A 鳥の棲む家
家に帰って、泣き暮れるビンカさんをベッドに入れ、僕は寝るまで話を聞くことにした。
この世界に飛ばされたとき、この世界になじむまで、そしてここに来るまで。
ある程度語りつくすと、疲れたのか、彼女は寝息を立て始めた。
僕は見守り人形を椅子の上においてビンカさんに向ける。
これで起きたときに直ぐ彼女の事を知ることが出来る。
そして僕は静かに部屋から出て扉を閉めると、アインズさんにメッセージを送る。
「………そうか。」
「はい。だから安心してください。」
「……………。」
「大丈夫です。今は混乱しているだけです。話を聞いたところ、ちょっと感情的になってて、でも、誰も恨んでる様子はありませんから。あの3人も助かってるみたいですし。」
「……………………。」
「また、明日、メッセージを送りますので。」
「ああ。…済まない。」
さて、ナザリックがこのまま済ませるとは思えない。
ちょっとニグンさんに相談してみよう。そう思って僕は街にニグンを訪ねた。
彼は神殿で子供達に読み書きを教えていた。
「おお、聖女様、お呼びいただければこちらから出向きましたのに……。」
「実は、大変な事になってしまったんだ。」
ポンチョの中の僕の表情に不穏さを感じ取ったニグンは直ちに授業を切り上げる。
彼の元部下がお茶を用意してくれた。ここにはニグンを慕って法国から元部下がよく訪れる。
「それで、何事でしょうか?」
「実は……。法国の人達が、アインズ様に喧嘩を吹っかけた。」
……………………。
パリン……。
見れば、後ろに居たニグンの部下がポットを取り落としていた。
その音がきっかけで時が動き始める。
「そそそ、そ、それは、い、一体、どういう……。」
「恐らく、双方、すれ違いと、誤解があった結果だと思うんだけど……。」
「そうでしょうとも!」
「アインズ様の一番大切にしていた親友を彼等が支配して、アインズ様と戦わせた……。」
「………………。」
ニグンだけでなく後ろの部下も泡を食って、まるで呼吸困難な状態になっている。
「それに、僕等も無関係じゃいられない。ここの町長の妹でもあり、特使のネムちゃんが法国にさらわれてる。僕はこれからそれをエンリ町長に話さなくちゃいけない。」
「す、直ぐに法国に帰らないと!」
「いや、僕が相談に来たのはその事でなんだ。以前にあった事で最悪のケースで、どんなことがあったか教えて欲しいんだ。」
「……最悪…全面戦争と言う名のじゅうりんです。」
ありえる。充分以上にありえる。
「パンサーさんに聞いてみよう。」
僕は直ぐにパンドラズアクターと連絡を取る。
「もしもし、僕、つかさ。えっと、手っ取り早く聞くけど、今、ナザリックってどうなってんの?」
この言葉に苦笑した様子のパンドラズアクター。
「まったく、手っ取り早いですな。答えに窮するのですが……そうですな、階層守護者達で今後の方針をアインズ様に言上しようとはしているのですが……。カ・ラ・ビンカ様が生存なさっていた事もあいまって……、何をから、等の優先順位を付けられない状況なのです。大混乱といったところでしょうか…。コキュートス殿にいたっては切腹騒ぎを起こして、アインズ様のお叱りを受ける始末。」
「そう。…もしかして、法国を攻め滅ぼせとかそういう話は……。」
「もちろん議題に挙がってますな。特にデミウルゴス殿が主体的に動いてます。ただ、それにはアインズ様のご許可が必要ですので、準備だけが先に出来上がってしまった状況です。」
デミウルゴス……。しゃべった事が少ないから彼の事はよく分からないけど、相当の切れ者らしい。
「どんな準備か分かる?」
「それはつかさ殿であろうと、さすがに明かせませんな。」
「今、法国内に僕らの町の特使が捕らわれてるんだ。彼女を救出するまで待ってもらう事は……。」
「うーむ。先程も言ったとおり、現在何をしようにもアインズ様のご許可が下りない状況なのです。確実に待てるのはその間だけ、と言うことですな。」
「ありがとう。助かるよ。」
それだけの情報でも無いのとは大違いだ。
「いえいえ。私からも礼を言わせてください。とりあえず最悪の事態は回避できました。近日中に誰かそちらへ向かうことになるでしょう。それまではカ・ラ・ビンカ様をよろしくお願いしますよ。」
「うん。」
「ちなみにもしカ・ラ・ビンカ様の身の上に何かあれば、ただでは済みませんからね。」
「脅かさないでよ。」
「いや、本当に脅し等ではなく……。」
まあ確かに、今の状況でかどわかされたとか言ったら………。
おおう、ゾゾゾって来た。
もっと人形増やしとこ……。
「どうやら、法国を攻め滅ぼす準備が整ってはいるみたい。」
「………あう、…あう……。」
ニグンは口をパクパクさせるしかできない……。
「僕等のできる事はとにかく、多くの民衆を避難させること。ニグンさん、上層部と喧嘩してる場合じゃないよ。僕等は直ぐにでも民衆を避難させないと……。」
「し、しかし……。」
「法国全土から国民を避難させるのにどのくらい掛かりそう?」
「急いで…ひ、ひと月、といったところでしょうか……。それに我等がいくら言っても民衆が動いてくれないと避難は進みません。」
「ダメだ!いくら先伸ばせても、4日が限度だ。」
「無茶です。今から戻って民衆を説得に回るだけでも1週間は掛かります。それから荷物を引いての避難となると……。」
「荷物は置いて行ってもらうしかない。」
「無茶です!家財食料がなければ民衆は飢えと乾きに苦しむことになります。」
「さすがに現在のカルネ地方だけでは、いや、王国を入れても数万もの口を養える食料は用意できない。……どうすれば………。せめてデミ…、彼が何を準備したかが分かれば……。」
「教えて差し上げましょうか。」
ゾッと来た。
僕の背後に何時の間にか凄まじい圧迫感。
「貴方は……。」
ニグンが武器を取ろうとするが、僕がそれを止める。
「落ち着いて。この人は敵ではない。」
僕が席を勧めると、微笑したデミウルゴスが座る。
「
息が止まった。
第10位階、大量の悪魔を召喚する魔法だ。
「それは……。」
「さて、取引と行きましょうか。」
「取引?」
悪魔と取引か?
「貴女が今、頭を痛めてるのはまあ、先程聞いた食料の件。そして避難時間の件。」
「はい。」
「私はアインズ様の許可が下りた2日後に、
「ルール、ですか?」
「はい。そのルールとは、カ・ラ・ビンカ様の紋章を象った旗を掲げた地域には、一部ターゲットを除いて攻撃はしません。ただし、その旗は10本までとします。」
言ってデミウルゴスは10cm四方の羊皮紙を差し出した。中央にカ・ラ・ビンカの紋章が書かれている。
「範囲は?」
「半径6km。」
「僕等が飲まなくてはいけない条件は?」
「話が早いですね。さすがはシャムとパンサー殿のお気に入り。」
デミウルゴスは人差し指を立てて言った。
「我等が望む条件は一つ。…カ・ラ・ビンカ様を戦場にお連れ頂きたい。」
「……は??!!」
何か、真逆の提案がされたみたいだ……。
「もちろん、今のままのレベルで連れてこられては困ります。まず狩やモンスター討伐等でLVを10までは上げて下さい。それから貴女にはカ・ラ・ビンカ様をモモン様と共に守って頂きます。傷1つつけないで下さいね。流れ矢の1つでも当たろうものなら……。」
どうなるかは聞きたくなかった。
「でも、なるほど。その為には先ず僕はアインズ様とビンカさんの仲を取り持たなければならないという事。その上この虐殺が終わった頃にはビンカさんのLVは………。」
「はい。少なくともLV50を超えればナザリックに足を運び易くもなるでしょう。」
恐らく彼はとても効率的に彼女のLVアップをさせる準備を整えているだろう。
「しかし、ビンカさんに殺されるのは……そちらとしては如何なの?」
「ナザリックの歌姫に命を捧げられる等、望外の御褒美です。」
陶酔の表情で言うデミウルゴス。
「私もカ・ラ・ビンカ様の血肉になりたい……。」
…どうやら本気らしい。
「法国への報復、英雄モモンさん、共に戦うビンカさんの名声、確執の解消、その紋章への敬意、そしてLV上げ、ビンカさんのナザリックへの帰還。1つの事象にこれだけ目的をぶっこんで来ると……何ともはや……。貴方は絶対敵にしたくないね。」
さらにもう1つ目的があるのはこの時の僕では読み取れなかった。
「フフ。そのかわり、食料も、ある程度の法国民の救済も、こちらは目をつぶりましょう。如何です?悪い取引では無いでしょう?」
「分かりました。従います。」
僕は頭を下げた。
「結構。では失礼いたしましょうか。」
「あ、1つ世間話、良いですか?」
「……何でしょう?」
「家畜って、可愛がって、ストレスを感じさせないで育てると、採れる物も質が上がるそうですよ。」
僕の言葉を聴くと、デミウルゴスは一瞬キョトンとして、徐々に笑い始めた。
「……まったく、はいはい、いい話を聞きましたよ。その話はパンサー殿からですか?」
「いえ。シャム様からです。それも、何となく、そうなのかなって…。」
「良いでしょう。貴方とは仲良くは成れなさそうですが…、そうですね、時折話すくらいであればこちらも爪がなまくらにならないで済みそうですよ。」
また話しましょうと言い残し、デミウルゴスは去って行った。
「あの、今の方は?」
額の汗を拭うニグン。
「うん。アインズ様の部下。」
「話は半分くらいしか理解できませんでしたが、どうやら法国の民が助かる道は……。」
「うん。諦めないで良かった。ニグンさん、法国の大都市、均等に10箇所、最も効率が良くなるように、ビンカさんの旗を立てる場所を決めよう。」
「はい!」
「ニグンさんはすべてのつてを使って法国中に警鐘と、安全地帯の設置準備を急いで。」
「はい。」
「旗の周りに食料と水を可能な限り集めて、テントも出来る限りかき集めて。」
「はい。地方の村々はどうしましょう?老人とかは特に動きそうに無いですが……。」
「僕のゴーレムと馬車でできる限りの対応をする。村々の数とか分かる?」
「数百を超えます…。」
1つの村に1~2人送るとして、村間が7kmとすると1日に回れる数は………。
絶望的だ………。
「とにかく人手を集めよう。僕はガゼフさんにも話をつけて、協力できる人をかき集める。」
単純に考えてまあ、無理だろう。貴族の反対が目に見える。
それでも、兵士以外であっても女の子でも。今は猫の手も借りたい。
「私も元部下や友人、先輩を総動員して1000人は集めて見せます。」
先ずニグンは手早く100枚からの手紙を書き、部下をエ・ランテルの伝書鳩屋へ急がせ、元部下やら友人、知人に手伝いを依頼した。
次いで、ニグンは羊皮紙をもって裁縫屋へ急いだ。大きな旗を十本、可能な限り早く仕上げなければいけない。
今、ニグンの両肩には法国の民の命が乗せられていた。
僕は仁王立ちのエンリの前で土下座していた。
「……………。」
目が三角のエンリ。ジュゲム達が扉の後ろからこちらを見ている。
この状況を見た事情を知らない人達によって、エンリが
「それで、ネムはちゃんと助かるのね?」
「はい。必ず助け出します。」
「どうやって?」
「僕には頼りになる友達がいる。彼等にネムちゃんを救出してもらおうと思うんだ。」
「頼りになる友達?」
「うん。」
僕はエンリに許しを得てメッセージを送る。
「誰だ?!」
いぶかしげな声が聞こえてきた。
「あ、イビルアイ?僕。つかさ。」
「…切るぞ。」
「いやいや、ちょっと待ってよ!ちょっと頼みがあって。」
「お断りだ。切るぞ!」
………本当に切りやがった…。
「メッセージ!」
……出ない………。
ちょっと、エンリの目がちょっと、ホント怖いんだけど……。
エンリにちょっと愛想笑い……。
………早く出て!
「っただろうが!お前ら!!」
おわっ!突然耳にイビルアイの大声。
「つかさ?」
「やっぱつかさだ。」
「「やっほー。」」
耳にティアとティナの声。
……え?
「君等メッセージ使えるの?」
「いや、これは忍法・感応術。」
「イビルアイの精神を乗っ取った。」
「「敵から情報を聞き出す奥の手。」」
後ろの方からイビルアイの声が聞こえてくる。何やらワーワー聞こえてくる。
「良かった。実は君等に人命救助を依頼したいんだ。」
「人命救助?」
「名指しの依頼?」
「「アダマンタイトに名指しは高いよ。」」
ホントにいつも息ピッタリだねこの子等。
「いくら?僕、あまり手持ちは少なくて……。」
「ねがいましてーは。」
「身代わり人形ー5体。」
「メッセージドール5体。」
「アイアンゴーレム5体…。」
「「…では!?」」
「それならお安い御用だ。」
その位ならわけない。
「「商談成立。」」
「「で、誰の人命救助だ?」」
ちゃっちゃっちゃっちゃちゃ~ら……………。
「カルネ町長の特使、ネム・エモット女史(11歳)が法国漆黒聖典にさらわれた。君達には法国まで行って彼女を救出してもらいたい。何処に監禁されているか、処遇等は一切不明だ。現地ではニグン元陽光聖典隊長の部下が情報を与えてくれるだろう。ただ諸君らとカルネ町は一切の関わりが無い旨、理解してくれ。では諸君らの健闘を期待する。…なお、このテープは自動的に消滅する。」
「お前ら!!やるならもっと真面目にやれ!」
怒鳴るイビルアイ。
アレ?イビルアイこれの元ネタ知ってんの?
「今のはつかさが悪い。」
「そう。我々は巻き込まれた。」
「お前らもノリノリだったろうが!!」
怒鳴るイビルアイであったが、コホンと咳払いして言う。
「しかし、法国もかかわってくるとなると話は別だ。危険手当も当然上乗せさせてもらう。」
「分かってる。」
「ともあれ、依頼を受けるかどうかはこのあとラキュースと相談の上、決める。」
その日の内に承諾が取れたと連絡が入った。
何でもラナー王女の口添えもあったとか……。…これで借り3っつ位?
なんだか、僕ラナー王女に首根っこつかまれてる気分なんですけど……。
何か頼まれたら嫌とはいえないよな~。その何かがとんでもない事だったらどうしよう?とんでもないことじゃないといいな~。
次の作戦準備に取り掛かろうとしたとき、ビンカさんが起きそうな気配を感じ、僕は家に戻った。
扉を開けると、ビンカさんはキョトンと僕を見ていた。
「もう大丈夫ですか、ビンカさん?」
「お腹減った。」
まあ、食欲があるのは結構な事ではある。
しかし、僕がカルネ名物フリカデレと、ポンフリを作ってあげると、
「魚料理がいい。」
とぬかした。
殴って良い?ねえ、殴って良い?
多分、殴ったらアインズさんに100倍返しされるからしないけど……。
僕はちょっと意地悪でここに行商に来るリザードマンから手に入れた鯉を洗いで出してやった。
「んまーー!!」
「……え?」
もくもく食べてるビンカさん。
本当に美味しいのか?僕も一切れ貰って口に入れた……。
………………。
「泥、生臭っさっ!え?何、え?これ、美味しいの?」
「うんうん、うまうま。褒めてつかわすぞ、つかちゃん。」
「つかちゃん言うな。えーと、ビンカさんだから、ビンビン?」
「エロい言い方は止めて。」
「じゃあ、カラビン。ケルビンみたいで良いでしょ?」
「いや、それじゃオヤビンみたいでしょ。」
「びんちゃん。」
「ブー。それはクレマンティーヌが既に先約済みですー。」
「もうビンカさんで良いや。」
「いや、そこで諦めちゃダメでしょ。」
「じゃ、安藤さん。」
「ぶっ飛ばすわよ。」
ワリとマジで怒ってる。
もーーー、何なのこの人!!
コンコン!
コンコン!!
そんなこんなの大騒ぎをしていると、玄関のドアをノックする音。
「誰だろ?」
「ごめんください。」
「はーい。」
外に出ようとした僕の袖をビンカさんが掴んだ。
「ちょっとストップ。今の声、アルシェだ……。」
「アルシェ?ああ、あの……。」
「え?何で?何でここが分かったの?」
「にしても、早いね。アレからまだ2日と経っていないのに……。」
「私、ここに居ない。良い?」
「は?」
「だから、居留守!私はここには居ないって、言ってって、言ってんの!」
「何で?君の友達でしょ?」
いや、今となっては友達と言うのとはちょっと違うんだろうか?
「こんな姿で会えないよ!!私、今完全にバケモノの姿だよ。」
「綺麗だよ。」
「やだ、ありがとう……。」
「七面鳥みたいで。」
「ぶっ飛ばそう。なんて言ってる場合じゃなくって!!」
「大丈夫。友達を信じてあげて。」
「ちょっと、他人事だと思って……。」
「まま~、居るんでしょぉ~。」
ギャー!
窓を見ると、何時の間にかハイライトをなくした女の目が窓ガラス越しにこっちを覗いていた。
ホラーだ。精神的にくるジャパニーズホラーだ。
「ねぇ、開けてよぉ。居るんでしょぉ~。」
かりかりガラスを引っかく音。
「無理無理無理無理!私、ホラー苦手。」
実は僕も苦手だったり。僕等は一緒のベッドに入って頭から毛布を被った。
………………。
音が止んだ。
…………あかんやつや。
このパターンは超あかんやつや。
……でも外を見ずには居られない。
「いた~。」
ギャッ!!
続く