怠惰な飴のプロデューサー   作:輪纒

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暑くなりはじめて、外へ出て行くのが億劫になってきました。上半身裸で外に出ていけたらどんなに楽なんでしょうね。

今回の話は半分くらい最近私が面白いと思ったことに使っています。エアホッケーの道具ってスマッシャーとパックっていうらしいですよ。知ってましたか?


怠惰な飴の合計一日オフ 中編

 私は新人のころ、先輩の荷物持ちのような役割をしていた。基本的にうちのプロダクションは先輩プロデューサーから、様々なことを教えてもらうのではなく、先輩プロデューサーのお付きを———要はアシスタントだが、手伝いながらふと、疑問を思ったことを質問してみた。その疑問は今考えれば、答えるほどでもなく、今の私が新人に教えるとすれば、出来れば担当を持って実感してほしい質問だった。

 

『先輩、プロデューサーの仕事でこれだけは辛いってことはありますか?』

 

 私がアシスタントをした先輩は、そこそこ人気アイドルたちを担当していた上に、私にもフランクに接してくれていたので、質問をしやすかった。私が質問をすると、先輩は運転をしながら私と目を合わせずにだが、答えてくれた。

 

 その答えは今でも心の中にしかと刻みこまれていた。何故なら嫌というほど実感していたからだ。

 

 答えはシンプル。『担当のお願いを聞くこと、叶えること』だそうだ。

 

 

 

 カカカン、カン、カカン、ガシャン!

 

 ゲームセンターの騒音の中でも種類のまた別な、甲高い、プラスチックがぶつかる音が私の耳には届いていた。ゲームセンターの中でこの独特の音を出すゲームはエアホッケーくらいだろう。というか、今私がホッケーをしているのだが。背広は脱ぎ卓の横に掛けて、ネクタイを軽く緩めて、目は真剣そのもので、ネットの向こう側でドヤ顔を決める杏を、親の仇のような目で睨む。私の額からは、普段の運動不足からくる脂汗が滲んでいる。

 

 何故私がゲームセンターで本気のエアホッケーをしているのかは事務所での会話に遡る。

 

 私は杏を連れて、杏の高校から事務所に向かっていた。本来は私の荷物を取りに行くだけのはずだったのだが、杏が着替えてから出かけたいと言ったので、事務所で一休みをすることにしたのだ。そこで間違いだったのが二つある。

 

 一つは、杏の制服姿を写真に収めなかったことだ。杏の通っている高校は公立高校にしては珍しい、制服制あり、とてもシンプルで私は気に入っていたのだ。グレーの地に赤のラインが入ったスカートに、襟に校章が刺繍されたシャツ、さらに女子は選択でネクタイとリボンも選べるというおまけ付きだった。もちろん杏はリボン派だった。私は杏の制服を見たことが数回しかない。理由は・・・まぁ、杏が何故か、杏には似合わない。と言い張って見せてくれないからだ。

 

 だが、こちらの話はどうでもいい。本当にどうでもいい。

 

 もう一つはお昼ご飯の問題だった。今日は高校のテスト後の振り返りの日だったので、午前授業で帰宅となっていた。だから午後から遊ぶ・・・という話だったのだが、杏がお昼ご飯を少し豪華にしたい、と言い出したのだ。私としてはファミレスで済ましておきたかったのだが、杏は定食とか、ラーメンとかの気分だったらしい。

 

 そこで私と杏は言い合いになった。元々ご飯に無頓着な私たちだったので、今までそこで揉めたことがなかった。だからどこで話に折り合いをつければいいかわからなかった。しかし、結論は案外簡単だった。古来より揉め事は勝負で決めるのが常識だ。そこで二人が平等で、且つ短く決まるゲームはないか、と考えた。

 

 そこで杏が、ゲームセンターに行く予定だったのを前倒しして、お昼ご飯の前にゲーセンに行って、そこで何か二人が平等なゲームを探すのはどうか、と考えた。確かに、少し前に杏と仕事をさせるかどうかで勝負したところもゲーセンだったので、私は二つ返事でokと言ったのだがそれが不味かった。杏はそもそも、ことゲームに関しては、私より上手い。私もゲームで杏に勝てる種類はあるが、それはゲーセンにあるものではない。私がそのことに気が付いたのが歩きながらゲーセンに向かっている最中だった。

 

 やけに杏が自信ありげに、今回の勝負を何にしようか話しているので、思い出したのだ。このままだと私は負けてしまうことに。そこで、私は何か特殊なゲームを選んで勝負をすることにしたのだ。UFOキャッチャーしかり、パンチングゲームしかり。しかし、UFOキャッチャーは私が苦手だし、杏も苦手・・・なのだが運が良い杏は、何故かたまに上手く獲ることが出来てしまうので却下。パンチングゲームは肉体的に差があるのでダメなので却下。となると私に勝ち筋があるのは以前勝ったことがあるエアホッケーしかない、ということで、断られること前提でエアホッケー勝負をしかけたところ、それで良い、ということになった。

 

 

 

 カッカ、カン、カカカン、カッカカン、ガコン、ガシャン!

 

「な、なかなかやるじゃないか。流石の俺も負けそうだぜ・・・」

 

 話は戻り、現在に至る。杏は、私の提案、ホッケー勝負を受け入れる際にハンデを提示してきた。一つは、体格差を考量したうえでのハンデ、もう一つは点数のハンデだ。そのほかのルールとしては最初の一発目は交代で打つということくらいだろう。

 

 点数のハンデは文字通り、先に杏に点数を何点か上げてから勝負を開始するというものだ。このゲームセンターのホッケーは7点先取だったので、ハンデは1点となった。そして体格差のハンデだが、ここで杏は驚きの提案をしてきた。なんと、スマッシャーを二つ使っていいか、と提案してきたのだ。スマッシャーとは、エアホッケーで使う打つやつのことだが、私はその提案を即座に了承した。何故ならスマッシャーを二つ使うという行為は、有利に見えるが、実は台を抑えて打つというプレイが出来ないために、不利になるのだ。だから私は勝利を確信していた。

 

 しかし、ここで忘れてほしくないが、杏は凡人よりは天才の部類に入る人種だ。努力型ではあるが、天才だ。それは手先の器用さや、容量の良さに起因している。そしてそれはエアホッケーという、アイドルとしては、どうでもいい分野にも発揮されていた。今考えれば、1点のハンデはスマッシャー二つの練習用の1点だ、と今更ながら気づいた。

 

 真ん中にある、二人のフィールドを分けているネットの上方にある電光掲示板には2-5の文字が表示されていた。もちろん、2が私だ。何故杏はここまで強いのだろうか。もしかして杏は急に両利きになったのだろうか。たしか右利きだったはずなんだが・・・。

 

「私に勝とうなんて100年早いよねぇ~ 」

 

 杏はスマッシャーを持ち上げて裏側を胸の前で合わせて、カンカンと鳴らす。一人称をきちんと変えるのはプロ意識が高くていいことだ。だがなぜここまで上手く二つのスマッシャーを使っているんだ・・・。私はとりあえず一発目を打ってみることにした。

 

私の打ったパックはネット設置されている部分の壁に当たり、カン、カン、と壁で跳ね返り良い角度で杏のゴールに向かって高速で進んでいく。杏はそれを左手のスマッシャーで抑え、少しパックを前に出し、右腕を振りかぶって思いっきり打ってくる。打ったパックはそのまま真っすぐ私のゴールに飛んでくる。私はそれを何とかスマッシャーに当ててやり過ごす。しかし弾かれたパックはそのまま杏のフィールドに向かい、それを待っていた杏が身を乗り出して打ってくる。その弾道は先ほどと異なり壁に一回だけ当たってゴールに向かってくる。体勢を崩していた私はそれに反応できずにパックの侵入を許してしまう。

 

 ガシャン、と音が鳴る。私は肺から息を吐きだし、しゃがみこんで、本日6回目の私のパック拾いを見せる。台から目から上だけを杏の方に向けると、杏はピョンピョン跳ねて喜ぶ。おいおい、やめろやめろ。目で追ってしまうだろ。杏は健康的・・・とはいえないような細い足で飛んでいる。

 

「なるほどな・・・。次は勝つ」

 

 私の言葉に杏はひゅー、と口笛を鳴らす。

 

「やってみなよ。ま、勝てないだろうけどね」

 

 音が消える。先ほどまで騒音だと思っていた店内の音がどこか遠く聞こえるのだ。私は杏にパックを渡して、杏の動きに集中する。杏は左手を振りかぶり横なぎに渾身の左手を決める・・・ことはなく、パックの目の前で止まり、代わりに右手が飛んできてパックを打つ。しかし飛ばされたパックは私のフィールドに来ることはなく杏のフィールドで左右に振られ、私の目を惑わす。そして2,3周したときに杏は両手のスマッシャーを台の上で横に並べて、左右に揺れるパックにタイミングを合わせて二つの間で打つ。

 

 結局その後、私はラーメンを食べることになった。

 

 

 

 ラーメン屋を出ると時刻は16時を廻っていた。事務所から出てゲーセンに向かおうとしたときに確認した時間が13時前だったので、およそ2時間ほどゲーセンで遊んでいた計算となった。このクソ暑い時期にラーメンとか頭がおかしいんじゃないかと思うし。杏のやつここぞとばかりに替え玉も注文しやがって・・・。あの体のどこに替え玉が入ったんだよ、まったく。杏の体重管理をしているのは基本的にトレーナーだが、私も情報を共有はしている。しばらくは節制に努めさせなければ。

 

 ———思えば、これもファンの知らない杏か。

 

「ねーねー、次のところ行くよ」

 

 杏は私のシャツの袖をくいくい、と引っ張る。かわいい。

 

「そういえば次はどこ行くんだよ。俺はなんも聞いてないぞ」

 

 私は今回のオフの日の予定を聞かされていないので、全て杏に任せてしまっている。この後って言うと・・・何時になるんだ帰るのは・・・。

 

「今からの一応の予定は、あn・・・私の家に行って水着を取ってプール行くよ!」

 

「は?」

 

 こいつはなんて言いましたか?今からプール?バカなの?

 

「いやいやいや、ちょっと待てよ。今からってどこに行くのかわからんが、夜になるじゃねーか」

 

「え、そうだよ?あと花火も持ってこーよ。場所は桃華の敷地を貸してもらえるってさ」

 

 はーーー、桃華ちゃんのところか・・・。あとで桃華ちゃんのプロデューサーと桃華ちゃんに菓子折りを持っていかなければなぁ。私は手帳にメモして杏の方を向く。杏は相当楽しみなのだろう。さっきから歩きながら私の手を握ってぶんぶん振っている。一応変装はしているのでバレはしないと思うが、もしもがあったらどうするんだよ。それに後で櫻井家にもあいさつをしに行かねばならないし・・・。

 

 でも、この楽しそうな顔を見るとそういう考えもどっかに行ってしまう。

 

 先輩、私はこの担当の願いなら叶えてあげたいです。

 

 私は杏の手に引かれて前へ進みだした。

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