小さな町だったので、すぐ広まった。
小さな町だったので、皆、知っていた。
小さな町だったので、警官も黙った。
小さな家だったので、皆知らないふりだった。
小さな人間ばかりだったので、
ゆがんだ人だったので、
狂った血筋だったので、
全て、
終わらせようと思った。
日本の西、近畿地方にある某都市で、秘密裏に行われる闘争があると聞きつけた男は、すぐさま荷物をまとめ、ハンガリー、リスト・フェレンツ空港から日本に飛んだ。
トランクには、「裏」の商売人から仕入れた「触媒」そして、魔力を込めた宝石。
仏頂面で目つきの悪い彼は、飛行機のビジネスクラス、その柔らかいシートに腰かけながら窓の外を眺めた。
これから、彼の復讐が、始まる。
東の果て、独特の文化をもったその国で、数年前に行われた聖杯戦争、そこで聖杯は破壊された。
そうだと思っていたが、実際は違った。
聖杯戦争が行われるということは、聖杯は消えていない、ということなのだろう。
そう考えるのが妥当である。
そもそも、聖杯なんていうシステムは簡単に模造できるものではないし、聖杯が復活した、だなんていうのhありえないことだろう。
(冬木で行われる、聖杯戦争とはまた違ったものらしいな……。まあいい、俺の願いは聖杯戦争に勝ち、願いを叶えるまでだ。極東の魔術師どもがどんな手練れであろうと、俺が倒して見せる。―――あの子の為にも。)
噂話にしか聞いたことのない「聖杯戦争」
七人のマスターと、その使い魔である「英霊」の、バトルロワイヤル。即ち、殺し合い。
少し前、日本の冬木という地方都市で行われたのが、恐らく最後の聖杯戦争。
大英雄の魂が一堂に集う、恐ろしい儀式。
万能の願望器たる「聖杯」
あの、聖書にも登場する、聖遺物。
それは、いかなる願いもかなえると聞く。
それを手に入れるのだ。
例え、この手が汚れても。
そして、今、西暦2009年。
魔術使い、ヘーデルヴァ―リ・ジョルジュは、東京の空港に降り立った。
タクシーを使い、あらかじめ予約しておいたホテルでチェックインを済ませる。
落ち着いた内装の部屋に、侵入者避けの結界を張る。
広々としたスイートルーム。
巨大で怖気づく程の街並み。
足取りの重い人間。
そして、僅かに感じる魔力の残留。
ここだ。
ここで、戦うのだ。
誇りも、情けも、慈悲も、愛情も、何もかも捨て去り、非常で無情な戦争を始めよう。
そうだ、今から始めるのはギャンブル。
そして、賭けるはわが命、対価に求めるのは、断罪する力。
「……もしかしたらこれは、復讐者を引き当ててしまうかもしれないな!」
自嘲気味に微笑み、魔法陣を描く。
恐れもしない。
己の血で、ゆっくりと円を描く。
床に敷いた白い布が、深紅の鮮血を吸い込んで、滲ませる。
「これで、俺も……」
深呼吸。
触媒など、必要ない。
これは、召喚されたサーヴァントが誰でもいいというわけではない。
ただ、思いっきり今ある状況で暴れたい、という彼なりの願い。趣味だ。
「満たせ、満たせ、満たせ。」
狂気を孕んだ表情で、己の手で、そう、軽やかに!
「されど、されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――。」
確かな手ごたえを感じるのだ。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
叫んだ。
ただひたすらに、己の邪念を込めて。
喉を嗄らすように、吠えるように叫んだ。
風が、騒いだ。
大いなる魔力の本流が、熱気が、この部屋を包み込む。
しかし、そこから感じるオーラはまがまがしいものではなく、むしろ、どこか心落ち着くような、新緑の香りが漂う、そんな、そんなオーラだった。
「サーヴァント、ランサー。召喚に応じ参上した。」
まるで、聖人のように穏やかな顔で、何もかも悟ったような表情で、まっすぐに、真っすぐにこちらを見据えて、ただ手も伸ばさず、ひたすら穏やかにこちらの出方を待っている。
「……ランサー、か。」
三代騎士クラスのうちの一つ、ランサー。文字通り、槍を用いて戦う英霊のことである。
「ああ、俺が呼んだんだ。そう、マスターとしてこの戦いに参加しようってな。」
少しだけ、間があってから、ランサーは頷く。
「了承した。貴殿が私のマスター、この戦争のパートナーなのだな。よし、これからよろしくたのもう。」
ランサーはうなずく。
(拍子抜けするくらいあっさりしてやがる……。このランサーは、プライドが高いような奴じゃなくて、よかった。)
「あれ、そんなあっさりしてるもんなんだ。へぇ、でもそちらの方が俺としても気楽ってなもんだ。よろしくな、ランサー。」
「ああ、こちらこそ。……いきなりで悪いのだが、マスターと呼んでいいのだろうか?名前があるのなら、そちらを呼んでもいい気がするのだ。」
ランサーは、爽やかな笑みを浮かべ、ジョルジュを見据える。
その整った顔立ちに、ジョルジュは少しだけ凄んでしまった。
しかし、その表情にやや照れくさそうなものを見つけると、ジョルジュはにやりと笑ってからからと答えた。
「ジョルジュだ。ヘーデルヴァ―リ・ジョルジュ。見ての通り、日本人じゃない。でもまあ、日本語はソコソコってとこだな。ランサーも、見たところ日本人じゃないよな、うん。これだと三国志とか、そういうアジア系の英霊ってことはないだろう。東欧系?もしかして、俺の知ってる人だったり?」
ランサーは、少しうつむいてから、こう答える。
「うむ、貴殿の出身の国の出、所謂同郷の人間なのだが、わかるかね?」
「……貴族か兵士みたいななにか、か?それとも神話の英雄?それとも世紀の大悪党、作家や魔術師……ってのはないか。」
「どれも違うな。しかし、兵士であり、貴族……ではないが、私の生前の地位はそれなりのもの。私は一応人を治めていたことがある。」
「もしかして、王族か!?」
「ご名答、さて、ハンガリー王は何人もいるが、その中では言い当てられるか?」
難しいぞ。と、ランサーは言う。
「アールパドほど古くはないが、マスターが生きていた時代のはるか昔の人間ではあるね。」
「……すまない。俺にはさっぱりだ。生憎、歴史は苦手なものでね。」
ジョルジュは「お手上げ」のポーズをして、答えを願った。
「私の真名は……ヴァイク。……嗚呼それは洗礼前の名だ。イシュトヴァ―ン1世だと言えば。分かるかね?」
「!?もしかして、建国者!……確か、聖人なんだろう!?」
ジョルジュは興奮気味に叫ぶ。
「そう大げさに褒めたたえられても照れるものだ。」
「すごい、すごいぞ!もしかして、これは、いけるかもしれない…!」
ジョルジュはそう言いながら、必死に頭の中で辞書を捲った。
正直、彼の名前は歴史でしか聞いたことがないのだ。
ヘーデルヴァ―リ家の次男として生を受けたジョルジュ、ジョルジュを待ち受けていたのは、壮絶で陰惨な「家族」、「血筋」という縛りだった。
呪詛、特に生き物に苦痛を与える魔術を専門とするこの家は、一般的な魔術師から見ても、「異質で異様」としか形容できないような濁った血の家系であった。
強引に魔術刻印を埋め込まれ、待っていたのは血もにじむような「訓練」の数々。
これが「愛」だと言われて、鞭を打たれて。
優秀でないから。
そんな理由で睡眠も、食事も減らされた。
出来の悪い自分と、優秀な兄、真面目な弟。
自分を救ってくれるもの、味方してくれる人間はいなかった。
魔術師として、ヘーデルヴァーリの名に恥じぬようにと幼いころから押さえつけられ、友を作ることさえも許されず、親族同士での「団栗の背比べ」ではいつも引き合いに出され、普通の学生として通っていた学校でもいつも言われるのだ。
「ジョルジュの家は変人ばかり」
「お前のあざは、気持ち悪い」
間違っていない。
そのとおりだ。
汚くただれた焼け跡のような魔術刻印は、長袖でも着ていないと隠し切れない。
近親婚と、口にできないような非道な「研究」で発狂した家族も沢山いる。
陰口や暴力は当たり前。
教師も見て見ぬふりで、両親や家族も「その程度も耐えられぬようでは」と突き放す。
それは、つらい日々だった。
それは、悲しいことだった。
けれど、自分には抗うすべがなかった。
しかし、希望がないわけではなかった。
ジョルジュには、好きな少女がいた。
黒髪のエリーザ。
彼女だけは、何もしてこなかった。
いや、もっと言えば、彼女だけは自分を正当に扱ってくれた。
勘違い、思い込み、何でもいい。
けれど、彼女を一目見たとき、本気で思ったのだ。
「彼女は天使だ。」
と。
しかし、ジョルジュは知っていた。
彼女は、自分の兄が好きなのだ。
それでもよかった。
それでもいい、兄が目当てだとしても、自分に何か思い入れがなくても。
ただ、彼女の近くにいられるだけでよかったのだ。
ある日の夜、兄が自分を呼んだ。
兄の自室、清潔なベッドの上、エリーザは、死んでいた。
兄は計算高い人間だった。
まるで機械のよう。
彼女が自分に好意を抱いていることを知っていて、だまして、犯して、そして、殺した。
ヘーデルヴァ―リの一族の、長子にだけ伝えられる魔術がある。
それは、「自分に好意を抱いた人間を、殺すことによって完成する呪い。」
それで、ヘーデルヴァ―リの一族は滅びずに残った。
その魔術は、一定の期間だけ効果がある。
その効果とは、「不死」
一定の間、正確には60年。
「何をされても死なない。」
たとえ、火に焼かれても、酸素がない状態でも、何をしても、死なない。
そしてその間、異性を引き付ける効果のせいで、子供も増える。
そうやって、毎回、一人の人間の命を犠牲に、この家は栄えた。
そうやって、自分の命も作られた。
これは、神からの啓示だ。
この家を、この血筋を根絶やしにし、自分の代で終わらせろ。
そんな、お告げだ。
こんな家、こんな屑、生かしてはおけない。
そう思った。
「―――ジュ、――ルジュ、ジョルジュ!」
気が付くと、寝ていたらしい。
肩を揺さぶり、きつい声音で自分の名を呼ぶランサーの顔は、ひどく焦っている。
「ああ、ランサーどうしたんだ?」
ジョルジュは冷や汗を拭いながら言う。
ランサーの顔には焦りの表情が浮かんでいる。
「ジョルジュ、いいか、もう戦争は始まっている!」
「何当たり前のことを―――え?」
目を見張る。
一面、瓦礫と硝煙、土煙で灰色。
跡形もなく、ビルも、道も、何もない。
爆発?テロ?いや、違う。
これは、
「宝具、だ。」
ジョルジュは唇を噛みしめ、立ち上がった。
悲鳴、怨嗟、誰かを呼ぶ声。
ほんのり鉄の臭いがする。
命が、消えていく。
ジョルジュは気づいた。
これは、マスターである自分を殺しに来た、誰かの仕業だ、と。
「誰か、俺らを狙ってきてやがる。ランサー、ここまで喧嘩を売られたら――」
「買うしかない、だろう?」
ランサーは苦虫を潰したような顔で、そう言った。
ランサーとジョルジュは駆け出した。
(もう二度と、自分のせいで人が死ぬのは御免だ――!)
魔力の本流、サーヴァントが放つ気配を探して、二人は走った。
ランサーを王族にしようというのは、最初から考えていました。
最初は三国志か、水滸伝の人にしようかな、なんて思っていたのですが、適当に辞典を捲っていると、この人が出てきたので運命を感じてこのお方にしました。
結構脚色したり、妄想をくっつけやすいので楽しいです。