貴方だけの歌 ~ラブライブ! School idol IF~ 作:貫咲賢希
リ`・ヮ・)「私、高坂穂乃果! 高校二年生!」
リ`・ヮ・)「廃校阻止するために、スクールアイドルでアイカツ中!」
リ`・ヮ・)「そして、ついに新入生歓迎会。私たちのファーストライブをする日がやって来た!」
リ`・ヮ・)「始まりの一歩! がんばるぞ!!」
──体育倉庫──
/cVσ_VσV「ダレカタスケテー」
「うーん、出ないなぁ……」
講堂の控え室で穂乃果は海未に電話しているのだが、携帯はコール音しか響かない。
来れると海未が言った時間は少し前に過ぎている。彼女が遅刻とは珍しいと穂乃果は思った。
「もしかしたら、引き止められてるかもね」
「あり得るね」
ことりの言葉に穂乃果も同意する。
「海未ちゃん、中学入ってから年下の子に人気だったし、今頃カッコいい姿にハートを射抜かれた女の子たちに囲まれてるかも」
「ふふふ、目に浮かぶね。でも、それが本当なら迎えに行ったほうがいいかも」
「はは、そうだね」
穂乃果も想像したのだろう、あわふためく海未が微笑ましい。
いつも真面目な分、狼狽する姿は面白く思うのだ。
「でも、準備しないといけない時間になったら直接弓道場まで迎えに行こっか。それまで二人でできることしよ」
「うん!」
穂乃果とことりは和やかな空気でライブの準備を始める。
待ち人の大切な幼馴染が暗い場所で閉じ込められてるなど、楽しげに作業をする二人には知る由もなかった。
▼
ダン! ダン! ダン! 海未は数え切れないほど扉を叩く。
薄暗い体育倉庫の中は扉の隙間から僅かに光が差し込むのみ。
幼い頃、海未は習い事を嫌がり、それが原因で家の倉に閉じ込められたことがある。何処かでそのことを知った穂乃果が怒ってこじ開けるまで、ずっと暗闇と孤独に苦しみ、泣いていた。
今は暗闇や孤独よりも、焦りで恐怖に心が震えている。
早くしなければ、ライブに間に合わないっ!
「誰か! 誰かいませんかっ!」
必死に叫びながら、何故こんなことになってしまったのかと、自問を繰り返していた。
自分を慕っているらしき少女たち。
彼女達はライブによって海未が醜態を曝すのを防ぐため、ここに自分を閉じ込めた。
言葉ぶりから後に責を負うことは承知の上の所業。それだけ海未を慕っているのだと言えば聞こえがいいが、当の本人にしてみれば迷惑以外何物でもない。
いったい、何がいけなかったのか?
閉じ込めた少女たちの怒りは疲弊と困惑に変わり、両腕を扉で引き摺る。
困っている少女を助けたのがいけなかたのか?
彼女たちに慕われるような行動をしたのが悪かったのか?
それとも、大衆に艶姿を晒すほどの度胸がなかった、己の弱さが原因か?
彼女には分からなかった。
「う、うぅ、穂乃果……ことり………」
等々、崩れ落ちるように膝をつき、助けを呼ぶ叫びは静かな嗚咽に変わった。
友の名を呼ぶが、いつも見せてくれる笑顔は何処にもない。
そして、大好きな笑顔が悲しみ変わるのが怖い。
理由は何にせよ、自分は共に歌はなかった。土壇場で裏切る形になる自分が許せない。
少女は泣く。昔、泣いたように。あの時以上の悲哀を持って、涙を落す。
もはや、耳を澄まさなければ聞こえない、啜り泣き。
「誰かいるのか?」
その声を────涙が枯れる前に聞き取った人間がいた。
「え?」
最初、聞き間違いかと海未は疑う。
「誰かそこにいるのか?」
しかし、再び聞こえた自分以外の声に沈んでいた精神が一気に持ち上がった。
「います! ここにいます!」
「その声は、園田か」
海未も聞こえ覚えのある声だった。
あの少年、新田色明だ。
「はい、そうです! 私です!」
「何でそんなところに?」
「事情は後で話します! 今は先生方にこのことを話して、鍵を開けてもらってください!」
「そうか、わかった」
「あぁ、よかった! これでライブに間に合う!」
喜ぶ海未だったが、色明は倉庫の前から一歩も動かず、じっと扉を見つめる。
「…………離れる前に一つ聞いとくが、これは誰かに閉じ込められたのか?」
「え、それは──」
口を濁した海未の反応を色明は肯定として受け取った。
「なら、ライブは今のうちに諦めろ」
「え────?」
「一つ。閉めた奴がご丁寧に鍵を返してなければ、都合よく予備の鍵ない限り時間が掛かる」
戸惑う海未を他所に、色明は淡々と告げる。
「そして、これが故意でなかったとしても、閉じ込められたことは教師は見過ごせない。
即刻、事を洗い出さなきゃ保護者に顔向けできない。開けられた瞬間、事情を聞くために園田は拘束されるだろうな。当然、ライブには参加できない」
「そ、そんな!」
衝撃を受ける海未に、色明は更なるおいうちをかけた。
「更にこれが故意であった場合、最悪ライブそのものが中止になる」
「な、なぜですかっ!?」
「メンバーの一人がこんなとこに閉じ込められたんだ。事件以外何もんでもねぇよ。穏便のため、とりあえず中止させられても不思議じゃない。そうなると、今後の活動にも支障が出るな」
色明の言葉を聞きながら、海未はどんどん顔色を青白く染めた。
救済の福音と思った少年の声は、今は悲嘆を奏でる晩鐘のように響く。
等々、言葉を失ってしまった海未に、色明は扉越しに溜息を吐いた。
「まぁ、これはあくまで最悪だ。アンタ抜きでも残りの二人でライブはできるかもしれない。けど、園田は今の内に覚悟しとけよ。俺は職員室行くから────」
「──いえ、その必要はもうありません」
DAAAANN!!!
「!?」
倉庫の扉が轟音と共に揺れる。海未が先ほど両腕で叩いてたよりも強力な衝撃。
それもそのはず、海未は扉に向かって体当たりしたからだ。
打ち付けた少女は痩躯をふらつかせるが、倒れることなく片足で踏ん張る。もう片方の足で勢いをつけ、再び海未は扉に向かって体当たりする。
「おい、何をしてる!?」
「決まってるじゃないですか」
轟音に戸惑う色明へ、海未は静かに返す。
先ほどまで涙に暮れた少女の姿はなく、彼女は真っ直ぐな瞳で扉(障害)を見据えていた。
「扉を壊して、ここを出ます」
「はぁっ!?」
「このまま先生方に知られればライブが中止になる。その言葉は理解できました」
体を叩きつけながら、海未は静かに言う。
身体中が痺れるが、少女は再び己の体を扉に激突させた。
「でも、それは絶対見過ごせない」
「ちょっと、待てよ、おい! なにしてんだよ!?」
扉の向こう側にいる少女が乱暴に抉じ開けようとする様に色明は動揺を隠せない。
激しく揺れる扉を見れば中で無茶をしているのは明らかだ。
「そもそもなぁ、仮にお前が駆けつけたとしても、誰も来ないかもしれないライブだぞ!」
「どういう意味ですか?」
「俺はここに来る前に、色んなところを回った」
男子である色明が女子高の特待生なのは、女子ばかりの場所に混じらせることで異性への免疫をつけさせるため。ゆえに、可能な限り、色んな場所に顔を出すようにと学校側から言われている。
今日はここに来るまで部活動を見て回っていた。
そして、彼は出会った生徒たちにあることを聞いてたのだ。
「そこにいた連中に聞いたよ、お前らのライブはどうするかって。口そろえてみんな言ってたさ。廃校阻止するため頑張ってのは知ってる、けど行くほど興味はないてなぁ!」
その後で自分のライブなら行くと言われたが、そこは区切って色明は叫ぶ。
これで相手の心が傷つき、自分が嫌われようが構わない。
「無駄なんだよ!」
怪我するよりマシだと、彼は罵る。
そして、己の不満もぶちまけた。
「そもそも、歌って踊って愛想振りまいて目立って学校を守ること自体楽観的過ぎる! 趣味程度なら思い出作りで笑えるが、そんな大層な目的を果たせるほどこっちは甘くない、笑えねぇ!」
止めるために吐き出した乱暴な言葉だったが、これは色明の本心である。
色明は歌の世界で生きる住人。例えそれが部活動の範疇だとしても、人を惹きつけることがどれだけ難しいか知っているのだ。
「…………なるほど、貴方が言うなら事実なんでしょう」
色明の言葉に海未はすんなりと納得した。相手はプロの歌手であり説得力が違う。言い返す気力すら湧かず、そもそも海未だって最初は無謀だと思っていたのだ。
「悔しいですが、人生甘くないですね」
そうやって海未は落胆した声を呟くも、先ほどよりも強烈に扉へ体当たりした。
「!?」
再び耳にする轟音と、ぐらぐらと揺れる扉を見た色明は唸りながら頭を搔く。
「静かに話を聞けよ!」
一向に静止の気配を見せない海未に色明は苛立ち、自らも握り締めた手を扉に叩きつけた。
「ていうか、何で必死なわけ? 人前で歌う姿見せるのあんなに嫌がってたじゃねぇかっ!!」
ライブ映像をネット公開することに反対していたのを言っているのだろう。
確かに、今この時でも、海未は見知らぬ誰かへと、自分が歌ってる姿を晒すことに抵抗がある。
「羞恥は残ってます。けど、二人を悲しませるくらいなら幾らでも恥辱は耐えましょう」
「なに?」
「二人を。穂乃果やことりを悲しませるくらいなら、どんなことにも耐えると言ったのです!」
叫びながら、またも体を扉に叩きつける。
体が痛い。肩には痣ができてるかもしれない。
それでも構わず、海未は己の体をぶつけた。
自分が痛いのは嫌だが我慢できる。
辛い目にあうことも、最後には自分が未熟だと諦められる。
しかし、あの二人が傷つくのならば話は別だ。
「無理だと言われても、穂乃果はスクールアイドルに可能性を感じ、一人でもやろうとした!」
一緒にやろうと言った穂乃果に海未は最初、拒絶した。
だけど、彼女は挫けずに学校の片隅で一人で練習していた。
後で生徒会の人間に認められなくても、彼女は諦めなかった。
「ことりは私たちのために寝る間も惜しんで衣装を仕立ててくれました!」
元々、ことりは可愛いものが好きだ。衣装も最初は趣味の一環で引き受けたのかもしれない。
でも、三着分の服を一から作るのは簡単ではない。
毎日睡眠時間を削り、学校で少しでも空いた時間があれば、針を通していたのを海未は見た。
「二人とも、運動が苦手のはずなのに、最後まで投げ出さず今日まで頑張ってきたんです!」
そんな二人の姿を見たらこそ、海未は忌避した行為に身を任せたのである。
自分が作った歌詞が、一目に触れるのが恥ずかしい。
短いスカートで踊るなど、逃げ出したいくらい御免だ。
「己の弱さは、甘んじて受け入れましょう」
それでも海未がアイカツしようと思えたのは、大切な幼馴染がいたからである。
彼女達は海未だけでは思いつくことができない世界を導き、魅せてくれる。
海未は、そんな二人が大好きだ。
「けど! 二人が今日までやってきたことが、なかったことになるなんて我慢できません!」
色明が語った最悪の結末は、μ'sがこの件で活動が制限されるかもしれない。
悪い予感を飛躍し、μ'sは何もできず活動を終える、そんな暗い未来を連想させた。
認めるわけにはいかない。自分の大切な二人が頑張った。
己も、今日まで何もしなかったわけではない。
「なにより、私は!」
何も始まらず終わることなど、誰が認められようか。海未は己の気持ちを叫ぶ。
「恥ずかしくても、誰も見て、聞いてくれなくても! 今の私は、二人と歌たいたいのです!」
「そうか──」
短い呟きは、穏やかだった。
ガキン! と金属音がした。扉を叩くのとは別の音。
海未がその正体を考える前に、彼女の暗かった視界に明かりが広がる。
気付けば、倉庫の扉が開かれおり、目の前に色明が立っていた。
「え──」
「おいおい、急ぐんじゃなかったのかよ?」
事態を理解できてきない海未に色明は苦笑を見せる。
「ど、どうやって…………?」
急がなければならないことは理解してるが、突然のことに海未は呆然としている。
色明が倉庫の鍵を持っている様子はない。
倉庫の鍵を持ってきた新しい人物も見当たらない。
ならば、どうやって目の前の少年は扉を開けたのか?
と、彼女は戸惑っていると色明は地面を指差したので海未は視線を下ろす。
そこには、留め金が何か切られた錠前が無造作に転がっていた。
「扉を壊すなんてことなんて俺にはできないが、鍵ぐらいならこの通り」
「ど、どうやって…………?」
「同じ台詞を吐くとは随分と余裕だな。話すのはかまわねぇが、本当にライブいけなくなるぞ?」
「!?」
視線を上げると青い空に赤い光が差しており、あと少し経てば夕焼け頃。
もうすぐ、ライブが始まる時間である。
だが、今から走れば間に合う。
「ほら、行けよ」
ポンと肩を叩かれた海未はようやく我に返り、色明を見る。
「ありがとうございます!」
そのとき、少年がどんな顔をしたか解らない。
言いたいことはお礼ひとつでは足りない。
ただ、海未は全力で走り出した。
目指すべき場所は、大切な幼馴染たちがいる場所。
▼
「すみません、遅くなりました!」
「あっ、海未ちゃんやっと来たって──!」
「海未ちゃん?」
講堂の控え室に駆け込んできた海未に穂乃果とことりは驚く。
彼女たちが心配するのも当然だ。
海未の顔は泣き腫らしており、倉庫で暴れたことで着ている弓道着も薄汚れている。
「ど、どうしたの?」
「恥ずかしながら地面に強く転びました」
訊ねてくることりに、海未は走りながら考えていた言い訳を告げる。
後でばれるかも知れぬし、無理があるかもしれないが、この場はそれで押し通す。
「だ、大丈夫?」
海未の言葉を信じてくれた穂乃果は心配そうに彼女を見つめる。
己を案じてくれる幼馴染に、海未は強気な笑みを浮かべた。
「泣いてしまうぐらい痛かったですが、ライブに支障はありません。けど、多分酷い顔だと思うので濡れたタオル拭いた後、ことりにはメイクをお願いしていいですか?」
「う、うん。わかった」
そのまま海未はその場で汚れた弓胴衣を脱ぎ捨てた。
本来は簡易脱衣所で着替えるとこなのだが、時間は一刻も惜しく、幸いここにいるのは裸の付き合いなど今更な幼馴染二人だけなので、羞恥は感じない。
案の定、海未が扉を破るためにぶつけていた肩が腫れていた。
「う、海未ちゃん肩が腫れてるよ!」
「大丈夫です。動けますので」
悲鳴のように叫ぶことりを安心させるように海未が腕を回してみせる。
痛むが、動けるのは本当であり、ダンスをするのに問題はない。
しかし、ことりは沈痛な視線を海未に向けたままだった。
「保健室にいく?」
「私のせいですが時間がありません。今ははァンデーションを縫って誤魔化ましょう」
ことりが作った衣装はノースリーブなので、このままでは目立ってしまう。
湿布を張るわけにもいかないので、海未がそう提案したがことりの顔は浮かないままである。
「ライブが終わったら、ちゃんと保健室に行きますから」
「わかった…………」
漸く頷いたことりは、自前のメイクボックスから海未に合う色を探して、彼女の肌に重ねる。
「後でちゃんと教えてね?」
ぼそりと、耳元で囁かれた言葉に海未は何も堪えない。
どうやら、ことりに嘘はお見通しのようである。もしかしたら、穂乃果も気付いて海未に合わせてるかもしれない。
本当にあったことをどう二人に説明するか。
それは、ライブが終わった後で悩もうと、気持ちを切り替えて準備する海未であった。
▼
海未の準備が整えて、軽く打ち合わせを済ました後、三人は講堂の壇上に向かう。
「二人に、お願いがあります」
下りてる幕を見つめながら、海未は二人に声をかけた。
「なに、海未ちゃん?」
手を繋いだ穂乃果と反対側にいることりに見つめられて、海未は迷いつつも不安を吐露する。
「本番直前に言うのは心苦しいですが、もしかすると幕の向こう側には誰もいないかもしれません」
二人の表情が凍りついたように固まるのを感じながら、海未は言葉を続ける。
「来る途中で席を覗いてみましたが、誰もいませんでした。今も、いないかもしません」
海未は控え室に向かう前。気になったので座席を様子の見たのだが、薄暗い空間には人の気配を感じなかった。
色明に言われたことが蘇る。
あのときは気持ちが高ぶったため耐えれたが、改めて思うと胸が押しつぶされそうで苦しくなる。
だからこそ、海未は二人に乞う。
「それでも、幕が上がったら最後まで一緒に歌ってくれますか?」
「勿論!」
真っ先に反応したのは穂乃果である。
彼女は不安な気持ちを隠せていないが、口端を吊り上げて、無理やり笑顔を作り出す。
あれだけ頑張ったのに、誰もいなかったら悔しい。
けれど、あれほどアイカツに反対してた幼馴染の口からそんな言葉が出たのならば、それ以外の選択肢など穂乃果にはない。
「どうせ、ライブ映像は録画すしね。もしも、お客さんいなかった失敗しても撮りなおせるよ」
「…………穂乃果、やる前から後ろ向きな姿勢はいただけませんね」
「海未ちゃんが先に言ったじゃん!?」
「歌や踊りの失敗を気にしたことは言ってませんよ。それは甘えです」
「ええ~」
「ふふっ! 私も、二人となら一緒に歌える!」
笑いながら、ことりも同意した。
彼女も不安だ。自分ひとりだけならとても歌えない。
でも、一人ではないから歌える。だから、彼女は綺麗な笑みを浮かべられた。
「でも、そろそろ始まるけど、こんなときどうすればいいのかな?」
「μ's、ファイオー!」
それはことりが場を和ますための何気ない質問だったのだが、穂乃果が元気高らかに叫んだため、海未は思わず苦笑した。
「それでは運動部みたいですよ?」
「だよね~」
「あはは」
「あっ、思い出した。番号言うんだよ、みんなで」
「面白そう!」
「よーし! じゃあ、いくよ~、一っ!」
「二っ!」
「三っ!」
『…………う、うふふ、あははあはっ!』
さっきまでの緊張や不安はどこに行ったのか、三人は揃って笑い出した。
もはや、彼女たちの顔に陰りはない。
あるとすれば、今を楽しもうとする少女の眩しい輝きである。
「μ'sのファーストライブ、最高のものにしよう!」
「うん!」
「勿論です!」
そして、幕開けのブザーが鳴った。
広がるのは、暗い座席の列。
沸きか上がる拍手も聞こえず、底なしの闇が広がるばかり。
────────いない。
────人がいない。
──あるだけは、静寂な空間のみ。
そう、思っていた。
「始まった!」
「にゃ~、いるのが凜たちだけだからほんとにやるのか不安だよ」
「凜ちゃん静かにっ!」
「ごめん、かよちん!」
そこに、いてくれた。
列の真ん中に、ぽつんと。
以前、校門の前であった大人しそうな眼鏡の少女と、猫のような元気な子。
たった二人だけど、だからこそ直ぐに見つけた。
嗚呼──、自分たちを待ってくれた人がいた。
何故、自分たちは不安で忘れてしまったのだろうか?
来てくれると、二人の少女は約束してくれたではないか。
感極まった三人が涙でメイクを汚す前に、互いを握り合う。
三人の心は一つだった。
これじゃあ、失敗できないね。
ええ、私たちを見に来てくれた人のために。
うん、最高のライブをしよう!
静かにピアノのイントロが流れ、高らかに乙女たちが叫ぶ。
ことりが歌い、海未が歌い、穂乃果が歌い、三人が歌う。
何度も練習した踊りを、全力で披露した。
彼女たちはテレビで流れるプロのアイドルなど比べるまでもなく、同じスクールアイドルと比べても拙いところが目立つ。見るものが見れば、素人丸出しの演技だ。
だけど、彼女達は全力で舞い踊る。精一杯の笑顔を浮かべながら、声の限り歌った。
ゆえに、輝いている。
多く者を魅了するトップアイドルの眩しさとは違い、すぐにでも見落としな小さな光だが、眺めた者の心に灯すものがあった。
最初からライブに来ていた二人の少女は目を輝かせ、心から楽しんでおり、彼女たち以外にも人が徐々に増える。
ある少女は、人目を避けながら入り、椅子の背に隠れながら見つめた。
ある少女は、中に入らず、壁越しに耳を傾けていた。
ある少女は、気恥ずかしさで中に入らなかったが、入り口から様子を覗う。
ある少女は、音響と録画しているヒデコの元に現れ、静かに三人のライブを遠くから眺める。
ある少年は、背中に数人の少女たちを引き連れて、三人の歌を見守った。
最初は二人しかいなかった講堂も、数人であるが増えた。
だが、ライブをする三人はそれに気づかない。
彼女達は今、自分の演技に夢中である。
曲が終わり、人が増えたことに気づいたのは、演奏が終わった後であった。
三人は人が増えてることに驚きつつも、揃ってお辞儀すると小さな拍手が響く。
彼女たちは顔を上げ、改めて周りを見渡す。
花陽と凜は笑顔で拍手してくれていた。ライブの手伝いをしたヒデコ、フミカ、ミカもいつの間にか講堂に訪れ、拍手で三人を労う。入り口まで来ていた真姫も中に入り、静かに拍手していた。
更に、片隅で苦笑しながら拍手をする色明を海未が見つけ、彼の後ろにいるのが自分を閉じ込めた少女たちだと気づいた。
少女たちは申し訳なさそうに泣きながら、小さく拍手をしている。
それだけで、海未は彼女たちを許してしまった。
勿論、言いたいことはあるが、自分たちのライブで何かを感じ取ってくれたのだ嬉しかったのだ。
今はそれだけで海未は満足した。
充実した気持ちが海未の胸で満たされたとき、こつこつと彼女たちに近づいてきた少女に穂乃果が気づく。
「生徒会長……」
「どうするつもり?」
生徒会長、絢瀬絵里。アイスブルーの美しくも冷たい瞳が、三人を射抜く。
彼女は三人のアイカツに反対的であり、今回やってきたのも、単なる様子見である。
結果は言うまでもなく、失敗。絵里としてはここまでと判断していた。
「続けます」
だが、穂乃果が叫んだ。
「何故? これ以上続けても、意味があるとは思えないけど」
「やりたいからです!」
再び穂乃果が叫ぶ。
彼女は今湧き上がってる思いの丈を言葉にする。
「今、私もっともっと歌いたい踊りたいと思ってます。きっと海未ちゃんもことりちゃんも!」
同意するように海未とことりが微笑む。
穂乃果は二人を笑って見た後、改めて絢瀬絵里に瞳を向けた。
「こんな気持ち初めてなんです! やってよかったって本気で思ったんです!」
練習して、身体全部を出し切った爽快感。今にも倒れそうな体を、貰った拍手で支える。
全部が、初めて経験したことだった。
「今はこの気持ちを大事にしたい。このまま誰も見向きしれないかもしれない。
応援なんて全然してもらえないかもしれない。
でも、一生懸命頑張って、私たちがとにかく頑張って、届けたい。
今、私たちがここにいる、この思いをっ!」
穂乃果が言葉にした全ては海未の気持ちを同じだった。
それは、ことりも同様であり、三人は互いに握り合う。
「いつか、いつか私たち必ず、ここを満員してみせます!」
「なるほどね……」
すると絵里は穂乃果たちから目を逸らし、講堂の片隅に視線を向ける。
「丁度いい所にいたわね、新田君」
絵里の言葉を聞き、そこでようやく穂乃果をことりはその存在に気づき、呼ばれた色明は怪訝そうな顔を浮かべる。
絵里は生徒会長という立場だけあって、特待生である色明とは既に最低限の面識があった。
当然ながら、彼の素性も知っている。
「プロの貴方から見て、彼女たちのライブはどうだった? ここを満員にできそう?」
「…………、初めてのライブにしては悪くないと思いますよ。ここの満員も、頑張ればできるんじゃないすかね」
色明の言葉に、海未たち三人は安堵したように微笑む。
何故なら彼は有名のプロの歌手である。その言葉ならば、かなりの説得力があろう。
「そう。じゃあ…………」
聞いた絵里は特に感じるものがなかった様に、次の質問をする。
「彼女たちのアイカツで、廃校を阻止できるほのど人が集まると思う?」
先ほどよりも重い問いだった。
場が一瞬で緊張したものに変わる。
誰もが色明に目を向けてる中、彼は考える素振りの間もなく、答えた。
「いや、無理でしょ」
ガラスが割れた時のように、周りの空気が静まる。
色明の後ろにいた少女たちが、何か言いたげに睨んでるが構わず彼は話を続けた。
「俺も詳しくは知らないすけど、人を増やすのは数十人そこらじゃあ足りないですよね?」
「そうよ。少なくとも、学校存続のためには百人を軽く超えなければ駄目ね」
「なら、やっぱり無理すね。足りないものが多すぎる。奇跡でも起きないかぎりね」
「だったら、その奇跡を起こしてみせましょう」
口を挟んだのは海未である。
『海未ちゃん……』
心配そうに二人の幼馴染が彼女を見つめた。先ほど豪語した穂乃果も、流石に玄人である色明の否定に堪えたのだろう覇気を感じられない。
海未はそんな二人に微笑んだ後、色明に真っ直ぐな視線を向ける。
彼女の瞳を見た色明は、苦笑しながら彼女に尋ねた。
「奇跡っていうのは、起きないから奇跡なんだぜ?」
「違います。起きるから奇跡なのです。でなければ、奇跡という言葉すらこの世に存在しなかった」
凛とした揺ぎ無い言葉に、色明は目を丸くして驚く。
そして、彼はにやりと笑った。
「ならば、奇跡を起こしてみせると言ったその覚悟。証明してもらおうか」
「望むところです」
▼
「愚者のカード」
外の壁に背を預けて講堂の会話を聞きながら、生徒会副会長、東條希は一枚のカードを懐から抜き取った。
「敗北からの始まり。そこからの未知。ふふ、面白いことになりそうやん」
続きは本日の22時からです。