気まぐれに助けた少女は──?

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天人の気まぐれ

 

 

 二つの結界で隔離された世界──幻想郷。そこは忘れ去られたものたちが住む楽園。文明の発達から取り残され、古き時代の趣を残した現代では見れない景色の場所。

 その空から地上を眺めるものが一人。

 美しい空色の髪は風に靡いて舞い踊り、虹色の前掛けと青いスカートも煌びやかにはためく。

 右手は座っている石に放り出され、左手はやや強い風に帽子が取ばされないように抑えている。

 緋色の瞳は眼下の人里や森を見下ろしていたが、その眼に楽しげな色はなかった。

 

「相変わらず面白そうなことはないかぁ~」

 

 つまらなさげに呟いた少女──比那名居天子は、最近の日課とも言える地上の観察もとい、暇つぶしをしていた。

 彼女の住む天界は地上ほど娯楽が多くなく、成り上がりで天人になった彼女としてはそこでの生活には飽き飽きしているのだ。

 元々地上に住んでいた天子は、彼女の親の功績で天界に住むことを許された。いわば、親の七光りである。

 住み始めの頃はそれなりに楽しくもやっていたのだが、先に言ったとおり娯楽が少ないため数年ほどで天人の生活に飽きてしまった。

 それからは色々と面白そうなことを探してはやっていたのだが、最近になって地上の異変の噂を聞きつけ自身も暇つぶしの一貫で起こしてみたのだ。

 結果は存外悪くもなく、まあ管理人とは酷く対立してしまったが、それでも代わりに得られたものは大きかった。

 また新たな荒事の種が見つかるかもしれないとこうして観察をしているのだが……

 

「そうそう起こるわけないよね~。うん、まあそんな気はしてた。でも、こうものほほん、としてるのを見るとこっちも気が抜けちゃうわ」

 

 やれやれと溜め息をつき、自身が座っている石──要石の小型を周りに浮かべ回して遊ぶ。

 今日は晴天だが風は強いので、半袖の彼女には肌寒かった。

 しかし、なんの収穫もなく帰るのも癪だったため、維持でもなにか起きるのを期待して待っていた。

 

 

 

「あんまり長居すると衣玖が探しにくるし、そろそろ引き上げ時かしら……?」

 

 流れる風とそれに押される石に身を任せ宛もなくさまようこと数分。

 日が南中してから既に二時間ほど経過しており、そろそろ戻るのにもいい時間になってきた。

 最後にもう一度確認して、帰ろうか。

 そう思い何度目かの地上を見る。

 すると、なにやら少女が走っているのが見えた。その後ろには、狼だろうか、妖怪の姿も確認できる。

 

「あれは……、運の悪い子ね。こんな人里から離れた森で遭遇するなんて、不運としか言えないわ」

 

 それなりに大型の妖怪が小さな少女を追う。その光景を特になにを思うこともなく眺める。

 眼下の少女はどんどん森の深部に向かっており、このままでは捕まるのも目に見えていた。

 それが分かっていながら彼女はその場から動こうとはしなかった。

 なぜか。

 それは、彼女が少女を助ける意味がないからだ。

 元々善意で動くタイプでもないため、自分に利益がなければそうそう動くことはない。

 だから、今回の少女もまた結果を見るまでもなくこの場を去ろうとしていた。

 しかし、立ち去ることはなかった。

 彼女の瞳は走る少女を再度確認した。先ほどはあまり気にしていなかったが、よく見れば中々に可愛らしい娘ではないか。

 それに、背中には山菜や薬草と思われる草などの入った籠を背負っている。

 

「へぇ~。今時ああいう子もいるんだ。最近はあまり見なかったから驚きだわ」

 

 彼女がまだ地上に住んでいた頃、その時は今視線の先で息を切らして走っている少女みたく、森に出かけ食材や薬草を取りに行くようなことも少なくなかった。

 今となっては薬は格安で売ってくれる場所が現れ、食材も田畑を耕し手に入れていたので、あまり見かけない光景になっていた。

 木々を利用してなんとか追いつかれないように走り、その長い黒髪を振り乱す姿はどうしてか昔の自分を思い出す。

 『天子』ではなく『地子』を名乗っていた頃の記憶。今ほど強くもなく、か弱い一人の少女だった時。森は危険だから入るなと言われたことがあったのを覚えている。

 それなのに入ってしまい、その時は猛獣かなにかに追いかけ回されたのだ。

 幸い、帰りが遅い彼女を心配した両親が助けに来てくれたが、それは過去の自分の話。

 眼下の少女にはそれも叶わないことが簡単に分かった。いや、助かる方法はあるにはある。

 しかし、それは力のあるものや、持ち物が揃っていないと無理だった。今、この場で少女が出来ることではなかった。

 

「……そろそろ限界がきそうね」

 

 走る速度が落ちてきた少女と、衰えを見せない妖怪。天子の視線の先には、逃げ場のない崖が見えていた。

 森の端の方までいつの間にか移動していたようだ。このままでは妖怪に捕まるのも時間の問題だった。

 そして、彼女は座っていた石から降り──。

 

 

 

 

 

「はぁっ! はぁっ! どこまでっ! 行けば、いいのっ!」

 

 必死の形相で逃げる少女。後ろをちらりと見れば、まだ追いかけてくる妖怪の姿が見えた。

 すでに森の奥まで来てしまったことには気付いていた。しかし、方向修正したくても、後ろの妖怪に阻まれする事が出来なかった。

 結果、だんだん見えてきた崖に嫌な未来を押し付けられる。

 

(このままじゃ、追い詰められる!)

 

 分かっていながらも避けようがなく、どこへ走ろうが結末は変わることはほとんどないことが分かっていた。

 

(皆のために、食べ物を、薬草を取りに来たのに……!)

 

 少女は優しかった。やや貧しい家族のために、危険な森へと向かい食材を調達することがあった。

 また、薬を買うためにその材料となる薬草も採りに行くことが多々あった。

 その時から今のようなことが起きる可能性があるのは重々分かっていた。それでも、家族のためを思って今までなんとか逃げていた。

 しかし、今回は神にも見放されてしまったのか、はたまた家族や里の守護者の注意を聞かなかった罰なのか、運は彼女をどんどん窮地へと追いやった。

 

(こんなところで、こんな場所で私は死にたくない……!)

 

 例えどれだけ災難が降りかかっても、少女は生きて家族を養いたかった。

 それは、長女として生まれた責任なのか。

 それとも、動けるものとしての義務なのか。

 どちらであろうと少女は生きていたかった。彼女の持ってきた食材や薬で、家族の笑顔を見たかった。

 ただそれだけが少女の唯一の希望だった。

 

(でも、もう限界……。それに、この先は崖。どっちにしたって、私はもう家には帰れない)

 

 その希望も、今の状況ではなににも変えられなかった。

 もうじき来るであろう自身の限界と、開けた先に見える崖。そして、後ろの妖怪。

 結末は二択、しかも、最悪どちらにしても自身は死ぬという結果しかない。

 少女は自分の運命を嘆いた。

 

(あぁ、どうして。私は家族のために、家族を想って今まで生きてきたのに……。神は私を見放すというのですか)

 

 少女は特別神というものを信じていたわけではないが、こんな場面ではそれでも文句を言いたくなるのは、仕方のないことだろう。

 そしてついに、少女は崖にたどり着いてしまった。

 

「……、不運だわ。もう、逃げようがない」

 

 目の前に広がる木々に絶望を感じ、後ろを見る。そこには息を荒くした妖怪が、唸り声をあげ少女を睨んでいた。

 

「どうせなら、もっと遊んでいたかったな。もっと、家族といたかったな」

 

 最期を悟り、後悔の念と共に出来なかったことを呟く。

 その瞳には悲哀が溜まり、すぐにでも零れ落ちそうだった。

 じりじりと近寄ってくる妖怪。後ろに下がろうにも落ちてしまうのではと思い、足が動かない。

 

(やだなぁ。もっと生きていたかった。もっと、いろんなものが見たかったな)

 

 少女は助かることはないと思い、目を瞑りその時を待つ。

 脳裏には走馬灯が浮かび、大変ながらも楽しかった日々が蘇ってくる。

 一秒すらも長く感じる空気の中、少女は声を聞く。

 

──あなた、生きたくないの?

 

 あぁ、ついに幻聴まで聞こえてきた。少女は苦笑いを浮かべる。

 やけに近くで聞こえる分、自身が可笑しくなったのかと思ってしまう。

 

──助けて、欲しくないの?

 

「助けて貰えるなら、助けて欲しいですよ。でも、これも私の生み出した幻なんでしょう」

 

 思わず声に助けを求めた少女は、吐き捨てるように希望はないように言う。

 しかし。

 

──幻だとは、酷いことを言う子ね。

 

 はて、と。今、自分が聞いているのは幻聴のはず。なのに、この声はそうではないと言っているようだった。

 頭がこんがらがってきた少女はうっすらと目を開ける。

 そこにいたのは──

 

「ようやく目を開けたわね。私の声を幻聴だなんて言うの、あなたが初めてよ?」

 

 ──美しい空色の髪をした少女だった。

 

 

 

 

 少女の前に降りたった天子は、どこからともなく剣を取り出し右手に持った。

 それは、ありとあらゆる気質を見極め切り裂くが出来る緋想の剣。

 

「さーて、ようやく助けてと言ったから、この私が助けてあげるわ。感謝しなさい」

 

 傲慢とも取れる言い方で彼女は少女に話しかける。その様子は目の前の妖怪など、意識せずとも勝てると言っているようなもの。

 それに怒ったのは、もちろん妖怪。

 すがさま天子に飛びかかり、その鋭利な牙で引き裂こうとする。

 しかし、それは飛んできた要石で防がれた。

 いつの間にか彼女の周りをいくつもの小型要石が浮いている。

 迂闊に近付けないことを悟った妖怪は、警戒しながら距離を計る。

 だが、それも彼女の前では無駄だった。

 

「なにをのろのろと動いているのよ。そんなんじゃ暇つぶしにもならないわ」

 

 突如妖怪の下から地面が隆起し、そのまま空高く打ち上げた。

 いきなりのことで対処出来なかった妖怪は、為すすべもなく飛ばされ、短いながらも空の旅へ。

 その間に彼女は振り返り少女に話しかける。

 

「あなた、怪我は?」

 

「あ、えっと、平気、です……あの、あなたは?」

 

「私?私は天子。天界に住む天人よ」

 

 簡単なやりとりで、少女の状態を把握した彼女は再度前を向く。そろそろ打ち上げた妖怪が降ってくる頃だ。

 しかし、少女は驚いた様子で天子を見ている。そのことに、彼女は気づいてはいないが。

 少し間があって、そらから木の枝を折りながら妖怪が落ちてきた。

 さすが妖怪、まだ戦う意志が折れていなかった。そのことに満足そうに笑みを浮かべた天子。

 剣は相変わらず使う様子はないが、周りの要石はひゅんひゅんと飛び回っている。

 

「さぁ、踊りなさい?」

 

 その言葉が終わるや否や、小型のそれらが妖怪に向けて飛んでいく。

 それらをすべて避けようとして、大きく動くがその先にもまた要石が。

 反射神経を総動員して避けつつ反撃の機会を伺うが、かなりの量といくつもの死角からくるそれに中々チャンスが掴めない。

 その様子を腹立たしい顔がほくそ笑む天人くずれ。

 

「やっぱり知能がなければただの犬ね──っ!」

 

 油断していたのだろうか、やや打ち出しの甘くなった瞬間を見計らって妖怪は天子に飛びかかってくる。

 代わりの石を打とうにもタイミング的に間に合わない。

 目の前で助けにきた彼女が襲われそうになっていることに思わず少女は目を瞑る。

 

 

 

 

「やれやれ。そんな歯じゃ噛みきれるわけないじゃない。自惚れるのも大概にしなさいよ」

 

「……えっ!?」

 

 聞こえてきた声に目を開けば、今度は目を見開くような光景が広がっていた。

 そこには、左腕を妖怪に噛ませた天子の姿が。

 噛まれている彼女はさして痛そうにもしておらず、むしろ興醒めと言わんばかりに落胆していた。

 

「これならあの鬼の方が楽しかったわ。さようなら。次は知能があるといいわね」

 

 つまんなさげに言い放ち、その右手に持つ剣を振り抜く。

 左腕を噛んでいた頭は胴体と分かれ、噛んでいた力も弱まりその頭も外れた。

 胴体から溢れ出る血が地面に染み跡をつける中、天子は振り返り少女を見る。

 

「怪我はないんだし、後は帰れるわね?」

 

「……え、あ、はい。あ、えっと、どうして助けてくれたんですか?」

 

 呆然としていた少女ははっと気を取り戻すと、感謝と共に理由を尋ねた。

 それに少し間が空く。少女は聞いてはいけなかったかと勘ぐるが、それも開かれた彼女の口を見て杞憂と察する。

 

「気まぐれよ。天人の気まぐれ。そう何度もないから感謝しなさい?」

 

「気まぐれ、ですか。ありがとうございました!」

 

 少し気になるところがあったのか、腑に落ちない表情を浮かべた少女だが、すぐに切り替え満面の笑みで感謝の言葉を口にした。

 それに気を良くした天子は再度浮かべた石に座り、手をひらひらと振る。

 

「それじゃあね。今度はこんなところまで来ちゃだめよ」

 

「はい! さようなら!」

 

 入り口の方に走っていく少女の後ろ姿を見て、天子は聞き忘れていたことを思いだす。

 

 

 

「忘れてた! あなた、名前は!?」

 

 

 

「! ──です!」

 

 

 

 その名前を聞いて、彼女は一瞬驚いたようがすぐにふっと笑った。浮かべた笑みは遠くで見ていた少女が思わず美しいと思うものだった。

 今度こそ消えていく後ろ姿に、彼女は笑いかける。

 

 

 

「今時『地子』だなんて。難儀なことね。でも──

 

 

 

 昔の自分の名の少女を助け、それをどこか過去の自分に重ね合わせた。

 

 

 

 嫌いじゃないわ。だって、あなたは一生懸命生きているじゃない。ねぇ? 『地子』」

 

 空からはいつものように竜宮の使いが呆れたように降りてくる。

 いつもと同じであればそれも鬱陶しいものだが、今日の彼女はそれすらも楽しく感じていた。

 

「さぁ、帰るわよ! 衣玖!」

 

「迎えに来たのは私なんですけどね……」

 

 夕焼けに染まる空の上へ、二人は帰っていった。

 その後ろ姿を、少女が見ているとも知らずに。


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