B 上陸
トリトンに言われた方角へもう何キロ泳いだろうか。
ニクシーの泳力は本気で泳げば時速80キロは出るが、別に急ぐ旅でもないし、1~20キロ位の速さでのんびり泳いでいる。
「てゆーか18マイルって何キロよ?トリトンの設定を考えたのは茶釜さんだったっけ?あまりこだわるタイプじゃなかったのに、もー……。ヘロヘロさんがプログラムする時でも手を加えたのかな?」
陽はまだ傾いてはいない。
「しかし、綺麗な海水だねー。さすが夢の中だわ。」
とぷん……。
海中に10m位潜ってみる。
空を見上げると、光がキラキラ輝いていて、自分がもう極楽浄土に転生したような感覚になってしまう。
「そう言えばブループラネットさんが言ってたなぁ。海はただの水面なのに荒れたり、凪いだり、うねったり、風波、津波等で姿を変える。それは優しく、時に荒々しく、青、群青、蒼、碧、緑、黒、黄、のような七色で……。」
まあこのテの話が始まると長かったよなー。
……でも。
「いつかブループラネットさんとも見れたら良いな。」
ちゃぷ…。
水面から顔を出す。
「この夢が永遠に続けばいいのに……。」
…………。
「超位魔法!
……………。
……………。
願いはどうやら聞き届けられなかったようだ。
「超位魔法でもダメだったか。」
「ま、ダメ元だったし。」
再び私は陸を目指した。
泳ぎ始めて2時間位経っただろうか?大陸が見えてきた。
人の姿は見えないか……。
「スキル・ホークアイ。」
遠視のスキルを発動すると人家が見えた。
どうしよう?上陸は夜まで待った方がいいかな?
陽が落ちるまでは4時間弱というところか。
「結構長いな、東に向かうと港があるって言ってたっけ。暇つぶしに港を見てみるか。」
東に一時間程泳いでいくと、かなり大きな港が見えてきた。20m級の商船―だろう―が、6隻、荷物の積み下ろしを行っている。
埠頭は4つ程あり、それぞれに赤レンガで作られた30mの長さの倉庫が二列×3並んでいた。なかなかの設備だ。
その様子を見るため、私は再びホークアイを発動させる。
積み下ろしにはクレーンやフォークリフト的な近代機器は使われていない。
ゴーレムやオーガー等も使わず、ただ人力での積み下ろし。
日本で言えば江戸時代といったところか。
港見物は面白くて瞬く間に時は過ぎて行った。
やがて陽は落ち、辺りは暗くなっていった。いくつかの船にはかがり火がたかれ、積み下ろしは続けられている。
こんな時間まで、荷役か……。活気があるみたいだ。
「さて、そろそろ上陸してみるとしますか。お腹もすいてきたことだし、街にレストランあればいいなーー。って、お金!!」
「まあ金とか換金できれば問題ないか…。」
港から西に少し戻り、岩場に行く。人気のないことを確認し、私は岩に上った。
パッシブスキル”魔女の秘薬”が作用し、魚の足が人間のものに変わった。これで陸上を歩くのも呼吸も問題ない。もちろんちゃんと声も出せる。
見かけ上は普通の人間と同じだ。
だが……。
「のわっ!ノーパンじゃん!ユグドラシルじゃ、最低でもパンツは穿いてたのに…。」
ていうか、パンツが脱げたことが無かった。
「クリエイト・グレーターアイテム・アンダーウェア。」
手の中に小さな肌色のパンツとブラ。
「…………。うん、サイズぴったり、履き心地もサイコー。……シルクかな?」
さすが私!ナザリックの生産部門所属だけはあるね。
「もいっちょクリエイト・グレーターアイテム・カジュアルウェア。」
手の中にガウチョパンツとパーカーが現れた。
気温はそんなに高くないが寒くもない。これくらいがちょうど良い時期だろう。
同じくブーツを作ると、
「
暗闇に浮かび上がる私の姿。
「おお、キレイキレイ。自分の本当の姿じゃないけど。しかも夢の中だけど。」
「てか魔女の作った衣装………。12時過ぎたら魔法が解けるなんて無いよね?街中ですっぽんぽんなんてシャレにならないんだけど。……タイホだよね?」
「それとー、換金アイテムは何が良いかな?」
まあ海の砂を砂金に変えるのが最も手っ取り早いか。
「
とりあえず手持ちの袋に入る位の砂金を作り、私は港町へ向かった。
街に入ってまず私は頭を抱えた。
文字が全く読めなかった。
最悪の考えが頭をよぎる。会話どころかボディランゲージや風習的なことが色々まずかったりしてタイホってことになったらどうしよう?
まあイイか。夢の中だし。
歩いていると、賑やかな看板と話し声が聞こえてきた。
「お、やった!話の意味が分かるよ。」
どうやらそこは居酒屋のようだ。
私はそろそろと、中に入る。
場違いな場所に入っちゃったなー、と思うが引き返すとあまり良い結果にはならなさそうだ。
にぎやかだったその場が波が伝播するように静まり返っていった。
とうとう全員の視線が私に集中する。
「こ、こんばんわ。」
やばいよなんだかこわもてのおじさんばかりだよ。OLがヤクザの総本山にのこのこ入って行った気分だよ。
しかも店主さん?一番の強面だよ。マフィアのボスって言われても納得だよ。
「……お前さん、大商人の娘さんか何かかい?ここは
大商人?何でそんな風に思うのだろう?こんなカジュアルウェアなのに。
「砂金の換金はどこでできますか?」
「ああ、うちでやってるよ。レートはホレ、そこに掲げてある。」
んんーーーーー………。わからん。
「じゃあお願いします。」
私はパーカーのポケットに入れていた砂金の袋をカウンター台にどんと置いた。
途端にざわつきが広がる。
「おいおい嬢ちゃん、なんの冗談だ?!こんないっぱい持ってこられてもうちじゃ換金しきれねえよ!」
やっぱ大商人の娘だぜ。家出娘か?
などと声が聞こえる。
「じゃあ、これであるだけのお金に変えてください。残りはここにいる皆さんに今日の飲み代と食費代にしてください。」
一度言いたかったんだ、こういう江戸っ子的粋発言。
「なっ…………。」
ざわつきが凍り付いた。
数瞬後、色々なものが宙に舞った。
「まじか!」
「おやじ!俺のつけもそれで全部消えるよな!!?」
「おう、消えておつりがくらぁな!」
「おやじおやじ!俺一番高い酒が飲みたかったんだ!」
「そりゃ嬢ちゃんに聞きな!」
「おい、嬢ちゃんいいよな!」
「もちろん。」
うおーーーー!
「樽酒開けろーーー!!」
怒号にも似た歓声が上がる。
「気に入ったぜ嬢ちゃん!ホレ、これがウチにある金全部だもってけ!」
おやじさんはカウンターの引き出しから金貨銀貨銅貨すべてを私に渡してくれた。
「おい、かあちゃん!」
おやじさんは奥に向かって怒鳴る。
「なんだいなんだい、うるさいね!」
「今日は開店以来の上客だ、腕によりかけて作ってやんな!それとコレ!砂金だが70金貨位にはなるだろう。大金だ、盗まれねえように金庫に入れとけ!」
おばちゃんは目を白黒させる。
「こんな大金、金庫ごと持ってかれるよ!す、直ぐに換金しないとやばいよ。」
後で聞いた話だが、これは大口の換金が来たときはこういうやり取りを必ずするらしい。こちらに気を配りつつ、偽物をつかまされない為の保険らしい。
「そうだな、おい、ダズ、リンガ、銀貨5枚で用心棒やってくれるか?」
「お、俺も!!」
他にも手を上げる人間はいたが、親父さんに信頼されているのはその二人だったようだ。
三人は完全装備で直ぐに大手両替商に向かったようだ。
どんちゃん騒ぎが始まった。
私はお腹が空いていたので魚料理を頼んだ。
昼に食べたイワシを遥かに凌ぐ味の魚がわんさか私の前に積まれた。
「なあ嬢ちゃん、どこから来たんだ?」
「南ーー。」
私は魚の骨と格闘しつつ答える。
「南の大陸か?!そうか、しかし嬢ちゃんの金髪と彫りの深さはこっち系の顔立ちだと思うんだが。」
「そうなの?」
魚の骨もうまい。うまーー。
と、そこへ先程両替に出て行ったおばちゃんが帰ってきた。
「82金貨だよ!すごいよ、純度が99パーセントの砂金って、ありえないってよぉ!」
「おいおい99パーセントの砂金だって?ありえねぇ。」
「
言っておばちゃんは私にキスしてくる。
「全くどこの女神さまだいあんた?」
「…はは。」
しかし大声でそんなこと口にしてていいのかな?明日二人とも海に浮かんでたなんて寝覚めが悪すぎるよ。
それとなくそうおばちゃんたちに聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「まあ、その心配はないだろうよ。ここにいる野郎どもは大半が重爆の配下たちだからよ。」
「重爆?」
「ああ、ここに来たばっかだもんな、嬢ちゃんは知らねえか。」
「おーい、皆、嬢ちゃんに重爆様の武勇伝聞かせてやんなよ!」
聞けば重爆とはレイナース・ロックブルズという女騎士との事。帝国の将軍に匹敵する権力の持ち主でもあり、彼女の隊は最も数が少ないのに数々の武功を上げているとの事だ。
「………ただなーー。」
「おい、それはやめとけ。」
「ただ、何?」
そこで止められると興味を持つなという方が無茶だ。
「いや、もしロックブルズ様に会っても、前髪の事には絶対触れちゃいけないぜ。」
「ああ、命が惜しかったらな。」
「覚えておきます。」
どうやら怖い人のようだ。
出会ったら即、逃げよう。
と、興が乗ってきたのだろう、何人かが簡易の舞台を作って歌い始めた。
歌。
歌…。
歌……。
「ちがーう!!」
酒の上の歌。それはわかる。しかし私の前でそれはいけない。
「本当の歌ってやつを教えてやる!」
「私の歌を聴けーーー!!」
私は舞台に駆け上がるとマジックバンド・ネレイダスカルテットを召喚する。
「一曲目、いっくよーーーー!」
「嬢ちゃん、
「おやじよ、そんなのどうでもいい。俺ぁこんな魂の震える歌を聴くのは初めてだ。」
「うおおおおぉぉぉぉぉーーー。」
地鳴りのようなその反応に近所の人達も驚いて居酒屋に入ってきた。
その全員を私の歌で魅了する。
楽しい!そう、これだよこれ!
神様わかってるぅ。
その日、私は疲れて寝るまで歌い続けるのだった。
続く