銀河英雄伝説 サンフォード炉辺談話   作:mosamosa

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第8話 第1次アムリッツア哨戒

 イゼルローン要塞を出撃した叛徒の3個艦隊は、回廊内に散在していた帝国軍の哨戒部隊を追い払いながら進みつつあった。

 回廊に伏せていた駆逐艦や強行偵察艦が追い散らされつつも情報を得ては送信してくる。

 

「敵3個艦隊は回廊出口まで2回のワープを残し、星系の掃討を実施中なり」

 9月半ばにその報告を受け取ったとき、ミッターマイヤーはヴィーレンシュタイン星系で長距離ワープに伴う艦隊航行序列の乱れを収拾しつつあった。

 残り2回の長距離ワープと1回の短距離ワープでアムリッツァに到達する。

「どうやら懸念は懸念で済んだようだな」

 ひとりごちながらミッターマイヤーは司令部スタッフと指揮下の各級司令官を呼集した。

 恒星のような大質量の傍ではワープできるが、禁忌である。

 人類の持つ技術では恒星近傍の強く歪められた空間を望みどおりに曲げることが出来ないためで、強行すれば二度と通常空間に戻ってくることはできない。

 その一方で、恒星の質量による空間の歪みが及んでいない平坦な空間を望みどおりに曲げることも出来ない。

 つまりワープ航行には程よい質量を持つ安定した恒星の存在が不可欠だ。

 恒星を観測して、そのデータとアントネル・ヤノーシュ法則に従って計算を行うと、「ワープ可能な領域」が求められる。

 オリオン局所枝(ローカル・スパー)とサジタリウス渦状腕(スパイラル・アーム)を隔てる暗黒宙域のほとんどはダークマターが薄く均一に分布している平坦空間で、ワープ可能宙域はほとんど存在しない。ワープ航法可能な回廊が2本見つかっているだけである。

 

 2本の回廊の片方、イゼルローン回廊においてはオーディンの悪意か恩寵か、ワープ航法可能な宙域を取り巻くように変光星やブラックホール、ガス雲衝突構造波などのワープを妨げる天体が存在している。そのために航行可能宙域の幅は非常に狭い。

 一番狭くなるアルテナ星系に至っては1個艦隊を駐留させて戦隊レベルのローテーションを組み、敵襲に備えての訓練と休養を行いながら完全な監視が成立するほど狭い。

 この星系にイゼルローン要塞がある。

 今年5月まではそれは銀河帝国軍の手にあった。

 さて、アルテナほど狭くはないにせよ回廊の大半は現実的な兵力で監視が行える。

「不必要な犠牲は一兵たりとも認めない」とのローエングラム元帥の指示が前もって出されており、回廊の各所に伏せている哨戒部隊は敵軍が現れるのを報告すると同時に後方へとワープし逃れている。

 敵艦隊はその後に残された監視衛星と通信中継衛星を丁寧に徹底的に破壊しながら進行しており、同時に帝国軍は衛星からの通信が途絶するのを確認し時系列順に整理することによって敵艦隊の進行を把握している。

 敵艦隊の歩みは遅々たるものだ。

 あるいは測量と自らの監視体制構築も同時に行っているかもしれない。

 この回廊に関わるすべての船乗りが強く意識することだが、イゼルローン回廊は狭い。

 広い場所でも百数十億キロの幅しかなく、これは銀河における恒星の平均年間移動距離の数倍でしかない。

 叛徒すなわち自由惑星同盟の軍隊が持っているはずの百年以上前の星図は全く役に立たないのだ。

 そしてミッターマイヤーの懸念はそこにあった。

 果たして、同盟軍が手にしている星図は古いものばかりだろうか?

 元帥府参謀長を務めるオーベルシュタインの証言によれば、イゼルローン要塞の攻略に際して同盟軍はオーディンからの通信を完全に偽装している。

 信号の物理特性の秘匿、通信文の暗号化、さらに通信文そのものの書式に至る全てのプロテクトを破ったということに他ならない。

 それがいかなる方法でなされたのか今のところは不明だが、同盟軍が情報戦の一局面で勝利したことは間違いない。

 そして同盟軍が他の局面でも勝利している可能性を考えないミッターマイヤーではない。

 そのような人物がローエングラム元帥府に席を得ることは無いのだ。

 たとえばイゼルローン要塞が敵手に落ちるときに、要塞の航法データベースは消去されたとされる。 

 しかしこれも同盟人の手で復元されている可能性はある。

 同盟軍が最新の星図を手に入れた上でこちらの哨戒体制を慎重に徹底的に掃討しながら進んでいるのか、それとも測量と平行作業を行っているのか判断する材料はない。

 そこにミッターマイヤーの懸念材料があった。

 しかし同盟軍がミッターマイヤーよりも先にアムリッツァに到達する事態は避けられた。仮に今から同盟軍が進撃速度を上げたとしてもアムリッツァに先んじられる恐れはない。

 

 今回の迎撃作戦に動員された4個艦隊の中で先陣を命じられ、ここまで強行軍を続けてきた甲斐があったというものだ。

 長距離ワープを繰り返してきたが今のところは跳躍事故も、脱落する艦も発生していない。

 個々の艦が備えるワープエンジンの特性には不可避のばらつきがあり、旗艦『ベイオウルフ』の巨大な航法コンピューターから配信されるデータを全艦が用いてもなお、ワープを行うたびに艦列は拡散してゆく。

 これを無視してワープを繰り返せば、いずれワープ不能領域へと踏み外す事故が起きるか脱落者が発生する。

 並みの艦隊であればワープエンジンが次のワープを可能とするまで冷えるのを待つよりも、あるいは次のワープへ向けた算定が終わるのを待つよりも拡散した艦列を収拾する方に時間を取られるところだがミッターマイヤー艦隊においてはそれはない。

 各艦の機関長が準備完了を告げるときには航法士官が万全の準備を整えているのがミッターマイヤー艦隊では当たり前のことである。

 ミッターマイヤー自らが指揮して繰り返してきた通常空間での艦隊運動訓練の成果でもあり、ローエングラム元帥の見識を示すものでもある。

 まだミューゼル姓を名乗っていられたころ、艦隊司令官に就任された直後から艦隊に所属する艦をワープ特性と通常空間での運動特性ごとに再分類し、直率部隊と指揮下の提督たちに与える部隊それぞれの特性を揃えたのだ。

 それを提案し実務を行ったのはミッターマイヤーだが、即座にその価値を認め作業を開始させたのはローエングラム元帥だ。

 ワープ特性のばらつきが小さい艦隊はワープごとの艦列拡散が小さい。

 もしバラつきがゼロであればワープイン前とワープアウト後で艦が成す列、航行陣形が全く同じに保たれることになる。

 さすがにそれは不可能だが、しかしその理想に近い艦隊ほどあらゆる面で効率的な航行が行える。

 また通常空間での運動特性も揃っていることが望ましい。

 しかし同クラスの艦であっても固有のバラつきがあったのが以前の艦隊である。

 

 つまり艦艇の特性を揃えるだけでもただちに効果が現れる。

 それに加えて艦隊運動訓練を適切に行い、各級指揮官とスタッフが指揮下の部隊について十分に把握し、各艦の艦長以下航法スタッフがワープ後に行うべき行動を十分に理解するようになれば艦隊の航行速度はさらに改善される。

 ローエングラム元帥府の開設後、新たに指揮下に加わった艦隊全てについてこの作業は行われている。

 艦隊間での艦の移籍と再編も進みつつあり、いずれは元帥府に所属する全ての艦隊がミッターマイヤー艦隊に次ぐ高速でのワープ航行と通常空間での戦術機動を行えるようになるだろう。

 つまり、これでようやく同盟軍の艦隊と同等かそれ以上の航行と機動をこなせる艦隊が揃うことになる。

 同盟軍が百年以上も前から当然のように全艦隊で行ってきたことに帝国軍の諸将がこれまで気付いていなかったわけではない。

 たとえば戦艦のすぐ隣に雷撃艇が配置されているなどの雑然たる艦隊を組み、自らの艦隊を全くの烏合の衆とする提督はさすがに少数派である。

 

 しかし艦隊の垣根を越えた規模で実施したのはローエングラム元帥がこの百年で最初だと言って良い。

 元帥府に属する全ての将帥がローエングラム元帥によって抜擢された人物であるからこそ、この改革が可能になった。

 参集してきた参謀たちに挨拶を返しつつ、ミッターマイヤーはささやかな満足感を得た。

 これまで、自由惑星同盟軍は帝国軍宇宙艦隊を「寄せ集め艦隊」と嘲笑してきたことが知られている。その認識を改めさせるだけでも今回の作戦行動には意味がある。

 

「叛徒の艦隊は3個艦隊、これに対して我々は3日間は1個艦隊でアムリッツァを支えねばならない。これまでも検討してきたことではあるが、改めて卿らの意見を確認したい。まず参謀長より叛徒の可能行動について説明してもらう」

「まず、叛徒は今回の企てに際して大型輸送艦を伴っていないことが確認されております」

 参謀長の言葉に司令部スタッフと小艦隊司令官たち全員が頷いた。

 

 同盟軍の大型輸送艦が帝国軍の前に姿を現した事例は少ないが、全長2500m、総質量は10億トンを超える巨大な艦だと言うことは判っている。

 ワープ時に引き起こす時空震も相当なものと見られている。

 したがってワープに際しては他の艦との間に大きな距離をとらねばならず、イゼルローン回廊と言う狭隘なワープ可能宙域に艦隊と同時に出現することは難しい。

 となれば同盟軍が敵地である帝国領内で行動するに際して採りそうな手段は間接護衛の徹底、要すれば本隊を先行させて帝国軍を排除し、輸送部隊の到達を待つというものだ。

 帝国軍ではこの事情はやや異なる。

 この春まで敵地への侵攻を繰り返していた帝国軍の輸送艦は同盟軍のそれに比べて小さく軽快な艦隊随伴型のものが多い。戦闘艦艇に随伴して敵地へ侵攻し、戦闘の合間に手早く戦闘艦への補給を行う能力を持っている。これは帝国軍宇宙艦隊の本質でもある。

「大規模反乱を鎮圧するための軍隊」であるから、補給処から遠く離れた場所、いつ襲撃されてもおかしくない敵地で連続行動することが必要なのだ。

 

 一方、迎撃専用艦隊である同盟軍宇宙艦隊の場合、補給とは後方の安全な宙域で時間を掛けて行うものであるらしい。であるから前線近くに同盟軍の大型輸送艦が姿を見せた事例はごく少ない。

 さらに同盟軍の戦闘艦は航続距離が短く、物資の搭載能力にも劣る。

 それら搭載物資と、帝国軍に比べて小数しか保有していない艦隊随伴型輸送艦が運び得る物資の量と航行に伴う消費量の見積もりが参謀長によって示されてゆく。

 参謀長の説明は推定を含むものだが、しかし同盟軍の可能行動を絞り込むには十分に役立つ。

 仮に交戦などによる消耗が無かった場合でも、同盟軍艦隊の手持ち物資ではボーデン方面に進む場合にはシャンタウ、フォルゲン方面に進む場合にもシャーヘンまでしか進出しえない。

 その途上のどこかで大型輸送艦の合流を待たねばならないのだが、同盟軍が空間上で輸送艦から戦闘艦への物資移送作業を行うためにどの程度の時間を要し、どの程度の安全宙域を要するのかはやはり推測部分が大きい。

 確実に言えることは、帝国軍のそれよりも手際が悪く、より広い安全宙域確保を要することだ。

 これまで同盟軍は国内の補給基地を活用しての作戦しか行ったことがないとする推定には十分な根拠がある。

「しかし、このたびの企てに際して叛徒が送り込んできたのは彼らの中でも最精鋭であるはず。念のために、我々と同程度の手並みで補給作業を行えるものと考えておくべきでは」

 小艦隊のひとつを率いる若い少将が指摘し、一同は頷いた。

 無論ミッターマイヤーも同意見である。

「それはご指摘のとおりです。いっぽうで叛徒の艦の航続距離が短く、艦隊随伴型輸送艦が少ないこともまた事実。物資に余裕があるうちに補給作業を行いたいという心理は叛徒も人間である以上、変わりはありますまい」

「よって、叛徒はアムリッツァ星系を確保した後に輸送部隊を呼び寄せ、補給作業の完了後に進撃を再開する計画であると言うのが参謀長のご意見か」

 若い少将の問いに参謀長が頷く。

「ではむしろ、わが方としてはアムリッツァ星系での戦闘を回避してフォルゲンかボーデンに撤退してみせ、叛徒どもが輸送部隊をアムリッツァに呼び寄せるのを待ち、補給作業中を襲って一挙に覆滅することは考えられませんか。

 あのような大型艦を守りながらでは機動も自由に任せますまい。奴らが補給部隊を呼び寄せるまでの日数、補給作業の所要時間を十分な精度で見積もれるか否かに依るわけですが」

 勇猛を賞される少将が彼らしい積極的な意見を示したが、参謀長は首を振った。

「残念ですが、現状の体制にあってはわが方が先に引き上げねばならない可能性が高いものと思われます」

 その言葉に一同は唸り、ミッターマイヤーは短く頷いた。

 

 宇宙を航行する艦船という閉鎖環境で将兵が期待どおりの能力を発揮できるのは出航から90日程度が限度とされ、これを過ぎるころから急激にミスや事故が増えるとされる。

 いわゆる「地球の呪縛」のひとつだ。

 人間は、地球に似た環境になくては暮らし続けることも作業し続けることも出来ないのだ。

 したがって艦隊行動に際しては、出航から母港への帰還までをこの日数に収めねばならない。

 これは遥か西暦の1900年代に人類が宇宙に乗り出した頃から知られている問題であり、解決方法も判明している。

 それに基づいて銀河帝国軍はイゼルローン要塞を建設するに際してその内部に広大な植物園を設け、各種の文化施設、スポーツ施設に加えて歓楽街までも設置し、さらには家族を伴って赴任することにさえ対応した居住区画を設けていたのだ。

 この配慮によって、叛徒の領域へと出撃する帝国軍艦隊はイゼルローン出航を起点として90日連続での行動を行っていた。

 しかし今ではその前提は成り立たない。

 

 よって、オーディンを発してからアムリッツァまで35日を要する予定のミッターマイヤー艦隊はこのままならば20日の現地行動しか行えない。

 アムリッツァの手前、フォルゲン星系で待機する場合でもこの日数はさほど増えない。

 38日を要するほかの艦隊にいたっては、わずか14日で引き上げに掛かることになる。

 並みの艦隊であればせいぜい10日で引き上げねばならず、たとえばミュッケンベルガー元帥指揮下の9個艦隊を最大限度に活用してもアムリッツァに常時配置できるのは1個艦隊にも満たない。

 たとえばミュッケンベルガー元帥がこの任に当たった場合には4個艦隊がオーディンからアムリッツァへの進撃途上、4個艦隊がオーディンへの帰還中、わずか1個艦隊だけがアムリッツァにある……と言うのは現実的でない。

 90日の作戦行動の後に何日間の休養を要するかを無視した空論だ。

 

 ローエングラム元帥府の諸艦隊はこれより遥かに改善されてはいる。

 一応はローテーションを組み、交互に休養させながらアムリッツァに艦隊を配置し続けることは出来る。

 しかしそれでもなお、イゼルローンとアムリッツァとの距離がオーディンからアムリッツァまでの距離より遥かに短いと言う事実を覆すには及ばない。

 同盟艦の航続性能が低く、イゼルローン要塞を出撃してからの歩みが遅いことを考慮してもなおアムリッツァ周辺での行動可能日数と、後方での休養と再訓練に充てうる日数においては同盟が有利だ。

 これが晴眼帝の御世に司法尚書ミュンツァーが唱えた距離の暴虐、叛徒の首魁がかつて唱えたとされる距離の防壁であり、この暴虐を味方に付け流体金属と複合装甲を重ねたよりも分厚い防壁としている存在が今のイゼルローン要塞なのだ。

 距離の暴虐、距離の防壁を打破する方法は古来よりひとつしかない。

「ローエングラム元帥閣下がこの不合理を放置するとも思えません。近く、フォルゲンやボーデンで休養を行う許可が届くのではありませんか」

 歴代の帝国宰相や皇帝は、辺境諸侯が大きな武力を持つこと、そして軍人と結ぶことを警戒してきた。

 だからこそ常に帝国軍宇宙艦隊主力はヴァルハラ星系付近にあり、必要に応じて隊伍堂々と出征する非能率な運用を続けてきたのだ。

「自由惑星同盟を僭称する叛徒」がその領内に多数の補給基地を設け、イゼルローン回廊近くに艦隊を前進配備できる体制を持っているのとは大きな違いだ。

 帝国軍宇宙艦隊がこれと同様の体制に改めるには、一軍人に過ぎないミッターマイヤーの権限が及ぶところではない。

 同時に、帝国元帥たるローエングラム伯は単なる一軍人ではない。

 元帥の権限は軍事面に限らない。特にローエングラム伯の場合は本人が帝国の体制を改める野心と実力を備えている。

 ミッターマイヤーはそれを知っているから、参謀長の言葉に否定を示さなかった。

 

「人員の行動日数はそれで延ばせるとして、ハードウェアの方はどうする。艦隊随伴の工作艦だけではさほどの日数は延ばせんぞ。参謀長、どうか?」

「艦隊司令官のご指摘どおりです。今回の作戦行動に随伴している工作艦を活用してボーデンかフォルゲンで各艦の整備を行うとしても、伸ばせる日数は平均10日程度と見られます」

 その日数はミッターマイヤーの見積もりと一致していた。

 帝国軍の艦は高い航続性能を持つが、だからこそ人間の連続行動日数を考慮して設計されている。

「理論上は元帥府に属する9個艦隊が交代でアムリッツァでの行動を続け、叛徒の艦隊が補給部隊を呼び寄せ前進することを阻み続けることは出来る。しかしそれでは、叛徒の分力をここに支えるためだけに帝国軍宇宙艦隊の半数が拘束されつづけることになる」

 

「では、我が艦隊は3日の間アムリッツァ星系において挑発行動と回避を繰り返し、叛徒の艦隊を足止めすることになりましょうか」

「いささか疲れそうだが、やむをえないな。敵の指揮官が我らを放置して次の星系へ進むような愚物であってくれれば、今後は非常に楽になるのだがな」

 一同はひとしきり笑い、アムリッツァ星系へのワープアウト後にどのような陣形をとり星系全体を効率よく見張るかの実務打ち合わせに移っていった。

 

 

 6日後、ミッターマイヤー艦隊はアムリッツァ星系へとワープアウトした。

 終末期の準巨星または初期段階の赤色巨星と言われる恒星アムリッツァの放つ強烈な光が各艦を照らし、恒星風が吹き付けてくる。

 ミッターマイヤーはワープによって拡散した艦隊を収拾するのではなく拡散させはじめた。

 むろん意図あってのことで、駆逐艦をアムリッツァ星系を取り巻くワープ可能宙域全域へと広げるつもりだった。

 事前の検討どおりに各隊の駆逐艦が軽快な動きで配置へと向かう。

 もし星系全体を俯瞰する存在があったならば艦隊が雲のように拡散してゆくように見えたことだろう。

 そして、拡散する一方で出現した位置からほとんど動かずに整然たる列を成してゆく集団があることにも気付いたはずだ。

 

 その列が形成される基準点である旗艦『ベイオウルフ』の艦橋では、各艦から送られてくる情報を戦術コンピューターとオペレーターの手によって統合した戦術状況表示図が投影されていた。

 それはまさに星系全体を俯瞰する視点であり、戦艦と巡航艦、宇宙母艦が列を成すのと同時に駆逐艦の雲が広がってゆくのが手にとるように判る。

 ミッターマイヤー艦隊に所属する駆逐艦は特にセンサー類を強化したものではなく普通の仕様である。

 ここアムリッツァ星系でサイオキシン取引の摘発任務を行うわけでもなく、ようは艦隊の出現に伴う時空震さえ見逃さねば問題ないのだった。

 叛徒が小集団に分かれてワープアウトしてくるような愚行を万一行った場合でも見落としはないはずだった。

 叛徒の指揮官もそのくらいの常識はわきまえていると期待してよいはずで、結局は艦隊がまとまってワープアウトしてくることだろう。

 それまでは交代で休息しつつこの星系を見張りつづけることになる。

 

 

 数時間後、恒星アムリッツァを挟んで反対側へと進出した駆逐艦から報告が入ってきた。

 

 --空間ノ歪ミ発生ヲ検知セリ。艦隊規模ノ質点群出現ト予測サル--

 

 続いて第2報、第3報が他の駆逐艦からも次々に入ってくる。

 艦橋にそれらの報告と復唱があわただしく交錯するが、指揮官が個別の報告に口を挟むことはなかった。

 出現予想座標へと多数のカメラとセンサーが向けられ、それらを統合した3D画像が旗艦の艦橋に現出する。恒星アムリッツァが吹き散らす恒星風の流れが不意に渦巻き、背後に広がる恒星の輝きが瞬く。

 声の無いどよめきが艦橋を満たした。

「敵艦隊、出現!」

 一瞬前まで恒星風が渦巻いていたその空間に、いまは人工の光点が歪んだ列を成していた。

「さらに新たな敵艦隊が出現!」

 ミッターマイヤーは視線を上げて戦術状況表示図を確認した。

 ミッターマイヤー艦隊の現在座標から見て、恒星アムリッツァを挟んでほぼ反対の位置に3個の敵艦隊が出現していた。

 予想してはいたが、その3個艦隊はいずれも手際が良い。

 数時間前にミッターマイヤーが行ったのと同じように、主隊が列を整えるのと平行して駆逐艦の雲を広げてくる。

「哨戒グループは戦闘を避けて退避、再編せよ」

 腕組みをほどき命じる。

 

 現状では広く拡散したミッターマイヤー艦隊の駆逐艦に戦闘を命じることは敵に各個撃破の好機を与えることに他ならない。

 また敵艦隊主力が常識どおりにまとまって行動するのであれば、もはや駆逐艦を星系全体に拡散させつづける必要は薄い。

 敵の砲戦射程外を付かず離れずに見張る部隊と通信中継を行う部隊を残し、主隊と行動を共にするようにと再編して良いはずだった。

 その再編は同時に、敵指揮官にこちらの主隊の位置を教えることでもある。

 最寄にあって触接を維持する駆逐艦の小部隊の周囲を見渡せば通信中継を担当するまばらな列が形成される過程が見えるはずで、やがて敵の指揮官はミッターマイヤー主隊の所在を知る。

 それを伝い、恒星を回り込んでミッターマイヤー艦隊を包囲せんとするか、それとも現在位置に留まるか。

 どちらであれ、こちらは時間を稼げる。

 敵艦隊主隊がその現在位置からミッターマイヤー艦隊主隊の位置まで通常航行で移動するには、光速の10パーセントまで加速してさえも2時間は掛かる。

 恒星アムリッツァが撒き散らす恒星風の中でそんな速度を出せば各艦は熱を帯び、容易に捕捉できるばかりか巡航艦の副砲で戦艦を撃破することさえ出来る。

 恒星風による熱負荷が防御構造を飽和させ、着弾による追加負荷が「背骨を折る最後の藁の一本」となるのだ。

 もちろん敵指揮官が交戦の可能性を無視した愚策を取るとも思えない。

 常識的に交戦を想定した場合にはこの星系での制限速度は光速の1パーセントがせいぜいで、ミッターマイヤー艦隊が現在位置に留まったとしても包囲されるまで20時間は掛かるだろう。

 いっぽうでミッターマイヤー艦隊各艦のワープエンジンが十分に冷え、後方の星系へワープで逃れることが可能になるのはおよそ5時間後だ。

 もちろんよほどのことがなければワープによる避退は行わない。もし行えば、今ミッターマイヤーが得ている先んじて到達したことの優位を敵に渡すことになるからだ。

 ミッターマイヤーとしては、あくまでアムリッツァ星系内に留まり、包囲されないように逃げ回るつもりであった。

 かつて戦術顧問として大貴族の子弟に従って作戦行動を行ったころのことを思い出す。

 もしこの艦隊を率いているのが大貴族の子弟であるなら、逃げ回ることを美しくないと拒否して包囲殲滅されるところかもしれない。

 いや、あるいは優勢な敵軍を見て恐慌に陥り、準備が整い次第のワープを命じるか?

 そんなことを考えていたミッターマイヤーの耳朶を、予想外の報告が打った。

 

「敵駆逐艦部隊、拡散を停止」

「何?」

 思わず問い直したが、再度確認させても同じだった。

 敵主隊を取り巻く駆逐艦の雲が拡大を止めている。

「敵の指揮官は自力で星系全域を確認するつもりが無いのか?こちらが展開している駆逐艦の列を見張るだけで済ませるつもりか?」

「もしそうであれば、後続部隊を率いるキルヒアイス提督に超光速通信を」

「もうしばらく様子を見てからだ。

 それと、次の条件が成り立つか検討を頼む……。

 条件は以下のとおり。

 敵が小数の偵察兵力、たとえばわが方の強行偵察艦に類する艦や航路取締り用のセンサー強化型駆逐艦に類するものを、このアムリッツァ星系に先んじて配置しわが方を見張ることは可能かどうか」

「わが方がイゼルローン回廊に配置していた監視衛星と哨戒兵力をすり抜けて、そのような兵力を配置できるかどうかですね」

 ミッターマイヤーが頷くと参謀長は即座に作業を開始した。

 

 検討の結果を待ってからだが、もし敵の指揮官が駆逐艦の列を見張ることでミッターマイヤー艦隊主力の所在を推測するに留め、周囲警戒を怠るようであれば好機だ。

 ミッターマイヤーとしてはただ敵艦隊を見張りその主隊の位置を報告しつづけるだけでよい。

 その情報を元にしてキルヒアイス提督が率いる3個艦隊は敵艦隊の後方へと出現し、一挙にこれを覆滅することが出来る。

 しかし、事前に星系全体を見張る体制を密かに形成しているとなれば話が違ってくる。

 が、その場合はなぜあのような場所にワープアウトしてきたのか理解できない。

 ミッターマイヤーは恒星アムリッツァを中心とする時計の盤面を思い浮かべて状況を整理する。

 こちらの位置を12時の位置とする。

 アムリッツァからの距離は約2億5千万キロメートル。

 この位置にワープアウトするに際して特に意図は無く、ボーデン星系からワープしてきた場合にもっとも安全にワープアウトできる位置を選んだだけのことだ。

 敵艦隊より先んじると確信し、またイゼルローン回廊から撤退してきた哨戒部隊によるアムリッツァ星系の状況確認と合わせての行動選択で、もし敵艦隊が先にアムリッツァ星系へと到達していたならば別の座標を選んだところだ。

 いっぽう敵艦隊はイゼルローン回廊からワープしてきた場合にもっとも安全にワープアウトできる位置、ミッターマイヤーを12時の位置としておよそ6時半の位置に出現してきた。アムリッツァからの距離もミッターマイヤー艦隊と同様。

 

 これもまた、わが方よりも先にアムリッツァ星系へと到達するつもりで行動していたようにしか見えない。

 もしアムリッツァ星系にわが方が先に到達していると知っていての行動ならば、航行の上では多少の危険を冒すことにはなっても6時半の位置を避けたはずだ。

 たとえば9時や3時の位置へ個々の艦隊をワープアウトさせておけば、ミッターマイヤー艦隊を包囲することがより容易になる。

 もし敵艦隊がワープ不能宙域へと踏み外す危険を承知で11時や1時の位置へワープアウトしていれば、ミッターマイヤーは今ごろは逃げ支度を命じていたはずだ。

「検討結果が出ました。

 理論上は、1隻か2隻ずつであればイゼルローン回廊の各星系に配置した監視網をすり抜けて到達することが可能です。

 敵が今回の行動を開始したのと同時期にそのような浸透を開始していたものと仮定します。

 現時点では最大で50隻程度の偵察艦か駆逐艦がアムリッツァとその周辺星系に存在することが可能です」

「……50隻では、この星系全体を見張るには心もとないな。もうひとつ条件を追加。浸透した艦が発見されずにどこまで進めるか。

 ボーデンやヴィーレンシュタインまで進み、進撃途上にあった我が艦隊を監視あるいは追尾できるかどうか。関連して、我が艦隊がそのような艦を見逃した可能性があるかどうか」

 

 命じつつ、ミッターマイヤーはその答えを一部知っていた。

 今想定している敵の浸透兵力とは、厳重な被発見防止措置をとって単独行動しているであろう艦だ。

 ワープ航行に対応した航行序列で強行軍を続けていた我が艦隊や、辺境星域の哨戒兵力でそれを見落とさず発見できるようならば、今ごろは銀河帝国のどの星域でも宇宙海賊は根絶されているだろう。

 もちろん現実には帝国のあちこちに宇宙海賊が出現する星域がある。

 同じ理由により、辺境の防衛体制では敵艦が情報収集のために浸透するのを防ぎきることはできない。

 ローエングラム元帥が指摘したとおり、やはり辺境の防衛体制には不備が多すぎるのだ。それはローエングラム元帥府に所属する、マトモな艦隊を用いてさえも万全とはならない。

 しかし、それでもなお判らないことがある。

 なんらかの方法でこの星系なり我々なりを監視していたのであれば、なぜその優位を活かさないのか。

「敵主隊、移動を開始。恒星アムリッツァへと接近してゆきます。30分後には時空歪率イエローゾーンへ侵入すると推測されます」

 オペレータの声にミッターマイヤーは戦術状況表示図を再度確認した。

 確かに、敵艦隊主力が恒星アムリッツァへと接近してゆく。

 拡散した駆逐艦部隊の一部だけが後に残っている。

「了解」

 恒星近傍の強く歪んだ時空に陣取るのは、ワープによる奇襲を避けるもっとも確実な方法だ。

 恒星の近傍に陣取った敵を排除するにはこちらもその場に侵入して実力を持ってそれを強いるしかない。

 つまり会戦を行い勝利するしかないのだが、ミッターマイヤーとしてはキルヒアイスの3個艦隊が合流するまではそれを行うつもりはない。

 いかに自分が鍛え上げた部下の力量を信じてはいても、1個艦隊で3個艦隊の敵軍それもまとまって行動しているものを相手に戦うわけにはゆかないのだ。

 あちらの意図がいまひとつ理解できないが、軍事行動においては常に生じることだ。

 どれほど情報を集め分析しようとも、敵将の意図を完全に読み切る目など持ち得ない。

 出来ることは常に、敵が行いうる行動を推し量り、それに対応するまたは先んじることを考え準備し、準備させることだけだ。

 

 




「90日の限界」はミール宇宙ステーションや国際宇宙ステーションでの数値を採りました。
時代が変わってもこの限界は変わらないものと設定しています。

私が見落としているのかもしれませんが、原作小説およびアニメシリーズでは90日を明らかに越える日数の連続行動は無かったと思います。

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