とある神谷の幻想創造(イマジンクリエイト)   作:nozomu7

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第110話 新たな日常

 夏休みが終わり、2学期が始まった。

 

 俺の中学校生活は1学期とほぼ同じだと言えた。授業を受けて宿題をやったら、友人たちと雑談したり、時には一緒に第六学区(アミューズメント施設が集中している学区)に遊びに出かけたりして、毎日を過ごしていく。

 

 以前と変わらないが、決して退屈しているわけではなくむしろ充実していた。

 

「それでさ……」

「マジかよ、超ウケる!」

 

 ある平日の朝、中学の教室で俺の披露した笑い話にみんなが盛り上がっていた。

 

「か、神谷。頼む! 数学の宿題見せてくれ!」

「ああ、今日お前当たり日だったっけ? ほらよ」

「サンキュ!」

 

 慌てた様子でやってきたクラスでも一番のお調子者が、俺が差し出したノートを開いて自分のノートに写し始める。

 

 もし、クラスメイトに俺に対する評価を尋ねれば、みんなは恐らくこう答えてくれるはずだ。

 

『普段は真面目ではあるが、割と気さくに接することができる男子』

『同級生に対して面倒見の良い人間』

 

 他のみんなからそう思われるように努力したから。そうなっているはず……そう思われていてほしい。

 

 もう二度と、誰も自分を『置き去り』にしないように努力したのだから。

 

 だから、もう大丈夫だ。神谷駿斗はここにいる。

 

 それでも、分かってはいるけれど。

 

 こんな自分はひどく曖昧な存在だって。どこにいるか分からないさっちゃんやうみちゃんに、幼馴染たちに、胸を張って再会できるような人間じゃないって。

 

 困っている人を見れば、俺はその人を助けるだろう。

 

 泣いている人を見かければ、俺はその人に優しく声をかけるだろう。

 

 だけど。

 

 もしも本当に『何も問題が起こっていない』とき、俺の存在価値は下がるだろう。だって、自分では『そこから先のこと』を提示できないのだから。

 

 俺にマイナスをゼロにすることはできても、ゼロをプラスに変えることはできない。みんながその心の内に抱いている幻想を、この現実の世界で創造することはできない。

 

 自分にできることと言えば、夏休みの時みたいに『正義』っぽく振舞って、陳腐な『悪』を殴ることだけだ。

 

 俺がそんな人間である理由は、なんとなく分かっている。

 

 自分1人の力では、何も決定できないからだ。

 

 はっきりとした答えがある問題なら、多少難しいものでも解くことができる。自惚れに聞こえるかもしれないが、いざというときの頭の回転は決して悪くない方だと自分自身でも思っている。

 

 だけど、倫理の問題のように『答えのない問題』は解くことができないのだ。

 

 自分の意見を示せない。いや、それ以前に思い浮かばない。

 

「やっぱり、今日の数学当てられたぜ。本当に助かったよ、神谷」

「はは、どういたしまして」

 

 だから、時折思うのだ。

 

 どんなに人に頼られるような男になっても、実際の所は、俺は惨めなやつでしかない、と。

 

 たとえ全ての他者から認められるような人間になっても、自分だけは自分自身を正しく認識することができない、と。

 

 何が原因でこうなってしまったのだろうか。自分でそのことについて何度も意見を張り巡らせた。

 

 真っ先に思いつくのは、俺が『置き去り(チャイルドエラー)』であること。

 

 『置き去り』とは、学園都市特有の制度を利用した捨て子のようなものだ。

 

 学園都市には、原則として入学した生徒が都市内に住居を持つ事という制度がある。それを利用し、時々親が入学費のみ払って子供を寮に入れ、その後に行方を眩ますことがあるのだ。

 

 当然、親がいなくなったからといって学園都市は子供たちを無視するわけにはいかない。自然な流れとして、彼らを集めて育てるための施設ができるわけだ。

 

 学園都市に預けられる子供の一部が、毎年のように第十三学区内を中心に学園都市の各所に点在している『置き去り』の施設に入園してくる。そして小学校を卒業するまではその施設にいて、中学校に入学すると学校の寮で1人暮らしを始めるというのが一般的な流れだ。

 

 そのような環境で育ってきたせいか、俺はひどく恐れていることがある。

 

 もしも、誰もが俺のことを見向きもしなくなったら……俺は本当の意味で、この世界から『()()り』になってしまうだろう。

 

 それが、怖い。

 

 顔も名前も覚えてない俺の肉親が俺を『置き去り』にしたように、周りの人に俺が『置き去り』にされるのが、とても怖い。

 

「神谷」

「ああ、上条か」

 

 だけど、最近奇妙な友人ができた。

 

 別のクラスの、上条当麻というやつだ。

 

 こいつは簡単に言えば、『お人好し』だ。

 

「……でさ、結局卵割っちまったんだよ。せっかくのセール品だったのに」

「はは。毎度のことながらご愁傷様。いっそのこと、買い物は全部宅配サービスにしてもらった方が良いんじゃねえ?」

「それだとさ、伝達の手違いで商品がなかなか届かないんだよ……」

 

 そして、とても『不幸』だ。

 

 上条は「不幸だ」を口癖にするほどであるが、しかし、こいつにはそれを克服するだけの『何か』があるようだった。

 

 『それ』が何なのかは分からない。しかし、俺はその正体を知りたいと思っている。

 

 そして同時に、できれば自分も『それ』を身に付けたいとも思っているのだ。

 

 そうすれば、変わることができる気がするのだ。自分に可能性が見えてくる。こんなみじめな自分から変わることができると、そんな幻想を抱かせてくれる。

 

 明確な根拠は、ない。それでも、俺は上条の持っている『それ』に魅せられている。そのことだけは、はっきりとしていた。

 

 俺は変わることができるのか。

 

 そんな淡い期待を、そいつに抱かずにはいられなかった。

 

 1学期に比べると、少しだけ変化した毎日。

 

 だが、2学期も始まって1か月半ほどの時が流れたタイミングで、俺たちの生活に突如として暗い影が差してきた。

 

 

 

 

 

 今更のようだが、学園都市では『科学的なアプローチによる超能力開発』が行われている。

 

 そして、その中で能力者(=学生)たちはその能力の価値や強さ、応用性によって6段階の強度(レベル)に分けられている。

 

 『能力は全くないわけではないが、人の眼には見えないレベルでの変化しか起こせない』程度の力でしかない、学生の約6割を占める無能力者(レベル0)

 

 残り4割のうちの多くの生徒が属し、『スプーンを曲げる程度の力』を持つ低能力者(レベル1)

 

 低能力者と同じく『日常ではあまり役には立たない程度の力』の、異能力者(レベル2)

 

 能力的にはエリート扱いされ始める『日常では便利だと感じる程度の力』の強能力者(レベル3)

 

 『軍隊において戦術的価値を得られる程の力』、大能力者(レベル4)

 

 そして……『一人で軍隊と対等に戦える程の力』をもち、学園都市で最も強いのが超能力者(レベル5)

 

 このようなランク分けがされているので、学園都市の学生には程度の違いはあれど、能力の強度においてコンプレックスや偏見がある。

 

 それが大きく反映されているのが『武装無能力者集団(スキルアウト)』と『無能力者狩り』だ。

 

 『スキルアウト』とは、原則的にはその名の通り無能力者の武装集団を言う。

 

 誰がやり始めたのかは不明だ。だが、やっていることは強盗など犯罪を起こすことが多い。不良が集まって犯罪をしている、というのが一般的な認識であるし、俺もそれで合っていると思っている。

 

 『無能力者狩り』は、異能力者や強能力者、時には大能力者など、高位の能力者たちが無能力者相手にその能力を用いて暴力を振るうことを言う。

 

 前述のとおり、この街には能力の強度で偏見がある。簡単に言えば、『高位の能力者の方が偉い』みたいな感じだ。

 

 したがって、喧嘩っ早い人や『自分は特別だ』『高い能力を持っている自分には権利がある』などという勘違いを起こした高位の能力者たちが、無能力者相手に喧嘩、いや、一方的な暴力を振るうのだ。

 

 時には無能力者と争いを起こした挙句、『無能力者に少しでも甘く見られたことが許せない』などと言う理由で、全く関係のない学生が襲われることもある。

 

 これが、学園都市に住んでいる学生たちの実態なのだ。

 

 もちろん、無能力者の誰もがスキルアウトに所属しているわけではなく、むしろそんなことをしているのは一部の人間だけだ。それは能力者たちも同じで、無能力者狩りをしている学生など、全体からすればごくごく少数である。

 

 しかし、いくら人数が少なくても、能力というのは無能力者にとっては脅威なのだ。

 

「おい、昨日も病院送りになったやつがいたんだってよ。それも3人……」

「男子が2人に女子が1人らしい。女子の方は服まで破かれていたとか……」

 

 そんな『無能力者狩り』に関する噂が、最近俺たちの中学校に流れ出した。

 

 いや、厳密にはそれは単なる噂ではない。実際に、入院している同級生や上級生がいる。つまり、俺たちの学校の生徒が『無能力者狩り』の標的にされているのは、ほぼ確実な情報であるらしかった。

 

「『無能力者狩り』か……俺たちはどうする?」

 

 昼休みに、同じクラスの友人の1人が言う。

 

「どうするも何も、できるだけ固まって動くのがベストだろうな。あと、下手に街中に遊びに行ったりはしない方が良いだろ」

「だよなー。俺たちじゃ能力者には歯が立たないもんな」

 

 俺が真面目に意見を出してみると、みんながその意見に同調する。

 

「だけど、結局は買い物とかには行かなきゃならねえし……それに、下校途中も危ないだろ?」

「ああ……なるべくそいつらに気付かれないように動くしかねえよな」

 

 いつもは適当に笑い話で盛り上がっている俺の友人たちも、自分が当事者になる可能性が高いとなると、真剣に話をする。俺もそうだ。

 

「噂じゃ、一部のスキルアウトが能力を封じ込める機械を持っているって話があるけど……期待はできないだろうなあ」

「え、何それ?」

 

 友人の1人が漏らした言葉に、その場にいた全員が反応した。

 

「いや、俺昔近所だった先輩に今スキルアウトに所属している人がいてさ。なんでも、高周波の音で演算を狂わせて、能力を封じることができるらしい」

 

 そいつがたどたどしく説明する。

 

「すげーじゃん! なんで使わねえの?」

「かなりの電力を食うことと、今のところは強能力者以上じゃないと通用しないんだと。改良すれば、理論上は低能力者でも能力を封じることができるとか言っていたけど、俺も実物を見せてもらったわけじゃねえしなあ」

 

 だけど、そんなのがあったらいいよな、とそいつは話す。俺も同感だ。

 

 俺たち無能力者は、能力者と戦うとき抵抗するすべがないからな。

 

「しかし、せっかくあと1か月で『一端覧祭』だというのに。嫌なタイミングで嫌な事件が起こったな」

 

 一端覧祭。学園都市で11月に行われる、世界最大の超巨大文化祭のことだ。

 

 9月中旬に行われる大運動会、大覇星祭が『外部向け』ならば、こちらは『内部向け』に開催されるイベントである。つまり、メインのターゲットとなるのは同じ街の学生であり、超科学・超能力に慣れきった学園都市の住人に対し、『それでも驚くような何か』を提出しなければならないという、ある意味で世界一難易度の高い文化祭である。

 

 また、このイベントは入学希望者の学校見学や体験入学、オープンキャンパスを兼ねており、多くの入学者を確保すべく名門校ほど力を入れる傾向がある。

 

 俺たちもまだ1年生であるとはいえ、同じ地区の小学生が入学してくるようにするために、学校を上げて頑張る……なんてことは、あまりないみたいである。

 

 はっきり言って、名門校などには到底入れなかった無能力者が入ってくるのだろうからな。

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