魔術を使い、ランサーと視覚を共有して彼らの様子を窺う。時間は遅くなってしまったが、何事もなく教会までたどり着いたところで一度繋がりを遮断する。あとはもう、流れに任せるしかないだろう。"万が一"の時には宝具解放も辞さなくていいという旨の話は、既に済ませてある。士郎がどんな決断をするにせよ、ここからが正念場だ。時計をみたり、お茶を淹れなおしてみたり、と落ち着きのないバゼットを何とか落ち着かせ、それから十数分経った頃にランサーから合図が届く。彼は、マスターとして聖杯戦争に参加し、戦う事を決意したらしい。まあ、当然か。
「(気を付けて帰って来い)」
「(ああ、判ってる)」
念話で軽くコンタクトを取って、再び視界を繋ぐ。夜の帳が落ちてだいぶ経った新都は、眠りにつくどころか街灯の明かりのせいで眠ることが許されていないように見えた。坂を下り切ったところで、遠坂嬢が足を止めて士郎に何かを告げている。宣戦布告のようなものだろう。そんなものはいいから、早く帰って来い、と言いたい。ランサーはこの状況を楽しんでいるのか、こういう女は嫌いじゃねぇ、とかなんとか言っている。
「―――ああ。遠坂、いいヤツなんだな」
そんな言葉が、聞こえたような気がした。実際には聴覚まで繋げているわけではないので、口の動きでもって把握したのだが。ランサーが笑うのを堪えているのが気配で分かる。いきり立った遠坂嬢が何事かを捲し立て、くるり、と新都に向けて歩き出していく。が、彼女は幽霊でも見たかのような唐突さで、ピタリと足を止めていた。ランサーが殺気立つ。視界の共有を切る旨を伝え、どうかしたのかと尋ねてくるバゼットを一瞥だけして外に出る。深く腰を下ろして足の力だけで屋根の上に跳び上がり、異様な気配を感じる方向に目を凝らした。
「雪嗣!」
下からバゼットの声が聞こえる。
「俺の部屋からライフルを持ってきてくれ」
「……判りました」
駆け足で遠ざかる気配を感じながら、目に魔力を集中させ、遠く、川を挟んだ対岸の坂下を睨む。それだけで格段に視界が鮮明になるのだから、魔術ってのは便利だ。尤も、行使しすぎればそれ相応の対価、というものがある魔術もあるのだが。
「(敵は……やはりと言うかなんと言うか、アインツベルンとそのサーヴァントか)」
多少のタイムラグはあれど、修正力って素晴らしい。予想を裏切らない展開をありがとう、対策がしやすくて大変いい。いつの間にか雲は去り、空には煌々と輝く月がある。影は長く、絵本で見る悪魔のように異形なそれ。仄暗く青褪めた影絵の町に、あってはならないモノがそこにいた。
「(バーサーカー)」
知識だけはあったが、実物を目にすると中々に恐ろしい。前回のバーサーカーが――実際には甲乙つけがたいほどにどちらも恐ろしいのだが、肉体的に――可愛く思えてくる。あれの目の前にいる遠坂嬢や士郎が感じている恐怖はいかばかりか。考えるだけ考えて思考を放棄する。それよりも今は、ここからどうやって援護するか、だが。
「持ってきました、既に組み立ては終わっています」
「ああ、ありがとう」
態々組み立てまでしてくれたのか、長年愛用している俺のライフルを片手に、慎重に屋根に上って来たバゼットからそれを受け取る。何度かチームを組んだことがある彼女の組み立ては、文句がないほどに丁寧で正確だ。俺の癖に合わせ、魔術併用に耐えられるように特注したこのライフルを組み立てられるのは、おそらく俺自身と兄貴、それからバゼットくらいだろう。士郎には一度だけ見せてほしいと言われたが、その時は手持ちに無かったので諦めてもらった。が、たぶん教えれば手入れ方法や使用方法を簡単に覚えるに違いない。なんたって、そういう構造把握には抜きん出た才能があるのだから。雑念を払うように弾丸を装填し、ライフルを構えて照準を定める。
「(タイミングは――)」
あの巨体が着地した、その瞬間。それはそうとこのライフル、最大有効射程は2,300メートルのチェイ・タックM200モデルの大口径ボルトアクションライフルをモデルにして作られている。超長距離射撃用ライフルには変わりないのだが、それでも、ここから士郎たちがいる新都までの距離を考えれば明らかに距離が足りない。それをどうやって補うかと言うと、
「"
勿論、魔術だ。そのために魔術併用出来るよう特注したのだから。
― ― ― ― ―
(side : Lancer)
「――――じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」
歌うような声で命令された巨体のサーヴァントは、迷いなく跳躍し、坂の上からここまで何十メートルという距離を一息で落下してきた。
「――――シロウ、下がって……!」
「下がってな、お二人さん!」
実体化して槍を構え、セイバーと同時に坊主と嬢ちゃんの前に踊り出る。アーチャーは大きく距離を取って高台へと向かって行く。嬢ちゃんの反応を見るに、初対面なのは明らかだ。弓兵は弓兵らしく働くのがいいだろう。一方のオレは、バーサーカーとはこれが二度目の対面。本来ならば本気でぶつかってもいい相手だが――、
「("待て"たぁ、どういうことだ)」
マスターからの命令はその一言だけ。だが、そんな命令を聞けるはずもない。敵は既にこちらに向かってきているのだから。腰を低く構え、落下してくるバーサーカーを睨み付けたその瞬間。
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
月の下。流星染みた何条もの"弾丸"が、落下してくる巨体をつるべ打ちにした。まさに正確無比。高速で落下する巨体を射抜いていく銀光は、紛れもなく"矢"による攻撃だった。岩盤すら破壊するのではないかという威力を持ったそれを、矢と表現するのが正しいかどうかは知らんが。それを八連。しかし、それら総ては咆哮したバーサーカーに寄って叩き落とされた。
「うそ、効いていない――――!?」
嬢ちゃんが叫ぶ。それはそうだろう、このサーヴァントはそういうものだ。生半可な攻撃じゃあ通用しない。確実に命を取りに行くような攻撃でなければ倒せないのだと、マスターは言っていた。宝具の使用は許可されているし、オレの槍ならば確実に仕留めることが出来る。ならば、と槍を握り直し駆け出そうとした俺の横からセイバーが飛び出していく。落下地点へと走り寄ろうとするセイバーの手を、
「オイ待て!セイバー!!」
咄嗟に、掴んでいた。頭に響いた警鐘に従い、振り払われそうになる手を強く引く。
「な、何をするのです!この手を離――――」
その言葉は続かず、
「伏せろ!!!!」
まるで爆弾でも投げ込まれたかのような爆音が、耳を劈いた。舞い上がる硝煙の中、何とか押し倒して庇ったセイバーは大きく目を見開き、ある方向を見て唇を震わせる。その後方では、坊主が嬢ちゃんを庇うようにして地面に伏せていた。見た所双方怪我はなさそうだ。
「…ユ…キ、ツグ……?」
震えていた唇が紡いだその名前に、オレはバッと勢いよくセイバーに視線を戻す。セイバーが見ていたのは新都と橋で結ばれた向こう側、平屋が多く建ち並ぶ一角の頂上付近に位置する武家屋敷だった。
「(待てと言ったのはこのためか………!)」
この爆撃が、セイバーが呟いたように俺のマスターの仕業だというのなら、何つー規格外だ。アーチャーよりも遠い位置からの狙撃なのにもかかわらず、この命中率はどういうことだ。明らかなのは、硝煙に交じって微量に感じる魔力から、ここまで弾を飛ばすのに魔術を行使したってことだけ。
「(とんでもねぇな)」
味方で良かった、と心底思う。少々背中が痛む気もするが、少しすれば治るだろう。素早く起き上がってセイバーも引き起こし、晴れゆく硝煙の向こう側を睨む。ゆらりと揺れた巨体は、しかしそこから前進も後退もせず、ただその場に佇んで彼方の方向を見つめていた。その身体はボロボロで、あの狙撃の威力がいかほどのものか思い知らされる。アーチャーの狙撃に匹敵どころじゃない、軽く凌駕している。もしこれがアーチャーの連撃のように放たれたら、さしもの頑丈さを誇るバーサーカーといえど消し炭になるのではないだろうか。
「――予想外だったわ。まさか、正式にこの聖杯戦争に参加してるなんて。それに、わざわざ援護射撃までして。自分の居場所を隠す気なんて、これっぽっちもないんだろうなぁ」
可憐な少女の声が聞こえる。
「貴方のマスターがユキツグなのね」
ランサー、と。見た目にそぐわぬ、冷ややかな声と眼差し。オレを真っ直ぐに見つめた少女は、しかしすぐに視線を逸らしてバーサーカーが見つめる方向を同じように睨み付けた。
「――――ウソつき」
聞こえたのは、弱々しいそんな声。それはどういう意味だ。尋ねる前に少女は踵を返し、バーサーカーを連れてこの場を去っていく。
「興が覚めたわ、帰りましょうバーサーカー。……叔父様――ユキツグに感謝することね。次に会った時には、こうはいかないんだから」
その後ろ姿を呆然と見送る。離れた所にいたアーチャーが戻って来るまで、オレ達四人は、その場に固まっていることしか出来なかった。
「(帰還しろ)」
頭の中に単調な声が響く。
「(――なあ、マスター)」
「(どうした)」
「(……いや、なんでもねぇ)」
「(そうか。……キャスターがお前達を監視しているようだ、これ以上の長居は不要。早く戻って来い)」
「(――了解)」
いつもと変わらぬ、声と態度。バゼットは知っていたのだろうか。マスターが――エミヤユキツグが、こんな規格外の事をしでかすような男だということを。まあ、知っていたんだろうな、きっと。
「キャスターがこっちの様子を覗いているらしい、さっさと帰るぞ」
腰が抜けたのか、未だに地面にへたりこんでいる嬢ちゃんにそう言えば、驚いたような顔でオレを見上げる。どうしたと尋ねる前に視線は逸らされ、アーチャーの手を借りて立ち上がった嬢ちゃんは、
「――二代目魔術師殺しの名は、伊達じゃないってことね」
苦々しくそう言った。
「帰りましょう、衛宮くん」
「あ、ああ……そうだな」
「わたし、貴方の叔父さんに聞きたいことが出来たわ」
「……うん、俺もだ」
先を行く嬢ちゃんと坊主の数歩後ろにセイバーがつく、アーチャーはその三人を眩しげに見詰めて姿を消す。オレも霊体化して後を追うか、と一歩足を踏み出そうとして――、
「アーチャー」
――止めた。
「何かね」
霊体化しただけでまだそこにいたのか、声を掛ければすぐに実体化してオレを見る。その鋼色の瞳には、何の感情も映ってはいない。
「バーサーカーの宝具は何だと思う」
特に何の話題もない、呼び止めたのは半ば無意識だ。無理やり捻り出した問いかけに、しかしそいつは律儀に答えを寄越した。
「私にはさっぱり判らん。尤も、君のマスターならば知っているかもしれないがね」
「……そうだな。オレもそう思うわ」
同時に霊体化して、小さくなりかけた三つの背中を追い駆ける。胸に抱いたのは、一つの疑念。
「(マスター、アンタ何者だよ)」
その答えが得られるのは、まだ先だ。