ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
ここが行きついた袋小路。己の辿った道の果て。
例えどのような運命を辿ろうと、己が一体何であるのかという事実が変わるわけでもない。所詮はただのまがい物。本物の煌きに追いすがる事も出来ず、必要のない精神性を斬り捨てた。
不可逆のはずの、決して戻り得ない結末。
己に近づいたところで未だに目の前のこれは未熟。使えないならば魔力と
相手は己を否定するが、己は決して相手を否定しない。もとよりそんな念は、過去に置き去りにした。例え置き去りにできなかったのだとしても、己の中を滅茶苦茶にしたのだ。今更どう繋がる事もない。
失った物は帰って来ない。磨耗しきった感情は、手を伸ばしても届かない。
――――斬りかかる体は、目に見える以上に満身創痍。己の世界を受け入れるということは、「今は辿っていないはずの」世界を己の内側に格納するということ。容積を超えたそれは、その身の内で既に動き始めている。
でも――――次の一撃は、今までのどのそれよりも重かった。
砕かれた刃。弾丸を媒介にした以上、元は己が提供した投影が原型のはずだ。だからこそ、だろうか――。一方通行だったはずのパスが。刃が砕かれた瞬間に、まるで堰を切ったように雪崩れ込んでくる。
ありえないと。未だ認識することのできない、その未熟な世界をありえないと。
――――望んだ正義の味方など、何処にも居ないと。
歪な願いで心が砕けることは明白。にもかかわらず。どうして今一度、こちらに刃を向けたのか。
果てろ、と。認めろと。こうするしかないと――――こうするしかなかったんだと。
それは、誰に乞うた許しだったか。
それを理解していたのは、果たしてどちらか。――ツギハギを埋めるように、刃は、溶ける。
既に瀕死の肉体と、既に瀕死の精神と。
お互いが振るう刃は、しかしそれでも差があり、開きがある。
故に――――少年は、自らの心を手に振るうことを決意したらしい。
正規の要素が残っているからこそ、辛うじて投影が使える今の自分だ。本来、腐った精神ではまともな形を維持する事さえ困難。弾丸に己の心を宿すのは、あくまで他にできることもなく――贋作にすらならない、出来そこないの世界でも「使えた」から。
悪い夢だ。――古い鏡は、今、割れようとしている。
砕かれた刃に変わる物を掴み、構える。あるのはただ、全力で搾り上げる一声。
「――――――!」
刹那。
その叫びが、焼きついた。
胸に刃が刺さったその瞬間に――――空が、わずかに晴れた。
「――――――――」
当然と言えば当然か。この自分の歪んだ心に、正常だった心が刺さったのだ。無色の水を汚すように、自分を少年に注いだにもかかわらず。今度は完全に、真逆のことをされてしまったらしい。
だがそれでも。雲間から差し込む光は星の煌きのごとく。
濁ったこの場所を、わずかに洗い流すがごとく。
「――――嗚呼――――――――」
アレは誰が想い、誰が受け継いだユメだったろうか。安心したその顔に、何を誓ったか。何を覚悟したか。
忘れようとしても忘れきれなかった――そんな星のような煌き。自分が見惚れたのは、その気高さが美しかったから。あまりに眩しかったから。
誰もが幸せであって欲しいと――その岐路に立たされてなお、選んだ選択に。大切なヒトたちを殺し、それでも知らぬ誰かの笑顔を守れたらならと。
出来そこないのままに、目に見える悪を殺して周っても。そうせざるを得なくなるほどに、生き方が追い詰められたのだとしても。
死した身体でさえ、それをなお超えて。抱いた想いが既に意味を無くしてしまっていたのだとしても。
それでも――――それでも、その先があるというのなら。この雲を晴らすような、そんなまだ見ぬ
「―――――――なるほど―――」
――この赤い空にも意味があった。
吹き抜ける青空を前に――――俺は、間違えてなどいなかったのだ。
「――――――――――――――眩しい訳だ」
だったら、この涙に理由は要らない。
この身が悪であることは、永劫、変わる事はないが――――それでも。積み重ねてきた全てを背負う、この身を、なかった事になどしてはいけないのだから。
※
「―――――――嗚呼なるほど、眩しい訳だ」
目の前の男の胸に刺さった剣は。まるで元からそうであるかというように、ザラザラと散り。いくらか男の胸の傷跡の中に残った。
そのまま、刃が這い回るように傷を塞ぐ。
そんなバケモノじみた有様を目の前に、しかし俺は、もう緊張はしていなかった。
決断してしまった、という実感がある。
今しがた。わずかに自分の全身を貫くような、強大な向かい風を幻視したような気がする。
だが、構うまい。俺は超えると誓ったのだ――――その程度、着いていけなくてどうする。
「あ――」
ただ、そう意気込めるのは心だけらしく。実際気付いてはいなかったが、左腕は折れて、足だって肉がいくらか削れてる。どういう基準か、骨より肉の回復が早いような感じがする。だからどうしたという話なのだが、要するに足の方が回復したのに倒れたのは何故かという話だ。
……単純に緊張の糸が切れただけなんだろう。
そして、そんな俺を背後から抱き支えるセイバー。
半眼で、いつものように文句をつけてくるのが遠坂。
「シロウ――――ここからは私が、」
「いや、いいんだセイバー。
俺は、もう戦う意味はない」
そう、何気ないように声をかけたのは俺じゃない。
目の前のアーチャーが、少し困ったような笑いを浮かべている。――悪い夢を見ている。鏡に映った俺の有様はなんとも酷いような容貌で。だっていうのに仕草は全く変わっていないのだから。
「アーチャー、アンタ……、胸、大丈夫なの?」
「なんでさ。追求するところがおかしいだろ――遠坂」
「えっ――――」
その物言いは。その態度は。何から何までが男の外見からは異常で。だっていうのに、俺達は何故か、そのことに違和感を抱かなかった。
言葉からは毒が取れている。まるでもう、それを紡ぐ必要がないとばかりに。
「正義の味方か。……なんでか、涙が出てくるな」
声の響きはどこか暖かでさえあって。
「……答えてください。アーチャー、貴方は――」
「…………聞いてくれるなよ、セイバー。なんだか、お前を見てるとこう、申し訳ない気分になってくるんだよ。
後悔とか、不甲斐なさとか……、なんでかは判らないが」
「記憶は、完全には戻ってないのね」
「戻ってないんじゃなくでだな。その……、えっと……。
あー、何て言ったらいいんだか……。おい、俺、説明頼んだ」
「なんでさ、我ながら軽いぞ……」
ついさっきまで殺しあいをしていたと思えないほどの豹変ぶりだ。だが、なんとなくわかった。さっきまでの俺がアイツだったように――今のコイツは、俺なのだ。
なんでこう言いよどむのか、その理由を俺は知っている。
目の前の俺は、セイバーを守ることが出来なかった。セイバーは、気が付けば消えていた。
暴走した桜を、救う手立てがあの時はなかった。だから殺さざるを得ず――結果、遠坂と最期の最期できっちりと殺し合うことになった。
相手が事情を知らないとはいえ、合わせる顔がないんだろう。
いや、むしろ知らないからこそなおさら立つ瀬がない。
ただ言いたくはないが、俺だってコイツのせいで、その被害は被っている。つまり。
「俺だってお前なんだから、なおさら説明できるわけがないだろ。それくらい判れ、この馬鹿」
「な――――貴様、俺を超えると言ったのだろ!? だったら、これくらいの苦境は軽々飛び越してみせろよ! それでも正義の味方目指してるのか、オイ」
「なんでさ! おまえ、さっきまでの原型が完全になくなってるぞ。
まぁ遠坂もセイバーも……、古傷をえぐるみたいなことになるから、今は止めてくれると助かる」
「えっ? あ、はい」
素直に俺の言葉に応じてくれるセイバー。もっとも、
「へぇ……。うん、じゃあ貸し一つね? 士郎♪」
愉しげな表情から一転し、満面の笑みを浮かべたこのあかいあくま。俺達はそろってため息をついた。これは絶対、後々、どんな手段をとってでも聞かれる運命に違いない。
目の前の俺でさえこの反応なのだ。
どうやらエミヤシロウは生涯、遠坂凛に頭が上がらないらしい。
「で? なんだか『正直になってくれた』ところ悪いんだけど。貴方、何をしようとしていたの?
てんでそこのところがはっきりしなかったから、全然話が展開していかなかったんだけど」
気を取り直したように、冷静に会話を再開する遠坂。セイバーも同意という意見を示していた。
「何をしようとしていた、か。……説明はしていたつもりだったんだがな。
理解されなかったということは、俺が、説明するための知識を欠いていたと考えるのが妥当か。
捕足を頼む」
「いいわよ。
それで? 守護者から一瞬とはいえ開放された貴方が、街一つなかったことにするくらい危険なものって、何なの?」
アーチャーは一瞬、セイバーの顔を見て。申し訳なさそうに笑った後――――。
「え――――」
誰しもが、アーチャーの語る脅威に耳を傾けようとした。その緊張は、逆に言えば戦闘に対する緊張の欠損。
空から繰り出された剣は複数。その雨に、全く気付かなかった衛宮士郎の身体は串刺しに――――。
弾け、転がされる。
「――――」
突き飛ばされたのは1メートル程度。俺だけでなく遠坂まで、ついでとばかりに蹴り飛ばしていたようで。腰を抑えながら、助けられた事実よりも不満そうな遠坂だったが。
目の前には――――串刺しになった、壊れた俺。
「……とっておいて正解だったな」
それを、痛いとも何とも言わず、面白くなさそうに視線を向ける。何者、と恫喝するセイバーの声が、広間の二階に向けられていた。
それは、黄金の男だった。
金色の甲冑で武装したその男は、沈む太陽を背に、酷薄な笑みを浮かべていた――――。
夜が訪れる。
俺も、遠坂も二の句が継げない。既に見て判るように、明らかにこいつはサーヴァント。だというのに、全く心当たりもなにもない。
強いて言えば、8人目のサーヴァント。
まさかルーラー? と遠坂が呟く。
「さて、
「――そんな、馬鹿な、何故貴方がこの場にいるのです――――
親しげに言う男に、セイバー一人が睨み。その言葉に、俺も遠坂も驚きを隠せない。
アーチャー? だが、俺達の知るアーチャーはこの場で串刺しになっている男に違いない。だというのに、これは――――。
「何故も何もなかろう。杯は我が物、起源はウルクにありて。今更その忘れ物を取りに来たところで、何がおかしいか」
「ふざけたことを。いや、そうじゃない。そもそも――――」
「今、その先を口にするのは止めておけ。我とて今は興が乗らぬ故な――――」
セイバーを見つめる蛇のようだった目は、アーチャーを中心にとらえ、いっそ憎悪こそみなぎらせるように変貌した。
「――――――下らぬ。実に下らぬ。真作が存在せぬばかりか、それに迫ろうということさえ諦めた出来そこないが。気に入らぬ。本来ならば「過程だけでも」評価するべきだが、それすら及ばぬ。我が宝物庫を振るうことさえ分不相応だ。
だが今宵、贋作者へ至る道筋が出来ただけで、それは許してやろう――ぬ?」
「――――――――
いつの間にとったのか、三つあった弾丸から、アーチャーは一つとっていたらしい。
そしてそれは――それを砕いた瞬間、ヤツの身体が劇的に変化した。
刺さっていた武器は抜け落ち、穴などなかったように再生。
金色の亀裂はほとんどが補修され。失ったはずの腕は、獣の腕を覆うように現れ。背中には、何故か刻まれる赤い数字。
翻る黒い外套。服装はどこか、遠坂のサーヴァントをしていたときよりも現代的でない、「らしい」ように見えるものになっていて。
「外側と魔力が補填されても、いいかげん
で? 次はどんな手品を見せてくれるんだ」
その表情は嗤ってはいるが、でも、どこか不敵なそれで――まるで皮肉屋が浮かべているようなそれで。声音ににじみ出る余裕も、何故か不思議と、しっくりくるものだった。
「たわけ! 我が宝を、奇術師風情の大道芸とのたまわったか!
セイバーを迎えるには確かにこの場はちと貧相ではあるが――――それ以上に煩わしい。
我が
再び撃ちだされる無数の、弾丸のごとき武装の数々。
それらに対して、再生した左腕の莫耶の銃から。
「
――――
当然のように、そんな風に「盾」の弾丸を撃ちだした。炸裂したそれは、重なった七つの花弁。
黄金のサーヴァントが怒りで我を忘れているからか、その攻撃は直線的で。それを正面から、ほぼ完全に封殺している花弁の盾。
唖然としている俺達に、アーチャーは苦笑いを浮かべて言う。
「少し足止めをする。今のうちだ」
嗚呼、そうだな。なんとなく、この状況で俺がどんなことを言うか、俺自身が一番わかっていた気がする。
ちょっと、と怒る遠坂に、戦う意思を見せるセイバー。そんな二人のうち、セイバーの肩に手を置く。
「シロウ?」
「行くぞ。セイバー。この状況で、出来る以上、俺は『止めたって聞くわけがない』」
「さすが、よく判ってるじゃないか」
嗤うアーチャー。いや、字を変えた方がいい。ニヒルに笑うアーチャーは、「盾もそう長くはない」と断言する。
「何。俺が倒れたところで、すぐ聖杯戦争が終わる訳ではないだろう。どちらにせよピースは足りない。
それにだセイバー。あれを打破するには条件がいる。それは……、あー、こんなことが思い出せない」
今のは俺にもわからない。俺だってアーチャーの記憶、全てを共有しているわけではないのだ。
「ともかく、今は時ではないし――正規の俺でなければ、アレは正面から打破は難しい。
現状、拮抗してるわけじゃないんだ。勘違いするなよ、遠坂凛」
「でも……、だけど……!
それじゃアンタは、結局、やってることが――」
また私に見捨てさせるのかと。あの時と違い、令呪で守りをかけることも出来ないのだと。……嗚呼、思い返せば、どうしてバーサーカーから逃げていたとき、既に令呪が消えていたのかということについて、今更ながらに思い当たった。
あの時、遠坂はアーチャーに「生き残れ」と令呪をかけたのだろう。それは自ら契約を切った――自分のありったけの魔力を敵にぶつけるため、「マスターの魔力を喰らい尽くさないため」にした――その後も。令呪を受けたという事実が、この男を今の今まで生き残らせたのだと。
「そういう意味じゃ、もう何度も、俺はおまえから命を救って貰ってる。
だったら、俺がそうしない理由はないさ」
「――――――」
「それでも何か思うのなら……。いや、それは後にしよう」
今にも泣きだしそうな――いや、でも、こらえ切れていないその目に。
「――――時間を稼ぐとは言ったが、別にアレを倒してしまっても構わないだろ? マスター」
放たれたとんでもない強がりに。マスターと己を呼んだ男に。遠坂はそれを堪え、胸を張った。
「……ええ、構わないわ。きついのをお見舞いしてやりなさい、アーチャー!」
「なら、期待に応えるとしよう。
――――
――――嗚呼。それは。
万感の想いが篭った言葉であり。他人事のような言葉でもあり。
そして同時に――――この男から、俺達への。この上ない別れの言葉でもあった。
※
「倒す、と言ったか。
くはははははっはは――――――!!!!! 滑稽よ、これぞ道化よ! まさかその類の才能があったとはなぁ出来そこない風情にも!
褒めて遣わそう。我が宝物の雨を受け切った事は! この二つをもって何か褒美をとらせてやらねばなるまいな。飴でもやるか?」
心底、馬鹿にしたような物言いではあるが、実際に飴を取り出して見せてくるのがこの英霊である。わずかに調子が崩れるのを感じながら、アーチャーはその男を見て、納得した表情を浮かべた。
「なるほど。こりゃ、『アレ』に呑まれても不思議ではないか」
「――――なんだと?」
「いや、なんでもない。気にするな、どの道長くはない」
自虐するよう笑う弓兵。いくらかその表情も、在り方も守護者としてのそれではなくなったが、本質的に腐ってしまったその立場を崩すことは出来ないらしい。
そして、先ほどから眼前の英雄が、己の何が気に入らないのかもおぼろげながら理解している。
「不遜なもの言いだな、この我に向かって」
「そりゃな。若造って年ではないが、
何、俺も馬鹿になってみようと思ってな。お前が何をしようとしてるかは知らないが――本能的にか判るよ。結末は俺以上にロクでもなかろう。ならば、その前に『悪』の退治に挑戦してみようとね」
「は――――掃除屋が汚れる前に来るとは、阿呆の極みだ!
もはや飴をやるのも阿呆とみた」
「その口ぶりだと、本気の本気でくれるみたいな口ぶりだな」
「たわけ! 当然であろう。だが今ので帳消しだ。
――
「さぁ? 悪いが本当には知らないんだ。色々、混線している立場でね」
「まぁ良い。ならば貴様が嫌というまで、その身をバラバラにして聞きだしてやろう。我が蔵には、無理に傷を直す
表情を愉しげに歪ませる黄金のサーヴァントに、しかし、黒い弓兵は何も答えず。ただ下を向き、口を動かす。
ぬ? と。その異変に英雄王が気付くには、わずかな猶予。だが、この英霊は元来、守護者としてきわまったナニカ。
「――――
ただ――その詠唱はわずかにかつてと異なっていた。
「――――
故に、放たれた弾丸が描く世界は。赤き歯車、担い手のない剣の丘。雲間からわずかに差し込む、生命の奔流のごとき光と、青空。
「貴様――」
「これは、単純な時間との戦いだ。
俺が
腐った精神性は、わずかながらにかつての憧憬を取り戻し。故にわずか一時、この場限りといえどその成す幻想は、今まで自身を超える。
「もはや真も嘘も関係ない。
――――ついてこれるか、英雄王!」
「一撃で首を落とすか、じっくりと首を斬られるか――好みの方を選ぶが良い!」
隔絶されたその世界で――――雨霰のごとく、お互いの刃が激突した。
凛「・・・で、何でイリヤはそんな子供向けの特撮番組なんて見てるのよ」帰ってきて一言
イ「あら、面白いわよリン。丁度これなんて、主人公が青くて剣を使うし」