怠惰な飴のプロデューサー   作:輪纒

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杏の魅力は友人みたいな感覚でいられるところだと思っております。

今回はいつもよりちょっぴり長いです。申し訳ありません。


怠惰な飴とフタバ 後編

 双葉 杏 様

 

 今日は杏のLIVE兼、イベントの日だった。イベントというのも大層なものではない。まぁ俗に言うトークショーのようなもので、観客の質問に杏とゲストのアイドルが答えていく、というものだ。まぁその質問というのも実は、事前に決まった場所にいる人にしか当てないことになってはいるが。

 

 一つ息を吸い、小さく吐く。もう何度目かわからない動作を繰り返し目の前にある扉に手を伸ばそうとする。私が今やろうとしていることは、誰でも出来る簡単なことだ。扉のドアを2、3回叩き、中にいるであろう杏を呼ぶだけのはずなのだがどうにも手が伸びない。あのレッスン場での会話以来、まともに杏とは会話をしていなかった。もちろん、事務的な会話はしていたが、普段通りの私たちのようにくだらない会話をすることは出来なくなっていた。ちひろさんや他のプロデューサー、アイドルたちにも心配されたものだ。

 

 が、やはりこんなことをしていてもどうにもならない。そう思い、私が意を決して扉を叩こうとしたとき扉が開き、私の拳が空を切った。そしてその伸び切ろうとした腕の先には杏がいたので腕を踏ん張って止めた。

 片腕を伸ばし切った男と、それを見て眉をひそめている少女という滑稽な光景が出来上がっていた。滑稽な光景、どこぞの駄洒落アイドルに教えておこう。

 

「・・・いや、さっきから扉の向こうで深呼吸がうるさいんだけど」

 

「お、おお。すまん」

 

 どうやら自分では小さくしていたつもりが結構うるさかったようだ。

 

「で、用はなに?杏も忙しいんだよ?」

 

「嘘つくなよ・・・。まぁ、そんな長くはかからない・・・と思うぞ、うん」

 

「リハまだだっけか。ならいいよ」

 

 実は今は本番が始まる前、リハーサルも始まっていない時間なのだ。といっても後30分もないのだが、逆に言えばそれだけあるならここで話す内容としては充分すぎるほどの時間だ。なにせ今から話そうとしているのは私の話だからだ。

 

 中に入って気づいたが、杏はまだ着替えもしてないようだった。いや流石にリハ前なんで着替えくらいはしてほしいかったんですけどね。私は近くにあった椅子に座った。

 

「さて杏よ、お前は前に自分の話だけは不公平みたいなことを言っていたな?よって今から俺の話をする」

 

「いや、杏は別に聞く意味がないんですけど・・・」

 

「いいから聞け」

 

 私が少しドスの効いた声色で呟くと杏はおとなしく聞く姿勢に入った。なるほどなるほど、杏には飴だけでなく緊張感を持たせると言うことを聞く、とね。頭のメモ帳にメモをしておこう。

さて、と私は言うと杏も近くの椅子を引っ張てきて私の前に置き腰かける。どこから話そうか、何を話そうかは今だに整理がついていない。だから私は短く、しかし伝わるようにまとめたいと思う。当たり前のことだろって?

でも私と杏は相手に本心を伝えるのがとても苦手だ。特に私は担当アイドルにすら遠慮をしている。こんな調子では伝わるものも伝わらないだろう。

 

「正直、俺は杏とよく話し合ってこなかった。もちろん仕事面では上手くいってただろう。でも心の底で俺は杏を信用してなかった」

 

 私はこれを言ったとき杏が驚くと思っていたのだが、私の言葉に杏は驚きも悲しみもしなかった。まぁ、そんなところでしょ、みたいな感じだろうか。それはそれで悲しいことではあるのだが。

 

「だから今だけは杏を信用したいと思う。・・・それでもいいか?」

 

「ん、おっけー」

 

 杏は間の抜けた声をかけてきた。しかしいつもはソファに座ってゲームをしながら私にかけてくる言葉でも、今は違う。しかと私の目を見ている。

 だからこそ私もそれ相応の態度で話す。今度こそ。

 

「実はな、俺は大学に行けてないんだ」

 

「・・・は?」

 

 くそ!やっぱりこういう反応かよ!私は予想していた反応だったがやはり気恥ずかしさはあるのだ。うーん、杏がどんな反応をしても恥ずかしくならないように家で何回も練習してきたんだがな。

 私の言葉をどう受け取ったのか、杏ははっ、とした表情をして恐る恐る聞いてきた。

 

「それ・・・ってもしかして理由は聞いちゃいけないかんじ?」

 

 私はこの言葉に胸が締め付けられる。私がつぎに言う言葉を考えたら杏の心配が杞憂になってしまうからだ。

 顔が熱くなっているのがわかる。おそらく私の顔は真っ赤なのだろうか。いや、私は耳が赤くなる人間なので耳だけが真っ赤なのだろう。

 

「・・・ジュケンニシッパイシタ」

 

 私はぼそりと呟く。

 

「・・・は?」

 

 はい、本日二度目のは?をいただきましたー、ありがとうございまーす。

 と、心の中で冗談めかすが、流石にとても恥ずかしくなってしまった。それを隠すように大声になってしまったのは仕方のないことだろう。

 

「だから!受験に失敗したの!普通に!学力足りなくて落ちたんだよ!」

 

 私の大声に場に一度沈黙が落ちる。私は恥ずかしさのあまり大声を出したときに立ち上がっていたようだ。椅子が後ろのほうに倒れてしまっていた。と言っても直すのはもっと恥ずかしいので直さないんだが。

 沈黙を破ったのは杏の押し殺したような笑いだった。私は最近この笑い声をよく聞いている気がする。杏は向き直ると笑顔になっていた。先ほどまでの緊張していた表情が嘘のようだ。

 

「ふーん、つまりさー。プロデューサーはバカだったってことだよね?」

 

 こいつ遠慮なく言うな。だが私は杏をぶん殴って叱りたい気持ちを抑え同意を示す。

 

「そうだな、だから杏には大学に行ってほしかった。もちろんアイドルが出来る範囲でな」

 

「でも、それと杏が大学に行くことは関係ないよね?」

 

 はーー、ここまで予想通りだと逆に困っちまうな。まぁ予想通りなのはいいことだ。だが問題はここからだ。

 

「まぁまぁ、杏は俺のこの必死の説得を聞いて大学に行く気になっただろ?」

 

 これはブラフ、いやここで乗ってくれるのが理想だが、恐らくは乗ってはこないだろう。当たり前だ。杏は責任感の強く、優しい女の子なので、叔母叔父夫婦に負担をかけたくないと考えているのだろう。杏が大学に行くとなれば二人への負担は大きくなってしまう。

 だから杏は否定する。もしかしたら本当に行きたくないだけかもしれないが。

 

「杏は・・・大学なんて行きたくないよ」

 

 こういうとき良識ある大人はどういう反応をしてあげるべきなのだろうか。そうだな、と同意するべきか。それとも真っ向から否定してやるのか。私にはわかりはしないだろう。

 だからズルい大人はこういう手を使いだすのだ。

 

「・・・だ、そうですよ。双葉さん」

 

 私がそう言うと、数秒後に控え室のドアがガチャリと開く。開いたドアからあの、幸が薄そうな表情が顔を覗かせた。双葉さんは杏の叔母であり、今は母親となっている人だ。今日は前に会った時と違い化粧をしてきているせいか、少し印象が変わって見えた。さらに先ほどまで私たちの話を聞いた上での登場だ、少し恥ずかしいのか頬には薄く紅がさしている。やはり、どこか杏に似ている。

 杏はとても驚いている。まぁ今まで会うのを避けていた人物が急に目の前に現れ、かつ話に入ってくる雰囲気なのだ。無理もないだろうとは思う。同時に私に対する怒りが沸いているのか、私の方を睨みつけ、手には爪が食い込んでいた。

 

「お久しぶりでございます・・・、プロデューサーさん」

 

 だから私は杏に気にすることなく双葉さんの問いに笑顔で答えるのだ。私は最低な男だろう、今のこの状況を私の思い通りにしたいがために、杏に辛い目を合わせようとしているからだ。いや、出会ったころから辛い目に合わせてきた、という方が正しい。

 

「はい、お久しぶりです。しかし、申し訳ございません。この様な場面に呼んでしまって」

 

「どういうこと!プロデューサー!」

 

 だからこの杏の反応にも予想がついていた。私のこの態度が気に食わないのだろう。杏は椅子から飛び降り私に掴みかかろうとした。杏の身長では私の襟を掴むことは不可能なので、ジャケットのボタンのあたりを掴み、揺らしてくる。しかし私は何事もないように話を続けた。

 

「俺の口から言ってもいいのかはわからんが・・・。俺は杏が大学に行きたくない理由に関して仮説を立てた」

 

 私の淡々とした言葉に双葉さんも杏も黙っている。つまり両方からの話の継続を許可されたのだろう。

 

「親への、つまりこの場合は双葉さんへの遠慮、もしくは仲違いかにより話を出来ない、という仮説だ。結果的に言えばこの仮説は遠慮、という面で当たっていた。それはレッスン場での杏との会話で想像がついた」

 

 私の話に杏は苦虫を潰したような顔になる。おーう杏ちゃんよ、その顔はアイドルじゃないよ。

 

「・・・そこから私に急に電話が来ました。『杏のLIVEを見にきませんか。そして杏への誤解を解いてください』というプロデューサーさんの説得により私だけ見にくることにしました」

 

 まぁ裏話程度だが、双葉さんは電話でだけ、と言っていたが実は北海道に直接説得しに行く算段もあった。さらにお金の問題で来るのを渋った場合は交通費や宿泊費、グッズ販売にいたるまで出す気でいたが本人曰く、自分で行きたい、だそうだ。

 

「・・・で?これで杏を説得するつもり?悪いけど杏は・・・」

 

「ま、俺が話すのはここまでだ。あとは双葉さんに任せるよ」

 

 私はそういうとささっと部屋から出る。そして扉を閉め部屋から十分に離れる。

 

「・・・ふぅーーー、緊張した」

 

 緊張がとけたからであろうか、玉のような汗が額から流れる。私は汗を拭きながら考えをまとめる。まぁ私が今から考えたところでどうにもならない。とりあえず今はコーヒーを飲んで落ち着くとしよう。

 

 私がコーヒーを飲んで帰ってくると双葉さんが部屋の前で立っていた。私の姿を見つけると軽くお辞儀をしてくる。・・・早くね?いや、いいんですけど。まだコーヒー買いに行っただけだから5分も経ってないんですけど。

 

「ありがとうございます。杏ちゃんとは久しぶりに直接会話しました」

 

「いえ、こちらこそ申し訳ありません、突然呼び出してしまいました」

 

 軽い会話を終えると双葉さんは去ろうとする。あれ?結果は教えてくれないの?

 

「えぇと、一応先ほどの会話の結果を・・・」

 

 私の言葉に双葉さんはくるりと振り向き、笑顔で答える。

 

「それはあの子に、杏ちゃんに直接聞いてください。今日のLIVE、楽しみにしています」

 

 そういうと双葉さんはそそくさと去ってしまった。とても気になるところだが、仕方ない杏に直接聞こうと扉に腕を伸ばしたときに気づいた。・・・リハーサルまで時間がない!!

 私は大急ぎで部屋の扉を叩いて、叫んだ。

 

「杏!リハーサルの時間もうすぐだ!急いで準備しろ!!」

 

『もっと早く言ってよ!」

 

 中からどたばたと音が聞こえる。私も急がなければ。ここまで気合の入ったLIVEは杏の初LIVE以来だろう。

 

 

 

 歓声が聞こえる。どうやら杏のLIVEは大成功だったようだ。舞台袖から覗いていたところ、特に目立ったミスもなく、盛り上がりも絶好だったようだ。今もアンコールの声が聞こえてくる。

 珍しく杏はすぐにマイクを持ち、一息いれて話をしだした。

 

『知ってる人もいると思うんだけどさー、杏は今年度で高校生じゃなくなるんだよねー』

 

 観客の方からは、jkじゃくなるのかー、とか、まさか引退ー?とかでざわざわしている。

 

『でさー、てことはさー。そろそろ真面目に将来のことを考えなきゃならなくなってさー。大学に行こうか迷っていたんだけどね・・・?』

 

 私は一人、舞台袖の端の方で笑いをこらえていた。流石杏だ、私の担当アイドルだけあるな。

 

『来年からは!jdアイドルとして活動することにしたよ!』

 

 観客の盛り上がりは最高潮に達し、ペンライトの光が眩しいばかりに振られている。

 

『だから、さ。今からのアンコールは学力が足りないとかって嘘をついた杏の知り合いのために歌うよ』

 

 おいおい、まじか。バレてたのか。確かに杏に話した大学へ行けなかった理由は嘘だ。本当はシングルマザーで私たち兄弟を育てた母親に遠慮をしたからだ。・・・双葉さんだな。話さないでくれって言っておいたのになぁ・・・。

 観客はざわついている。まぁ当たり前だろう。

 

『その人は・・・杏の恩人だから』

 

「ははは。なんだよそれ。今まで言ったことないだろそんなこと」

 

 私は一人で呆然と呟いていた。私が、杏の恩人か。笑いがとまらないな。とまらなすぎて涙が出てきたよ。しかもこの涙、止まりやしないぞ。

 そんな私を知ってか知らずか、観客は静まりかえっていた。そして杏は一呼吸置き、マイクに向かって言う。

 

         『双葉杏で、【あんずのうた】』

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