森の中での戦闘、バーサークライダーとして召喚されたマルタは魔力を飛ばしながら、心の中で舌打ちをしていた。
彼女の目の前に立っているのは白い仮面をつけたキャスター、マシロだ。ラ・シャリテでも相手をしたが、その時も自身が行う攻撃を鉄扇で逸らして時間稼ぎに徹していた。彼以外のサーヴァントはタラスクを筆頭とするワイバーン達との戦闘に駆り出されているので仕方ないとは思うが、自身もサーヴァントの端くれ、冷静に攻撃を捌かれるのは戦闘前に言った相手を試すような台詞と共に狂化された感情も相まって、何としても目の前の男の鼻っ柱を叩き折らないと気が済まなくなっていた。
「……優しいですね」
「……何がだ?」
「ラ・シャリテでもそうでしたが、あの時もあなたは私に対して攻撃してこなかった……」
あの時の戦闘は今と同じように彼が一騎だけで自分の攻撃をいなすだけで、一切攻撃してこなかった。それを思い出しマルタは杖を握りしめる。
「あー、あん時は入り乱れての戦闘だったからな、初めての体験にうちのマスターが混乱して全滅しそうだったんで、引き際を探してただけさ」
「そういう事ですか、でも今はラ・シャリテとは状況が違います」
「そりゃ、当たり前だろ、こっちにゃ心強い奴らがいっぱいだからな、あんたの単調的な攻撃を凌げりゃ、ワイバーンを蹴散らしたあいつらがあんたを倒すし」
どこかでプツンと何かが切れる音がした。
「……単調的?」
「幾重にも様々な種類や属性の魔法を連続で放たれるならまだしも、馬鹿の一つ覚えみたいに撃たれたらそりゃ対処できるし」
確かに今のマルタは狂化されて繊細な攻撃はできないかもしれない、しかしマルタの目の前にいる軽薄で自分の攻撃を凌ぎきれば後は仲間に丸投げにしようとしているマシロに対して攻撃を一発でも食らわせなければ気が済まなくなっていた。
「へぇ……いい度胸じゃない」
「ん?」
カランと杖が地面に落ちる音がする。マルタが杖を手放した為だ。自由となった手は力強く握りしめられ、静かな聖女の佇まいがどこかのチンピラを思わせるような構えになっている。
「ヤコブ様、モーセ様。お許しください……。マルタ、拳を解禁します」
「おいおい、マジかよ。聖女じゃなかったのか?」
マシロの言葉に対し、マルタはあっという間に距離を詰め、右フックを繰り出す。
風切り音が聞こえるほどの速さの拳をマシロは鉄扇で受け止めるが、その後に繰り出されるマルタの格闘によるコンビネーション攻撃に翻弄されかけるが、それよりももっと厄介な攻撃を受けた事があると言わんばかりに慣れた様子で対処しながら舌打ちをする。
「ハレルヤ!」
「ったく! 予想外すぎんだろ!?」
「悔い改めなさい!」
「面倒だ、特別労働手当が欲しいね」
苛烈になっていくマルタの連続格闘攻撃を何とかマシロはその場で凌ぐが、このままだと自分が倒されるのは目に見えている。しかし、彼はその場から動こうとはしなかった。
「ぐっ!?」
何度目の攻撃だろうか、もう何十、何百にも感じられるマルタの攻撃にとうとう鉄扇を持つ手の握力が耐えられなくなり、マシロの鉄扇が弾き飛ばされた。
「いい加減に悔い改めろっての、鉄・拳・聖・裁!」
マルタによる大振りの右ストレートでマシロはKOされるかと思われた、その時だ。
マルタの背中に奇妙な形ナイフが刺さった。
「何よ……これ……?」
「そのナイフはとある魔女の特別なものでね、あらゆる魔術を破戒する効果を持っている、これで竜の魔女との契約も消えたはずだが」
マルタに
「それでも、私はあなた方を見極めなければならないのです」
闘志が消えないマルタに応じようとする立香側のサーヴァント達だが、その中で一人だけやる気の無い者が居た。
「良いご身分だな」
マシロの呟きにマルタは眉を顰める。
「……どういう意味でしょうか」
「いやはや、聖女とは自分の不手際を相手にお願いして自身は戦って敗北して罪を受けるつもりとは良いご身分だな、と言っただけさ。ああ、羨ましいね、俺もできることならやってみたいものさ」
バキっと破砕音が静寂な森の中響いた。音の出所はマルタの足元にあった杖だったもの。夜の森の中の気温が更に下がった気がするのは立香の気のせいじゃないだろう。優しそうな笑みを浮かべているはずなのに背筋から冷たい汗がとめどなく溢れてくる。マシュが緊張した面持ちのなか立香の前に出て盾を構えなおす。エミヤはいつの間にかマルタから距離を取って武蔵の近くに避難している。武蔵の顔から表情が消えて、集中するように刀の柄に手を置く。ジャンヌは聖女マルタと呼ばれた彼女の見知らぬ一面を見てオロオロし、マリーは困った表情を浮かべ、モーツァルトは引きつった表情で成り行きを窺っていた。
風切り音が聞こえたと立香が思った瞬間、マルタの姿がマシロのすぐ傍にあった。拳を突き出した状態で、マシロは左腕で逸らしたのか、左手首を痛そうにプラプラと振っている。
「あんた、ただで済むと思わないでね」
「そりゃ、こっちの台詞だ」
その後に続く応酬の数々、拳と鉄扇のぶつかり合いに他のサーヴァント達は動けなかった。
「てめぇ、何でむかつく相手に一矢報わない。何故、こっちに任せようとしやがる」
「あんた達が戦おうとしている相手が一筋なわじゃいかないからよ。それにこの身は狂気に侵されて解除できないの!」
「狂気のままで何が悪い、それはあんたのステータスだろ。誇りを持ってあのしたり顔の生意気な小娘の顔を張り倒せよ、そのくらいの手伝いなら俺たちだってしてやるさ」
「どうやって!?」
「立香と契約を結べばいい、そしたら立香が令呪を使ってサポートしてくれるだろうさ」
打撃を交えながらも口で応酬する二人に待ったをかけるものが居た。
「それは難しいぞ、マシロ」
「何がだよ、エミヤ?」
「マスターによる、マルタの支援だ。マスターはまだ集団サーヴァント戦を得意としていない、我々だけで手一杯なのに、狂化されたマルタと契約を結べば……」
エミヤの首を横に振る動きにマシロも少しは冷静になれたのか、鎮痛な面持ちで下を向く。
「しかし、方法がないわけではない。マシロがマルタと契約すればすべて解決できる」
「何だと!?」
「私が知っている知識の中にはキャスターがアサシンを使うという特殊なケースがある。キャスターであるマシロが戦術を用いてマスターとマルタをサポートすれば、竜の魔女を倒すことだってできるはずだ」
エミヤの提案に先ほどまで戦闘していたマルタに視線を向けるマシロ、彼女は少し考えるそぶりをしてから、うんと頷く。決まったようだ。拳を握ったり開いたりもしているのはどういう意味なのかはマシロにはわからない、わかりたくもない。それにエミヤの話を聞く限り、負担がかかるのはマシロ自身だ。マスターとマルタのサポートが両方やらされて、サボリたいマシロにしては勘弁してほしい状況である。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「いや、マシロ。冬木で私を倒した手法や、ラ・シャリテでの兵法を上手く使用すれば我々の戦力は上がるし、相手もむやみにサーヴァントを増やさないだろう、それに狂化されている彼女もマシロなら御せるだろう」
エミヤの力説にその場の空気がマルタを仲間にすることに問題ないと歓迎ムードが高まっている。
そして、マルタからとどめの一言が笑顔で放たれる。
「私はマルタ、ただの町娘のマルタよ。だから、ちょっと手が出るかもしれないけど笑って見逃してね」
ちょっとどころではない拳の威力を、身をもって知っているマシロは戦慄するが、もはや、どうしようもない。
エミヤのサポートのもと、マルタはマシロのサーヴァントとなった。
やったね、マシロ。マルタ(狂化済み)が仲間になったよ。