A 戦禍
始めて外に出た。
見渡す限りの青、蒼、藍!
大地は緑、碧、翠、そして黄土!
川は水道から出てくる薬品臭い水ではない!
吸血鬼の身に太陽の光がちょっと痛いが、そんなことは些細だ。室外で普通に呼吸ができるなんて夢のようだ。
こんな世界で初めから生まれてこれたならと、感動…………。
やっぱり家族のいない世界は寂しい。親戚家族、全員でこの世界に来ることができるならどんなにかよかったのに。
しばらく草原を歩いていると、草が踏みしめられている道に出た。
南北に広がっているその道をどちらに向かうか……………。
「低位人形作成!リーディングドール。」
現在1日に出せる中位の人形は限られている。なので能力は低いがそこそこに信頼性のある低位の人形を僕は手のひらに作り出した。
「人里のある方を指し示せ。」
リーディングドールは僕の手のひらの上でクルクル回ると道の北の方を指し示した。
あー長閑だ。
「つか、やっぱアッチ!」
太陽の光が痛い!!
「クリエイト・エレメンタリー・アイテム・マントル!」
織田信長が着ていたようなマントを作ろうとしていたが、手に現れたのは、幼稚園生が着るような白いポンチョだった。丈も膝上しかない。
「コレ、モモンガさんが見てたら大爆笑してるよね、きっと。」
……………。
まあ目的が果たせるなら構わない。僕はテルテル坊主のようにポンチョを被ると再び歩き出す。
この身体への憑依がおかしかったのか、僕のカルマが+400だからか、色々人間の脆弱さと吸血鬼の弱点を併せ持つような中途半端なものになっている。
回復魔法を掛けると普通に痛いし火傷するだけだ。ポーション掛けた時なんか、硫酸掛けられたと思って飛び上がったし。
その時、
かといってモモンガさんの絶望のオーラを受けると目を回す事態になる。
全くどういうことだ?運営、説明してくれ!!
まあ結論から言えば、同じLVの敵が出てきたら間違いなく逃げなきゃ、ということだ。
3時間ほど歩くと少し疲れてきた。
「疲労無効なアンデッドの吸血鬼なのに何で疲れるの?やっぱり中途半端なアンデッドだからかな?」
不思議なのだが疲れているのだから仕方ない。僕は大樹が三つ並んでいる樹の下に腰かけた。
人の気配がある樹だった。ドルイドだったらこの樹とも会話できるんだろうか?
しばらく目を閉じていると、僕はいつの間にか寝ていた。
この身体が睡眠をとって回復できることはナザリックに居た時に分かっていた。
目を覚ました時、手にあったリーディングドールは粘土に変わっていた。
こんなところも不思議だ。粘土をこねて作ったメッセンジャードールや転移人形はその機能を失うことも無いのに、ゼロからスキルで作ると、このように木くずやぼろきれ、粘土等に変わっているのだ。
既に天空には三日月が上がっており、おそらく暗闇なのだろう。
しかし僕の目には辺りは昼間よりより鮮明に見えるようになっていた。
「ん?」
何か光が揺らめいた気がした。
「
50mの高さまで飛ぶと、どうやら10kmほど先から火が上がっているのが見えた。
「何だろう?火事?」
「…………これは。………野盗だ。」
やばい!
僕は慌てて見つからないよう樹の陰に入って様子をうかがうことにした。
「た、助けて!」
見れば14~5歳位の女の子が野盗から逃げる途中転倒し、命乞いをしている姿だった。
「なあっ!」
野盗と思っていた僕は次の瞬間声を上げてしまった。
馬に乗った男が女の子に槍を突き立てたのだ。しかも安楽的に殺してやるとかではなく、もてあそぶように太ももに槍を突き立てたのだ!
「
槍を突き立てた男を僕は眠らせると、少女の口を押え、僕は再び先程の大樹の枝の上に隠れた。
「大丈夫。僕は味方だ。」
「み、味方?」
震える視線をこちらに向ける少女。
「ああ。」
「た、助けて!村にはまだ人が………。」
「静かに!
足のケガが治っていくのを見て、少女は目を見開く。
「
「ああ。」
「お願いします。私の姉がまだ村の中に……。」
見捨てるべきだ。周りの騒ぎからして野盗は10人は下らない。
「君はこの樹から一人で降りられる?」
「はい、このくらいなら何とか。」
「いいかい、昼になって、絶対安全になるまで降りてきちゃいけないよ。」
「分かりました。」
「低位人形作成・アラームドール!」
「危険な目にあったらこの人形のお腹を押しなさい。いいね?」
「ハイ。」
こんな危険な場所にのこのこ出ていくべきではない。警察か軍か、そういうのはこの世界にもあるはずで、それに頼るべきだ。
そう思ってはいるのだが……。これはゲームでの設定したカルマに引っ張られているんだろうか?
野盗と思っていたがどうやら違ったようだ。
村を襲った一団は一様に同じフルプレートを着込んでいた。
しかしやっていることは野盗と同じだった。
「どういうことだ?この世界の野盗は軍隊みたいな規律正しいものなのか?あるいは野盗のまねごとをしている軍隊?」
後者の方が可能性は高そうだ。そうすると目撃者は全員殺害されるだろう。
既に事態は収束近かった。
野盗偽装団は目的を達したようで、あとは皆殺しをする準備を始めていた。
どうする?今行動すれば子供を10人は助けられる。
でも相手の力量が分からない。相手の平均LVが30以上であれば……。
「中位人形作成。大天使ガブリエル!」
大天使ガブリエルとはいっても
しかし、こういう使い方ができる。
「神の子らよ。無体な事はお止めなさい。」
「誰だ?!」
振り向いた全員が見たのは闇夜に浮かぶ大天使の姿。
「…………。」
「まさか。」
「そなたらも慈悲の心があるのであれば、むこの民を害するのはお止めなさい。」
「あなたは天使様?」
みるみる間に兵士全員がうろたえ始める。
膝まづいて許しを請う兵士もいる。
「しかし、神官長様が…………。」
神官長?軍じゃないのか?
「そなたは神官長のいう事と、わたくしのいう事のどちらを選びますか?わたくしはそなたの決断を尊重しましょう。」
「……あうぅ。」
神官という事は十字軍的な背景があるのか?であれば……。
「この者等はわたくしが責任をもって導きましょう。この者等の罪はそれで許されます。」
「は、………しかし、その、作戦が…。」
作戦?全く次から次へと色々考えさせてくれる……。むこの民を殺す作戦なんてあるのか?挑発作戦か?
「そのものらが生き延びてもそうでなくても、既に作戦の遂行に支障は出ないはずでは。」
僕はハッタリをかましてみる。
「おお……、天使様は全てお見通しです。隊長、ここは天使様の仰る通り…、我等も好きでこのようなことをしているわけではないのですから……。」
よっしゃ、上手くいきそうだ。キリスト教というわけではないのだろうが、かなりキリスト教的信仰をしている。
「そなたの名を聞いておきましょう。
「は、スレイン法国が騎士、北方方面軍第一遊撃部隊、第二中隊、第三小隊、隊長シャルル・ミッテランでございます。」
スレイン法国?
「同じく、副隊長ルーイ・ベルヌーイ。」
「同じく、隊員ジャンヌ・ルター。」
うわ、めんどくせぇ!全員が大声で名乗り始めたよ。
十八人全員の名を聞き終えると僕は隊長に語り掛ける。
「わたくしの名は言わずともわかりますね?」
「はい。大天使ジブリール様。」
げぇ!ホントに知ってやがった。つーかちょっと違う名前だったような気もするけど………。
「それではミッテラン、ジブリール?の名において命じます。」
歓喜の表情で平伏する騎士。名前を憶えてもらって嬉しいのだろう。
「はい。何なりとお申し付けくださいませ。」
「大義のためとはいえ、主は犠牲を喜びません。簡単な道、簡単な道ばかりを選んでいればいずれ大きな壁に行き当たるでしょう。神官長にわたくしのこの言葉を伝えなさい。」
「は!謹んで拝命致します!!」
「最後に。」
少し威圧感を与えて、しかし人形の表情を少し暗くして言う。
「この作戦中、嬉々として……必要以上に村人をいじめる隊員を見ました。これらの者に言っておきます。主はご覧になられておりますよ。」
「………おお。」
「うっ……。」
「……なんと…。」
身に覚えのある者もそうでない者もいるのだろう、それぞれの反応を返す騎士達。
「私の部下にそのような破廉恥な者が居たとは………お許し下さい。そのような者はきつく戒めておきます。」
「いいえ。許しを与えられるのはそこな村人達のみです。何人か犠牲者もいる様子、そなた等の誠意を示しなさい。」
ここから声のボリュームを下げてゆき、人形を徐々に天高く舞い上がらせる。
「さあ、お行きなさい。そなた等の前途に神の祝福のあらんことを……。」
地上から100mほど上がり、ただの光点になったところで、僕は一層光源を強くし、そしてはじける様に消した。
騎士達はその後も呆然と空を見上げていた。
早く帰れよ。まだけが人がうめいてんだよ!!
僕は家の陰から覗いてそんなことを思っていた。
やがて……。
「帰ろう。」
「はい。しかしジブリール様は仰っておられました。」
「ああ。誠意を示しなさい、か。」
「いかがしますか?」
隊長の判断は僕も満足のいくものだった。
彼は先ずけが人の手当を行い、村長に謝罪した。作戦の内容は伝えられないし、自分がどこの誰かも言えないが、誠心誠意許しを請うた。
村長に全員の有り金と、フルプレートを置き、売り払って金に換えてくれと差し出した。
埋葬も手伝った。
夜が明けるころには死者を出してしまった親族以外は何とか許してくれたようだ。
「もう、大丈夫かな?」
僕は今だ樹にしがみついているだろう女の子のところに行き、樹から下ろしてやる。
「村はもう大丈夫。家に帰りなさい。」
「姉は、家族は大丈夫なのですか?」
「ごめんね、分からない。」
僕の言葉を聞くと女の子は村に向かって駆け出していた。
途中気付いたように振り返って大きく頭を下げ、ありがとうと言うと、後は一目散に村に駆けて行った。
この後、この村は何故か法国の宗教が根付くようになり、スレイン法国的な教会、建築になって行ったと言う。
そしてここで名乗りを上げた騎士達はそれぞれが高名な将軍や、科学者、哲学者、宣教師になって行ったという。
そう言えば僕は色々情報を集めるために人を探していたんだと思いついたが、遠くで見ている限り、どうも、それどころではない様子。
騎士に見咎められて先程の舞台裏が暴露されると厄介だ。さっさと次の情報が得られる村へ行こう。
僕はポンチョをかぶり、それほど忙しくしてなさそうな人に声を掛けた。
「あの、次の村はどちらへ向かえばよろしいですか?」
「あー?」
村人は忙しかったのか、イライラを隠さないで僕の方を見る。
胡散臭げにフードの中を見ると驚愕に目を見開いた。
「お前、もしかして……。」
男はポケットの中から人差し指大の小瓶を取り出すと、中身を僕に振りかけた。
「いった…。」
熱湯を振りかけられたような痛みを中身の水から感じた。
「きゅ、きゅう、吸血鬼だーーーーー!!」
「え?」
もしかしてコレ、聖水?
村の中から男衆だけでなく、残っていた騎士達もクワやフォークを手に、応援に来た。
やばっ……。
「
後ろから石が飛んでくる。
それにしても何で吸血鬼と見破られたのだろうか?
吸血鬼の特徴は……、何といっても牙。
話の最中、そんな大口は開けていなかったと思う。
白い肌。
村人程日に焼けてはいないが……。判断される一つとはなったんだろう。要因一。
腐臭や血の匂い。
自分の腕や服の中を嗅いでみるがわからない。匂いは特についていないと思う。嗅覚自体は鋭くなっているのだがいかんせん自分の匂いなんてわからないものだ。保留。
影が無く、鏡に映らない。
高度を低空飛行にすると、草原に僕の影はちゃんと見える。鏡の代わりに川の上を飛んでみるが、姿は映っている。水を触ってみるが特に痛みや熱さを感じることも無い。流水を怖いとも思わない。
太陽に弱い。
灰になるような弱点ではないが、確かに弱い。要因二。
あの男が吸血鬼を探知するスキルを持っていた。
その可能性はあると考えていた方が良いだろう。要因三。
だとしたら、どうする?次の村へ行ってもまた吸血鬼と見破られて追い立てられるのか?
吸血鬼の村へ行く?そんなものがあるのか?たむろする吸血鬼って少し怖いんですけど。
しばらく北の方角に5kmほど飛ぶと、狼煙のようなものが見えてきた。
初めからフードを被っているのが悪いのかもしれない。
僕はフードを払うと、歩いて狼煙の方へ向かった。何時でも逃げられるよう警戒しながら。
さっきの騎士さん達みたいに、この世界でも話せばわかるよね。きっと。
……村だった。
焼け落ちた後だった。
コツン…。
?
背中に石が当たる感触。
また、村人に見つかったか?
「お前!おとといの奴等の仲間か!!?」
振り返ってみると、10歳前後の子供が7人。女の子が乳幼児を一人抱えていた。
「おととい?」
「とぼけるな!」
「何を?」
「ねえ、お兄ちゃん、本当に知らないみたいだよ。」
「いや、まだわかんねぇ!大人はズルいんだ!!」
僕は座って目線を子供達に合わせた。
「ここで何があったかは大体わかったよ。君達お腹空いてないかな?」
僕は胸元へ手を入れるふりで
初めは警戒していた子供達も一人また一人とチョコレートを口に入れる。
「美味い!」
「甘い!!」
「美味しい!!」
子供達は口の周りをべたべたにしてチョコレートを食べる。
続いて僕は
乳児には温めたミルクを与えると、ようやく元気を取り戻したのか大きな声で泣き始めた。
よかった。
「姉ちゃんはこの前の兵隊じゃねえんだな!?」
「違うよ。むしろそいつらは敵かな。」
「そうか。ごめん。」
僕はリーダーなのだろう、子供の頭を撫でる。
「頑張ったね。よく生き残ったね。」
リーダーの子は顔をクシャッと歪める。
張りつめていたのだろう、僕の胸で泣き始めた。周りの子達も僕に縋り付いて泣きついてくる。
落ち着くまで僕は頭を撫で続けた。
「この近くに他の村は無いかな?」
「俺は行ったことねぇけど、カルネって村が北の方にあるみてぇだ。」
「大きな村かな?」
「この辺の村に大きなところはねぇよ。カルネ村から西に行くとエ・ランテルってでかい街がある。」
「そう。」
でかい街で拘束されて吸血鬼として串刺しは嫌だなぁ。
「じゃ、そのカルネ村へ行こうか。」
子供達だけでも保護してもらわないと……。
僕は比較的無難であろう小さな村へ足を向けることにした。
続く
幕間
「ニグレド、ニグレド、聞こえるか。」
モモンガはメッセージでニグレドを呼び出していた。
「これはモモンガ様。何でございましょう?」
優しい声で応えるニグレド。
「つかさの事は聞いているか?」
「はい。千五百の多勢で我がナザリック大墳墓を攻撃し、返り討ちにあった愚か者でございますね。」
「誰から聞いたかは聞くまい。」
妹だろうなと思いつつため息。
「そのつかさを逐次観察し、報告してほしいのだ。」
「観察……。」
「あまりプライバシーを侵害しない程度にな。」
「承知しました。」
声だけだと本当の淑女なんだがなー。
「命に及ぶ危険を察知したらダイレクトで構わん、メッセージを送ってくれ。」
「はい。」
ニグレドはいくつかある情報端末の一つをつかさ専用に設定し、一段見やすい場所に置いた。
初日、つかさ観察日誌。
『クリエイト・エレメンタリー・アイテム・マントル!』
…………。
……ぷっ!
「あはははは!!」
「てるてる、てるてる……。」
何?この人?面白い!面白すぎる。
二日目、つかさ観察日誌。
「ああ………。」
子供が危ない。助けに行きたい。でも私はここを離れるわけには……。
『
……………。
助けた?
………。
「頭も結構良い。」
…………。
『村はもう大丈夫。家に帰りなさい。』
『姉は、家族は大丈夫なのですか?』
『ごめんね、分からない。』
………涙?私の…。
『吸血鬼だーーーー!』
…………。
何で?
何で、反撃しないの?
せっかく助けてあげたのに……。
………私、泣いてるの?
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「あ、わたしのこ、わたしのこ………。」
「姉さんの子じゃないから。」
お茶を飲みながら言うのは私のかわいい方の妹。でもいう事は辛辣。
「脆弱無能な人間の子が私の甥だか姪だか、冗談じゃないわ。おばさんなんて呼んだらくびり殺してやるから。」
「わたしのこ……。」
「あら、助けるのね?」
「わたしのこ……。」
「あらあら、手際の良い。アルバイトに来たら私とモモンガ様の子のベビーシッターもいいかしら?」
「それはダメ。ベビーシッターは私の役目。」
「はいはい。」
無関心にお茶を飲むかわいい方の妹。
『うっ、うぐっ!!』
「ああ、泣かないで、泣かないで……。」
かわいい方の妹は興味なさそうな視線で端末を見ている。
『頑張ったね、よく生き残ったね。』
『うわぁぁぁぁぁん!!』
「うわぁぁぁぁん!!」
「ちょ……、ね、姉さん!?」
かわいい方の妹がドン引きする。
つかさ、命の危険が無いよう私がしっかり見届けましょう。