ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
桜「・・・姉さん、ずるい・・・」むにゃむにゃ
凛「そんなことより、追うわよ、桜・・・」むにゃむにゃ
虎(?)「いやいや帰ってきて早々、壁にひびとか血痕とかってニャ・・・。せめてもうちょっと後始末してから行くべきだニャ、セイバーちゃんもシロウも」
どたどたと聞こえる足音に、うつらうつらしていた意識が覚醒する。
ちょっと遅いわよ、と言ってあげたいけど、向こうも向こうで大変だったとは思うので、それについては何も言わないでおいてあげようかしら。
実際、大変なのは見て判る。私の血で汚れた居間を呆然と見ながら、桜を背負ったまま走ってきたあたりなんかとくに。そんな士郎だって、どう見ても本調子じゃない。
いや、でも安心したせいで、ばか、くらいの軽い罵倒が出てきた。実際、もうちょっとで気絶するところだったので、助かったと言えば助かった。
しゃべるな馬鹿って私のことを言いながら、桜を下ろすのを忘れてあたふたする士郎。セイバーが冷静に桜を受け取ってくれたから一安心だけど、やっぱり頭に血が上ったりすると、コイツ、視野狭窄になるわね。
まぁ、手当ては自分でしたから医者は呼ばなくていいんだけど。
血は自分で止められるから、腕と、腹に開いた穴もなんとかはなる。……まぁ強いて言うと、一瞬何故か士郎の首筋にかぷりとかじりつきたい、みたいな衝動が出てきたことが不可解だけど(別に私、吸血鬼じゃないし)。
ただ、そんなことよりイリヤを守れなかったのが一つ。
「イリヤが言っていた、アサシンの半分。
今、聖杯に足りない0.5分の力で呼ばれたサーヴァントよ。たぶん、言峰に味方してる」
「遠坂、お前……」
「なんで予想ついたのかって? そりゃ、流石に予想もつくもんでしょ。それにしても失敗したなー」
流石にサーヴァント相手にどうにかなるとは思ってなかったけど。それでも半分程度なら引き分けられると見積もっていた自分が甘かった。
いえ、宝石を使いきってしまっていたのが一番の悪手か。
……まぁ説明してるときの様子から、流石に手当てをされはじめているのは仕方ないかしら。正直、今のままだと説明に割く体力が足りないから、助かると言えば助かるし。
まず一つ目。イリヤが今回の聖杯の器であること。
七騎の魂の受け皿となったとき、イリヤはイリヤとしては自壊する。あの子の心臓は、そういう類の魔術回路。聖杯であるが故に、術の発動において過程、プロセスだけが飛んで結果だけが返ってきている。
これには動揺していたけど、でもどこかで納得してるようにも見えたのは私の錯覚かしら。
2つ目。場所はおそらく柳洞寺。霊地の条件として、今確実に空白であり、なおかつ「あれ」があるのだから、おそらく間違ってはいない。それにあの場所なら、簡単には外に魔力が漏れる事もないので、つまり判りづらい。
士郎もこの予想には同意していた。元は教会で対決したらしいので、ならばいつまでもそこに引きこもって居ることもないだろうって判断みたい。
「じゃあ最後――――
「……ああ。それでも俺はアイツを倒さなきゃいけない。
桜を助けてもらったりもした。だけど、アイツの信念に対して、俺は引くことは出来ない」
……即答か。じゃ、一つ選別。別に死ぬつもりなんてないから言い回しがおかしいかもしれないけれど。儀式用の剣を士郎に手渡す。
銘は、アゾット。お父様を送った後に、綺礼から手渡された短刀。
宝石にくらべれば微々たるものだけど、それでも、気が向いた時に魔力を込めていた。ないよりはマシでしょう。
このまま使わないのも癪だし、これで、投影のタシにでもすればいい。そのまま使ってもいいけど、まぁ、個人的にはそのまま使ってくれた方が色々清々するところもあるんだけど。
あはは、それにしても、もう、眠くて眠くて……、血が欲しい。貧血気味っていうつもりであって、断じて私が吸血鬼だとか、そういうんじゃない。
「……と。最後に、士郎?
やるからには絶対勝ちなさい。そして、死んでも生き残りなさい」
「なんでさ。どっちだ」
「明日の朝、私が起きた時にくたばってたらタダじゃおかないってこと。
それが無理だっていうなら――――今の自分を全部、ことごとく凌駕しなさい。貴方がイメージを糧とする英霊になるのなら、手始めに、最強の自分にでもなりなさい!」
そしてそれが最後の気合とばかりに。体力の限界を感じて、私の意識は落ちた。
……桜の声で「ズルい」とか聞こえたような気がしたけど、たぶん、混濁した意識が聞かせた幻のはず。大体、何がずるいっていうのか。
※
言峰教会で俺は見せられた。傷を切開すると言い、あの男はまざまざと見せ付けた。
誰も助からなかった。誰も助けることさえしなかった。あれだけの大勢の願いが、かなえられはしなかった。――――ただ生きたいと。死にたくないというその願いを。
だったら、それをかなえられた自分が、それを背負うのは当然と。そうでもなければ、とても後ろ暗く、前など向いて歩けないと。
だから、セイバーに言われた事も間違いじゃない。実際、必死にエミヤキリツグの背中を追った。空っぽの心でも前に進まないなんて許されないと。だから、思い返すことさえしなかった。それまでの自分はもう、死んだようなものなのだと――――あの時、エミヤシロウが生まれるより以前の自分に蓋をして。
それが辛くなかったと問われれば――――間違っていると思ったことがないかと問われれば。
言峰はいっそ慈愛の篭った声で言った。やり直すことを望めると。俺も、彼らも救うことが出来ると確信に満ちた声で。
――――俺の考えないようにしていた、同じ地獄から
彼らほどではないだろう。思わなかったときは決してない。何もかもが悪い夢で。でも、それはずっと、今でも、目が覚めない。現実と受け入れても、誰も傷つかず、何も起きなかった世界があるというのなら――――――――。
――――だけれ、ど。
「死者は蘇らない。
起きたことはもう戻せない」
死者を蘇らせることも、過去を変えることも、そんなことを望めない。
奇跡などありえないと自ら口にするたびに、心が軋む。でも、それでも答えは変わらない。当たり前をつかむ、そんな奇跡でも――――起きたことは、嘘に出来ない。嘘にしちゃいけない。
あの涙も、傷みも、記憶も、この悪い夢でさえも。何もかもが消えてしまったら、一体、その思いはどこに行けばいいというのだろう。その痛みや重さを抱えて進むことが、失ったものを残すということじゃないのだろうか。
ヒトは死ぬ。いつか俺だって、必ず死ぬ。でもだからこそ、残るのは痛みだけじゃないはずだ。
輝かしい何かが残るから――だから、あの死に縛られるだけじゃなく。俺が親父の思い出に守られているように。
置き去りにしたもののために、俺は、そんな願いを望む事ができない。
だから俺は、彼女の鞘を返した。彼女を勝たせるために。 ギルガメッシュと真っ向から撃ちあって勝てなかった以上、勝利に聖剣の鞘は必須。だから、そのつながりを返した。
聖杯を必要ないと、迷いなくあの場で断言した彼女に。
「――――」
嗚呼。きっと今、全部忘れて俺と逃げてくれと言えば、セイバーは何も言わずに従ってくれる。そんな気がする。でも俺達は何もいわず、ただこの階段を上る。
破壊という手段でしか願いをかなえられない願望器。それを拒絶したのは確かに正しかったのかもしれないが。それ以上に、セイバーが、かつての自分を受け入れたことが嬉しく。そして、その過去を胸に抱き、戻ると決めたことが悲しく。
――――夢はいつか覚めるのです、シロウ。
思い返せば、短い時間だけど、沢山思い出があった。嗚呼、アーチャーが涙を浮かべた理由がわかる。どれもが眩しくて、今更ながら直視するのが辛いほどに。
でも、それでも。戦う目的を変える事は、俺達には出来なかった。
彼女を知った。自分を知った。自分の果てを知り。それでもなお前に進むしかないと。
それでも――――そうだからこそ、嗚呼。
ここから先、何をやっても別れの言葉にしかならない。
だから、ありったけ。自分の中に立ち込める誘惑も、何もかもを抑えて。
「セイバー、行こう。これが最後の戦いだ」
「……ええ」
無言で頷くセイバー。そこに感じる信頼に、強い意思に、俺も後悔はすまい。彼女がそう想ってくれるのなら。この選択も、決して間違いのはずはないのだから。
赤い光か境内を包んでいる。発生源は寺よりもはるか奥。
この空気の感覚は、間違いなくあの火の記憶そのもの。だが――――その奥に「何かがある」。あの、虚のようなものから落ちる黒は、目に見えるほどの呪い。魔術師のはしくれでも、それが人間にだけ作用する毒であると悟った。
「――――待ちわびたぞ、セイバー。
昼間はあの女に邪魔をされたが、今度こそ頃合ぞ」
ギルガメッシュの指す女とは桜のこと。あの時、逃げることがとても出来そうにない状況の中。倒れそうになりながらも現れた桜が何らかの魔術を使い、逃げる隙を作ってくれた。
あれも何かの呪いだったのだろうか……。だがどちらにせよ、桜も既に限界が近い。
ギルガメッシュはセイバーだけを見ている。セイバーも当然のように構える。
「我に勝てぬと知った上でなおその気概。それでこそ貴様よ。
宴の終わりにふさわしい。どう組み伏せてくれようか。だが――――そこの小僧。邪魔は要らぬ。言峰なら祭壇で貴様を待っている」
「そうか。ありがとう」
「……!? よ、よりにもよって感謝の言葉だと、貴様……?」
鳩が豆鉄砲でも食らったみたいな顔をしたギルガメッシュを尻目に走る。俺の背中を、セイバーが後押しするように見守る。
境内の奥に指しかかった時点で、飛び交う死闘の音。
寺の裏側の池にたどり着く。本来ならそれこそ神様か、妖精でも棲んでいそうな美しい池なのだが――――元が美しいからこそ、あふれ出る呪いに汚染されたそれはいっそ醜悪。
中空の虚。
「よく来たな衛宮士郎。此度の聖杯戦争で、唯一、勝利者と呼べるマスターよ」
――――――俺じゃない記憶が紛れ込む。
イリヤは聖杯として調整されたホムンクルス。ゆえに「杯」として完成すれば彼女としては崩壊する。だが今の段階なら、あそこから外せば、まだ猶予はある。
言峰はいった。彼女によって支えられる虚から落ちる、泥こそが願いと。
「これの奥、人間を呪うためだけに生まれ出ようとしている。
無色の呪いを、これほど醜悪に変質させてしまうものが」
「……言峰。アンタの目的は何なんだ? 正直、俺には理解できない。どう考えてもアンタは俺の敵のはずだ。でも桜を助けたときの真摯さとか。明らかに、それだけじゃない気もしている。
警戒こそされてはいたっていっても、遠坂からの親愛も本物だった」
「土地をうっかり一つ売ってしまっても、未だに関係が続いているのは僥倖だよ。つくずく親子共々、身内には甘い。
間桐桜を助けたことは、私にもメリットがあったのだよ。しかし……、その様子。あの時、あれが何をして我らの元から逃げおおせたか、理解はしていないようだな。クククク」
「?」
「もし仮に、この場を踏破したのだとすれば。遠からず理解できるだろう。そのとき、懺悔を聞く者は誰もいないだろうがな。まぁそもそもそのつもりもない。
しかし、目的か……。そうだな。この呪いを完成させることか」
「呪い?」
「聖杯の奥に蠢くこの呪い。未だ世を侵し尽くして居ない、形ある『悪』。これならば、私が未だ出せずにいる答えを出してくれるかもしれない。そのような希望が、胸の内にあることは否定できまい」
「そんなもの、生まれる前から悪に決まっているだろ。お前が今、悪って言った。それ以上に、聖杯が悪であるなら、それはそれ以外の何物でも――――」
「お前たち親子はそこを勘違いしている。良いか? そも、生まれ出でぬ赤子は無垢なるもの。原罪すら負われる事のない、すなわち罪科に問えないもの。
故に――生まれながらに悪であるものはない。これが生まれし後、何を考え、何を成すか。初めから望まれなかったこれだからこそ――――その果てに、私の求める答えがある。
この願いが罪だというのならば、私は、我が
要するに、こいつは、自分のその問いの回答を得たいがためだけに、こんなことをしていることになる。
その結果、何が起きようと。どれだけの人間が犠牲になると、関係ないのだ。
もはやわかりあえない。飛来する触手のようなそれさえ、交すことが難しい。言峰は言う。俺とアイツとでは生きた年数の重みが違うと。何かで掛け算でもしない限り、追い着けはしないと。
親父さえ内側から呪い殺したというそれは、もはや俺では避けられない。近づく以前に、弓矢の投影さえ間に合わず――――。
「――――
頭が破裂する。
アーチャーの記憶に侵食された時の比じゃない。暴力的なまでの「お前は悪だ」という怨嗟。全身にくらいついた泥は剥がれず、容赦なく俺の生命を奪いにかかる。五感が消し飛びかけ、この世の全ての業。罪科が見える。
この闇に囚われたものは、決して殺されるんじゃない。自分自身が感じるその苦痛で、食い潰されてしまう。
だが――――親父を殺したのがこれだと。衛宮切嗣を殺したものがこれだと?
――――身体の撃鉄が打たれ、回路が切り替わる。
こんなものを、親父は何年も背負わされてきたっていうのか? こんな声に圧倒され、想いを果たせず死んだと。
正義の味方になりたくて。それが出来ないからこそ奇跡に頼ろうとして。その奇跡からも裏切られた後、俺なんかの答えに満足して、良かっただなんて頷いたと?
だったら――――立たないといけない。キレイごとじゃない。俺が正義の味方になるのなら。なにがあっても、悪には負けることは出来ない。
――――その結果、貴方がどんなに苦しいとしても?
だって誓ってしまったのだ。俺はこの先に行くと。壊れてしまった俺自身がとれなかった選択肢を抱いて、先に進むと。
――――でもキリツグがそうであったように、貴方の願いもまた、果たされることはないでしょう。
知ってる。たぶんそれは、知ってるはずだ。だって、あれは反転した俺。正規の俺、あれとは別な歴史を歩んだ俺であっても。エミヤシロウがあの場にたてるということは、すなわち、世界に自らを売り渡した事実だけは変わらない。
だから、一歩。一歩。とにかく前へ、前へ、前へ――――――。
――――なら、『貴方の形』でもいいのかもしれないわね。
「な――――、馬鹿な、何ら小細工もなく、振り払ったというのか?」
歩みきって、そのまま駆け出す、わずかに身体に纏わり付いた泥を落としながら、剣は背中に。
正面から走る俺を愚かだと嗤いながら、言峰は更に大量の毒を仕掛ける。
左手を意識する。令呪が残っている限り、セイバーとの繋がりは切れて居ない。これがあるかぎり、彼女は未だ生きている。
大丈夫。セイバーはギルガメッシュを倒す。
その時に、ちゃんと手を上げてむかえてやらないと、たぶん怒られる。
だから、――――ここで、おまえを倒す。必ずイリヤを取り返す――――。
この身を呑み込まんとする呪い。だが、何故か不思議と前進は出来る。嗚呼なるほど。形は違えど、あのアーチャーもこれに近い責め苦を味わっていたからだろうか。耐性ということなのか周囲に飛び交う無貌の怨嗟さえ、不思議と聞こえない――――否。
音が断絶する。視界が不安定になる。前進しているのか後進しているのか、時々判らなくなる。
既に身体も精神も満身。
でも、それでも、俺は歩みを止めない。
ただただ前進を邪魔するこれを打ち払うため――――ただ一つ。自分の行く道を照らした、彼女との繋がりを、この場に現す。
「航するは星の内海。夢遠き、春の楽園――――」
どこかから聞こえる彼女の声。
今ひとたび、俺と彼女の言葉と、願いは、重なる。
「――――――”
ボブ化経験のせいで、若干アンリ耐性が強いシロウくん