ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~   作:黒兎可

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忘却補正(ーA) :本来はアヴェンジャーのクラススキル。人は多くを忘れる生き物だが、彼は飛び抜けて無駄を忘却してしまう。憎悪などより、優先すべき使命があるのから。


吹き抜けるBlue Sky のごとく! その1

 

 

 

 

 

 

 ――そんな泣きそうな顔のまま、これからずっと、自分を騙して生きていくのね。

 

 出来の悪い夢を見ているようだ。裏切れない過去など、一体この身のどこに残っていたのだろう。裏切らないその心は、一体、何を望んでそうなろうとしたのだろう。

 

 ――――今のお前は××××だ。それが勝てない筈がない。

 

 心が鉄になった。

 だけれども、詠唱(こころ)は誤魔化せない――どんなに取り繕ったって、結局、心は硝子のまま。

 

 誰も傷つかない世界なんてない。

 誰も傷つかない幸福なんてない。

 

 都合がいい理想は、この世界のどこにも有りはしない。

  

 ――――知らない。俺は知らない。

 

 万人に差し伸べられる救いの手。誰一人として分け隔てなく向けられる天使の微笑み。本質的に「何も持たない」集まりを見る。それだけには、何も感じなかったはずだ。

 だが気付いてしまった。志向性のないそれが、一体何を来たしているのかを。

 

 ――――知っている。俺は知っている。

 

 多くの人間が危険視した。当然だ。何も意思を持たない、力だけあるナニカが勝手に集まったのだから。そこには本質的に何もないとしても、それが宗教という形をとっていたのならば、話は別。

 ただ一つも悪意はなく。ただ一つの理念もない。

 

 ――――知りたくない。俺は知りたくない。

 

 あれは言った。誰も彼もが被害者なのだと。あれは語った。全ては愛のためだと。だがそも、あれにとっての愛とは何に向けるものなのか――。あれにとって、求道に乗るべき人間とは何なのか。それに考えが及ばなかったから、失敗したのだ。

 失敗した。失敗した。失敗した――――。

 

 ――――知っているはずがない。俺は知っているはずがない。

 

 だから、手を向けるしかなかった。彼らを救いたい。彼ら無辜の人々が、幸福であるようにと。そのために俺は俺自身を捧げた。捧げた俺自身は、だが――彼らを手に掛けざるをえなかった。

 彼らは、あれを殺されることを願わなかった。だから、彼らは俺を殺しにかかった。

 だけど、それは構わなかった。元より見返りなど求めた立場ではない。だからこそ、俺は、俺は――――。

 

 ――――あんなことのために、正義の味方を目指したのではない。

 

 殺すのは簡単だ。蟻だ。どんなに頑張ろうが、薬を撒けば一網打尽。より強大なナニカが蹂躙すれば、欠片も残らない。結果、もろかった。全てがもろく、死んだ。

 その頃には、既にこの身体は壊れていた。鉄は意味を失い。仏の欠片はそれでもなお、己を最適化し。

 

 ――――つまんない。

 

 拗ねたような声が、反響する。嗚呼。だから。あれはそうなった俺を見て、嗤いながら落ちた。ばらばらになった死体に、何度も何度も、彼らが浴びせるべきだった制裁を加え。むごたらしく絶命してなお。あれの声は頭の中に響く。残る。嘲笑う。

 

 ――――鉄の心など、人間が持つものではなかった。

 

 地獄を見た。地獄はとうに知っていた。

 地獄を作った。地獄はかなり簡単に現れた。

 

 ――魔界を見た。それは、俺が選ばなかった選択肢。

 

 だが、結局のところ。殺す必要なんて本当はなかった。当然だ。「100を生かす為に1を殺す」のとは訳が違う。「1を殺す為に100を殺す」なんてことが起こってしまった。

 その後にこの身がどうなろうと構いはしなかった。だけれど――殺したことは肯定できなかった。

 

 正義の味方が救えるのは、正義の味方が味方した相手だけ。

 だから、憎かった。八つ当たりのような感情だ。あれが憎かった。あれに従った彼らが憎かった。そんな状況を作り出した世界が憎かった。

 何より――誰の味方でもなく。未だこの場に立つ自分が、何より憎かった。

 

 それはもう、正義の味方なんかじゃない。

 

 何人をも、何をも憎む心は――――悪でしかない。

 だから、もう、名乗る事は出来ない。正義でない以上、残ったのは「悪の敵」であるという事実だけなのだから。己は、既に己をも敵と捕らえている。

 

 嗚呼それは――――――なんて、贋作。偽りのような人生。

 

 ――――私、アンタのこと結構好きだったのよ?

 

 殺した。好きだった奴も。守りたかった奴も。皆を守れれば。そのために――悪を討てれば。

 

 

 悪さえ討てるのなら――――――他は何が消えても良い(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)

 

 

 だからこの偽りのような人生に意味はなく――気が付けば、中身は腐りきっていた。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 日は沈もうとしている。

 午後、私達はアインツベルの城に向かった。もとから現在、冬木の土地でサーヴァントがしのべる場所は殆どない。私の家などの霊地はおさえられてると考えると、現在、空隙があるのはそこ。

 意識が辛うじて戻ったイリヤに確認をとれば、おそらく、森に住まう獣を喰らってるのだろうという。

 

「アインツベルンの森の狼は、宝具が不完全だったとはいえバーサーカーの腕に噛み付けるくらいなんだから。それなりに強い悪霊の気を帯びているわ」

「あのバーサーカーの腕に!?」

 

 とかいう衝撃的な事実も教えられたりしたけれど。イリヤが私に対して、こんなことを言い出した。

 

「……アサシンの魂が、中途半端?」

「ええ。最初は消化が中途半端だって考えていたんだけれど、そうじゃないみたい。降臨には問題ないとは思うけれど、不可解といえば不可解なのよね。

 まるで無理やり、摘出されたような――――」

「凛、イリヤスフィールは何の話をしているのです?」

「それは、シロウもそろってから話してあげるわ。

 どうせ最後の最後だもの。ただ、一日二日は猶予が欲しいわ」

 

 最後? とセイバーと一緒に疑問を浮かべたけれど、そういえばそうだった。

 

「7騎のサーヴァントのうち、ライダー、バーサーカー、アサシン、キャスター、ランサーは倒れているわ。

 もう残っているのは、アーチャーとセイバーだけじゃない」

「――――あ」

 

 そう、今の今まですっかり忘れていた。ランサーには本当に悪い事をしてしまった。残り4騎だったサーヴァントは、あの場で2騎にまで落ち込んでしまったのだった。

 ともかく。アーチャーが倒れれば、いよいよもって聖杯が現れる事になる。イリヤもそれを判っているからか、士郎には謝らないといけないと笑っていた。

 

 私は、どうしたものだろうか。

 ともかく、今は士郎の救出を優先する。

 

「着いたわね。じゃあ確認よ、セイバー」

「はい。……アーチャーとの戦闘は私がします。シロウの救出は凛が」

「万が一、もっと異常事態があったら私達で一緒に戦闘。……ああまったく、作戦なんて作戦じゃないじゃない」

 

 せめて宝石の予備でもあれば……。いや、悔いても仕方ない。

 

 城門を潜り、廃墟となった大広間を見る。

 黄昏に染まりかけるこの場所。その、上の階の踊り場に。当然のように士郎が座らせられていた。下から見える程度には両腕、両足など縛られているのか動かず。頭は下を向いて、微動だにしない。

 

 だけれど、すぐに走り出すことはできなかった。

 

「――――誰だ、アンタら」

 

 冷め切った声。私達の眼前に、当然のように現れるアーチャー。……左腕が本来あるべき場所は、毛皮に覆われている。嗚呼、一目で分かる異形は、狼の前足か何かだろう。たぶん腕がないと私達と戦えなかった、という認識なんでしょうけれど。それにしたって、見た目からして痛々しかった。

 

「また忘れてるのね、アーチャー」

「不的確な呼び方だが……、俺の知り合いか」

「そりゃ知り合いでしょうとも。……衛宮士郎は生涯、これを持ち続けた」

 

 言いながら、私はペンダントを取り出す。アーチャーと、士郎の両方を。金色の疵がついている方を見て、アーチャーは訝しげにこちらを見た。なんでそれを持っている、と目が語っている。

 

「私の父の形見――私が士郎を助けた時に使ったもの。命を救われたアンタは、なんとなく誰かに救われたってのを察して、だからこれを手放す事はなかった。

 これが二つあるってことは、そういうこと――そうでしょ、士郎。貴方が名前を忘れたって、そこに居る士郎であることに違いはない。

 貴方は士郎よ」

「……嗚呼、なるほど。『誰か』は判らんが該当者は理解した。

 ということは何か? これを取り戻しに来たとか、そういうことか。嗚呼、なんとなく思い出したような気がする」

 

 言いながらもアーチャーは表情を作らない。その様子は、柳洞寺で出会ったときよりも人間味に欠けたものだった。

 

「で? どうするんだ。

 ここでやる以上は、俺も容赦はしない」

「容赦しないって、何をよ。貴方、状況がわかってるの? 貴方が見つかった時点で、勝ち目がないことくらい判ってるでしょ?

 貴方の残りの魔力で、セイバーと一騎打ちなんて出来るわけないじゃない」

「嗚呼。この俺が戦えばそうだろうがな。だが。

 ――要は、戦うのが俺でなければ良いんだ」

 

 え? と。

 私達が声を上げる前に――士郎が椅子から立ち上がった。

 

 

「――――」

 

 視線まではこちらに向けず、士郎は階段を下り始める。

 

「シロウ、何を……!?」

「え――――」

 

 そして気付いた。士郎の視線が定まっていない。夢遊病とか実際に見た事はないけど、そんな表現がしっくりくる感じで。

 手のひらに錆付いた弾丸を一つ握って、こう口ずさんだ。

 

 

「――――投影、開始(トレース・オン)

 

 何をしてるのか、と言葉を出すことも出来ない。次の瞬間には、士郎の両手には一対の剣。アーチャーが時折使う、拳銃に投影されている刃と同様のそれ。あの薙刀を分割そたもの。両儀、白と黒の文様。よく見ればそれが夫婦剣だと判別できる程度に変化したそれを見て、アーチャーは驚いたように言った。

 

「『改造』する技量がないからな。そのまま投影した方が効率的か」

「――――なぁ」

 

 そんなアーチャーの方を見て、士郎は――嗤った(ヽヽヽ)

 

「どこまで壊していい?」

「喉と胴体は残しておけよ。『仕上げに使えなくなる』と、ここまで調整した意味がない」

「そりゃ、最高に頭の悪い状況だな。料理の最期に、余計な塩を振りかける程度には。詳細は後で教えてくれ」

 

 何が愉しいのか、アーチャーと……いいえ。二人の士郎は嗤い合う。

 その様子が明らかにおかしいことに、セイバーも、私も、二の句が告げなかった。声も違う。体格も違う。だけど浮かべている表情も。これではまるで――――。

 

「アーチャー、貴方はシロウに何をした――――!」

「見て判らないか? 少し、俺になってもらった」

「……そっか。固有結界は継承できるもの、だったわね」

「凛?」

 

 嗚呼、とアーチャーは肩をすくめる。

 今の言い回しと、士郎の様子からおおよそ見当がついた。固有結界とは、術者の心象風景。世界を塗りつぶす基盤となるそれは、術者同士にしかわからないが継承が可能らしい。……心のありようを継承するというのが、どんな意味を持つかは知らない。

 だけれど、それが当人同士の場合は別だろう。

 

「貴方、見せたのね。貴方が辿った過去を――」

「パスを繋いで結界を繋いだだけだ。何を見たのかは知らんが……まぁ、違いはないだろう。心象風景が同化するってことは、そこに至るプロセスを辿るって事だ。

 ――今、この『腐りかけ』は、完全に俺ではない。おそらく正気は断絶した状態だろう。覚えがある。つまり、少なくともこの場において。魔術師としては劣るだろうが、これは俺だ」

 

 肩をすくめて嗤う士郎。その表情の作り方が、確かに、事実、アーチャーのそれと一緒すぎて、私はかける言葉が出てこなかった。

 

「シロウ――」

「悪いなセイバー。死んでくれ。――俺の目的を果たすために」

 

 あまりに異常事態。当初の予定通り、本当なら私達が一緒に戦うべきだ。だというのに、セイバーは私に下がるように言ってきた。……明らかにセイバーに余裕が消えている。嗚呼、それもそうか。二振りの刃を振るう士郎は、まるで別人。所々の型にアーチャーが拳銃を振り回していた時のそれに近い物があるのが、その技術の正体を思い知らされる。

 今、丁度振り被った片方の刃。セイバーの不可視のエクスカリバーが胴体を凪ごうとすれば、もう片方の刃で逸らしつつ、正面から叩きつける。どれも今までの士郎らしい動きじゃないのだろう、セイバーはかなり困惑していた。

 アーチャーが言った通りだ。――今、この士郎はアーチャーと同じ。

 

 だったら戦う以上、私は、士郎を殺す覚悟を持たなければいけない。……契約をしていないアーチャー同様の発想と行動をするのならば、これは危険な魔術師に違いない。冬木の管理者として、放っておくわけにはいかない。

 だから、その選択肢を先に送るために、セイバーは私を参加させようとしないのだろう。

 

 アーチャーは姿を消さない。今の深手を負ったアーチャーなら、私でも辛うじて接戦できるかもしれない。でもそれをすることが出来ない。

 今、アーチャーと士郎の固有結界は繋がっているのだろう。だったら――アーチャーが消えた時、士郎にどんな影響が出るかが未知数すぎる。最悪、部分的に正気じゃないらしい士郎が、完全に狂ってしまう可能性だってある。

 

「――――ッ、何故ですシロウ。私には分からない。

 アーチャーの記憶を見たのなら、貴方は死後、守護者としての記憶を見たはずだ。人類を守護する英霊が何故、こんな――――」

「――――守護の概念が違うんだよ、セイバー」

 

 切り結び、距離をとり。悲痛な表情で問いかけるセイバーに、士郎は嗤いながら……、泣きそうな顔で答える。

 

「違うんだ、セイバー。守護者は『ヒト』を守るもの。霊長を守るんであって、人間を守護するものじゃない。

 少なくとも俺が見た記憶では、生前も、死後も――守りたかったものを守れた記憶がないんだ」

「シ……ロウ……?」

「ああ。確かにいくらかの人間を救いはしたらしい。自分に出来る範囲で多くの理想を叶えたし、世界の危機を救ったことだってあった。

 だけどな。――理想通りの正義の味方の背後には、おびただしい数の死だけが残った」

 

 ……私は、それを知っている。

 

「殺して殺して殺し尽くして。己の理想を貫くために多くの理想を殺して。殺した人間の数千倍の命を救ったよ」

「――――っ」

「王様なら分かるだろ。幸福を感受できる椅子の数は、いつの時代だって決まっている。

 俺は、思い出せないほど戦ったさ。争いがあると知れば命を賭して、求められるままに。だけど――何を救おうと、救われなかった相手っていうのは出て来るんだよ。

 生きている限り、救いたい命の数は増えて。争いは止まず。

 ただこの身は――――俺が知りうる限りの世界で、誰にも泣いて欲しくなかっただけなのに!」

 

 言いながら、士郎は嗤った。大声で、腹を抱えて。狂ったように。

 その様子が、いつか、アーチャーに聞いたあの質問の回答を思い出させる。

 

「嗚呼、だから殺すんだろうなぁ! 俺だってそう思ってしまったから!

 間違ってることは分かってる。だけどさ、被害を最小限に抑えるためには、いずれこぼれる人間を速やかに殺すしかなかったんだよ。

 誰も悲しませないようになんて口にしながら、何人かの人間には絶望を抱かせて――――! 生前も、そして死後も! 機械的に、効率的に!」

「シロウ、貴方は……」

 

 目を背けながら、セイバーは躊躇いがちに言葉を続ける。どこかその声には、悔恨みたいな色が滲んでいた。まるで誰か、私の知らない誰かにさえ含めて宛てた言葉であるように。

 

「……守ったはずの理想に、裏切られ続けたのですね」

 

「……」

 

 それを。

 二人のシロウは、はたりと。表情を殺して聞いた。

 

 

 

 

 

 




?「しかし魔術師殿。私が未だに現界しているのは不都合なのでは」
?「何ら問題はない。勘違いをしてはいかんぞ? おそらくギルガメッシュは倒れるだろう。さすれば個数はきっちり揃う。
 いつの時代も、理不尽な裁定に抗うは少年少女の愛と勇気だ」
?「……失礼、魔術師殿らしからぬ発言に見受けられる」
?「何を言う。(蟲との)絆の力こそ我らが家の力ぞ。カカカ」

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