紅刃は昨夜の騒動のせいか疲労が抜け切っていなかったが下手に習慣に逆らうと余計に疲労が溜まるので身体に鞭を打ってベットから這い出る。
そしてテーブルの上には使った料理の皿がそのままになっているのを見て何があったかを鮮明に思い出した。
取り敢えずパジャマから制服に着替え皿を洗う。
皿と皿がカチャカチャうるさかったのか紅刃がこびり付いた油汚れを落としひと息ついたところで伶愛が目を覚ました。
「…うぅ」
二段ベットの上を使用している伶愛は上半身を起こすが頭痛がするのか頭を抑えている。
あまり寝起きが良くない伶愛だが今回はいつもより輪にかけて酷かった。だがその原因である紅刃に何か言う資格はない。
半分寝ている状態で身支度していた伶愛の意識が覚醒したのは起きてから40分近く経った後のことだった。
「伶愛ごめん!」
覚醒した伶愛と向き合って出た紅刃の第一声はそれだった。伶愛はそれによって昨夜の自分の痴態を思い出し顔を真っ赤にする。しばらく慌てていた伶愛だが目の前の紅刃が頭を上げるどころか土下座すらやめていない事に気付きすぐにやめさせる。
「頭を上げろ紅刃」
「合わせる顔がないよ」
「いいんだ。私だって自分があんなに弱い事知らなかったんだ」
言ってもなかなか体勢を変えない紅刃に業を煮やした伶愛は力ずくで頭を上げさせる。
伶愛から見て紅刃は目に見えて意気消沈している。どうやって元の状態まで戻そうかと考えていたがクゥと自らのお腹の虫が鳴るのが聞こえた。
「ほら、私はお腹が空いたぞ。何か作ってくれ」
それに追従するかのように紅刃のお腹の虫が鳴る。それによって張り詰めていた独特の雰囲気が霧散する。
時間が時間だったので簡素な料理になってしまったがそれでも美味しいのは紅刃の腕によるものだろう。
「今日は一輝の試合だったな」
「うん、対戦相手は桐原静矢。去年の代表の1人だね」
「《狩人》か…。私はあまり好かないな」
「別に卑怯な戦法でもいいけどね。セコセコと相手を選んで嬲るなんてとんだ
桐原静矢が気に入らないのか2人はいつもより強めの言葉で酷評する。
2人は寮を出てすぐに蒼刃と伶奈の二人組に出会った。
「随分と寝坊じゃねぇか。あれか?昨日はお楽しみでしたねってヤツか」
「紅刃君ワイン美味しかったよ。また買っといてね」
からかう気満々の2人に絡まれた紅刃と伶愛は特に伶愛が顔を真っ赤にする。紅刃は割と冗談にならないことをほざいた蒼刃に対し脛を蹴ることで対応したが伶奈のまだ脅す気満々の態度に怒りよりもいっそ清々しさすら感じる。
午前までの授業を終えパッと食べられるサンドイッチを学食で食べた紅刃と伶愛は一輝の試合を見に会場に向かう。
観客席を見渡し見知った顔の多い一角に向かう。
「やあ、ステラに珠雫にアリス」
「さっきぶりね」
隣のステラに断りを入れて座る。やがて時間となりアナウンスが流れる。
『さぁ第3試合が終わり本日の第4試合が行われるわけですがすごく人だかりです!
いよいよ選手の紹介です!一年にして七星剣武祭出場の快挙を成し遂げ優勝候補の1人をワンサイドゲームで打ち破った前年度次席入学者!無理はせず勝てる相手から勝つスタンスでこれまでの公式戦や交流戦では無傷で勝利することからついた二つ名は《狩人》!七星剣武祭代表の最有力候補の1人!2年 桐原静矢選手だ!』
『続いて《狩人》に対するはなんとFランク騎士!だが侮ることなかれ!すでに多くの人が知っていることでしょう!なんと彼はあのAランク騎士《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンに勝利を収めています!あの強さは本物か!それともただの《
中央の試合線上に立った2人は三言ばかり言葉を交わし
「いよいよ始まったわね。クレハ、アンタだったらどう動くの?」
「え?あの
「今日のアンタ、ビックリするほど口が悪いわね」
「ボクが一輝だったら速攻《一刀修羅》で斬り捨てるね。一輝と《
「そう、アタシも同じ意見だわ」
「まあ出来たらだけどね」
「はぁ?どういう事よ」
「見てれば分かるよ」
一輝の背後から矢が現れ貫くかと思われたが危なげなく切り伏せる。そして桐原の位置を逆算し《隕鉄》を振り下ろす。虚空を切ったように見えた一閃は制服の一部のみを切り裂く。
第2射に備える一輝は確かな手応えを感じていた。だが_
一輝の右太ももから血が吹き出る。
「ぐ、ぐぁぁ」
突然の痛みによって一輝は混乱の渦に叩き込まれる。なぜ、どうして、その2つが頭の中で浮かび上がる。そして次に浮かんだのはマズイ。このままでは考えた戦略が全部役に立たない。
「ハハハ、一輝君。君はとんだおめでたい頭をしているね。このボクが去年と同じだとでも思ったのかい?そんなわけないじゃないか。今年の《
置き土産と言わんばかりに再び右太ももを撃ち抜く。
実況の女子生徒が酷いと呟くくらいには凄惨だった。両手足を中心にボロボロにされた一輝は《隕鉄》を杖に辛うじて立っていられる。
一方的過ぎて一輝は自らの浅はかさに苦笑いすら浮かべる。
「それだけボロボロにされてもギブアップしないなんて、君の忍耐力にはほんと感心させられるよ」
「この程度で諦めてるなら、留年なんてしないさ」
「確かに、それはその通りだ。よぉしならそんな君にはハンデとしてどこを狙うかあらかじめ教えようじゃないか。いくぞまずは左太もも!」
ハンデなどと言っているがそれはより一輝を惨めにさせたいという汚れた自尊心の発露だ。
「動きが鈍いよ、やる気あるのかい。気合い入れて逃げ回れよ!」
まず最初に足を撃って機動力を奪ってから言うことではない。どの口が言うのかとステラは怒りを露わにする。
「アハハハッ!惨めな顔だよ黒鉄君。さぁ笑顔だ、笑顔で頑張ろう!そうするだけの理由があるだろう⁉︎なんせ君の卒業がかかってるんだから!」
桐原の醜い笑いと共に放たれた言葉は場を固まらせるだけの威力があった。成績に影響しないと言われたのに卒業がかかっているとはどういう事だとざわつく。それを聞いた桐原は一輝の身の上を語る。
「彼はあまりに能力値が低過ぎて普通なら卒業出来ない。そこで新理事長が条件を出したんだ!『七星剣武祭で優勝して、七星剣王になったら卒業させてやる』ってね」
それを聞いた生徒は嘲笑の笑みを浮かべ大声で一輝を罵倒する。お前には無理だ、身の程をわきまえろ、出来るわけないだろ、と。半ば折れかかりひび割れた一輝の心に容赦なくそれらの言葉は刺さる。
「散々な言われようだね。だけど君が悪いんだよ、身の程知らずが分不相応な夢を見るから反感を買うんだ」
AランクがFランクに敗れるという彼らにとってあり得ないことは様々な憶測を呼ぶ。黒鉄家がヴァーミリオン皇国に賄賂を渡した、箔をつけるために勝利を金で買った、仮にも1つの国家を買収など出来るわけない。だがそれはこの場限りの真実となり、新たな罵倒を呼び容赦なく一輝を傷付ける。
「もう現実を受け入れるんだ。そんなみみっちい能力なんかじゃ俺の《
桐原の扇動に従い一輝を罵倒する。
その罵倒に一輝を一輝足らしめる部分が折れそうになり足掻いて負けても降参して負けても同じだと、どんどん暗い方に転がり落ちる。
「だまれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
紅刃の隣で鬱血するほど拳を握りしめ怒りを堪えていたステラだったが我慢できる境界線を超え、叫ぶ。
「才能なんかでしか見れない、そんな小さなモノにしがみつくアンタたちなんかに!イッキの強さが分かるわけない!そんな知ったかぶりで……アタシの大好きな騎士を馬鹿にするなぁぁぁぁ!」
ステラの魂からの咆哮に一輝は何をしているんだと自問自答する。自らを音が聞こえるくらいに殴る。会場が唖然としている間に一輝は体勢を整える。
「僕の
そう高らかに宣言した一輝は《一刀修羅》を発動させ、ある一点に向かって放たれた矢のごとく走る。その走りに迷いは微塵もない。
それを見た桐原は恐慌し逃げ回りながら矢を放つ。しかし一輝はそれが見えているかの如く斬り払い一直線に走る。
「冗談だろ⁉︎おい!やめよう!やめようよ⁉︎それ刃物!刃物だから⁉︎そんなので切られたら大変なことになる⁉︎普通じゃないよ⁉︎こんなの⁉︎やめよう!そ、そうだ!ジャンケンだ、ジャンケンで決めよう!それがいい!僕たちは元クラスメイトだ!友達じゃないか⁉︎」
もはや《
「いやだぁぁぁぁ!痛いのはいやだぁぁぁぁ!ボクの負けだ!負けでいいから!だからやめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
一輝は
桐原は斬られるという恐怖で泡を吹いて気絶した。
『試合終了ォォォォォ!勝ったのはなんとFランク騎士《
一輝は《一刀修羅》の代償によって疲労で気絶するが、その顔はボロボロの身体には合わないほど安らかだった。
会場を後にする紅刃の背にステラは疑問を投げかける。
「そういえばクレハ。なんであんなに当たりが強かったの?」
「それは私も気になっていた」
「ボクも同じく対人戦に強い能力だからね。見ててイラっとしたんだよ」