貴方だけの歌 ~ラブライブ! School idol IF~   作:貫咲賢希

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1話・勇気のReason

「こんなの無理ですっ!」

 

 少女は先程まで眺めていた紙をぎゅっと握りつぶす。

 ここは日本都内にある有名な観光地、秋葉原。

 国内では渋谷、原宿、新宿──俗に言う三大副都心の方が有名だという声もあるが、秋葉原は電化製品が多く流通するため、多くの海外の人間が先進国の最新機器を求めてやってくる。

 また、交通も利便性が高く、秋葉原駅に通っている山手線を使えば先の三大副都心に乗り換えなしで移動が可能だ。駅から浅草やスカイツリーに向かう直通バスもあり、観光と日常生活の両方で役立っていた。

 更にアイドルやアニメのホップカルチャー文化が濃厚であるため、街中では到る場所に二次元、三次元のポスターや看板があり、それに連なる店やイベントも多い。

 秋葉原を言葉で表現するなら、数多の人々が交差する色彩豊かな街と称えるべきか。

 

 そこの音楽関係店、CDやDVDの販売区画にて、その少女は嘆いていた。

 

 名を園田(そのだ)海未(うみ)

 紺色のブレザーとチェック柄スカートの制服に身を包む花の女子高生。通う学校は国立音ノ木坂(おとのきざか)学院であり、学年は二年生である。

 華奢な体に、腰まで伸ばした濡烏(ぬれがらす)の黒髪。顔立ちは清楚で綺麗に整っており、慎ましい胸だが絵に描いたような美少女である。

 本来、海未は落ち着いた佇まいが似合う大和撫子。本人も山奥のような静かな空気を好み、このような喧騒した場所には縁遠い人間である。

 そんな彼女は先程から商品参考のために置いてある歌詞カードを、手にしては唸って握りつぶし、次のカードを手にとっては同じ事を繰り返していた。

 このような奇行をしている原因は、彼女が通う国立音ノ木坂学院の問題から始まる。

 

 音ノ木坂学院は廃校の危機に直面していた。

 

 少子化の影響で年々生徒数が減少。今年は一クラス分しか生徒が集まらなかった。

 このままでは来年度の生徒募集は取止め。現生徒の卒業同時に廃校となる。

 それを是としなかった海未の幼馴染たちが共にスクールアイドルをし、学校をアピールしないかと誘ってきたのだ。

 

 スクールアイドル──プロのアイドルではなく、学生たちが個人で自由にアイドル活動、略してアイカツをする者たちだ。

 昨今、人気や知名度は年々高くなっており、スクールアイドルの代表的存在であるA-RISE(アライズ)は並のプロ以上に活躍している。

 そのスクールアイドルを自分たちもやり、注目を浴びて音乃木坂に入学希望者を集めようと海未の幼馴染が提案した。

 当初海未は甘くないと猛反対したが、紆余曲折の末、幼馴染たちと共にスクールアイドルをやることになる。

 だが、やると言ってすぐできないのがスクールアイドル。

 海未たちには足りないものが多かった。

 まず、人数不足で正式な部活申請ができない。練習場所も他に空スペースがないため近所の神社と学校の屋上でやることになった。グループ名も決めれなかったから、生徒に募集をかけた。

 

 そして、スクールアイドルとして歌う曲もないため──海未が作詞する羽目になる。

 何故そのようになったかも説明すると、世間にアピールするならば既存曲ではなくオリジナルソングのほうが目立つ。そして、作詞ならば昔ポエムを綴った海未が適任だと言われたのだ。

 本人にとって黒歴史(と言いつつ密かにまだ書き続けている)持ち出され、断固拒否した抵抗空しく、彼女は作詞作業を引き受けることになった。

 幸い、作曲の方はスクールアイドルを提案した幼馴染に心当たりがあるらしいので、海未は作詞をするだけでいい。

 もっとも、簡単な話ではないのはご覧の通りだ。

 

「う、くぅ────」

 

 苦悶の顔で海未がまた歌詞カードを眺めている。

 作詞を承諾した後日の放課後、彼女は参考のため秋葉原に一人で赴いた。

 様々な物と人が溢れる街、秋葉原。更にアイドル文化も強いため、彼女が求める店はすぐに見つかる。

 やってきたのはアイドル専門店。何処もかしこもアイドルだからけ。店頭PVではプロのアイドルだけではなくスクールアイドルも流れていた。

 当然、店内に並ぶCDは全てアイドルソング。

 その幾つかを歌詞カードを見ながら視聴した海未の顔は──真っ赤だった。

 

「こんなの私には書けませんし、歌えません!」

 

 アイドルソングの大半はラブソング。恋や愛を歌った曲が圧倒的に多い。

 程度に差はあれ、未だ恋愛経験がゼロの海未にこのような曲は過酷だった。

 他には愛らしく弾けて明るい元気な曲もあるが、これも海未には難しい。

 彼女と共にスクールアイドルをする幼馴染たちなら得意そうだが、自分も歌うとなると苦虫を噛んだ気分になる。

 そもそも、海未は恥かしがり屋なのだ。人前で歌うこと考えると逃げ出したい気分になる。最初に海未がスクールアイドルをやりたくないと思った一番の理由もそれだった。

 もっとも、嫌だと言いつつ、可愛いものに憧れてるゆえ、そんな自分を妄想してしまう娘でもある。

 現に今も──。

 

 星の輝きのようなスポットライト。

 海未は笑顔を振りまきながら、フリルのスカートでひらりと舞って、ウインクを観客に向ける。

 

 ずっとキスしてほしいЗ

 貴方が大好きなの♡ その気持ちをか・ん・じ・て☆

 だから、このまま抱きしめて! 朝がやって来ても、ずっと!

 

 ──と妄想。

 

「きゃあああ! 恥かしい! 恥かしい! 恥かしい!」

『!?』

 

 ゴロゴロと床にのたうち回る海未。

 流石にここまですると周囲からの視線は逃れられない。

 

「はっ!? し、失礼しました!」

 

 醜態を晒したことに気づいた海未は脱兎のごとく店内を出るのである。

 

 ▼

 

「何をしているのでしょうか、私は……」

 

 店から出て落ち着きを取り戻した海未は、人気の少ない場所で落ち込んでいる。

 そこは目の前には川。中にはベンチと木しかない小さな公園であり、今は海未以外誰もいない。賑わいの絶えない秋葉原だが、人通りが多い場所から外ればこういった場所もあるのだ。

 

『みんな応援ありがとう!』

 

 綺麗な声が聞こえた。

 海未は顔を上げると、少し先にある大型ビルのスクリーンに見覚えのある少女が映っていた。

 赤いリボンがトレードマーク。ふわふわとした髪を漂わせ、一つ一つの仕草が可憐。そこにいるだけで誰もが視線を奪われる偶像の象徴。

 彼女こそ現在アイドルランキングトップ《星宮(ほしみや)いちご》。芸能界に疎い海未でもニュースや雑誌で知っている。あの映像はライブ中継でもしているのだろう。

 

 ああ、なんて眩しいのだろうか……。

 

 大観衆の前で飛びっきりの笑顔を見せるプロのアイドル。その頂点。スクールアイドルすらまだ成り切れていない海未には何処までも遠い存在である。

 海未は以前から星宮いちごの愛らしさに憧れていた。

作り物の笑顔ではなく、素直な微笑みに敬意を抱く。彼女は自分と同じ年なのだが、別世界の住人過ぎて実感が湧かない。

 

(いけませんね……)

 

 そこで海未を思考を振り払うよう首を横に振った。

 誰かを感心するもの結構だが、それで自分を疎かにしてはいけないとことを彼女は既に知っている。

 己が今やるべきことはどうすれば星宮いちごのようになれるかのではなく、自分たちがアイカツするための歌を書き上げること。

 気持ちを切り替えることに成功した海未は、思い立ったら吉日の精神で鞄から紙とペンを取り出しその場で作詞を始めた。

 とにかく思ったことを書き下ろす。

 先程の店で聴いた曲や耳覚えのあるフレーズ。あるいは今まで読んだことある本の言葉をパズルのように繋ぎ合わせた。整合性は後回しで思うが侭ペンを走らせた。

 一通り書いてみた後、海未は己が綴った言葉を眺める。

 

(これ歌詞なのでしょうか? いつもの気まぐれ書いた詩とあまり変わりないような)

 

 少しの間だけ悩んだが初めからできたら苦労はしないと割り切り、次なる言葉を書き綴るため新しい紙取り出そうとした。

 そこで唐突に一陣の風が吹く。

 

「きゃあっ──」

 

 海未が小さい悲鳴を上げるくらいには強い風。

 彼女は長い髪が乱れぬように抑えてると、その指先から先程書き綴った紙が吹き飛ぶ。

 

「あっ!?」

 

 ひらひらと風に攫われた紙。あのままでは公園の目の前にある川に落ちてしまうと、慌てて立ち上がり摘み取ろうと走りかけた、その時である。

 

 空から一人の人間が地面に降り立つ。

 

 少なくとも海未にはそう見えた。

 その者は何故か公園の木から抜け出すようにして現れたのだが、彼女の瞳には突然上から人間が落ちてきたにしか映らなかったのだ。

 少年と言ってもいい年頃の青年。木の葉が舞い落ちる中、彼は海未が手放してしまった紙を素早く掴み取る。

 

「ほれ。これオタクのだろ?」

 

 超然とした笑みを浮かべながら彼は海未に紙を差し出す。

 

「あ、貴方、何処から来たのですか?」

 

 ここで受け取っていれば話が終わっていたのだが、海未は怪訝そうに彼を窺う。

 だが無理もない。突然、空から人間が降り立てば怪しむのは当然だろう。

 

「あん? ……あぁ、そういうことね。そこの木で隠れてたらアンタの荷物が風で飛ぶのを見かけてね。思わず体が動いちまったわけ。紳士的な行動だろ?」

 

 海未の様子を察した彼はニヒルな微笑みで説明した。

 見れば彼は端正な顔立ちである。身長も海未より頭一個分ほど高く、体つきも引き締まっている。彼の微笑みを見れば大抵の女性は頬を赤くしそうだが、海未は前状況もあって呆気に取られるだけである。

 微妙な顔で唖然としたままの海未。それを見かねてた彼がとうとう顰めた顔を浮かべた。

 

「なんだよ。いきなり現れて驚かせたとは思うけど、そろそろ礼くらいは言ってくれてもいいんじゃないか?」

「うっ。すみません」

 

 海未も失礼な態度だと気づいたため謝罪する。

 しかし、次に海未が礼を言う前に彼はある行動に移っていた。

 

「だいたい何の紙だよ、これ? 作文? ときめきを隠せないこの気持ち。でも気づいて欲しい乙女心なの──」

「ひゃあああ!? な、なにを勝手に読み上げてるのですか!?」

 

 奪い取ろうとした海未がったが、彼はまっすぐ突っ込んで来た彼女をひらりと回避して続きを読む。

 

「気づいている? 知っている? 気づかないふりなの? でも解っていても暴かないで複雑な私の心──。これはこれは随分と甘い言葉たちだな。自作ポエム?」

「貴方には関係ないことです! 返してください!」

「見られて恥かしいなら書かなければ良かっただろうに……」

「そんなの私の勝手でしょう!」

 

 呆れた様子の彼に海未は我慢の限界が達し、羞恥よりも怒りを露にする。

 

「人のものを不躾に読むなんて最低です! いい加減、返しなさい!」

「はいはい。ちょっとした役得と思ったが、善なる行動は無償という教えもあったな。悪かったよ。返すから落ち着けって」

 

 溜息交じりで彼はようやく紙を海未に手渡そうとした。

 だが、事態は再び急転する。

 

「いたっ!」

 

 数十メートル離れた場所にて現れた一人の少女が、こちらを指差しながら大きく叫んだ。

 その後方には別の少女たちが次々とやって来る。

 

「げぇっ!?」

 

 それを見た彼は信じられなさそうに顔を歪めた。

 

「しつこ過ぎだろ! 完全にやり過ごしたと思ったのに執念やばくないか!?」

「犯罪でもしたのですか? それで木に隠れたのですか? 警察でも呼びますか?」

「アンタはアンタで物騒なこと言ってるな! むしろ呼んで欲しいのはコッチのほうだ! ああ、もう! いつから日本の女性には慎みがなくなったんだよ!」

 

 狼狽する様子を見た海未が冷ややかな言葉を投げたので、彼は益々声を荒げて叫ぶ。

 

「あっ! こっちにいたよ!」

 

 その声に反応し、また別方向から違う集団も現れる。

 

「新手かよ。人気者は辛いね!」

 

 その言葉を最後に残し、彼は迅速に走り去った。

 

「待ってください!」

「少しだけでいいからお話を!」

「サインだけ! サインだけいいですからください!」

 

 逃げ出した彼を追い、新たに現れた少女たちは海未の前を通り過ぎていく。

 しばらくすると遠ざかっていく足音が聞こえなくなり、海未は疲れを表すように息を吐き捨てた。

 

「なんだったのですか、いったい……」

 

 状況から察するに彼は芸能人か何かで、追っていた彼女たちはそのファンだろうか。

 海未は見覚えがないが、本当に芸能人か何かならば大層な人気である。

 もっとも、都内だけあって芸能人が出歩いているのは不思議ではないが、怒涛の展開で海未はかなり気疲れをしていた。

 もう今日は家に帰ろうかと思った矢先、海未はあることに気づく。

 

「あっ! わ、私の歌詞(仮)をまだ返してもらってません!」

 

 彼女はすぐに荷物も纏めて、彼らが去っていた方角に向かって自分も走り出した。

 川に落ちたのなら諦められるが、あの文章が他人の手中にあると思うと血の気が引く。

 ゴミとして処理されるかもしれないが、心配性である海未は万が一を恐れて後を追った。

 

 ──だが、出足が遅れれば見つけるのが困難であるのは当然である。

 

 しばらく走っても、彼を追った少女たちの背中すら見つからない。

 そもそも、海未の目的である彼は少女たちとは比べ物にもならないくらいの速度だった。

 身体能力に多少自信のある海未だが、同時にスタートしてもアチラの方が速くゴールに着くだろう。

 更にはこの街秋葉原はとにかく人が多い。そこからあまり知らない人間を追うのはとても困難だ。むしろ無謀と言ってもよいレベルである。

 もはや諦めかけたその時、海未一際騒がしい場所へ目が奪われた。

 

「謝って済むなら警察いらないて言葉を知らないのか?」

「そんな……」

「お前たちがぶつかってきたんだぜ? 悪いと思うなら大人しく言うこと聞けよ!」

 

 何やら複数の男たちが三人の少女を取り囲んでいた。

 少女たちの顔には見覚えがあり、あの彼を追っていた一部だと海未は察する。

 状況を考えると急いでいた彼女たちが彼らにぶつかったようだが、どうも過剰な難癖を突きつけられているようだ。

 周りの人間は見てみぬ振りがほとんど。面倒ごとは誰もが嫌うことだ。既に警察へ連絡した者はいたのだが、彼らが到着するまでに問題が起きない保証はない。

 

「お止めなさい」

 

 颯爽と海未は男たちと少女たちの間に立ちはだかった。

 悩む素振りすら見せなかった行動。

 彼女は誠実であり清廉で正義感のある乙女なのだ。誰かが困っていたら見過ごす精神構造をしていない。

 

「なんだてめぇは!?」

「通りすがりの者です。往来の場で見っとも無いですよ。彼女たちが最初に迷惑かけたとしても、すぐに許すのが男の度量ではないのですか?」

「お前には関係ないだろ? それともお前が変わりに相手してくれるのか?」

 

 下品な笑いを浮かべる男たちを海未は内心で陋劣だと吐き捨てる。

 自身の美貌や友人たちに寄って来るため、この手の類は初めてではない。

 その度に軽くあしらってきたのだが、さて今回はどう対処するべきか。

 

「黙ってないで何とか言えよ」

 

 男の一人が海未の腕を掴みかかろうとした。

 彼女はそのまま向かってくる腕を逆に掴み捻り上げようとした、が。

 

「やれやれ、面倒なことになってるな。今日は厄日かよ」

 

 その腕は突然現れた新手によって振り払われた。

 一瞬の内で目の前に現れた大きな背中に驚く海未だったが、声で誰なのか把握した。

 

「ようやくタクシー捕まえたと思ったら男が女を虐めてるしよぉ。それが自分を追いかけ回した相手とはいえ、ファンなら見捨てるわけにはいかないっしょ」

 

 海未と少女たちが追いかけていた少年は難儀な顔をしながら溜息を吐く。

 

新田(にった)さん!」

 

 キャー、と黄色い叫び声を上げたのは海未が庇っていた少女たちである。

 先程まで不安そうにしていたのは嘘のように歓喜に満ちた顔で瞳を輝かせていた。

 

「誰ですか?」

「貴方知らないの?」

 

 思わず尋ねた海未に対し少女たちは驚いた。

 

新田(にった)色明(いろあ)さん! 超有名人じゃないの!?」

「はぁ、そうなのですか……。生憎と芸能には疎いもので」

「──おいおい、芸能人が喧嘩しても大丈夫なのかよ?」

 

 現れた青年──新田色明に対して男たちは最初驚いたものの強気な姿勢で凄む。どうやら、この場で彼を知らないのは海未だけのようだ。

 

「喧嘩したらスキャンダルになるんじゃないか?」

「スキャンダルが怖くて女を守れるかよ。師匠の言葉で例えるなら『小さい物事を気にして動けない男は根性なしと一緒だ』ってとこかね」

 

 威勢の良い言葉にまたも少女たちが嬉しそうに叫び、逆に男たちは面白くなさそうに顔を歪めた。

 

「……随分格好をつけるじゃないか。調子に乗るなよ!」

 

 男の一人が徐に拳を放ったが、色明はそれを涼しく掌で受け止めた。

 

「そりゃあ調子に乗るだろ。誂え向き小悪党だ。ファンサービスには打って付けだねぇ」

「ぐあっ!?」

 

 拳を止められた男が

 

「拳を通して解る。今まで弱いもの虐めしかしてこなかっただろ?」

「な、なんだと?」

「覚えとけよ。殴るなら殴り返されても文句は言えねぇぜ?」

 

 ぱっと、男の拳を手放した。

 瞬時、色明が挙動する。

 空気を切り裂いた。目の間の男に拳を放ち、続けて周りの男たちにも拳と蹴りを眼前に振るい、彼らは揃いも揃って地べたに尻餅をつく。

 

「どうやら小悪党ですらなかったな。全員寸止めで腰抜かすとかダサ過ぎだろ」

『おおお!』

 

 感動的な声が上がる中、海未は冷静に色明の動きを分析していた。

 海未には武道の心得があり、そんな彼女の目線から見ると彼の活躍は単なる喧嘩なれしたものではなかった。切れのある動作で全員寸前で止めで戦意喪失させる。

 

「もしかして、彼は何かしらの格闘家ですか?」

「違うわよ。本当に貴方、新田さんのことを知らないのね!」

 

 海未に呟きに一人の少女が反応した。

 真っ先に彼女達を助けたのは海未なのだが、そのことを忘れているのか睥睨した目を向けている。

 

「歌手よ、歌手! 346プロダクション所属の若き有名シンガーソングライター! それがあの新田色明さんよ!」

「騒ぎを聞きつけてやって来たがコレは?」

 

 そこでようやく警察官が数人現場へ駆けつけて来た。

 警察官は地面に腰を這いづくばった複数の男たちを見た後、彼らが怯えた視線を向けている色明に目を向ける。

 

「君か。騒ぎを起こしたのは?」

「ええ、そうなるわけ?」

「待ってください! この人は其処の人たちから私たち助けてくれただけです!」

 

 色明がげんなりした様に顔を引き攣らせて、少女たちが悲痛な声を上げた。

 

「ふむ……。とにかく騒ぎを起こしたのは事実だな。署まで同行をしてくれ」

「ええと、悪いけど今からリハーサルがあるんで簡便してくれませんかね?」

「そうです! この人は今日ライブあるんですから、そんな時間なんて──」

「こっちも仕事なんだ。悪いが公務を優先させて貰うよ」

「……何が、仕事ですか」

 

 それまで成り行きを眺めていた海未がぼそりと呟く。

 

「うん? なんだね、き──」

 

 警察の言葉は海未の瞳を見たことで止まった。

 氷のように冷たい視線。只事ではない空気を周囲も感じ取り、色明以外の人間が思わず息を呑んだ。

 

「仕事というならば彼が彼女たちを助ける前にやって来て下さい。それが出来ないなら少しは融通を効かしたらどうですか?」

「いや、そんな都合良く──」

「それに仕事というなら逃げようとする彼らも取り押えたらどうなんです?」

『!?』

 

 海未の言葉を聞いて警察たちは離脱しようとした男達に気づき、慌てて逃げ出そうとした彼らを急いで捕まえようとする。

 

「貴女たちもです」

『ひゃあ!?』

 

 抵抗をする男たちを大人しくさせようと警察が勤しむ中、海未は少女たちを睨んだ。

 ぎろりと鋭い眼光に悲鳴を上げられたが、構わず海未は口舌を紡いだ。

 

「彼が忙しい身と知っているなら追いかけ回すのは迷惑だと解らないのですか? そもそも、貴女たちが慎みを持っていればこのような事態になりませんでした。反省しなさい」

『ごめんなさい……』

 

 説教に何も言い返せず揃って謝る少女たち。海未は呆れながら彼女達を眺めた後、傍に神妙な顔をしていた色明に目を向ける。

 すると彼女は冷たい瞳を溶かし、柔らかく微笑んだ。

 

「急いでいるのでしょう? 後は私が何とかしますから早く行ったらどうですか?」

「いいのか? 時間がないから悪いが遠慮はしないぜ?」

「かまいません。私も貴女に助けられた身ですから、そのお礼のようなものです」

「そっか。なら後は頼んだぞ」

 

 そう言って彼はその場を立ち去ろうとしたが、何か思い出したように海未に振り返って懐から一枚の小さな紙を彼女に差し出した。

 

「? これは?」

「これからやるチケットだ。営業用に常備してるんだよ」

「何故、私に?」

 

 首をかしげて不思議そうにする海未に色明は不敵な笑みを見せた。

 

「俺を知らないようだからな。ちょっとプライドが傷ついたんで、アンタの心の中に存在を刻もうと思ったわけ。暇なら見に来てくれよ」

 

 ▼

 

 結局、海未は警察からの事情徴収が終わった後、貰ったチケットを片手にライブに向かった。

 理由の一つは作詞の参考になるかもしれないと考えたからだ。彼女が作りたい歌はアイドルソングだが、多少なりとも勉強になるかもしれない。

 もう一つの理由は、折角誘ってもらった手前無下にするのは気が引けるからである。

 開始直前だったが、なんとか間に合った。

 暗い会場の中、今か今かと待ち侘びる観客に紛れながら、海未は小さく呟いた。

 

「貴方───とても立派な人なんですね」

 

 

 

 ワァ────────────!!

 

 

 会場がステージライトが照らされると、刹那の時間で万雷の歓声が響き渡る。

 

『────♪』

 

 包み込むような歌声。ハスキーボイスで奏でられた曲と共に、彼はステージに顕れた。

 新田色明。346プロ所属のシンガーソングライターであり、デビューは彼が中学一年生の頃。CDを出せばオリコンの上位で、去年はシングル・アルバム共に年間ランキング一位を記録。優れた容姿に抜群な歌唱力。紅白出場経験もある実力派アーティスト。これらは全て、とある紹介ページで知ったものだ。

 他にも様々な業績を上げいるのだが、今の海未には関係なかった。

 

 魅入られる。

 

 こんな気分になったのは何時だろう。

 初めて、母の舞を見たときか?

 幼馴染と共に見た、あの大きな夕暮れか?

 どれも鮮明な記憶として、海未の心の中に焼きついてる。

 しかし、それはどれも穏やかなものであり、こんなにも身が震えていただろうか?

 初めてライブ経験故の興奮か。想像以上の盛り上がりで驚いているのか。

 

 ──解っていることは、海未は感動していた。

 

(すごい…………!!)

 

 響き渡る言葉が素敵だった。

 曲と共に流れる歌声が綺麗だった。

 いつの間にか曲が終わり、ステージ上で色明が挨拶をしているが、最初の歌に絆されたままの海未の頭にはあまり入ってこない。

 何か喋っているなと思った矢先に、次の曲。

 初めはポップな曲だったが、今度は激しいロック。

 最初とは全然曲種が違うが、これも海未は気に入った。

 爽快でテンポが良く、聴いてとても高揚する。

 次の曲はテクノ調な面白い曲。次は疾走感がある奮い立つような熱い歌。

 流れるように色んな曲な続々と奏でられていき、明るく元気になる歌が終わった後に再びトークを挟み、急に静かな間が空くとピアノの音が響いた。

 ゆっくりとした、ラブソングのバラード…………。

 切ない思いを語りかけた歌は、胸が苦しくなる。

 会場には啜り泣きがぽつぽつと聞こえ、海未も瞳が潤んでしまった。

 だが、次の曲で憂鬱な空気が吹き飛ぶ。

 周りの観客がペンライトで盛り上がる中、海未は両手を胸の前で握り合っていた。

 

 ああ、この曲は好きだ。。

 

 辛いくとも諦めず、前を進む激励の言葉に、心が躍動する。

 絶対に忘れられない歌になると海未は確信した。

 次はポップで意慾的な歌が始まり、徐々にテンションを上げながら、海未も聞き覚えのある有名な曲が流れる。この曲は彼が歌っていたのかと思ったのは曲の終盤だったが。

 これでライブが終了と想いきや、会場から当然のようにアンコールが流れた。

 二分以上アンコールが響いたところで再びステージに色明が登場する。

 仕方ないと言いつつ彼は再び熱唱して、今度こそライブは幕を下ろした。

 

 ▼

 

 ライブの熱が冷めない観客たちと共に退場しながら、海未もまだ興奮している。

 自分と同じ年の人間がこんなにも人を魅了させるのかと。

 そんな人間と偶然街に出会い、本人から直接チケットを貰ったと言ったところで何人の人間が信じるだろうか?

 仮にこの会場の人間が信じれば、皆が羨望の念を海未に向けてくるだろう。

 更に学んだこともあった。

 

(いろんな曲を歌ってましたね)

 

 歌い手の持ち味はありつつも、多種多様な曲を唄っていた。

 夢の詩。友の唄。愛の歌。

 同じような歌ばかりでは聴く人間も飽きてしまうのだろうが、一人だけでこれほど種類豊富な曲を歌い切れるとは驚きだ。

 色彩豊かな音楽に海未の創作意欲が刺激された。

 

(なら、別に私も拘る必要はないかもしれません)

 

 海未は歌詞作りにおいてアイドルらしいラブソングを作ろうとしていた。

 だが考えを改める。色明が様々な曲を歌ったようにアイドルもラブソング多いだけで、そればかりではない。

 ならば慣れぬものよりも自分が感じたものを綴ってみよう。

 歌詞作りに乗気ではなかった海未であったが、このライブに参加したことで火が点いた。

 

(あの人には感謝しないといけませんね……)

 

 海未は自分をここに誘ってくれた相手を頭の中で浮かべる。

 新田色明。海未と彼が街角で出会ったのは本当に偶然。

 二人は住む世界が違うので、もう直接相まみえる機会など訪れないはずだ。

 けれどせめて、手紙ぐらい出してみようと思う。

 多くのファンレターに紛れて、見向きもされないかもしれない。

 しかし、伝える気持ちが大切だと海未は思った。

 歌詞の次は、彼にどんな言葉を贈るかも考えなければ……。

 海未は、そう想っていたのだ。

 

 ▼

 

 それは翌日の講堂で行われた朝礼のことである。

 

『本日から音ノ木坂に見本生として通うことになった新田色明です。皆様よろしく』

「は?」

 

 開いた口が閉じれない海未。

 その日より、プロの男性アーティストが女子高に通うことになった。




 ここまで読んでくれてありがとうございます。
 何故、この小説を書いたのか。それは海未ちゃんが好きだからです。
 この作品を初めて投稿したのは海未ちゃんの誕生日だから。

《簡易プロフィール紹介》

 新田色明

 
【挿絵表示】


・誕生日:11月10日
・血液型:O
・身長:182cm
・得意科目・英語・現代文
・苦手科目・数学・古文
・趣味:音楽
・特技:武道・耳がいい
・好きな食べ物:カステラ
・嫌いな食べ物:イクラ
・チャームポイント:顔
・子供の頃の夢:武道家
・得意料理:焼きそば
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