貴方だけの歌 ~ラブライブ! School idol IF~ 作:貫咲賢希
リ`・ヮ・)「この味噌カツ美味しいね!」
(^8^)「ハノケチェン、味噌おでんも美味しいよ!」
リ`・ヮ・)「おお! これが噂の名古屋コーチン!」
(^8^)「こっちはどて煮だよ。ハノケチェン、あーん」
リ`・ヮ・)「うん! うまい!」
(^8^)「はーい、次はこの手羽先も食べて~」
リ`・_・)(パク)
(//^8^//)「あ~ん。手羽先でも、ことりの手じゃないよ~」
リ`・ヮ・)「ごめんごめん。ねぇねぇ、こっちのういろうも美味しいよ!」
(^8^)「この小倉トーストも!」
リ`・_・)(モグモグ)
(・8・)(チュンチュン)
/cVσ_VσV「帰ったらダイエットですね」
「おい、どうした! ぜんぜん声が出てないぞ!」
『────』
Soleilのライブの日から二日後の月曜日、国立音ノ木坂学院。
「腹か声を出せ。こんなの、小学校授業レベルだぞ!」
『───────!』
まだ殆どの生徒たちが登校していない早朝の音楽室にて、少女たちの声が木霊する。
色明にそこへ呼び出されたμ'sの三人は、彼の指導の下、ボイストレーニングを行っていた。
「南、声が小さい!高坂、姿勢が崩れてきてる! 園田、音程が雑になった。周りに流されるな!」
『─────────ッ!!』
色明はプロのシンガーだけあって、歌には峻峭だ。
普段の飄々とした態度などまったく感じさせず、鬼気迫る威圧で少女たちを律する。
間違えば何度もやり直しをさせ、僅かなミスも許さない。
裏を返せば、それだけ色明が真剣な証拠なのだ。しかし、初めての本格的なボイストレーニングは少女たちにとって過酷だった。
三人は歌の特訓だと聞いたとき、音楽の授業のようなものかと思い浮かべた。
そんな過去の自分たちの浅ましさに嘆く。もっとも、事前の気持ちを変えたところで、いま感じている厳しさが変わったわけではないのだが。
身体中の空気は搾り出され、正しい姿勢を矯正されてる。
慣れぬことで神経が徐々に削れるが、気を抜くことは許されず、更なる心の磨耗を加速させた。
「よし、そこまで! 一旦、休憩だ!」
一通りやったので色明がそういうと、少女たちは大きく息を吐いた。
体力的にはランニングするよりも楽だが、精神的なものが辛い。三人共疲労困憊である。
「うぅ……。もう一生分歌った気がするよ。二人は大丈夫?」
「…………」
「私は何とか。ですが、ことりは声が出せそうにありませんね。のど飴食べます?」
「(こくり)…………」
海未は頷いたことりにのど飴を渡すと、自分も準備した水を飲み干す。
すると穂乃果が、離れた場所で何かの紙と睨めっこしている色明を眺めると、小さく呟く。
「新田君きついね。想像と全然違ってたよ」
「何事も鍛錬は厳しいものですが、想像外なのは同意見です」
「なんか、あれだね。あんな体育会系のノリみたい」
「ああ。聞いたところによると、昔、武道を習ってたそうですよ。その影響じゃないですか?」
それは何気なく海未が色明のことを調べたときに、見つけたインタビュー記事の情報である。
記事によると、色明は小学生の頃、知人の格闘家から武道を習っていたようだ。
今でも身体作りのために昔習ったことを日々繰り返しているらしい。
色明が武術を習ったことがあると知ったとき、親近感を覚えた。彼女は日舞の他に武道も日々研鑽している。
そして、以前自分を助けるため、体育倉庫の鍵を壊せたのはそれが理由かと納得しかけた。
だが、幾ら古びていたとはいえ、人の手のみで錠前を壊せるものなのか?
ガラス瓶を手刀で叩き切る人間ならば見たことある。
しかし、素手で金属を破壊できる人間はどれだけいるのだろうか?
生憎と、記事では色明がどんな武道を習ったのか書いてない。
底が知れない。と海未が思い返していると、何やら穂乃果が納得した様子で頷いていた。
「なるほど。どおりで海未ちゃんみたい酷いと」
「何が私みたいに酷いのですか?」
「は!? それは────」
「お前たち、そのまま聞け」
穂乃果の失言を助けたのは、いつの間にか近くにやってきた色明だ。
何を話すのかと三人が身構えて、彼は少女たちの視線が集まってから口を再び開いた。
「何度も言うが、お前たちは足りないものが多い」
それは色明が言ってきた言葉だった。
海未たちも解っている。廃校阻止を目指すのに対し、実力は未熟なのは自覚している。
しかし、何度も言われているが、別に平気というわけでもない。
悔しさで彼女たちが顔を暗くする中、色明は言った。
「だが、光るものがあるのも事実だ。これは世辞じゃないぞ」
そもそも見込みがまったくなければ、色明も彼女たちに付き合わない。
突然の賛辞に驚く少女たちを余所に、平然とした態度で色明は語った。
高坂穂乃果の歌は安定性あり、全体の支柱になる。
南ことり甘く蕩けるような声は、欲しくても手に入れることができない宝石。
園田海未の透き通った歌声は自身の生真面目さと、日本舞踊で身に付けた感性による賜物だ。
ライブの時に感じたものを、今日改めてボイストレーニングすることで色明は再認識した。
更に色明は、他の強みを説明する。
まずは手作りの衣装と歌。
特にアイドルの衣装は、下手な代物では人目で安っぽく感じてしまう。
だが、μ'sの衣装は今まで色明が見たことがあるアイドルたちのドレスと同等に感じた。
愛らしく、花がある。これを数日で作ったの言うのだから、ことりの手芸技術は驚愕に尽きる。
また海未が手がけた詩は、素直な気持ちが心に響くようだった。
単純に言葉を並べるだけでは、あのような歌詞は作れない。それこそ天性のセンスが必須である。
叶うならば、いつかその調べを、自身も歌ってみようかと色明は思っているのだ。
最後に、不屈の精神。
観客がほとんどいなかった、講堂ライブ。
廃校を救える目安として見せた、Soleilのライブ。
彼女たちはどれも挫けなかった。挫折や大きな壁を前にして、抱いた意思に陰りを見せない。
諦めが悪いのは確かだが、その負けん気を色明は賞賛する。
特にすぐ意思表明をした穂乃果の情熱は、尊敬に近い念すら抱いていた。
「えへへ…………」
「うふふ…………」
そこまで言われてしまったら、彼女たちも満更でもない
先ほどの疲労は何処かに吹き飛び、照れ笑いを浮かべる。
「あぅ……………」
ただ、海未には過剰だったようで、彼女は顔を真っ赤にして俯いていた。
「以上を踏まえて、これかは持ち味を生かしながら足りないものを補おうと考えている」
愛らしい少女の仕草に目を瞑りつつ、色明は今後の方針を語る。
「けど、俺はあくまで手助けをするだけだ。これはお前たちのアイカツ。ならば、お前たちなりにどうすればいいかのかも考えとけよ」
「うん。そうだね!」
真っ先に色明の言葉に応じたのは、穂乃果だった。
「新田君に頼るだけじゃなくて、私たちも練習以外で何かできることを考えてやってみるよ」
「それは結構ですが、行動する前に相談してください。前の動画撮影みたいなことは許しません」
「大丈夫、大丈夫」
調子の良さそうに笑う穂乃果を、海未はじっとりとした目で見つめた。
「その言葉に私が何度裏切られたのか、数えられます?」
「…………十回くらい?」
「少なくとも、もう一桁上なのは確実ですよ」
「そんな大げさなぁ……」
「では、私が覚えてる限りの穂乃果の所業を、己の身で改めて刻んで貰いましょうか」
「とても不安だよ!」
「高坂の折檻は後にして──」
「酷さが増した!?」
「俺としては、早急に行動したいことが一つある」
「行動したいこと?」
ようやく喉が回復したことりの反応に、色明は首肯する。
「勧誘だ」
▼
「だから、その話はお断りするって言ってるじゃないですかっ!」
一年生が使う教室の前で、甲高い声が響く。
声の主は、(本人的に)陰ながらμ'sの作曲をした西木野真姫であり、彼女の目の前に立つのは色明だった。
「そうなのか? 生憎と聞いてなかったよ」
真姫の勧誘は既に断られていると聞いている色明。
そんな彼は、白々しく初耳かのような反応を示したので、念の為に様子を見に来た海未が、遠い廊下の脇で狼狽する。
真姫に気づかれないよう、離れた位置で様子を覗ってる為、海未には会話の全部は聞き取れない。しかし、あの様子からして単刀直入に要件を切り出したのは明白である。
いったい何を考えているのか?
色明の目的は、見ての通り、真姫を本格的にμ'sへ引き込むことだ。
海未としてもを影ながら作曲してくれた真姫には感謝してる。
本音を言えば、真姫がμ'sに参加してくれたら心強い。
仮歌で聴いた声も綺麗だった。更に気品を感じさせるあの外見は、今のμ'sにはない魅力である。
一度拒絶したのにも関わらず、密かに曲を提供してくれたことで内面の良さも感じ取れた。
だからと言って、真姫を無理やり自分たちのアイカツに巻き込む気もない。
スクールアイドルというのは、簡単にできるものでもない。様々な問題も付き纏ってる。
既に海未は覚悟をしているが(できるとは言っていない)、人前で艶姿を晒すような真似を強要するしないし、したくない。
海未は色明という少年を少なからず評価している。
だが、色明が強引に真姫を引き込もうものなら、彼女は叩いてでも彼を止めるつもりだった。
「興味があると想ったから声をかけたが、違ったか?」
そんな海未の心配を余所に、色明は平然とした様子で真姫に話しかける。
本来訪れることもない一年生の教室の前なので、有名人である色明はいつも以上に注目の視線を集めていた。その張本人は慣れた様子でまったく気にした素振りを見せない。
だが、もう一人注目されてる真姫の方は、勝手に集まる視線が当然不愉快だった。
地味に過ごしたいわけでもないが、変に目立ちたいわけもない。
「き、興味ありません!」
よって自然と声も荒げる。しかし、それに臆する色明でもなかった。
「なら、何で作曲をした?」
「っ!? 勘違いじゃないですか?」
「高坂のところに届いたCDで、今もサイトにある曲はお前の声なんだけど?」
「聞き間違いじゃないですか?」
「おいおい、プロ相手にその言葉はないぜ」
「むぅ……」
目の前の相手が音楽の世界で生きる人間だと思い出し、思わず口篭る。
色明のことは解っている。この学校にいれば、そこまで興味なくとも嫌でも知る。
真姫の場合、彼自身の曲をしっかり聴いたことはない。
それでも、音楽関連のニュースで色明のことは前々から知っていた。
自分の一つしか違わないのに、音楽の世界で輝かしい業績を上げる歌い手。
その事実は、音楽に思い入れがある者として、尊敬よりも違う感情が勝っていた。
「仮にあれを作曲したのが私だったしても……」
一瞬、言いよどんだが、真姫はその言葉を口に出す。
「プロの貴方があの人たちに協力してるなら、私なんて必要ないじゃないですかっ」
「それはない」
即座に色明は否定した。意外な反応に真姫も目を丸くした。
「少なくとも、俺は短期間であれだけのクオリティの曲を作ることはできない」
「…………へぇ、そうなんですか」
「ああ、悔しいがな。作詞作曲演奏は一通りできても、あくまで俺はシンガー。歌唱が本業だ」
本当に悔しそうに。
けれど、どこか楽しそうに色明は顔を緩ませる。
「短時間であの曲を作るのは、正直天才の部類だ。趣味で留まらせるのは勿体無いほどに」
「…………」
真姫は言葉を失う。
プロが自分が作った曲を認めた。内心、驚きを隠せない。
胸の奥から、懐かしい感情が湧き出る。
自分のピアノを聴いて、綺麗だと言われたことは何度もあった。
けれど、本気で音楽に身を置いてる人間からの賛辞は、どれだけ久しぶりだろう。
「ぁ──」
思わず出かけた言葉が、途中で止まる。
替わりに、真姫は別の言葉を色明に伝えた。
「──だからといって、私が先輩たちに協力する理由はありません」
「協力、というよりやってみないかと誘ってるだが。作曲以外にも、スクールアイドルとして」
「余計にお断りです」
「けど、音楽は好きだろ? 作曲だけじゃなくて、演奏も。でなければ、あの音は奏でれない」
「…………」
そう言われた真姫が無言で色明を睨んでいると、予鈴のチャイムが鳴り響く。
「……これから授業ですので」
「ああ、それじゃあ」
それと共に素っ気無く立ち去ろうとする真姫に、色明はすんなりと引き下がった。
色明は背中を向けながら、彼をまだ見ている真姫に手を振るい、一年生の教室から離れた場所で海未と合流する。
何か言いたそうな海未に対し、色明はにやりと笑った。
「あともう一息だ」
「どこがですかっ」
呆れたように溜息を吐きながら、海未は色明の隣を歩く。
当然、彼女たちも授業がある。このまま立ち話をするわけにはいかない。
「確かにあの子がμ'sに入ってくれたら喜ばしいですが、強引に引きこむのは関心しません」
「別に無理やり引き込みたいわけじゃないけどな。けど、もったいないじゃないか?」
途端、海未は顔を顰めた。
熱が篭った瞳で、哀愁が漂うような薄い笑み。
色明が女性を気に入ってる姿は、前にもSoleilのライブで見たことがある。
しかし、その時は弄りがいある照れ。今回のそれは何処となく、海未は気に入らなかった。
「随分とご執心ですね。音楽の才能もそうですが、あのような子が好みなんですか?」
「あん? ……ああ。そういった意味で言ったんじゃねぇよ」
邪推されたと気づいた色明はすぐに弁明した。
「やりたいことを我慢してるなんて、もったいない。そう言いたかったんだよ」
「まるで、西木野さんが本当はスクールアイドルをやりたいみたいな言い振りですね」
「スクールアイドルていうか、音楽と誰かと一緒に何かしたい、て気持ちかな?」
「……益々解りません。何故、そう思うのです?」
「解るさ。あの歌、音を聴けばなぁ……」
「音を聴けば、解る?」
怪訝そうに眉間を寄せる海未。
色明は内緒事でも話すように、目の前に指先一本指しながら笑う。
「俺は音を通して心情をある程度察せれるんだ。拳を通さなくてもね」
意味不明の言葉である。
海未が問いただそうとしたが、丁度に二人は教室に辿り着く。
到着早々、クラスメートに声をかけながら色明は己の席に向っていた。
また彼に対する謎が増えたと、海未は内心で嘆息しつつ、自分の席に向かう。
隣の席にいる男子生徒を覗き見つつ、真面目な海未は今から始まる授業に集中するのであった。
▼
時間は少し遡り、色明が立ち去った直後。
真姫は自分の席に座った途端、今まで話かけられたことのないクラスメートたちに取り囲まれた。
「西木野さん、μ'sに入るの!」
真姫が驚く前に一人がそう叫んだので、すぐに彼女たちの用件を悟り、溜息を零した。
「入らないわ」
彼女たちが何処まで聞いたが知らないが、盗み聞きを咎める前に、真姫は先の質問に答える。
真姫がそういうと、周りの女子たちは揃いも揃って残念そうな顔を浮かべた。
「そうなんだ。もしも、入ったら海未先輩のサインをお願いしようと思ったのに」
「海未先輩?」
「そう、海未先輩よ! 弓道部のエースで今はμ'sでアイカツもしてる!」
聞き覚えのない名前に真姫が眉間を寄せていると、彼女達は勝手に海未のことを語り始めた。
「最初はスクールアイドルを高坂先輩たちに付き合って無理しているかと思ったけど、ご本人も納得の上でアイカツしてるから、私たちも本気で応援すると決めたのよ!」
「弓道の姿も凛々しくて素敵だけど、歌って踊る姿も可愛くて良かったわ! もう、私なんて動画を100回再生したわよ」
「あまいわね、私は200よ」
「二人とも愛が足りないじゃない? 私は300回よ。海未先輩のとこは何度もキャプたわ」
「それは誰でもしてるよ」
「ですな~」
「……貴方たちがその海未先輩て人を好きなのは解ったわ」
内心引きながら、真姫は海未先輩なる人物がμ'sのメンバーだと理解した。
ここで真姫は自分に絡んでくる高坂穂乃果のことは、彼女の実家にCDを届けれるくらいには知ってるものの、他のμ'sのメンバーは姿しか把握してなかったことに気づく。
そして、彼女たちの言葉から考えると、海未という名の少女はあの黒い髪の先輩だと確信した。
もう一人の先輩は、お世辞にも弓道などいうスポーツには無縁に見える。
実際、真姫が気になってμ'sの練習を見た時も、その人は高坂穂乃果と共に海未先輩と思わしき人物にしごかれていた。
しかし、その海未先輩なる人物は、弓道部のエースがスクールアイドルと掛け持ちしてるらしい。どちらも簡単にできるものでもないだろうに、と真姫は感心した。
「弓道部をスクールアイドルを両立するなんて、すごいわね」
「それだけじゃないわ! 海未先輩はあの園田道場の跡取り娘なのよ!」
思わず真姫が本音を零すと、周りの女子が更なる海未の個人情報を漏らす。
園田道場という名前は、真姫も聞き覚えがあった。
地元人間ならば知る有名な日本舞踊の大御所。道場では日本舞踊以外にも剣道、弓道、薙刀などの武術も指導しているという、古き日本文化技術を継承する場所だ。
その跡取り娘ということが真実ならば、多忙どころの話ではない。
「それ、本当なの?」
「なに? 信じられないの?」
思わず疑ってしまった真姫。周りの生徒たちは揃って不満そうな顔を浮かべた。
「だって、貴方たちの話が本当ならば、家でもやっている弓道はともかくとして、スクールアイドルをしてる余裕なんてないでしょう? 跡取り娘なら家を継ぐために普通は習い事の毎日じゃない」
「それは私たちも心配で訊ねてみたんだけど、家の稽古は朝と夜にやってるから、両親にもスクールアイドルのアイカツは認めてもらってるそうよ」
「両親に、認めてもらっている……」
「は~い、授業をしますので席に着く様に」
そこで教師が教室にやって来た。
真姫の周りに居た女子たちは慌てて散開し、真姫も机の中から授業の準備を取り出す。
ただ、授業の内容はあまり頭に入って来なかった。
▼
西木野真姫は勉強よりもピアノが好きだった。
子供の頃の将来の夢は、ピアニストになること──だった。
ある日、コンクールで賞を取った。
コーンクールで賞を取ることは初めてではなかった。
毎回一番の成績を取っていた。
けれど、その時のコンクールでは一番ではなった。
だが、悲しかったわけではない。
自分ではない一番の人間を褒め称え、自身のピアノも認めて貰えたので嬉しかった。
しかし、その時、彼女の両親はこう言ったのだ。
『あら、一番じゃなかったのね。でも、大丈夫! 真姫ちゃんは勉強では一番だから!』
『真姫はえらいな、勉強ができて』
『勉強ができるなんて、ピアノができるよりずっとずっとすごいわ』
それは、最初は慰めだったかもしれない。
いつも一番であった娘が悲しまぬように、別のことで気を持たせようとした。
『毎回一番なんてすごいぞ。これなら、西木野総合病院の名女医さんだな』
だが、いつしか、慰めは期待にすり替わっていた。
疎らにコンクールで賞を取るピアノよりも、常に一番である勉学の才に目を付けたのだ。
西木野家は地元でも大きな病院を経営しており、当然、一人娘の真姫は将来を期待される。
──徐々に真姫の心が変わった。
音楽が好きなままだ。
親の期待が重かったわけではない。
医者である父親のことを尊敬している。
人を救う家を誇りに思っていた。
「おおきくなったら、おいしゃさんになるの」
真姫がそう言うと、大好きな両親が自分の頭を嬉しそうに撫でてくれたことを覚えている。
だから、自分の夢が、親と同じであった素敵だと思ったのだ。
ゆえに、彼女の将来は医者になること。
勉強ができるからといって、簡単に通れる道ではない。
他のことなどをする余裕はない。スクールアイドルなど、もっての外だ。
でも────、気がつくと、彼女の指先はピアノの鍵盤を求めてる。
▼
昼休み。早々に昼食を済ませた真姫は音楽室に向かおうとした。
悩み事。考えても解らない時、真姫はピアノに没頭する。
悪い言い方をすれば音楽に逃避してるのであり、本人も自覚している。だが、未成年で煙草酒などでストレスを解消するよりは健全な発散方法だろうと、見えない誰かに言い訳した。
しかし、職員室に鍵を借りにいこうとすると、既に貸し出し中と言われて機嫌を悪くする。
更に、先に音楽室の鍵を借りに来てたのが新田色明だと知り、彼女の機嫌は益々悪くなった。
だが、音楽室を借りることを責めることはできない。
聞く話によると、今朝もスクールアイドルの活動のため音楽室の鍵を借りたようだ。気晴らしにピアノを触るよりも、建前が上である。
それでも、真姫は自分の『楽しみ』が奪われた気分で不満だった。
面と話したのは、今日が初めてであるが、真姫は新田色明のことが気に入らない。
女子高に男子生徒が通うのも、理由は解れど場違いだと思っている。
一度断っているのに勧誘するしつこさや、態々教室までやってくる図々しい行い。
真姫は色明に腹を立てている。
いや──、と真姫は歩きながら否定した。
そういった気持ちがないわけではないが、本当は色明に嫉妬しているのだ。
ただ、単純に自分の好きなことだけをする人間が羨ましい。
音楽を自由にできる人間。そんな者が、自由に音楽ができない自分を追い立てる。
何故、音楽をしないのかと?
色明は自分の事情も知らない。単純に技量を買って声をかけてるのだと、真姫は理解している。
プロに自分の音楽を認めて貰えたのは嬉しい。
だけど、それ以上は余計なお世話。
自分の音楽は終わったのだ。作曲をしたのも、単なるお節介。
これかは医者になるために時間を費やすのである。
だからきっと、自分が音楽室に来たのは未練ではなく、新田色明にはっきりと断るためである。
廊下から見える窓の向こう側では、音楽室のピアノに色明が座っていた。
真姫は扉を睨み、手を伸ばした。
「────」
だが、聞こえた歌声にその動きを止まる。
微動だにできなかった。
顔を上げて確認するまでもない、これは新田色明の歌声。
色明はピアノを弾かずに、自分の歌声だけで奏でていた。
──初めて聴くその歌声は、真姫にとって圧倒的だった。
声量が違った。高らかに響くこの声ならば、遥かな外まで届くようだ。
技量が違った。水のように透き通る旋律は、耳の中に自然と流れ込んでくる。
感動が違った。多くの音楽を聴いてきた真姫だが、歌声だけで心がここまで震えたことは少ない。
何より、声を聴いてるだけで、『音』を『楽』しんでいると伝わってくる。
プロだから、という枠組みだけでは計り知れない、音楽がそこにあった。
自分の些細な動きでこの音楽を壊してしまわないように、真姫はゆっくりと顔を上げる。
一人の少年が、柔らかな表情で歌う。
瞬間、間違いなく真姫はその姿に見惚れていた。
けして神秘的な光景だったわけではなく、ましてや異性としての興味ではない。
ただ、色明が歌う姿が眩しくて見えて、眺めていたのだ。
しばらく、歌のみで音楽を奏でていた色明が、そっと両手ピアノに伸ばす。
『~~~~♪』
「うっ…………」
「むっ…………」
一節、色明の歌声とピアノの音が交じり合うと、真姫と色明は同時に顰め面を浮かべた。
真姫は拍子抜けしたように肩を崩し、色明も演奏を中断する。
別に色明のピアノが下手だったわけではない。最低限弾けていた。
だが、最低限弾けれるだけでは彼自身の歌声と差があり過ぎて噛み合わなかったのだ。
例えるなら、ピアノの演奏中におもちゃの楽器があわられたような陳腐さ。
聞き手であった真姫はそう感じ、奏者である色明も同様の感想である。
仕方なさそうに色明はピアノだけで奏でてみると、先ほどよりは良い音が響く。
それでも、真姫が奏でるピアノに比べると、数段格落ちであった。
真姫は、歌唱が本業だと言った色明の言葉を思い出す。
確かに歌は素晴らしいが、他は自分が上なのではないかと少し優越感に浸る。
「けど、何で一人でピアノを弾いてるの? 自分がスクールアイドルをするわけでもないのに」
それで余裕を取り戻した真姫は、思わず独り言で愚痴る。
これがμ'sの活動に関係ないことならば、別の場所でしてほしい。
真姫の家にもピアノはあるが、両親の目が気になって集中できないのである。だから、真姫は誰も使っていない学校の音楽室でピアノを弾いていたのだ。
「私たちの課題曲のために練習してるそうです。声なしの曲は、見つからなかったそうなので」
「ひゃ!」
思わず声を出し、驚く真姫。
自分以外誰もいないと思っていた廊下には、視線を向けると教室でクラスメートたちに半強制的に教えられた園田海未が立っていた。
「い、いつから!? ……い、いたんですか?」
「少し前からですね」
相手が上級生だと思い出し、最後にそう付け加えて訊ねる。
挙動不審の仕草だが、海未は気にした様子もなく答えた。
「丁度、彼が歌いだしたときに来て、邪魔しないよう待ってました。今は何故か歌は止めて、ピアノだけを弾いてますけどね」
「それは──あの歌声とピアノのレベルに差があり過ぎるからです。歌は流石プロって感じでしたけど、ピアノの方はただ弾けてるだけ。それなら、歌わないほうがまだ良く聴こえますよ」
どこか残念そうに語った海未に真姫は説明する。
それを聞いた海未は納得した顔で頷く。
「なるほど。私は気にならなかったのですが、流石ですね」
「まぁ、音楽を色々聴いてると嫌でも気づきます」
海未の微笑み、真姫は髪を弄りながら顔を背けた。
昼休みに二人きりの廊下。色明のピアノだけが静かに鳴り響く。
「入らないんですか?」
何故かその場から動こうとしない海未。
気まずくなった真姫は思わず訊ねた。
「いえ……。邪魔をしないほうがいいでしょう。貴女が拙い演奏だと感じてるなら、あの人もそう感じてるでしょうし……」
そうやって苦笑しつつ、海未は音楽室に視線に向ける。
中では未だ廊下にいる海未たちに気づかず、真剣な顔でピアノを弾き続ける色明。
「格好付けたがりなので。私たちのために不慣れなことをする時ぐらい、見栄を張らしてあげます」
くすりと笑う海未。
それを見た真姫は何故だか恥ずかしくなり、またも顔を背ける。
すると、今度は海未が真姫の方に顔を向け、不思議そうな目で彼女を見つめた。
「ところで西木野さんは、何故此方に?」
「!? た、偶々通りかかっただけです! 人がいなかったら、ピアノでも弾こうと思っただけで」
「ああ……。それは、なんだかすみません」
「別に謝ることはないです。早いもの勝ちですし。何より、練習に必要な課題曲の準備なんですから、気にする必要もありません」
課題曲というのは、新田色明が加入するに在ったって、μ'sの歌唱力を高めるためのものだろうと真姫は理解していた。
それは正解であり、技術の向上で自力を高めるならばプロの模倣は常套手段である。
武術ならば熟練者の動きを真似る。料理ならば店の料理を真似る。音楽ならばプロの演奏を真似たり、過去にあった名作を奏でることによって技術を高めるのだ。無論、真姫も経験がある。
「そう言ってくれると助かります。正直申しますと……。あの人も忙しい中、態々時間を作ってやってるので、ご理解頂けたほうが助かりました」
「忙しい……」
「今日も放課後が終えた後も、仕事があるようです。今日は宿題も沢山出たので大変でしょうね」
「ファンの子たちに見せてもらえばいいんじゃあ……」
「彼、意外と真面目なので。解らないとこがあれば、ギリギリまで自分で考えるのですよ? 穂乃果も少しは見習ってほしいですね」
聞き覚えのある名前が出て、思わず噴出すのを堪えながら、真姫は納得する。
確かに、あの自由奔放な先輩は普段あまり宿題をせず、この先輩に??られてそうだ。
しかし、すぐ真姫はばつの悪そうな顔になった。
新田色明のことを好き勝手に自由に音楽ができると羨んでいた。
けど、彼は人の何倍も苦労しているようである。
彼は自分たちと違い、既に社会に身を置いている。
ならば、恵まれた家庭でバイト一つもしたことない真姫には想像もできない苦労があるはずだ。
そして、海未の言葉を聴く限り、学業も疎かにしていない。
一部の天才たちは、その才能を免罪符に他のことを疎かにしても許されている。
真姫からすれば、それは単なる甘えにしか感じなかったが、どうやら新田色明はそのような人種ではないようだ。
更に、どんな心境かは解らないが、彼はμ'sに協力もしている。
何が好き勝手に音楽をしているだ。相手の苦労も考えみない己を、真姫は恥じた。
「……忙しい、といえば。聞きたいことがあるんですけど」
「? はい、なんですか?」
自分勝手な認識を反省すると、もう一つ気になっていたことを思い出す。
真姫は海未に訊ねる。
「先輩が、あの園田道場の跡取り娘という話は本当ですか?」
「えっと……。本当ではありますが、何故それを?」
「クラスの人たちが話していたので」
「あぁ……」
真姫がそういうと、海未は乾いた笑みになる。
どうやら、あの熱狂的信者たちは当人に認識されているようだと、目の前の先輩を気の毒に思いつつ、真姫は更なる質問を投げかける。
「大丈夫なんですか? 聞いた話だけでも厳しい家柄みたいですし。スクールアイドルなんて浮ついたもの、よく御家族が許してますね」
「昔から付き合いある幼馴染と一緒なら大丈夫、と。穂乃果のことなんですけど、家の両親は実の娘よりも穂乃果に甘いですから」
困ったものだと苦笑する海未。
自分の両親が穂乃果に甘いことに、不思議と嫉妬を感じたことはない。
普段厳しく接していても、海未自身穂乃果には甘いことがある。つまり、そういう血筋なのだと思っていた。
「それに稽古も朝、夜共にやってますし、今のところ、問題はありません」
「……辛くないのですか?」
小さな声で、真姫は質問を続ける。
その答えに海未は、少し間を置き、口開く。
「まったく辛くないと言えば、嘘になりますね。自由な時間も減りましたし、日舞とアイドルの勝手が違うのにまだ慣れません。露出が多い衣装を着て、人前で歌って踊ることも平気とはいえません」
そう言いつつ、まったく辛さを感じさせない笑みで、ですが──、と海未は続けた。
「今はしないほうが辛い。廃校阻止という目的もありますし、誰かと共に一つのことをやり遂げる達成感は、日舞や武道をする時にはありませんでした。何だかんだ、アイカツを楽しんでますしね」
「しないほうが、辛いですか……」
「その我侭を通すためにも、日々精進あるのみです」
力強い言葉に、真姫は何も言えなかった。
自分はここまで言えるだろうか?
辛いと承知の上、両親の期待も裏切らず、自分の好きなことをできるだろうか?
「……、すみません。次、体育なんでこれで」
答えが見つからない真姫は、その場にいるのが辛くなり、逃げるように立ち去ろうとする。
「あ、すみません! 私からも一ついいですか?」
そんな真姫を海未が急に呼び止める。
「…………、何か?」
「素敵な曲を作ってくれて、ありがとうございました」
「だから、あれを作ったのは私じゃあ──」
「いや、もういいじゃないですか。何貴女もばれていないとは思ってないでしょう?」
「うぅ~……」
「以前、穂乃果からはお礼がありましたが、私からも一言と伝えたくて」
「…………」
「ありがとうございます。貴女のおかげで、私たちはアイカツを始めることができました」
深々と頭を下げる海未を真姫はじっと見つめる。
「……、終わりましたか? それじゃあ、本当にこれで」
「ええ。呼び止めて、すみません」
「…………」
そのまま真姫は今度こそ立ち去ろうとした。
しかし、少し歩いたところで何故か真姫は立ち止まる。
それに気づいた海未も不思議そうに彼女を見つめた。
「私も──」
「?」
「先輩があの歌詞を作ってなければ、曲なんて作ってなかった」
以前、穂乃果に歌詞を強引に渡された時に聞いた、作詞者の名前を思い出した。
だから、真姫も伝えることにする。
「先輩の歌詞も、素敵だと思います」
そう言い残して、真姫はその場を走り出す。
面を食らった海未だったが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
きっと顔を赤くしてるのだろう思いながら、小さくなる背中を彼女は眺め続けるのであった。
以前にランキングでラブライブ!の似たようなタイトルが上がってのを見かけたんです。
しかもこの小説同様、第一話のタイトルがヒロインのソロ曲。被りすぎなので、こっちの作品タイトルを変えたんですよ。
ではでは、また次にお会いしましょう。