とある神谷の幻想創造(イマジンクリエイト) 作:nozomu7
俺はトンファーをシメオンに向けて振るう。すると、シメオンはそれを一歩下がって威力を殺したうえで受けた。
そう。わざと、だ。そのことに気がついた時には、腕に衝撃が走った。俺は素早く距離を取る。
「シメオン、だったな。お前のその術式は……」
「やはり気が付きましたか? 私の術式は、簡単に言えば『支配への対抗』と言ったところでしょうか。術者が攻撃を受けると、それを上回る威力で衝撃波を返すことができるんですよ」
十二使徒の1人、シモンは外国のイスラエルへの支配に対し、十二使徒の中で唯一攻撃的な手段、暴力を使用した。その伝承を元に構築した術式。
かなりやっかいな術式を組まれている。一撃で意識を奪わない限り、こちらが攻撃するたびに相手からも攻撃がされるのだ。俺はトンファーを霧散させると、再び飛んできた硬貨袋を防御術式の魔方陣を組み込んだ結晶で防ぐ。さらに、その魔法陣を変化させると炎の塊を放った。
だが、再びそれが硬貨袋と相殺された。
「その硬貨袋、単に
「ええ。簡単に言えば、『同等の立場』にする術式です」
神の子は徴税吏であったマタイとの食事の際に、徴税人や罪人を同席させた。神の子が話を聞かせようとしたのは正しい人ではなく罪人だったのだ。
神の子を介して罪人を使徒と同じ席に座らせる。それがレビの扱う術式だった。
「要するに、認識した攻撃を自分の扱う魔術と同等の威力に変えるってとこか」
だったら、すぐに試しておくことがある。
俺は空気中の塵を集めると、空気を圧縮して掌から放つ。狙いは硬貨袋。だが、レビはそれに対しその威力を硬貨袋と同等の威力に抑えるため、術式を使用する。
だが、その術式を使用したにも関わらず、硬貨袋は吹き飛ばされた。
「気付かれましたか」
「ああ。お前が威力の調整ができるのは魔術のみ!」
俺はシメオンの鋸を防御術式を使用したトンファーを左腕に創り出し防ぐと、受け流しつつ右腕に手甲を生み出す。そして、体全体を回転するようにしながら鋸を流したところで、両足で地を踏みしめると回転の勢いが上半身に残ったまま、右拳を勢いよく振るう。
「はあっ!」
渾身の右フックはシメオンの左脇腹に叩き付けられ、シメオンはそのまま『アドリア海の女王』の壁に叩き付けられた。
だが、俺の右腕にも激痛が走る。一瞬呆けるが、すぐに防御術式を展開すると
俺もレビもシメオンも、3人が体勢を整えなおす。
当麻は壁を壊しながら船内を移動する。
「おいおい、あまり壊してくれるなよ。術式の完成度に影響が出るのでな」
ビアージオは悠然と歩きながらその後を追う。
「術式……『刻限のロザリオ』のことか。そんなことはどうでも良いんだよ。テメエを倒してアニェーゼを引っ張ってくればそれで終わりなんだからな」
当麻はビアージオを睨みつけた。
「主の意向に反するとは悪い言葉だ……その悪性をわが十字架が拒絶する!」
再び投げつけられた複数の十字架が巨大化し、当麻に迫る。だが、当麻は一歩下がると一番端にある十字架を打ち消し、安全地帯を作った。
「テメエにベネチアをどうこうするだけの特権があるとでも思っているのかよ!」
当麻は昼間に見たベネチアの姿を思い出す。町中にあふれる人々が、楽しそうに暮らしている光景を。そして、オルソラがこの地を離れることに寂しさを感じていたことを。
だが、ビアージオの口から出てきたのは意外な言葉だった。
「私の狙いはそこではない」
何!? と当麻は思わず立ち止まる。
「少なくとも、君が考えているよりはずっと面白い。異教徒よ、十字教において十字架の示すものは様々だが、その最たるものは何だと思う?」
「は?」
ビアージオの問いかけに、当麻は睨みつけながら言う。
「処刑の道具だよ。シモンは神の子の十字架を背負う」
ビアージオが高く掲げた十字架が光った瞬間、当麻に重圧が圧し掛かった。その重さに当麻は立っていられることができずに床に伏せ、身動きが取れなくなってしまう。
「な……」
「十字架は悪性の拒絶を示す」
巨大な十字架が次々と無防備な当麻に降り注ぐ。そしてそれを確認したビアージオは、その場を去って行った。その後を追う者はいなかった。
インデックスとオルソラは、『アドリア海の女王』の心臓部とも言える部屋の前にたどり着いた。
「この扉……防御術式が仕込まれている。待って、今開けるから」
インデックスがそう言った時、彼女たちの背後にいきなり氷の傭兵が出現した。
だが、インデックスは慌てることなく
「
彼女はそう言うと、オルソラから離れるために駆け出した。氷の傭兵の大群が、オルソラを無視してインデックスの後を追う。
「インデックス!」
オルソラは呼びかけるが、インデックスは傭兵たちに追いかけられるままにどこかへと行ってしまう。オルソラはインデックスのことが心配ではあったが、彼女にできることはなく、扉を開けた。
「オルソラ=アクィナス……!?」
部屋の中から呆けたような声が聞こえてくる。その声の主は、アニェーゼであった。彼女は、氷でできた巨大な球体に、身を預けるように寄りかかっている。
「良くご無事で」
オルソラは彼女へと歩み寄る。奇妙にも再び2人が再会したのだ。それも、半月前とは全く逆の立場になるという形で。
追われていた者が迎えに行く者に。追っていた者が救われるものに。
だが、彼女が笑みを浮かべていること、そしてこの状況がアニェーゼには全く分からなかった。
「どうして、ですか……! あなたは、女王艦隊から逃げたがっていたじゃないですか!」
数時間前にアニェーゼと再会した時、オルソラは思いがけない形で女王艦隊の1つに乗り込んだ。そして、そこから出ようとしていた。
「今がどういう状況か、全部分かっているんでしょう!」
しかし、今は違う。オルソラは首を横に振って答える。
「分かっていれば誰だって、ここから逃げようなどとは言いませんでした。他の方々を助けるために口をつぐんだあなたを見て、自分だけが立ち去ろうだなんて……どうして考えられるのでございましょう」
その言葉でアニェーゼは知る。目の前の人物のことを。
オルソラ=アクィナスというシスターが、どんな信条を掲げているのかを。
しかし、それでも。
「私が『法の書』の一件でオルソラ教会で何をやったか、あなたは覚えているでしょう? なのに、どうして水になんか流せるんですか!」
「その答えは私にもわからないのでございますよ。ですが、少なくともルチアさんとアンジェレネさんは、あなたを助けたい、と断言していたのでございます」
どんなに絶望的な状況だったとしても。どれほどの数の刃を突きつけられたとしても。
それでも、あの2人はアニェーゼのことを「助けたい」と言った。
「そんな彼女たちの言葉では、まだ足りないと思っているのでございますか?」
アニェーゼの瞳が大きく揺らぐ。
だがその時、1人の男の声が割り込んだ。
「困るんだよシスターアニェーゼ。例え、君がここで死んでも計画は途切れん。だが、他の適正者を探すのは面倒くさいだろう? 私は面倒くさいのは嫌いなのだよ」
ビアージオだった。オルソラは、彼の手に赤いものが付いていることに気が付く。
「その血は……」
「面倒くさいのは嫌いだといっただろう? だから手っ取り早く潰してきた」
その言葉に、オルソラは手に持っていた
「あの男にも言ったが、できればこの船を傷つけるような行為はやめてほしいものだな。安易にこの船に傷がつけば術式の完成度に影響するのでね」
ビアージオは余裕であることを表すかのように、ゆっくりとした態度で話す。
「対ヴェネツィア用大規模術式『アドリア海の女王』……そのようなものをなぜ今更!」
オルソラは叫ぶ。だが、返ってきた答えは予想外の物だった。
「勘違いしているようだが、私たちが行おうとしているのは対国家用の攻撃ではない。その先にあるものだ」
ビアージオの言葉に、2人は驚く。
「『アドリア海の女王』は対ヴェネツィア用だけに作られた術式だ。どれだけ魅力的な威力を持っていても、照準制限を持っていては意味がない」
「……まさか!」
オルソラが顔色を変えたのを見て、ビアージオは笑みを浮かべた。
「そう。『アドリア海の女王』の照準制限を解く」
それが、『刻限のロザリオ』という術式の正体。
「あなたたちは、邪魔だと感じた都市をすべて破壊するつもりなのですか!」
「『アドリア海の女王』はその都市に関わったすべてを破壊する。ならば、敵対する都市全てに向かって同じ物を放てばどうなると思う」
オルソラに対する、ビアージオの問いかけ。その答えに、オルソラはすぐに気が付く。
「まさか、学園都市を」
今日の世界中の科学技術は、全て学園都市の影響を受けている。そのため、学園都市に『アドリア海の女王』の照準を合わせれば、一撃で科学サイドを一網打尽にできる。
そうすれば、ローマ正教に残った敵は、自分たちよりも規模の小さいイギリス清教とロシア成教だけになる。
「そんなことをして、皆が幸せになれるとでも!」
「思わんよ。魔術サイドにも害なすものは多い。だが、同じように続けて行けばよいのだ。いずれ不純物は取り除かれ、ローマ正教の教えによって世界の人々に幸せがもたらされる。害なす者はいなくなるのだからな! それがローマ正教の悲願なのだよ」
「あなたは!」
自信満々に話すその悪魔の計画を聞いたオルソラが、蓮の杖を構える。だが、ビアージオは彼女に向かって十字架を投げた。
「十字架は悪性の拒絶を示す!」
巨大化した十字架の1つがオルソラの手から蓮の杖を叩き落とし、2つが彼女の足下に突き刺さる。その衝撃で、オルソラは床に倒された。
「十字架はその重きをもって驕りを正す!」
十字架がビアージオの手から矢のように放たれ、オルソラの足下に突き刺さる。その衝撃が彼女の体を叩く。
オルソラが床に倒れているのを確認したビアージオは、アニェーゼへ言葉をかける。
「さて、そろそろ始めようか、シスターアニェーゼ」
その言葉に呼応するかのように、彼女が身を預けていた氷の球体に穴が開く。
「喜べ! 君は十字教の歴史の中で、最も多くの敵を葬った者として名誉を得るのだ!」
その言葉に、アニェーゼは顔を歪めた。彼女にはまだ迷いがある。心残りがある。シスタールチアと、シスターアンジェレネのことを、忘れることができない。
「その敵の中には、アニェーゼさんも含まれているのではございませんか?」
オルソラが厳しい表情でビアージオに迫る。その顔は、今までに彼女がアニェーゼに見せたことがないものであった。
「あなたは、本当に猜疑心でしか動けないのでございますね。人が思いで動くということを理解できない」
オルソラは知っている。人を信じることで動く人々を。その思いを繋いでいきながら動く人々がいることを。そのような2人の少年を。
だが、そんな彼女を止めたのはアニェーゼだった。
「……やめてください。どのみち、あなたにビアージオは止められません。抵抗さえしなければ、死なずに済みますから」
「何を!」
オルソラは抗議するが、それをビアージオが止めた。
「終わりだ、シスターオルソラ。笑え、シスターアニェーゼ。君の
ビアージオが投げた十字架が巨大化する。
だが、甲高い音とともにそれは弾かれた。アニェーゼが手に取った蓮の杖によって。