戦の香気に誘われて   作:幻想のtidus

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今回の話は原作通りだった奥多摩の事件や査問会への招集シーンを飛ばしております。



叛転栄光/Alkaios
暗雲


 ──剣を振る。

 愚直に、ただただ夢に向かって振り下ろす。

 障害をものとせずに、己が祈りと約束のために。

 

 ──剣を振る。

 今までの研鑽と努力の全てを一太刀、一挙一動、一分の間に注ぎ込む。

 己に残された手札にして唯一絶対のアイデンティティを振り翳す。

 

 ──剣を振る。

 この学園で、何度も剣を振り下ろす。

 試練の一つ一つは僕にとっては苦難苦行。なにせ相手は常に格上。手なんか抜けないし、抜くつもりもない。

 

 ──剣を振る。

 そうした果てに、漸く光明が見えた。

 無理だ、諦めろと言われ続けたけれど夢の切符を掴むまで後一歩。

 思い返せば、この新学期から色んな事があった。

 ステラとの出会い、《解放軍》に巻き込まれ、因縁の相手との対決。

 憧れの剣客の娘との研鑽、好敵手との手合わせ。本当に……色々あった。

 最近起こった奥多摩の事件──アレも凄かった。数十にも及ぶ岩のゴーレム、それを一閃した東堂刀華。

 櫻井嶺二に負けてしまったものの、その実力はやはり本物。依然と違うのは、彼女にも狂気的な()()ができたのかというくらい、技の一つ一つが冴え渡っていた。

 

 

 そして奥多摩の事件を超え、試合は順調に勝ち進んでいる。後少し、後少しなのだ。

 大願成就、約束の刻は近い。僕の灰色の日常は色彩に満ちていた。

 漸く、今までの努力が実るというのに──

 

 

「ご無沙汰してますねぇ〜。黒鉄一輝クン」

 

 

 ──どうして貴方達は、僕の邪魔をするんだ。

 

 

 日常は崩れ去り、運命の輪が捻れ狂う。

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

『姫の純潔を奪った男』

 

『ヴァーミリオン国王激怒』

 

『日本とヴァーミリオンの国際問題に発展か!?』

 

 今現在、巷はこの手の話題で持ちきりだった。ことの発端は一枚の写真、曰く黒鉄家の落ちこぼれ、素行不良の問題児である《落第騎士》黒鉄一輝と国賓である《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンが口付けを交わしているといったものだ。

 

 前代未聞の不祥事だと事態の重大さを煽り立てる言葉は世界中で踊る。

 中には本当かどうかも分からない記事も載っているものの、世間からの認識がそれさえも真実だと誤認させる。

 

 誰もが自分の目で確認し、真偽を確かめようとはしない。

 これが世の摂理だというかの様に。

 嘘が真実を塗り潰す所業は正しく人の業とも言えよう。

 そして大衆は気付かない。これが、たった一人を貶める為だけの三文芝居だという事に。

 

 だが、三文芝居も規模が大きくなれば、劇へと変わる。

 もし、《落第騎士》の相手が普通の騎士であるならば、この様な事にはならない。《紅蓮の皇女》というネームバリューが押し上げてしまうのだ。

 

 故に件の騎士──黒鉄一輝は《倫理委員会》の査問会へと応じた。

 自身の無実を証明する為に。

 

 

 そんな真実を知らぬ者達が大半な中、破軍学園では謂れのない彼への誹謗中傷で溢れている。

 コソコソと安全圏から一方的に蔑む様はこの学園が病み、膿んでいることが伺える。

 いや、或いはこれが世界の本質なのかもしれない。

 

 

「ああ、嘆かわしい。これでは哀れで仕方ない」

 

 

 その言葉はとある少女を除き、誰の耳にも届かず虚空へ消えた。

 嶺二は記事を屋上から放り投げる。

 あんなものは彼にとっては無用なのだ。

 どうせ黒鉄一輝は己が喰らうのだから、出鱈目しか載っていない記事には最初から意味などない。

 

「そうは思わんか、我が同胞よ」

 

「ええ、貴方が仰るならば──きっとそうなのでしょう」

 

 彼の声に応えるのはただ一人、彼の同胞たる貴徳原カナタに他ならない。

 否などない、櫻井嶺二が言うのなれば絶対そうなのだ。

 

 彼女の世界はそういうモノだ。獣が齎す光こそが真理なのだから、彼に頭を垂れるが良い。

 

 星屑の大海は凶星(けもの)を更に輝かせる為に存在しているのだから。

 

「でも、意外です。嶺二さんが倫理委員会に乗り込まないなんて」

 

「確かに倫理委員会に乗り込んで楽しむのも一興だろうよ。けれど……」

 

 嶺二の笑みから狂気が溢れる。

 今からでも殺したく堪らない。

 それでも、今はまだダメなのだ。何故なら────

 

「奴は必ず俺の望む物を提供してくれる。必ずや俺の飢えを癒すだろう」

 

「つまり……今回の件で彼は強くなるということですか?」

 

「否、強くなるのではない。本能に正直になるだけだ」

 

「ああ……それはとても、喜ばしいことですね」

 

 嶺二の言葉が示すのはたった一つ。

 その真意を知るカナタの笑みも深まる。

 これほど喜ばしいことは正しくないだろう。心が躍る、熱が高まり、殺意が身体を支配する。

 考えるだけで垂涎ものだ。

 あの剣戟が、勝利への渇望が……その者が今の今まで紡ぎあげた努力、研鑽、輝きと呼べる全てが己に向けられたとしたら。

 

 負ける?

 そんなことはあり得ない。断じて否だと宣言しよう。

 例え相手が誰であろうと喰らう、喰らう、喰らう、無惨に喰い荒らし、血肉へ変えることが出来た時こそが己にとっての至高である。

 

 故に────

 

「勝つのは俺だ」

「勝つのは私です」

 

 決して揺らがぬ、不屈の我欲に限り無し。

 獣は己が飢えを満たすまで止まることなどあり得ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

 

 現在、黒鉄一輝は今までの人生で一番動揺していた。

 査問会へ呼び出されたからではない。その程度では揺るがないとも。

 では、何が原因か。それは────

 

 

 ──お前に珠雫をやれるわけがないだろう。

 

 

 偶然にもステラとの交際を認めてもらう為のシミレーション中に、自身の父が部屋に入ってきたことだった。

 沈黙が支配する部屋で、最初にそれを破ったのは意外な事に実父である厳。

 

「一輝」

 

「は、はい」

 

 少し上擦り気味の声で応じるものの、背中の汗が増えていく。

 心臓が変なリズムで鼓動を刻む。

 この男は一体、何を口走る気だろうかと集中していると。

 

「お前、珠雫を女として愛しているのか」

 

 ガチン、と擬音が付いても可笑しくないほど一輝は硬直した。

 ……父さんは一体何を言っているのだろう。

 なんだろう、今までの父のイメージが崩れる様な気がしてならない。

 兎も角、なんとか誤解を解くべき一輝は言葉を紡ぐ。

 

「ま、まってまって!

 さっきのアレはステラのご両親に挨拶する時のシミレーションであって、珠雫のことは大切に思っているけど、それはあくまで妹としてであって────」

 

「そうか、ならいい。自分の息子が倫理的にも危ない奴なのではと思ったぞ。安心した」

 

 厳は安堵している様だが、一輝はそれどころではない。ものすごく危ない人間だと父に思われそうだったのだから。

 そうなったら、ステラのご両親に挨拶どころの話ではない。

 しかし、焦ったお陰で少し硬さが取れた。

 

「あ、あのさ。父さん、その……どうして此処に?」

 

「なんだ、息子がエレベーター一本で来れる場所にいるんだ。気まぐれに顔を見に来ることくらいはある」

 

「そう、なんだ」

 

 

 灰色の瞳からは何も感じられない。

 元より一輝は生まれてから父に関しては仏頂面しか見た事。この男が何を思っているのかさえ全くといっていいほど読めない。

 だというのに、自身は両頬にじんわりと疼きの様なものを感じているの何故だ?

 自身が浮かべる疑問に悩む一輝を尻目に厳は会話を続ける。

 

「随分と調子が良いらしいじゃないか」

 

「な、なんのこと?」

 

「決まっている。今年から破軍学園が導入した選抜戦の戦績だ。今のところ十六勝無敗だと聞いている」

 

「え、あ、うん……昨日こっちでやった試合の結果と合わせたら十七勝、かな」

 

「決して弱い相手との試合ばかりではなかったらしいな。……大したものだ」

 

 なんだ、なんなのだ?

 目の前にいる男は本当に《鉄血》と呼ばれた男なのか。

 いや、何よりも感じるのはただ一つ。

 

『何も出来ないお前は、何もするな』

 

 そう告げた男が褒めてくれたのか?

 此処までくれば確信できる。自分は嬉しいのだ、どうしようもなく。

 こうして顔を合わせ、彼の声が聞く事を嬉しく思っている。

 黒鉄一輝は父を──黒鉄厳を家族として愛していたのだ。

 

 父は、自分を見てくれている。

 父は、自分に語りかけてくれる。

 確信した後は、もう止まれない。

 

「あ、あのさ父さん」

 

「なんだ」

 

「ぼ、僕は、頑張ってま、す。ランクは相変わらずだけど、それでも強い人にも勝ってきたし、これからも負けるつもりはありません」

 

 今なら……あの時告げた言葉とは違う答えをくれるかもしれない。

 

「もう、昔の……弱く無力な頃とは違う。……黒鉄の恥にならないくらいには、結構強くなったと思う。だから───っ」

 

 緊張で震える喉で、小さく喘ぐ様に息を吸い込み、そして────

 

「僕が、七星剣武祭で優勝出来たら、そのときは僕を……認めてくれませんか?」

 

 厳は無言で灰色の瞳で一輝を見つめる。

 相変わらずの仏頂面だが、そっと瞼を閉じ。

 

「なるほど、何故お前が私の元を離れたのか……疑問が解けた。つまり、お前は自分が認められていない、と思っていたわけか」

 

 無言で一輝を頷く。何もそれだけが原因ではないが間違いでもない。

 ならばこそ、今の自分ならば認めてくれる。そう思っていた一輝の期待は色んな意味で裏切られた。

 

 

「だとすれば、それは大きな間違いだ。私はお前を、ちゃんと息子として認めている」

 

 

「え…………そんな、嘘だ!」

 

「嘘じゃない。でなければわざわざ顔など見に来ない」

 

「で、でも……父さんは何も……!」

 

 何も教えてなどくれなかった。

 能力の使い方、武芸の稽古など一度たりともだ。

 剰え、自身をあらゆる物事から締め出し、迫害してきたのだ。

 なのに、何故そんな言葉を吐けるのか。

 されど厳は微塵も揺るがない。

 

「必要がなかったから教えなかった、それだけのことだ。才能のない人間に半端な技術を教え込んだところで、それは教える側にとっても教えられない側にとっても無益なことだからな。

 いや、無益で済むならまだ良い。得るものも失うものもないからな。最悪なのは今のお前のように、半端な力で半端に結果を結果を出すことに他ならない」

 

 鉛のように重い声で厳は真意を語り続ける。

 そも、黒鉄家とは『侍』と呼ばれていた時代から、日本の《伐刀者》達を纏めてきた由緒ある家だ。

 だが、騎士を一つの組織のもと、団結させることほど難しいものはない。

 何故なら、誰も彼もが手に余る様な超常の力を持つのだから。

 そういった大小様々な歯車を噛み合わせるのが序列という秩序に他ならない。

 故に、黒鉄一輝の様な存在は歯車の調和を乱す要素なのだ。

 

 

「確かに、お前は努力し、勝利し続け、実績を積んできた。それは()も認めている。けれど、それでは駄目なのだ。

 お前の様に本来なら何も出来ない筈の人間が何かをしてしまうと、下の者達が不毛な思い上がりを抱く」

 

 自分にも何か出来る筈だ、などといった増長は歯車としての役割を狂わせる。

 それでは困るのだ。《伐刀者》とは戦争時には兵士として戦場に赴くことだってある。そんな折に歯車に違和が生じれば、不毛な犠牲を招く結果となることが大半だ。

 だからこその序列。序列とは絶対でないにしろ往々にして正しく、覆す存在こそが稀なのだから。

 

「だから、()はお前に言ったのだ。()()()()()()()()()()()()()()──とな」

 

 

 万象一切は歯車の如く。《鉄血》と呼ばれた男の行動を決定付ける理念が其処にある。

 嫌でも理解した。

 生きた秩序、黒鉄という家が代々受け継いできた役割を全うする機械仕掛けともいうべき存在。

 変革を良しとせず、現状維持を第一とし、己と他者に鉄の掟を課す秩序の番人の姿だった。

 

 だが、それは一輝にとっては堪ったものではない。

 この男は家のことなどどうでも良いのだ。厳にとってはそんな事よりも日本の騎士達の調和を守る事こそが肝要なのだ。

 

「一輝……お前は認めて欲しいのだったな。ならば、今すぐ騎士をやめろ。

 何も出来ないお前は、何もするな。私が望むのはそれだけだ」

 

 鉄の掟に抗うものに容赦はない。

 言い渡された言の葉が鼓膜を揺らし、心を揺さぶる。

 ならば、ならば己はなんだったのだろう。

 僅かばかりでも良い、望んでいて欲しかっただけだったのに……現実とは、運命とは此処まで己に牙を剥くのか。

 《鉄血》は、黒鉄一輝に何も想いを抱いてなどいなかった。

 路傍の石を視界に入れたところで、ああそうか、 とさえ感じない。

 

 

 瞳から溢れる涙が頬を伝う。

 終わっていた、終わっていたのだ、この男と自分の関係は。

 この涙の意味を理解など出来ないほどに……

 

『ふん、屑め。他人に踏み台以外の役割を求めるからそうなるのだ』

 

 誰かの声が聞こえた気がしたが、最早どうでも良い。

 黒鉄一輝という存在が、音を立てて崩れようとしていた。

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 アレは、何故泣いていたのだろう。

 男は一人、執務室へ戻るエレベーターの中で考える。

 泣き始めてから、幾ら話し掛けても返ってくるのは啜り泣く声だけだった。

 幾ら考えても答えは分からない。

 

 

「んっふっふ、どぉもどぉもこんばんわご当主様」

 

「……赤座か」

 

 

 執務室に戻るや否や、思考に耽っていても御構い無しに下卑た笑いを浮かべる己の部下。

 だが、丁度良い。相変わらず良く分からん己の実子……この男から碌な返事はないだろうが聞く価値は多少はある。

 

「赤座、お前から見て……一輝はどう見える」

 

「どうも何も落ちこぼれ、それ以外の何ものでもないですよぉ。それに加えて頑固ですねぇ」

 

 ……客観的に聞くと、自分の子供たちは其処だけは自分に似てしまっている様だ。

 珠雫や王馬も少なからず、その気がある気がする。

 

「まぁ、その頑固さは私達もよぉく知ってますから、それを踏まえて計画させていただきましたぁ」

 

「……憲兵時代の遺産か」

 

 一輝の目に見える疲労はそれでか。

 赤座も今回も何時にも増して本気なのだろう。暗部から日の当たる部署へ異動するために。

 

「……失敗は許さん、やるからには必ず追放しろ」

 

「はい、心得ております」

 

 そう言って赤座は執務室から出て行く。

 部屋には静寂が戻り、ふと執務室の壁に掛けられた歴代の長官の顔写真が目に入った。

 その写真の半数以上が黒鉄の性を持つ者だ。

 ……それでも思わずにはいられない事はあるのだ。

 何故、一輝は《伐刀者》としての道を歩んでしまったのだろう。

 王馬は幼い頃より頭角を現し、リトルリーグを制した。

 珠雫も未だ実績という実績はまだないが、トップに食い込む実力を備えている。

 一輝は《伐刀者》としての才能は皆無だが、それ以外の才能は高いのだ。

 騎士以外の道ならばアレは栄光を手にする事が出来るだろう。

 

 我が子、三人とも才能のベクトルは異なっているものの優秀だ。

 俺個人としては、一輝の道を応援しても構わないのかもしれない。

 けれど──それは俺、黒鉄厳という一個人の私情でしかなく、私に許されたものではない。

 己が分相応な生き方こそ、大多数にとっての幸福。

 無駄な希望や貰い物の自信など、本人にとっても組織にとっても損失を生み出しかねない。

 

 ならば、不要だ。

 だからこそ、どんな手を使っても排除する。

 自分の息子であろうと私は情け容赦なく切り捨てる。

 それが私の責任。鉄の秩序を守るため、今も昔も《鉄血》黒鉄厳のたった一つの正義なのだから。

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 暗い、暗い夜に覆われた氷世界の下に、それはいた。

 白いフードを目深に被り、影で隠れて顔は判別出来ない。

 手に持っているのは一振りの日本刀。血に濡れたかの様な光彩を放つそれは妖刀の類と見紛うほど。

 

 ただ何をするでもなく、吹雪に打たれ、星さえも覆い隠す暗雲を睨む。

 それは待ってるのだ。来るべき日を、己がやらねばならぬ時を。

 

 

 ────覚醒の時は近い。

 

 




だいぶ前になりましたが、一応カナタさんの似非星辰光のステータス載せておきます。

真白の婚姻、感涙するは英雄伴侶(The bride of Peleiades)
基準値:D
発動値:A
集束性:B
拡散性:A
操縦性:AA
付属性:B
維持性:B
干渉性:C

厳さんのキャラがアレで大丈夫か不安です。
それとちょっとしたアンケートの方を活動報告の方で実施しております。宜しければご意見のほどお願いします。

感想、アドバイス等お待ちしております!
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