アイドルマスター二次創作小説短編集   作:神村

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鷺沢文香の短編です。
新聞の三面に乗っていた記事から思いついた一本。
内容は、死んだ夫にしたためた手紙を書きためたお婆さんが、一緒に燃やしてくれ、と遺言に書いていたそうです。



届かない手紙

 拝啓

 

 如何お過ごしでしょうか。

 こちらは先日の雪を最後にようやく厳しい冬も過ぎたようで、次第に暖かくなって参りました。

 あなたは周囲のことばかりを気に掛け、自分の身を省みない箇所があります。

 それもあなたの魅力なのですが、花冷えの節、風邪などを召されないよう、くれぐれもご自愛して下さい。

 私はささやかな季節の移り変わりが感じ取れるのが嬉しく、こうして幾度目かの筆を取りました。

 けれど、いつまで経ってもあなたに手紙を書く、という行為そのものに気恥ずかしさを欠きません。

 ならば直接言えばいいことなのですが、あなたを前にすると上手く喋れる自信もありませんので、こうして文面でお伝えすることをお許し下さい。

 こんな控え目で人付き合いも苦手な私がアイドルだったと言うのですから、世の中は不思議です。

 

『アイドルをお探し、ですか?』

『はい。是非、お話だけでも』

『すみません……当店はアイドル雑誌などの取り扱いはございませんので……』

『えっと、そうではなく……』

『……?』

 

 あなたが、教えてくれました。

 あなたに手を引かれるがままに飛び込んだ場所は煌びやかで、私の知るどんな世界よりも艶やかに光輝いていました。

 それは今でも夢のようで、何物にも代え難い私の宝物です。

 変わりたくて、でも何をしたらいいのかわからなくて、足踏みをしていた私に、最初の一歩をくれたのは、あなたでした。

 私は、変われたのでしょうか。

「…………」

 手紙を書き終え、封筒に。

 と、その時、

「おはようございまーっす!」

「おはようございます」

 入口より届く、聞き慣れた二つの声に思わず手を止め、手紙を引き出しに仕舞います。

 迎えようと椅子から立ち上がりますが、彼女たちにとっては勝手知りたる人の店。表に向かうまでもなく、馴染みの来訪客は店の奥までやって来ました。

「美優さん、菜々ちゃん、いらっしゃいませ」

 かつて同じ事務所でアイドルとして共に研鑽を重ねた大切な友人です。

 アイドルを辞めた今もこうして時折訪ねて来てくれる事に、人同士の絆の価値を思い出させてくれます。

「ここは、いつ来ても静かですね」

 美優さんが柔らかな微笑みを手土産に、嬉しい事を言ってくれました。

 ここの表に掲げた看板には古書店なんて名前はついているけれど、元々商売なんてするつもりはあまりなく、溜まりに溜まった書物を置くだけの書庫のようなものです。

 他にも、本が好きな人が憩える場所であって欲しい。相応しい読み手にもらって欲しい。それだけの想いで、彼と一緒に作った場所。

 私は、この静謐に満たされた空間が好きでした。

 田舎の、それも人通りもほとんどない土地に建てたこの古書店は、痛いくらいの無音が響き渡っています。まだ春も始まったばかりのこの季節は、冷たい空気もあいまって、空間が限りなく澄んでいる気がして。息を吸う度に、この空間に溶け込んで行けるような気持ちになれます。

「まるで、この場所だけ時間が止まってるみたい」

「……お茶を淹れてきます。座ってお待ち下さい」

 台所へ向かい、紅茶の葉をティーポットへ。

 今や旧世代の遺物となった赤熱式ストーブに置いてあるやかんからお湯を注ぎます。時代遅れもいいところですが、やかんと組み合わせることで加湿も兼ねられるこのストーブが好きなのでした。

 時代と共に忘れられていく箇所に、自分に重ね合わせていたのかも知れません。

「むう……本のタイトルすら読めない……」

「それはロシア語よ、菜々ちゃん」

「お待たせしました」

「スパシーバ! ……でしたっけ?」

 来客用の机に紅茶を人数分置き、二人の対面に座ります。

「菜々ちゃん、お祖母さんはお元気ですか?」

「はい、元気すぎて困ってます! あ、そうだ、そうですよ、聞いて下さいよお二人とも!」

「?」

 菜々ちゃんが机を叩かんばかりの勢いで身を乗り出します。

 ああ、その笑った顔も、そっくり。

 思わず口元が緩んでしまいました。

「おばあちゃんったら初代安部菜々はまだまだ若い者には負けないんだから! なんて言いながら毎日踊ってるんですよ! 何でもナナより長生きするとか言って!」

「菜々さんらしいですね」

「元気なのはいいことですけど、三代目もナナが襲名したんだからナナに任せてくれればいいのに……」

「心配なんですよ、菜々さんも」

「まあ、この間張り切り過ぎて腰を痛めちゃったんですけどね、キャハっ☆」

 いつまでも元気な菜々さんが目に浮かぶようです。

 プロデューサーさん。あなたが見守り、育てて来たアイドルたちは、例え枯れても種子となって今もこの世界に多くの綺麗な花を咲かせていますよ。

「今度、ソロライブなんですってね」

「頑張ってくださいね」

「はいっ! 大先輩たる文香さんや美優さんにも負けないアイドルになるんですから!」

「あ……すいません、少し席を外しますね」

「はい、私たちにはお構いなく」

 ふと思い出し、先程書いた手紙を引き出しから取り出すと、店の方へ。カウンターの下にある床を外すと、床下収納のスペースがあります。本来ならば食品などを保存するためのものですが、そこにあるのは、手紙の束。もう何通になるのか、数えるのも億劫な程の量です。

 その中に、書き終えた手紙を置き、閉めます。

 二人のいるテーブルへと戻り、ひといき。

「……今日は、とてもあたたかですね」

「何言ってるんですか、文香さん。今日はすごく寒いですよ?」

 ああ、とてもあたたかい。

 だからでしょうか、こんなにも眠いのは。

 せっかく遊びに来てくれたお二人には悪いですが、眼を閉じてしばらくのお暇をいただきましょう。

「文香さん?」

「……文香さん?」

 あなたを好きになることも、今思えばとても怖いことでした。

 言葉は何よりも力を持つと同時に、何よりも無力です。

 私がいくらあなたを愛したところで想いが伝わっているかどうかを確認する術はありませんし、あなたがいくら私を好きだと言ってくれても、それが真実かどうかを確かめることも出来ません。

 あなたに、本当に好きになってもらえていたのか、自信がなかった、というのが本音です。

 プロデューサーさん。そう呼んでいたのは、もう半世紀近くも昔になるでしょうか。

 今でも、あなたが好きです。

 呼び方も、容姿も、時代も、全てが目まぐるしく変わりましたが、その想いだけは変わらずにいられました。

 確かなものは、自分の想いだけ。その唯一が変わらなかったことだけが、私の胸を張って言える自慢です。

 あなたにしたためたこの手紙の束を届けたいところですが、残念ながら私はまだあなたの居場所を知りません。

 じきに私も向かうのでしょうが、それまでは少々お待ちください。その際に、少し恥ずかしくはありますが、書き溜めた手紙をお渡しいたします。

 形あるものに永遠はありません。インクで書いた文字は劣化します。紙にしたためたものはいずれ朽ちてなくなりもしましょう。

 でも、言葉そのものは風化しないことを祈って、この手紙を書きました。

 この手紙に書いた言葉が。

 書き手がいなくなっても。

 どれだけの時が流れても。

 変わらずに力を持ちますように。

 

 敬具

 

 

 

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