怠惰な飴のプロデューサー   作:輪纒

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お久しぶりです・・・。

最近、やっと自動車学校に行き始めました。運転怖い。
不用意に運転の描写が出来なくなりました・・・。


怠惰な飴のアプローチ

 数秒、いや数十秒だろうか。私は口を開けて呆然としていた。持っていた毛布を地面に落として。

 

 呆然としている私の視線の少し下をぼさぼさのブロンドの髪があくびをしながら通り過ぎていった。

 

「おい、杏。ひとつだけ聞かせてくれ」

 

「たぶん答えられないと思うけどいいよ」

 

 私は目の前の惨状に思わず疑問を口にした。

 

「今日って・・・誰かの誕生日だっけ?」

 

 私の問いに杏は首をすくめた。

 

 

 

 お酒とは恐ろしいものである。

 

 飲んだことのある者なら尚更だが、飲んだことのないものでも恐ろしさを目にしたことがあるだろう。

 

 お酒の恐ろしいところとして自制が効かなくなるところがある。

 

「お酒を注がれるのを避けられない・・・ふふっ」

 

「あっはっはー、楓さん飛ばしてますねー!もっと飲みます?あ、片桐さんこれレシートです!」

 

「レシートがなければもっと嬉しーと・・・ふふっ」

 

 楓さんと彼女のプロデューサー。

 

「はぁ、なんで私は結婚できないのかしら・・・。結婚してれば今ごろ・・・」

 

「そ・れ・は! 世の中のオトコの見る目がないのよ!」

 

「そうですねー、だからって僕のグラスの下に婚約届を置かないでくださいね」

 

「いっそのこと結婚したらどうだ!和久井さんとお前で!」

 

「あら!いいじゃない!」

 

 片桐さんと和久井さんwith彼女たちのプロデューサー。

 

「・・・あなたが見えている私は本当の私かしら。人は誰しもが心に仮面を被っているものよ。そして人が見ている他人はその仮面の一部・・・。私には本当のあなたがどれかわからないわ・・・。宙に浮いてるもの・・・」

 

「のあさん、それ酔っぱらってるだけです」

 

 高峰さんと彼女のプロデューサー。

 

 

 

 正直目に見えるだけでもっと多くの人たちがいるのだが、全員分見ているとあたまがおかしくなりそうなのでここいらでそちらを見るのを止める。

 

 杏はバカ騒ぎをしている集団の横を通り過ぎて給湯室に向かったので、私もそれに付いて行く。

 

 ・・・夢だな。まさかアイドル事務所で酒盛りをしているバカがいるわけない。というかしてたとして誰か止める人がいるは・・ず・・・。

 

「杏、今日ちひろさんは?」

 

「プロデューサー寝ぼけてるの?今日はちひろさんが休暇を取ってていない日だって朝言ってたじゃん」

 

 そうだった。今日はアイドルたちのお目付け役のちひろさんがいない日だった。

 

 昨日確かに『・・・日ぶりの休暇ですね・・・』という声が聞こえていたので間違いないだろう。ちなみの何日ぶりだったかは怖くて聞けなかったのはここだけの話である。

 

 先ほどまで仮眠をとっていたのでこの惨状に気が付かなかったのだ。私のばか!何時間寝てたんだ。そう思い給湯室の小さな置時計に目をやると、私の最後の記憶から40分ほどが経っていた。

 

 ということはあの人たちはものの40分ほどで出来上がったということだろうか。いや、そうに違いない。少なくとも私の最後の記憶ではこうなっていなかった。

 

 私はどうにかこの状況から逃げる方法を考える。このままここに居座ればそのうち私も飲まされることだろう。そしてそうなった場合、明日のちひろ天気予報は頭上注意、雷模様になること間違いなしだ。

 

 幸いなことに荷物は仮眠室なのであとは逃げる口実だが・・・。とそこでヤカンが口笛を鳴らす。私はビクッとする。見ると杏がココアにお湯を注いでいた。・・・杏を使うか。

 

「杏、今日は何時に帰るんだ?」

 

「いや、さっきのプロデューサーの考えている様子見てたらわかるよ。どーせ、杏を口実にこの場から逃げだそー。って考えてるんでしょ?」

 

 バレバレだったか。まぁそこは織り込み済みよ。

 

「まぁな、でも杏も帰れるうちに帰っておきたいだろ?今日はもう何もないはずだしな」

 

「・・・一応杏、受験生なんだけど?」

 

「え゛、じゃあさっきまで勉強してたのか。そりゃ悪かったな」

 

 そこで杏がニヤリと口角を上げる。しまった罠か!

 

「まぁープロデューサーがねー、どうしてもー、帰りたいっていうならー、考えてあげるけどー」

 

 わざわざ杏は棒読みで言う。ちくせう。今回は私の負けだ。私は両手を上げて降参のポーズを取る。

 

「ふっふっふー。帰りに一つお願い聞いてよねー」

 

「なるべく高くなくて現金で済むものな」

 

「敗者に口無しだよ、プロデューサー」

 

 どうやら釘刺しも駄目のようだった。安く済めばいいんだが。

 

 

 

 杏から提案された条件は意外なものだった。『プロデューサーに勉強を教えてほしい』というものだった。私は二つ返事で引き受けたのだが、場所の指定もしてきたのだ。

 

「はい、プロデューサー。ココアだよ」

 

「お、おう」

 

 杏は二人分のココアと、勉強道具を持って部屋に入ってきた。ココアをテーブルに置き、クッションの上に座る。

 

「・・・なんで緊張してんの?」

 

 ソワソワしているのがバレたようだ。

 

「いや、杏の部屋に入るの久しぶりだったから、ちょっとな」

 

「前はよく入ってたじゃん」

 

「玄関までな!リビングどころか寝室にまで入ったのは初めてだわ」

 

「もー、うるさいなぁ。あ、ちょっと着替えるから部屋から出てて」  

 

 私は杏が言われるがままに部屋から出て行く。確かに少し緊張しすぎているのかもしれない。相手はjkとはいえ杏だ。しかも担当アイドルなのだから。うん、大丈夫ダイジョウブ。平常心。

 

 横を見ると杏のリビングが見える。前に来た時よりも小物が増えているようだ。杏も色々なユニットに参加して様々なアイドルと関わってきた影響だろう。特にきらりちゃんの影響が大きい小物が、リビングのあらゆるところに散らばっている。

 

「プロデューサー入っていいよー」

 

 こうやって杏にもアイドルとして影響が出ているのは喜ばしいことなのだろう。

 

 

 

「とりあえずここから見ていけば・・・」

 

「へー・・・。あぁ、確かにわかりやすくなった」

 

 簡潔に言うと杏へのプチ勉強会はスムーズに進んでいた。杏の呑み込みの早さで私の少しの説明でも理解してくれるのでとんとん拍子で進んでいく。

 

「とりあえずここは自分でやってみな」

 

「りょーかい」

 

 私は長い説明を終えて一息つく。先ほどまでと違い、この状況に慣れてきたのか周りを見渡す余裕が出来た。こちらの部屋はリビングよりさらに多くの物があった。こちらの寝室はきらりちゃんよりも他のユニットメンバーの影響が大きいのだろう。年下と組むことが多い杏はこういったものは寝室に置きたくなるのだろう。

 

 今の杏の服装もそうだ。先ほどちらっと見えた杏のモコモコのショートパンツは別として、上に着ているパーカーは胸のところにデビキャットがプリントされている。このパーカーをもらったのか、買いに行ったのかはわからないが、仲良くしているところをよく見るのでほほえましいものだ。

 

「プロデューサー、見すぎ。出来たよ」

 

 どうやらキョロキョロしているのが見つかったようだ。

 

「出来たか?ほれ見せてみい」

 

 私は持っている答えと、杏の答案を見比べる。うーむ、流石だな。さっきまで出来なかったところだけじゃなくて少し応用的なところもできている。

 

「プロデューサーどう・・・?」

 

「ここはな・・・!?」

 

 杏が身を乗り出して私の手元を見てくる。少しぶかぶかのパーカーのせいで杏の胸元が大きく空いたので私の視線は吸い込まれるようにそこに集中した。さらに近づいてきた杏の頭が私の顔の近くにやってくる。女の子特有の甘い匂いが私の鼻の中に飛び込んでくる。

 

 この香りを嗅いでいると意識が遠のいていく気がする。

 

「プロデューサー・・・?」

 

 杏の言葉に私はハッとする。慌てて取り繕うように説明を続ける。そのときの杏の表情が悔しそうだったのは気のせいだと思いたい。

 

 結局その日、私が家に帰る時間は0時を回っていた。

 

 

 

 次の日、私の目の下には隈が出来ていた。

 

 理由は、昨日の杏から香っていた匂いのせいだ。あれが私の脳を興奮状態にしたので眠れなかったのだ。しかもあのとき杏が呼びかけなければ私は確実に杏を襲っていただろう。

 

 と、ここまで推察して犯人がなんとなくわかった。

 

「おはよう志希ちゃん」

 

 絶対こいつだろう。私はそう思いソファで寝転がって雑誌を読んでいる志希ちゃんに話しかけた。

 

「ん、にゃはは~ 眠れなかったのかなー?隈すごいよー」

 

 と、志希ちゃんはおどけて見せる。

 

「なんか俺に言う事ない?」

 

「んー・・・・。杏ちゃん、襲っちゃった?」

 

 志希ちゃんは舌を出す。

 

「やっぱりか・・・。残念ながらそんなことにはならなかったよ・・・」

 

 私がそう言うと志希ちゃんの表情が固まる。そしてこちらを向いた目は輝いていた。

 

「嘘嘘!?どうやって!!!」

 

 昨日の杏のように身を乗り出してくる。

 

「おおーう近い近い、わかんないけど杏の声を聞いたら意識が戻ったんだよ」

 

 そう言うと、志希ちゃんはバッグからメモ帳を取り出して私の言葉をメモする。

 

「なるほどなるほど・・・。うーん、まだまだ実用的じゃないなぁ・・・。わかった!杏ちゃんにお礼言っといて!」

 

 そう言うや否や、志希ちゃんは荷物を持ってピューとどこかへ行ってしまった。

 

「お、プロデューサーおはよー。隈すごいよ?」

 

 杏の出勤だ。昨日の香りはしないのでおそらく今日はしてないのだろう。

 

「杏、昨日志希ちゃんに何かもらっただろう」

 

「げ、聞いたのね。うーん、あのまま襲われれば一生慰謝料で暮らしていけると思ったのに・・・」

 

 こいつなんてリスキーなことを・・・。まぁ、今回は許してやろう。真面目に勉強をしているのがわかったしな。それに・・・。

 

「何バカなこと言ってんだ。お前はまだまだ働くんだよ!」

 

「・・・プロデューサーと?」

 

 杏は不安気に覗き込んでくる。

 

「・・・?当たり前だろ。何言ってんだ」

 

 私はそう言って杏に一枚の毛布を投げつける。すると杏はぶーたれながらも笑顔になる。

 

 それに、私が仮眠している間に毛布を掛けてくれる怠惰な妖精もいることだしな。

 


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