ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
こちらを邪道だと斬り捨てる黄金の彼女――――騎士王の姿は、見るだけで何故か眩しい。
ただ、そのせいで戦力が鈍る事はない。眩しいならば眩しいなりの戦い方があるというだけだ。少なくとも、そんなもの俺には関係ない。
あの槍持ちの狗を退けただろうことは容易に予想がつく。それだけの圧であり、またそれだけの戦士だ。くさっても光の御子と呼ばれたクー・フーリン。それを相手に立ち回る彼女は、並の英雄ではないだろう。
しかし、それに待ったをかけるのは小僧。
小娘――――俺を召喚した小娘も様子がおかしいと判断したのか。一歩前に出て、様子を窺う。
そして、俺達は察した。あの小僧は、完全に素人。
こと聖杯戦争に関して言えば、無知もいいところ。
只それに対して、セイバーを召喚した小僧に対する小娘の態度が、明らかに柔らかすぎるだろう。
「ふぅん……、そういうことね。
――――アーチャー、悪いけどしばらく霊体になっててもらえる?」
「……くく、そうかそうか。マスターはああいうのが好みか。じゃあ仕方ないな、それじゃ戦意も失せるか」
「――――ちょ、何バカなコト言ってるのよ! そういうんじゃないってわかってて言ってるでしょ、アンタ!」
霊体になりながらからかってみれば、明らかに熱のある反応。これには身に覚えがある。覚えがありすぎて良い記憶が欠片もないのだが、まぁ悪い記憶とて欠片も思い出せないのだからおあいこということにしておこう。
反転してもしなくても、女運はなかったんだろうが。
しかしなるほど。ならば腹は決まった。
敵である小僧に対してそう接するならば、俺の腹は決まっている。
状況説明のため教会に出向いた俺達だったが、しかし教会か……。聖杯自体、ルーツはかの聖人に由来するのだから、そこまでおかしいことではないのだろうが。
「アイツに自分のサーヴァントなんて見せたくないし。しばらくここで待機してて、アーチャー」
護衛も連れずに、あんな苦虫を噛み潰したような顔をしながら中に入っていく様は恐れ入る。おまけにそんな内心を小僧相手におくびにも出さないのだから、なかなかご執心のようだ。……せっかくだし、何かあっても狙撃できるようにライフルを用意しておこう。
さて。
「……何用か、アーチャー」
ぼんやりと何事か考えていた黄金の彼女が、俺の視線に気付く。今にもその、霊体になれないからと着せられたレインコートを脱ぎ捨てて襲いかかってきそうな勢いだ。
これには肩をすくめて現れる。
随分嫌われたものだ、と思いつつも、顔は一ミリたりとも動かなかった。
「どうやら、ここの神父に俺の事を開示したくないらしい。この場で『待て』と言われてしまったので、やることがないんだよ」
「周囲の警戒をしないのか、貴方は」
「いや、屋敷の時とは都合が違うからな。ここは非戦闘地帯と言えるし、お前も居るんだから、そこまで肩肘をはる必要ないだろ。
常に最大パフォーマンスを追えば、その分どこかで、ほころびが出るものだ。サーヴァントだろうと人体の再現に他ならない以上、無茶をする必要はないな」
半分本心、半分おためごかしを語り。ならば何故、私を見ていたのか。そう問いただされたので、目を閉じ嗤った。
「なぁに、眩しいな、と感じていたまでだよ」
とっさの言い訳ではあるが、実際問題その通りなので隠すことではない。
「……髪の色のことでしょうか?」
なんでさ。
いや、それ、素か?
何かのカマかけにしても、もっとマシなのがあったろうに。
だが――。
「――――――わからん。だが、感じてしまったものは仕方ないだろう」
「…………敵と馴れ合うつもりはない」
「あー、別に世辞を言っている訳ではない。正直、人体、とりわけ女体の美醜はもうよくわからないからな。
ただそうでもないと、涙が流れた理由に説明が付かないからなぁ」
「?」
実際のところ、俺自身も不思議で仕方がない。とうに、あの時。「つまらない」と吐き捨てられた時点で、俺の人間というカタチに対するこだわりは、とりわけ女に関しての認識はもはや美醜とかで判断するものでさえなくなっていたのだが。そんな自分が眩しいと、しかして目を逸らすことができなかったというのは、何かしらの合理的な説明がつけられてしかるべきだ。
普段通りでない、異常であるというからには、そこには何かしら理由があるはずなのだから。
「それに、だ。馴れ合う馴れ合わないというのは、俺たちが決める事ではないだろ」
「?」
「使い魔は使い魔らしく、だ」
「…………なるほど。邪道な貴方だが、その意見は確かに真っ当だ。
しかし……、アーチャー。
貴方のマスターが、私のマスターと同盟を組む可能性があると、そう考えているのか?」
同盟、ねぇ。本来対等なもの同士の間でしか成立しないだろうその概念だが。
だが、これには苦笑いを浮かべるしかない。
「さっき」セイバーと話し初めて、もう「二ヶ月」は経過している。「今日」召還されてから既に「二十年」はこの土地にいることを思えばまだまだ短い時間だが、結論に誘導するのはそろそろだろう。
「嗚呼。現状その方が効率的だろうし、どうやら俺のマスターは、そちらのマスターに含みがあるようだからな。何か理由一つあれば、ころっと提案でもするだろう。もっとも強情だから、素直に言い出しはしないだろうが。
そうだな――――――そういう意味では、先ほどの言葉を世辞と受け取ってくれても構わない。多少なりとも、会話を円滑にすすめるためのな」
「根回しにしては、随分やる気がありませんね」
「そりゃ、そういう風に出来ていないからなぁ、俺は」
「……」
「機嫌、損ねたか? なら……そうだな。一つだけ、良いバッドニュースを教えておこう」
どっちですか、と少し調子が崩れるセイバーに、姿を消しながら、俺は嗤った。
「――――――――――俺のような「反転」を召喚する聖杯なんぞ、絶対にまともな代物ではない。勝ち残ったところで、間違っても願ってはくれるなよ?」
それはそれは、きっと最悪の結末が引き起こされるだろうからな。
もはや嗤うしかない結末は、酷く、出来の悪いものだろう。
しかし、長い。
小娘の話はまだ終わらないか。仕方ない、投影したライフルの整備でも――。
――――――――。
「やっちゃえ、バーサーカー!」
「ッ!?」
おっと、気を抜いてるところではなかったか。
何故俺は弓なんて持っている。そして、何故それを、こんな怪物相手に狙撃武器として使用している。確かにこちらの方が、本来得意といえば得意ではあるのかもしれないが、そんな王道とは完璧に見切りをつけたのが俺なのだから、記憶が飛んでる間の俺は、よっぽど参ってるのだろう。
いや、しかしチャンスかもしれない。
下方が川であるような場所での戦闘は、白兵戦には不向きだ。
小娘にもその情報だけ流し、俺は敵の誘導に入った。
とりあえず、橋の上は邪魔だ。アーチの上からならば俺が狙う側とすれば独壇場といえるが、こんなデカブツが足場にいたのでは、おめおめ狙撃もできやしない。
おまけに――――なんでさ、これは。一撃一撃が重すぎる。かの地球を支える巨人ほどとは言わないまでも、ヒトガタをした生物モドキが出せる瞬間最高出力をはるかに凌駕している。
隙を見て川に飛び込もうと考えていた自分を悔やむ。嗚呼、一撃で。咄嗟に投影して身体の前に構えて庇いはしたが、それでさえどれほど効果があったことか。
あっという間に殴られ、殴り飛ばされ、川に落ち。しかも落下した後も余波が続き、川底の壁面に背中をぶつけられた。
「――――――ッ」
体内の「防弾加工」が牙を向き、内側から身体の表面を傷つける。
落ち着け、まだ「自爆」するときじゃない。それは何もかもなくなって、やぶれかぶれになった最後の手段だ。
しかし、なんて威力してやがる。動きはするが右腕の感覚がないぞ、こいつ。
川底に沈みそうになるのを、救命胴衣とアンカーを投影し、その場に留まりながら上昇。川から顔を出したら、橋に向かってワイヤーを投影。「身体が本来覚えている」ような潜入工作の通りに、巻き上げて上に上る。
アーチの上まで腕力だけで上り、ライフルを投影。
「……さて」
目標は――――黄金の彼女。
彼女を起点に、あの怪物もろとも、狩る。
「我が骨子は捻り狂う」
投影した弾丸を放ち、内側から構成を破壊して、爆散させる。これでも出力は弱い方だが、さて。
……ほう、小僧が彼女を、セイバーを庇ったか。
だが、これはこれで好都合。
白い娘自らが名乗ったサーヴァント、「ヘラクレス」が立ち去った後に降り立ち、当初から決めていた腹の通りに行動する。
「アーチャー……、アンタねぇ」
こちらに怒ろうとした小娘だが、目を見開いた。嗚呼、なるほど。案外思っていたよりも、この小娘も邪道の世界を知っているらしい。
「ちょ、待ちなさいアンタ!」
「ぐ……、何をしている、アーチャー……!」
「知れた事。効率良く敵を駆除しようとしているだけだ」
立ち上がれないセイバー。その有様では眩しさもいくらか半減だ。
「あれは、嘘か」
あれ?
いつのことか。……もう随分と昔のことのように思うが、そういう台詞を吐きうるのは、同盟云々の話だったろうか。
「昔の話を持ち出してくれるなよ、セイバー。
嗚呼、マスターが目の前で死ぬのは忍びないか。なら、お前が動くな。……何、俺のマスターを手にかけるよりも早く、こちらの弾丸はお前のマスターを蹴散らすさ――――――」
――――体は剣で出来ている。
左の側に起点の弾丸を込める。今、ランサーから起点を抜くのは特策かどうかは知らないが、まぁ、この場合は優先度の問題だろう。
動けない相手だろうがなんだろうが、俺はいつものように引き金をひくばかりで――――。
「待てって言ってるのが、聞こえないのかアンタは――――――!」
……なんでさ、この強制力は。
いや、まさかとは思うが。この小娘、英霊に対する絶対命令権をあっさり使用でもしたのか? いやいや、まさかそんな、そこまで頭の出来が悪いわけではないだろうに。
セイバーが驚いたような顔をしているが、こっちだってそんな余裕はない。
両手を下ろしながら、まさか、というか、呆れるを通り越して無表情のまま見やる。
「念のため聞くけど、アンタ何しようとしてるの」
「駆除だ」
「……そう。でも何のために? 今、衛宮くん、ひいてはセイバーを失うっていうのは、貴方の言葉に合わせるなら効率的じゃないと思うけれど」
効率的か。嗚呼、マスターはどうやら勘違いしているらしい。
いくら戦力として期待できても。いくら相手を人間的に信用できたとしても。
「マスターの言葉に合わせるなら、心の贅肉だ。
アンタは、ソイツに状況を説明した後、言ったな。これ以上は情が移る? 馬鹿が。とっくに手遅れだろうにそんなもの。
アンタはお人よしが過ぎる。魔術師としては、という接頭語が付くが、いざ必要がなくなったとしても、簡単にその男を切り捨てる事は出来ないだろうさ。
嗚呼、仮に倒したとしても『殺す』までは出来ないだろう」
「……そんな訳、ないじゃない」
そんな訳があるのだ。
だって、なぜなら俺がそうなのだから。
そしてえてして、そういう時の結果はロクなことにはならなかった。
「いや、それが出来る人間ではないさ。三つ子の魂、いくつまでもだ。
俺が言うんだから違いない」
腐っても「元・正義の味方」とやらだ。出来そこないの理想をかかげるのは、いくらかこなれている。
だが、何故そんな俺の、当然ともいえる言葉にそんな苛立っているのだろうか。この小娘。
「……確かに、その言葉に合理性は認めるわ。でも、私の意見に取り合わないってどういうことかしら。彼らを生かすことと殺すこと。メリットとデメリットは天秤でつりあうと思うけれど?」
「嗚呼、カタチの上だけはな。だが、それで気を抜けば生前、俺はあと何年かは早死にしたことだろう」
「経験則って言いたいわけね……。記憶が曖昧だ、みたいなこと言うくせに」
言ったか? ……いや、言ったかもしれないが、どうだったか。
だが、まぁ結論はかわりない。
「どうせ君は、そこまで効率的にはなれまい。人間ってのは、それが良いんだ。駆除するにはそっちの方が都合が良いぞ、マスター」
「――――あ、」
これも所詮は、「守護者」に守られるか、狩られるかでしかないあわれな糞袋の一つだ。
「目の前で殺されるのが忍びない、と言うのならば、弾丸だけで留めておこう。……嗚呼、いっそのこと、」
「あったまきたぁ――――――!
いいわ、そんなに反抗的なら、首輪付けてやろうじゃない!」
……は?
なんでさ、ちょっと待てコイツ。何を呪文を唱え始めている。何を魔力を練っている。何をそんな、妙な決意をかかげていやがる――――――!?
「は――――な、なんでさ……!? まさか、」
「そのまさかよこの礼儀知らず!」
馬鹿じゃないのかこいつ !!?
「ば……、待て、正気かマスター!? こんな無駄なことで、令呪を使うヤツが……!」
「うるさーい! いい、アンタは私のサーヴァント! ならわたしの言い分には絶対服従ってもんでしょ――――!?」
右手に刻まれた刻印の、二つ目が、輝き、霧散し、そして俺の身体に違和感を覚えさせる。
か、考えなしか――――――、こ、こんな大雑把なことに令呪を使うなど……!
「「「…………」」」
俺もセイバーも、呆然と小娘……、否、「マスター」を見ていた。
ばつが悪くなったのか、マスターは顔を赤くして、そっぽ向きやがった。
凛ちゃんから事情説明→バーサーカー戦まで