ペルソナ4 a wandering demi-fiend   作:koth3

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また連載が増えてしまったdrz


The demi-fiend escaped from in the past his life
第1話


――四月十六日(土)雨――

 十時を過ぎた東京駅は、サラリーマンで溢れかえっている。

 同様のスーツを着ている彼らの顔は、まるで変わらない。少なくとも間薙シンには、そう見えて仕方がない。

 泥人形の、いや、大量生産された自動人形の群れが、至る所で蠢く様は、見ていて生理的な嫌悪感をもたらす。

 それらを目に入れないよう、パーカーについていたフードを目深に被った。それでも都会の喧噪は、シンの耳に滑り込んでくる。だが、それでもその姿が見えないだけ、ましだ。

――彼らは何を為そうと生きているのか。

 ため息が一つこぼれる。自分の顔を両手で覆う。

――×××が何を偉そうに。

 自らを嘲り笑う。うつむいたその一瞬、視界が赤く染まる。弾かれたように目を瞑り、恐る恐る瞼を開く。見開いた先には雨に濡れたアスファルトが、黒々とかじかんでいるのが見えるだけだ。乾いた砂が広がるのではない。

 そのことに、胸をなで下ろした。

 ふと、ポケットにしまっていた携帯電話が震える。あらかじめかけておいたアラームだ。バイブレーションを止める際、目に入ったモニターのデジタル時計は、そろそろ列車の時間だと告げていた。

 肩がけのバックを背負いなおしたシンは、人混みをすり抜けるように、改札へ向かう。その後ろから「シン!」と、名前を呼ぶ声がした。

 その声は、聞き慣れたものだ。

 振り返れば、そこには二人の親友がいた。高校の制服のままで、雨に濡れそぼっている。

 二人が来てくれたことに、シンの顔がほころびかける。しかしすぐにその顔はうつむき、二人を視界から外した。

 うつむいた視線の先では、お気に入りのシューズのロゴがはげている。

 

「千晶……勇……どうして、ここに?」

「ふざけんな! とつぜんお前が引っ越すって聞いて、飛び出してきたんだよ!」

 

 シンが弾かれたように顔を上げれば、勇は荒い息をしている。どれだけ走り回ったのだろうか。春先だというのに、身体からうっすらと湯気が出ている。

 

「ゴメン……」

 

 シンはそれしか言えなかった。もっと違う、何かを喋ろうとしたのに。

 

「……謝んなよ、馬鹿」

 

 ぶっきらぼうに返される。勇の姿を見ることができなくなり、シンは再び足の爪先を見詰める。

 そうしていたら、シンの両頬にそっと手が添えられた。雨に濡れているのに、とても暖かく、柔らかい。ほのかに薔薇の匂いが香る。それは千晶のお気に入りの香りだ。

 

「シンくん、こっち見て」

 

 シンがうつむいたままでいたら、ぐいと無理矢理頭を持ち上げられた。とつぜんのことに目を丸くする。

 

「な、何を?」

「やっとこっち見たわね」

 

 これは見たというのだろうか。見せられたというべきなのでは。シンがそう考えていると、千晶はシンの顔をのぞき込んだ。目線が外れようと、

 

「逃げないで」

 

 息がつまる。「何を」と言おうとしたが、舌がもつれて、言葉にはならなかった。

 

「何を怖がっているの?」

「それ……は……」

 

 喉が渇く。否定しなければいけない。なのに、言葉は出てくれなくて。

 

「そう。やっぱり、話せないのね」

 

 寂しげな表情が、千晶の顔に浮かぶ。そんな顔を千晶にして欲しくないのだ、シンは。

 だというのに、そんな顔をさせてしまっている。

 

「ゴメン、千晶」

「ホント、馬鹿ね」

 

 誰も怒っていないのに。そう言われても、シンはゴメンとだけしか喋れなかった。

 沈黙が広がる。二人がシンの言葉を待っている。謝罪じゃない、シンの言葉。

 

「……僕、行くね。もう列車が来ちゃう」

 

 なのに、シンは逃げた。ぽつりと呟き、止めようとする二人を引き離して。そして駆け足で改札口を通り過ぎる。

 

「あ……」

「シン! ――落ち着いたら、連絡寄こせよ! いいか、絶対だぞ!」

 

 背後からの声に、シンは立ち止まり、ちいさく「うん」と呟いた。

 そして振り返ることなく、ホームへと続く階段を駆け上がった。

 

――四月十七日(日)雨/晴――

「八十稲羽~、八十稲羽~。お降りのお客様はぁ、お荷物をお忘れなさりませんよぉう、お気をつけくださぁい」

 

 凝り固まった身体を解すように、シンは背を伸ばす。首を回せばボキボキと、小気味よく音が鳴った。電車に揺られることほぼ一日。身体中が強張って仕方がない。

 身体を解しながら改札口を出れば、昼下がりの陽光が降り注ぐ。余りのまばゆさに、ちょっと立ち止まったら、その脇をそよそよと桜色の風が吹き抜けていった。ちょっと泥臭さが混じっていた。けれども、胸がすくような、新鮮な風だ。

 シンは、すがすがしいそよ風に、身を任せる。

 

「あら、いい風ね」

 

 どこからか、可憐な女声が聞こえた。あたりには、シン以外いないのに。

 だというのにシンは、それが何とでもないかのように、返答した。

 

「そうだね。ここはいい所だよ」

 

 あたりをぐるりと見回す。駅前だというのに、古錆びた建物が建ち並ぶ。都会ではそうそう見られない、趣のある光景だ。

 子供の頃の記憶と全く変わっていない。知らず知らずのうちに、シンの頬が緩む。

 

「時間ならいくらでもあるから、ちょっと見ていくかい?」

「行く!」

 

 またどこからか聞こえてくる声。それは元気な声だ。うきうきと弾み、純朴で子供のように可愛らしい。

 自らの胸から響いた声に、シンは微笑んで、気の赴くままに歩き出した。

 しばらく色々な場所を巡り歩いていると、ガソリンスタンドが見えてきた。そこは商店街の入り口らしく、その後ろにいろんな商店が並んでいた。

 小腹が空いたので、シンは商店街にあった総菜大学という店で、名物のビフテキ串と、特製コロッケとを一つずつ買った。油の香りが、シンの空きっ腹を誘惑したのだ。

 ほかほかの袋を抱えながら、シンは人気のない場所を探す。

 幸い、近くに神社があった。それほど大きな神社ではなく、参拝客は見当たらない。また、誰か来そうな気配もない。

 神社の石段に腰をかける。もう一度あたりに人がいないのを確認したシンは、そっと慈愛に満ちた声で呟く。

 

「おいで、ピクシー」

 

 シンの身体に紋様が浮かび上がる。

 それはどこか宗教的な意匠で、ほのかに蛍光を発している。神秘的なその光は、脈動するかのように、輝いている。

 その蛍光から、光の球がふわりとはき出された。

 野球のボールより大きい程度の光球は、シンの周りをグルグルと旋回し、差し出した平手に乗った。

 すると、光球が徐々に輝きを失う。同時に、シンの身体にある模様までもが消えていく。

 光の消え去った掌。そこに、蝶の羽に似た翼を生やす、小人がいた。シンの手の上で俯せになり、両頬を突いて、足をパタパタさせている。

 その姿は妖精という言葉がぴったり合う。当たり前だ。まさしく彼女は妖精なのだから。イングランドの伝承に登場する、悪戯好きな妖精の一種。妖精、ピクシー。それが彼女。

 なぜイングランドの伝承に登場するピクシーが、日本の一介の高校生の掌で楽しそうにしているのか。それは様々な理由がある。だが、最も大きな理由は、ただ二人が共にあることを願ったからだ。

 ピクシーが神社の境内を軽やかに飛ぶ。それを見ているシンの顔に、自然と笑顔が浮かぶ。

 

「ふふふ、いただきます」

 

 そしてシンの反対側から、ピクシーはビフテキ串を口にした。美味しそうにもう一口。さらにもう一口。

 身体こそ小さいが、ビフテキ串を食べる速度は速い。うかうかしていると、全部食べられてしまう。

 慌ててシンも、負けじと大口でかぶりつく。濃厚な肉の味と香りが、出会い頭に強烈なパンチを食らわせてくる。けれども肉を串から食いちぎる頃には、下味であろう胡椒の、ぴりりとした小気味いいアクセントが主張を利かせる。そして噛めば噛むほどしたたり出る肉汁が、それらの味を豪華に、嫌みなくまとめ上げてみせる。

 

「美味しい?」

「うん!」

 

 ピクシーはそのかんばせを、ひまわりのごとく咲き誇らせた。

 

「あっ、でも、甘いものが欲しいかな」

 

 シンは苦笑をこぼし、残りの肉を食べきる。コロッケを二人で分けあいながら、後で蜂蜜でも買おうかと、約束をした。

 コロッケも食べきる頃には、ピクシーは満足したらしく、お腹をさすっている。

 ピクシーの口元に突いたタレをハンカチで拭い、身だしなみを整える。ゴミは近くにあったゴミ箱に捨てた。

 

「さあ、行こうか」

「うん、行きましょう」

 

 それからは何時の間にか出てきた、大型スーパーのジュネスで約束のものを購入し――何かこだわりがあるらしく、随分高いもをを買わされた――シンは引っ越し先の、古い民家へたどり着いた。

 そこは、一ヶ月前に亡くなったシンの祖母が暮らしていた家だ。子供の頃、毎年盆には一度、顔を出していた。どこに何があるのかもよく分かっている。

 なのに、どこか違和感がある。仏壇には、真新しい祖母の写真がある。手を合わせようと座った畳は青々としており、い草の香りが家中に満ちている。いつもだったら漬けられている梅干しが今年はない。知っているはずの家なのに、どこか知らない何かが混じっている。奇妙な感覚に、少し胸が締め付けられた。

 

「大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 ひとまず持ってきた荷物を片す。着替えなんかは、後日に運送してもらう手はずだ。

 それが終われば、隣近所に引っ越しそばを渡す。こうして動いていれば、余計なことを考えずにすむ。

 そこまですると、もういい時間だ。何か食べようと冷蔵庫を開けるが、しかし当然食べものは何もなく、かといって今から何か買いに行くのは至極面倒。仕方がなく、引っ越しそばを煮て啜ることに。

 再び召還したピクシーとそばを食べていると、インターフォンが鳴った。

 

「はい、どちら様でしょうか」

 

 ギシギシと軋む廊下を渡り、磨りガラスの引き戸を開ける。すると、そこにはがっしりとした体格の、無精髭を生やした男性が立っていた。

 その男性が、シンに警察手帳を見せて、胡乱げに訊ねる。

 

「俺は堂島遼太郎ってんだが、お前さん、間薙さんの知り合いか?」

「孫です。間薙シンと言います」

 

 そう告げると、堂島は納得したのか、警察手帳をしまいながら、先程まであったどこか固い雰囲気を散らした。

 

「ああ、そうか。そういや、確かにいたなぁ、お孫さん。悪いな、職業柄人を疑いやすくなっちまうもんでな」

 

 後頭部をかきむしる。そんな堂島に対し、シンは頭を下げた。

 

「すみません。紛らわしいことをしてしまい」

「いや、謝ることじゃないだろう。ほら、顔を上げろ。そんな簡単に頭を下げるな。そんな卑屈だと、いらん疑いをかけられちまうぞ。まあ、年寄りの説教はこれくらいにして、だ。これからお隣同士だ。よろしくな」

 

 差し出された手を握り返す。分厚い手は逞しく、力強い。

 

「あ、はい。分かりました。こちらこそよろしくお願いします」

「ああ、それと。最近、少し物騒なんでな。こんな田舎町だが、戸締まりはしっかりしておいた方が良い」

 

 言われたとおり鍵をしっかりかけ直し、食卓に帰ってみれば、長机の上にあったそばが、全部なくなっていた。

 

「ピクシー! 全部食べちゃったの!?」

 

 ピクシーは悪戯っぽく笑う。

 

「てへ」

 

 その日は時計の針が天辺を越すまで、二人して家中をドタバタと走り回った。

 こうして、シンの八十稲羽の初日は終わった。




これからおつきあいお願いします。
あ、感想がございましたら、些細なことでも書いていただければ幸いです。執筆の励みになりますので。それではここらで失礼致します。
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