ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~   作:黒兎可

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約束された苦笑の名札(ペナルティ・ボブ)


Oh! 魔術師の行動原理 その1

 

 

 

 

 

 五年前の冬の日。

 始まりの夢を見た。

 

 だっていうのに、その色は赤茶けていて――――。

 

 あれ? どうして。

 どうしてキ×××の顔に、まるで、カッターで切り裂いたみたいな瑕が――。

 

 

 

   ※

 

 

 

「……う……、口の中、まずい」

 

 濁った血の味と共に、どろっとした空気が呼吸と共に出た。

 目を覚ますと、見慣れた自室。

 

「――――」

 

 なんでこんなことになっているのか、いまいち不明。ただ顔を洗いに起き上がった瞬間、眩暈がして、立ちくらみを起こした。

 

 一通り終えて、居間に到着。

 

 

「――――おはよう、衛宮士郎。勝手に上がらせてもらっている」

 

 ――――。

 座布団に正座しているのは、アーチャーだ。首からダンボールに「ぼぶ」と書かれたカードを下げて、それでも無表情のまま。……嫌がらせだろうか。服装の印象は和的というか、仏教的なニュアンスもあるものの、容姿の問題で明らかに場にそぐっていない。困惑する俺に、男は嗤った。

 

「マスターならそろそろ来る。客間を勝手に使わせてもらったが、それくらいは大目に見ろ」

「……遠坂が? というかお前、どうして」

「やれやれ、昨夜の一件についての理解が足りないとみえる」

 

 昨夜? と言われてから思い出した。

 

 吐き気が戻り、体がばらばらになるような痛みを思い出す。

 

 って、おかしいぞこれ。

 俺、ほぼ即死だったじゃないか?

 

「ヘンだ、なんだって生きてるんだ? 俺」

「大方、体内(うちがわ)妙なもの(ヽヽヽヽ)でも組み込まれているのだろう。俺にも覚えがある、ような気がする」

「妙なもの?」

 

「お、はよう……、顔洗ってくる……、ボブ(ヽヽ)……」

 

 と。俺たちにそんなことを、うろんな声で言いながら、半眼、酷い顔を片手で隠しつつ、飛んだ撥ねたしている髪をそのままにして、のそのそと歩く彼女が居た。

 

 ……。

 ナニカ今、妙なものが居間の前を横切ったような。

 

「アレではない。断じてアレではない」

 

 俺の内心を察してか、ひたすらに無表情を貫くアーチャー。……本人は嫌がっているみたいだから、せめて俺はアーチャーって呼んでやろう。

 

 まぁともかく。しばらく経ってからこちらに帰ってきた遠坂は、いつも通りのぴんしゃんした姿に戻っていた。……うん、俺は断じてあんなものを見ていない。学園のミスパーフェクト……、は若干崩れ掛かっているが、見ていないったら見ていないのだ。

 

「衛宮くん、起きたんだ。じゃあ、昨夜の一件について謝罪を聞かないと、落ち着けないわ」

「謝罪?」

「自分がどんな無茶したかってことよ。フンッ」

「何言ってるんだ、あの時はアレ以外、方法なんてなかったろ。それに、アーチャーだって――」

「ボブのことはどうでも良いの。ペナルティは与えたから。

 でも……、ごめんなさい」

 

 ぴくり、と目を閉じた眉根が動いた辺り、言いたい事はあるんだろうが、いつものように皮肉を飛ばしてくることはない。どうやら本当に、何かしらのペナルティを負わされているらしい。

 ……いや、ていうかボブって。ペナルティの一環だろうか、それ。

 

「でも、そもそもマスターが死んだらサーヴァントだって消えるって言ったでしょ? だっていうのにサーヴァントを庇うなんてどうかしてるわ? 貴方あの調子だったら、アーチャーの一撃がなくても出たでしょ。

 ……まったく、身を挺してサーヴァントを守るなんて無駄以外の何物でもないって解ってるの?」

「いや、庇った訳じゃない。ただ助けようとしたら……」

 

 もちろん、あの怪物相手にそんなことをすれば死ぬだろうと考えてはいたが、それはそれだ。

 

 勘違いしてるみたいだけど、と前置きし遠坂は続けた。負けることが死ぬ事に繋がる。一人で生き残れると認識させようとして教会に連れて行ったのだと。そうすれば、最後までやりすごせるだろうと。

 だから、それに気付かずバーサーカーに向かって行ったこっちに苛立っているのかと。

 でも、なんでそれに遠坂が怒るのか。関係あるのだろうか。

 

「関係あるわよ! このわたしを一晩も心配させたんだから!」

「途中で寝落ちしていたから、客間に寝かせたが」

「ボブは黙って」

「む……! む、……」

 

 ぐぐ、と口走ろうとしたアーチャーが無理やりに動きを強制されてしまっているようだ。あれは、一体何なんだろうか……。

 

「けど、そうか。世話になったんだな。ありがとう」

「――――ふん、解れば良いわよ。

 じゃあ本題に入るけど――――」

 

 手始めに昨晩、あの後どうなったか確認。なんでもあの後、首から上を再生させつつバーサーカーは立ち去ってしまったらしい。そして何故か俺の体は勝手に治り始め、意識が戻らないそんな俺をここまで運び今に至る。

 

 ここで重要なのは、傷を完治させたのは俺自身――あるいはセイバーに由来しているということ。

 

 とにかく無茶はしないこと。セイバーの力を借りて、彼女の力を減らし、傷を回復させながらあまつさえ戦わせることになるのだから。

 

「次は真面目な話だけど、いいかしら?」

「遠坂がここに残った本題ってヤツだろ。いいよ、聞こう」

 

 これからどうするのか、という遠坂の問いに、俺は答えられなかった。そもそも聖杯なんてもの、俺は要らないのだ。欲しくないもののために命を張るのはどうかと思う。

 

「サーヴァントが無償で人間に従うなんて思ったの?」

 

 と、そんなことを言ったらまた遠坂に怒られる。サーヴァントたちは、どうやら聖杯を報酬に現世に呼び出されているらしい。万能の願望機があるから、サーヴァントは呼び出されマスターに付き従うのだと。

 

「だから、サーヴァントはマスターが命令しなくても他のマスターを殺しに……、殺しにかかる。聖杯を手に入れるのは一人だけだから、自分たち以外の手に渡るのを許容できないのよ」

 

 そして聞いた話をまとめると。……どうも俺は、聖杯そのものには興味はないが、聖杯戦争で犠牲が出るのを許容できないらしい。物理的な被害のみならず、サーヴァントを強化するために魂を喰らうようなことさえするやつがいるかもしれないと聞かされれば。

 

 そして、遠坂から挙げられたのが次の提案だ。

 

「……休戦協定?」

「そ。共闘戦線でも良いかなと思ったんだけど、うちのボブがどうもお気に召さないらしくてね。……最低でも、あのバーサーカーが倒れるまで、お互い潰しあうのは止めましょうって事」

「いや……、いいかげんツッコまないで来たけど、流石に違和感あるぞ。

 何だよボブって。アーチャーのことだろ?」

「あら、貴方もそういう印象なんじゃない。

 いいのよ。今日一日はペナルティよ。あの時、たまたま宝石のストックが残っていたから事なきを得たけど、一歩間違えれば私だって巻き添え喰らってたんだから。なのに、何て言ったと思う?」

 

『――――なぁに、マスターの悪運を信じたまでだよ』

 

「ぜぇったい何も考えてなかったわよ、コイツ。じゃなければ、私が行動不能になるくらいのダメージを負えば、いちいち指示を仰がないでも動けるかー、くらいに考えてたんじゃないかしら。

 申し開きはある? ボブ」

「…………」

 

 なるほど、まぁ、そのペナルティがボブ呼ばわりというのだったら、まだ可愛い方なのかもしれない。

 でも、今のやりとりを聞いて確信した。コイツとは相容れない。生きる目的というか、方向性が違いすぎるような、そんな直感を得てアーチャーの方を見た。

 逆に向こうは、まるで針の穴に糸でも通すみたいに、目を細めてこっちを見てくる。

 

「……判った。その話に乗るよ。正直、遠坂とは戦いたくないしな」

「また昨日の……。まぁいいわ。じゃあ、そういうことだから」

 

 ふあああ、とあくびをしながら立ち上がる遠坂。

 ついでに正座していたアーチャーも、顔色一つ変えず立ち上がる。

 

「それじゃあね。次に会っても……まぁ、今まで通りに。

 後のことはサーヴァントにでも聞きなさい」

 

 そして見えなくなる遠坂の後を歩きながら、アーチャーは一瞬振り返り。

 

「惣菜を一つ作ってある。……マスターからの侘びだ、受け取っておけ」

 

 と、そんな爆弾発言を残して行った。

 

 あー、とりあえず……。

 

「あれ……、おかしいな、あの格好なんだ。居ればすぐに判りそうなものだけれど」

 

 居間から出てそう言いつつ辺りを見回すが、屋敷のどこにもセイバーの鎧姿は見当たらない。遠坂に言われた通り、セイバーから話を聞こうと屋敷の中を探している。

 

 いやそもそも、マスターだなんだと言いはするが、俺はセイバーのことについて何一つ知らない訳だし……。

 

「――――ッ!」

 

 静まり返った道場に、セイバーは居た。

 その姿は、昨日までの彼女と違う。板張りに座っていた彼女は、鎧を纏っていなかった。

 

「…………」

 

 彼女に合う上品な服装。

 凛と背筋を伸ばしたその姿を見て、言葉を無くした。そして同時に理解する。亡霊だろうと何だろうと、彼女は神聖なものなのだ。なら――――この先、間違った道を歩む事はないだろう。

 

 改めて声をかけて話すと、思わず戸惑ってしまう。それくらいに彼女は、とんでもなく美人なのだ。昨日で知ってたつもりだったけど、今更に思い知らされた。

 

「シロウ。昨夜の件について言って起きたい事があります」

「?」

「貴方は私のマスターです。その貴方に、あのような行動をとられては困る。戦闘は私の領分なのですから、貴方は自分の役割に徹してもらいたい」

「あれは仕方なかっただろう。ああでもしなきゃ、お前が死んでたぞ。ちょっとでもタイミングが違えば、そもそもお前が殺されてた。そんなのは駄目だ」

「……? 貴方は出会ったばかりのサーヴァントに、身を張るほど心を許していたのですか?」

「いや、だって。これからよろしくって、握手、したじゃないか。一緒にやっていく相棒なんだから、それくらいは当たり前だろう。

 それに、女の子を助けるのに理由なんているものか」

「――――」

 

 一瞬、虚を衝かれたように目を見開き、目を閉じ、セイバーはこちらに向き直った。

 

「あー、でも、ともかく助けてくれて助かった。運んでくれたのもセイバーだろ? ありがとう」

「……何故、目を合わせないのですか、シロウ」

 

 それは、仕方ないと思っていただきたい。だって、そんな真剣な目で見つめられても、こう……。

 

「……それはどうも。サーヴァントとして当然ですが、感謝されることは嬉しい。貴方は礼儀正しいですね」

「いや、別にそんなこともないぞ、俺。嫌いな奴ははっきる分かるだろうし」

「いえ、キ……、何でもありません」

 

 何かを言いかけて、セイバーはそれを飲み込んだ。

 だが、今はそれよりもはっきりさせなきゃいけないことがある。

 

 俺がセイバーを呼び出したのは偶然であること。

 マスターとしての知識も力もないこと。

 

「わかりました。ですがシロウ。貴方に敗北は許さない。

 ――――何より、聖杯を手に入れるため。私の望みを叶えるためにも」

 

 凛として語るセイバーの言葉に、俺は遠坂の言葉を思い返していた。 

 

 

 

   ※

 

 

 

「で、その服どうしたんだ?」

「凛がくれたものです。霊体に戻る事ができませんから、せめて人目につかないようにと。それが何か?」

「え? あ、うん、何というか……、似合ってるなって思って」

「えっ……」

「あ、いや、えっと、昨日の鎧! あれってどうしたんだ?」

「武装の有無については自由なので、この服装の時は外してます」

 

 サーヴァントについて、それぞれ七つの(クラス)についてとか、色々聞いた。後は今みたいに気になったこと、どうでもいいようなことについて聞いたりして。

 

 とりあえず、二人で夕食。……会話が進むなんてこともなく、とりあえずテレビを点ける。

 

 ニュースで流れてくるのは、アーチャーの起こしたあの爆発だ。……ガス爆発ってことで処理されているけど、これ、どう考えてもおかしいだろ。この辺りは、遠坂の言っていた魔術協会とかいうところが手を回しているのだろうか。

 

「……、…………、…………」

 

 ちらり、と横目にセイバーを見る。

 セイバーは黙々と食事を進めている。上品で、器用に箸を使っているあたり剣を振るっていた少女とは思えない。そして、手を付けてない料理に手を運ぶたび、こくこく頷いていたりする。

 

「……美味いのか?」

「……ええ。実に見事な味付けです」

 

 それは良かった。なんとなく気恥ずかしくなったが、思わず笑う。でもセイバーも受け答えながら顔をほころばせるものだから、直視していられない。

 

 いや、いかんいかん。気を取り直して……。

 

「で、セイバー。今後の行動方針なんだけど」

 

 とりあえず、俺に出来そうなことといったら無い。今まで一緒の学校に通っていた遠坂のことさえ見抜けなかった俺に、今更マスターがどうのと見抜ける気はしない。

 強いて言えば、気付かれないようにするだけだ。

 学校にだって、今まで通り。

 

「学校……、シロウは学生なのですか?」

「遠坂もだぞ。……って、あ、そうかセイバー生徒じゃないんだから、学校には入れないか。

 ……学校に行ってる間、うちで待機してもらうしかないか」

「……学校に行かない、という選択肢はないのでしょうか、シロウ」

「それ、絶対怪しまれるぞ。……それに、あれだけ人がいる場所っていうのも、そうはないぞ? 魔術師は秘術を隠すもの。日中はあまり活動しないはずだ」

「ですが……、凛のサーヴァントが言っていたように、甘い見通しは危険です」

「? セイバー、いつの間に遠坂と仲良くなったんだ?」

 

 俺の言葉に、セイバーは少しだけ目を大きくした。

 

「凛から聞いていないのですか?」

「何の話だ?」

「……そうですか。ええ、仲良くなったというより、好感が持てる相手だったということです。

 凛は、信頼に足る人物かと思います」

「……いや、あれがか?」

 

 脳裏で笑う遠坂は、札束を扇子代わりにして「オーッホッホ」なんて笑いながら、膝を付く俺の背中に座っているイメージだ。

 

「無論、条件はあるでしょうが、彼女の人柄は悪性のそれではない」

「まぁ、それはそうなんだろうけど……」

「でしたら、私から一つ提案が」

 

 頭を傾げる俺に向かって、セイバーは立ち上がり、両手を腰に当てて胸を張り。

 

 

「――――――学校の行き帰り、私が護衛をするというのはどうでしょう。幸い、『スーツならばあります』」

 

「…………」

 

 どこのSPか、と。

 得意満面のセイバーに、却下と伝えたのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 




ケリィ「……(まさか僕のスーツを使うつもりじゃないだろうな、この騎士王)」

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