ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
短い時間ながら、戦いは終わった。
結論から言えば、傭兵たるかの弓兵の姿は薄れる。その身は既にほとんどを費やし、浮かぶ嗤いさえ余裕はなく。もう実体さえ保てない。
それでもなお、敵の前で消滅する事を嫌ったのか。体を消し、この場から去ったろうかのサーヴァントに、イリヤスフィールは苦々しい表情を浮かべる。
「――――信じられない。なんだったのよ、アイツ」
絢爛を誇っていた広間は既に廃墟も同然。イリヤスフィールを気遣うメイドの一人が金切り声を上げ、もう一人が「大丈夫」と気絶し掛かった相方を慰める程度には、全く酷い有様。
時間にして一時間も掛からず。
不動の巨人を見るイリヤスフィール。
その巨人――――いや、もはや巨人と形容できるだろうか。だが徐々にそれは、己の肉体を取り戻しかけていた。
黒き光の奔流――星の息吹の模造品たるそれ。
ただの一撃。しかしそれに都合、八度は身を焼かれたろうか。正常に再生しうる可能生ごと、その身は既に五回殺されている。
再生しかかる上半身が、一瞬、わずかに変色する前の肌色を見せるほどに、それは、概念からしてかの狂戦士を殺していた。
「――――得がたい相手だった。故に、わずかに惜しい」
「……!? ば、バーサーカー?」
突如として聞こえた、深く落ち着いた声。それに驚き振り返るも、しかしその目はもはや理性を欠いている。おそらく再生の途中で、一瞬、狂化が途切れた瞬間があったのだろう。
ありとあらゆる攻撃を無効とする大英雄の宝具をして、都合、五回は殺された。手段こそ少なく、最期のそれがなければまだ二度ほどか。だが、事実としてかの傭兵は巧く立ち回った。
だが、真に驚くべきは。
「……投影使いの英霊なんて、知らない」
多彩な戦術。かつ、ヘラクレスを傷つけうる英霊であるにも関わらず、その正体が依然として知れず。その在り方こそが異常と言えば異常か。
外側の完治は成した。が、完全に回復するまでには三日は要するだろう。だがそれを待てる程、彼のマスターは冷静ではない。
日が昇るには、まだまだ先は長い。
長いが――――しかし。
丁度、再生しきったバーサーカーの頭部が、爆裂する。驚くイリヤスフィールだが、その原因に心当たりはあった。
もはや姿の見え無くなったアーチャーの置き土産か――――最期の最期でもう一つ、持って行かれたという事実に憤慨する彼女。脳裏に浮かぶ、あの嫌な嗤い。
「――――でもいいわ。この借りは、シロウにたっぷりとってもらうんだから」
だが、イリヤスフィールの認識は完全ではない。頭に血が上っているのみならずだろう。それには、かのアーチャーの意識誘導が見え隠れする。
本来なら消えて、何処かへと還るはずのアーチャーの気配が――未だ、そこには至っていないということに、気付いている様子がないのだから。
※
「あ、そうだ。士郎」
「? 何だ、これ」
遠坂が、突然俺に手渡してきたもの。三つのそれは、錆び付いた弾丸のようなもの。
「アーチャーの弾丸よ。いざという時に使えって渡して来たけど……、あげるわ」
「え!? いや、それは――」
「いいのよ。どの道、宝石魔術を使いながらそれを使うなんて出来ないし。たぶん――貴方なら使い方、分かるんじゃない?」
移動中、そんなあたまがとうふになるようなことを言う遠坂。さっぱりそれについて説明をしない以上、自分で解析しろとでも言いたいのかコイツ。
ただ、そんな遠坂は不意に足を止めた。
手を覆い、顔を伏せ。それが何を意味するか、察っせられない俺たちではない。
「あの、ぼんくら……、帰ってくるんじゃなかったの……」
だからこそ。そんな遠坂を見て、俺は当たり前のように言っていた。
「お前だけでも逃げろ、遠坂」
至極当たり前の判断だった。だが、遠坂はお気に召さないらしい。
「――――は、はぁ!? 何言ってるのよ、アンタ!」
「わかってるだろ。イリヤの狙いは俺だ。だったらサーヴァントが居なくなった遠坂が、俺たちと一緒に戦う必要なんてない。殺される必要なんてない」
「殺されるって、アンタ……!」
「いや、違うな……。遠坂には話してなかったか。前回の聖杯戦争で、親父はアインツベルンを裏切ったらしい。だから、アイツはたぶん俺を狙うんだ」
「衛宮のお父さんが……、だから、士郎にそれを清算させようっていうの?」
「ああ。だけど、それだけじゃないはずだ。だから俺は言わなくちゃいけないことがある。――――戦ってでも、話さなくちゃいけないことがある。
でも、それに遠坂を巻き込むのは筋が違う。それは単なる我侭だ」
「だ、大体、そんなこと言ったって――――」
「イリヤは必ず止める――最悪、道連れにする」
状況次第では、それだけの覚悟を持つ――持たないと、アイツと正面から話すことさえ難しい。それだけ彼我の間には隔絶した差がある。
俺の言葉に、遠坂が「道連れなんて出来るわけないじゃない、貴方」と冷静に言う。
「――――
だから、都合三度目になるそれを見せる。……基本的なことは変わらない。ナイフを作ったのだって、元を正せば構成を理解し、何もないところにイメージを付与するだけ。
脳裏に浮かぶ、アーチャーの使っていた黒い弓――――。一度しか見た事はなかったけれど、思いのほか、あの出来の悪そうな弓でも、再現は出来たらしい。
遠坂は悟る。強化しか使えなかった衛宮士郎と、投影が使える衛宮士郎とではその根本が異なることを。……その気になれば限界を超えてでも、イリヤを止めることが出来てしまうと。
「――――士郎、それ……、ああ、もうっ!」
「……言っておくけど、俺は逃げないからな。もしお前が逃げないっていうなら、セイバーに言って無理やりにでも連れ出してもらう」
『――――――そう。シロウも結局、私を裏切るのね』
口ぶりは落胆。でも声音は微笑が混じる。
イリヤの声を聞いて、俺たちは張り詰めた。
「ちょっと、待ちなさい士郎! 貴方、自分がどんな無茶苦茶言ってるかわかってるの? ちょっと!」
遠坂を振り払って、俺はセイバーと走る。
「出来る限り距離をとるぞ、セイバー」
「……」
セイバーは無言のまま、何かを堪えるような表情に違和感を覚える。てっきりセイバーにも、遠坂のように止められると思っていたのだから。
「どうしたんだ? セイバー」
「……シロウ。私は反対です。凛を一人にしたままということに」
「なんでさ」
「わかりますか? もし仮に、我々が倒れた際。凛を守るものは何一つとしてないということになります。
仮に凛が逃げる事に失敗した場合、もう手の撃ちようがない――」
「だから、三人で戦う方が良かったって? だけど、それだって同じだ。バーサーカーとセイバーが正面から戦っている時、イリヤは俺に何もしないけど。でも遠坂相手だと話は変わってくると思う」
「一理在ります。ですが、どちらにせよ程度の差です」
「程度の差だからこそ、遠坂には逃げてもらいたい。……殺される必要もないやつが、殺されなきゃいけないような所にいる意味はない」
それは、あの火の記憶。
いくつもの嘆きを浴びたからこその条件分岐――。衛宮士郎にとって、それ以外の選択はとれない。
それを聞いて、深く、セイバーはため息を付いた。
「全く。……その頑固さは実に貴方らしい」
「セイバー?」
「でしたら、私も切り札を使います。それをして、ようやくあの英霊と戦うことが出来るでしょうから」
「! よ、止せセイバー、そんなことをしたら、お前、消えるんじゃないのか!?」
「一回程度なら問題はないでしょう。それに、シロウ――」
ふっと微笑み、セイバーは俺を見る。
「私も、貴方に消えて欲しくはない」
「――――」
それは、言葉を返すことを忘れるような微笑で。
「意外ね。もう観念したの? シロウ」
セイバーが先行し、イリヤとバーサーカーとに刃を向ける。背中が語る。ここより前は死地。決して前に出てくれるなと。
距離は40メートルもあるかないか。
イリヤの後ろには、当然のように狂戦士の影が立つ。月夜に照らされたそれは、普段にもまして魔的に感じられる。
「いいわ。今まで見逃してあげたけど……、それもこれでおしまいなんだから。
リンはどうしたの、シロウ?」
「別れたよ。アーチャーが倒れた以上、アイツがこの場に残る意味はない」
「……ふぅん、庇ったんだシロウ。私の味方はしないで、リンの味方はするんだ」
少しだけ目が細められる。そこにはいくらか嗜虐的な感情が乗っていた。
その口ぶりは、やはり、俺に――いや。衛宮切嗣への執着と、愛憎が宿っているようで。
「イリヤ」
「なに、命乞い? するなら情状酌量の余地はあるけど?」
そんなイリヤに、俺は言う。
「――親父は晩年、ほとんど魔術が使えなかった」
俺のその言葉に、ぴくり、と無表情がゆれる。何が言いたいの、と語る目に、俺は続けた。
「切嗣は、俺を拾った後。ある程度、一人で大丈夫になってから、何度も、何度も海外に出てた。そのたび、帰ってくるたび、楽しそうに見えるよう振舞ってたけど――今思えば、空元気というか。空回っていたような気もする」
「……何が言いたいの?」
「切嗣は、イリヤに会いに行っていたんじゃないか?」
「――――うそ!」
俺の言葉に、そう叫び返すイリヤ。でも、その表情が、段々と不安定になっていく。俺は知らないが、何か、イリヤの中でその考えは、引っかかるものがあったのだろうか。
「……なぁ、イリヤ。本当に戦わなきゃいけないのか? 俺たち」
「うるさい……、できないのよ、お爺様の言い付けだもの。
バーサーカーのマスターである限り、私は、他のマスターを殺して勝利しなくちゃならないんだから」
苦い表情を浮かべるイリヤ。明らかに、その心中には動揺があった。
「……シロウこそ、屋敷で私が言ったこと。ちゃんと答えるんなら、聞いてあげてもいいんだよ?」
「――――駄目だ。俺は、聖杯戦争を終わらせる。イリヤがマスターを辞めないって言うのなら――バーサーカーを倒してでも辞めさせる」
瞬間。
イリヤの顔に刻印が浮かび――――いや、顔だけじゃない。離れていてもわかるほど、イリヤの令呪は俺たちと比べ物にならないくらい巨大なそれで。全身に行き渡ったソレは、痛々しいなんてものじゃなかった。
「そう。なら、今日は一人も逃がさない――――砕け、ヘラクレス」
イリヤの、その声に。呼応するよう巨人が吼えた。
嗚呼、それだけで――それだけでわかってしまう。バーサーカーの絶叫と共に、巨人は叫び。ありとあらゆる圧力が増すことを。
肌で感じるこの危機感だけは、どうも疑いようは無い。あれは、触れる事さえ危険なものだ。力量など計るまでもない。さっきのそれと、感じる重圧が何桁も違う。
「そんな、理性を奪っていただけで、凶暴化させていなかったとでもいうのか……!?」
「――寄るものは千切り、捨てなさい。眼前のそれは、難業など何一つとしてないのだから。バーサーカー!」
再びの咆哮。
爆音と共に大地が振動。
セイバーの剣戟にも余裕がない。間合いが違う。威力が違う。速度が違う。基本的な体力の桁が違う。
腕を振るうだけで放たれる剣風を相殺するだけでさえ、あのセイバーの体がきしむ。
まるで採掘機だ。そんなもの、正面から打ち合ってどうこうなるものじゃない。
魔獣に立ち向かう、彼我の差など意味を成さない暴力を前に剣を手に取るもの。――古い時代、英雄とはこういうもんだったのだろうと、直感的に理解させられる。
だが、肝心のセイバーはどう見ても本調子じゃない。ライダーの時にさえ、わずかながらでも宝具を解放しかけたのもあるだろう。
当然、俺の攻撃など通るまい。だけど、注意をそらすくらいは――――。
「
「へ?」
イリヤの驚いた声が聞こえる。が、構いやしない。脳裏に過ぎるは、最初の夜。バーサーカーにアーチャーが放っていた剣。赤い持ち手のそれは、見た目に反して投擲を主体とするそれだと。直感的に理解が及ぶ。
ソレを横にし、番えて、放つ。
だが、こめかみに命中した矢のごとき剣は、根元から逆に粉砕された。
注意をそらすどころじゃない。意に介しさえしないほどか、あれは――――!
「え……、だって……っ!
バーサーカー、セイバーを早く殺しなさい!」
何かに動揺しているようなイリヤ。
だが、そんなことに気をかける余裕さえない。――力不足。衛宮士郎の独力では、今はなにをやっても通用する要素さえない。
この弓では駄目だ。槍でももはや貫けはしまい。敵と同じ武器だから良い訳でもない。
もどかしい。成すべき手段が見えているというのに。未だ衛宮士郎はあれに手を伸ばすことが出来ない。本当に指を咥えて見て居るしか――いや、そうなのだろうか?
バーサーカーの動きには、本来なら存在しえない何かが見て取れる気がする。狂戦士にあるまじき形。それは、本来、戦士としてのバーサーカーの名残。直感的に、その一部を察知するが、しかし、それをもとに構築する事は未だ適わず。
「セイバー……!」
バーサーカーの斧剣がなぎ払う瞬間。未だセイバーは押されているように見えて、鎧を除いた破損や損傷をしていない。そしてその温存を、今一時、この場で解き放つ――――!
咆哮するバーサーカーだが、懐のセイバーから逃れる術はない。風を纏った剣で、なお深く踏み込み斬り払う――――!
信じられない。あの巨体が、数メートルも弾き飛ばされる?
――そしてそんなタイミングで。氷の雨が、バーサーカーに降り注ぐ。
「私が自分で立った舞台なのよ――今更、こんなことで降りてたまるものですか!」
突如現れた。叫ぶ声は遠坂。セイバーに弾き飛ばされた方角の後ろから現れて、当然のように呪文を叫ぶ。逃げろと言ったのにこれだ。完全に俺もイリヤも予想だにしていなかった。
避けて、とバーサーカーに叫ぶ。叩き落とすのにわずかに失敗した巨体の腕を一つ潰す。
「まだまだ!」
そして、二つ。バーサーカーに至近距離から打ち込まれる宝石の弾丸は――――その胸部に風穴を開けた。
瞬間、こちらに飛び跳ねる遠坂。あれは、確実にバーサーカーの命を削った。
だというのに。
「――――うそ」
煙の向こうには、脈動する心臓が――いや、ソレを瞬間的に覆うように、骨が、肉が、形成されてていく。
「……ふふ、うふふ、あははははは! 見直したわリン、まさか1度でもヘラクレスを殺すなんて!
でも残念! せっかくシロウが庇ったのに、逃げなかったのは『底抜けにお人よしの』貴女らしいけど、裏目に出たわね! バーサーカーはそれぐらいじゃ消えないんだもの!
十二回は死なないんだから」
それを聞き、遠坂も、俺も悟る。大英雄たるヘラクレスは、ヒドラの弓を持たず、巨大な岩を武器としていた。ならば、今ありうるヘラクレスのシンボルは、その肉体をおいて他にない。
「十二の難業を超えた英霊は、褒美として不死を与えられた。……つまり、十二回は自動的に、蘇生魔術が重ねがけされてるってことなのね」
「ええ。だから簡単には死ねないの。自身が乗り越えた『死』の回数程度は生き延びる事を強制された、神々の呪い――――
バーサーカーの命はあと四つ! 今のが五倍はあれば、削りきれたかもしれないのに」
イリヤの声はよく聞き取れない。
ただ、得意げな声を上げる彼女に――――セイバーは、剣を構えた。
「――――五倍もあれば、削りきれると言いましたか。イリヤスフィール」
風が解かれていく。
セイバーを中心に吹き荒れるそれは、疾く嵐へと変貌し――――。
「ならば受けるが良い、大英雄。
星の息吹。生命の奔流を――――!」
封が解かれる。幾重にもされていた風の鞘を払い、セイバーは剣を、抜き放った。
「うそ、でしょ? あんなのって――」
「え?」
俺も遠坂も、反応を返すことが出来ない。
我が目を疑う。見えなかったはずのそれが、確かに見える。
嵐のごとき風の帯を溶かし。露になったそれを構え、セイバーは再生途中のヘラクレスへ。
収束する光。荒らぶる黄金。
その手に煌くは、俺がどんなに手を伸ばしても届く事のないだろう――永遠に、遥か黄金の剣。
バーサーカーの懐に踏み込み、その体に向けて刃を立て、振り下ろす。
「――――――――
文字通り、光の柱だった。触れる物を例外なく切断する、幾千もの光の斬撃。束ねられたそれは、一つの線となり、バーサーカーの胴体を飲み込む。
……放たれた閃光は、巨人の体を内側から貫通し、空に立ち昇った。
光の波動。その余韻が、未だに森を焼き。しかし程なく収束する。
だが、それよりもだ。ぐらりと揺れるセイバーに駆け寄り、俺はその肩を抱き止める。
敵前だからか、セイバーも意識を失うまいと、睨み付けるようにヘラクレスを見て。
「――それが貴様の剣か、セイバー」
もはや不動と化した巨人は、重い声でそう問いかけた。
「これは
――エクスカリバー。イングランドに存在したとされる、騎士の代名詞として知られる王の剣。
おそらくサーヴァントの中でも最強に入るだろう宝具。それこそが、彼女の正体を示すそれだろう。
それを受け、バーサーカーは表情さえ変えず。
「一度は防いだ聖剣だ。だが、本質は幻想であったか。
――――見事。何度我が身を焼こうと、耐えることすら出来ぬ光よ」
ざらりと。切り裂かれた傷から、砂粒のごとく形を失っていく。
「だが精精、忘れるべくもない。
その極光は、一度堕ちるかもしれないことを」
滅びの言葉には、感情が乗ることもなく。狂戦士は大気にその形を霧散させた。
イリヤ「(投影に、エクスカリバーなんて・・・、じゃあまさかシロウは――。でも、なんでまだ、『還ってきてない』の?)」