ストライク・ザ・ブラッド―混沌の龍姫― 作:アヴ=ローラ
ヴァトラーが告げた驚愕の事実―――姫乃が自分の
その姫乃は、無表情だった顔を不機嫌そうな顔に変えて、ヴァトラーに言った。
「ヴァ君、それは言わない約束」
「別にいいじゃないか御母様。ボクは貴女の帰還と新しい第四真祖の登場を機に、正体を明かすつもりだったからね」
「………ワタシの子だって知られたら、ヴァ君に危険が及ぶ」
「ははっ、それこそスリルがあってボクは嬉しい限りだよ」
問題ないね、と笑うヴァトラー。そんな彼を心配そうな顔で見つめる姫乃。
ヴァ君は分かっていない。ワタシが恐れていることは、獅子王機関
………知られたら最後、ヴァ君はワタシの子というだけで異界の神々に狙われる。もしヴァ君を人質にでも取られたらワタシは死を選ぶしかない。
そんな不安を過らせる姫乃を余所に、古城がヴァトラーと姫乃を見比べて、
「全然似てねえじゃねーか!」
あまりにも似ていない親子に絶叫を上げた。そんな彼に雪菜は首を横に振った。
「いえ。つっこむところはそこではありませんよ先輩」
「そうよ!似てる似てないなんてどうでもいいことじゃない!これだからド変態真祖は」
「変態は関係ねえだろ!つか俺は変態じゃねえ!」
意味不明な理由で変態扱いしてくる紗矢華に歯を剥いて怒鳴る古城。
ヴァトラーは、似ていないという古城の質問に答えた。
「似ていないのは当然だよ、古城。ボクは御母様に創られた存在だからね。御母様に産み落とされたわけではないヨ」
「空無に創られた?じゃあ第一真祖との血縁関係は一切ないのか?」
「そうだよ。第一真祖とは血縁関係は全くないさ」
第一真祖とは無縁。それを聞いて雪菜が驚きの声を上げた。
「え?第一真祖とは血縁関係は全くないんですか!?ではどうして〝戦王領域〟に身を置いているんですか?」
「ん?それは御母様が異界へ旅立つ際に、
「それは駄目。神々のいる世界に、ワタシの可愛いヴァ君は連れていけない」
「とまあ、こんな感じに断られちゃったんだ」
あの時と同じ台詞を姫乃に言われて、しょんぼりと肩を落とすヴァトラー。
一方、ヴァトラーの正体が獅子王機関の情報とはまるで違っていて驚きを隠せない雪菜と紗矢華。まさか〝混沌の龍姫〟が創った存在だったとは予想外だった。
ヴァトラーが姫乃に創られたということは、その力は〝
古城は唖然としながらも、ヴァトラーを見つめる姫乃の表情を見れば嫌でも納得せざるを得ない。が、一つ分からない点があった。それは―――
「なあ、空無。ヴァトラーを創った理由はなんだ?やっぱり、強い奴と戦いたいからか?」
「それもある。けど、ヴァ君を創ったのは、ワタシも天部みたいにワタシだけの殺神兵器を創ってみたかったから」
「それもあるのかよ。殺神兵器って、まさか天部が創った第四真祖の真似をして、そいつを創ったのか!?」
「そいつ違う。ヴァ君の名前はヴァトラー。幾ら第四真祖の古城でも、ヴァ君をそいつ呼ばわりするのは許さない」
「わ、悪い」
姫乃の半ば本気の殺意を向けられて、慌てて謝る古城。どうやらヴァトラーを悪く言うのは死亡フラグらしい。
しかしヴァトラーは、やれやれと首を横に振り、
「ボクの呼び方は気にしなくていいよ、古城。愛さえあれば〝こいつ〟でも〝そいつ〟でも何でも好きに呼ぶといいサ」
「愛さえあればって、それは絶対ねえよ!同性愛とか、そんな趣味は俺にはねえ!」
「ははっ、そう照れなくていいよ、古城。素直になろうじゃァないか」
「照れてねえよ!俺は素直に嫌なんだって!」
つれないなあ、と寂しそうな表情で見つめてくるヴァトラー。彼は本気のようだ。
気持ち悪いなこいつ、と迷惑そうにヴァトラーを見返す古城。が、ハッと失言に気づいて姫乃を恐る恐る見た。
その姫乃は―――痛い頭を抱えて深い溜め息を吐いていた。そんな彼女の反応に古城は驚く。
「………空無は、ヴァトラーの同性愛をどう思ってるんだ?」
「正直言ってやめて欲しい。ワタシの可愛いヴァ君でも、同性愛は認められない」
姫乃のその言葉を聞いて、ホッと胸を撫で下ろす古城。彼女がこういう面では常識
ヴァトラーは肩を竦ませると、姫乃の頭を撫でながら言った。
「御母様はボクのお願いは基本何でも叶えてくれるんだけどね。同性愛だけは認めてくれないんだよ」
「いや、普通に同性を好む息子なんか嫌だろ」
「うん。ヴァ君には真っ当な人になって欲しい。ちゃんとした異性と結ばれることがワタシの望み」
古城に同意して姫乃が真っ直ぐな瞳でヴァトラーを見つめる。それから彼女はヴァトラーの頬に両手を添えて、
「もし誰も貰ってくれなかったら言って。ワタシがヴァ君のお嫁さんになるから」
「は?」
「御母様を貰っていいのかい?………うん、それもアリだね。分かった、古城がボクの愛を受け止めてくれなかったその時は、貴女をお嫁に貰うヨ」
「ちょっと待てェ!」
「「ん?」」
ヴァトラーが姫乃の顎をクイッと持ち上げて覗き込んでいるその状況を、ヤバい、と直感した古城が慌てて止めに入る。
「同性もだけど、親子はもっと駄目だろ!空無はあんたの産みの親ではなくても、生みの親ではあるんだからさ!」
「………?別にワタシは親子だろうと構わない」
「うん。ボクも御母様ならいいよ。親子だという事実なんて些細なことだからね」
「ちっとも些細じゃねーよ。そこは重大な問題だから。あとヴァトラー、おまえは愛おしげにこっち見んな!」
愛おしげに見つめてくるヴァトラーに怒鳴る古城。姫乃は姫乃で、常識
そんな危険な雰囲気に包まれている彼らを余所に、紗矢華は気になる言葉を聞いて雪菜に質問していた。
「ちょっと雪菜。第四真祖が天部に創られた殺神兵器って本当なの?」
「え?は、はい。わたしと暁先輩は、空無さんから第四真祖について聞き及んでいますので真実です」
「〝混沌の龍姫〟から!?嘘………どうやって口を割らせたの!?」
「いえ。口を割らせたわけではなく、教えてくれました。ちょっと色々あって暁先輩が空無さんの一日
雪菜の話を聞いて、紗矢華は絶句する。
口を割らせたわけではなく喋ったこと。あの変態真祖が一日とは言え、〝混沌の龍姫〟を自由に出来る権利を得たこと。もしかして本当は、あの変態真祖は凄い実力の持ち主なのでは?と嫌な汗を流す。
紗矢華が古城を恐ろしいものを見るような表情で見ていると、雪菜が苦笑しながら首を横に振った。
「暁先輩が空無さんに勝利して一日主人の権利を手に入れたわけではありませんよ紗矢華さん」
「え?違うの?」
「はい。空無さんは暁先輩と喧嘩したそうで、その仲直りの印で暁先輩は空無さんの一日主人の権利を手に入れました」
「………よく分からない子ね、〝
「それは………わたしも同意見です」
姫乃の意図がまるで読めず不可解に思う紗矢華と雪菜。そこまでしてまで第四真祖との関係を壊したくない理由とは何なのか。
紗矢華は気を取り直して姫乃に目を向け呟く。
「それにしても、アルデアル公の正体が〝混沌の龍姫〟に創られた吸血鬼だったとは驚きね」
「はい。しかもアルデアル公を創った理由が、天部が創った第四真祖みたいな殺神兵器を創ってみたかったから、ですよ。やっぱり空無さんは自分勝手な
はぁ、と深い溜め息を吐く雪菜。
しかもどっちも自分の欲望を満たすためだけなのだから、自分勝手にもほどがある。これは本気で彼女を更正しなければならないかもしれない、と雪菜は強く思った。
それはともかく、と雪菜は本題に入るべく古城の前に出てヴァトラーを言った。
「アルデアル公―――恐れながらお尋ねします」
「ん?きみは?」
「獅子王機関の剣巫、姫柊雪菜と申します。今夜は第四真祖の監視役として参上いたしました」
「ふゥん………成る程。紗矢華嬢のご同輩か」
恭しい言葉遣いで名乗る雪菜を、ヴァトラーは退屈そうに見下ろして呟いた。
「ところで古城の身体から、きみの血と同じ匂いがするんだが………もしかしてきみが〝
「………っ!?」
思いがけないヴァトラーの指摘に、雪菜の全身がぎこちなく硬直する。
表情を凍りつかせていたのは、古城も同じだ。同じだが、ヴァトラーの言葉に引っかかり眉を顰めて、
「ちょっと待て。何であんたが〝獅子の黄金〟を知ってるんだ?俺はあんたの目の前で眷獣を召喚した覚えは―――」
そこまで言って古城は何かに気づいてハッとした。そう言えばヴァトラーを空無が創った理由は、第四真祖みたいな殺神兵器を創りたかったからではなかったか。なら、俺が召喚せずとも、覚醒している眷獣を言い当てるのは造作もないことではないか?
そんな彼を、気づいたようだね、と満足そうに見つめてヴァトラーは頷いた。
「そうだよ古城。ボクは第四真祖を初代の頃から知っているからね。召喚せずともきみの身体から覚醒済みの眷獣の気配を読み取ることが可能なのさ」
「マジかよ………。じゃあ血の匂いも分かるのか?」
「いや、嘘だよ。ちょっと言ってみただけだ」
「そっちははったりかよ!?」
嵌められた、と古城はガクリと項垂れる。まんまとヴァトラーにしてやられたようだ。
そんな古城は背後から突き刺さるような視線を感じた。振り返るまでもない。原因は雪菜好きの紗矢華しかないのだから。彼女の凄烈な殺気に、古城の背筋が冷たくなる。
古城達の動揺を愉しむかなように、ヴァトラーが満足そうな笑顔で言う。
「でもまあ、きみが古城の〝血の伴侶〟候補だというのなら、ボクにとっては恋敵ってことになる。それに敬意を表して特別に質問を受け付けてあげるよ。何が聞きたい?」
「前提からして色々間違ってるだろ。候補でもねえし、恋敵でもねえよ!」
古城が律儀に反論するが、ヴァトラーは何事もなかったかのように聞き流すだけだ。
雪菜は重々しく息を吐き、険しい表情でヴァトラーを真っ直ぐに見据えた。
「貴公が絃神島を来訪された目的についてお聞かせください。そうやって第四真祖といかがわしい縁を結ぶことや、空無さんと再会することが目的なのですか?」
咎めるような雪菜の発言にも、ヴァトラーは笑顔を崩さない。寧ろ愉快そうに眉を上げ、
「ああ、そうか、忘れていたな。本題は別にある。勿論古城と愛を語り合ったり、御母様との再会を果たすためでもあるんだけどね」
「やっぱりそっちもあるのかよ」
古城がうんざりと呟いた。姫乃は同性愛に走るヴァトラーに溜め息を吐くも、
雪菜は、攻撃的な気配を漂わせながら、威嚇するようにヴァトラーを睨んで、
「本題というのは………?」
「ちょっとした根回しってやつだよ。この魔族特区が第四真祖の領地だというのなら、まずは挨拶しておこうと思ってね。もしかしたら迷惑を掛けることになるかもしれないからねェ」
そう言いながらヴァトラーは優雅に指を鳴らす。それが合図になって、船内からぞろぞろと大勢の使用人達が現れた。彼らが運んできたワゴンの上には、豪華料理の皿が満載されている。
「―――迷惑とは、どういうことですか?」
出された料理には目もくれずに雪菜が訊く。
ヴァトラーは、生ハムを一切れ行儀悪く摘み上げながら笑った。
「クリストフ・ガルドシュという名前を知っているかい、古城?」
「いや?誰だ?」
首を振る古城に、ヴァトラーの執事らしき男がワイングラスを手渡してくる。未成年なので、と断りかけた古城だが、男の顔を見て逆らうことを諦めた。
物腰は静かで知性的だが、凄まじい威圧感を備えた強面の老人だ。頬に残された大きな古傷が、彼の苛烈な人生を想像させる。
ヴァトラーも同じように執事からグラスを受け取って、乾杯、と古城の前に掲げてみせた。
「戦王領域出身の元軍人で、欧州では少しばかり名前を知られたテロリストさ。黒死皇派という過激派グループの幹部で、十年ほど前のプラハ国立劇場占拠事件では民間人に四百人以上の死傷者を出した」
「黒死皇派って名前は聞いたことがあるな。だけど、何年も前に壊滅したんじゃなかったか?たしか指導者が暗殺されて―――」
古城はうろ覚えの古いニュースを思い出して呟いた。
「そう。彼はボクが殺した。少々厄介な特技を持った獣人の爺さんだったけどね」
ワイングラスを傾けながらヴァトラーは悠然と笑って答える。
「ガルドシュは、その黒死皇派の生き残りだ。正確に言えば、黒死皇派の残党達が、新たな指導者としてガルドシュを雇ったんだ。テロリストとして圧倒的な実績を持つ彼をね」
「ちょっと待て。あんたが絃神島に来た理由に、そのガルドシュって男が関係してるのか?」
唐突に嫌な予感を覚えて、古城が訊くと、ヴァトラーは感心したように頷いて、
「察しがよくて助かるよ、古城。その通りだ。ガルドシュが、黒死皇派の部下達を連れて、この島に潜入したという情報があった」
「………何でヨーロッパの過激派が、わざわざこんな島に来るんだよ?」
「さあね………全く何を考えてるんだか」
ヴァトラーの惚けた態度に、古城は苛々と歯を軋ませる。
それを無言で眺めていた紗矢華が突然、事務的な口調で古城に告げた。
「黒死皇派は、差別的な獣人優位主義者達の集団よ。彼らの目的は聖域条約の完全破棄と、戦王領域の支配権を第一真祖から奪うこと―――」
そんなことも知らないのかしら、とでも言いたげな紗矢華の冷ややかな態度に、古城は思わずムッとして、
「益々この島は関係ねーじゃんかよ」
「いえ、先輩。違います」
雪菜が小声で古城を嗜めると、そうそう、とヴァトラーも悪戯っぽく片目を瞑って、
「絃神島は魔族特区―――聖域条約によって成立している街だ。彼らが、この街で事件を起こすことは意義があるのサ。黒死皇派の健在を印象付けるという程度の自己満足だけどねェ」
「な………」
そんな勝手な理屈があるか、と古城は低く唸る古城。
「とはいえ、魔族特区がある国は日本だけじゃない。彼らが絃神島に来たことには、他にも何か理由があると考えるのが妥当だろうねェ」
「何か………ってなんだ?」
「そんなことは知らないよ」
ヴァトラーがぞんざいに首を振った。そして奇妙に浮き立つような声で、
「考えられるとすれば、そうだな、真祖を倒す手段を手に入れるため、というのはどうかなァ。何しろ彼らの最終目的は第一真祖を殺すことだからねェ」
「………あんたはそれでいいのかよ」
古城は呆れ顔で溜め息を吐いた。真祖を倒す手段を手に入れてしまったら、危険なのは
「別に構わないよ………と、あの
他人事のような態度で両腕を広げて、ヴァトラーは意味ありげな含み笑いを洩らす。
そんな得体の知れないヴァトラーを、雪菜が生真面目な表情で睨めつけた。
「クリストフ・ガルドシュを、暗殺なさるつもりなのですか?」
「まさか。そんな面倒なことはしないよ。そもそも御母様が与えてくれたボクの眷獣達は、そういう細かい作業に向いてないんだ。街ごと焼き払うとか、そういうのは得意なんだけどねェ」
ヴァトラーがのらりくらりと雪菜の詰問をはぐらかす。
自慢することか、と古城は密かに嘆息する。姫乃に与えられた、という点にはもう驚きはしない。ヴァトラーは彼女に創られた吸血鬼なのだから当然、眷獣も彼女によって与えられているのは目に見えて分かることだ。
まあそれはともかく、ヴァトラーにテロリストと戦う意志がないというのなら、一先ずは安心だ―――と古城が胸を撫で下ろしかけたその時、
「でもサ、もし仮にガルドシュの方からボクを殺そうと仕掛けてきたら、応戦しないわけにはいかないよねェ。自衛権の行使ってやつだよ。そうだろ?」
油断した古城を嘲笑うかのように、ヴァトラーはそう言って同意を求めてくる。
その時になって古城もようやく彼の目的を理解した。
「あんたが絃神島に来たのは、テロリストを挑発して誘き出すのが目的か。こんなクソ目立つ船で乗り付けたのも―――」
「いやいや………どちらかと言えば、愛しいきみと御母様に会うのが目的なんだが」
ヴァトラーはそう言って、姫乃の頭を撫でつつ古城にしつこく色目を使う。
古城は声を荒げて、
「ふざけてる場合か。戦争がしたけりゃ自分の
「勿論ボクはそう願ってるよ。この
やれやれと肩を竦めて、ヴァトラーが大袈裟に息を吐く。そして彼は、ゾッとするような美しい笑顔を古城に向けた。
「だが、御母様が与えてくれたボクの九体の眷獣―――こいつらは御母様に似てとても心配性でね。宿主であるボクの身に危険が迫ったら、何をしでかすか分からない。この島を沈めるくらいのことは平気でやるヨ。だから、きみには最初に謝っておこうと思ったのサ」
「なっ………」
古城は今度こそ絶句した。
ヴァトラーは、絃神島を沈める気があると言ったのだ。彼の命を狙う、精々数十人のテロリストを始末するために、絃神島ごと纏めて滅ぼすと。
そして、それを古城の前で宣言したということは、古城が止めようとしても無駄だという彼の意思表示でもあり、もしも邪魔をするなら古城も倒す―――それが彼の、ヴァトラーの本心だ。
腹が立たないわけではないが、事実、古城にはヴァトラーを止める術がない。力ずくで彼を止めようにも、古城とヴァトラーが戦えば結果的に絃神島には甚大な被害が出るからだ。
ヴァトラーが正当防衛を主張する限り、雪菜達獅子王機関も彼には手が出せない。正式な外交使節であるヴァトラーを、テロリストに狙われているというだけの理由で絃神島から追い出すことも不可能だ。
………いや、それ以前にヴァトラーに手を出したら最後、雪菜達だけでなく獅子王機関は今日中に消滅することになるだろう。他でもない姫乃という彼の
八方塞がりの状況に、古城が絶望を覚え始めたその時―――
「折角ですが、そのようなお気遣いは無用でしょう、アルデアル公」
冷たく澄んだ声で献言したのは雪菜だった。
「ひ、姫柊?」
「………どういうことかな?まさか古城が、ボクの代わりにガルドシュを始末してくれるとでも?だけど第四真祖のやつよりは、まだボクの眷獣達の方が大人しいと思うけどね」
古城とヴァトラーが、それぞれ意外そうな表情で訊き返す。
端整な面立ちに、静かな決意を浮かべて雪菜は首肯し、
「そうですね。ですから、わたしが第四真祖の代わりに、黒死皇派の残党を確保します」
「―――雪菜!?」
紗矢華が悲鳴のような声を洩らした。
「何でそうなる!?代わりも何も俺はガルドシュとかの相手をする気なんて―――」
「先輩達は黙っていてください。監視役として当然の判断です。第四真祖をテロリストと接触させるわけにはいきませんから。相手が真祖を殺そうとしているのなら、尚更」
抑揚のない硬い声で言う雪菜。
ヴァトラーは、そんな雪菜を何故か警戒したように見つめて、
「ふゥん………成る程。面白い………流石にボクの恋敵になろうというだけのことはあるな」
「え?いえ、別にそういうわけでは………」
雪菜が強張っていた表情を緩めて、戸惑ったような声を出す。
しかしヴァトラーは愉快そうに、そしてどこか酷薄そうに微笑んで宣告した。
「ならば、まずは獅子王機関の剣巫の実力、見せてもらおうか。古城の伴侶に相応しいか、見極めさせてもらうよ」
勝手に決めるんじゃねーよ、という古城の呟きは、睨み合う雪菜とヴァトラーにきっぱり無視される。
ふと見れば紗矢華は軽い放心状態で、絶句したまま固まっていた。黙っていろと雪菜に言われたことが相当にショックだったらしい。そう言えば姫柊に変態扱いされた時も石化していたっけな。
挑発的に微笑むヴァトラーに向かって、雪菜が静かに頷いてみせる。
すると、今まで無言でやり取りを眺めていた姫乃が雪菜に視線を向け、
「雪菜、無理しなくてもいい。ヴァ君に任せておけば、テロリスト共は一瞬で片付くから」
「無理なんかしてません。それに、アルデアル公の眷獣は空無さんが与えたものなんですよね?なら、尚更彼に任せるわけには―――」
「平気。この
「………え?それはどういうことですか空無さん?」
雪菜は驚きの表情で訊き返す。
姫乃は自分の胸元に手を置いて無表情で答えた。
「ワタシは龍脈を制御しているだけじゃない。絃神島が受けたダメージを、全てワタシに来るようにしてる」
「え?龍脈を制御しているだけでなく、絃神島が受けたダメージも空無さんが!?」
「うん。絃神島を沈めるには、ワタシを殺せる力がなければ絶対に出来ない。それは古城の眷獣でも、ヴァ君の眷獣でも不可能」
「そ、それじゃあ!」
「絃神島は傷付かないし沈まない」
姫乃を殺す力がないと沈まない。それは即ち、この世界に存在する全てのものには不可能だということを意味していた。
姫乃を殺し得る力を持っているものは、現状〝禁書〟を発動出来る異界の神々以外に存在しないのだ。
それを知って雪菜達が安堵していると、姫乃がヴァトラーの頬に手を添えて、
「今の絃神島は、ワタシそのものだから、ヴァ君は遠慮せずに暴れていい。ワタシが許可する」
「ははっ、そりゃあいいね。絃神島が御母様そのものの耐久力を持っているなら、存分に暴れられそうだ」
ヴァトラーは、良いことを聞いた、と嬉しそうに笑い姫乃の頭を撫でる。
その会話を聞いた古城がムッとして雪菜の前に出て言った。
「駄目だ。幾ら空無のお陰で絃神島に被害が及ばないと分かっていても、あんたの好きにはさせねえよ」
「せ、先輩?」
古城の言葉に驚く雪菜。
そんな彼をヴァトラーは、へえ?と感心したように見つめて、
「なんだい古城。きみも獅子王機関の剣巫と共にガルドシュを捕まえる気かな?」
「ああ。本当はガルドシュとかの相手をする気はなかったが、あんたが暴れ回る気なら―――俺がやってやるさ」
グッと拳を握り締めて返す古城。そして雪菜に向き直り、
「絶対に俺達で捕まえるぞ、姫柊!」
「え?ですが先輩―――」
反論しようとした雪菜だったが、有無を言わさぬ気迫の古城に、諦めたような溜め息を吐いて首を縦に振った。
こうしてガルドシュは、雪菜だけでなく古城も捕獲に加わる形で話は終結した。
そんな結果にヴァトラーは残念そうに肩を落とす。姫乃は何故か不機嫌な顔で古城を睨んでいたのだった。