ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
「衛宮くん、何か食べられないのってあったっけ?」
「いや、別にないけど……。なんでここなんだ?」
話がさっぱり見えない、とは言わないまでも、あんまりイメージらしくはないというか。
沙条に連れられた先「お好み焼き・鍾馗」は、ちゃっかり十年前から新都にあるお店。泰山とはベクトルを異にし、普通のメニューと奇抜な創作メニューとでお客さんの気を引き、ちゃっかりテレビとかでたまーに出てくる事もある。
俺もたまに親父に連れて行ってもらったことはある。藤ねえも大概同伴で、いつも創作メニューを頼もうとして、親父に止められモダン焼きになっていたパターンが多かった。
その流れで、半年に1回くらいのペースで足を運ぶことはあるのだが。まさか同学年の女子生徒同伴でとなるとまでは完全に予想していなかった。
おまけに相手は、ほぼ初対面に近い魔術師というのもなかなかにイレギュラーなケース。
「なんだかんだ、私が誰かと話し合いをすると大概ここかインドカレー屋になってるから、まぁ、いつもの習性?」
「それはまた……。
遠坂とかだと、普通に喫茶店とか、あるいは相手の家に乗り込んだりっていうのが定石だから、てっきり沙条もそんなものかと」
「流石に朝食を抜いているので、ちゃんと食べたいところ(というか真面目にそういうところ入るとそれこそ勘ぐられそうだし)。っていうか相手の家に乗り込むって……」
なにそれ山賊? という呟きが聞こえたような、聞こえなかったような。こころなし、沙条が遠坂に引いているように見えない事もないのが、なにかこう、失敗してしまった感じがあった。
そして、手馴れた様子で店の戸を開ける沙条は、なかなかに常連っぽさを放っていた。
「どうしたの?」
「いや、そういえば前にテレビに映ってたなーと思って。沙条と、氷室だったっけ?」
「へぇ、それはチェック忘れてた。いや、忘れていて正解だったのかもしれないけど。後で絶対いじられそうだし」
「いじられ?」
「なんでもないよ。いわゆる、女子コミュニティ間でのというやつだから」
ささ座りたまえ、と無表情ににやりと笑う沙条。飄々としているこの感じ、少しやり辛いものを感じるような、感じないような……。あんまり身近にはいないタイプの性格といえるか。
「じゃ、相席にて失礼……。おお、これまだ残ってるのか」
「どのメニューのこと指してるのかがわからないけど、何か注文する? 世紀末覇者焼きいっとく? もち衛宮くんのおごりで」
「いや俺かよ! って、小麦粉の山で明日を見失う覚悟はないから……。まだこれだな。
深化合せ焼き一つ、お願いします!」
という訳で、創作メニューの中でも比較的まとも、かつ二人で食べられるくらいの量の代物で注文をかけた。
俺の注文を特に気にせず、水をそそぐ沙条。
「……で、結局何の話なんだ? 朝食をかねてここまで来たっていうのは、多少わからないでもないけれど」
それにしてはかなり時間を掛けて移動させられた気もするけど。バス移動だったのがせめてもの救いだろうか。
「朝からこんなところ利用するヒトは少ないって言うのもあるけれど。まぁ家主がいないうちに家に上がりこむなんて無作法はしないからね」
すちゃ、と眼鏡の位置を調整すると、沙条はさっきまでとは表情を微妙に変えた。無表情の時はどこかうすらぼんやりとした印象だったのだけれど、今、こちらを見る目はしっかりとした意思を感じられる。
「まぁ端的に言うと、私は聖杯戦争のマスター候補だったの。蹴ったけれど」
いきなりそんな、爆弾発言めいた何かをもらされた。
「……マスター候補?」
「そ。まぁ『候補』というよりは、参加できるように準備はしていたってところかな。でも、最終的には参加しなかった。まさかその枠で、衛宮くんが入ってくるとは思ってもみなかったけど」
「あー、ごめん、いきなりで話が……」
「これ以上の事前情報はないからご安心。
強いて言えば、ちょっと裏側で動いていたってくらいかな。教会からの情報規制に部分的に協力したり、笠……、アダシノさんと色々やったり」
「あだ……? って、色々って何さ」
「色々は色々だよ。要するに、学校とか、街とか、冬木自体にあんまり被害が出ない程度に、私にできる範囲で小細工していたってところかな?」
ここで水を一口呑んで、メガネを外す。
「そんな訳で、こちらの方ではおおむね第五次聖杯戦争の推移を把握している、ということ。それだけまずは理解してくれれば万歳、ワカメを一房進呈」
「いや進呈って。そのワカメは一体何だっていうんだ? シンジは進呈のしようはないだろうし」
「ん、やっぱり知らないみたいだし、それはいいや。
ふぅん……」
と、裸眼でこちらを覗きこんでくる沙条。思わず身体が後ろに仰け反る。遠坂しかり、同年代の女の子と距離が近いというのは、色々と男子として困るものがある。ましてや沙条も充分美人というか、ふきのとうを渡された時の印象とびっくりするくらい感じが違った。
「それにしても、強化と……武器召喚かな? それだけでよく勝てたなとも思うけど」
武器召喚、については突っ込まない。遠坂からあれほど口すっぱく言われているので、投影をそう勘違いしてくれたのなら、そういう扱いでいいだろう。
「いや、それを言い出すとそもそも衛宮くんが魔術師だって気付いていなかったから、そこからもうダメダメだったって説もあるけど」
「どっかで言われたことのあるような台詞だ」
「でも魔術師としてはハイド&シークする訳ではないから、デフォルトでステルスできていたっていうのは一種の才能と言えるかもしれない」
「生憎そんな胸を晴れるようなことじゃないんだよなぁ……。まあ、単に俺が未熟だったってことだ」
「ん、なんか昔の私の台詞でも聞いているみたいな気がするかな……。
でもそれでも衛宮くんが勝ったんだから、案外そういう、強い星に生まれてるのかもね」
「ほ、星?」
「そう、星。運命とか言えばいいかな。私もホントは専門外なんだけど。予知とかと関わってるところはなきにしもあらずなところはあるから、少し抑えておくといいかも」
「ど、どうも……?」
いまいち要領がつかめない俺だが、なんだろう、この空気感というか、マイペースさというか。どこかの黒豹とかを少し思い出す。
「聖杯については衛宮くんが破壊してくれたから、途中で見つかった『大物』については、こっちと代行者の方とで対処できる範囲だったの。だから、あとはこっちでなんとかすれば良かったんだけれど、ちょっと事情が変わってきた」
「……大物?」
「それはまぁ、詳細はしらなくて大丈夫というか。むしろ専門外のひとが混じるとややこしくなりそうだから、こっちはこっちで任せてくれれば。この話は一応、遠坂さんには通してあるし」
俺がそんな話を聞いていないのは、遠坂が話す必要はないと判断したか、話すと大変なことになると判断したか……。なんとなく後者なイメージが沸くが、今は一旦置いておく。本心言えば、かなり危険な雰囲気が漂っている以上は俺も関わりたいが、事態が悪化するかもと釘をさされた以上は、今は引き下がるべきだろう。
「わかった。そっちは、何かあったら遠坂でも俺でも話してくれ。
それより事情が変わったって?」
「そう。それもけっこう、ヤバイ」
言いながら、マヨネーズを片手にとる沙条。……何をするかと思えば、そのまま鉄板に画をかき始めた。じゅうじゅうと音を立てて焦げるマヨネーズ。
「いや、せめて食べ物来てからにしようって。流石に掃除が大変だろ、これだと」
「無問題無問題。さて、これに見覚えはある?」
そして描かれたそれは、細いクラゲのような何か。
色こそ違うが、赤と黒のイメージを重ねれば、間違いない。
「――――――昨日、襲われた」
「なら、話は早いかな。
聖杯戦争後、お寺がなくなった影響もあってかちょっと、冬木全体のエネルギーの流れみたいなものが、崩れていた。私と代行者は、手始めにそれをゆっくり再調整していたんだけど……、このクラゲみたいなものが目撃されはじめた。
そして、このクラゲは、ヒトを食べる」
「食べる?」
「そう。出現パターンに法則性はないけれど、実際、私達はそれを一度目撃してる」
あれは新都の公園だったっけ、と沙条はメガネを掛けなおす。
「人体を切り裂き、生命力を食い荒らし、肉と骨を溶かし。後には何も残らない」
「――――――――」
「クラゲ自体は、何か、こう、嫌がるような素振りはあったけれど、それでも何人か食べてる。
私達が駆けつけたコトで、何かに気付いたように逃げていきはするけど。今月に入ってから、死者3人、昏倒者は72人はいたはず」
「……死んでるのか?」
「死んでるヒトもいるし、意識が戻ったヒトもいる。でも、これがいかに危険なものかっていのは判っているから見過ごせないし、私達がとりかかっていたことに対しても、冬木のバランスが大きく崩れすぎるのは良くない。
そんな事情もあって、遠坂さんに相談しに行こうと思ったの。なにせ――――ついこの間、サーヴァントを召喚したんだから」
元々無関係だとは思っていなかったけど、聖杯戦争に関係してるって一発で断定できるでしょ、もはや。
話し終えると、沙条は既に黒く焦げているマヨネーズを器用にまとめてすくい、小皿に乗せた。
「逃げ帰るのにはちょっと大変だったけど、とりあえず死にはせずにこうしていられるけど。それでも状況が危機的なことに変わりはないというか。
……あ、焼きマヨです。どうぞ」
「いや、いらないから」
「遠慮せずに食べてもらっていいのですよ? 女子高生の愛じょ……? あい……? 何か得体の知れない情がたっぷり入ったマヨですから」
「なんでさ……。いや、マヨは一旦おいておいて。
あの黒い影が、聖杯戦争に関係してるっていうのは俺達も昨日認識したというか。むしろ遭遇自体は初めてだったって感じだ」
「被害件数とかも、情報は来てなかった?」
「少なくとも遠坂は話してなかったな。そっちで情報共有止めてたとかってあるか?」
「んー、基本的なところは代行者が先周りを続けていたから、あっちが面倒がってやっていないってくらいか、はたまた別なところに連絡をしていたか……。
まぁともかく、遠坂さんにその話を伝えておいてください。そうすれば、一応、管理者としては動かざるをえないだろうし」
これにて衛宮くんのお使い案件は終了です、と言うと、また例の半眼な、気だるげな感じに戻った。これは……ひょっとして遠坂が優等生の性格を作っているのと同様、こっちも学校での猫を被ってると言う事なんだろうか。
「細かくはこっちから本人に話すから、まずは情報を通しておいてもらえれば――――」
「いや、だったら俺に話してくれ。二度手間になるし、遠坂に話すのも俺に話すのも、結局は一緒だろ」
「?」
不思議そうに頭を傾げる沙条。
「衛宮くんが遠坂さんのアレだっていうのは、状況証拠から言い逃れできないけれど。遠坂さんがやる仕事を、衛宮くんが手伝うってこと?」
「そんなの、当たり前だろ。というよりもう動いている。それを遠坂だけでやらせるっていうのも心配だし、一人でどうこうする問題じゃない。
俺は、正義の味方になりたいんだ。影自体の動きも悪化しないとは限らないし、影をどうにかしないと、沙条たちも危ないんだろ? だったら、俺が動かない道理はない」
「――――へぇ、びっくり」
目の前の女子は、きょとんとした様子。まるで意外なことでも言われたかのような反応だ。
「なんだよ、何か問題あるのか?」
「ううん、大丈夫だけど。でもむしろ、うん、納得したかも。遠坂さん的にどこが良かったのかなーというのがわかんなかったけど、うん。へぇ、ちゃんと男の子してるんだ。状況が状況だったら、山菜取りが山菜になるところだったかもしれない」
「な、なんでさ?」
いってることの意味はいまいちわからないまでも、何故かこそばゆさを感じさせるような視線だ。へぇ、へぇ、と言いながら、少し笑みを浮かべてこちらをじろじろと見る沙条だった。
「うん。せっかくだし遠坂さんを呼ぶときは、衛宮くんも呼ぼうか。それはそれで楽しめそう。闇鍋第2回はそのノリでいこうか。ついでに許婚問題も決着を――――」
そして何やらぶつぶつと高速詠唱を続けなさる沙条=サンだった。
「ん。そうだね、楽しい話はまーた後日にするとして――――ええええええええええ!?」
そして、俺はナフキンを取りだし、眼前に構えた。
店主さんが、さっと出来上がりのブツを置く。その大きさは、大型のお好み焼きを二枚重ねたようなサイズ感でありながら、しかしそれにしては香る匂いが真っ向からケンカしているような、独特な圧を放つ、卵の白さが眩しい物体であった。
「な、なにこれ!? また新メニューかなにか!!」
「ああ、知らないのか。
深化合せ焼き、通称『ジョグレス進化焼き』! 光のモダン、闇のもんじゃ、それらを何一つツナギなしで合わせた似非広島風お好み焼き! 1000年経っても続くだろう二つの味が分かりあえる日が果たしてくるのか……? 立ち上がれ勇気、掴め未来!」
「なんか無駄に壮大! あとゴメン、衛宮くんのキャラも大概つかめなくなってきた」
もっと落ち着いてる系かと思ったのに、とか沙条=サン。
しかし言いながらも、ちゃんと切り分けはじめるあたりは中々勇気あるチャレンジャーだった。
「うわ、何これソース全然別ぅ!? なんで和風かつおぶしのがっつり和風ソースとフルーティーBBQを合わせたのか! 原型もはやわけがわからないよ!」
「あ、あと隠しでたぶん味噌ペーストも入ってるな」
「食べながら何分析してるの、貴方その筋の専門家だったりするの!!? でも微妙に食べられないわけでもないから何この調和具合!
そ、それより水……、この微妙な不協和音が……、誰か――――」
「まさかの時のスペイン宗教裁判!」
と、突然訳の分からない入り文句で参上する眼鏡娘。
「何度もあるなーこの展開。というか氷室さん」
「ふっふっふ、そんなものだよ綾香嬢。
衛宮、もんじゃのかかっていないところだけ切り分け頼む」
「あいよ」
「この山賊っぷりもまた……」
と、思わず反射的に切り分けてしまったが、現れたのは氷室鐘。蒔寺の友人だったはずだけど、はて。氷室と沙条の距離感がいまいちわからないというか。思ったよりこの二人、親しかったりするのだろうか。
「それにしても、珍しい取り合わせだな。綾香嬢と衛宮という組み合わせは、私と衛宮くらい接点のないものだと思っていたが」
「あー、そうだな。ちょっと将来の危機に対して相談を」
「そうそう、ワカメのヘッドとかパイルダーとか。浮いた話ではないので、あしからず」
「嗚呼、あれは……。嫌な事件だったな」
「大丈夫、海草はいつか生い茂るものだから」
いや、いくら何でも本当に何の話をしているのだろうか。シンジの身に一体何が起こったというのだろうか。
「いや、だが店先で見かけたときには心底驚かされたぞ。遠坂と渦中、話題の衛宮士郎とこんな時間、二人きりで行きつけの店で話しているのだ。下種な勘ぐりとは言わないが、学術的な興味は沸いてしかるべきだろう。恋愛力学研究者とは言わないが、私とて女子なのだ」
「いや、一応ないんじゃないかな?
だって、眼鏡かけてないし」
「「そこ、重要なのか?」」
天然なのか素なのか判断がつかない沙条の言葉に、俺と氷室が同時につっこんだ。
森Girl「眼鏡は重要」
XAVI子「重要なのです!」
CURRY「当然至極、ですよ!」
???「お、おう・・・」