ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~   作:黒兎可

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ボブ「…………今の力では無理か」真実の一旦の破壊を試みるも、キャパ不足ゆえに別な手段を考える


魔女の誤算Ka? その2

 

 

 

 

 

 まずい事になった。最悪の状況と言っても良い。

 

 キャスターの腕に、令呪が浮かび上がっている。――士郎の腕のそれが消えている。

 この二つの状況からして、既に最悪と言っても良い。

 

「シロウ……ッ」

 

 状態が完全に理解出来てない衛宮士郎と、痛々しい表情を浮かべるセイバー。あまりにも、あんまりな流れに、私は内心で頭を抱える。せめてアーチャーが残っていてくれたら……。ない物ねだりはしないけど、それでも、一瞬思ってしまうくらいに詰んでいた。

 

「それが貴女の宝具って訳ね」

「ええ。攻撃力は単なるナイフ。だけれど、ありとあらゆる魔術を、契約を、なかったことに出来る」

 

 破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 そんな武器自体の逸話はない。だが、その逸話に該当する魔女はいる。神代の魔術を扱い、裏切りの魔女とそしられた彼女。

 

「アンタ、セイバーを――――」

「ええ。これで、仮に野蛮人(バーサーカー)が蘇ったりしたとしても、関係ない。簡単に踏み砕いて見せましょう」

 

「――条件がある」

 

 そう。だってのに。コイツは言う事成す事、なんでこう変わらないのか。それが安心できるときもあるけど、間違いなく今は、不安しか生まない。

 

「あら、何かしら?」

「この場で、俺とセイバーだけを連れていけ。他には何も手出ししないと約束しろ。

 少なくとも今、ここにいる遠坂やイリヤには絶対だ」

「シロウ――――っ」

 

 この魔女にとって、衛宮士郎とセイバー以外は眼中にないでしょう。だから、この提案をキャスターが無視する事はない。最低限、その程度の義理ならば通すということではなく。セイバーと士郎を手に入れた魔女にとって、私の事なんて文字通り障害でさえないのだから。

 

 だから――――。

 

 

 

   ※

 

 

 

「あはははははは――――なるほど、坊やらしいわね! ええ良いでしょう。この場に限っては、その話を聞いてあげてもいいわ。

 よかったわね、貴女。坊やがこんなお人よしで」

  

「士郎――アンタは、なんで自分を一番に大切にしないのよ!」

「え?」

「自分より他人が大切とか、そんな建前とは別に、自分は担保にかけちゃいけないのよ。そんなことを無視して、どうでもいい他人を助けようとする。

 確固たる自意識があるくせに、なんで、なんでアンタは自分をないがしろにするのよ――――」

 

 俺の言葉に、遠坂は何故か、そんなことを叫ぶ。

 当たり前の判断。自分の力不足が招いた状態。ならば、今とれる最大限のことを最小効率で行うべきだというのが俺自身の判断で。

 

「そんなことしてたら、アンタ、いつか燃え尽きて、壊れるじゃないの!」

 

 ――――莫迦な。壊れるなんて、そんなことはない。

 胸を張って生きるために、助けられなかった誰かを助けようと――――。

 

 なのに、どうしてそんな顔をするのか。まるでこの先。衛宮士郎の行く末が報われないものだと知って、止めるかのような懸命な。

 

「それには私も同感ね。でも、残念。貴女がそれを知る事はないわ」

 

 意識に断裂が入る。キャスターの魔力が、俺の意識を圧迫する。それでもなお意識を失わないように、歯を食いしばり。

 しかし、もう立ち上がることが出来ない。

 

「いいでしょう。その条件は受けてあげる。

 茶番はこれでお終い。――――貴方はこれから」

 

 

 

「――――Degen(剣を成せ)

 

 

 

 凛と響く声は、甲高い少女のもの。 

 途端、はっとした顔になるキャスター。

 

「防ぎなさい、セイバー!」

「――――ッ」

 

 輝くキャスターの腕。その光に反応して、セイバーは戦闘を強制される。瞬間的にキャスターと俺の目の前に立ち――――こちらに飛んでくる、無数の、剣のようなナニカを切り裂く。

 障子を破壊し、無数に飛来する刃。輝くそれを、セイバーは命令されてからは的確に叩き切っていた。だが、そもそも彼女が立つ以前のそれに対しては、何一つ効果がなく。

 

「ー―ッ!? この、小娘!」

 

 怒りに声を荒げるキャスター。実際、その剣の――――いや、『針金で出来たような鳥』のうち、何羽かは、キャスターの体を切り裂いていた。

 

 うち一つは、決定的なそれだった。体を抱きかかえ、柱に寄りかかり、動くことが出来ないでいる。ただそんなキャスターに手を出すことは、セイバーが守りに周っているので不可能だ。

 

「――、士郎!」

 

 遠坂が俺に目掛けて足を踏み出すが、でも、それさえセイバーの敵対行為にカウントされるのか。剣を構えるセイバーの後姿。

 

「止めろぉおお――――!!!」

「――――ッ!」

 

 無理やり、なんとかそれは踏みとどまるセイバー。遠坂も足を止めたお陰で、セイバーは切りかからないで済んだ。

 状況は最悪だ。いや、キャスターが気付きさえしなければ奇襲は成功していたはずだった。

 

 

「あら、気付かれちゃったか。

 せっかくわざと、距離をとって作ったんだけど……。やっぱり接近するのに、時間がかかっちゃうのが問題よね」

 

「イリヤスフィール……!」

 

 現れたイリヤに、キャスターが舌打ちする。セイバーの驚いた声が聞こえて、その相手を俺も認識する。

 遠坂が唖然としてる。それだけ、彼女が使っている、あの、銀色の鳥が異常なのだろう。

 

「何、これは……、バーサーカーのマスターね、貴女。

 どうして坊やにかくまわれてるのかしら」

「当たり前じゃない。――家族は一緒にすごすものよ」

 

 その言葉の声色は、少女のものではなく。明らかにどこか、遠い、もっと別な視点が混じったような声の気がした。

 

「――――Angf」

 

 キャスターが呪文を唱えようとした瞬間、再び鳥が動き出す。今度は刃ではなく、鉄砲のように形を変える。

 驚くべき事に――イリヤはその操作を、何一つ介さずに行っていた。言葉もなく、動作もなく。ただ泰然と佇んでいるのみで。

 

 ……まぁ、冬場とはいえ浴衣姿で泰然としているところは、なんというか、少し場違いな気もしたのだけれど。

 

 そして放たれる狙撃は、弾丸ではなく、雨のように細いもの。セイバーが切り飛ばしても、うち何本かは後方に貫通。線でなく面でないと受けられないと悟り、不可視の剣にまとう風を変化させても、少しばかり遅かった。

 喉を押さえ、血を吐く。それでもなお生命活動らしきものを続けられるあたり、このキャスターも一応サーヴァントではあるということか。

 

「シロウを置いてきなさい、コルキスの魔女。

 いくら貴女でも今の状態で私と正面から戦えると思ってるのかしら?」

「……ッ、今のは、プロセスが存在しない? 省略している訳でもなく!?」

 

 キャスターの言葉に、うそ、と唖然として手で顔を覆う遠坂。両者をして驚く要素が、今の発言にあったということだろうか。

 

「そんなことは後回しよ。せっかく二択で聞いてあげてるんだから。

 シロウとセイバーを両方とも手に入れようなんて、強欲もいいところよ。裁定者を相手に貴女、敵に回りでもするつもり? 滑稽だわ。あれ(ヽヽ)相手にそんな常道が通用すると思ってるのかしら。間違いなく混沌しか待ってないわよ」

「…………あら、そうなの? よくご存知なのね貴女。

 でも、そういうことなら――――セイバー」

 

 そして、キャスターは二つ目の命呪を――。

 

 

「――私が瀕死になったら、そこの坊やに最大火力でエクスカリバーを撃ちなさい」

「――――」

 

 場の空気が凍った。間違いなく、イリヤの攻撃が封じられた。

 

「アンタ、士郎を人質にしようっていうわけ?」

「ええ。どういうわけか、あなた達はこの坊やを庇おうっていうみたいだから。

 坊やもあなた達を庇おうとしてるし。まったくキレイよね。キレイすぎて――――反吐が出るわ。泥まみれの靴で踏み潰してやりたい」

 

 今度こそ動け無くなった全員を前に、キャスターは俺の襟首を掴み――――今度こそ、視界が暗転し。

 

 嗚呼、なんだか最近多いなと。場違いなことを考えるくらい、現実感がなくなった。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 みすみす逃がしてしまったことについて、今更どうこうということは考えない。

 あの状況じゃ、士郎もセイバーも助かった上で、キャスターを倒すというのは難しかった。そこは当然理解している。いくら不平不満があったところで、覆しようがない。

 

 深手を負ったキャスターに、一旦、家を出ろと言われた。大方こちらに追跡させないためなんでしょうとは思ったけど、まさかいきなりこんな形で、我が家に舞い戻ることになろうとは。

 

 それに、問題はそれだけじゃない。

 

「……イリヤ、でいいかしら」

「ええ、構わないわ。どの道、シロウが長く付き合う相手になるんでしょうし、フルネームで呼ぶのも長いわ」

 

 そんな意味深なことを言いながら、イリヤは周囲を見回す。

 

「ふぅん。でも、士郎の家よりは大きいじゃない。お母様の結界が張ってあって、小さいけどあれはあれで悪くはなかったけれど」

「あんまりうろちょろしようとか考えないでよね。それより……、聞きたい事がいくつかあるんだけど」

「何?」

「ルーラーって言ったわよね。どういうこと?」

 

 私の言葉に、イリヤはくすりと笑った。

 そして――顔つきが変わる。

 

「――その名の通りよ。ルーラー。つまり裁定者の英霊。

 聖杯戦争における七騎から外れる、例外のクラスの一つ。第三次聖杯戦争において、アインツベルンが召喚を検討していたサーヴァントの一つよ」

「検討って……」

「能力、権限は聖杯戦争というシステム自体に対するカウンターの一つ。本来なら聖杯自体が、聖杯戦争に異常を来した際に召還され、聖杯戦争の形式を守るために動く存在、みたいなところかしら。厳密な召喚条件は、もう少しニュアンスが違うのだけれどね。

 聖杯によって召還されるから、原則、マスターを必要としない。あと、その権限において、サーヴァント全ての真名を看破し、全ての英霊に対する令呪を2つまで使える」

 

 それゆえ、原則は聖杯以外に召喚は出来ないと語るイリヤ。

 ……そんなものを無理やりにでも参加者として召喚しようとしたっていう時点で、だいぶロジックエラー起こしていそうなものだけど、それは一旦置いておく。

 

 ルーラーが聖杯戦争の形式を守る、というのなら。今回のキャスターの行動も頷けなくもない。なにせ、サーヴァントがサーヴァントを召喚するという禁じ手さえ行い、大規模の人間から生命力を集めて至りさえするのだから。

 

「まぁ、普通に聖人がルーラーとして召還されていれば、キャスターの警戒も正しいとはいえるんだけど……。確かにそもそも、なんでルーラーが召還されたのかもわかっていないから、論じるだけ無駄ね」

「? ルーラーはキャスターを敵視しないってこと?」

「しないというより、わからないってところかしら。そこの裁量はルーラー本人に割り振られているところだから。

 それにそもそも、ルーラーが呼ばれた段階を考えると、ライダーやキャスターに何らペナルティがないことが違和感あるわね……。もっと淡白な死生観持ってるんじゃないかしら」

 

 ただ、そう上手く事は運ばないらしい。嘆息せざるを得ない。

 

「んー、つまり、今回の聖杯戦争は何か異常があるってことよね? それって何かしら」

「わからないわ。流石に聖杯戦争のシステムそのものにまで、考えは及ばないわよ。それこそ『反転した属性を強制された英霊』が、通常召喚でもされたりしない限りは」

「――――あ」

「どうしたのかしら、リン」

「あ、えっと、ううん、なんでもない……」

 

 そういえば、散々あのアーチャーは言っていた。自分は正規の英霊じゃないと。

 ……いや、でも、あれって別側面ってことでしょ? 属性が反転した英霊? そんなの、人間がどうこう制御できるようなものじゃないじゃない。そもそも意図的に召喚できるものじゃないでしょ。

 そういう意味じゃ、アイツはまだ正気が残ってたし……、でも、そう考えて見ると、記憶も曖昧だし、ボブだし、もう色々滅茶苦茶だったと思い直すこともできるというか。

 

「本来なら厳重に隠匿された存在のはずなんだけど……、自力でそこまで至ったってことは、やっぱり聖杯戦争のシステムについても、本当に把握してるのかしら」

「? システムって……。それも問題があるわよね。キャスターが把握したとか言っていたけど、どういうこと」

 

 私の問いに、イリヤは遠い目をして。

 

「言葉どおりの意味よ。そもそも本来、聖杯を成り立たせるのに生存競争はいらないの。

 聖杯の役割は、サーヴァントの魂を回収する事。それのみに特化していれば、極端な話、魔法瓶の水筒だって構わない。魂の容れ物として大きければ問題はないわ」

「回収……」

「サーヴァントは聖杯を介して召還される。その後、聖杯を通って帰ること。聖杯の機能は、英霊という膨大な魔力七つを集め、統括し管理すること。

 それに……、さっきので、薄々、貴女も察してはいるんでしょ? リン」

「……ええ。まだ半信半疑なところもあるけれど」

 

 アインツベルンは聖杯の器を提供する家。とするならば、その管理下に聖杯自体があるとみて良い。

 にもかかわらず、イリヤにはそんなもの気にする素振りはない。おまけにさっきの魔術――キャスターの言葉が正しければ、それは、結果だけを願い、過程を省略する行為に等しい。

 そんなことを成立させうる奇跡を、私は一つしか知らない。

 

「シロウには、まだ内緒にしていてね。

 ――わたしは聖杯。初めから人間でなく、そういう風に調整されたホムンクルス」

 

 それを語るイリヤは、やっぱりどこか悲しげだった。

 

「……貴女の調子が少し変なのも、それが原因ね」

「ええ。魂は人体に一つのみ。

 クラスという殻を失った純粋な英霊の魂なんて、一つ取り込むだけで、体内で嵐が生まれるようなもの。それを最終的に七つ集めるのが役割だから――わたしの魂が残る余地なんてない。完成すればするほど、余分な機能は消えていく」

 

 既に敗退したサーヴァントは、3体。

 今は辛うじて人間の機能を維持できてるのでしょうけど……、これが半分を超えてくれば、段々とその限りではなくなってくるはず。

 

「……そう。とすると、貴女を遊ばせておくことは出来ないわ。士郎を助けるのに、ネコの手だって借りたいところだし」

「ちょっと、ネコなんて言わないでよね? 私、あれ嫌いなんだから」

 

 ぷんすか、とこれには見た目相応の少女らしい反応を返すイリヤに、思わず笑った。

 

「でもそうね。雑魚の掃除くらいだったら私が対応できるわ。キャスターがセイバーを御そうとしたのも保険なんでしょうから、たぶん最後の最後まで使いはしない。

 それにいくら膨大な魔力を担保していたって、回復には一日二日はかかる。それまでに何とかしないと――」

「士郎がどうなってるかわからないわね。

 ……最悪、投影用の礼装に改造しようとしていても驚かないわ」

 

 私の言葉に、なんだ、とイリヤは笑っていた。

 

「? どうしたのよ」

「別に。やっぱりリンもそう思ったのね」

「…………その話は後回しよ。ともかく作戦を立てないと。場所だってどこに行ってるか――」

「それなら推測は立つわ。もうキャスターからすれば、聖杯戦争の障害は表立ってはないんだから、唯一警戒すべきはルーラーのみ。

 とすると、たぶんシロウの屋敷は直してからどこかに逃げるでしょうし――」

 

 私とイリヤの考えは、ここに来て一致してるらしい。衛宮士郎を助ける以外の選択肢が、今の私達にはない。

 だからこそ、紅茶をいれて一息つこうとしたタイミングで。

 

 

「――――!? う、うそ!?」

 

 いきなり家の結界に干渉してくるものがあったのだから、そりゃ、腰も抜かしかけるというものだった。

 

 

 

 

 

 




  ᚨ ᚺ ᛗ

???「こんなもんだろ。しっかし嬢ちゃんも、意外と回りくどい感じに作ってるなぁオイ」

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