SKETDANCE BOSSUN the IF STORY   作:ぐぎゅる

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上手く書けているだろうか……。


peppermintsamurai&princessogre

 

 

「へぇ、もうベンチ入りしたのか」

「うん…っても、まだ補欠だけどね」

「凄いやん‼︎ ほれ、アメちゃんやろか」

 

 ペンキ仮面事件(仮称)から、数日。杉原哲平はその才能を発揮し、早くからベンチ入りを果たしている。

 城ヶ崎もあれから杉原に接触する事も無く、平和な学園生活を送っているようだ。ただーー

 

「うげぇぇぇっ⁈」

「おぅわっ⁈ ヒメコ、何食わせたんだ⁈」

「ペロキャンのレバ刺し味」

「おまっ、何食わしてんだよ‼︎」

 

 ペロキャンは、マニア向けのキャンディなので普通の人が食べると高確率で吐くのだ。

 今回は吐かずに済んだが、これ以上はヤバいと判断した杉原は慌てて部室を後にした。

 

『完全にペロキャンを警戒されたな』

「何でなん? こんなに美味いのに」

「逆に何でペロキャンが美味いのかを知りてーよ。にしても、杉原の奴運動部の奴らにスケット団を売り込んでくれるとはな」

『これで、依頼が増えると良いな』

「だな。…あー、今日もお茶が美味いな。ヒメコ、お茶淹れるの上手くなったか?」

「んー、分からんけど…ボッスンに褒められるんは悪い気はせんな」

 

 ニカッと笑みを浮かべてボッスンの湯呑みにお茶を注ぐヒメコ。

 そんな時、部室の扉が激しくノックされた。まるで、時代劇で扉を叩く感じだ。

 

「なんやなんや、騒がしいなぁ」

「ったく、もうちょっと静かに出来ねーのかよ…」

 

 ガラッと扉を開くが、そこには誰もいない。

 ボッスン下、とヒメコの言葉で下を見ると一人の男が正座し頭を下げていた。

 

「誰やねん⁈」

「御免‼︎」

「だから誰や⁈」

 

  ▼

 

「拙者、武光振蔵と申す者。本日はスケット団に依頼があって参った」

「依頼?」

「いや、突然の訪問、失礼仕った」

「何やねん、こいつ…」

 

 武光振蔵。侍に憧れ。着流しに髷、刀(レプリカ)に芝居掛かった口調と、見た目はバッチリ侍である。

 因みに、芝居掛かった口調は父親の影響だ。好きなアニメキャラはオールマイト。

 

「コイツーー振蔵は剣道部の主将なんだよ」

「ボッスン知り合いなんか」

「たまに助っ人に行くからな。剣道部は」

「実は、その剣道の事で相談があるのでござるがーー」

 

 開盟学園の剣道部は、振蔵が二年生ながら主将を務めている。たが、主将になってからの振蔵は試合で一度も勝てずに足を引っ張っていると言う。

 一年から試合に出ていた振蔵は先鋒を務め、入部以来負け無しだった。それが二年になると同時に主将となり大将を務め始めから勝てなくなったのだ。

 

「責任を感じ切腹を試みたのも一度や二度ではーーあ、もちろんレプリカでござるが」

「意味ないやんけ‼︎」

『だが事実、大将になってからの戦績は芳しくないようだ』

「しかし拙者‼︎ 稽古は人の二倍、いや三倍はしているでござる。慢心もござらん‼︎」

「あたりまえだ。もし慢心で俺より弱いんだったら、今すぐ振蔵をぶっ飛ばす」

「ボッスン、過激過激」

「しかし、試合になると決まって結果を残す事が出来ず…。近々区の大会があるのだがもう自分ではどうにも出来ず、川に身を投げようと思った事も二度や三度では…。お三方‼︎ そこでお願いなのだがーー」

「試合で本来の実力を発揮出来るように協力すればいいんだな。分かった、協力しよう」

「おお‼︎ かたじけない‼︎」

「お前の精神力、鍛え直したるわ‼︎」

「では、恐縮ではあるが連絡先などを交換させて貰ってよろしいか?」

 

 喜び勇んだ振蔵は、手持ちの袋を漁り始めた。出てくるのは紙や硯かーーと思いきや。

 

「今、赤外線でアドレスを送るでござる。しばし待たれよ」

「でぇぇっ⁈ 何やねんその現代人ぶり‼︎」

『とんだエセ侍だな。携帯をあれほど滑らかに扱うとは』

 

 侍に憧れる少年は、現代っ子だった。

 

  ▼

 

「少し寄り道をするでござる。すぐに向かうので先に体育館に行っててくだされ」

 

 と言われ、先に体育館に向かった三人だが。

 

「…おっそいなぁ、あの侍」

『確かに。おかげでボッスンが待ち切れずに防具を付けてしまったしな』

「何やってんだよ、振蔵は…」

 

 剣道部に事情を話し、防具は貸して貰っている。しかも、防具の前垂れは無地ではなく藤崎と書かれている。

 剣道部員曰く、助っ人だとバレないようにする為だそうで最初に説明を受けたボッスンが呆れたぐらいだ。

 そうこうする内に振蔵が体育館にやって来た。

 

「お待たせした。少々コンビニに」

「コ、コンビニて…」

 

 そう言ってコンビニの袋を見せる振蔵。エセ侍道爆進中である。

 

「…とりあえず、試合の時のようにやってみてくれ」

「あい分かった」

 

 壁際に座り精神統一し、頭に手拭いを巻き防具を付ける。そしてーー

 

「やっぱ手際ええなぁ」

『腐っても剣道部員かーーん?』

「フリスケを一つ」

 

 振蔵が手にしていたのは、清涼剤のフリスケであった。

 

「待て待て待てや‼︎ 何でフリスケやねん⁈」

「いや、拙者防具を付けた後に食べるのが一つの習わしになっており…」

『なるほど、それでコンビニに…』

「いつも何か口に入れてるとは思ってたがフリスケだったのか…」

「中途半端やねん。フリスケとか」

「何を申されるか‼︎ 父上は申された‼︎ フリスケの刺激は戦闘意欲を高め、清涼感は集中力を持続させると‼︎ 謂わば剣を志す者にとっては常備品‼︎ かの宮本武蔵も決闘の前に、かの柳生十兵衛も戦いの前に、かの水戸黄門もこらしめる前にーー」

「その時代にフリスケあらへんやろが‼︎ オトン嘘ついてんねやないか‼︎」

「なぁにを申されるかぁぁぁっ‼︎」

「もういいからさっさとやれよ‼︎」

「承知仕った‼︎」

 

 放っておくといつまでも続きそうだと判断したボッスンが割り込んで先に進むように振蔵を促す。

 フリスケ一粒食べ、一粒面を被る。対戦相手はーーボッスンだ。

 ボッスンも面を被り、振蔵と正対する。面の隙間から見える振蔵の顔は気力に満ち満ちた、まさに侍の顔だった。

 

「ではーー始めっ‼︎」

「「せえぇぇぇい‼︎」」

 

 声を張る二人の竹刀が音を立てて交わる。しばらくは鍔迫り合ったまま膠着していたが。

 

「せいやぁぁぁぁ‼︎」

 

 戦闘意欲が高まった振蔵が勢いを付けボッスンを攻め立てる。

 面、胴、小手、突きあらゆる攻撃でボッスンを攻め立てるが、ボッスンは面、胴、小手への攻撃は竹刀で捌き、突きは余裕を持った体捌きで回避する。

 二人の対戦を見ていたヒメコとスイッチは振蔵の強さに少し驚いていた。

 

「へー、振蔵強いんやな」

『俺もボッスンからは強いと聞いていたが、半信半疑だったが驚いた。本当に強かったみたいだ』

「まぁ、それでもボッスンには勝たれへんやろな」

 

 振り下ろされる振蔵の大上段の攻撃を竹刀で受け止め、そのまま振蔵の竹刀を上に弾き飛ばす。

 振蔵は弾き飛ばされた竹刀を離す事はしない。だが、そのせいで巻き戻しのように腕を大上段の位置にまで戻されてしまう。そしてその隙を狙いボッスンの竹刀が振蔵の胴を打った。

 

「一本‼︎ 勝負あり‼︎」

「くっ、やはり勝てぬか…」

「いや、だいぶ腕を上げたな。これなら他の奴らに負けるとは思えねーんだが」

 

 実際、ヒメコもやり合ったら少しは手古摺りそうと感じたぐらいだ。

 ボッスンが感じた振蔵の強さは、一般の剣道部員よりも上だった。

 

「練習ではあの通り、振蔵は強い。問題は何故練習での強さが試合で出せないのか、だ」

「そりゃあやっぱり精神的なものやと思うで。プレッシャーに打ち勝つ根性を鍛えなあかん‼︎」

「は、はぁ…」

 

 そう言ってまずヒメコが振蔵に提案したのが、滝に打たれる修行ーーいわゆる滝行である。精神面を鍛えるのにはうってつけである。

 しかし滝行を続けた結果、振蔵は風邪をひいてしまい試合に負けてしまった。

 

『強い精神は強靭な肉体に宿るものだ』

 

 そう言って次にスイッチが提案したのが、天下無双養成ギプス「バカバンド」。要は、剣道の養成ギプスである。

 しかし、強制的な運動によって振蔵は筋肉痛になり結局負けてしまった。

 

「何やってんだよ、お前ら…」

「何やと、ボッスンのくせに」

「…ヒメコ、ボッスンのくせには酷くねーか?」

「知るかボケ」

『では、ボッスンは何かいいアイデアがあるのか?』

「…アイデア、か」

「いや、もう十分でござる。みんなには感謝しているでござる」

「ちょ、ちょお待てや、ウチらまだーー」

「いや、大将の務めは己の力で全うすべきもの。そもそも心の弱さの克服を他人に頼ろうとしたのが拙者の誤り。今度の大会には是非応援に来て欲しいでござる」

 

 結局、問題は少しも解決されぬまま、この日は解散となった。

 振蔵は先に帰り、ボッスンたちは部室に集まっていた。

 

「なぁ、ボッスンよ。これからどうするんよ。振蔵は自分でやる言うてるし」

「…んー、何で勝てないかの原因は何となく見えてんだけど」

『何? それは本当か?』

「ああ」

「何なんや、その原因ってのは」

「それはーー」

 

  ▼

 

 数日後、振蔵の今後を占う地区大会の日がやって来た。あれから振蔵が部室に来る事は無く、ひたすら練習に明け暮れていた。

 ボッスンたちも振蔵の気持ちを尊重し、下手に手を出す事無く様子を見守るだけにした。

 

「…で、この日が来たんやけど」

「良いな、拙者は今日こそ勝つ‼︎ 勝って大将としての役割を必ず果たしてみせる故、皆も心せよ‼︎」

『かなり気合いが入っているな』

 

 スイッチの言葉通り、振蔵を始めとした剣道部員はかなり気合いが入っている様子で、更に振蔵はフリスケを食べより一層気合いを入れる。

 

「せやけどボッスンの言う通りやったら、振蔵勝たれへんのちゃうん」

「そうだな」

『とりあえず、対策準備はしてきたぞ』

「…ま、その準備の出番が無けりゃ良いんだが」

 

 そんなボッスンの小さい願いは案の定、破られることになる。

 先鋒、次鋒共に勝利を収めるも中堅、副将は時間一杯ギリギリまで粘ったが敗北。2-2のスコアで大将である振蔵へと出番が回った。

 回ったのだがーー。

 

「…ボッスン、振蔵の顔…おかしなってる。なんかアホみたいな顔になっとる」

「あー、まぁ大分時間経ったからな」

『どうやら、ボッスンの見立て通りのようだな』

「…フリスケの効果切れて、冗談やと思ったんやけど…ホンマみたいやな」

 

 振蔵が勝てない理由、それはフリスケの戦闘意欲と集中力向上の効果切れにあった。

 主将になるまでは先鋒を任されていた振蔵。トップバッターという事もあり、フリスケの効果は絶大に発揮され、振蔵は無敗を誇った。

 だが主将となり大将を任されるようになってからは待ち時間が長くなり、待ち時間の間にフリスケの効果が切れ、試合に出ても実力を発揮出来ずに負けるようになってしまった。

 

「…ま、要は合法ドーピングな訳なんだが」

『服用しているのがフリスケだけにタチが悪い。しかも振蔵にしか効果が無いからな』

「どないすんねん⁈ もう大将戦始まってまうで‼︎」

 

 そうこうしている内に大将の呼び出しが行われる。フリスケの効果が切れた振蔵は剣道部員とは思えないへっぴり腰だ。

 

『ボッスン、このスリングショットを使え。フリスケは既に用意してある』

「…このスリングショットでフリスケを振蔵に喰わせろってか? 無茶言うぜ」

『だが、ボッスンなら出来る』

「……ちっ、しゃーねーな」

 

 大将戦開始の合図が審判から出され、NOフリスケの振蔵は瞬く間に攻め込まれる。

 ボッスンはゴーグルを掛け、スリングショットを構える。照準は、振蔵のだらしなく半開きになった口だ。

 

『説明しよう‼︎ ゴーグルを付けたボッスンは強力パチンコ「スリングショット」の狙いを付ける事に全神経を集中させる事が出来る‼︎』

「えらいいきなり饒舌やな‼︎ ってか、ボッスンいけんのか⁈」

「…当たり前、だ‼︎」

 

 振蔵と相手が離れた、その一瞬の隙を突きスリングショットでフリスケを放つ。スリングショットで放たれたフリスケは瞬く間に振蔵の口に飛び込み、噛み砕かれた。

 そして噛み砕かれたその瞬間、振蔵から恐ろしい程の闘気が溢れ出した。

 

「ぬおおおおおおおっっっ‼︎」

『どうやら上手くいったみたいだな』

「よっしゃ、行けー‼︎」

 

 復活した振蔵はその勢いのまま相手を攻め立て、苦し紛れの相手の攻撃を防ぎ、その一瞬の隙を突いて相手の胴に一撃を入れた。

 

「一本‼︎ そこまで‼︎」

 

 かくして、振蔵は大将戦で初の勝利を飾る事が出来たのであった。

 そして、その勝利の陰にスケット団がいた事を知るのは、振蔵だけであった。

 

  ▼

 

 剣道の地区大会から数日経ったある日の放課後。三人は下校しながら振蔵からの依頼を振り返っていた。

 

「…で、結局現状変わらず振蔵は未だフリスケ頼りなんやけど」

「ま、剣道部員も何とか大将戦まで回さずに頑張るって言ってんだから、良いんじゃねーか?」

「ええんか、それで…」

『まぁ、良いんじゃないか。先日のヤバ沢さんのペットに比べたら全然マシだろう』

 

 結局依頼自体は未達成だが、振蔵自身は満足したようなのでこの件は解決したと言えるだろう。

 その後、ボッスンたちのクラスメイトであるヤバ沢さんこと矢場沢萌が勝手についてきたシロテナガザルのイエティを預かって欲しいと言ってきたのだ。

 因みに、ヤバ沢さんはチアリーディング部に所属。三つ編みに丸メガネ、3の字の形の口に恰幅の良い身なりが特徴。好きなアニメキャラは織斑千冬である。

 そして更にチュウさんこと中馬鉄治先生が持ってきた爆弾(ソフトボール程の大きさ)の処理を依頼してきた。

 またまた因みに、チュウさんは学園生活支援部顧問であり、白衣にパイプ姿で恐ろしく面倒臭がりなマッドサイエンティストとして学校や生徒から危険人物として認識されている。好きな格ゲーキャラはネロ・カオス。

 

「イエティ×チュウさんの爆弾は異常に面倒だったな」

「もうイエティいらんわ…」

『そういうのに限って何回も来たりするんだがな』

「不吉な事言いなや」

 

 そんなチュウさん作の爆弾をイエティが持ち去り部室を飛び出したのだ。

 学校の敷地内や校舎内を余すとこ無く駆けずり回り、ソフトボール部のみんなや他の生徒を巻き込みながら、最後はヒメコが囮となりボッスンが屋上からバンジージャンプでイエティを捕獲した。

 因みに、イエティの持っていた爆弾がソフトボールと入れ替わり、何故かソフトボール部顧問の金城先生が足元に落ちていた爆弾を体育倉庫に投げて爆発させていたりする。

 

「まさかソフトボールと爆弾が入れ替わっていたとはなぁ」

「ホンマ驚いたわぁ」

『もう暫くチュウさんネタはいらないなーーむっ、来たぞ』

 

 時刻は既に夕暮れ時。いつもは通らない住宅街を歩いていると、見慣れない三人組がボッスンたちの行く手を遮る。

 三人共がまさに「ヤンキー」といった風体だ。その手には鉄パイプや金属バットが握られている。

 

『間違い無い、この三人だ』

「…何とも時代を感じさせる格好だな」

 

 ただのコスプレならば問題無いのだが、実際にはこのヤンキー三人組に絡まれ、中には手を出された生徒もいる。

 今回スケット団はそんな生徒からヤンキー三人組をどうにかして欲しいとの依頼を受け、実際にヤンキー三人組に絡まれた生徒の帰り道を歩いていたのだ。

 予定通り、ヒメコが前に出ていきそのヒメコを三人組が一定の距離を置いて取り囲む。

 

「へへっ、アンタら…ちょっと付き合って貰うよ」

「アホ吐かせ。何でアンタらに付き合わなあかんのや」

「へぇ、逆らおうってのかい?」

 

 そう言って鉄パイプや金属バットを構えるヤンキー三人組。

 こうやって得物をチラつかせて脅かしをかけるのも、この三人組の手口である。

 

「確か……日本一工業の乾、去川、木島、やったな?」

 

 因みに、この三人だが絡む相手にいちいち名乗っていたりする。

 

「良い度胸してるね、アンタ」

「褒めてやるよ」

「ここまでは、な‼︎」

 

 唐突にヒメコの背後から木島が襲いかかる。ヒメコは木島の鉄パイプによる一撃を躱し、スティックと蹴りによる攻撃を木島に叩き込む。

 更に乾が襲いかかるが、スティックの一振りで吹き飛ばされる。その隙を突き去川が金属バットを手に襲いかかる。

 たが、場慣れしたヒメコに通じるはずも無く、金属バットが弾かれ去川の手から離れたそれはヒメコの左手に収まる。

 

「しっかり持てや‼︎」

 

 その金属バットを去川に投げ渡し、去川が動揺した隙を狙い去川をスティックで吹き飛ばした。

 木島が背後から襲いかかってからこれまで、僅か20秒足らずである。

 

『流石ヒメコ。秒殺だな』

「アンタらの名前もう覚えたで。二度とウチの生徒に手ぇ出すなよ‼︎」

「ウキィィ…おだまり‼︎」

「おだまり? 喋り方古いなホンマ」

「このままじゃ済まないよ‼︎ アタイらのバックにはモモカさんが付いてんだ」

「アタイ? そんなん言う奴初めて見たわ。生まれる時代間違えてへんかー?」

「おまち‼︎ アンタ見ない顔だけど」

「どこのモンだい⁈」

「名前は⁈」

 

 立て続けに質問されたヒメコは、苛立ちを交えながら恫喝気味に言い放った。

 

「お前らに名乗る名前は無い‼︎」

 

  ▼

 

「あーつっかれた」

「お疲れさん。依頼は無事達成だが、やっぱ俺がやった方が良かったんじゃないか?」

「ボッスン基本的に手ぇ上げへんやろが。女には特に」

『ボッスンはフェミニストだからな』

「せやせや」

「うるせぇ。オメーはこれでも食ってろ」

 

 日本一工業のヤンキー三人組を撃退したヒメコをねぎらう為、駅前のコンビニに来ていた。目的はペロキャンである。

 ペロキャンのブルーチーズ味を買ったボッスンは包み紙を外しペロキャンをヒメコの口に押し込む。

 

「むぐっ⁈ んんー…ふむぅ」

『満足げな顔だな』

「ったく。ま、にしても相変わらずの強さだな。また、強くなってるんじゃないか?」

「どーなんやろーな。もしかしたらボッスンより強うなってるかもなー」

『しかし、武器がホッケーのスティックとは』

「まぁ、使い慣れてるっちゅうか…一番しっくりくんねん。サイクロンはウチの愛刀やな」

『なるほど』

「もしかしたら卍解出来んじゃね?」

「出来るかアホ‼︎」

 

 ヒメコがケンカにフィールドホッケー用のスティックを使うのは理由がある。スイッチは知らないが、ボッスンはその理由を知っている。

 その理由をこの場で語る事は出来ない。下手に語ればヒメコから私的制裁をされてしまうのだ。

 

「あーしんど。ほんならアタシ帰るで。はよ休みたいわ」

『明日はソフト部の助っ人だったな』

「ちゃんと休めよ。後、応援に行くからな」

「お、おう…」

 

 どことなく照れ臭そうな顔で頷くヒメコをボッスンとスイッチは見送り、帰路に着いた。

 そんなボッスンたちの会話を建物の陰から盗み聞きしていた三人組に、ボッスンたちが気付く事は無かった。

 

  ▼

 

「どうなの、最近。例の部活は」

「まぁ、出来たばっかだけど…ぼちぼちやってるよ」

「そう。頼られちゃってたりするの?」

「んなわけねーだろ。昨日もヒメコに頼りきりだったしな。…ほれ、朝飯出来たぞ」

 

 翌日、ボッスンは家で母親の茜の朝食を作っていた。茜の仕事はデザイナーで、徹夜する事もままある。茜が徹夜した朝は決まってボッスンが朝食を作る決まりになっているのだ。

 

「おはようお兄ちゃん。私カフェオレとクロワッサン」

 

 茜が徹夜した朝はそれに便乗して妹の瑠海も朝食をボッスンに要求する。

 最初は突っぱねて茜と同じ朝食を用意していたボッスンだったが、余りにもしつこいので。

 

「ほらよ。カフェオレとクロワッサン」

「……マジで?」

「マジだ」

 

 要求されたカフェオレとクロワッサンを出したのだ。因みに、ボッスンが瑠海の突然のリクエストに何故答えられたかは、まぁ…ご都合主義という事にしておこう。

 もしくは家族への愛故、か。

 

 それはともかくとし、この日はソフト部の試合がありこの試合にヒメコが助っ人として出場するのだ。

 

「来たで、キャプテン」

「ヒメコちゃん‼︎ ありがとう、待ってたわよ。みんな、張り切って勝つよ‼︎」

 

 ソフト部をまとめあげるのは、キャプテンこと高橋千秋である。

 熱い人とスポーツ全般が好きで、ソフト部のキャプテンや2-Bの学級委員を務めるなど皆の先頭に立ち、周囲を引っ張っていく活発で潑刺とした美少女だ。

 愛称はキャプテン。ソフト部の部員以外の友人からも愛称で呼ばれ、その頼り甲斐のあるキャラとして皆に親しまれている。因みに好きなアニメキャラは七条アリア。

 ヒメコとは一年の頃にクラスメイトで特に仲が良いようである。

 

「金城先生、この間はスンマセンした」

『申し訳ありませんでした』

「No problem。その代わり、今日は真面目にやりたまえよ」

 

 この間の「チュウさんの爆弾イエティが持ってって金城先生が爆破事件」の件について謝罪を述べ、ソフト部のベンチに座ったボッスンとスイッチ。

 事件の発端はイエティの管理不行き届きによるもので、責任がスケット団にあるとボッスンが考えた為謝罪をする事にしたのだ。

 ふと、グラウンドに張られたネットの向こう側にいる生徒三人がボッスンの視界に入る。

 ロン毛の男子にポニーテールとおっとり系の美少女二人。

 ボッスンはこの三人に見覚えがあった。

 

「スイッチ、生徒会執行部がいるぜ」

『本当だな。休日出勤とは、ご苦労な事だ』

「まぁ、あの生徒会長なら部下の仕事は増えそうだよな」

「プレイボール‼︎」

 

 金城先生の合図に、生徒会執行部の三人からバッターボックスへと視線を移す。

 ヒメコは先頭打者としてバッターボックスに入っており、気合も十分だった。ただーー

 

「タイムタイム‼︎」

「え? 何やのボッスンよぉ」

「どこの世界にサイクロン持ってソフトボールやる奴がいんだよ‼︎」

「はぁっ⁈ ボッスンサイクロンの力信じてへんのか⁈ ほんなら見とけや、今サイクロンの実力見せたるわ‼︎」

 

 ヒメコの愛刀、と言うだけはあるのだがさすがにルール違反になるので、ボッスンはヒメコからサイクロンの取り上げ金属バットを持たせてベンチに戻った。

 サイクロンをスティックのカバンにしまい込む。ヒメコはすでに2ストライクを取られ、ボッスンを恨めしげに睨んでいる。

 

「うーん、ヒメコちゃん運動神経良いから助っ人頼んじゃったけど、悪かったかしら…」

「…スイッチ、なんかアドバイスしてやったらどうだ?」

『そうだな。タイム』

 

 ボッスンの指示でスイッチがヒメコにアドバイスをするが、ヒメコの残念なおつむでは理解出来ずにスイッチに突っかかってしまう。

 見かねたキャプテンもタイムを取ってアドバイスには入るが、あまり効果は無かった。

 

「…しょうがねーな。ヒメコ‼︎ ヒット打ったらお前の大好物ペロキャンカキフライ味をやるから、気合入れろ‼︎」

 

 ボッスンがため息交じりでペロキャンのしかもヒメコの大好物のカキフライ味をポケットから取り出し、ヒメコに見せる。

 見せる、とは言ってもバッターボックスからベンチは結構距離がある。ペロキャンを見せてもそれがカキフライ味かどうかを見分けるのはちょっと難しい。だがーー

 

「死にさらせぇぇぇ‼︎」

 

 見事に特大ヒットを放って見せたヒメコ。そのまま怒濤の勢いでダイヤモンドを回り、ランニングホームランをやってのけたのだ。

 その後はヒメコが上げた得点を守り切り、開盟学園ソフト部は見事勝利を収めた。

 

「ほれ、カキフライ味。しっかし、よくもまぁこんなんでランニングホームラン打てるもんだよな。びっくりだ」

「うっさい。…あーん」

「…何だよ」

「ご褒美やん? 食べさせてーな」

「はぁ⁈ オメーはガキかっ‼︎」

「ええやんええやん、ほらあーん」

「ったく…何なんだよコイツ」

 

 ブツクサ言いながらも包み紙を取りヒメコに食べさせるあたり、ボッスンもお人好しである。

 その後はソフト部とスケット団で記念撮影し、この場は解散となった。

 

「ボッスンよ、この後どーすんの?」

「久しぶりにスイッチと格ゲーしようかと」

『腕が鳴るぜ』

「ホンマ好きやな。ほんなら今日は解散って事でええな」

「ヒメコちゃーん、ちょっと来てー」

「すぐ行くわー。ほなら、キャプテンに呼ばれたからあたし行くな」

「おう。…久しぶりだから、電撃の格ゲーやろうぜスイッチ」

『分かった。俺のシャナたんが無双するぜ』

「言ってろ。すぐに俺のキリトがーーいや、久しぶりだから手乗りタイガーvs.灼眼と行こうぜ‼︎」

『同じ声優同士の戦いか。いいだろう、かかって来い‼︎』

 

 この時、キャプテンと話し込んでいたヒメコも変なテンションになっていたボッスンとスイッチもヒメコのホッケースティックなカバンに近付く人影に気付く事は無かった。

 

  ▼

 

「あー疲れた。体力仕事二連チャンはキツいわー」

 

 しばらくキャプテンと話し込んでいたヒメコは一人で帰宅の途に就いていた。

 

「ま、ええ事もあったし良しとするか」

 

 既にペロキャンカキフライ味は胃の中で、ペロキャンの棒を咥えながらニッシッシとヒメコは笑みを浮かべる。

 が、良くない事もあった。近頃「鬼姫」を名乗る不良が街で暴れているらしい、と言うこと奇妙な噂。

 噂を教えてくれたキャプテンはそんな事ある訳無いと一蹴していた。

 もしその鬼姫がケンカを売って暴れているのなら、それは偽物だ。何故なら、鬼姫は絶対にケンカは売らない。ただ、売られたケンカは必ず買うのだ。

 

「もし目の前に出てきたらとっちめたろかーーん?」

 

 ブツクサ言いながら歩くヒメコの前に現れたのはーー日本一工業の乾らヤンキー三人組だった。

 

「何やお前ら、また返り討ちにして欲しいんか?」

「キキッ、モモカさんにアンタを連れて来いつて言われてるんだよ。一緒に来な」

「おいおい気軽に言うてくれんなや、友達ちゃうねんから。しんどいし面倒やけどはよどかな痛い目見んで?」

「ケッ、今日も勝てると思ったら大間違いだよ‼︎ ケーンケンケン‼︎」

「ケンケン⁈ お前ら笑い方おかしない?」

 

 ヒメコの挑発(無意識)にも、三人は只々笑うだけ。その余裕が少し不気味だ。大好物のペロキャンカキフライ味を食べてはいるが疲れ自体は残っている。

 たが、勝てない相手じゃない。ヒメコはさっさとぶちのめして家に帰る事にした。

 

「あんな、今やったら勝てるなんて思うとったら大間違いやで。お前ら三人このサイクロン一本あれば十分やっちゅうねん」

 

 ヒメコは得意げに語りながらスティックのカバンを開ける。

 だが、そこに入っていたのはサイクロンじゃなく見知らぬおもちゃのステッキだった。

 

  ▼

 

「ヒメコちゃんまだいる?」

「ん、キャプテンか。ヒメコならもう帰ったはずだけど?」

「うん、ヒメコのスティック体育倉庫の脇に置きっぱなしだったから…」

「…何で?」

 

  ▼

 

「な、何やこれは…」

「どうだい、魔法のペテン師 リアリテッ」

「あ、噛んだ」

「っ…リアリティ☆マジのシニカルステッキは気に入ったかい?」

「そしてアタイらヤンキー三人がおもちゃ屋で買うのにどんだけ恥ずかしい思いをしたか分かるかい?」

「知らんがな‼︎」

「ソイツはウチらがすり替えておいたんだよ‼︎」

 

 実はヤンキー三人組は開盟学園のグラウンドにいた。ソフト部の試合が終わった後、ボッスンとスイッチがいなくなり、ヒメコとキャプテンが世間話に夢中なりスティックのカバンの周りに誰もいない隙を見計らい、サイクロンとシニカルステッキを入れ替えのだ。

 まさに外道、悪の所業である。

 

「ホンマ、とことん腹立つ事してくれるやんけ」

 

 腸が煮えくり返る一方、ヒメコは冷静に思考を巡らせていた。

 素手で三人を相手にする事は出来る。但し下手をすればヒメコ自身ただでは済まない。

 そして、ボッスンはそれを絶対に許さない。

 

「…チッ」

「ヒヒッ、それじゃ大人しくついてきてもらうよ」

 

 三人はヒメコを取り囲み、乾と去川がヒメコの両手を掴む。

 

「なっ、離せや‼︎ こんなんせんでもーー」

 

 背後の木島に気付いたヒメコは次の瞬間には意識を失っていた。

 

  ▼

 

 キャプテンからヒメコのサイクロンを受け取ったボッスンはスイッチと部室でヒメコが来るのを待っていた。

 と言ってもヒメコが来るかは分からない。事実、部室に夕焼けの光がさしこみはじめていた。

 

「おせーな、ヒメコ」

『今日はもう来ないんじゃないのか?』

「…そうかもなー」

 

 ただ、ボッスンは確かな引っかかりを感じていた。最後にサイクロンをスティックのカバンに入れたのはボッスンだ。

 ヒメコと別れた時もスティックのカバンはベンチにあった。

 ボッスンは一応キャプテンに話を聞き、ヒメコがベンチからスティックのカバンを持って帰ったと言っている。

 あり得ないのだ。サイクロンが体育倉庫の脇に置きっぱなしになるのは。

 

「…スイッチ」

『何だ?』

「ヒメコが危ないかもしれない」

『…分かった、行こう』

 

 二人はカバンを手にぶしつを飛び出した。スケット団の仲間を救う為に。

 

  ▼

 

「ん…っ、ここは…」

 

 どこや、とボヤけ気味に意識を取り戻したが、すぐに自分の置かれた状況は把握出来なかった。

 ヒメコは木を背後にし後ろ手で木を抱くようにして縄で両手首を縛られていた。それを乾ら三人と見知らぬ女一人がヒメコを眺めていた。

 

「な、何やこれ⁈ 何やこの状況‼︎」

「絶体絶命のピンチって奴だよ」

 

 三人の後ろから出てきたのは、見た目はスケ番だがとても不良をするような顔立ちには見えない、例えるならアイドルのような可愛らしい女の子だった。

 

「お前がボスかい。何やエグいん想像してたけど、えらい可愛い顔しとるやん。確か…モモカ、ちゃんやったっけ?」

「そう、アタイの名は吉備津百香。またの名をーー鬼姫」

 

 ヒメコの思考が一瞬凍りついた。まさか、このようなところで鬼姫に出会うとはさすがのヒメコも予想がつかなかった。

 まさか、本当に鬼姫の偽物にこんな形でお目にかかれるとは。

 

「アンタも聞いた事ぐらいあるだろう? 金髪、咥えタバコ、バット。アタイが鬼姫さ」

「ほう、アタシが聞いた鬼姫はこんな卑怯もんちゃうかったけどな」

「…ふん、卑怯…結構だね。相手に恐怖を与えて嬲り殺すのがーーアタイのやり方」

 

 バットの先端がヒメコの頬に押し付けられ、すぐに顎に添えられる。

 後ろでは子分の三人がヒメコの姿を見て笑い声を上げている。

 

「ご覧の通り、鬼姫は冷酷で残忍」

「相手を倒す為なら手段を選ばない強いお人さ」

「にしては口のソレ、タバコちゃうやん」

「っ⁈」

「ハッカ味のするパチモンやろ?」

「モモカさんは健康第一なんだよ‼︎」

「タバコなんて良くねーじゃねーか‼︎」

「おかげでこの肌この美貌‼︎ おまけにスタイルもばつぐーー」

 

 子分の三人が言い終える前にモモカが三人を伸してしまった。吉備津百香は照れ屋であったのだ。

 

「ったく…。でも、確かにアンタ骨があるよ。冥土の土産に名前ぐらい聞いといてやる。名乗りな」

「嫌や、言うたらどないする?」

 

 二人の間に言い知れぬ緊張が張り詰める。そんな時、緊張を切り裂く携帯の着信が鳴った。

 

  ▼

 

「俺とした事が、さっさと携帯鳴らせば良かったじゃねーか」

『だが、電話に出られない状況だと意味が無いのではないか?』

「普通に考えたらな。だが、もし犯人が予想通りならーー」

 

 ボッスンの携帯からコール音が切れ、無音になる。だが、すぐに風に揺れる木々の音が聞こえ電話が繋がったと確信した。

 

「もしもし」

 《その声はあの赤ツノだね》

 

 ボッスンは笑みを浮かべた。携帯から聞こえるのは去川の声だった。

 

 《取り敢えず女は預かってるよ、スケット団》

「どうやら、サイクロンが体育倉庫の脇にあったのは、お前らの仕業みてーだな。……女は無事なのか?」

 《いいや、あまり無事とは言えないね》

 

 急に変わった声に、ボッスンとスイッチが驚きを見せる。

 

「お前がボスか」

 《そうさ、アタイが吉備津百香。巷で噂の鬼姫さ》

「…鬼姫、ね。要求があんなら応じてやる。だから今お前らがいる場所、教えてくれよ」

 《ふん、分かってないみたいだねぇ。誘拐じゃないんだよ。アタイらはただこの女をボコりたいだけ》

 

 ブランコの揺れる音と共にモモカの言葉を聞いたボッスンの手に力が入り携帯がミシミシと音を立てる。

 そんなボッスンの肩をスイッチが軽く二度叩く。

 

『落ち着け。今は冷静に、だ』

 

 スイッチの言葉に軽く息を吐き、ボッスンら小さく頷く。

 スイッチの言葉と携帯から聞こえてくる夕焼け小焼けのメロディで気分を落ち着かせる。

 

「そういう事言うなよ。もう夕焼け小焼けが流れてるし、何よりーーヒメコに手を出されたら俺も容赦無くやらなきゃならなくなるからさ。何もしねぇなら、俺たちも手は出さねぇ」

 

 聞こえる小袋行きの電車の案内と踏み切りの音を聞きながら、ボッスンはモモカの言葉を待つ。

 

 《手は出さない? 生憎そんな言葉信じるほどバカじゃないんでね。女とはまだまだ遊ばせてもらうよ。あばよ、王子様》

「おい、話はまだーー」

 

 ボッスンが言い切る前に電話は切られてしまった。

 だが、この電話は如実に相手の場所を教えてくれた。

 

「スイッチ、今から言う事に当てはまる場所を探してくれ‼︎」

 

 この言葉から二人が走り出すまで、1分も掛からなかった。

 

  ▼

 

「はぁっ、はぁっ……何や、大した事あらへんな…鬼姫っちゅうのも。こんな事しても広まるんは悪名だけ、ちゃうんか?」

 

 満身創痍のヒメコが、息も絶え絶えに悪態を吐く。ボッスンとモモカの電話が終わってしばらく、ヒメコはモモカによっていたぶられ続けていた。

 

「悪名上等。鬼姫ってのは強さと暴力の象徴。恐怖を語り継いで広まっていく名なのさ」

「…まぁ、それはそれで知ったこっちゃない。けどな、ここでアタシを半殺しにしたら、まずお前らは終わる。ウチのリーダーは本気でキレたら男も女も関係あらへんからな。ほんでな、強さ強さ言うけどな、サシでタイマンも張れへん奴が大層なニックネーム自慢すなや。……サブいねん」

「っ‼︎ テメェ、上等じゃねーか‼︎」

 

 ヒメコの一言に、キレたモモカがバットを振り上げる。

 さすがのヒメコもこれ以上は耐え切れない。が、自分ではどうする事も出来ない。

 

「死になっっ‼︎」

 

 目を瞑り、心の中でボッスンの名を叫ぶ。

 人体が金属バットに打たれる、鈍い音が響く。だが、ヒメコに痛みは無かった。

 目の前は目を見開き驚くモモカ。そしてーー

 

「ワリィ、遅くなった」

 

 金属バットを右腕で受け止めるボッスンがいた。

 

「ボッスン…‼︎」

「ス、スケット団⁈」

『大丈夫か、ヒメコ。すぐに縄を解く』

「スイッチ…痛いは痛いけど、何とか。縄は頼んだで」

「何で、この場所が…⁈」

「お前との電話でだよ、吉備津百香。まず聞こえたのがブランコだ。これで公園は確定。そして夕焼け小焼けと電車と踏み切り。聞こえてきた電車の案内が小袋行きで夕焼け小焼けが同じくらいの時間に流れるから17時発だ。そして小袋行き17時発の電車があり、駅のすぐ側に踏み切りがある駅は芽城島(めぎじま)駅だけだ。後は芽城島駅のすぐ近くにある公園を探すだけ。ま、ここしか無かったから簡単だったぜ」

「そん、な…バカな」

 

 相手と話をしながら、必要な情報を取捨選択するボッスンのスゴ技にモモカたちは言葉を失っていた。

 ボッスンはそんなモモカたちに目をくれること無く、ポケットからペロキャンを取り出した。ペロキャンレバ刺し味。杉原も吐きかけた一品である。

 

「レバ刺し味やん、こら疲れも痛みも吹っ飛ぶで。はい、あーん」

「だから、テメェで食えっつーに…」

 

 と言いながらも、やはり包み紙を外してヒメコに食べさせるボッスン。口に入れたペロキャンをバリバリと嚙み砕くヒメコを見てボッスンはモモカたちに視線を送る。

 

「な、何だい‼︎ 三人でやろうってのかい⁈ 上等だよ‼︎」

「…ま、ヒメコがアレだけ世話になったんだ。容赦はしねぇ…が、相手をするのは俺一人だ」

「なっ……正気かい⁈」

「こっちもブチギレてるんでな」

 

 ボッスンの言葉にヒメコは少し安心した。本当にボッスンがキレたら、問答無用で相手に突っ込んでいくからだ。

 

「つーかボッスンよ、これはアタシに売られたケンカや。引っ込んどき」

「いや、しかしーー」

「右腕…腫れてるやん。だから、な?」

 

 渋々納得したボッスンが、ヒメコの愛刀であるサイクロンを渡して後ろに下がる。

 サイクロンを受け取ったヒメコが、軽快にサイクロンを振り回し、地面に叩きつける。

 派手な音と共にサイクロンを叩きつけた地面が破壊される。

 

「…さすがアマゾネス・ヒメコ」

「誰がアマゾネスやねん‼︎」

「あ、アンタ…一体何者なんだい…⁈」

「ったく…金髪に咥えタバコ? これはペロリポップ☆キャンディや。武器もバットやのうてフィールドホッケー用のスティック「サイクロン」‼︎」

「え、ま、まさか…アンタ、本物のーー」

「ホンマ噂っちゅーもんは当てにならんな。お前の話聞いてて腹捩れるか思たわ」

「鬼姫⁈」

 

 怯えるモモカたちを見たヒメコ自身、理解は出来なかったが納得はしていた。

 鬼姫は強さと暴力の象徴。恐怖を語り継いで広まっていく名なのだと。例えそれが悲しき過去を孕んでいたとしても。

 もしここでモモカたちを痛めつけたら、鬼姫の名はモモカたちによって更に広まるだろう。

 

「うらぁぁぁぁっ‼︎」

 

 それでもヒメコは思う。

 こんな私でも、鬼姫としてじゃなく私を必要としてくれる人の為にこの力を振るうのだ、と。

 だから、彼女らにこのスティックを振り下ろすのは間違ってるのだ、と。

 

「っ……あ、あれ?」

「ふーっ、ふーっ…………3秒以内に立ち去れぇぇぇっ‼︎」

「はっ、はいいっ‼︎ お前たちずらかるよ‼︎」

「ずらかるって…どこまでも古臭いな」

 

 結局、ヒメコは手を下さずモモカたちを見逃した。だが、これで良いとボッスンは思っていた。

 ヒメコはもう鬼姫では無く、スケット団副部長のヒメコなのだから。

 

  ▼

 

「鬼姫は強さと暴力の象徴、か」

「結局、アタシはあの頃から変わってないんやろうか?」

「そう考えられるだけマシじゃね? 後は鬼姫に対抗してヒメコの象徴を作るとか」

「何やねんそれ」

『例えば…ツッコミとツッコミの象徴』

「ツッコミしかあらへんやんけ‼︎ アタシはツッコミだけの女か⁈」

「でもま、言ったじゃねーか。俺にはお前のその強さが必要だってな。だから、下手に変わらなくていいんだよ。ほら、ペロキャン塩辛味」

「…へへ、ほうかほうか…。ん、あーん」

「テメェいい加減にしろよ⁈」

『大丈夫だヒメコ。ボッスンはツンデレだからな』

「黙れオタク‼︎ ったく、ほれ」

「あーん…へへー、ありがとなボッスン」

「気にすんな」

 

 こうして「ヒメコ拉致事件」及び「偽鬼姫事件」は解決を見たーーのだが。

 

「えー、後缶コーヒー無糖。ほんでええわ。…別にそんな何回もパシリに行かんでええんやで? まぁ、気を付けて行ってきいや」

「はい、姉さん‼︎」

 

 吉備津百香、以下三名がヒメコの舎弟になったのだ。

 元々、伝説の鬼姫に憧れて名を騙っていたので実物の舎弟になりたがるのも無理からぬことであろうか。

 

『ま、めでたしめでたしで良いんじゃないか?』

「…ま、そうかもな」

「ほら、ダッシュ」

「はいっ姉さん‼︎」

 

 こうして、スケット団に新たな仲間(ヒメコ付き)が加わったのであった。


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