アイドルマスター二次創作小説短編集   作:神村

4 / 4
三年ほど前に書いた向井拓海の短編です。


lie on heart

 01

 

 

 アタシは、獅子になりたい。

 ライオンもネコ科とか言うんじゃねえぞ。Pに猫耳と尻尾のついた衣装を着せられた時は恥ずかしくて死ぬかと思ったんだからな。

 強くて、格好良くて、恐れられつつも畏れられる。そんな誇り高い人間になりたかった。

 特攻隊長をやっていたのもその一環だ。頭が悪くても、際立った能力が無くても、誇りと矜恃だけで生きていける。そうなりたかった。

 けれど。

「ふっざけんなよこの野郎!」

 床を踏み鳴らしたでかい音と怒号が事務所中に届いたのだろう、なんだなんだと他のアイドルたちが次々と顔を出す。その中には和久井の姉御の姿もあった。

 目の前には、眼鏡をかけてアタシとそう変わらないタッパのスーツ姿の男が無抵抗の証を立てているのか、手のひらをこちらに向けて苦笑いを浮かべている。こいつはアタシのプロデューサーだ。男の癖に身体も細くなよなよとした奴だが、変なところで押しが強かったり、アタシみたいのをアイドルに仕立て上げた変わり者だ。

「お前な……わざとやってんだろ。アタシ相手にいい度胸してんじゃねーか」

「いやいや、そんなまさか。はは……」

「どうしたの、二人とも。大声出して」

 他の皆が怯えている中、和久井の姉御が部屋に入ってくる。

 ああ、しまった。事務所だってこと考えてなかったな……。

「あぁ……みんな、悪い。喧嘩してる訳じゃねえんだ。脅かして悪かった、なんでもねえから安心しな」

 自分で言っておきながら呆れてしまう。

 くそ、どいつもこいつも、全部このバカプロデューサーのせいじゃねえか。

「で、何があったのかしら」

「……Pの奴がまたアタシにヒラヒラフリル着るような仕事持ってくるからよ」

「あら」

「いやだって可愛いじゃないか」

「かわ……ッ!?」

 何を言ってやがる。こいつはいつもそうだ。

 確かに過去に何回かその類のいわゆる『可愛い衣装』は着たが、あれは追い詰められて開き直っただけで、別に着たい訳じゃねえんだよ!

「てめえっ、おだてりゃ木に登るとでも思ったら大間違いだぞ!」

「その割には顔が真っ赤だぞ、拓海」

「ンの野郎っ!」

「痛い痛い痛い! ああっ、ありすの魔改造(B:98)フィギュアがっ」

 一応は義理のある奴だ。さすがに殴るのは気が引けるので、Pの机にある当たっても痛いで済む程度の私物を投げつけてやる。

「ちっとは反省しろっ!」

「ああっ!? きらりの等身大抱き枕が窓の外に!」

 ああくそ、イライラする。

「なんですか、もう。うるさいですね」

「あらちひろさん。心配ないわ、いつものことよ」

「ああ……いつもの二人ですね」

「これを見ると平和って気がするわ」

「私もです……それもどうかと思いますけどね」

 

 

 02

 

 

「ったく、何考えてんだあの野郎」

「お疲れ様、向井さん」

 場所はロッカーの並んだ更衣室。騒動も落ち着き、Pを営業に行かせると和久井の姉御が缶コーヒーを片手にやって来た。アタシも出来れば姉御みたいな落ち着いた大人の女になりたいもんだ。そうすりゃP相手にも余裕を見せつつあしらえるんだが……。

 先は……かなり遠そうだな。

「二人とも、仲が良いのね」

「勘弁してくれよ……アタシはもうあいつのやり方にはうんざりしてンだから」

「残念ながら傍から見たら、痴話喧嘩か夫婦漫才にしか見えないのよ」

「ぶっ!?」

 不覚にも口からコーヒーを噴き出してしまった。

 ああ、夏樹にもらったジーンズが汚れちまった……。

「げほっ、こほっ、な、な、ななな何を」

「でも、彼のことを悪くは思っていないのでしょう?」

「う…………」

 薄く笑って見せる姉御。

 まあ、好きか嫌いかで言われれば嫌いではない。かと言って好きって訳でも……ってなんでこんな事で大真面目に考えなきゃなんねえんだ。

 というか、そんな二者択一の質問は卑怯だ。

「まぁ……嫌いじゃねえけど……よ」

 とりあえず、そんな言葉で濁す。

 好きか嫌いか、なんて問われたら。

 答えはどちらかなんて決まってる。

 けど、そんなのアタシの口からは死んだって言える筈がない。

「好きだとか嫌いだとか……そういうの、面倒なんだ」

 色恋沙汰の話に花を咲かせられるくらいにアタシが女の子しているなら問題ない。

 だけど、アタシは向井拓海だ。意地を張っている訳じゃあねえんだが、だからと言ってそう簡単にころころ寝返りを打つように人間性が変えられるなら苦労はない。

 本当は羨ましい。

 例えばまゆなんかは担当のプロデューサーが引くレベルで自分の想いを伝えている。プロデューサーの方は困っている節もあるが、なんだかんだで幸せそうだ。まゆみたいにもうちょっと素直になれたら、と思うこともある。

「ん……それも向井さんの魅力なのだけれど」

「…………」

「嘘をつくな、とは言わないわ。嘘はいけないことだけれど、生きる上で必要なものだから。けれど、自分にまで嘘をついちゃいけないわよ」

「自分に……」

「自分に嘘をつき続けると、自分が誰なのかわからなくなる……それは、悲しいことだと思うの」

 コーヒーで唇を濡らす姉御は、それだけで様になっていた。

 どうやら姉御は、アタシを励ましてくれているらしい。

「そうやって自分の感情を余すことなくぶつけられる相手がいるというのは、とても羨ましいわ」

「姉御……」

 誰に嘘をついても自分にだけは嘘をつくな、か。姉御の言う通りだ。

 アイドルには良くある事だとどこかで聞いたことがある。

 アイドルの自分と本当の自分は別の人間。そうやって誤魔化し続けた結果、どちらが本当の自分なのかわからなくなる。自分さえも騙してしまったが最後、二度と元の自分には戻れない。

 アイドルだから、って訳でもねえ。アタシはまだ二十歳にもならねえガキだから良く分からねえけど、社会に出たら否が応でも自分を偽って生きて行かなきゃならない、と尊敬していた先輩が言っていたのを覚えている。元暴走族で男に喧嘩売って勝つほどの先輩でさえ、卒業してしばらくした後そんなことを口にした。聞いた時は軽い失望と、アタシはそうはならない、なんて根拠もない自信があったけれど。

 あいつに引っ張り回されてアイドルやってるうちに、なんとなくわかってきたこともある。

 この世界は、正直者に優しくない。

 何でもかんでも正しいと思うことが正しいとは限らない。正義はいつだって弱いものじゃなくて大多数の味方だ。

 だからってアタシはアタシの生き方を変えるつもりはねえ。

 ……そう、心に決めていた筈、なのに。

 あいつが。

「P君相手に素直になる必要は全くないけれど、自分にだけは正直になった方がいいわ。でないと……」

「でないと?」

「うかうかしてると私がP君のこと、とっちゃうわよ」

「頼む、やめてくれ。姉御には勝てる気がしねえ」

 姉御の冗談に聞こえない冗談を苦虫を噛み潰したような顔で流しつつ、姉御に取られたくないなんて自然に思ってる自分に気付く。

「……後悔はしてない、つもりなんだけれど、ね。向井さんは私みたいにならないよう、気を付けなさい」

「…………」

「好きになった男が他の女を好きだった……なんて、ドラマの中だけでいいんだから」

 きっと、姉御も過去に何かあったんだ。アタシよりも長生きしてるし、八歳上とは思えないくらい達観している姉御のことだ、アタシには想像も出来ないような経験をしているんだろう。

「……そうだな」

 腹ァ括るか。

 仕方ねえよな。

 一度好きになっちまったもんは、もうどうしようもねえよ。

 

 

 03

 

 

 その日の夜、アタシはPを急用だと言って事務所に呼び出した。

 用件はもう決まっている。あいつに、アタシの全てをぶちまけて――。

「……え、今なんつった?」

「だから……お前のプロデュースは今日で終わりだ、拓海」

 誰もいない夜の事務所に単車で着くと、Pは僕も大事な話があるんだ、と珍しく真面目な顔で待っていた。

 何を言ってるんだよ、おい。

 アタシがあれだけ嫌がっても、三行半を叩きつけても堪えずに追っかけ回してきたお前が、何でそんな事を言うんだよ。

「正直、もう限界なんだ……望まない者にアイドルをやらせるのも間違っているし、嫌がってる拓海に無理強いするのも、辛いしな」

「お、おい……」

「今まで半ば無理やり連れ回して悪かったよ」

 ふざけんな。

 謝って欲しいなんて誰が言った。

「待てよ!」

「……じゃあな」

 背を向けるP。

 ああ見えて結構頑固な奴だ。一度決めたことは覆らないだろう。このアタシを無理やりアイドルにしたことからもそれが窺える。

 待てよ。

 待ってくれよ。

 アタシはまだ、あんたに何も言ってない!

「な、なんでもするから! どんな恥ずかしい衣装だって……だ、だからアタシを傍に……!」

「拓海? おい、拓海!?」

「う、あ…………?」

 胡乱な視界に映る輪郭は、見覚えのあるものだった。何度か眼をしばたかせると、視界は明瞭となりあいつの心配そうな顔が見える。

 そんな顔、するんじゃねえよ。

「酷くうなされてたぞ、大丈夫か?」

「うなされて……そっか、夢か」

 どうやら、Pを待っている間に眠ってしまっていたらしい。時間は記憶から三十分も経っていない。

 しかし、なんつう夢だ。あんな夢まで見るなんて、とうとうアタシも末期だな。

 気合入れて族で特攻隊長までやったアタシが恋する乙女かよ。

 笑えねえよ、ちくしょう。

「オレンジとお茶、どっちがいい?」

「……お茶」

 さんきゅ、とPから受け取った茶を流し込んで寝ぼけた意識を覚醒させる。寝起きの身体に水分は抵抗なく吸収されていった。一口でペットボトルの半分ほどを空け、Pへと身体の正面を向ける。

「……大事な話っつうのはさ、あんたに聞きたいことがあってさ」

「ああ、それなりに覚悟して来ているよ」

 缶ジュースのプルタブを開けながら、その場に腰を降ろすP。

 舞台は整った。あとは、流すだけだ。

「今、夢を見たよ。あんたに捨てられる夢」

「ははは、そりゃいい。夢の中で拓海の望みが叶ったじゃないか」

 何もふざけている訳じゃない。こいつはこれが通常運転なのだ。

 だからこそ、アタシも翻弄されちまってた訳だけれど。

「もし……アタシがアイドル辞める、ってマジで迫ったら、お前はアタシを捨てるか?」

「…………」

 それでも、こいつのやる事にはいちいち筋が通っていた。アタシの知る限り間違った事なんて一度もしちゃいない。アタシを追い回していたのも、アタシならトップアイドルになれるって、信じていたから。

 信じてくれた。

 こんな、学も何もねえ、誇りだけが唯一の拠り所のアタシを、誰よりも輝けると言ってくれたんだ。

「そんな訳ないだろ、僕は例え拓海がアイドルを辞めたって、諦めないからな」

 思わず口元が緩む。

 ああ、なんでそんなにひょろっこい身体してんのに、強いんだよ。

 アタシはアイドルなんてやりたくなかったんだ。

 でもあんたがアタシのこと褒めそやすから……その気になっちまったんじゃねえか。

「それは、額面通りに受け取っていいんだな?」

「額面通り、って……ええっ!?」

 そうだよ。

 いつの間にか、惚れていた。

 陳腐でテンプレのような言い回しだけど、恋に落ちる瞬間なんて、わかる奴は誇大妄想か勘違いのどっちかだ。

「男なら、一回吐いた唾飲み込んだりするんじゃねえよ」

「……そうだな」

 Pが席を立って近付いてくる。

 やべえ、アタシ今、すげえドキドキしてる。アイドルやる前なら、到底考えられなかった事態だ。

 こんな、少女マンガみたいな状況にアタシがいるなんて。

「お前のことが好きだ、拓海。ずっと僕と一緒にいてくれるか」

「おう」

 座ったままのアタシの肩に手を置く。

 Pの顔が近くなる。

 アタシは目を閉じた。

 こんな展開に憧れていた訳ではないけれど。

 こういうのも、惚れた奴となら、悪くない。

 ああ、全然悪くねえ。

 

 

 04

 

 

「アイドル……やめちゃうのか?」

 事務所の戸締りを終え外に出ると、時刻は既に日付が変わる頃だった。

「ライオンのオスはメスに働かせて、働かずにのんびり構えてるもんだぜ」

「へ?」

 惚れた弱みだ。色恋なんて、惚れちまった方が負けなんだよ。

 だったら、この事に関してだけはアタシの負けでいい。

「おい拓海、それって……」

「もうこんな時間か。終電、もうねえな」

「仕方ないさ、満喫にでも泊まるよ」

 仕方ねえ野郎だな。

 今日乗ってきたのが美世と高速で乗ろうっつって弄ってたマシンで良かったぜ。

「おら、ケツに乗れよ。送ってってやるから」

「……いや、僕は」

 ああ、乗り物苦手なんだっけ、こいつ。ジェットコースターにも乗れないって莉嘉に笑われてたしな。

「いいから乗れ。ここからタクシーで帰ったらただでさえ薄い財布が消えてなくなっちまうぞ」

「……わかったよ」

「しっかりしがみついてろよ」

 Pを後部座席に乗せてエンジンをふかす。と、背後から回されたPの腕があらぬ部位に触れる。

「ど、どこ触ってんだてめえ!」

「不可抗力不可抗力! ほ、ほら僕二人乗りどころか単車も初めてだから!」

「ったく……」

 改めて腰にしがみつくPを確認し、ヘルメットを装着。ゆっくりと発進させる。

 走るのは好きだ。風を切る音と温度、滑る景色は気を紛らわせてくれる。いつもと違うのは、背中に感じる体温。こういうのも、背中を任せているって感じで悪くねえな。

 アタシは嘘ばかりついてきた。

 アイドルやってるのだって、ファンの皆を騙してるみたいなもんだ。後ろで震えてるこいつに無理やり引っ張り出されて、その場のノリで続けてきた。最初はアタシがアイドルなんて笑い話で終わると思っていたのに、やってみると案外楽しいし、初めて見る世界はそれなりに新鮮で、大事なダチも出来た。

 大事な、人間も出来た。

 でもアイドルは一人のものではなく、大衆のものでなければならない。アタシはその禁を破っている。その時点でアタシにアイドルなんてやる資格はない。

 だから、勘だけどアタシのアイドルとしての寿命はもうそんなに長くはないだろう。アタシの勘は良く当たるんだ。

 それでも、いい。

 心に嘘を詰め込んで、嘘ばかり吐いた所で、それが通じねえ奴がここにいる。

 アタシの本当の心を汲み取ってくれる物好きがいる。

 アタシがいくら嘘を吐こうと、本音を隠そうと、あんたにはバレバレなんだから。

 だから。

「お、おい、スピード出しすぎだぞ拓海、も、もっと安全運転を、」

 赤信号で止まると、Pが訴えかけるかのように情けない声をかけてきた。本当に男かよ、こいつ……。

 そんなに飛ばしているつもりはないんだが、単車に乗ったことがないとか言っていたからだろう。車での体感速度と単車での体感速度はものが違うからな。

「うるせえなもやしっ子。それよりいつになったらアタシにアイドル辞めさせてくれるんだよ?」

「な、なんだ? 寿引退でもしたいのか?」

「な…………っ! ん、んな事一言も言ってねえだろうが!」

 振り回されていることに対してのせめてもの抵抗か、泣き笑いを浮かべながらそんなことを言うP。

 やべえ、からかわれてるのは重々承知だけど、顔が一気にテールランプみたいに赤くなるのがわかる。ヘルメットで顔が隠れてて良かった。

 しかしこの野郎、今誰に命預けてんのかわかってねえようだな?

「は、ははは、これくらいで動揺するなんて、拓海もまだまだ――――」

 交差点の、左右の信号が黄色になる。

 半クラでトルクピークを維持、最早身体の一部とも言えるくらいに慣れたエンジン回転数の調整をし、容赦無くアクセルを握り込んだ。最高のスタートダッシュが、Pの悲鳴をその場に置き去りにする。

「う、おうわああああああぁぁぁぁぁっ!?」

「あっはははは! ばーか!」

 嘘でいいんだ。例え嘘でも、そこに想いがあればそれは違う意味を持つ。

 いくら嫌いだっつっても全然聞きゃしねえ、幾ら突き放してもしつこく言い寄ってくるこいつみたいに。

 本当に言いたいことをわかってくれる奴相手には、嘘も真実も関係ない。

 どっちだっていいんだ。

 なら、嘘でいい。その方がアタシらしい。

 いっそのこと女の子らしく素直になればいい、なんて美世や夏樹は言っていたけれど。

 アタシにはそんなの似合わない。

 似合うようになったら。

 あんたのこと、恥ずかしげもなく好きって言えるようになったら。

 嫌んなるくらい、言ってやるからよ。

「よっしゃあ! 今日はアタシもマシンもご機嫌だし、一晩中飛ばしてやるからな!」

「や、やめてくれ! 降ろしてくれ、頼む!」

 やだね。

 あんたにはずっと、アタシの背中を守ってもらわなくちゃ困るんだ。

 途中下車なんて、絶対に許さねえからな。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。