怠惰な飴のプロデューサー   作:輪纒

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怠惰な少女とプロデューサーのおはなし


怠惰な飴

双葉杏。

 

 この名を聞いてはて?と思う人物は日本では少なくないだろう。職業は俗に言う『アイドル』。身長は140を切っており、小学生と言われても信じてしまうが、実際は華の女子高生。JKである。ここまで聞くとイロモノとしても人気がありそうだがファンと呼べるものは意外と少ない。それもそのはず、『ニートアイドル』などふざけた通称を持っていれば世間からの風当たりは想像に難くない。しかし最近では、メディアへの露出も増えて、少しずつファンの幅が広がっているようだ。

 

 

 

 

 さて何故こんな話をしているかと言うと、その双葉杏が今、私の横にあるソファーで寝ているからである。

 

 少し誤解を与えてしまうかもしれないが、まずここはアイドル事務所。そしてこれはよく見る光景なのだ。

 

 

 

 ここで、少し私の話をしよう。まず私は男だ。最近ここの事務所で雇われたプロデューサーである。そして現在この横でよだれを垂らして寝ている双葉杏をプロデュースしている者でもある。

 

 私は双葉杏を専属している。ほかのプロデューサーは二人や三人、多い者だと六人ほどだが私は専属という形を採っている。さて、これには二つの理由がある。

 

 一つは私が入ったばかりの人間ということだ。経験が足りないプロデューサーに二人も三人も担当させたらいつか潰れてしまうだろう。二百人近くなどもってのほかだ。うん。

 

 二つ目はこの双葉杏の気性にある。この双葉杏という少女はあろうことか、仕事をサボるのである。遅刻、無断欠勤は当たり前。さらには替え玉まで実行しようとしたことがあるほどの筋金入りだ。こんな問題児に加えてさらに誰かもう一人担当させるのは酷だ、という上の判断なのだろう。

 

 しかし私はこの待遇に文句はない。確かに大変ではあるがこの双葉杏というアイドルは見ていて飽きないのだ。これが双葉杏の魅力であり、ファンが増えていく証拠なのだろう。

 

 

 

 現在時刻は16時に差し掛かろうとしている。そろそろ起こさなければならないだろう。私は事務作業をしている手をキーボードから離し、ソファーに向かって声をかける。

 

 「んがっ」

 

 ……とても、アイドル。いや女性として出してはいけないようないびきをかいている。流石にそろそろ起こさなければならないと思い、声をかける。

 

 「おい、杏。そろそろ起きろ。」

 

 私がそう声をかけると気だるそうに呻き声をもらす。

 

 「…あと5分……」

 

 始まった。こうなると面倒だ。よって少し強引な手段をとる。

 

 「毛布は没収な。」

 

 そう言って毛布をとりあげると杏はすこし唸って、顔をあげる。やはりアイドルなだけあり幼さはあるものの整った顔立ちをしている。そして少し目を擦ると事務所に掛けてある時計を見る。

 

 「まだ16時じゃん、レッスンまで時間あるでしょ?」

 

 「ギリギリに起こすと色々難癖つけてくるだろーが。とりあえず、ほれ。」

 

 そういって濡れたタオルを渡す。顔を洗わせれば、と思うだろうが、杏曰わく『洗面所まで行くのが面倒くさい』らしい。最初はそのことで揉めて、言い合いになったが、30分にわたる話し合いの結果、濡れたタオルを渡すという折衷案に落ち着いた。

 

 杏はタオルで顔を拭き、少しすっきりしたのか辺りを見回す。

 

 「あれ、他に誰もいないの?珍しいねー。」

 

 「ちひろさん《優秀な事務員さん》は少し買い出しに出かけてて、ほかのプロデューサーは出払ってるよ。」

 

 「プロデューサーぼっちじゃん。」

 

 「うるせ!」

 

 ここらへんまでが杏と私のあいさつのようなものである。ほかのプロデューサーには甘いと言われ、ちひろさんには距離が近くで仲睦まじいと言われた。おそらく皮肉であろう。実際私の杏に対しての行動はかなり甘く、物理的にも心情的にも距離が近い。しかし杏も私もこの距離が楽であり、より良い関係を築けている。

 

 「そっちも珍しく今日はジャージを既に着ているじゃないか、どうした?やる気でも出たか?」

 

 こういう私の問いには、杏はいつも同じ態度を取る。

 

 「じょーだん。今日はここに着いたとき寒かったから着替えただけだよ」

 

 「まあわかってたけどな。俺はそんなに寒くなかったから暖房入れてなかったわ。」

 

 「これは寒くて仕事が出来ない、訴訟モノだね。一日オフを所望するよ。」

 

 「なら少し早くレッスン行って温まるか?」

 

 私がニヤニヤしながらこう言うと杏はわかりやすく舌を出して、うへー、と言って顔をしかめる。杏はこうして度々理由を付けては休みを欲しがる。最初の頃はだめだ、としか言えなかったが、最近では冗談混じりで返せるようにもなってきていた。

 

 「まあ、それは冗談として荷物は纏めておけよ?」

 

 私がそう言うと杏は、仕方ないなー、と言いソファーから飛び降りてロッカールームに向かう。その後ろ姿を見送り、先程まで進めていた事務作業に戻る。

 

 

 

 16時20分、杏は荷物を纏めてさっき寝ていたソファーに腰掛けてスマートフォンを弄っている。私は時計を確認し、そろそろちひろさんが帰ってくるころだと考えているとソファーに座っている杏が話しかけてきた。

 

 「あー、プロデューサー。新作の飴はー?」

 

 やばい。そう言えば二週間前に新作の飴が発売されることを知った私は新しい飴を買う代わりに仕事を一つ増やす約束をしていた。思わずキーボードを叩く手が止まる。

 

 「あー…すまん。忘れてた…。」

 

 「えー!杏確かに交換条件で仕事増やしたよね!おーぼーだー!」

 

 「悪い!今はミルク味の飴しかない!」

 

 わざとらしく声を張り上げる杏に、こちらは手を合わせて謝る体制に入る。こちらもわざとらしい満載だ。

 

 だがこれもまた、珍しいことに杏は折れてきた。

 

 「はー、しょうがないなー。今日はミルク味で我慢してあげるよ。明日には買ってきてね。二袋。」

 

 杏の言葉に少しほっとしながら、時計を確認する。16時半。そろそろ行く時間だ。

 

 「おし、そろそろ行くぞ。」

 

 「めんどうだなー、今日はもう行かなくていいんじゃない?」

 

 杏がそんなことを言ったときに扉が開く音が聞こえた。そちらを向くと、どうやらちひろさんが帰ってきたようだ。ちひろさんはこちらの存在に気づくと声をかけてきた。

 

 「すいません、留守番を頼んでしまって。」

 

 私と杏は声をそろえて言った。

 

 「「おかえり(なさい)」」

 

 ちひろさんはふふっ、と笑うと時計を確認して慌てたように私の向かいのデスクに座った。何かあったのかと思い、私は尋ねた。

 

 「どうかしたんですか?」

 

 「明日の打ち合わせで使う書類、まだ出来てないんです。急いで作成しないと…」

 

 「あー、それは急がないとですね。」

 

 ふと、杏の方を見ると少しつまらなさそうにしていた。おそらく話においてけぼりにされたからだろう。

 

 …仕方ないな、今日は約束を破ったのはこちらだから少し甘やかすことにした。

 

 「杏、車で行くか?」

 

 「え!?いいの!やったー!楽できる!」

 

 お気に入りのぬいぐるみを振り回して喜んでいる杏を見ると、本当に小学生みたいだな、と思い笑みが零れる。その様子を見ていたちひろさんも少し吹き出して言った。

 

 「本当に杏ちゃんに甘いですね。」

 

 「そんなつもりはないんですけどねぇ…」

 

 そう言い、車のキーを鞄から取り出してちひろさんに留守番をお願いして車に乗り込む。エンジンをかけ、杏を呼ぶと横から声がした。

 

 「なんで助手席なんだよ。」

 

 「別にいーじゃん。美少女とドライブデートなんだからもう少し喜んだら?」

 

 「その美少女が俺の飴を勝手に食ってなきゃ喜んでたよ。」

 

 アクセルを踏み、車を走らせる。沈黙が流れる。明日のことを考えて、次の仕事のことを考えて、将来のことを考える。そんなことを考えていると杏は唐突に口を開いた。

 

 「やっぱサボっていい?」

 

 「飴食ったんだから我慢しろ。」

 

 こうして双葉杏との一日は過ぎていく。

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