もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら   作:ナスの森

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懺悔、涙

 彼らにとってアイン・ゾマイールという存在は、一言で表すのであれば「憧れ」であり、「一生付いて行きたい存在」であった。

 

 世にISが台頭してから女尊男卑の風潮が広がり、男と女の立場は逆転。いや、かつて男が有利だった時代でもこれほどまでの仕打ちを女たちが受けた事はないだろうと思わせる程のものである。

 

 やがてそれはエスカレートしていく。

 ある欧州のPMCはその構成員のほとんが男性であったが故、そのビジネスを縮小せざるを得なくなり、果てには少年兵を秘密裏に養育して中東の戦場に安い賃金で派遣するという暴挙にまで出た。

 フランス陸軍の女将校たちの画策により、フランスの外人部隊に非公式の少年兵連隊までもが設立された。

 

 それらの組織を転々としながら、戦場で好き放題その悦を満喫してきた一人の少年傭兵がいたのである。

 望まぬにも関わらずそこに所属させられ、望まない戦いをされていた彼らとは違い、その少年は積極的にそこに自分の能力と力を売り込み、所属し、一定の戦果を上げつつ戦場で好き放題するその在り方に、いつしか彼らは惹かれていった。

 

 フランス 外人少年連隊――――フランス陸軍の女将校たちが秘密裏に作り上げた少年兵の部隊。

 構成員は十歳から十五歳までの少年兵たちであり、この女尊男卑の世において男の捨て子が数多く発生し、フランス陸軍はそんな彼らを有効活用しようと拾い上げ、または拉致し、人殺しの方法と、そして己の立場を徹底的に叩き込み、従順な少年兵として育て上げた。

 少年たちとて望んで所属した訳ではない。

 ときには上の意向で捨て駒にされ、ときには戦場だけではなく慰安夫として女たちの慰み物にされ、そして無様に切り捨てられてゆく。

 それが彼らが辿る人生の末路である。

 

 自分達は他人に好き勝手に弄ばれ、無様に散っていく運命なのだと、少年連隊の誰もが諦めていたその時だった。

 

 一人の少年がまた、その少年連隊に所属してきた。

 その少年は、自分達のような全てを諦めたような目ではなく、だからといって信念に燃えるような目もしてはいなかった。

 上の理不尽な任務にも従い、また今までの仲間たち同じように切り捨てられるのかと思いきや、その少年だけが何故か生還した。

 それが、彼らの興味がその少年へいくきっかけとなった。

 

 ――――何故生き残った?

 ――――何故戦果を挙げられた?

 ――――何故そんな、汚れ仕事を平然と引き受けられる?

 

 そんな疑問が彼らを支配した。

 その後も同じだった。

 周りが絶望したような表情で上の命令に頷く中で、その少年だけは普通の軍人と差異のない態度で任務を了承し、そして生き残る。

 

 そして、次々と変化があった。

 その少年と共に任務に当たった同僚の少年兵たちが、何と任務終了後でも帰還するようになってきたのだ。

 普通なら切り捨てられるか、そのまま射殺されるかの二択であるにも関わらず、その少年に付いて行った同僚たちは生き延びたのだ。

 到底生き残れるような任務でなかったにも関わらず、その少年に付いて行くだけで生き残れたのだ。

 

 その少年と共に任務に当たった同僚たちはこう語った。

 その少年の普段大人の上官に対して見せてきた態度が嘘であるかのように戦場では変貌し、任務目標を達成するは愚か、その戦場で好き勝手虐殺し、無力な女たちを強姦し尽したのだという。

 望まぬ戦いをする自分達とは違い、まるで自分から進んで戦いたがっていたかのようだった、帰還してきた仲間たちは語った。

 

 それを聞いた時、彼らが最初に抱いた感情は憤りだった。

 

 自分達は望んで戦っているわけでもない、ここにだって好きで所属した訳ではない。わけも分からず捨てられ、連れ去られ、気が付けばこうして自由のない軍隊生活を強要され、今まで何の訳もなく打ち捨てられていく仲間も大勢見てきた。

 そんな組織に、進んで入ったその少年が彼らには理解できなかった。

 

 自分達とは違い、ちゃんと自由に選択できる能力と力があるのに、態々こんな進んで戦争するような選択肢を選ぶその少年の存在を、彼らは許容できなかった。

 

 ……だが、その少年と任務を共にする内、そして生還するのを繰り返し、彼らの頭からそんな思考を失せていった。

 

 少年と任務を共にする度、その戦場で悦を味わえた。

 最高の結果で任務を達成した上で、虐殺、強奪、強姦――――その少年に付いて行けば、その戦場で味わえる限りの悦を味わい尽くす事ができた。

 最初こそ忌避していたが、自分達を散々貶めてきた女どもが屈服する感覚を覚えた時、彼らは知った。

 少年は彼らに教えた、戦争の素晴らしさを。

 この世には戦争で得をする人間もいる、その得をする人間達こそが自分達なのだと、少年は彼らに身を以て教えた。

 

 その後も同じだった。

 その少年に付いて行けば、どの任務も生還する事が出来た。

 非公式の部隊である分、上が汚れ仕事を多く回してくるおかげで、その分楽しむ事が出来た。

 最初は忌避していた筈のソレを、いつしか最高の遊戯場だと思うようになった。

 戦いをするしかないのであれば、その戦いの中で楽しんでしまえ――――ソレを、少年は彼らに教え込んだ。

 

 慰安夫として派遣された時は、女共に壊されるのではなく、逆に壊し返してやった。

 その少年に付いて行けば、とにかくどの戦場も愉しめた。

 今まで望まずやってきた虐殺も、一周回ってやりすぎれば楽しかった。

 ただ殺すだけではなく、手足を撃ちぬいて動けなくなった『女』を好き勝手強姦する事も出来た。

 

 ――――ああ、戦場ではこういう事もできるのか。

 

 これが他の軍隊であるのならばまずできない事だろう。

 だが自分達は非公式の部隊、上が汚れ仕事を回してくる機会は多く、その汚れ仕事がこんなにも楽しいものなのだと彼らは知る事出来た。

 

 そしてついに、少年は非公式の部隊の所属ながら、上から階級を貰った。

 

 今まで一人として階級を貰う間もなく捨て駒にされてきたというのに、その少年は「少尉」という階級を貰ったのだ。

 その結果に、彼らは歓喜する。

 

 いつかしか、彼らはその少年に付いて行きたいと思った。

 

 聞けば、この外人少年部隊ではなく、他の外人部隊にも少年が連れてきた傭兵が多数所属しているようだった。

 PMCに所属していた時に、またはそのPMCから派遣されていた時に中東で作った傭兵仲間たちまでいると少年の口から聞いた。

 

 この少年は、自分達の所に来る前から、多くの年上の傭兵仲間と共に戦場を駆け抜けていたのだ。

 

 故に、自分達も付いて行きたいと思った。

 この女尊男卑の世の中でも、己の欲望のままに生きるその姿に、彼らは憧れた。

 

 女尊男卑など関係ない。

 男女関係なく、自分達を今まで散々弄んできた女性すらもが無力と化す場所、それが戦場なのだと、彼らは知った。

 

 そして、彼らは少年と共に外人部隊を抜け出した。

 少尉という階級と権限を得た少年は、自分達に付いて来る少年兵仲間と、共に外人部隊に連れてきた大人の傭兵仲間を引き連れ、次なる戦場へと赴いた。

 

 イドニア共和国――1980年代後半に民主化を果たすも20年以上あまりが経過し、内政は乱れて混乱し始めた歴史を持つ東欧の国。そんな中、大臣の不正を見抜いた軍部によるクーデター事件が発生するも、このクーデター事件のおかげで政府が結束し、混乱は収まった。その後、女尊男卑の風潮に乗っ取って「戦後、この世界を担っていくのは女性だ」だという大臣の公言により、女性の大統領が着任した。壊滅した軍部は反政府勢力として未だ抵抗を続けていたが、それも鎮まりつつあった。

 しかし、大臣の不正がマスコミに暴かれた事により事態は一転、「女性による国内の統治」を提唱した大臣本人はその女性大統領を自らの言う事を忠実に聞く傀儡とし、国を裏から支配していた事が判明し、結果として大臣は国民の男女双方から反感を持たれる。やがて世論の支持は次第に反政府組織に傾く事になり、それに便乗した反政府組織は多大な支援金を獲得、多くの傭兵を雇い、国内は新政府軍と傭兵部隊による激しい内戦へ突入。

 

 その内戦に、彼らも反政府軍の傭兵として参戦した。

 やがて戦況は反政府側へと傾き、大臣がついに隠し持っていたISを導入せざるを得ない事態にまで陥った。

 その内の一機が、彼らによって落とされ、彼らを率いていた少年はあろう事かその撃墜したISに適合し、IS適正がある事が発覚した。

 

 自分達の隊長にIS適正がある事が分かった彼らは更に歓喜する。

 この人に付いて行って間違いはなかった、この人に付いて行けばこれからもっと戦争を楽しめると思った。

 

 その後、隊長であった少年は部下と共に大臣邸を襲撃し、大臣を殺害した後、残り二機のISのパイロットの内の一人をISに搭乗していない状態で銃殺し、ISを強奪。残り一機のISを撃墜するに至ったのだが、そこでアクシデントが発生した。

 

 隊長の少年が、ISを動かした事が何故か世間に広まってしまったのである。

 さして時間は掛からず、まるでISに搭乗したその瞬間から知られたかのように、各国の上層部にその情報が行き渡ってしまった。

 結果として彼らを率いていた少年は「ISの兵器としての使用を禁ずる」というアラスカ条約を破った事により投獄され、内戦真っ只中の国の中心に彼らは置き去りにされる事となった。

 

 途方に暮れる彼ら。

 別れてそれぞれ戦争屋として生きていくかという結論まで出かけてたが、そんな彼らに朗報が舞い込んだ。

 

 亡国機業(ファントム・タスク)――――ISを保有する、謎に包まれた世界的テロ組織。そのテロ組織から、「お前達の隊長を取り戻してやるから付いてこい」と言われたのである。

 

 そして、その時は来た。

 

 部屋のドアが開かれ、一人の男が入ってくる。

 赤いISスーツを身にまとった、一人の少年。

 その顔を見違える筈もなく、彼らは歓喜した。

 

『隊長、やっと戻って来たァ!!』

 

 

 

 

 

「いやあ、しかしさすがは隊長です。まさかこんな短い間に学園中の雌共を洗脳してテロを起こすなんて」

 

「俺らも参加したかったですぜ!」

 

 亡国機業の基地にある宴会室で、まるではしゃぐ子供のようにアインに話しかける傭兵達(実際、アインと同じ位の年頃の少年傭兵も混ざっているが)。

 ニュースで、IS学園でテロが起こったと知った時、彼らはすぐに自分達の隊長であるアインの仕業だと分かった。

 ブリュンヒルデを神に見立て、学園中の女子生徒達の信仰心を煽って紛争を起こすその手口から、百パーセントアインの仕業であると彼らは確信していた。

 

「隊長、よくご無事で!」

 

「これでまた戦争を楽しめますね!」

 

 アインにそう言い寄る何人かの男たち。

 尊敬していた隊長が更に女にしか乗れない筈のISを動かした事で、彼らの眼差しは余計に眩しいものとなっていた。

 

「フッ、命あっての物種ってな」

 

 そんな彼らの眼差しを横に流すような余裕の表情で、アインはスポーツドリンクを飲む。ISスーツの上に、半袖のシャツ一枚で肩の入れ墨を晒した状態でリラックスしていた。

 

(しかし……)

 

 ボトルをテーブルの上に置き、ソファーに座り込みながらアインは考える。

 まさかこのタイミングで自分が率いていた傭兵部隊を引き合わせてくれたのは予想外であった。

 

(このタイミングでこいつ等を呼び寄せるたぁな、しかも俺に何の連絡も寄越さないで大将は一体何を……)

 

 自分を驚かせてやろう、という魂胆かとアインは考えたが、雇い主であるスコールはそもそもそんなサプライズを好む性格ではないと思いなおし、その考えを改める。よしんばサプライズをするにもそれは身内限定であって、自分のような傭兵ごときにそんな真似を彼女しないだろう。

 

(となりゃあ、そろそろ大将から一仕事貰えるか。ああ、楽しみだぜ……!!)

 

 はしゃぐ部下達を眺めながら、アインはボトルのスポーツドリンクを一気に飲み干した。

 

 

     ◇

 

 

 日本の病院。

 

 そこの病室にて、寝起きの千冬の口から語られた真実に、真耶は真顔だった。

 一人の科学者の癇癪と、一人の姉のエゴから起こった白騎士事件、その全貌を千冬は真耶に語った。

 絶交、絶縁、そんなものは覚悟の上だ。

 あの事件を起こした者の一人として、世界を歪ませた大源の一人として、千冬は語らなければならなかった。いや、もしくは己の友人以外である誰かに知ってほしかったのかもしれない。

 誰か、信頼できる人物に、たとえ嫌われると分かっていても、それでも千冬は一人くらいには本当の事を話しておきたかった。

 

「これが、白騎士事件の真実だ。一人の(バカ)と、一人の愚か者のエゴによって引き起こされ、結果として世界を歪めた。そして、とうとうこうなってしまった」

 

「……」

 

「今まで目を逸らし続けていた。弟と別れてしまって、自分が変えた世界が今どうなってしまっているのかに気付いていながら、気付かない振りをしていた。外から目を背け、この学園の内側の生徒達の笑顔だけを見つめて、その学園すら己が生み出した歪みに巻き込まれて、こうなる可能性があった事を考えずに……私は……」

 

「織斑、先生……」

 

「見ただろう、山田先生。私はブリュンヒルデなどと崇められているが、私のした事も、私の存在も、白騎士も、ブリュンヒルデという名も、その全てが歪みを生み出す温床でしかないんだ。今回だって、ブリュンヒルデの名を奴に利用されて、聖戦が引き起こされた」

 

「……」

 

「これが私だ。世界をめちゃくちゃにした元凶。自分一人だけを信じて、その道が正しいと信じて突き進んだ。自分の道だけを見て、周りがどうなっているかを省みずにここまで来てしまった愚か者だ」

 

 世界を歪め、多くの人間を無意識の内に傷つけた。

 その業から目を逸らし、結果として今回のようなテロを引き起こしてしまった。

 

「全部、私が引き金なんだ。いや、私が()()()()()()()なんだよ、山田先生」

 

「そうですか」

 

 全てを話した直後、真耶から返って来たその一言は、ひどく呆気なかった。

 絶縁される事を覚悟していた千冬であったが、そのあまりにも感情のない声に、千冬は別の恐怖を覚えてしまう。

 

「山田、先生?」

 

「全部、貴女と、篠ノ之博士の仕業であったと。……正直、突然そんな事を言われても、何が何だか分からなくて、頭の中で整理が追い付かないんです」

 

「……」

 

 感情を感じさせないその声こそ、今の真耶の戸惑いを表していた。

 無理もない。いきなりそんな事を言われたところで誰が信じるのか。白騎士の正体が千冬である事は真耶もなんとなく察していたのだが、白騎士事件自体が千冬と束によって引き起こされた“茶番”でしかなかったことには、さしもの真耶でも容量を得れない。

 

「ですが、一つだけショックを受けました」

 

「……何?」

 

「ISが世に台頭してからは、織斑先生、私も貴女に憧れて代表候補生になりました。多くのライバルを刎ね除けて、ようやくその座を手に入れたのに……そのISのせいで今回のような事件が起こって、あまつさえその元凶が自分の身近にいる人物で……」

 

「……ッ」

 

 真耶の声に段々と力が入っていくのに、千冬は思わず身震いしてしまった。

 

「こういうのも何ですが、私、頑張って来たんですよ? それなのに……それなのに、こうしてISを否定しなければならない立場に立たされて、一番否定しなけきゃいけない人物がすぐ傍にいて、今までの自分すらも否定しなくてはならなくなって!!」

 

「……」

 

「こんなの、やりきれませんよ。どうすればいいんですか、このタイミングでそんな話をされて、私はどうすればいいのですか!? 今までの私を否定すればいいのですか!? 今まであの学園で教師をやってきた意味は!? 今まで生徒達に教えてきた事は!? 空に憧れて、必死にISを学び、教えてきた事は!? 何故、今になってそんな話をするのですか!!⁉」

 

「――――ッ!!」

 

 慟哭ともいえる真耶の叫びに、千冬は己の軽率さを自覚した。

 真耶とて千冬が認める程のIS乗りである。その裏にどれだけの努力があったかは想像を絶する。

 なのに、千冬の懺悔のような言葉は、その実真耶の今までの努力を否定しているにも等しいのだ。

 

「もっと……もっと早く話してくれれば、こんな思いをせずに済んだのにッ、貴女という人はァッ!!」

 

 飛んでくる拳。

 千冬は、その拳から目を逸らす事なく受け入れようとした。

 彼女の怒りは正当なものだ。

 千冬の懺悔を受け入れてしまっては、それこそ今までの彼女の人生は、千冬と束の掌の上という事になる。

 実際、そんな事はない。

 真耶が手にした成果は、紛れもなく真耶自身の努力の贈り物なのだ。

 しかし、今の自分にそれを言える資格はありはしない。ただ大人しく彼女の拳を受け入れる……それが千冬が今できる事だった。

 

 しかし、拳は千冬の顔面に当たる直前に、ピタリと止まった。

 

「……ッ!」

 

 真耶が何とか思いとどまった。

 千冬がけが人であるという事実が、真耶の理性を引き戻したのだろう。それに彼女自身、他人に暴力を容易く振るえる人物ではない。

 その甘い性格こそが、彼女が代表候補になれなかった理由なのだから。

 

「山田、先生ッ」

 

 そんな彼女を見て、千冬は余計に罪悪感に身を絡められてしまった。

 最早、懺悔の言葉すら、今の千冬には許されない。

 そんな甘えなど、今の自分には許されないのだと千冬は自覚した。

 

「……一つだけ」

 

 拳を引っ込めて、真耶は何とか耐えるように身体を震わせながら言う。

 

「一つだけ、聞かせてください」

 

 真耶が顔を上げる。

 その目には殺気のような鋭さこそないものの、強烈な怒りが灯っているのが分かる。

 

「織斑先生、貴女は今、何がしたいのですか? こんな事を私に話してまで、貴女は何がしたいのですか?」

 

「……それは……」

 

 その真っ直ぐな視線を突き付けられて、千冬は言い淀んでしまう。

 この一か月以上もの間、己が目を逸らしてきた多くの歪みを目にしてきた。

 それらを目にし、己の中で出した結論を、千冬は言い出せない。

 

「私に気遣う必要はありません。さっきの懺悔で散々心をやられましたので、もう慣れました。だから、貴女が今したい事を言いなさい、織斑千冬!」

 

「ッ!?」

 

 自身のフルネームを大声で叫ぶ真耶の迫力に、千冬は気圧されてしまう。

 普段は優しく、滅多に怒る事のない彼女だからこそ、その中の怒りがどれほどのものかを思い知ってしまう。

 普段滅多に怒らない人物が怒るのは、ここまで恐いものなのか。

 

「私は……破壊したい、正したい……」

 

 俯きながらも、千冬は言う。

 

「ずっと、考えていた。この身体に多くの傷を刻まれる間、ずっと。私は、私が引き起こした歪みを正したい。この歪みを破壊して、元の世界に戻したい!」

 

「……」

 

「いや、戻すだけでは駄目だ! 私や一夏、円夏が捨てられるなんて事がないような、男女が平等で笑っていられるような、皆が分かり合えるような、そんな、世界を……」

 

 それは、到底実現不可能な夢物語だった。

 そもそも、千冬や束が何かをしなくたって、世界は常に歪むものである。

 千冬自身が引き起こした歪みをなかった事にしたところで、歪みそのものはなくならない。

 千冬は、その歪みすらも取り除きたいと宣った。

 

「だけど、どうすればいいか分からない。私も……奴と同じだ。戦う事しかできない破壊者……何処まで行っても、私という存在そのものが世界を歪める。だから、どうしていいのか、もう……」

 

 どうすればいいのか分からない、それが今の千冬の全てだった。

 世界を歪める事はこうも簡単であったというのに、それを正す手段を千冬が知らない。いや、そんな術など誰も知らない、持っていない。

 

「………………ハァ」

 

 そんな千冬に、沈黙を置いた後に、真耶がゆっくりとため息を吐く。

 それは呆れでもあり、失望であるように聞こえた。

 

「織斑先生。私は貴女を決して許しません」

 

「……」

 

 その言葉を、千冬は黙ったまま受け入れる。

 許されるものならそれこそ“歪み”というものだろう。

 

「ですが、それ以上に私は、私自身が許せません」

 

「……山田先生?」

 

 真耶の想定外の言葉に、千冬は思わず顔を上げる。

 

「私も貴女と同じです。空に憧れ、自分の夢を見続けて、周りの歪みから目を逸らした」

 

「山田先生……だがそれは――――」

 

「悔しいんです、私」

 

 まるで己にも罪があるかのような真耶の言葉に千冬は思わず声を上げるが、その声は再び真耶によって遮られた。

 

「貴女の事を白騎士だと薄々感づいていながら、今の関係が壊れる事を恐れて、貴女に一歩踏み出そうとしなかった。結果として、貴女から真実を聞くのが遅くなってしまい、今回のような事態を招いた」

 

 自分というIS乗りの存在もまた、間違いなく世界を歪めている原因であると気付きもしないまま、ここまできてしまった。

 真耶も千冬の懺悔を聞き入れ、ようやく彼女自身の罪を自覚した。

 

「私は、貴女の事も、私自信の事も許せないんです。だから、織斑先生」

 

 真耶の、暖かい瞳が千冬を射抜く。

 

 ――――やめろ、やめてくれ。

 その瞳を直にうけた千冬は、心の中でそう叫ぶ。

 真耶が何を言わんとしている事が分かってしまった千冬は、思わずその声を耳で塞ぎたくなった。

 

 ――――私は、貴女のような優しい者が傍にいるべき人間ではないんだ、だから、やめて、どうか……。

 

「共に世界を変える方法を考えましょう」

 

 ――――やめろ、聞きたくない。そんな事を言われたら、私は貴女に甘えてしまう。

 

 

 

 

 

 

「貴女が、一人で背負い込む事なんて、ないんです」

 

 

 

 

 

 

 その言葉に、千冬の涙をせき止めていたダムが決壊した。

 




どうも、最近不知火からZ3に浮気しそうな作者です。

東欧の紛争地帯となった国なんですが、もう■■■■共和国と書くのもあれなんで、素直に元ネタのイドニア共和国と表記する事にしました。

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