もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら 作:ナスの森
さあ皆さん、内山さんボイスで再生したげてください
あの快感は今でも覚えている。
織斑一夏が既に死に、『戦争屋』としての狂気だけが残り、少年傭兵として活動を続けてきてから約一年半が立っていた。
最初は様々な雇い主から、何故こんなガキんちょが、何故男の分際が、等々言われ続けてきたが、自分には関係のない事だ。
――――いいから、戦争をさせろ。
――――人を殺させろ。
――――できれば貴族か偉い立場の人間あたりがいい。
――――戦争を煽れるから。
人と人の拒み合い、争い、それを眺めるのは至極最高な事だ。自分もその和に入り込めるのであれば尚いい。
人種差別問題、行き過ぎた信仰――――様々な要因が重なってそれは狂気となり、争いという最高の遊戯を誘発するのだ。
仮に、それを『歪み』と仮定しよう。
ならばその『歪み』とは如何なる事を以てしても発生するか……まずはその発生する要因がある。
ならその要因はなぜあるのか……つまる所、人は皆己の中に大なり小なり『歪み』を抱えている事に他ならない。
――――ほら、簡単だろう?
その『歪み』を刺激してやれば、いつの間にか争いの出来上がりだ。
今回だってそうだった。
女尊男卑社会以前から女でありながらいくつもの会社を経営し、成功を収めてきた女がいた。まさしく女傑ともいうべき、貴族として超然としてあった女性だった。
――――けどさぁ、人間だから、死ぬんだろう?
そいつが乗っていた列車を、ボタン一つでほら……あっさり逝っちまった。
――――ああ、呆気ない。
――――呆気なさすぎる。
嗚呼――――やっぱり戦争は、最高だ。
◇
放課後の特別授業を終了させ、山田教員から寮の部屋割を配られたアインはその部屋へと向かった。
部屋は案の定、一人部屋だった。
それもそうか、とアインは肩を竦めてベッドの上に寝転がる。
おそらく、この学校で高い地位にいる教員辺りにはあの映像を見せられているだろう。いくら学園に入る事でその罪を免除されているとはいえ、自分はISで人を殺したのだ。
しかも初操縦で乗りこなし、少なくとも
いくら条約の規約に違反したとはいえ、男性操縦者、しかも初操縦でそれ程の操縦技術を発揮した自分を上層部や学園が放っておく筈もない。
だからといってそんな人殺しを同じ学園の生徒の部屋と一緒にするわけにも行かないだろう。
とはいえ――――
「あ、アイン君の部屋ここだ!」
「ここよここ!」
「アイン君、いるー?」
やはり、この女子率99%の学園の中で自分という男子というのはそれはもう珍しいわけで、彼がこの学園に入学した真相も知らない女子たちがドアをノックして自分を呼んできた。
とりあえず“戦争屋としての思考”から“一男子生徒としての思考”に切り替え、アインは部屋のドアを開けた。
「こんにちはー、アイン君!」
「やっぱりここの部屋だったんだね!」
「一人部屋なんだ……ちょっと羨ましいかなぁ」
「ねー!」
ドアを開けたそこにいたのは四人の女子生徒達だった。
どの子もクラスで見覚えのある女の子たちであったため、アインは彼女達の名前を分かる事ができた。
「これはこれは、皆さんお揃いで……。自分に何か御用でしょうか?」
訝しげな表情を作りながら、アインはドアの前にいた四人の女子生徒達に聞く。
「いやだなーアイン君ったら!」
「だって世界で唯一の男性操縦だもん、何処の部屋かぐらい知りたくなっちゃうじゃない!」
「そうそう!」
「ねー!」
元気そうに四人の女子生徒達は答える。
四人ともただ自分が男だから珍しいという理由で来ているだけで、それ以外の他意はないようだった。
ここで早々に追い返してしまえば自分に対する彼女達の印象も悪くなるかもしれないので、アインは敢えてここで彼女達を招き入れる事にした。
「とりあえず、今は何もありませんが中に入りますか? ここで皆さんが来られたのも何かの御縁ですし……」
「えーいいのぉ!?」
「やったー!」
「女の子を部屋に入れるなんてアイン君ったら大胆ー!」
「お邪魔しまーす!」
優しく笑みを浮かべ、ドアを更に開きながらどうぞ、と手を置いて彼女達を招き入れた。
女子生徒達は喜びながら、部屋へと入っていく。
図々しいと思わなくはないが、人は好奇心の強い生き物だ、この年頃となれば猶更の事である。アインとて男性操縦者である自分の価値を理解できない程馬鹿ではない、そうでなければ少年傭兵の分際で傭兵集団の隊長など務められる訳などなかった。
「わー、広ーい!」
「やっぱり一人部屋だと広く感じるよね!」
「今は五人もいるからそうでもないけど……」
「ねー!」
まるで子供が初めて博物館にでも着たかのような燥ぎっぷりを披露する女子生徒達。彼女達の元々の明るさもあってか、そんなに違和感はなかった。
そんな彼女達に内心で溜息を吐きつつも、このままではいかんな、と思ったアインは話を薦める事にした。
「ところで、皆さんはどうしてここに? 男性操縦者である自分が珍しいというのは分かりますが、それよりも自分のルームメイトとの交流を優先すべきでは?」
「大丈夫だよ、アイン君!」
「「私と、この子!」
「「この子と、私!」」
『それぞれルームメイトさんだもんね~!』
四人の女子生徒達が二組に分かれ、互いに指をさして自分達はルームメイトだから大丈夫だと言った。
ルームメイトになったばかりにしては息が合いすぎだろうと思いもしたが、まあ別にいいかとアインはその疑問を流す事にした。
「ハハ……そうですか、これは失礼。では、せっかく皆さん来られた事ですし、何かお話でもしていきましょうか?」
「え~? いいのー?」
「うーん……私、男と何を話したらいいのか……」
「私も、お父さんがお母さんと離婚しちゃったからあまり……」
「り、離婚って……」
どうやら男とあまり話した経験がないようで、三者三様の反応を示す四人の女子生徒達。
まあ、この子たちは学園に入る以前から男が関わる事がまずないIS関連の勉強をしてきたこともあり、男と縁がないのは当然の事であろう。こんな女尊男卑の世の中では尚の事だ。
「心配ありませんよ。自分、これでもここに入学する前は
「わ~、楽しみっ!」
「ちょ、ちょっとドキドキするかも……」
「男の人の話なんて久しぶりだなぁ、楽しみ!」
「何か今……不吉な単語にルビが振られてたような……」
そんな彼女達を眺めながらアインはベッドに座り込み、四人の女子生徒達もまた床に座り込んでアインの思い出話を聞く。
アインはなるべく戦場や物騒な内容などを極力省いてかつ嘘のないようにその思い出話を彼女たちに聞かせた。
何時、何処で、どんな事をし、何を思ったか……それらを頭から引っ張り出し、そして語った。
そんなアインの話を彼女達は面白そうに聞き、時々自分の知っている知識に引っかかるような話に反応しては、「あ、それ知ってる!」、「いいな~、私も行きたいな~」などと言って盛り上がっていた。
……そんなこんなを話している内に、時間が過ぎていった。
「それでその雇い主が……おっと、もうこんな時間に……。皆さん、そろそろ自分の割り振られた部屋にお引き取りした方がよろしいかと。皆さんもまだ夕食も済ませていないでしょうし……風呂に入らないのも女性の肌によくない」
「あ~、もうこんな時間か~……」
「もっと聞きたかったな~、アイン君のお話」
「けど面白かったね!」
「うん!」
これでお開き、と言った感じのアインの言葉に四人の女子生徒は名残惜しみつつも、満足そうな様子で立ち上がった。彼女達もまさか男子との会話にここまで熱中してしまうとは思わなかっただろう。
うまく世を渡っていくためにアインが身に着けたコミュニケーション能力はそれほどの物だったのだ。
四人の女子生徒が部屋のドアが出ようとしたその時、そのうちの一人が立ち止まってアインの方に振り返り、しどろもどろし始めた。
「あ、あの……」
「? どうかしましたか?」
何か言いよどむ一人の女子生徒達に対し、アインは首を傾げながら聞く。ドアの前に立っていた他の三人もまた振り向き、その女子生徒を見た。
やがてその女子生徒は顔を俯かせ、謝った。
「ご、ごめんね、アイン君。まだこの部屋に来たばかりで、荷物の整理とかし終わっていない筈なのに、こんな時間まで……」
女子生徒のその言葉に、他の三人もまたハッとなった。
確かに考えてみれば自分達はこのアインという男に対して大変失礼な事をしていた。
自分達は荷物の整理を終えてここにやってきたにも関わらず、この男はまだ部屋に来たばかりでそれすらも終えていなかった。
……それなのに、この男はこんな時間まで自分達に面白い話を聞かせてくれたのだ。
「あの……えっと……」
「私達、かなり失礼だったかなぁ……」
「ア、アハハハ……」
謝った女子生徒達に続き、他の三人も気まずそうにしながらアインの方を見る。実際はアインのコミュニケーション能力に引き摺られてここまで来てしまっただけで、彼女達自身には何の非もないのだが。
そんな四人に対して、アインは優しく微笑みながら言った。
「別に気にはしていませんよ。むしろ、自分は皆さんに感謝してます」
『えっ?』
ベッドに座りながら笑みを浮かべてそう言うアインに対し、四人全員はきょとんとした顔でアインを見つめる。
「自分、こう見えてもこの学園で男身一人ですからね。正直、セシリアさんの言葉もあって片身狭い思いをしていまして……こうして皆さんが何の蟠りもなく自分に接して来てくれた事は――――大変、嬉しかったですよ」
『……………………』
安心したような、嬉しそうな笑みを浮かべてアインは女子生徒達にその顔を向けた。
女性たちは呆気に取られた後、赤面しながらあたふたし始めた。
「い、いや、そんな……私はただ、その……」
「う、嬉しいって……」
「そ、そんな~……!」
「あぁ、うぅ……」
しばらくして彼女達は正気に戻り、やがてこの自分以外の全てが異性という環境に放り込まれているアインの苦しみ(表面上)を理解したのか、同情の視線を向けてきた。
「そう、だよね……」
「アイン君、男一人なんだよね……」
「私達、珍しい物を見に来るのようにここに来ちゃったけど……」
「というか、考えてみればセシリアさんもあそこまで言う事ないのに」
――――人心掌握、完了。
心の中でそう呟き、アインはそっと口を歪めた。
まず手始めに自分に彼女達の心を許させる事から始めようとしたが、中々うまくいくものである。
後は彼女達を通して自分の人となりを広めてもらえれば自分もこの学園で何とかやっていけるだろう。
彼女達は自分達こそが一番最初にこの男と親しく話したという自慢話を学園中に広げるだろうという事は想像に難くないし、男性操縦者であるという立場を利用して人脈を広げる事もできる。
「それでは皆さん、時間も押してる事ですし、そろそろお引き取りを……」
「あ、うん、またねアイン君!」
「明日一緒に朝食食べよっ!」
「あ~ずるい!」
「私も~!」
そんな事を言いながら彼女達はドアを開けて部屋から出て行った。そんな彼女達の背中を見送ったアインは付けていた仮面を外して素面に戻ってまた考えに耽った。
「さてと……」
顎に手を当て、顔を俯かせて真剣な表情に変わる。
この学園のセキュリティは中々のモノ、しかもあの映像のせいか、裏で自分を監視している者の目線も時々感じるので、やはりそう表立って動く事はできない。
そうなると自分がここから脱出する算段として有効なのは、この学園で起こる大きなイベントや行事などで派手な騒動を起こした隙に逃げ出す事だろう。
そして……その騒動を起こすには特大の『火種』が必要である
「人脈を築くのはいいが、火種とするにゃ今の雌共ではちと足りねえな。もっとこう……代表候補生クラス、できれば外国の操縦者を『洗脳』して……待てよ?」
そこまで考えて、アインはふとある人物が脳裏に浮かんだ。
つい先ほど、三時間目の時間にクラス全員の前で差別的演説を大声で言ってのけた一人のイギリスの代表候補生……彼女の事が頭に浮かび、アインは笑いをかみ殺しながら呟いた。
「クククク、いるじゃねぇか……特大の『火種』がよぉ。しかもあのお嬢ちゃん、『オルコット』と言えば昔、俺が――――」
「一先ず、一週間後のクラス代表決定戦であの嬢ちゃんの心を折ってやる事から始めるとするか。ああ、一週間後が待ち切れねえぇ……!」
まるで明日の遊園地を楽しみにする子供のような黒い笑みを浮かべながら、アインは部屋の荷物整理に取り掛かった。
儚き英国貴族の少女が『戦争屋』の手に堕ちるまで、あと一週間。
こんにちは、この間の複垢の件で心に傷を負ったナスの森です。
三件の高評価が複垢によるものだったのはさすがにショックでした。しかもその複垢の人、自分の他の小説にも……アーナキソ