とある神谷の幻想創造(イマジンクリエイト)   作:nozomu7

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第103話 アドリア海の女王

「そもそも、『女王艦隊』ってのはどんな霊装なんだ?」

「まあ、アドリア海の監視のために作られた霊装なんですけどね」

 

 俺の質問にアニェーゼはそう答えた。

 

「そんな話は聞いたこともございませんでしたけれど……」

「ま、私達の知っていることなど、ほんの一部に過ぎねえっつうことです」

 

 オルソラの言葉に、アニェーゼは自虐的な笑みを浮かべて言う。

 

 当麻は怪訝な顔をして質問した。

 

「俺たち、この船の連中にいきなり襲われたんだぜ? この艦隊、本当に監視のためだけにある物なのか?」

「そりゃ文字通り、監視にひっかかっちまたってわけじゃねえですか?」

 

 アニェーゼは笑いながら言う。

 

 確かに、俺と当麻は以前ローマ正教の企みを2度も阻止しているし、目を付けられていてもおかしくはない。むしろ、何も警戒されない方が不自然だろう。

 

「ま、それは建前で、ここは一種の労働施設なんですよ。……私みてえな罪人を集め、受けた損失分を支払わせるためのね」

 

 罪人に、その損失分を支払わせるための労働施設。要するに、刑務所で懲役刑を受けているような物なのか?

 

 その後のアニェーゼの説明によれば、この船にいるのは大半が()アニェーゼ部隊のシスター達であるらしい。

 

「で、ここからが本題なのですが……あなたたちを見逃す代わりに、シスタールチアとシスターアンジェレネを助けること、それが取引の内容です」

 

 その2人は索敵の裏をかいた術式を利用して脱獄した。そして準備を整えた上で他の仲間達を助けようとしたのだが、捕まってしまったのだ。彼女たちの修道服は今、アニェーゼと同じように拘束効果のある霊装として機能しており、簡単に連れ戻されてしまったのだという。

 

「今は恐らく、脱獄術式を2度と使われないように『加工』されちまっていると思います」

「『加工』?」

 

 当麻は訳が分からないという顔をしているが、俺はインデックスに教えてもらったことがある。

 

「まさか……脳の機能の一部を破壊することで、思考力そのものを奪う、というのか!?」

 

 御使堕し(エンゼルフォール)など地脈や龍脈を利用した一部の物を除き、魔術は人間が頭の中で術式を組み上げなければ発動できない。

 

 それはつまり、頭が正常に思考ができなければ魔術を使えない、ということになる。

 

「だからそうなる前に2人を助けてほしい、というのがこちらの願いです。そうすれば、脱獄術式も手に入るでしょう」

 

 アニェーゼは話し終えたが、オルソラが質問する。

 

「ですが、脱獄術式はばれてしまっているのではございませんか?」

「女王艦隊にはこれから大仕事があります。1人2人の脱獄など気にしてられないのですよ。私はこれから陽動のために旗艦の方に行っちまいますが、その間に何とかしてください」

 

 取引の内容は分かった。

 

「お前が助けてくれるって言うのか?」

 

 当麻の言葉に、アニェーゼは不機嫌そうな顔を見せて腕を組んだ。

 

「助けるのではなく利用するんですよ」

「お前も一緒に逃げようぜ!」

「いや、それはダメだ当麻」

 

 当麻の言葉に、俺は冷淡な声で返した。

 

「どういうことだよ駿斗!」

 

 当麻は怒りをぶつけるように、俺に掴みかかる。俺はその手を払いのけると言った。

 

「アニェーゼの服、拘束効果のある霊装になっている。このまま付いてきてもらっても、結局はそれの対処に手間取って追いつかれてしまうんだ。戦闘が起これば余計に多くの連中がこちらに集中する。警戒態勢も厳しくなって、事態を余計にこじらせるだけだ」

 

 悔しいが、と俺は言う。

 

 すると、当麻は右手を伸ばす。

 

「だったら、手っ取り早く俺の右手で」

「おい、待て……」

 

 俺は当麻は止めるが、遅かった。

 

 彼女の服は魔術的な機構が破壊されたために木端微塵になり、アニェーゼは下着だけを残した姿になってしまう。

 

 が、俺はすぐに魔術的な効果が構成されない程度で中途半端な『再現』を行い、なんとか元通りにした。

 

 

 

 

 

 ひと騒ぎあったが、俺たちはもう一度話し合いを再開した。

 

「管理する側が恐れているのは、労働者の反乱なんです。言ってみれば、私はそれを防ぐための精神的な安全装置みたいなもんでしょうか。艦内に限れば自由に移動できますし、労働も免除されています」

 

 アニェーゼは簡単には動くことができない。だから、動くのは俺たちの役割だ。

 

 俺たちはルチアとアンジェレネがいると教えられた部屋に移動する。

 

 その部屋の前には氷でできた、武器を持った傭兵みたいなものがいた。俺の氷人形(アイスドール)とほとんど同じものだ。

 

「という訳で当麻、とりあえず叩き壊してくれ」

「了解」

 

 俺が氷の傭兵を重力操作(グラビティ)で拘束し、当麻が右手でそれを叩き壊す。

 

「これは、船の一部が姿を変えたもののようでございますね」

 

 オルソラが氷の残骸を見て言う。魔導書の暗号解読のエキスパートなだけあって、魔術の知識は結構あるようだった。

 

「じゃ、部屋の中に入る前に、と」

 

 俺は魔力を感じ取ることに集中する。

 

 部屋の中にいるのは、1、2……合計で5人。そのうち2人はルチアとアンジェレネだ。

 

「敵は3人、だが……」

 

 俺は氷の傭兵を一度溶かすと、氷人形を組み上げる。

 

 そして、ドガッ、と扉を蹴りあげると、それと一緒に部屋の中に入った。

 

 中にいた男たちは一瞬呆けるが、すぐに武器を取り出そうとする。だが、その前に氷人形が1人の男をつかむと、その腕を振り回して他の男2人に叩き付けた。

 

「一丁上がり、っと」

 

 俺が言うと、当麻とオルソラが部屋の中に入ってきた。

 

 驚いて目を丸くするルチアとアンジェレネに、オルソラは言った。

 

「助けに来たのでございますよ」

「……その言葉を信じられるとでも?」

 

 ルチアは警戒する様子を見せながら言う。

 

「アニェーゼに聞いた話じゃ、お前たちが脱獄術式を持っているから、協力してもらえって」

「し、シスターアニェーゼにですか? わっ」

 

 当麻の言葉にアンジェレネは喜んだように声を上げるが、ルチアはその頭を軽く叩いた。

 

「罠の可能性も考慮しなさい!」

「ここは敵の本拠地。アニェーゼさんの名前を使ってまで、罠を使う可能性は考慮できないのでございますけれど」

 

 警戒を崩さないルチアに対し、オルソラは必死に呼びかける。

 

「信用しにくいかもしれないが、俺たちは今ローマ正教を敵に回している状況なんだ。だったら、ローマ正教にとって『罪人』であるお前たちを助けるメリットはある、と考えられないか?」

 

 ま、そんなメリットなんて考えずに動いているんだけどな、と俺は言った。

 

「……分かりました。そちらの言うことにも一理あるでしょう」

「ところで、どうやって脱出するんだ?」

 

 当麻が訊く。

 

「説明するのは面倒です。シスターアンジェレネ」

 

 ルチアが彼女に呼びかけると、アンジェレネは差し出されたルチアの右手に自身の左手の掌を合わせた。

 

 そして、その指先を壁に向けると、壁に直径1メートルほどの穴が開いた。

 

「すげえ……」

 

 当麻が感心したように呟く。

 

「氷を使った造船術式の亜種で、空洞をあけられるのです。これを応用すれば」

 

 ルチアが説明を始めた時、2人の頭についている拘束霊装が音を立てて光り始めた。

 

 彼女たちは苦しげに頭を抑える。

 

「や、やっぱり拘束衣服にも迎撃術式を追加されたようですね……」

「手順にのっとって縫い目を壊せば、拘束機能は壊せますが……」

 

 壊す、と聞いた当麻が反応を示す。

 

「だったら、手っ取り早く俺の右手でぐはっ」

 

 当麻の言葉を遮って、オルソラがみぞおちにひじ打ちをしていた。彼女からは想像がつかない、思わぬ行動に俺は硬直する。

 

「まあまあ、まさか彼女たちまで素っ裸にするつもりでございましょうか?」

 

 唯一アニェーゼの服のことを知らない2人は、頭に疑問符を浮かべていた。

 

「シスターアニェーゼとは、いつ合流できるんですか?」

 

 アンジェレネのその言葉に、俺たちは顔をしかめた。

 

 今彼女は、『労働者の反乱を抑えるための安全装置』としてある程度の自由を確保されているために、逆に彼女が勝手に動くとまず先にチェックされてしまう。

 

 そレを利用して、彼女は陽動に出ることになっているのだ。

 

「悪い……アニェーゼは多分、来ない」

 

 当麻が絞り出すように言う。

 

「お前たちを助けるために陽動に出るって言っていた……。この女王艦隊の旗艦に行っているみたいだけど」

「冗談ではありません!」

 

 俺の言葉に、ルチアが焦った表情で叫ぶ。

 

「この『女王艦隊』は大規模魔術である『アドリア海の女王』の儀式場を守るためのものです!」

「『アドリア海の女王』?」

 

 彼女たちが分かっていることは3つ。

 

 1つ目は、その魔術と同名の旗艦で行われること。

 

 2つ目は、その発動キーとして、『刻限のロザリオ』という別の術式が関わっていること。

 

 そして3つ目は、『刻限のロザリオ』にアニェーゼが使われる(・・・・)ということ。

 

「『使われる』ってどういうことだ。アニェーゼはどうなる?」

「詳細は不明ですが、少なくとも脳は完全には破壊され、心臓を動かすだけの存在になる、と」

 

 俺たちは絶句する。

 

 そしてアニェーゼの言葉を思い出した。

 

 女王艦隊にはこれから大仕事がある、と言っていたことを。

 

 だが俺たちが歯を食いしばったとき、船が何かに衝突したように大きく揺れた。

 

「砲撃!? でも、どこから」

 

 アニェーゼがそう言った瞬間、俺は感づき叫んだ。

 

「お前らの後ろだ、気をつけろ!」

 

 その次には、ルチアとアンジェレネが背にしていた船内の壁が吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 (セント)バルバラの神砲。それが女王艦隊に装備されている氷の砲台である。

 

 その砲撃の音は旗艦にいるアニェーゼにも聞こえていた。

 

「……何に向けて撃っているんです?」

 

 全てが氷でできたその部屋にいるのは彼女だけではない。

 

「分からないか、シスターアニェーゼ」

 

 ローマ正教の司教(ビショップ)。ビアージオ=ブゾーニ。

 

 彼は重たく引きずりそうな法衣を纏い、首にはメノラー(数十の十字架を取り付けた四本のネックレス)をかけていた。

 

 その時、彼が首から下げている十字架の1つが光り輝く。

 

『三十七番艦は沈みました。これ以上の攻撃は、陸からの干渉を受けますが』

「人目の処理はよその部署に回しておけ。私の管轄ではない」

 

 ビアージオはそう言って通信術式を切る。

 

「君の身に何かあったら取り返しがつかないだろう?」

「皮肉なものですね」

 

 これから罰を受ける罪人を守るために、他の敵を攻撃している。一見訳の分からない行為だが、これから彼女が受ける『罰』は、彼女が無事でなくてはならないのだ。

 

「まさか術式の適性を背信者である君だけが持っているとはな」

『ビショップビアージオ、緊急です! 三十七番艦の下部に巨大構造物の反応有り。残骸を回収している模様』

 

 その言葉で分かった。彼女らはまだその艦内にいたのだと。

 

 彼女はただ自分の仲間たちが無事であることを祈った。

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