ストライク・ザ・ブラッド―混沌の龍姫―   作:アヴ=ローラ

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これで一巻もとい唯一神編は完結です。


聖者の右腕 拾弐

 時を遡り、場所は大平洋のど真ん中。

 唯一神によって十字架に磔にされた姫乃。それから一分ごとに串刺しの刑が執行された。

 唯一神が最初に光り輝く神の槍を刺したのは、姫乃の左足だった。

 

「………っ!」

 

 襲ってきた激痛に耐える姫乃。ただ刺すだけでなく、宣言通り串刺し。即ち十字架ごと彼女の左足を神槍が刺し貫いているのだ。

 悲鳴を上げない姫乃を、唯一神は残念そうに見つめると、一分後に今度は姫乃の右足を神槍で串刺しにする。

 

「………っ!」

 

 姫乃はまた耐える。痛いが、ここで弱気になってしまったら唯一神の思うつぼなのだと自分に言い聞かせて。

 唯一神は、両足では悲鳴は聞けないか、とまた残念そうな顔をして、串刺し刑を続けた。

 ………それから八分が経過し、姫乃の両足と両脚には合わせて十本の神槍が刺し貫いていた。

 

「……………っ、」

 

 足・足首・脛・膝・腿の部位が神槍で串刺しにされており、姫乃の両脚の感覚は無いに等しかった。

 それでも姫乃は悲鳴を一切上げない。苦痛に顔を歪めてはいるけど。

 唯一神は、ようやく姫乃の表情に変化が表れたのを見て、嬉々とした笑みを浮かべていた。

 しかし唯一神が聞きたいのは、姫乃の悲鳴ただ一つ。まあ、苦しむ表情も中々可愛いが。

 ………さらに十分が経過し、姫乃の両手と両腕には合わせて十本の神槍が刺し貫いていた。即ち、姫乃の体には計二十本の神槍が刺さっていることになる。

 

「―――――ッ!!」

 

 手・手首・前腕の中間・肘・上腕の中間の部位が神槍で串刺しにされており、姫乃は両脚だけでなく両腕まで感覚が無くなりかけていた。

 けれども姫乃は悲鳴を上げない。表情はかなり苦しそうになっているが。

 唯一神は、まだ耐えるか、と姫乃に感心するも、早く彼女の悲鳴が聞きたくてもどかしかった。

 故に唯一神は、神槍をもう一本増やして―――姫乃の両肩を串刺しにした。

 

「―――うっ!?」

 

 突然の追加攻撃に思わず苦悶の声を洩らす姫乃。唯一神は、お?と嬉しそうに笑った。

 

「やっと声を出したか」

 

「………ヤハウェ(やー君)、一分ごとじゃなかった?」

 

 涙目で唯一神を睨む姫乃。ルールを破った彼に怒っているようだ。

 唯一神は、照れ臭そうに頭を掻いて笑った。

 

「いや、済まんな。早くお前の可愛らしい悲鳴が聞きたくてつい、な」

 

「……………」

 

 やっぱこいつ変態だ、と姫乃は唯一神をジト目で見る。

 唯一神は、クックッと笑いながら二本の神槍を生み出し、姫乃の両脇腹に突き刺した。

 

「―――あぅ!?」

 

 唯一神の容赦ない不意打ちに、苦悶の声を上げる姫乃。

 姫乃の可愛らしい悲鳴(?)を聞いて唯一神のやる気が増した。

 唯一神は、すぐに二本の神槍を生み出し、姫乃の両胸に突き刺した。

 

「………カフッ!」

 

 両方の肺を貫かれた姫乃は、口から大量の血を吐き出す。これは致命的なダメージだった。

 しかし唯一神の串刺し刑は止まらない。

 右手に生み出した神槍を姫乃の腹部に突き刺すと、間髪入れずに左手に生み出した神槍を姫乃の鳩尾に突き刺した。

 そして止めに、姫乃の胸元―――心臓部に神槍の切っ先を向けて、ハッと動きを止めた。

 唯一神は、声の一つも上げなくなった姫乃を見つめる。それから唯一神は、姫乃の口元に耳を近づける。

 すると、まだ辛うじて息はあるようだが、ひゅぅひゅぅ、と今にも死にそうな息づかいをしていた。

 唯一神は、失敗したな、と、もっとじっくり嬲っておくべきだった、と後悔する。

 

「……………」

 

 唯一神は、無言で物言わなくなった姫乃の顎を持ち上げて、彼女の顔を覗き込む。

 姫乃の口元は血塗れで、口は半開き。瞳も虚ろで半開きになっている。このまま〝禁書〟が破壊されずに彼女の力が戻らないのなら、放っておいても何れ死んでしまうだろう。

 だがしかし、唯一神はそれは認めない。姫乃の心臓を確実に串刺しにして殺さなければ、唯一神の目的は達成できないのだ。

 

「ウロボロスよ。(オレ)はお前を殺して力を取り戻す。そしたら、(オレ)がお前を創り、我が物にしよう。だからそれまで―――暫し眠れ」

 

 そう言って唯一神は、姫乃の胸元に神槍を突き立てた。が、神槍の切っ先が姫乃の心臓を抉ることなく消滅した。

 

「何!?」

 

 驚愕する唯一神。そんな彼の全身を、突如何かが突き抜けた。

 

「ぐぅ!?」

 

 その場で膝を突き血を吐く唯一神。自分の身体を確認すると、針よりも細い漆黒の〝闇〟が無数に刺さっていた。

 ………〝闇〟だと!?まさか、ウロボロスが復活したのか!?

 自分の力を無効化出来る存在は、レヴィアタンではない。力を取り戻したウロボロスだ。

 唯一神が顔を上げると、姫乃はまだ血で真っ赤に染まった十字架に磔のまま。

 姫乃の体には計二十八本の神槍が刺さったままだ。

 が、それも一瞬だったようで、姫乃の体に刺さっていた計二十八本の神槍は瞬く間に消滅していった。

 そして刺し傷だらけの姫乃の体はあっという間に再生。二十八箇所もあった傷口は全て塞がってあ。

 最後は、姫乃を拘束していた黄金の枷と、彼女を磔にしていた十字架は〝闇〟に呑まれて消滅。

 海上に音もなく着地した姫乃がゆっくりと目を開けて、無感動な瞳で唯一神を見た。

 

「………形勢逆転。ワタシの勝ち」

 

「………くそ、完全復活してしまったか」

 

 唯一神は悔しそうな顔で近づいてくる姫乃を見つめる。

 姫乃は〝闇〟を剣の形に変えて唯一神にその切っ先を向ける。

 

「どうする?まだワタシと()し合う?」

 

「………いや、完全復活したお前相手じゃ(オレ)が勝てるわけねえよ。悔しいが、降参だ」

 

「………そう」

 

 潔く負けを認めた唯一神に、姫乃は少し驚く。

 何故あっさり負けを認めたのか姫乃には理解出来ないが、戦いが終結したのなら問題ないなと〝闇〟を消して唯一神を解放する。

〝闇〟から解放された唯一神は、ゆっくりと立ち上がるとニヤニヤと笑いながら姫乃を見つめた。

 

(オレ)は十分いい思いが出来たから満足だ。本来傷をつけることさえ困難なお前を、瀕死に追い込むことが出来たし。普段見せない表情も見れたし。普段聞かない声も聞けた。そして何より―――可愛かった!」

 

「………キモい」

 

 唯一神の言葉を聞いてドン引きする姫乃。

 しかし唯一神は姫乃に貶されても悲しむどころか寧ろ悦んだ。

 

幼女(ロリ)に貶されても(オレ)にとってはご褒美でしかないぞ!」

 

「………キモい」

 

 ご褒美と言われようとも、これは流石に貶さずにはいられない姫乃。

 キモい。再び姫乃にそう言われて悦ぶ唯一神(変態)

 そんな唯一神に、陽気な少年のような声が笑った。

 

『うっわあ………ボクがいない間にヤハウェくんが変態化してる!』

 

「あ、パパ」

 

 パパもとい〝混沌神(カオス)〟の帰還に嬉しそうな姫乃。

 

「パパ、どこ行ってた?」

 

『ん?愛娘ちゃんがヤハウェくんにレヴィアタンに改変されたと同時に、ボクの()()()愛娘ちゃんのところに行ってたよ』

 

「本物のところに?そうなんだ。消滅したわけじゃなかったんだ」

 

 ホッと胸を撫で下ろす姫乃。だが今の話を聞いていた唯一神が怪訝な顔で姫乃を見つめた。

 

「ちょっと待て。本物、ってどういうことだ?お前以外にウロボロスが存在しているのか?」

 

「え?………あっ、」

 

 カオスの帰還が嬉しくて、唯一神がすぐ近くにいることを忘れていた姫乃。

 聞かれちゃまずい会話を、唯一神に聞かれて、やばい、と思う姫乃。

 しかしカオスは特に気にすることなく、唯一神に真実を話した。

 

『そうだよ。この子は本当はボクの愛娘ちゃんじゃないんだ。この子は、ボクの本物の愛娘ちゃんが生み出した分身体なんだよ』

 

「なん、だと!?」

 

 衝撃的なカミングアウトに驚きを隠せない唯一神。

 姫乃が本物のウロボロスではなく、分身体だということに。

 姫乃が分身体だというのに、強さが全知全能の神々クラスだということに。

 驚く唯一神に、カオスはさらに続けた。

 

『ちなみに、この子の名前は〝エータ〟ちゃんって言うよ。No.8のウロボロスちゃん』

 

「No.8のウロボロス〝エータ〟ちゃんか………それで?」

 

『〝エータ〟ちゃんが担当している世界が此処、天部が治めてた世界なんだ』

 

「………ほう。それで?」

 

『〝エータ〟ちゃんが担当していた世界は此処なんだけど、とある神様が生み出した力のせいで〝エータ〟ちゃんの天部(遊び相手)は全滅しちゃったんだ』

 

「遊び相手がいなくなったのか………」

 

 唯一神は、可哀想な子を見る目で姫乃を見つめる。姫乃は、放っといて、というような顔でそっぽを向く。

 カオスは、姫乃の拗ねたような顔を面白そうに見つめ(ているような雰囲気を出し)た。

 

『そこで、遊び相手が欲しい〝エータ〟ちゃんが取った行為が』

 

「他の世界の神々に喧嘩を売りに行った、ってところか?」

 

『そうそう!ヤハウェくんも〝エータ〟ちゃんに会ったことあるはずだよ』

 

「会ったも何も、(オレ)の世界を滅ぼしたのはそいつだろ?」

 

 唯一神は、姫乃を鋭い視線で睨みつける。それに姫乃は首を横に振って否定した。

 

「違う。ヤハウェ(やー君)の世界を滅ぼしたのは、ワタシじゃない」

 

「は?なに嘘ついて」

 

『嘘じゃないよ。言ったよねヤハウェくん。〝エータ〟ちゃんが担当している世界は此処だって。なのにどうしてキミの世界を滅ぼしたりするのさ』

 

「え?じゃあ(オレ)の世界を滅ぼしたウロボロスは?」

 

『〝イプシロン〟ちゃんだよ。No.5のウロボロスちゃんがヤハウェくんの世界の担当者で、キミの世界を滅ぼした張本人さ』

 

「紛らわしっ!顔が全く同じだけど、別のウロボロスの仕業だったのかよ!」

 

 痛い頭を抱える唯一神。そんな彼をケラケラと笑うカオス。

 次の瞬間、唯一神は、ハッとあることに気がつく。自分の世界を滅ぼしたのは〝イプシロン〟というNo.5のウロボロス。だとしたら、自分が復讐で殺そうとしたこの子は―――

 

「す、済まん!(オレ)は何て酷いことを………!復讐の相手じゃないのに、(オレ)は無害な〝エータ〟ちゃんを殺そうとしてしまった………ッ!」

 

 唯一神は、自分の過ちを悔いた。姫乃は首を横に振る。

 

「ううん。ヤハウェ(やー君)は悪くない。ワタシが嘘をついたから、勘違いしても無理はない。あと、〝エータ〟って呼ばないで。ワタシ、その名前好きじゃない」

 

「〝エータ〟ちゃんって呼ばれるのは嫌なのか?結構いい名前だと(オレ)は思うんだが………。―――!そうだったな。何で嘘ついたんだ?」

 

 唯一神が訊くと、姫乃は唯一神をじっと見つめて答えた。

 

「………遊んでくれると思ったから」

 

「―――!!」

 

 姫乃の回答を聞いて、唯一神は驚く。同時に、この子はただ遊んで欲しかっただけだということに気づいた。

 この世界を統べていた天部(カミ)が全滅したことで、姫乃は退屈していた。

 そこで別の世界に行って、他の神々と遊ぶことにした。自分の退屈を解消するために。

 唯一神は、ただ誰かと遊びたいだけの子供のような姫乃を、ニヤニヤと眺めた。

 

「つまり、〝エータ〟ちゃんは『構ってちゃん』なんだな!うむ、萌えるな!」

 

「え?」

 

「安心しろ〝エータ〟ちゃん!遊んで欲しいなら(オレ)がいつでも相手してやるからな!」

 

 唯一神の言葉に、カオスは、うわぁ幼女好き(ロリコン)がいる、と愉快そうにケラケラと笑う。

 姫乃は暫くきょとんと唯一神を見つめ、

 

「………本当に遊んでくれる?」

 

「うむ!幼女(ロリ)の頼みとあらば、(オレ)は喜んで引き受けるッ!!」

 

 当然だ!と胸を張って高らかに笑う唯一神。

 そんな彼に、姫乃は微かに頬を染めると嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

ヤハウェ(やー君)………ありがとう。とても嬉しい、大好き」

 

 そう言って唯一神に抱きつく姫乃。

 全くの予想外な展開に唯一神は驚愕と歓喜の入り混じった表情をした。

 やー君、大好き。大好き。大好き。という姫乃の言葉が唯一神の脳内で繰り返される。

 加えて弱体化してない状態の彼女が、笑顔で抱きついてくるなど一生ないと思っていたほどだ。

 遊んであげる。たったそれだけで〝無〟の表情を笑顔に出来た。そう考えると彼女は案外チョロいのかもしれない。

 

「ねえ、やー君」

 

「何だ、〝エータ〟ちゃん?」

 

「ワタシのお願い、聞いてくれたら、ワタシの傍にいてもいい」

 

「なん………だと!?それは真か!?」

 

 唯一神が興奮気味に聞き返すと、姫乃はコクリと頷いた。

 首肯。つまりYES、OKだ。姫乃(ロリ)と一緒にいられるなど、願ってもないご褒美だった。

 唯一神のテンションがMAXに達し、鼻息を荒くしながら訊いた。

 

「そ、それで!?(オレ)にお願いとは何だ!?」

 

「………それは―――」

 

 

 

 

 

 場所は変わり、キーストーンゲート最下層。

 古城達とオイスタッハ達の戦いが決着した後、那月がアスタルテも念のため銀鎖で捕縛していた。

 それから姫乃を待つこと数分後、突如古城達の眼前の空間が歪み、漆黒の異空間が顕れる。

 その中から、黒髪紅眼の漆黒姫ドレスの幼女(ロリ)・姫乃と。

 古城達には見覚えのない、金髪蒼眼の修道女(シスター)らしき幼女(ロリ)が現れた。

 姫乃と金髪蒼眼の幼女(ロリ)シスターが音もなく着地するや否や、古城と雪菜が駆け寄ってきた。

 

「よう、空無。約束通り〝禁書〟は破壊できたぜ」

 

「うん。お陰で助かった。ありがとう古城、雪菜、御主人様」

 

「いえいえ」

 

「………ふん」

 

 素直にお礼を言う姫乃に、古城と雪菜は照れ臭そうに頬を掻く。

 那月だけは照れ隠しか、鼻を鳴らして平静を装いながら姫乃を見る。

 それはそうと………と古城が金髪シスターを睨んで、

 

「そいつは誰だ?見ない顔だが………空無の友達か?」

 

「うん。紹介する。この子は今日からワタシの付き人になるデウス(デゥちゃん)

 

「き、今日から〝エータ〟ちゃ………姫乃様の付き人をすることになった………なりました、デウスだ………です。不束ものだが………ですが、よろしく………お願いします!」

 

 いつもの口調で喋りかけ、それを丁寧語に直しながら自己紹介するデウス。

 不思議な喋り方をするデウスを、怪訝な顔で見つめる雪菜。

 

「………付き人、ですか?」

 

「ああ………じゃなくて………はい」

 

 丁寧語に言い直すデウス。那月は、彼女の恰好をまじまじと見つめる。

 

「付き人だというのに、メイド服ではないんだな娘」

 

「はぁ!?誰がそんなもの着るか!………着ますか!」

 

 那月の言葉に怒るデウス。メイド服などあり得ない、と那月を鋭い視線で睨みつけている。

 那月は、メイド服の良さをまるで分かってないな、とデウスを落胆の眼差しで見る。

 何だよ………何ですか、と那月を睨み返すデウス。

 一方、オイスタッハは、姫乃がここへ来たことに驚愕していた。彼女がいるということはまさか―――

 

「ちょっと待ってください!貴女が来たということは………我らの主はどうしたのです!」

 

「やー君?彼なら―――ワタシが倒した」

 

「なっ、」

 

 絶句するオイスタッハ。唯一神が敗北するなんて思いもしなかったのだ。

 それに、倒したという割には、戦斧に変化がない。これは一体どういうことか。

 オイスタッハが考え込んでいると、姫乃が唐突に眼前に現れた。

 

「むっ………!」

 

「そう警戒しない。ワタシはオマエと取引しに来た」

 

「………取引ですか?」

 

「うん」

 

 オイスタッハが聞き返すと、姫乃は頷く。そして彼女は、要石(キーストーン)を真っ直ぐ指差した。

 

聖遺物(アレ)をオマエに返すから………アスタルテ(あの子)頂戴?」

 

「―――――はい?」

 

 唐突な提案にオイスタッハは間の抜けた声を洩らす。

 願ってもない提案だが、姫乃がどういう意図でこんな提案を、それとアスタルテを欲するのか理解出来ない。

 一方、姫乃の言葉に驚愕した古城達が彼女に怪訝な顔で見た。

 

「空無、あんた一体どういうつもりだ!?俺たちに隠してオッサン達に協力してたのかよ!」

 

「駄目です空無さん!要石を破壊したら、この島は沈んでしまうんですよ!?」

 

「……………」

 

 慌てふためく古城と雪菜。那月だけは冷静に姫乃を見つめる。姫乃が何を考えているのか探ろうとしているのだ。

 姫乃は、大丈夫、と言って古城達を制し、オイスタッハに向き直る。

 

「それで、どうする?ワタシの提案………伸るか反るか、どっちにする?」

 

「………私は………伸ります。貴女の提案に。ですから、我々の至宝をどうか………どうか奪還してください!」

 

 オイスタッハが提案に伸ると、姫乃は、分かったと頷いた。

 そして姫乃は、スッと瞼を閉じる。すると次の瞬間、人間モードの彼女の姿に変化が生じた。

 頭部に生えたのは、悪魔を彷彿させる黒く鋭い二本の角。

 口元からはみ出るは、龍の鋭い白い牙。

 姫ドレスの背を突き破って生えたのは、堕天使の如く黒い烏のような大きな一対の翼。

 スカートの中から出てきたのは、蛇のような細くて長い黒い尻尾。

 瞼を開けると、人の眼は蛇の目に変化していた。

 そんな姫乃の姿を古城達は驚愕の表情で見つめた。

 

「………それが空無の、本来の姿か?」

 

「違う。これはまだ人化の状態。少し簡略化したものがこの姿」

 

 先程までは完全に人化していたが、今の状態は龍としての特徴的な部分が所々出現している。

 姫乃がこの姿になっているのは、別段古城達に見せるためではない。この姿になったのには理由があった。

 そしてその理由。姫乃は自分の左の角を掴むと―――バキッ!とへし折った。

 

「は?」

 

 姫乃の理解不能な行為に唖然とする古城達。

 姫乃は気にすることなく、折った自分の角を古城達に見せた。

 

「聖遺物の代わりにワタシの角を要石に供える。龍脈(レイライン)の制御はワタシが代行するから、この島は沈まない」

 

「は?そんなことが出来るのか!?」

 

 古城が驚きの声を上げると、姫乃はムッと眉を寄せて彼を睨んだ。

 

「四神如きの長、黄龍の役割を、龍神のワタシに出来ないと思う?」

 

「え?………ですが、空無は本物の龍神では、」

 

「―――!?」

 

 雪菜の発言に驚く姫乃。だが、すぐにどこかの異空間に存在する本体(ミデン)から最新の情報が齎されて、雪菜がその秘密を知るわけを理解した。

 

「………〝イプシロン〟がワタシたちの秘密を話したんだ。………うん。ワタシは本物の龍神ではなく、分身体。個体No.8〝エータ〟」

 

「でしたら、黄龍の役割を担うのは」

 

「簡単。たしかに本物(ミデン)よりは劣るけど………ワタシたちは一体一体が〝主神〟と同格。だから問題ない。ノープロブレム」

 

「なっ、」

 

 姫乃の言葉に愕然とする雪菜達。ウロボロスの分身体だというのに、その一体一体が〝神〟………それも〝主神〟クラスとか笑えない。

 しかも姫乃がNo.8ということは、少なくともウロボロスの分身体はあと〝イプシロン〟を含めて七体存在することになる。

 そんな彼女達がこの世界に集結したら………など恐ろしくて想像したくもない。

 姫乃は、オイスタッハに向き直ると、右手に持っていた自分の角を、要石の中にある聖遺物と空間転移の要領で入れ替えた。

 そして姫乃は、入れ替えによって右手に持っているものが聖遺物に変わっていることを確認し、オイスタッハの眼前でしゃがみ込んだ。

 

「………オマエが欲しいのは、聖遺物(コレ)で合ってる?」

 

「え、ええ!紛れもなく、私が取り返したかった我らの至宝ですッ!!」

 

 決して取り戻せないと諦めていた聖遺物。それを目の前にしたオイスタッハは、感動のあまり目から涙が零れ落ちる。

 鎖で縛られていなかったら、姫乃の手に飛びついていたことだろう。

 姫乃は、オイスタッハの目をじっと見つめる。

 

「それじゃあ、約束通りアスタルテ(あの子)とトレード」

 

「ええ、勿論です!元々アスタルテは我々の聖遺物を奪還するためだけに育成してきた道具ですから、目的が達成するのなら、もう不要です」

 

「そう」

 

「それに、道具の癖に幼女(ロリ)というだけで我らの主に大層可愛がられていました。その事が私は許せなくて………早くお別れしたいと思っていたところでしたので寧ろ清々します」

 

 唯一神がこの世界から消えたことによって、ようやくアスタルテへの不満を口に出来たオイスタッハ。

 アスタルテは、別段怒りの感情を見せるわけでもなく、無感動な瞳でオイスタッハを見つめる。

 一方、古城達は人工生命体(ホムンクルス)の少女を道具として利用していたオイスタッハに憤りを感じていた。

 だがそれも今日でお仕舞い。姫乃がどういう意図でアスタルテを欲したのかは知らないが、彼女ならアスタルテを道具のように扱わないでくれる気がした。

 那月だけは、特に関心を持つ素振りを見せずにアスタルテを見ている。

 最もオイスタッハの言葉に憤りを覚えたのは―――デウスだった。姫乃以外は知らないが、この幼女(ロリ)シスターの正体は、唯一神である。

 何故、唯一神が幼女(ロリ)化しているのか。それは、姫乃のお願いを聞き入れたから、彼は幼女(ロリ)化しているのだ。

 ………ちなみに、修道女(シスター)をチョイスしたのは唯一神本人だったりする。

 だがデウスは、正体を隠すために怒りを必死に抑える。ここで正体がバレてしまっては、姫乃(ロリ)とお別れになってしまう。それだけは何としても避けなければならないのだ。

 そんなデウスの想いを察したのか、姫乃がオイスタッハを縛っていた銀鎖を、指を鳴らすことで消滅させる。

 自由を取り戻したオイスタッハが飛び起きると、姫乃も立ち上がって聖遺物を彼に手渡す。

 

「取引成立。じゃあ、そういうことで………バイバイ」

 

「え?」

 

 姫乃の言葉に疑問に思うオイスタッハ。だが、疑問を口にする前に彼の姿はこの場から消えた。姫乃が指を鳴らして彼をロタリンギアまで跳ばしたのだ。

 聖遺物を渡した後、すぐにオイスタッハの姿が消えて驚く古城達。だが、姫乃の力を目の当たりにしたことがある彼らは、オイスタッハをどこかに跳ばしたのか、と姫乃の行った事を理解した。

 ………突然、何もない虚空から、聖遺物を手にロタリンギアへと帰還したオイスタッハを目撃した人々が大騒ぎしたそうだが、それはまた別の話である。

 

「………アスタルテ」

 

 元の姿に戻った姫乃は、アスタルテの下へ歩み寄り、指を鳴らす。銀鎖は消滅しアスタルテは自由を取り戻す。

 そんな彼女へ手を差し出した姫乃は、薄く笑って告げた。

 

「今日からオマエはワタシのもの。これからよろしく、アスタルテ」

 

 唐突に言われて暫し困惑するアスタルテ。だが姫乃の言葉の意味を理解すると、アスタルテは彼女の手を取り返事をした。

 

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします空無姫乃(マスター)

 

 こうして姫乃は、アスタルテの新たなマスターとなった。この結果に、デウスも嬉しそうだ。

 一方、古城達は、話が一気に進んで置いてきぼりにされたが、一件落着のようで自然と笑みが零れた。

 しかし、ふと雪菜が時間を確認して、ぎょっと目を剥く。

 

「せ、先輩!のんびりしてる場合じゃありません!早く学校に行かないと遅刻してしまいますよ!」

 

「え?―――うおっ!マジかよ!?朝食もまだなのにもうこんな時間か!」

 

 慌てふためく古城と雪菜。そんな彼らに、那月がやれやれと苦笑しながら歩み寄る。

 

「今回は特別に私が学校に連れていってやろう。姫乃のために私と一緒に頑張ってくれた報酬としてな」

 

「マジか!ありがとう、助かるぜ那月ちゃん!」

 

「すみません、南宮先生。恩に切ります」

 

 古城達に感謝されて、ふん、と鼻を鳴らした那月は、最後に姫乃へ向き直る。

 

「私は暁と転校生を送っていく。またあとで色々と話を聞かせてもらうからな?」

 

「うん。行ってらっしゃい、御主人様」

 

 姫乃が手を振ると、那月は古城と雪菜を連れて学校へ跳んでいった。

 騒々しい彼らが去っていったことで、一気に静まり返る最下層。

 姫乃は、一人薄く笑って呟く。

 

「………絃神島、掌握」

 

 そんな姫乃の呟きを聞いたアスタルテは小首を傾げ、デウスは苦笑いを浮かべた。カオスも密かに、愉快そうにケラケラと笑う。

 アスタルテとデウス(付き人達)を手に入れた姫乃は、彼女達を引き連れて那月家へと帰宅した。

 

 のちに、姫乃達により引き起こされる更なる厄介ごとに巻き込まれることになろうとは、この時の古城達には知るよしもなかった………




時系列だと実は小説一巻の半分で終了してます。

デウスはラテン語で、唯一神ヤハウェを指す固有名詞。

本来は男性単数形の男神を指す。女神の場合はデア。
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