B 眷属召喚
「ううう……。」
眠れたと思った次の瞬間、激痛によって目が覚まされる。
そんな生き地獄が何十回と繰り返された。
インターバルは徐々に長くなっていき、声にも力がだんだん無くなってきた。
もう死神の鎌は振り上げられている事だろう。次に目が覚めることはないかもしれない。
「…………………また来てくれたのかな?」
私のうめき声が聞こえてくるのか、モモンガさんの気配が扉の前まで来るのだが、そわそわした挙句去っていく。そんなシチュエーションももう何度か覚えていないくらいあった。
「……ごぽ…………。」
まだ私の中に吐ける力と血が残っていたんだ…………。
ああ、また意識が朦朧としてきた。意識が遠のくなら痛みや苦しみも遠のいてくれれば良いのに。
耐えられなくなったら飲みなさいと渡された青酸カリも、手に握ったままだ。
私はこれ以上何を期待しているんだろう?世話になった皆には別れのメールは出した。明日に自動送信されるように設定してある。
後はこれを飲むだけ。
カ・ラ・ビンカとしての手には何も握られていないが、リアルの手に感じている青酸カリのアンプル。
不思議な浮遊感だ。ああ、ようやく痛みも薄れてきた。神経がようやくマヒしてきてくれたのかな………。
ああ、光が見える。まるで水の中のように感じる。頭に水音が響いてきた。三途の川かな?
ようやくこれで眠れる。もう、たぶん目は覚めないだろう。
やっと…………やっと……………。
痛い。
痛い。
なんだろう?無くなったハズの左手から鈍痛を感じる。
ああ、ファントムペインってやつか。鏡を見れば治るって言われているけど。目も開けたくない。
痛い。左手だけが痛い。
そっと目を開け、左手を見る。
…………………………。
何だろう?左肘に何か巨大なものが付いてる。
……………。
目を凝らしてみる。
何だ?生き物?
ああ、とうとう幻影まで見えるようになってしまった。
以前画像で見たことがある。鮫ってやつだ。ユグドラシルでも何とかシャークって出てきたけどそれに似てる。
海生物で凶暴なやつは人間を食べるって…………。
ん?
人間を?……食べる?……海生物?
4tトラックみたいな大きい鮫が私の手にかぶりついて体を必死に振り回している。
「何これ?」
頭上の光が陰る。
見上げれば巨大なノコギリの刃が入り口となった土管のようなモノが私に迫ってきた。
頭から腹までその土管がかぶさると、今度は腹に鈍痛が………。
「んーーー、私って食べられてる?」
ああ、夢だ。ようやく安らかに眠れるんだ。
「だから、かじって痛みを与えるってどんな了見だ?!コラ!!」
私は頭の上にのしかかってきた鮫の顎を右手でつかみ、引き上げた。
ベキンという固いものが壊れる音が響いた。
目の前が真っ赤に染まる。同時に血の生臭い匂いが鼻を衝く。
「何だあ?」
土管と思っていたのは鮫だった。無理やり引っ張り上げたのが悪かったか、鮫は下顎から頬まで縦に裂け、血をあたりにぶちまけていた。
「あれまあ、鮫って結構柔らかいんだ。」
血の匂いに興奮したように他にいた鮫が三匹ほど傷ついた鮫にかぶりつき始めた。
がぶがぶ。
私の左手にはまだ先程の鮫が噛み切れる場所を探すように噛みついていた。
「これ、本当に人間を食べるの?こんなアゴの力じゃ人間どころか猫だって殺せないと思うけど。」
「ああ、夢だからこんなもんなのか?何だか、水の中でも呼吸できてるし。」
よく見れば下半身は魚のものだった。ああ、分かった、理解した。これってユグドラシルの中だ。
そうか、神様が最期の前にご褒美をくれたんだ。
だったら楽しもう。魔法とか使えるかな?
「
左手から発した龍雷が噛みついている鮫を一瞬で消し炭にした。伝説のタタキだ!鮫のだけど…。
龍雷は近くにいた鮫にも感電、マヒさせていた。
「おお、すげっ!」
「来い!ブルードラゴン・トライデント!」
やたっ!私の
「じゃあ、眷属召喚・クラーケン!もひとつ、召喚・海坊主」
私の召喚に従い、二匹の大ダコが現れた。
「たのしー!アインズ・ウール・ゴウンに入ったばかりの頃みたいだし。」
ぴょんぴょん飛び跳ねたかったが不思議な踊りを披露するハメになってしまった。足無いし。
「我らが主、カ・ラ・ビンカ様、ご命令を。」
「おわぁ、しゃべった!って、しゃべりもするか、夢なんだもの。」
以前ネットで見たクレヨンし〇ちゃんに出てくるブタのようなイイ声で言うクラーケンに私は命令する。
「えーとね、やつら私を食べようとしたんだ。だからやっつけちゃって。」
「何と?!何と罰当たりな。口にすることすらはばかられる、我等が神を食そうなど、万死に値します。やつら、細切れにしてきます。」
「ねえ、カ・ラ・ビンカ様、あいつら、食べても良ーい?」
剣部シバラク先生のような抑揚で言うのは海坊主。
「おいしいの?」
「大好物。」
「だったら良いよ。」
「やった。」
2匹の20m近い大ダコ対、100匹近い鮫の群れ。しかし戦いは一方的だった。
クラーケンはメイルシュトロームや超振動波で押しつぶしたり粉々にする戦い。
一方の海坊主は一匹一匹を口の中に放り込み、器用にフカヒレと軟骨だけを食べていた。身の部分はまずいのかスイカの種のように吐き出している。
しかしフカヒレって一度乾燥させないと美味くないんじゃなかったっけ?まあ今リアルの世界では絶滅してるだろうけど。
物の10分程で百匹はいた鮫はすべて壊滅させられた。
頑張ってくれたクラーケンと海坊主をなでてやると満足そうにして薄れるように消えていった。
二匹を手を振って見送ると、周りには何もなくなった。
海水だけだ。
顔を水面にあげて見るが周りには何もない。
ユグドラシル世界であれば島か、岩礁か何かあるものなんだけど…………。
ぐううぅぅぅ…。
「おなかすいた………。」
さっきの鮫食べておけばよかったかな?
「眷属召喚・ジュゴン!」
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!」
「あいたたたた…。」
声までまんまだ。なんであくびちゃんじゃないの?
「おや?どうしたでごじゃるか?」
「まあいいや、ねえジュゴンちゃん、この辺りで何か食べ物を探して欲しいんだけど。」
「何かリクエストあるでごじゃるか?」
こんな時くらい高級食材欲張ってもいいよね。
「イワシ!」
「お安い御用でごじゃる。」
「え?イワシだよアンチョビだよ?」
「任せるでごじゃるよ。」
どこからか、ジュゴンは掌付きステッキを取り出す。
「
何らかの呪文を唱えると、目の前の海域に数万匹のイワシの大群が現れた。
「嘘!!」
もうその大群の中へ私は突っ込んだ。手づかみでイワシが取れる。
一匹を口に入れる。
「んまーー!!」
「喜んでいただけたでごじゃるか?」
「うんうん!うまうま!」
「では吾輩も帰るでごじゃりまするよ。吾輩泳ぎは苦手でごじゃりますれば。」
ジュゴンは満足そうに言うとスーと消えて行く。
「ありがとう、ジュゴンちゃん!」
「またいつでも呼んでくだされ。」
いくら高級食材とは言え、十匹も食べると満腹になってしまった。
と、いつの間にか巨大な生物が3匹ほど私の周りに集まってきていた。
さっきの鮫の倍以上の体格だ。
それは一度20mくらい潜水すると、イワシの群れめがけて口を開けて急浮上してきた。数百匹はその生物の口の中へ消えて行った。
おいおい………、私の1年分くらいの給料が一瞬で、き、消えたぞ。
何度か3匹が水面を上下を繰り返すとあたりにイワシはほとんどいなくなった。
何だこいつら?私の一生分くらいの高級食材を一瞬にして食い尽くしたぞ…………。
こんな生物が生きてたら世界にイワシはいなくなっちゃうんじゃないの?
退治しておくか?
私がブルードラゴン・トライデントを握ると、その生物はようやくこちらに気付いたようだ。突然キュウキュウとわめき始めた。
「何言ってんの?」
「キュウ…。」
「んー、眷属召喚・トリトン!」
「お呼びですか?カ・ラ・ビンカ様。」
現れたのは頭に三日月の傷があるイルカと古代ギリシア風衣装の少年。
「何だかこいつら何言ってるかわからなくってさ、通訳してくんない?」
「ああ、ザトウクジラですね。」
クジラ?クジラってイルカの仲間だったと思ったけど何だよ、全然形状が違ってるじゃん。
「ふむふむ。神様の、イワシを食べてしまってごめんなさいと言っています。おなかが空いて我慢できなかったそうです。」
「まあ出したのはジュゴンちゃんだけど……。それと私、神様じゃないから。」
「お詫びに何でもするから許してほしい、と。」
「じゃあ、そうだね、……この辺りで陸地はどこか聞いて。」
「はい。」
しばらくするとトリトンは太陽の上がっている方とは反対に向けて指をさす。
「北に18マイル行った方向に人の暮らす大陸があるそうです。海岸線に沿って東に向かうと人が建設した港があるそうです。」
「そう、ありがとう。じゃ、私、そっち行ってみるから。」
クジラとトリトンに手を振って私は大陸を目指す。
私は鼻歌交じりに大陸を目指す。
曲はもちろん”GO!GO!トリトン”だ。
手を振るトリトンが少し嬉しそうにしていた。
続く