もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら   作:ナスの森

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聖戦-終幕‐

 ここに、聖戦は終わりを告げた。

 

 

     ◇

 

 

 シャルロット・デュノアは、爆発した儚き蒼い雫を見つめる。

 列車事故によって両親を失い、色々な苦労と努力を重ねて代表候補生としてこの学園に入学してきたにも関わらず、そこに運悪く同級生として入学していた列車事故の犯人に弄ばれ、洗脳され、依存させられ、その体を犯され、多くの仕打ちを受けた少女の最後は、ひどく呆気のないものだった。

 

(憐れだな、本当に)

 

 心底から、同情してそう思った。

 心の底から、彼女は代表候補生である己に対して誇りを持っていただろう。その誇りを持つきっかけとなった列車事故から今日までの人生全てにおいてその列車事故の犯人の掌の上だったのだから、最早道化を通り越して滑稽と言わざるを得ない。

 

(いや、滑稽なのは僕か)

 

 自分も人の事は言えないかとシャルロットは溜息を吐く。

 選択肢などなかった、許されていなかった。……そんなものは只の言い訳に過ぎないだろう。

 それでもシャルロットは、己が生き残るために多くを犠牲にする道を選び取った。

 今でも、頭の中では「これは仕方のない事なんだ」と己に言い聞かせている。言い聞かせなければ、心が壊れそうだった。

 壊れそうな心を護りたくて、考える事をやめた。

 

(アイン・ゾマイール――)

 

 自分と一緒に撤退するように勧めてきたアインを見て、少なくとも彼はあのイギリスの少女と違って自分を切り捨てる算段はなかったのだと知り、シャルロットは少なからずほっとした。

 自分が生き残った――――そういう観点のみで見れば、何も考えずにアインに従う事は正しかったと言える。

 

 考える事をやめて、アインの指示通りに動こうと努めた。

 自分が一体を何をしているか――――そんな事を考えたら今にも壊れそうだから。

 考えた上でこんな行為を平気で、むしろ楽しんで行う彼の傍にいれば、皮肉にもこの心は保たれるだろうと、少なからずそう思っていた。

 

 筈だった。

 

「どうして……」

 

 自分のリヴァイヴカスタムを含める三機のISが上空に飛んでいく中、ハイパーセンサーの集音システムが一人の少女の声を拾う。

 

「おかしいよ、どうして……!!」

 

 そのしゃくり声から、涙を流しながら叫んでいる事が分かる。

 聞きたくない、そんな思いを過りながらも、シャルロットはその慟哭を聞いてしまった。

 

「どうして、こんな事ができるの!? こんな血を流して、こんなに沢山人を傷つけて、どうしてそんな風に平気で逃げる事ができるの!!?」

 

 ――――その声が、自分にも向けられているという事を、考えたくなかった。

 ふと隣にいる二機のIS乗りを見つめる。

 アインと、エムと呼ばれた少女。

 アインは表情こそ見えないが動揺している様子もない、エムと呼ばれた少女もまたそのバイザー型のハイパーセンサーのおかげで表情が分からないが、心なしかその声を鼻で笑っているようだった。

 

 そんな彼らを見て、これはきっとあの二人に向けられているのだと、そう思っていた。

 

「おかしいよ、貴方達!!」

 

 ドクン、と心臓が跳ね上がり、胃を締め付けられるような錯覚に陥る。

 

「アナタ……“たち”……?」

 

 ようやく、その声に自分も含まれている事に、気付いた。

 

 その声を最後に、更識簪の叫びは聞こえなくなった。

 

 

     ◇

 

 

「どうして……どうしてこんな事が……!!」

 

 ブルー・ティアーズの爆発に巻き込まれ、間一髪でヘル・ハウンドの火球バリアによって命を救われた二人。

 そんな中で、煙が晴れた後に見えたのは、上空に飛んで消え掛かっていた三機のISだった。

 まるで己の罪から目を背けるように、己の罪など知らんと言わんばかりに飛んでいく三機を前に、簪はそう怒鳴らずにはいられなかった。

 

 簪の怒鳴り声は三機のISが見えなくなっても続いていた。

 

「やめろ、更識妹」

 

「……ダリル、さん?」

 

「あいつらには、何を言ったって無駄だ……」

 

 何を言ったって無駄、それは彼らの仲間であるダリルだからこそ、実感がこもっていた台詞だった。何故なら、言っている本人もまたその部類の人間であるのだから、猶更である。

 本来ならば、ダリルはこういう人間ではなかった、あの空の彼方に飛んでいった二人と同類の人間である筈だった。

 

「ぐ、ぅ……!」

 

「ッ、お姉ちゃん!!」

 

 さっきの必死の命乞いで力を使い果たしたのか、自分の妹の無事を確認した楯無は再び気絶してしまう。そんな楯無に心配そうな声で叫ぶ簪。

 ひどい怪我だった。

 多くの弾痕や切り傷が刻まれ、更にあの緋色の打鉄から射出された“ファング”とやらで砕け散ったアクア・クリスタルの細かい破片までも突き刺さっている状態である。

 少なくとも常人であれば四、五回は死んでいる。

 

 そんな姉妹の様子を見ていたダリルは、やがて口を開く。

 

「向こうの銃声が止んでいる。どうやらこの聖戦も終わりらしい」

 

「え?」

 

「間もなく助けが来るだろうさ。それまで何とか耐えてくれと願っとけ」

 

 そう言って、ダリルはヘル・ハウンドを解かないまま簪から背を向ける。

 そんなダリルに簪は思わず手を伸ばして呼びかけた。

 

「あ、あの……!」

 

「……」

 

 そんな簪の呼びかけ、背を向けたダリルはふと立ち止まる。

 簪の質問に答える意図があるのだと暗に示していた。

 

「貴女は、あの人達と……どういう関係なんですか?」

 

 先ほどの彼らとこのダリルという先輩のやり取りはどうみても既知同士のソレでしかなかった。

 先ほど助けてくれたこの先輩が、まさか彼らの仲間とは簪も思いたくない。故に、聞かずにはいられなかった。

 

「それは、そこに倒れているテメエの姉にでも聞け、どうせさっきのでバレただろうしな」

 

「ッ!?」

 

 その一言が、正に答えだった。

 思わず己の身を楯無の盾にするようにして身構える簪であったが、その前にダリルがヘル・ハウンドのスラスターを吹かして上空へと飛んで行ってしまった。

 

「……悪くなかったぜ、お前らとの学園生活も……」

 

 飛び際に残したその言葉は、簪には聞こえなかった。

 

 

     ◇

 

 

 学園中から歓声が沸き上がる。

 彼らの足下には無数の学友と来賓の屍が積み重なり、その屍を踏みつぶしながら、彼らは勝利に酔っていた。

 

「ブリュンヒルデ様が降臨なされた!」

 

「我らが神よ!!」

 

「ようやく私達を御認めになってくださったのですね!?」

 

 勝利の歓声が沸き上がる。

 洗脳され、神を信じ込まされ、真の神を拝む事が出来た彼女達はひたすらに歓声を上げる。

 

「ブリュンヒルデ様! ブリュンヒルデ様! ブリュンヒルデ様!」

 

 鉄槌を、神を冒涜せし不信仰者共に鉄槌を。

 (いかづち)を、神を貶めし冒涜者に(いかづち)を。

 裁きを、ブリュンヒルデの名を汚せし不埒者に裁きを。

 

 鉄槌を下して、雷を落として、裁きを下した。

 たくさん殺した、たくさん犠牲にした。

 

「不信仰者共の罪は私達が裁いて参りました、ブリュンヒルデ様!」

 

「ブリュンヒルデ様! ブリュンヒルデ様!」

 

 神の贄となるのであれば、例え不信仰者共であろうと無駄死にではない。

 彼らは神の贄となり、その魂は聖なる神の御許(ヴァルハラ)へと導かれる。

 戦いを通じて、誰もかれもが神の御許へと行くことができる、そんな世界を築く事ができた。

 

「これで、不信仰者共たち、彼らの魂も救われるのですね!?」

 

「もう、殺さなくて済むのですね!?」

 

「ああ、我らがブリュンヒルデ様!」

 

 それは、彼女達にあった罪悪感と涙であった。

 神を信じない不信仰者共にしてやれることは、神の代行者である自分達が鉄槌を下す事によって、彼らを神の御許(ヴァルハラ)へと導いてやる事だった。

 

 けれど、もうその必要はなくなった。

 この世に神が降誕したのであれば、それは即ち――――

 

「これで、私達もずっと神の御許にいる事が許されるのですね!?」

 

「ああ、何て幸福!!」

 

「ブリュンヒルデ様に祝福を!」

 

「この地はもはや貴女様以外の何者であっても侵す事はできません!!」

 

 この世にブリュンヒルデが降誕したのであれば、即ちこの地は神の御許(ヴァルハラ)となったのだ。

 

「ああ、この勝利に祝福を!!」

 

「このヴァルハラの地に祝福を!」

 

 

 

「このブリュンヒルデ様に、盛大なる祝福を!!」

 

 

 尚も歓声は続く。

 狂信者たちは心の底からただひたすらに喜ぶ。

 その狂信者たちの影の中に、彼らを狂信者たらしめた元凶は既に存在していなかった。

 

 

 生き残った生徒達は、その様を呆然と見つめる事しかできなかった。

 怪我を負った生徒達も、瓦礫に埋もれて動けない生徒達も、その狂信者たちの歓声を聞いていた。

 

『狂っている』

 

 残された彼らは一斉にそう思った事だろう。

 

 

 

 

 彼らの歓声は、自衛隊の護送車達が到着するまで止むことはなかった。

 

 

     ◇

 

 

「これは……いっ……たい……!?」

 

 とある飛行ラボの中、モニターに映し出された狂喜の映像を見せつけられた箒は、ただ呆然と見つめる他なかった。

 これが、今現在IS学園の光景だという事が信じられなかった。

 血と臓物が散乱し、その上で狂信者たちが歓声を上げている。

 

「どういう、事だ……」

 

 その映像から目を逸らし、箒は己にこの映像を見せてきた人物へと問う。

 

「どういう事なんだ、姉さん!?」

 

「あれ、愉しくないの? 箒ちゃん。これは戦争っていうんだよ? 人と人が争って、たくさん殺し合って、たくさん化かし合って、命を奪い合う。まごうことなき戦争の時代がやってきたのだ、なはは♪」

 

「ふざけないでくれ!! こんな物を見て何故笑っていられるんだ貴女はっ!!? 私は……わたし……は、ウ……プッ……!」

 

「あれ、あれあれ!? クーちゃーん、新しいエチケット袋プリーズぅ!」

 

「かしこまりました、束様」

 

 ドタ、と膝を床に付いて口を抑える箒を見た束は慌てて、養子であるクロエにエチケット袋を持ってくるように言う。

 返事をしたクロエは急ぎ足で大量のエチケット袋を手元に大量に抱えて、その内の一つを箒に渡した。

 

「どうぞ、箒様」

 

「ッ!」

 

 差し出されるや否や、素早い動作でクロエからエチケット袋を奪い取った箒はまた口から嘔吐物を吐き出す。

 吐き出した嘔吐物を見ずにエチケット袋の紐を閉め、箒はハァハァと息を上げたまま、束を見上げてキッと睨み付けた。

 

「うん、なにかなー箒ちゃん?」

 

 相変わらず何を考えているのか分からない胡散臭い笑みに箒は眉を潜めるも、それでもさっきから聞きたかった事を聞く。

 

「姉さん」

 

「なーに?」

 

「この事件は貴女が起こしたものなのか、そうでないかはもう聞かない。だが、一つだけ聞かせてくれ。アイン……いや、一夏は無事なのか!?」

 

 その質問に、束は一瞬だけ驚いたように目を見開き、やがて少し悲しそうな目をするが、それもすぐにいつものような笑みに変わった。

 

「……そっか、すごいね箒ちゃん。ちーちゃんですら気付こうとしなかったのに、いや、認めたくないだけかな、ちーちゃんの場合は……」

 

「何を訳の分からない事を言っているんだ!? 私の質問に答えてくれ、一夏は無事なのか!? 今どこいる!?」

 

 あの光景を見せられた箒だからこそ、生きていると分かった幼馴染の事が心配で心配で仕方なかった。

 今どこで何をしている?

 ちゃんと生き延びられているのか?

 ちゃんと安全な所へ避難しているのか?

 そんな思考が今の箒の全てだった。

 

「アハハハハハ、何いってるの箒ちゃん?」

 

「何がそんなおかしい!? 私は至って真面目な事を聞いている!!」

 

「アハハ、そうだったね。けど、何でそんな事聞くの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそも、この事件を起こしたのは他ならないいっくんだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――」

 

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 『この事件を起こしたのは――――』その後が、よく聞こえなかった。

 聞きたくもなかった。

 

 あまりにも分からなくて、頭の時間が停止した。

 

「おーい、箒ちゃん、ダイジョブー?」

 

 箒の顔を覗き込みながら、ひらひらと手を振る束。

 

「…………姉さん、ワタシは冗談は好きではないぞ?」

 

「冗談じゃないんだけどなー、まあいいや!」

 

 よっこいしょ、とコンソールの上に座り込み、束は箒を見下ろす。

 

「そんな箒ちゃんに少し昔話をしてあげる。むかーしむかーし、ある所に一人の天才とその友人がいました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ある時、天才は思い付きました。天才はあるモノを開発し、それを使って宇宙へ行きたいと考えたのです」

 

「しかし、如何な天才であろうと、そのたかが一人の資金力では限度があり、それを開発するのも一機が限界でした。ですから、天才はそれを世に発表して、それを広めて世界に宇宙開発をさせようと考えたのでした」

 

「しかし、公然の発表場で、自分が開発したそれを発表した天才は、世間から馬鹿にされるようになりました。世間は天才の発表を認めませんでした。バカバカしい、御伽噺だと、まるで相手にしなかったのです」

 

「天才はまだまだ子供でした。そんな彼らの言い分についムキになってしまい、とうとう世界中の軍事基地をハッキングして二千発以上ものミサイルを飛ばし、自分が開発したそれに友人を乗せてそれを撃墜させたのです」

 

「ソレを危険視した世界各国は、続けざまに戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、監視衛星8基を天才の友人が乗ったソレに送り込みましたが、全て無力化され、世界はついに天才とその友人からの敗北を認めざるを得ませんでした。後にコレは『白騎士事件』と呼ばれるようになります」

 

「天才が開発したソレ――――ISの開発の着手、それを行った各国はついに独自のISの開発に成功しました。しかし、ISには女性にしか乗れないという欠落がありました。これによって、ISに乗れる女は偉くて、それに乗れない男は弱い、所謂女尊男卑の世が広まりました」

 

「ある時行われたISの世界大会で、それに参加していた天才の友人の弟が誘拐されました。彼らは女尊男卑反対を掲げるテロ組織で、人質として友人の弟を誘拐したのです」

 

「誘拐された友人の弟は、テロ組織から訓練を受け、少年兵に仕立て上げられました」

 

「天才の友人と同じく、底知れない戦闘センスを持っていたその弟は、様々な戦場で望まない戦いをさせられる過程で、段々と心が戦場に侵されていきました。しかし、幸いにもその日は終わりを迎えたのです」

 

「結果的に、その友人の弟は無事救出され、天才の友人の元でまた二人暮らしする生活が戻ってきました。しかし、既に女尊男卑の世に染まっていた二人の祖国の女たちは、その天才の友人の弟であるその子を疎み、ついにはその存在を許せなくなって手を出してしまいました」

 

「友人の弟は、戦場に染みついた体に抗えずに、その女たちを殺していしました、一人残らず殺してしまい、ついには泣いて、絶望して、狂ってしまいました」

 

「彼は絶望したのです。もう姉の元には自分の居場所がないことに、周りがそれを許してくれない事に」

 

「そして彼は気付いたのです、心の何処かで戦場を望んでいる事に。自分の居場所はもうそこしかない事に気付いてしまったのです」

 

「彼は、『戦争屋』になりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その後、彼は多くの戦場を渡り歩き、今もなお紛争を起こしてはそこに飛び込んで戦争を楽しむ日々を送っていたとさ。めでたしめでたし――――」

 

「―――――――ッ」

 

 ヒュン。途轍もない速さで、真剣が振るわれた。

 いつものよりも、何倍も、何十倍ものスピードで迷いなくソレは、束へと振るわれた。

 

 ピト。しかし、その振るわれた真剣の刃を、束はたったの二本の指で掴み、ソレを受け止めた。

 

「……るさ……い!!!!」

 

 受け止められる真剣の刃。

 カチカチと刀身が揺れている事から、それにどれだけの力が入っているかは想像が容易かった。

 

「許さないッ!!」

 

 やがて、少女の怒りは爆発した。

 

「許さない赦さないユルサナイゆるさないッ!!!! 姉さん、私は貴女を絶対に許さないッ!!!!」

 

 受け止められた真剣を引っ込め、箒はまた真剣を袈裟に振るい、束を切り刻まんとするが、束はそれを曲芸じみた動きで躱していく。

 凄まじい身体能力に驚きつつも、その怒りと憎しみを抑えきれない箒はただひたすらに束に真剣を振り続ける。

 

 やがて、また真剣は止められる。

 

「一生貴女を恨み続けてやる!! この身が朽ちても、滅んでも、貴女が死んでからも生涯呪い続けてやるッ!!」

 

 距離を取り、再び剣を振るう。

 怒りのままに、憎しみのままに、少女は剣を振るい続けた。

 

「返せェッ!!」

 

「返せ返せ返せカエセェッ!!!! 私の一夏をッ! 私の全てをッ! 私が貴女に奪われた全てをォ――――!!!!」

 

 上段に剣が振るわれる。

 力一杯振り下ろされたソレすら、容易く受け止められた。

 

「返せェ、返してよォ……!」

 

「箒、ちゃん……!」

 

 箒は泣いていた。

 その顔を見た束は、今度こそ笑みを崩し、つらい表情になってしまうが、それが箒に伝わる事はなかった。

 いよいよ見ていられなくなった、束は、もうこれで終わりにしようとクロエに命ずる。

 

「おねがい……クーちゃん……」

 

 その「おねがい」は、頼みではなく懇願であるかのようにクロエは聞こえた。

 クロエは黙って、箒の首筋に手刀をお見舞いする。

 

「ガッ、ぁ……」

 

 そのまま、箒はうつ伏せに倒れてしまった。

 

 

「束様、ご無事ですか?」

 

「……」

 

 束からの返事はない。

 ただ黙って、気絶した自分の妹を見つめるだけだった。

 やがて――――

 

「ッ、束様!?」

 

 グラ、とふらつくような動作から、後ろ向きに倒れそうになった束の身体を、クロエは慌てて受け止め、束の顔を覗き込む。

 

「束様、しっかりッ!!」

 

「アハハ……思ったより……堪えるね、これ……は……」

 

 苦笑いをしながら答える束であるが、クロエの目からみてもそれはいつもの束ではない。

 明らかに息が上がっており、些か苦しそうだった。

 

「……胃が、はち切れそう、こんなの、初めて、だなぁ……アハハ♪」

 

「お願いです、束様! もう、こんな事……!」

 

「やめないよ、クーちゃん」

 

 苦しむ主の姿にとうとう耐えきれなくなったクロエは、もうこんなバカげたことはやめましょうと束に進言しようとしたが、その前に他ならぬ束によってそれは断られた。

 

 これでいい、もうこれでよかったのだ。

 妹に真実を伝えて、嫌われる。

 どんな形であれ、束は妹との”けじめ”を付けた。

 これでやっと篠ノ之 束は織斑一夏と織斑千冬に向き合う事ができる。

 

 

「もう、止まらない、止められない……!」

 

「待っててね、いっくん、ちーちゃん」

 

 ――この私が、作ってあげるから。

 

 ――束さんですら邪魔できない、介入できない、二人だけの時間(死合)を、世界(戦争)を、作ってあげるから。

 

「アハッ♪ アハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 

     ◇

 

 

 ぱしぃん!

 

 高層マンションの最上階。

 豪華な飾りで溢れかえっているその部屋で、スコールは一人の少女に平手打ちをした。

 平手打ちを受けた少女はドアの所まで吹き飛び、崩れ落ちたままスコールの方を見上げた。

 

「叩かれた理由は分かるわね、レイン?」

 

「……」

 

 再び少女の元へと詰め寄り、スコールは少女を見下ろす。

 少女もまたしゅんとした様子でそのままスコールを見つめる。

 普段は余裕な雰囲気を醸し出している彼女であったが、今回は目に見えて怒っている事が少女には分かった。

 

「今回の貴女の行動。下手すれば彼から契約を破棄されて、せっかく取り込んだ技術者たちを手放す事態が起こる事だって在り得たわ。何故、彼の邪魔をしたの?」

 

「……」

 

「ハァ、理由くらい言いなさいって。私だって、せっかく裏で手を回した努力を無駄にするような行動を取られて怒らない程やさしくはないわよ?」

 

 溜息を吐くスコール。

 

「……気に入らなかったんだ」

 

「……」

 

 ゆっくりと口を動かし始めた少女の言い訳を、スコールは黙ったまま聞く事にした。

 

「どうして、どうして自分の手でやろうとしねえ、どうしてあんな風に無垢な女どもに罪をかぶせる事ができる。楽に殺してやるんだったらともかく、一生苦しむような心の傷と罪悪感を負わせて、何が楽しいんだよ!」

 

「……」

 

「笑ってやがるんだよ、アイツ! そんな女どもを戦場の上から見下ろして笑ってやがった! フォルテまで巻き込みやがった……もう我慢できなかったんだ!! それで、その……」

 

「彼に敵対してしまったと?」

 

「……」

 

 黙り込む少女。

 そんな少女を見ろしながら睨み付けるスコール。

 

「貴女が彼の邪魔をしたのは今更だからもういいとして、貴女は何故()()()()()連れてきたのかしら?」

 

 少女から視線を外し、スコールは奥の部屋の寝室で寝ているもう一人の少女の方へ視線を移す。

 フォルテ・サファイア――――スコールの良き後輩にして、ギリシャの代表候補生がそこで寝ている。

 あの惨状を目の当たりにして耐えきれず気絶した彼女は、こうしてここまで運ばれて寝かされている。

 

「このままじゃあ、アイツはあの野郎が起こした戦争に巻き込まれる。代表候補生なんだ、巻き込まれない保障なんてねえ、だったら……」

 

「それはここにいてもどの道同じだと思うけれど?」

 

「ッ! それは―――」

 

 スコールの正論に少女は言い淀む。

 そんな少女に、スコールは再度溜息を吐き、少女に指摘した。

 

「貴女、感化されすぎたわね。この三年間の学園生活に」

 

「……」

 

「スパイが聞いて呆れるわ、まったく。おまけに仲良しな先輩後輩ごっこを演じてきたあの子まで連れて来るなんて、相当気に入っていたようね?」

 

「……」

 

 図星を突かれていた少女、ダリル・ケイシー――コードネーム『レイン・ミューゼル』はスコールの指摘に黙り込む。

 

「……ハァ」

 

 もう何度目の溜息か分からない、とスコールは内心で悪態を付く。

 

「次はないわよ」

 

 そう思いながら、スコールは手元から取り出したベレッタをレインの前に置いた。

 

「これは……?」

 

「貴女がその子を連れてきた事はともかくとして、ギリシャのIS『コールド・ブラッド』を組織の元に持ってきた事はウチにとってプラスよ。だから、後は貴女次第」

 

「私、次第――?」

 

「貴女があの子なしでやっていけないというのであれば、組織にいてくれるようにあの子を説得しなさい。それができなければ、これで撃つのよ」

 

「……」

 

 黙り込みながら、レインはそのベレッタを懐にしまい込む。

 そんなレインの行動を、自分の命令に対するyesの答えと受け取ったスコールはそのままレインの横を通り過ぎて、部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

「ウチの者が迷惑をかけたわね、アイン」

 

「構わねえよ。こっちも取引材料の白式を損傷させちまったしな、これで貸し借りなし。また振り出しの契約状態ってわけだ」

 

「そう言って貰えると助かるわ」

 

 アインの向かい側の椅子に腰かけ、二人は今回の契約についての話をする。

 二人の横には美しき夜景が映っており、そこから見える無数の光が美しく点滅したり、走っていた。

 

「それにしても、貴方から譲り受けた白式、ひどく損傷していたけれど、一体誰にやられたのかしら」

 

「更識の姉ちゃんだよ。日本人なのにロシアの代表をしている、あの売国奴の名で有名なミステリアス何たらのパイロットさんだ」

 

「成程ね。応報、かち合いそのものでは圧倒できても、ISの搭乗経験の差でいっぱい食わされたって所かしら?」

 

「さすが大将だな。その通りすぎて言い訳できねえぜ、ったく……」

 

 思い出したら腹が立ってきたのか、不機嫌そうに頭の後ろを掻くアイン。

 

「まあいいさ。今回であの姉ちゃんも戦場の何たるかを思い知っただろう。この借りは――――戦場で返させてもらうとするさ」

 

「ふふ、期待しているわよ」

 

 お互い不敵な笑いを浮かべながら、紅茶を飲む。

 

 彼らは待つ。

 世界に戦火が広がるその時を、世界が戦場になるその時を、ゆっくりと夜景を眺めながら待ち続けてた。

 

 

 

 

 

 

 

(しかしあのガキ何者だ? 俺の事知ってんのか?)

 

 夜景を見ながらふと、自分を迎えに来てくれたあのサイレント・ゼフィルスのパイロットを思い出し、アインは少しだけ首を傾げた。

 あのパイロットの姿を見た時、自分は表向き動揺は見せなかったが、内心では少し驚いていた。

 

 ……一方、向こうは此方の素顔を見た途端、表情こそ変えなかったものの目に見えて動揺していた様子だったので、少し気になった

 

(中学時代の千冬姉とまったく同じ容姿……そういや――――)

 

 自分の記憶を改めて探ってみる。

 これでも記憶力はいい方だが、綺麗に小学一年生から前の記憶がさっぱりとない。戦争屋になってからそれも気にしなくなってはいたが、あのサイレント・ゼフィルスのパイロットを見て、再びその記憶を頭の中で探ってみる。

 

(まさか……)

 

 そして、ある可能性に思い至るアインであったが、すぐにそれを否定して、夜景を見つめなおす。

 

(フッ、考えすぎか……)

 

 

 

 




次回以降、結構群像劇になるかもしれません。

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