった者を救いたい。それが俺の行動理念で、最期まで貫き通すべき感情だ。たとえ、この身が真実人ではないのだとしても。一度、その思いを忘れて道を踏み外したのだとしても。そうして生きてきて、忘れ、思い出して、再び志を抱いたのなら、その人生は決して間違いなどでは無いのだと思いたい。

 

 

「であるからこそ、気に入らぬ。魔術師でないと宣いながら、魔術を行使し、魔術師を殺す。魔術師殺し(メイガスマーダー)と名高い貴様ら兄弟は、随分と矛盾した存在だの」

「――――」

 

 

拳銃を持つ手に力が篭る。安い挑発だ、乗る必要性など微塵もない。判っている、判ってはいるが――――

 

 

(キリツグ)を侮辱する事だけは、赦さない」

 

 

――――我慢など、出来よう筈もない。

 

 

「カッカッ!ようやっと、化けの皮を剥がしおったか」

 

 

拳銃のセイフティーを解除し、すぐにでも発砲できるような状態に保つ。もう片方の手で空中にルーンを描き、文言を唱える。

 

 

「召喚するは灼熱の地獄、凡そ全てを焼き払う災厄の炎―――炎よ煉獄となれ(Kal Vas Xen Flam)

「ぬぅ?!」

 

 

瞬間視界が燃え盛り、蟲達の絶叫が響き渡る。翁は愉悦に染まった顔色を変え、青褪めながらも俺を睨み付けた。

 

 

「よもや、この屋敷ごと焼き払う気か!!」

「……そうだと言ったらどうする?」

「くっ……やはり人形よな!()()とは思えぬ非道極まる所業よ!!我がマキリの研鑽をなんとする?!」

「くだらない」

「な――――」

()とは思えないのは貴様の方だろう、マキリ・ゾォルケン。正義感に身をやつした遠き日の事も忘れ、妄執に取り付かれただけの憐れな男。吸血鬼にまで身を堕落させ、願ったのは我が身の永遠」

「――――」

彼の冬の聖女(ユスティーツァ)も、貴様が堕ちる所まで堕ちたとは思うまい」

「――――ギ――ッァ――――――!!!!」

 

 

炎は更に勢いを増していく。炎に照らされた翁の顔は歪みに歪み、これでもかと憎悪をたぎらせている。ぼとぼとと顔の肉が落ち、その度に不快な悲鳴が炎に消える。呆気ない終わりだが、ここで終わらせなければ、この先二度と翁は止まることも出来なくなるに違いない。そう思いながら、目の前の生きた死体が崩れていくのを眺めていた。

 

 

「セ、イハイ――ヲ―、―――ヨコ―セ――――!!」

 

 

最後とばかりに伸ばされる手を避け、一段と炎の勢いが強い場所に向かって()()を見せ付けるように投げ入れてやる。とどめとばかりに拳銃を発砲した。弾丸は小さな標的を貫通し、翁の額に突き刺さる。弾丸は俺の血を練り上げて作った特別製、撃ち込まれた相手の体内を「(すす)ぎ」、()()()(つな)ぐ」。それは切嗣製の弾丸とは別のものだが、人ではないモノと化した翁には十二分に効果のあるものだ。故に、それを打ち込めば終了、延命は望めない。

 

 

「ァ――――――アァアアアアァァアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!」

 

 

()()は、キィ、と微かな鳴き声を残して炎に呑まれた。その後を追うように、翁が自ら炎の中に飛び込んでいく。

 

 

「マスター、そろそろ出ねぇとアンタまで焼死体になっちまう」

「……ああ」

 

 

バゼットを抱えたランサーが傍らに立つ。急かすランサーに先に外に出ているよう促し、駆けていく背中を見送った。保護のルーンを自身に刻み、その場から動くでもなく、俺は、妄執の化け物が朽ちる様をじっと、見続ける。炎が燃え尽きる最後が、翁の最期でもある。

 

 

――――死ネ、貴様モ

 

 

そんな声が聞こえた気がした。それは翁の声であり、この世界の声でもあるのだろう。

 

 

「俺はまだ、死ねない」

 

 

嫌な匂いが鼻につく。残り火が燻る、黒焦げた地下の蟲蔵だったものに背を向け、俺はそう、呟いた。

 

 

― ―

 

 

屋敷は依然としてそこに在り続けている。燃やしたのは地下の蟲蔵だけで、外観上の変わりはない。雁夜や桜ちゃんにとってこの屋敷が好ましいものではないのだとしても、彼らの帰る場所である事に違いなく。ならば、彼らの了承無くして全焼、というのもどうかと思ったのだ。地下の蟲蔵は問答無用で焼いたが。

 

 

「満足したか?」

 

 

そう問いかけてくるランサーの腕の中に、バゼットの姿はない。一足先に脱出した後、バゼットを衛宮邸に送ってきたらしい。

 

 

「バゼットは」

「魔女に預けて来た」

「……キャスターが聞いたら憤慨するぞ」

「だったらもっとましな格好をしろってんだ。あんな陰気臭い格好じゃあ、魔女と呼んでくれと言ってるようなもんだろ?」

 

 

そう言って、快活に笑う。その声は寒空に溶け、奇妙な沈黙がその場に落ちる。静寂に沈黙、語る言葉はなく、ただ空に星が瞬いていた。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side : Shiro)

 

 

 

 

魔術の鍛練でもしようかと、玄関を回って外に出た視界に、塀を乗り越えて庭を横切る影が入る。

 

 

「おかえり」

 

 

その正体にあたりがついている俺は、何の気負いもなくそう言った。帰ってきたなら、普通に玄関から入ればいいものの、変な所で面倒くさがるのは幾つになっても変わらないらしい。案の定、その影は叔父貴で、後ろから声を掛けられると思ってもみなかったのか、珍しく肩を一瞬跳ねさせて振り返った。草臥れたトレンチコート、剃る手間を惜しんだのか無精髭が目立つ。いつもはしゃんと伸びている背も今ばかりは猫のように丸まり、中途半端にあがった足がどこか滑稽に見えた。

 

 

「ランサーは?」

「……偵察に行った」

「そっか」

 

 

観念したのか、体ごと俺に向き直った叔父貴の姿は、いつかの爺さん(キリツグ)の姿を思い起こさせる。二卵性と言うからあまり気にしたことはなかったけれど、叔父貴と爺さん(ふたり)はちゃんと双子だったようだ。

 

 

「暇ならさ、久しぶりに見てくれないか」

 

 

何を、と言わずとも分かってくれるだろう、叔父貴はそういう人だ。

 

 

「……研鑽はきちんと積んでいるか?」

「はは、どうだろ?遠坂に見てもらってからは、それなりだと思うけど」

「最近のことじゃないか」

「うん、そうだ」

 

 

叔父貴と連れ立って蔵に向かう。蔵までの距離はそう遠いものではないが、会話はそこそこ。でも肝心なところが抜けていたり、微妙に噛み合ってなかったりする。それでも、俺と叔父貴はお互いの事を判り合っていた。これまでがそうだった、今もそうだし、これからもきっとそうなんだろう。

 

 

「遠坂に怒られた」

「そうなるように仕向けたからな」

「俺が諦めると思って?」

「諦めが悪いことは知っていたさ」

爺さん(キリツグ)はそうじゃなかったんだな」

兄貴(キリツグ)はお前をはかり間違ったのさ」

「俺は、()()()()()になりたいんだ」

「別に、なろうとしなくてもいいんだ」

「でも、約束した」

「あれは、約束とは言わない」

「約束だよ、俺にとっては」

「頑固だな」

「誰かさん達に似て、な」

「お前は兄貴(キリツグ)にも、俺にも似ていない」

「それはそうだ、俺は爺さん(キリツグ)でも叔父貴(ユキツグ)でもないんだから」

「そうだな――――故に、お前は到達する(なる)のだろう」

 

 

閉ざされた蔵の扉に手をかけて、その人は言う。

 

 

()()()()()に」


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