怠惰な飴のプロデューサー   作:輪纒

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夏に書く内容でもないかなぁ・・・。

一回も直接杏が出ない回です。


怠惰な飴にファンレター

 LIVEといのはいつになっても緊張するものだ。それは、私にとってもそうだ。だが、その私以上にステージに立つアイドルは、私の想像も及ばない不安を感じ、私とは比べ物にならないほどの準備を重ね、私には100%は理解出来ない喜びに包まれるのだ。そうして達した領域はアイドルにとって至上のものなのだろう。だからこそ、その到達した領域には、ただステージを用意するだけの私が立ち入ってはいけない神聖な場所となっている。

 

 では私たちにとっての喜びは何なのか、どこにあるのかというと、非常にシンプルである。ステージから帰ってきて、『アイドル』から普通の人に戻るあの瞬間だろう。先ほどまでステージの上で踊って、歌って、笑っていた存在が掻き消えたかのようにふっ、となる瞬間。私の顔を見てほっとしたような顔を見た瞬間、逆に泣き崩れる顔を見た瞬間。あの瞬間に私は、もちろん良い意味でだが、してやった、と思えるのだ。

 

 ではそんなアイドル達を支えるファンにとっての喜びとは何なのだろうか。これに関しては私にはわからない。

 

 

 

「あっつ・・・」

 

 私は段ボールを胸の前で両手で持ち上げながら呟く。段ボールの上面は開いていてそのせいで視界が遮られていて見え辛い、その上、この事務所の倉庫からデスクが置いてある部屋までの廊下は狭い上に窓がないので蒸し暑い。さらに暑さから、汗が額から零れ落ちてまつ毛にかかる。その二つの不快感を同時に払うために頭をブンブンと振り風を感じると同時に汗も落とせるし一石二鳥だと考えたが、この暑さで頭が茹っていたのだろう。立ちくらみが起きて廊下の壁に肩が激突する。

 

「っっ~~」

 

「なにやってるんですか・・・」

 

 私の悶絶の声——実際は声には出してないのだが、その様子を見ていたちひろさんが呆れたように後ろから声をかけてくる。ちひろさんには段ボールをもう一つ持っていてもらっている。今の私の後ろを振り返る余裕はないのでわからないが、この狭い廊下では二人が通るスペースはないのだから早く行け、みたいな目をしているのだろう。

 

 ようやく、といった具合でデスクにたどり着き、段ボールをデスクの上に乱暴に置く。そのせいで段ボールから中身の紙が一枚、はらりと落ちる。後ろからよたよたと追いついてきたちひろさんが私と同じく乱暴に私が先ほど置いた段ボールの横に置く。ちひろさんは肩で呼吸をし、顔を真っ赤にしながら私に向かって怨嗟の言葉を呟いている。

 

「ツブス・・・、ゼッタイキュウリョウサゲテヤル・・・」

 

「そういうこと言うのは止めてくださいよ・・・。今度奢りますから」

 

 私がそう言うと先ほどの表情が嘘のように晴れて、笑顔を向けてくる。これが千川スマイルか。

 

「それで、この量のファンレターを一人で検閲するおつもりですか?私はあなたの頑張りを認めているつもりではいますけど、それは流石に無茶ではないんですか・・・?」

 

 確かに、ちひろさんの言う通りこの段ボール二つ分、一つの箱に1、200枚のファンレターが入っているとしてそれが二つか・・・。確かに難しいかもしれない。

 

「そうですね・・・。でも今日の業務はほとんど終わっているので大丈夫だと思うんですよ」

 

 私は壁に掛けてある時計を指差す。すでに外回りを終えて、業務をすべて終えて4時、後は来月のスケジュール作成くらいだったので一週間ほど貯めてしまったファンレターを消化しようとした次第だ。本当は毎日確認するのが理想なのだが、杏が毎日読みたくないと言うのだ、仕方ない。

 

「それに杏も今日はレッスンが終わったら暇だって言っていたので・・・。もしかしてちひろさんが手伝ってくれたりしますか?」

 

 私が軽口を叩くとちひろさんは自分のデスクから零れ落ちそうな書類の山を指差して言う。

 

「あの山を削るのを手伝ってくださるならお手伝いしますが?」

 

にっこり。つられて私もにっこり

 

「お断りします」

 

 

 

 ファンレターの種類はたくさんある。本当の手紙のように閉じられて、中身が数枚もあるものや、一枚だけのもある。さらにほかにもあるのだが・・・それは後で持ってくるとしよう。では、どこに検閲する要素があるのか。中身にもよるがまずは内容だろう。誹謗や中傷は良い方なのだが、中には・・・うん、アイドル、というか女性に対して向けるべきではない言葉やアイドルに見せたら、気持ち悪がってしまう内容もある。過去に、ファンレターを検閲をせずにアイドルに見せて、売り出し中だったアイドルが数人辞めてしまう、という出来事があった。他にも何とは言わないが、謎の液体が付着しているものもある。それを見せないが故の検閲なのだ。

 

 だが、量が量なので超人気アイドルのファンレターは週に1000枚を超えることもあるそうだ。その量では発狂するだろうが、私の目の前にある量だけでも発狂しそうになるのにあの方々はどうやってあの量をさばいているのか不思議である。

 

 一枚一枚確認するのは、きつい上に精神的にクるものもあるが、中には励ましの言葉や感謝の言葉を述べているものある。そういうファンレターを見ていると自然と頬が緩んでしまうのは仕方のないことなのだろう。しかし、杏はコンセプトがニートなだけあり、他のアイドル達より批判が多いのだ。そのことを杏も理解しているので、もちろん、言われることを覚悟しているのだろう。

 

 では誹謗や中傷などのファンレターは全て見せないのかと言われるとそうではない。ここはプロデューサーによるのだろうが、私はある程度は見せる派だ。例外として12歳以下のアイドル、つまり小学生組は絶対に見せないことになっている。中、高の学生などの中学生より上のアイドルにはプロデューサーの判断に任せることになっているので、私はある程度は見せることにしている。流石に劣情をぶつけてきているものや言葉が激しすぎるものは除いているが。というかそれはファンレターではないだろう。ただの迷惑だ。

 

 さて、ここらへんで一枚紹介しておこう。

 

『杏ちゃんへ

 僕が杏ちゃんを初めて知ったのは、あんきら狂騒曲!?です。

 もともと僕はきらりちゃんのファンだったのですが、あの曲を聞いて以来は、杏ちゃんのファンにもなりました。自由で、歌詞とは言えないような歌詞なのですが、聞いているだけで二人の仲の良さが伝わってくるようで思わず口が緩んでしまいます。

 私は杏ちゃんやきらりちゃんと同じく高校3年の学生なのですが、高校3年の受験で忙しい時期にアイドルとして活動をしている杏ちゃんときらりちゃんはすごいと思います。僕には勉強をしながら他のことをすることが出来ないので、少し羨ましいです。杏ちゃんは勉強が出来そうなので国公立などを目指すのでしょうか?それとも大学に行かずにアイドルを続けるのでしょうか?それがわかる日が楽しみです。

 ゲームやお菓子のことに詳しく、ニートな杏ちゃんを応援しています。』

 

 このファンレターはかなり良い部類だ。短く纏められていて、誹謗や中傷もない。私としては見ていてうれしいし、短くて楽だ。そして、このファンレターで最後の検閲だった。

 

 この一枚を検閲クリア、とかかれたカゴに入れて一度伸びをする。ポキポキと心地の良い音が鳴る。体に悪いとは知っているが、これだけは止められそうにない。伸びをしたときに確認したが、検閲開始からすでに3時間が経過していた。そろそろ杏のレッスンが終わる時間なのでスマホを見て、杏から連絡が来てないかを確認する。最悪迎えに行かなくてはならないからだ。杏からのメッセージは・・・なしだな。帰った可能性もあるし、事務所に来る可能性もある。見られるとダメな方のカゴを持ってデスクを立ち、ちひろさんのデスクに向かう。この時間まで仕事をしているのは事務員くらいだろう。

 

「ちひろさん、これ検閲でのやつです。処分お願いします」

 

 私が声を掛けると、ちひろさんは眼鏡を外してこちらを向く。ちひろさんはコンタクトだがたまにこうやって眼鏡を掛けている日がある。とても似合っているので眼福である。私から処分、と書かれたカゴを受け取ったちしろさんは中身を見て数を数える。

 

「今回は・・・ひぃ、ふぅ、みぃ・・・結構多いですね。ざっと四十枚くらいですか」

 

「全部で38枚です。恐らくですけど少し前のユニット効果ですかね。良くも悪くも杏らしさが出たので」

 

「確かに・・・まぁおおよそ予想は付きますけど、他のアイドルのファンの方々からですか?」

 

 ちひろさんの言葉に私は思わず苦笑いをしてしまう。

 

「そうですね・・・。結構言われてました。でもその分、他のファンの方々からの激励の言葉とかも多かったんですよ。それに元からファンだった方の激励も多かったですし」

 

「ふふ、それはよかったですね。・・・最近はSNSを利用するアイドルも増えたのでファンレターも減りましたね。もちろん、SNSを利用しているアイドルの元にもアナログなファンレターは届くんですが・・・。数はやはり減ったと見るべきでしょうね」

 

 ちひろさんは愛用のマグカップを置いてしみじみと語る。確かに城ケ崎姉妹のように積極的にSNSを利用するアイドルの元にはリプライという形でSNS上でファンレターが届くが、あの子たちも大事にはしてるのは紙で送ってくるファンレターらしい。手に残るし、見ようと思えばいつでも見れるからだ。あの子たちらしい。

 

「・・・まぁ、そのような話は今度の飲み会でしましょうか。とりあえずこれは預からせていただきますね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 タイミングを計ったかのように事務所のドアが開く。そこには気だるげに歩くアイドルがいた。そのアイドルは私に飴を要求してくるだろう。だから私は笑顔で飴とファンレターを手渡すのだ。

 

 

 

 ファンがなにを喜びとしているのかはわからない。こうやってファンレターを読んでいてもわからないのだ。

 

 だが、アイドルの一挙一動に対して、一喜一憂しているのは紛れもなくファンの人間であり、私のようなプロデューサーはファンとアイドルをつなぐ架け橋であり、関所でもあるのだ。

 

 すべてのファンを喜ばすことは出来ない。だから私に出来ることは、ファンのニーズに合わせてアイドルが働いてくれるように、アイドルとして長引かせることくらいだろう。

 

 ・・・だから印税生活はまだ、お預けだ、杏。

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