…昼休み終了間近の屋上にオレの声が響き渡った途端、喧騒に包まれていたその場所に、一瞬で静寂が走った。
言ってしまってからハッと気付く。
オレ…今なに言った?なんでいきなり結婚だよ!
収入もなく親に養われてる身で家庭なんか持てるわけないだろ!
そもそもこの間16になったばっかりで、まだ結婚できる年齢に達してねえわ!!
つか『付き合ってください』が先だろ!
いやそれよりもまず『好きです』の方が先だろ!
いやいやそれよりなによりも、よく知らないやつにいきなり告白とかされても『あなたのこと知らないし』で玉砕がオチだろうから、まずは日々の挨拶や当たり障りのない世間話から入って、おしゃべりしながら一緒に下校とかできる仲になってから、じゃあ今度遊びに行こうよってなって、そのまま何度か2人で出かけるくらいの関係になって、告白するならその後だろうよ!
なんでそこに至るまでの過程、全部すっ飛ばしてプロポーズしてんだよオレは!!
そして言われた本人は、まんまるく目ぇ見開いてオレを見つめ、これ以上赤くなれないってくらいまで顔真っ赤にしたと思ったら、いきなり背中向けてその場から逃走した。
「メグ、待って!」
更に藤崎先輩がその背中を追いかけ…その足が数歩で止まったと思ったら、赤みがかったストレートヘアが、きっ、とオレを振り返った。
「なに考えてるのよ!変質者!」
つうこんのいちげき!
はやとは、しんでしまった!
…どうやって教室に戻ったのか全然記憶にないが、気がついたら自分の席で、五時間目の授業を受けていた。
なぜか英語の授業なのに数学の教科書開いてたけど。
この英語の先生とか、いつもならこんな事してたらメッチャ叱られるんだけど、今日は、
「うん、まあ、もう少ししっかりしようか、風祭」
程度の小言でサラッと流された。
心なしか、かわいそうな生き物を見るような目で見られてた気がする。
やだもう超死にたい。
☆☆☆
「風祭〜、アンタにお客さん」
帰りのHRを聞き流して、カバン持って玄関に向かおうとしたら、早乙女に呼び止められた。
なんかいつになくぶっきらぼうな態度に思えるのは気のせいだろうか。
ともかく早乙女が指し示す方向に目をやると…
「風祭くん!」
ふふふふ藤崎先輩!?
先程のまだ鮮明な恐怖の記憶が蘇り、オレは思わず数歩後ずさった。が。
「ごめんなさい、私、色々と誤解してたみたい。
メグから正確な話を聞いたわ。
さっきは失礼な事を言ってしまって、本当にごめんなさい!」
…きらめき高校のアイドルに頭を下げられてしまった。
「い、いえ、誤解が解けたならそれで…」
「でもね風祭くん。
あなたも、いくらなんでもあれはないと思うわ」
その下げた頭をすぐに上げ、オレと変わらない目線に戻して、藤崎先輩が、オレの台詞に被せるように言った。
うんわかってる。自分の事だけど激しく同意。
「…それはオレもそう思います。
確かにいきなりプロポーズはやり過ぎました」
「そうじゃなくて。いえ、そうなんだけど。
…あのね、あの流れで『責任を取る』なんて言っちゃったら、あなた、メグへの無体を認めた事になっちゃうのよ?」
……………え?
「そして、『責任を取る』のが目的で行なった無体なら、それって、とんでもなく鬼畜じゃない?
そう思ったから、私も怒ったし」
…そこまで考えてなかったあぁぁぁあ!!
ってちょっと待ってちょっと待って。
あの場面って、オレたち以外にギャラリー大勢居たよね?
その衆人環視の只中でオレ、鬼畜発言しちゃってたわけ?
「でも、元はと言えば私が噂話を鵜呑みにして、メグ本人から話を聞かずにあなたを責めたのが原因だから。
この先この件で悪い噂が立つようなら、聞いたそばから打ち消しておくわ。
だけど、あなた本人も気をつけてね。
どうもあなた、動揺すると墓穴を掘るタイプみたいだし」
…返す言葉もございません。
「それで…メグの事なんだけど。
一応確認させてほしいんだけど、あなた…
メグのこと、好きなのよね?」
質問じゃなく、確認。まあ当然か。
勢いとはいえ、プロポーズしたんだし。
でもその言葉に、今更納得してる自分がいた。
そうか。オレは彼女の事が好きなんだ。
いや感覚では既にそうだったけど、アタマではいまいちよく分かってなかった。
そもそも、なんで?って今でも思ってる。
これまでの一連の流れの中の、どこに惚れる場面があった?
そもそも言葉すらまともに交わしていないのに。
でも、多分、きっと理由なんか要らないんだ。
恋はするものではなく、落ちるものって、誰の言葉だっけ。
オレは恋に落ちた。ただそれだけ。
「…風祭くん?」
ふと気付けば藤崎先輩が、黙り込んだオレの顔を、訝しげに覗き込んでいた。
答えようとして、やめる。
少なくともここで言うべき事じゃない。
「答えられません。
一番最初に、本人に言わなきゃいけない言葉だと思うんで」
オレの言葉を聞いて、藤崎先輩は微笑んだ…何故か、少しだけ寂しそうに。
「あなたが、メグの前に、ほんのもう少し、早く現れてくれてたら良かったのに」
オレがその言葉の意味を理解するのは、もう少し先の話になる。
「あ……」
「このたびは恥ずかしい思いをさせてしまって、申し訳ございません!」
藤崎先輩に連れられて行った放課後の屋上で、恐らく待たされていたのであろう『めぐ先輩』が、オレを見て困ったような表情を浮かべたのを見るや否や、オレは五体投地で許しを請う。
プライド?
そんなもん見上げたら広がる、青いお空に向かってぶん投げたわ!
暫しそのままの姿勢で彼女の反応を待つ。と、
「あの…あ、ありがとうございます」
「はい?」
なんか意外な言葉を耳にして、オレは思わず顔を上げる。
「あの、満員電車の時のお礼、まだ言ってなかったから…」
満員電車?ああ、人混みから引っ張り出した件か。
「あ、いや、それは、別に」
「で、でも、あの…」
「………?」
言い淀んで俯いた顔が見えない。けど、耳がみるみる赤くなってるのがわかった。
少しの間そのまま、お互いに沈黙していたが、やがて意を決したように、彼女が顔を上げてオレを見る。
予想通り真っ赤に染まった頬が、何故かさくらんぼを思わせた。
「お…お嫁さんには、その、なれません」
それかよ!
「それはいいです忘れてください!
めぐ先輩に会えたら舞い上がっちゃっただけですから!」
「めぐ、先輩…?」
しまった。勝手に脳内で呼んでたあだ名、思わず口に出しちまった。
馴れ馴れしいって怒られるかな。
「す、すみません!」
「い、いえ。
でも、あの、私、背もちいさいし…先輩呼びは、ちょっと…恥ずかしいです」
そういうもんかな。
まあ、怒ってる感じじゃなさそうなんで安心した。
てゆーか…思ったより雰囲気良くない?
「あー。じゃあ…めぐみさん」
「あ、はい」
多分反射的に返事しちゃったんだろうけど、よし。ここから一気にたたみかけておこう。
だって、いきなりプロポーズなんて暴挙に出た以上、仲良くなってから告白っていう正規ルートは諦めるしかないもん。
しかしオレの気持ちはもう知られてるんだから、気持ちを隠す必要はもうないわけで。
気まずくなるのが嫌だから好きなことを知られたくない、とかいう悩みは持ちようがない!
だって壊れるほどの関係自体まだないんだからな!
今のオレに怖いものなど何もないわ!
まさに無敵、無敵ィ!!
うん…もう泣いていいですか。
いやいや泣いてる場合じゃない。
…気を取り直して。
「改めて。オレ、一年の風祭隼人です。
おかしな出会い方をしましたけど、オレ、めぐみさんの事好きになったんで。
これからちょいちょい、見かけたら話しかけますから、嫌じゃなかったら相手してください。
よろしくお願いします!」
☆☆☆
『なあ隼人、お前さ…』
神から電話が来た。
いつの間に名前呼びとか、電話番号を知られてるとか、余計な事は考えない事にする。
ちなみに用件だが、
オレが、伊佐さんと熊田さんと江田島さんを、傷つけたという噂が流れていたそうだ。
…って、そもそもそいつら誰だよ!?
その中の誰ひとりとして知らんわ!!
っていう内容をやんわり丁寧に神に告げたら、
『お前に渡した資料の中にあっただろ?』
って言われた。
いや、あったかもしれないけど見てないから。
『確かにお前の存在はイレギュラーだから、急遽俺が強引にぶっ込んだわけだが、たとえ資料を見てなくても、俺から情報を受け取った時点でその女の子は、お前の人生に登場したと判定され、知り合いとしてカウントされてるんだ。
て事は、その気がない相手でも時々は機嫌を取ってやらなきゃ、爆弾が爆発したら最後、ない事ない事噂ばらまかれ、本命にすらソッポ向かれて、そのまま卒業式を迎える事になるんだぜ?
そんな青春送りたくないだろ?
なら情報は大切にするこった。
不本意だろうが、これがこの世界のルールだからな』
だってお。何それ怖い。
相変わらず言ってる内容はなにひとつ判らないんだけど。
神の言語は難解すぎる。
『あと、優美に爆弾点いてるからな。早く処理しろよ』
なんでだよ!