戦の香気に誘われて   作:幻想のtidus

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Krieg

 会場が、静寂に包まれる。

 鳴り響いていた歓声は途端に静まり、顔が青ざめていく。

 思考が止まり、壁にめり込んでいる東堂刀華に皆が視線を向けていた。

 煤すら付いていなかった彼女の制服は、横一文字に切り裂かれた斬痕が刻まれ、血が滲んでいた。

 

 何が起きたのかは分からない。

 しかし、絶対無敵であった彼女の領域が侵された。

 それだけでも信じられない出来事だった。

 

 だが、それは東堂刀華も同様だった。

 彼女は自分の身体には目もくれず、目の前の獣に視線を向ける。

 

 

 ────会場の一角に凶星が降臨した。

 煌々しく燃え盛る、赫怒と喜悦の劫火が燐光を撒き散らし、世界の真理を暴き出さんと言わんばかりに照らす。

 

 《太白星》の刀身に纏った炎が、万の言葉より雄弁に物語っていた。

 彼は自然干渉系、それも《紅蓮の皇女》と同じく炎を扱う《伐刀者》。

 

 鑑みて察するに彼がしたのは魔力放出と炎による爆発力を利用したのだろう。

 

 かつて、《落第騎士》が絢辻綾瀬戦で披露した彼が編み出したオリジナル技、第四秘剣《蜃気狼》。《落第騎士》の第四秘剣と嶺二が使用したコレとは似ているが、異なる原理だ。

 

 あくまでも《蜃気狼》は足捌きによる急激な緩急で走る自分の前方に残像を作り出して間合いを誤認させる技なのだ。

 対して彼が披露したのは、単純に加速のみで動体視力や聴覚といった五感の情報を振り切るだけ。言うなれば多段加速技法。

 

 

 それ故に《閃理眼》の情報は当てに行動できなくなってしまった。最早、彼は《閃理眼》を攻略している様なものなのだ。

 いくら神経伝達を読み取ろうと、此方が行動に移すより早く、彼の刃を己に届くのだから。

 

 

 意志を震わせ、四肢に力を込め、魔力を廻し、刀華は壁に減り込んだ身体を動かす。

 未だ戦意は枯れていない。彼を容認していない。

 必ずや、お前の全てを否定してやる。

 

 

「……本当に────」

 

 

 狂気に塗れていた顔を綻ばせながら、不意に嶺二が口を開いた。

 

 

「本当にお前は素晴らしい。そうだ、それなんだよ。俺がお前らに求めているのは!

 その建前をすべて捨て去った先にある、人間()本来の姿……正真正銘の自分を晒け出し、お前など認めはしないし壊れてしまえと喰らい合う、醜くも美しい人類の本能。

 やはり、お前らはやれば出来る奴らだ。お前が証明してくれたんだ東堂刀華。

 故に互いに殺し、殺され合おう。そうさ、もっとお前らは凄烈に輝けるんだから!!」

 

 

 お前らはそんなもんじゃない。偽らざる本音で語り(否定し)合い、自分の全てを他人にぶち撒けるのだ。思いも、夢も何もかも。己を偽って何になるという。

 

 正直に、心の底から腹を割って話し合えば良いというのに、世の中に蔓延っているのは偽善、建前といった偽り。

 なんだ、なんなのだそれは。

 それでは人類に対する冒涜であり侮辱ではないか。

 人間の生き方とはそうではない。獣の生き方とはそんなものではないだろうが。

 

 騎士道? 要らぬ要らぬ見えぬ聞こえぬ。そんな偽りなど、滓も残らず消し飛べよ。

 だからなあ、お前もやるべき事は理解しているだろう?

 

 

 嶺二の胸中で、尚も猛り渦巻く殺意と呼応するかの様に激しさを増す劫火。

 刀華もまた傷ついた身体に鞭を打ち、敵意と殺意を露わにしながら、対策を練り上げるが、()鹿()()鹿()()()と思考を止めた。

 

 たかが、腹を一閃されただけだ。

 まだ身体は動かせるし、異能も使える。

 彼が幾らか速くなった?

 最早、眼で追えない?

 そんなモノなど知らない。

 必ず喉笛に喰らい付いてやる。

 

 

 

 そんな狂気と共に両者は一斉に地を蹴り、斬り結ぶ。

 刀華は《疾風迅雷》を用い、身体能力を向上。至近距離からの電撃と斬撃の釣瓶打ち。

 最早、一刻の猶予もない。彼が魔術を使用した時点で、戦況は一瞬で覆ってしまうというのに、未だ使用していない《伐刀絶技》まで使用されては流石に不味い。

 

 情報がない上に、危険過ぎる。

 本能がそう警鐘を鳴らし続けているのだ。

 だからこそ、急がねばならない。

 

 

「ハアアアァァァァッ────!!!!」

 

 

 剣に有りっ丈の殺意を乗せて放たれた刺突は真っ直ぐに嶺二の眼球目掛けて放たれた。

 だが、嶺二は今まで通り、回避も防御さえしようとしない。

 そして具現するのは今まで通り。

 《鳴神》の切っ先は眼球に当たりはしたものの、またも魔力防御で弾かれる。

 

「そんなじゃ全然足んねえぞ、東堂刀華ァァァァッ!!」

 

 

 刺突の返礼は痛烈な頭突き。

 刀華は後方へ仰け反るが、バク転の要領で身を翻す。その刹那の内に《鳴神》が流麗な軌跡を描き嶺二の足を払う。

 対《七星剣王》諸星雄大の為に積み上げた《稲妻》は最大効率で駆動する。

 

 突如乱れる鋼のリズム。

 そのまま、刀華は体勢を崩した嶺二の左肩を掴み、押し倒す。

 そのままマウントポジションを取り、嶺二の喉元へ《鳴神》を振り下ろした。

 それと同時に刀華の首元目掛けて放たられる死神の鎌。

 

 交錯する二つの剣、二つの殺意。

 だが、此処でも一歩早い。嶺二の剣速が刀華の刺突を上回る。

 迫る死神の鎌。皆の頭に浮かぶのは刀華の首が宙を舞う最悪の結末(ビジョン)

 

 

 

 だが────

 

 

 

 

 

 ────彼の剣は空気を震わせる閃光と大音響と共に弾かれた。

 否、弾かれたのではない。彼の固有霊装、《太白星》が意思を持ったかの様に宙を舞う。

 右へ左へ、上へ下へと縦横無尽に《太白星》が動く度に、刀身に奔る紫電。

 

 刀華は戦いの中で、もう一つ、《稲妻》の運用方法を手にしていた。

 本来ならば、クロスレンジに特殊な磁場を形成し、電磁力の引力と斥力を利用して刃を返す《伐刀絶技》だ。

 

 

 その技術を彼女は防御に転用したのだ。

 特殊な磁場の中、自身の霊装ではなく、彼女は相手の霊装を斥力を利用して弾く。

 生じた間隙を、彼女は逃しはしない。

 

 

 そのまま、彼女は何度も《鳴神》を振り下ろす。

 喉へ、口へ、眼球へ、額へ、狙える場所を何度も何度も────

 

 

「ははは……」

 

 

 ふと、口から零れたのは何だったのか。

 憎い、恨めしい、認めたくない。その一念のみで戦っていた自身の口から零れ落ちたそれ。

 

 これは喜悦だ。闇へ落ちる今の自分が心地良くて堪らない。癖になる程、心地良い。

 こうして、相手を否定する(喰らう)事が楽しくて、楽しくて、楽しくて楽しくて楽しくて楽しくて、心底堪らない。

 これが獣か、これが人間の在るべき姿か。

 そんな人間が輝ける場所が、此処なのか。

 傷を負っている筈の身体が羽毛の様に軽く感じる。

 

 身体が、心が、求めてしまう。

 更に、更に戦を、獲物を。

 もっと深淵へ、もっと人間()らしく振る舞いたい。

 

 

「あはははははははははッ!!」

 

 

 故に、死ねよ櫻井嶺二。

 お前を殺して私は真なる人間になるのだ。

 

 

「ふっ───!!!!」

 

「ぐ、がふ………!」

 

 刀華が喜悦の声を上げる中、嶺二は霊装を捨てた。そのまま炎を纏わせた拳が刀華の顔面に突き刺さり、可憐な顔が歪み、再び吹き飛ばされる。

 

「あはは、はははははは……」

 

 

 熱と炎が彼女の顔を焼き焦がす。拳を受けた皮膚がドロドロと溶けていくのを感じ取りながら、刀華は嗤う、産まれたばかりの獣は嗤い、不倶戴天の獣目掛けて駆け出した。

 

 

「櫻井、嶺二ィィィィッ───!!!!」

 

 

 そうだ。後少し、後ほんの少しだ。

 深淵(ここ)まで降りて来い。その時、お前は真に人間になれるのだ。

 

「東堂、刀華ァァァァッ───!!!!」

 

 

  故に、獣は不退転。劫火は勢いを増し、血を砕き、颶風の如く疾駆する。

 

 両者の殺意の重さは共に只人を隔絶している。

 刀華も真に人間()たらんとする為に、深淵へと更に手を伸ばす、刹那。

 

 

 

『トーカ!!!!』

 

 ────深淵へと伸ばした手が寸前で止まる。

 耳朶を打つ、懐かしい声。同じ時を過ごした幼馴染の悲哀に満ちた声。

 

 何をしてるんだ。東堂刀華の騎士道は、そんなものじゃない。だって僕は知っているんだ。

 誰よりも強くて、優しくて、凛々しい。誰かの為に比類無き力を発揮できる少女。

 あの日、あの時。壊れてしまった自分を闇から救い出してくれた、僕の大好きな騎士。

 

 

『トーカ、負けるなァァッ!!!!」

 

 

 信じているんだ、心から。

 《雷切》東堂刀華は、絶対に獣に勝てると。

 

 

 その想いを受け、東堂刀華は思うのだ。

 自分が感じていた悔恨など、なんとちっぽけだったんだろうと。

 あまりにも不甲斐ない。一度だけ、一回限りと騎士道を捨てたというのに、人間()という物に呑まれかけ、あまつさえ、大事な友人にまで心配を掛ける始末。

 

 なんとも情け無い。己を見失っていた。

 

 そうとも、櫻井嶺二の言う人間の本質、闘争の在り方。ああ、確かに彼の言っている事にも一理ある。

 人の歴史には必ずしも闘争は存在するし必要だ。それに本能で生きる人間というのも、ある種の人間の極点なのかもしれない。

 

 けれど、それは飽くまでも彼の渇望だ。

 私の知った話ではなかったし、付き合う義理もないのだ。

 彼の道は彼が決めた道で、私の道は私が決める。

 

 

 故に、さあ────

 

 自分の騎士道を歩むが為に、再起せよ東堂刀華。

 

 ────そして目の前の獣に訣別を。

 

 

 

 

 

 突如、空間が歪む程の磁界が、刀華の前方に形成される。

 それは、《稲妻》を使用した時と同じ、雷で形成した磁場。。その磁場に躊躇いなく、彼女は足を踏み入れる。

 

 瞬間、電光のトンネルをくぐり抜けた刀華の肉体は破壊的に加速する。それは正しく己の身体を砲弾として放つ超電磁砲(レールガン)

 未完成で、無防備で、あまりに危険な、およそ実用に耐えうる代物ではない絶技。

 

 それに応じるは、劫火纏う鋼の牙突。

 加速に加速を重ねた、獣の刺突。

 しかし、このままでは想いも何もかもを踏み砕く獣の刺突が刀華に先に届いてしまう。

 だから────

 

 

「ぐ、づっ……!」

 

 

 ────左手を犠牲に鋼の牙突を躱す。

 血飛沫が舞い、蒸発し、腕が焼き焦げる。

 その痛みを気合と根性で我慢する。

 

 この一瞬、この一撃を無駄にしてはいけない。

 可能性の全てを費やせ。五感を封じ、呼吸を止め、体力、魔力、己の全てをこの一撃に。

 

 

「────《建御雷神(タケミカヅチ)》」

 

 

 宙を舞う、血飛沫。

 それは今まで無敵を誇った獣の鎧を貫通した証だった。

 心臓を穿つ、過去最高の一撃。

 そして崩れ落ちる凶星。

 

 

 

 そして、湧き上がる大歓声。

 そうとも、この光景を、この結果を私達は望んでいたのだと、会場に割れんばかりの響き、轟く歓喜。

 

 刀華も応援してくれた、自分を叱咤してくれた泡沫に笑みを浮かべた。

 

 誰もが、彼女を尊敬していた。

 アレだけの暴威を振るっていた獣に対して、彼女は今の自分が出来ることを尽くし、成長したのだ。

 

 納得のいく勝利。

 そして、実況を担当していた月夜見半月が、東堂刀華の勝利を告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────いいや、まだだ」

 

 なればこそ、条件は達成されてしまった。

 獣を超え、長き死闘を繰り広げ、致命の技を叩き込む事で──男が最期の枷を引き千切る。

 

 

 容易ならざる難敵(否定すべき獲物)という、獣たる彼にとっての起爆剤が揃ってしまったのだ。

 

 

 

 胎動する光の波動──

 燃え盛る意思の本流──

 もはや、語るべき言葉は必要ない。

 

 

「終わりだ、絶望をくれてやろう」

 

 

 容赦なく、獣は牙を剥いた。

 刮目せよ──終末論(アヴェスター)が起動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後少しだけ、刀華戦は続きます!

……それにしても、話を何処で区切ったら良いのか段々分からなくなってきた………

感想、アドバイスなどお待ちしております!
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