ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
虎「ど、どしたの桜ちゃん怖い」
――――白い視界は、薄目に差し込む光のせいか。
わずかに眩しさを感じて瞼を閉じても、ちりちりと感じるこの温かさ。季節が移り変わっていることを改めて認識させられる。朝日といえど、温かいからわずかに熱い。
寝返りを打ち、顔を背け。何故か感じるこの不自然なクッションの弾力に違和感を覚える。
「ん――――?」
枕のそれじゃない。具体的にいうと、ちょっと腰が痛いのと、無駄にふかふかと頭を静めてくるこれは、なんだろう、椅子のクッションみたいな感じがする。
そんな違和感を覚えていると、ぼんやりと、視線のようなものを感じる。感じるというより、微妙な居心地の悪さみたいなものを背中に覚える。まるで誰かに観察されているような。我が家に生息する虎とかではまずやらないだろうその挙動。桜なら観察するまでもなく起こすだろうし、イリヤなら布団に潜り込んできたりもする。
だからこそ、この観察される感覚には違和感がある。
「…………」
振り返り、目を開けると。
「ひゃっ!」
「な!?」
見覚えがあるような、見覚えのないような少女が俺を覗き込んでいた。
あまりの距離の近さに動揺が走る。なんとなくセイバーともこういうことがあったような記憶が過ぎるが、それはさておき。
俺が起きたのを確認すると、少女は部屋を走って出て行く。そして扉の向こうから、聞き覚えのある声が苦笑いを浮かべていた。
「変身していた時の貴女はどこに行ったのよ。もうちょっと堂々としてたじゃない」
「あ、あれは、一周回って開き直ってるだけなんですっ」
「あら、そうなのね。ちょっとした興奮状態ってやつかしら……何故かしら、頭が痛いわ。おかしいわね、まるで自分で自分の首でも絞めてるような感覚が……」
そんな訳のわからない会話をしながら、遠坂が現れる。「おはよ、士郎」なんて軽く手を振る様からは、普段の朝一晩に対する弱さが見られない。かなり珍しいものを拝んでいる気がする。
「じゃなくて。な、なんだって遠坂がこんなとこで――――」
「こんなとこで、じゃないわよ。ここ私の家よ?」
と、言われてようやく気付く。どうやら遠坂の屋敷の居間、ソファーのところで寝かされていたらしい。
「一応聞いておくけど、何があったか覚えてる?」
「……? あー、えっと……ッ」
瞬間、脳裏を過ぎったのは――――。
「セイバーは……! 遠坂、セイバーはどうなったんだ!?」
「……予想はしてたけど、やっぱりそこから聞くのね。
というか、近い近い近い! 肩掴むな鼻当たるわそんな真っ直ぐに見るな!」
思わず反射的に、遠坂に掴みかかる勢いで接近していた。
「わ、悪い……。
って、えっと……」
遠坂から離れると、自然、視線は隣の少女に向かう。セイバーが着用していた服とは違い、どことなく夏をイメージさせるノースリーブを着る、ショートカットの少女。
彼女についても気になるが、とりあえず。
「あー、とりあえず、昨日の話を頼む」
「いいわ。ちゃんと頭も回ってきたわね」
いつかのように満足げに微笑んで、遠坂はかいつまんで昨晩のことを説明した。
なんでも気を失った後。セイバーは俺を殺そうとしたらしい。それにこの少女が割って入って、なおかつ俺の傷を直してくれたそうだ。
……そしてその後、謎のシスターが介入してセイバーが追い払われとか何とか。流石に状況が読めなすぎることと、一旦俺の介抱をかねて、遠坂の家に運び込んだらしい。
で。
「……お前、キャスターなのか!?」
「ええ、坊やさん」
あどけない笑みを浮かべる彼女に、二の句がつげない。俺の知るキャスターのイメージが脳裏を過ぎるが、そのどれともこの少女とは一致しない気がする。
「衛宮くんが何を考えてるか大体想像はつくけど、あのキャスターとはちょっと違うわよ。歳が若い姿で呼ばれてる分、あっちほど捻くれていないわ」
「ひ、捻くれ?」
「そ、その言い方はちょっと……」
「あら事実じゃない。まぁでもランサーとかと一緒で、あっちの記憶も継続して持ってるみたいだから、改めて自己紹介とかはしないでも大丈夫よ」
「いや、それでもちょっと待て、キャスターだろ? ってことは……」
あの宝具――――裏切りの魔女の生涯を示す、全ての魔術を破る刃をどうしても連想するのだが。
「それは大丈夫よ。このキャスターは、それに該当する逸話に至っていないから、使える宝具も異なるの。そもそも魔術師としてもまだ未熟な時代だし。
だけど、士郎もそんなキャスターの宝具で助かったんだから、少しは感謝しときなさい?」
「? なんでそんなこと、お前が分かるんだよ」
当然ともいえる俺の疑問に。
「そんなの、私がキャスターと契約したからに決まってるじゃない」
とか、そんな爆弾発言を返してきよってからに。
「――――――は?」
遠坂の言ってる言葉の意味を、一瞬、理解できない。
ほら、と向けられた手の甲。そこに浮かび上がる赤い印。それを見て、ようやく理解する。
「士郎を助けて消え掛けていたのよ。マスターがいない状態のまま彷徨っていたみたいだし、むしろ何でもっていたのって感じよね。自己申告が正しければ、今回は魂喰らいめいたこともしていないみたいだし」
「いや、そもそもなんでキャスターが小さく……」
「その話は後でしてもらうわ。生憎朝食の支度はできないから、先にお茶でも淹れようか。
士郎はプレーンでいいとして、キャスターは?」
「あ……、では、その、砂糖とミルク、多めに」
ふふ、と微笑ましそうに笑い、遠坂は一旦キッチンへと消えて言った。
少女と化したキャスターと二人きりというこの状況。ショートカットの、素直そうな印象を受ける少女でしかないが、しかし確かにあのキャスターの面影がある。これが、一体何をどうしたらああなってしまうのか……。
しかし、お互い落ち着かない。少なくとも遠坂が契約したくらいだ、大人のキャスターとは違ってまともではあるんだろうけど、色々と過去にあったことが脳裏を過ぎるので、おいそれと話しかけ難い。
「――――」
キャスターもキャスターでそれを察しているのか、微妙に申し訳なさそうな顔をしていて、ますますお互い言葉が出てこない。
自然と、視線は周囲を見回すことになる。
既に何度かお邪魔したことがあるとはいえ、遠坂凛が毎日暮らしているこの場所。いつもとは違い、朝日が昇る光景に現実感が薄い。端的に言えば、頭がぼうっとしている。
「緊張しているのですね、坊やさん」
「……その坊やさんっていうのは止めてくれ。なんか変な感じがする」
「あ、はい、すみません……」
ふとキャスターが声をかけてくれたが、なんとなくその言い回しは嫌な記憶が過ぎる。反射的に言った言葉に、すぐさま引き下がるキャスター。再びの沈黙が気まずい。
「二人とも、にらめっこしてるんじゃないんだから」
呆れたように遠坂が割って入ってくる。当然のようにソファに座る俺の隣に腰を下ろす。そのまま紅茶のカップを置いてくるのだが、どうにもこうにも肩が接触したり、ふんわりと髪から甘い匂いが漂ってきて、困った。
「あの、お嬢さん……、少し刺激が強いかと、セイバーのマスターに」
「その言い方、貴女の今の容姿で言われると中々変な気分ね……。まぁアーチャーのマスターじゃなくて、貴女のマスターになったんだから、呼び方は強制しないけど」
すさまじく甘ったるそうなほどに砂糖を入れたミルクティーを一口含んだキャスターに、苦笑いを浮かべる遠坂。というか、刺激って言い方はよくないと思います。
一瞬不思議そうな顔を浮かべた遠坂だったけど、すぐさま隣の俺を見て、いつものごとく嫌な感じの笑みを浮かべた。手で顔を覆い隠すそれは、またよからぬナニカをたくらんでるかおだ。
「なんだよ」
「べつにぃ?
それはそうと、そういえば士郎って紅茶とか淹れられるのかしら」
と、何故かそんな意味の分からないことを聞いてくる。
「淹れられるのかって言われれば淹れられなくはないだろうけれど、そんな専門じゃないぞ。知ってるとは思うが、衛宮の家は基本緑茶だし」
「あーごめん、そういうことじゃなくて。前にアーチャーが、私よりも上手い具合に紅茶を淹れてきたのよ。だからちょっと対抗意識を燃やしてるってわけ」
「……それ、俺に燃やしたって意味ないぞ、たぶん」
俺とアイツが同じ道を歩まないとか、それ以前の問題として。ちょっと癪だが、そこら辺の技術は絶対、未だ俺の方が劣ってるはずだ。
ただ、そういう問題じゃないのよ、と遠坂は意地悪く笑う。
「今の時点で士郎に勝っていれば、このまま同じくらいの上達度合いでいくなら、アーチャーにだって勝てるってことじゃない」
さいですか、と諦めたように苦笑いをしてると、キャスターが何とも言えないような目で見てきていた。小動物でも愛でるような慈愛に満ちた微笑は、愛らしいと同時に何故か違和感を伴う。……別に俺の心が汚れてるとかいうわけじゃなく、きっと、それだけ印象に強い出来事だっただけだろう。
「何よキャスター、文句があるなら言って御覧なさい」
「い、いえ、そんなおそろ……、そんなことはないですよ。ただ、仲がいいんですね、坊やさんとお嬢さん」
「…………」
慌てていたせいだろうけど、やっぱり、なんだろうこの妙な感覚。
「私も同感だけど、もう諦めたわ。キャスターも以前の記憶が残ってるみたいだし、名前で呼ぶのは気が引けるんじゃない?」
とりあえず、これについては一旦保留。
「左腕を見せて」
キャスターの宝具によって昨日、俺は傷を修復されたらしいけれど。念のためどうなっているかを確認したいと遠坂。言われるままに袖をまくり、腕を見せる。……なんかいつもより距離が近いような気が……。
「驚いた。肌の褐色、ちょっと減ってるじゃない。貴女の宝具の効果? キャスター」
「そうとも言えるかもしれません。……」
「ふぅん。でもそっか。考えてみれば、魔術を壊すってことも、傷を癒すってコトも、どっちも『元来あるべき姿に戻る』っていうプロセスなのよね」
何故かひとしきり納得した様子の遠坂は、自分の紅茶を一口。
「さて……、じゃあ、士郎もとりあえず大丈夫そうだし。本題に入るわよ」
改め、俺達はキャスターに向き直る。……どうでもいいが、このキャスターの服も遠坂の私服なのだろうか。
「そこ、変なコト考えない!
じゃあ、聞くわよ? 聖杯戦争は終結したはず。少なくとも士郎とセイバーが聖杯を破壊して、聖杯戦争は終わったはずよ。
なのに、なんで未だにサーヴァントが現世を彷徨っているのかしら」
「――――――」
キャスターは俺達を見回し、少しだけ寂しげな笑みを浮かべた。
「……お嬢さんたちは、既にどこまで聖杯戦争について理解しているかわかりませんので、そこからかいつまんで説明しようかと思います。
アサシンを召喚した段階で、本来の私は聖杯戦争のシステムに違和感を抱いたようです。いかに英霊の手による召喚といえど、佐々木小次郎の召喚には違和感があった。いくら不正な召喚と言えど、まがい物が誂えたかのように呼ばれるのはおかしい」
「まがいもの?」
「私が召喚していたかのアサシンは、本来、彼が名乗った名のものではない。その逸話の皮を被るだけの素質のあった、ただの亡霊。……良きにしろ悪しきにしろ、人類史の外に座する魂のそれではありません。
そして、アサシンを利用して何者かが『新たにサーヴァントを召喚しました』。その外法、抜け道が存在した時点で、これが十中八九、魔術師側の都合にあわせて作られたものだと理解したようです」
「おおむね当たり、だとは思うんだけど……、なんでそんな伝聞みたいな感じなの? キャスター」
「その……、あちらの私とこちらの私とでは、厳密には立っている線が違うみたいで。記憶の継承も、100パーセントはうまくいっていないみたいなんです。
違う形で再召喚された、というのがニュアンスとしては正解なのかもしれません。なので、どうしても我がコトであるという感覚が薄いといいますか」
アーチャーみたいなものね、と何故か納得する遠坂だが、生憎とこっちはよくわかっていない。
「つまり、召還された結果に大きな間隙があるってことでしょ? 同じ霊基を使い回しているから同一人物ではあるけれど、そこに乗っている人格の乖離が大きいぶん、英霊としては別な側面のような状態になっている。
アーチャーでいうなら、まともに固有結界を使用できなかったのは、その当たりが原因じゃないかしら」
「マザーボードとかが同じでも、乗ってるOSが違うから仕様に違いが出てくる、みたいなものか?」
「ま、まざ……? その例え私わかんないわよ」
「私もですが、そこまで外れてはいないかと。
まぁ、ともかく、異常に気付いたからこそ私は凶行に走ったようで。その……、ごめんなさい」
深々と頭を下げるキャスター。
「それは……今はいい。それより話を続けてくれ」
「そうね。あの時の分はきっちりアーチャーがケリをつけてくれたし。
本題は、大人の貴女が倒されてから、かしら」
「はい。ですがその……」
と。キャスターは非情に困ったような顔になった。もとが愛らしい分、ちょっと抜けた印象を受けるけれど、そういう問題じゃない。ああでもない、こうでもないという呟きからして、何かを表現する方法に困っているようだ。
「どうしたの?」
「その……。はい。そのまま言うのが正解でしょうか。
私達は敗退した後、一度、聖杯の『駅』のようなところに行くんです」
「「駅?」」
それって、なんだ。電車とかバスとかが走ってくるようなものなのか? なんとなくセイバーがお金を入れて走るライオンの遊具に乗っているイメージが過ぎる。ちょっと楽しそうだ。
「駅といっても、そういう駅じゃなくって……。中継地といったらいいでしょうか。
そこを介した後、英霊としての自我が解けて、座に戻る記録と成り下がるようなんです。実際、私も一度そうなったようですね」
ポータルとか、そういう風に言った方がニュアンスとしては正解らしい。遠坂とイリヤから聞いた、聖杯戦争におけるサーヴァントの魂の扱い。言峰さえいっていた。英霊の魂をこそ聖杯を成すために必要とするものであり、いうなればそのエネルギーこそが聖杯を聖杯たらしめる。
だが、ならばなぜキャスターがここにいるのかということになる。俺とセイバーが聖杯を破壊したのなら、あの時点で全ての英霊の魂は、聖杯に留まるコトはないはずだ。
「それが、問題でした。確かにその通りです。
本来なら私達は、純粋なエネルギーとして消費されるべきだったんでしょう。でも――――だからこそ、捕らえられました」
「捕らえられた?」
そして、キャスターは決定的なことを口にする。
「――――この冬木にあるもう一つの聖杯に、私達は捕らえられました。
そしてその聖杯が、聖杯たることを望まなかったからこそ。エネルギーだった私達は『置換』され、再びサーヴァントとしての肉を得るに至りました」
???「くしゅッ」
???「ほぅ、サーヴァントでも風邪を引くか、アサシンよ」
???「いえ。そもそも我が一族としても、そのようなことは」
???「なれば誰ぞ噂でもしているか。カカ、しかし『アレ』もよく堪える。かれこれ2月だ。これはもしや、本当に成すかもしれんぞ」