銀河英雄伝説 サンフォード炉辺談話   作:mosamosa

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この作品は「銀河英雄伝説」(著:田中芳樹氏)の二次創作であり、らいとすたっふルール2015にしたがって作成されています。


第10話 マネージャー(2)

 帝国暦(RC)487年10月初頭、4個艦隊を率いてアムリッツァ星系で叛徒の侵攻軍を撃退したキルヒアイス提督からの報告書が帝都オーディンに届けられた。

 報告書は両軍の行動に関する仔細なデータが伴ったものであったが、要約は以下の文言に尽きた。

 

「叛徒は交戦の意思を全く見せず、ただアムリッツァ星系を逃げ回るのみ。当方はこの撃破を企図するも交戦に至らず。

 アムリッツァ星系よりの排除には成功したるも叛徒の意図はこたびの行動を繰り返し、戦わずして当方を消耗させることにありと小官以下諸将の判断は一致を見たり。

 オーディンとアムリッツァの距離そのものが我が敵とならん、帝国政府の対処を請うなり」

 

 この報告はキルヒアイス提督が所属するローエングラム元帥府だけでなく銀河帝国宰相代理たる国務尚書リヒテンラーデ侯にも提出された。

 侯はローエングラム元帥に質し、また帝国軍のいわゆる3長官を召集して対処について協議を行った。

 叛徒の意図を改めて質した国務尚書に4人の元帥の答えは一致していた。

 すなわち「古典的な対応強要戦略である。現状の帝国の軍事力配備でこれに対応するには、正規軍18個艦隊の過半が対応任務に就かねばならない」とのものであった。

 国務尚書は軍高官に対して2つの問題を示し、対応策を要請した。

 

 ひとつ、国軍の過半を叛徒への対応に貼り付け続けることは許容されない。

 

 ふたつ、叛徒の行動を放置することもまた許されない。

 

 アムリッツァ星系から3日の距離に有力星系たるボーデン、フォルゲン両星系が存在する。

 この二つは侯爵と伯爵を封じるほどの重要星系であり、さらにこの周囲には子爵や男爵を封じる価値を持つ有人星系が多数存在する。

 いずれも神聖不可侵の銀河帝国領土であり、これに叛徒が魔手を伸ばすこと許容されぬ。

 

 4人の元帥の中で最も格下のローエングラム元帥がこれに応え、アムリッツァ方面に常設兵力を配置し帝国の安寧を保証することを提唱した。

 さらに3人の元帥が防御体制には奥行きが必要と主張し、ボーデンの後方に位置するヴィーレンシュテイン、フォルゲンの後方に位置するハーンにも有力なる兵力を配置するべきと述べた。

 これに国務尚書は肯定の意を示し、ボーデン、フォルゲンへの再配置は軍に任せること、その後方への兵力配置は国務尚書が諸侯に働きかけるものとした。

 また国務尚書は次の指摘を行った。

 今回の措置は叛徒の企図をくじくのみであり、対叛徒の国家戦略を再構築するに足るものではないこと。

 帝国の国家戦略の再構築に資する案を検討するように求め、国務尚書は4元帥を下がらせた。

 

 

 

「距離とはこれほどやっかいなものとはな。歴代の為政者が辺境諸侯の軍備と経済力の充実、有機的な結合を防いできたことは正しかったというよりない」

 

 数日後。

 国務尚書リヒテンラーデ侯私邸。

 国務尚書は片腕と恃む財務尚書ゲルラッハの前でため息をついてみせた。

 

「金髪の孺子ばかりか帝国軍3長官も同じことを言うとは驚きましたな。『辺境においてはオーディンの9個艦隊よりもイゼルローンの3個艦隊の方が倍以上の大軍である』とは」

 

 ゲルラッハとしては、それが事実であるならば辺境に兵力を配備する方が安上がりであると考えないでもない。

 しかし同時に、それを今まで行えなかった帝国の事情も彼は熟知していた。

 

 逆説的なようだが、帝国軍3長官の地位が不確かなものであること、もう1人の元帥ローエングラム伯には貴族社会に人脈と人望が無いことがこの進言を可能とし、また国務尚書が肯定的に反応できていた。

 もし3長官が「普通の元帥」で退役後に貴族社会で大きな地位を占めることが約束されているような人物であれば、とてもこんな進言は出来ない。

 仮に進言しても国務尚書としてはそれを聞くわけには行かない。

 

 あるいはローエングラム伯が貴族社会に人脈を得て広く後援者を持っている人物であったなら、とてもこんな進言は出来ない。

 仮に進言しても国務尚書としてはそれを聞くわけには行かない。

 

 そのような場合、進言した本人の意思がどうであろうと、宰相代理たる国務尚書としては「この軍人は辺境諸侯と結んで帝国の安寧を脅かす勢力を作る意図を持っている」と解釈して関係閣僚を招集し、ありとあらゆる手段を講じてその軍人を失脚させるしかないのだ。

 3長官とローエングラム伯はいずれも元帥であるから反逆罪以外の罪には問えないが、社会的に抹殺することは出来る。

 

 これらは銀河帝国の構造上の欠陥である。

 国家の安寧を得るはずの良策を、帝国政府はその提唱者が国家を害する力を持つ可能性を恐れて潰さねばならない。

 進言すべき立場の専門家が粛清や失脚を恐れて進言できない。

 しかし今回はある意味では幸運だった。

 

 3長官はイゼルローン要塞を失った責任を取って辞職すべきところ「皇帝フリードリヒ4世の寛大な措置によって」その座に一時的に留まっているに過ぎないのだ。

 

 近い将来退役する彼らは、大人しく領地に帰って隠遁生活を送るしかない。

 ある種のスポーツに例えるならアディショナルタイムを過ごして居るに過ぎない3人である。

 

 またローエングラム伯ラインハルトは若く今後の時間を長く残しているが、貴族社会に人脈が無いどころか敵ばかり増やす言動を続けている。

 

 伯の武勲は伯の実績だが、伯がいま生きていられるのはその姉が皇帝フリードリヒ4世の寵姫であるからに過ぎない。

 これらの背景がある故に、国務尚書は4人の元帥の進言を国策に反映させる方向で聞いているのだ。

 

「仮に軍人どもが進言した縦深配備なるものを以前より構成しておったならば、いまごろは討伐しようもない勢力が出来上がっておったであろうな」

 

 国務尚書が財務尚書の内心を言い当てるかのように呟いた。

 

「辺境諸侯が軍と結びつき一大勢力と成す、そのような力量と野心がありましょうや?」

 

 ゲルラッハの問いは確認でもあった。

 

「辺境諸侯の意思や力量などこの際は関係ない。……さて、今回の措置が帝国の安寧をかえって損ねる可能性をおぬしはどう考える」

 

 国務尚書はローエングラム元帥府の兵力が現地の諸侯と結びつく懸念を示した。

 ローエングラム元帥は貴族社会の秩序を乱す成り上がり者である。

 国務尚書はそのローエングラム元帥に対してさえ、辺境諸侯と結ぶ可能性を試算しようというのだ。

 

「まさに閣下が軍人どもに告げられた策が正解でありましょう。これには実績もあります。すなわち、辺境星系に諸侯を封じるに際して異なる門閥に属するものが隣り合うように配慮してきた歴史がございます。

 今回の場合、ボーデンとフォルゲンに金髪の孺子の兵力を配置するわけです。その後方や周辺に主要な門閥から兵力を出させてこれを配置することで番犬が狼とならず番犬のままであるように保てましょう」

 

 国務尚書は財務尚書の意見に無言で賛意を示した。

 

「当面の防衛はそれで対応できるものと考えよう。軍人どもも無能ではないのだ、軍事戦略の再構築は成ろう。さて問題は、国家戦略の再構築にある。コルネリアス1世の御世より叛徒どもに対して長期消耗を強いてきたが、どうやらこのままではそれを続けることは出来ぬ」

 

「イゼルローン回廊を巡る攻防が続くと考えた、先日の小生の意見は考察が不十分でありましたことをお詫びいたします」

 

 国務尚書の指摘に財務尚書は出てもいない汗を拭ってみせた。

 

「おぬしが責任を感じるには当たらぬ。そもそも、叛徒どもが取りうる行動について分析し可能性を提示する義務を軍人どもが怠っておったことに問題がある」

 

 国務尚書の言葉はやや不当であったろう。

 もしローエングラム伯ラインハルトなどがこの言葉を聞けば失笑するに違いない。

 

 もっとも国務尚書の認識はまた異なる。

 半年前、イゼルローン要塞が「叛徒」の手に落ちたときに彼リヒテンラーデ侯クラウスは、死を賜ることも覚悟で警鐘を鳴らしたのだ。

 

「帝国領土は『外敵』に対し神聖不可侵でなければならない」と。

 

 しかもこの発言は「人類統一政体の主権者、全人類の支配者」であるはずの銀河帝国皇帝フリードリヒ4世に対する奏上として、全ての貴族に伝わる言葉として発せられたのだ。

「叛徒」をその実態に即して呼ぶことこそしなかったが、「銀河帝国は人類統一政体ではなく、皇帝は全人類の支配者ではない」ことを「宰相代理を兼ねる、閣僚の筆頭たる国務尚書」が言明したのだ。

 

「事実として帝国には『外敵』が存在し、それに対する備えを現実的に考えねばならない」と言う意味の主張を行った閣僚はこれまで何人か存在する。

 

 その場で死を賜ったものもあればイゼルローン要塞の建設実施を命じられ、最終的にはやはり死を賜ることになったものもある。

 

 

「遠からず軍部からは国家戦略の再構築に資する軍事戦略案が何通りかは提示されましょう。これを財政面から評価しうるように財務省で準備を行うものといたします」

 

「うむ。叛徒が次の手を打ってくるにもそれなりの時日は要しよう。要はそれに先んじて方針を決めてゆけば良いのだ」

 

 心なしか、国務尚書の言葉と表情には先日の密談で見せた迷いや憔悴が消えているようにゲルラッハには思われた。

 

「国家戦略の再構築に際しては、出来れば先んじて内憂を解決したいところである。……畏れ多いことながら、陛下にあらせられてはご健康を崩される恐れが大きい」

 

 銀河帝国がこの時期に抱えるもっとも大きな内憂とはこれであると、後世の歴史家が等しく指摘するところである。

 30年以上に渡って皇帝の座にあるフリードリヒ4世は5年前に皇太子ルードヴィヒが急逝してより後継者を定めていない。

 しかも次代の皇帝となる可能性が高い3人の皇孫のうち2人すなわちエリザベート・フォン・ブラウンシュバイク、サビーネ・フォン・リッテンハイムはそれぞれ帝国屈指の有力貴族を父親に持つ。

 そしてブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯それぞれが自らの娘を次の皇位に就けるべく盛んな派閥活動を続けている。

 この状況にあって皇帝フリードリヒ4世が没することがあれば、宮廷内での派閥工作はあるいは武力を用いる事態へと発展するかもしれなかった。

 

「やむを得ぬ次第となれば、フェザーンから医療技術を極秘裏に導入することも考えてはいかがかと」

 

 ゲルラッハが言うのは同盟の医療技術導入である。

 帝国人である彼らにとってはいささか信じがたいことだが、同盟においては医学上の平均寿命が120歳を超え、70歳を過ぎた人間が社会の第1線で働いていると言う。

 そのいっぽうでルドルフ大帝が定めた国是に基づき弱者救済に繋がるあらゆるものを廃滅した銀河帝国にあっては、高齢者医療もまた低い水準に留められている。

 国務尚書の眼光が険しさを増した。

 

「……失礼いたしました。失言のほど、どうかお許し願いたく」

 

 国務尚書が言外に否定し、財務尚書は本物の汗をぬぐった。

 

 それを無言で眺めつつ、リヒテンラーデ侯は考え込んだ。

 険しい表情は財務尚書の失言をとがめ、反省を促しているように見えることだろう。

 だが国務尚書の真意は別のところにある。

 臣下が危険を冒して同盟の高度医療を手に入れたとしても、肝心の皇帝フリードリヒ4世がそれを受け入れまい。

 

 先日、バラ園で臣下の分を踏み出した上奏を行ったときに返された言葉が脳裏に蘇る。

 

『人類の創成とともにゴールデンバウム王朝があったわけではない。

 不死の人間がおらぬと同様、不滅の国家もない。

 余の代で銀河帝国が絶えて悪い道理がなかろう』

 

 覗き込んだ虚無の淵の暗さと深さを思い出し、国務尚書の魂が冷える。

 

 ゲルラッハはまだ脂汗を流している。

 無理はない。帝国人が国是に触れる発言をすることは大きな危険が伴い、たとえ閣僚の座にある有力者であろうとも大変な勇気が要るのだ。

 

 たとえこのような非公式、非公開の場であっても。

 

 だが。

 リヒテンラーデ侯クラウスが覗き込んだ深淵に比べれば、先日のバラ園で他ならぬ銀河帝国皇帝その人から聞かされた言葉に比べればいかほどのことがあろうか。

 フリードリヒ4世がなにゆえに後継者を定めず、次の皇位を巡る争いの種が芽吹き成長してゆくのを放置なされていたのか。

 先日のバラ園での御言葉はその答えを国務尚書に示したものではなかったか。

 クラウスが国家戦略の再構築より先に内憂の解決案を考えているのもそのためである。

 杞憂であれば良し。

 しかしたった今財務尚書に告げたとおり「フリードリヒ4世が(自ら)健康を崩す可能性」を考えねばならない。

 そのときに何の準備も出来ていないようなことがあれば帝国崩壊となりかねないのだ。

 

 

「陛下の御心を安んじるためにも我らは内憂を制御し抑制してゆかねばならぬ。目下の状況にあって懸念すべきはなにか」

 

 ひとつ咳払いをして国務尚書は問うた。

 

「最大の懸念は、ブラウンシュバイク公あるいはリッテンハイム侯がその息女の婿としてローエングラム伯を選ぶことでしょう。

 帝国史上最初の女帝が、同じく最大最強の外戚を伴って生まれることになります。この場合には今回の辺境防衛体制の再構築が裏目となりましょう」

 

 若くして元帥の地位を得るに至った軍人貴族が最有力の門閥貴族と結ぶ、帝国にとって悪夢とも言うべき可能性をゲルラッハは示した。

 この懸念が実現した場合、銀河帝国は王朝交代の危機を迎えるかもしれなかった。

 

「ふ、奴らにあの金髪めを自らの閥に招く度量、さらにこれまで『女帝の夫』と言う地位を示唆して派閥に取り込んできた諸家の反発を抑える力量が備わっておるのならば帝国の将来は安泰というものだな」

 

 ゲルラッハが示した懸念をリヒテンラーデは笑い飛ばした。

 解釈によっては国務尚書の言葉はゴールデンバウム王朝からブラウンシュヴァイク朝へ、あるいはリッテンハイム朝なりローエングラム朝なりへの王朝交代を許容するかに聞こえる。

 財務尚書ゲルラッハはこの「言葉」を記憶にとどめることにした。

 この言葉が広まることがあれば国務尚書はその地位を失うだろう。

 

 財務尚書は小さな武器を得たのだ。この武器は実体を持たないが致死的である。

 ただし国務尚書の今の発言、致死的な武器を財務尚書に与える行為はなんらかの警告や威嚇を含むかもしれない。

 

 

「ブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両者にその度量と力量があるはずもございませんが、己を過大評価することのみ著しい両者のこと。実施しかねないと愚考する次第であります」

 

 ゲルラッハは念のために発言を補足した。

 

「もし両者が己の器をわきまえずにそれを試みてくれれば幸いであろうな。その場合、我らは何人かに囁くだけで良いのだ。

 ブラウンシュバイク陣営あるいはリッテンハイム陣営が勝手に内部抗争を引き起こしてくれよう。あとは世を騒がせた罪を問うのみ。つまりは、最大の懸念に際しては対処は比較的単純となる。次に大きな懸念とやらを論じるとしよう」

 

 やはり国務尚書は「ブラウンシュヴァイク朝」や「リッテンハイム朝」と言ったものが現れる可能性を低く読み、またその企ては容易に打ち砕けると見ている。

 財務尚書も大筋では同意しているが、国務尚書がひとつ無視している可能性を脳裏にとどめることにした。

 ローエングラム伯はまだ若く、使える時間は多いという事実である。

 国務尚書にとっては自分の没後のことだろうが、ゲルラッハにとっては無視できないことなのだ。

 

 

「……次の懸念事項はどちらも決定的な優位を得ぬまま武力の行使に踏み切る事態でしょう。この場合、帝国は長期の内乱を避けえません」

 

「強大な勢力を背後に持ち自らは小さな度量と統率力しか持たぬ2人が率いる内乱か。決め手を欠いたままだらだらと続き、帝国は大きな打撃を受けよう。

 それを避け、帝国の安寧を保つにはもうひとりの方に大きな剣をお持ちいただかねばなるまい」

 

 

 ここに至り、国務尚書は有力軍人と結んで亡き皇太子ルードヴィヒの遺児、皇孫エルウィン・ヨーゼフを擁立する可能性を示した。

 ゲルラッハの記憶によれば、国務尚書リヒテンラーデ侯が「誰を擁立するか」についてはっきりと示唆したのはこれが初めてのことだ。

 エルウィン・ヨーゼフ・フォン・ゴールデンバウムの両親、皇太子ルードヴィヒと皇太子妃はすでに亡くなっている。

 また皇太子妃の実家は貴族ではあるものの有力者とは言い難い。

 エルウィンはゴールデンバウム姓を持つことのみが唯一最大の後ろ盾と言う立場の幼児である。

 なにしろまだ5歳でしかないのだ。

 国務尚書兼宰相代理の地位にあるリヒテンラーデ侯がエルウィン・ヨーゼフ擁立に動くと表明することは玉座にお飾りを据えて国政を侯が掌握する意思の表明でもある。

 この言葉だけで宮廷闘争が起きること確実な内容であり、国務尚書がこれまで帝位継承に関する発言を控えてきた理由として十分である。

 まさに今しがた国務尚書が述べたとおり、他2名の皇孫の背後にはすでに強大な閥が形成されている。

 次の皇帝がエリザベート女帝と決め込んでいるあるいは願っている閥、サビーネ女帝と決め込みあるいは願っている閥。

 いずれも、自分たちが望む以外の未来をおとなしく受け入れるとは思われない。

 同時に国務尚書は、それを大きな武器すなわち有力な軍人を用いて制圧すると示した。

 

 国務尚書はいかなる理由でこの決意を成したのか?

 単に言葉どおり、他2名の重要候補者の背後にある人物があまりにも出来が悪いと判断しただけなのだろうか?

 しかしそれだけなら他にも選択肢が考えられないでもない。

 次の皇帝はフリードリヒ4世の直系であることは望ましいが、必須ではない。

 ゴールデンバウム王朝においては傍系からの即位の事例がいくつかある。

 大帝ルドルフからジギスムント1世への継承は傍系と言うほど遠くはないが、解釈によってはゴールデンバウム朝は初代たる大帝ルドルフで終わり以後はノイエ・シュタウフェン朝だと言うことも出来る。

 

 口にしたら社会的にも生物学的にも死ぬ恐れがあるが。

 

 明白に、また死の危険なしに傍系継承であると言える事例がいくつかある。

 リンダーホーフ侯爵がエーリッヒ2世として即位した事例すなわち止血帝の出現はそのもっとも目覚ましい事例であろう。

 目を覆うばかりの失敗例はブローネ侯爵がジギスムント2世として即位し、明らかに悪意を持って帝国に害を為したことだろう。

 

 もちろん、いかに難ありと言えども直系の3名が現存している現状で傍系継承となればそれはそれで面倒で、時間の掛かる話ではある。

 ここでゲルラッハは自らの先ほどの失言と、それに対する国務尚書の反応を思い出した。

 国務尚書はなんらかの根拠に基づき、皇位継承を穏当な形で行う時間が無いと判断しているのではないか?

 玉座の主の健康問題に関する発言には、伏せられた部分があるのではないか?

 

「……エルウィン・ヨーゼフ殿下を擁立する場合にはよほどの時間を費やし派閥の切り崩しを実施した後でなくては、ブラウンシュヴァイクもリッテンハイムも大人しく従うとは思われませぬ」

 

「おぬしの言うとおり」

 

「両者のどちらかあるいは双方が強大な勢力を保持した状況で『事態』が生じた場合、両者とも帝国に仇を為しかねませぬ」

 

「であろうな」

 

 国務尚書の即答に、財務尚書は疑念を確信へと変えた。

 十分な時間を使えないものと考えて策を練らねばならない。そうしないとならない理由は、口に出せない類のことだ。

 

「そのような事態において、辺境の叛徒どもがそれを静観するでありましょうか?」

 

「静観するはずもなかろう。わしはブラウンシュヴァイクでもリッテンハイムでもない。物事が願望どおりに好都合に進むなどとは考えもせぬわ」

 

 語気を強めた国務尚書の言葉に財務尚書が再び首をすくめた。

 

「相当な被害は覚悟せねばならぬ、だが早いうちならば『被害』で済む。……辺境の叛徒どもが帝国を滅ぼすほどの力を蓄える前に、帝国は内憂を除かねばならぬのだ」

 

 国務尚書リヒテンラーデ侯クラウスは続けた。なぜ急ぐのかの言い訳を見つけた様子である。

 

「いまひとつ疑念がございます。辺境の叛徒の手にイゼルローンがある今の状況において、ブラウンシュヴァイクやリッテンハイムは行動を起こすでありましょうか?」

 

 いまさらの確認であった。

 

「ブラウンシュヴァイクなりリッテンハイムなりが情勢を正しく理解し方針を決める能力を持っているのであれば、帝国の将来は安泰であろうよ」

 

 国務尚書は一笑に付し、付け加えた。

 

「そうではないからこそこうして論じておるのだ。強大な武器を用意せねばならぬ」

 

「ローエングラム伯はいかがでしょうか。十分に強大な武器であり、しかも事後の始末が容易であると考えます」

 

 ゲルラッハの問いは確認を求めるものであった。

 伯の武勲がその実力を示すことに疑問の余地は無く、なおかつ事後に伯を始末しても貴族社会には大して混乱が残らない。

 

 ローエングラム伯の持っているものは単なる武勲と軍事的実力、その後ろ盾はフリードリヒ4世の寵姫グリューネワルト伯爵夫人(当人の爵位。伯爵の妻ではない)しかない。

 

 いま論じているのはフリードリヒ4世の崩御後に生じる混乱の収拾である。

 フリードリヒ4世が崩御した後には、グリューネワルト伯爵夫人は単なる「先帝の寵姫」となり、ローエングラム伯は何の後ろ盾も持たない単なる有能な軍人と言う立場になる。

 これは用済みになった後の始末がたやすいことを意味する。

 

「わしもそう思う。しかしブラウンシュヴァイクやリッテンハイムの目にもそう見えるとは限らぬ」

 

 ゲルラッハはこれに首肯し、両者は認識確認を行った。

 要旨としてはこのようなものであった。

 

 ローエングラム伯の異例の出世は伯の実力によるものではないとして伯を軽視する貴族が多い。

 彼らの目に映る事実は、伯が皇帝フリードリヒ4世の寵姫グリューネワルト伯爵夫人の弟であることばかり。

 まともな目を持つ者が見ればローエングラム伯の実績は陛下の威光が通用しない相手すなわち叛徒を相手に勝利を重ねてきたというものだと気づくはずであり、伯の実力には疑問の余地が無い。

 しかし過半の貴族の目にはそれが見えない。

 さらに先日のアムリッツァ星系での「ひたすら交戦を避けて逃げ回る」叛徒の行動が周知されるとかなりの数の貴族が叛徒の戦意と能力を侮るようになった。

 これに伴い、貴族社会ではローエングラム伯の実績に対する評価がさらに低下している。

 要するに彼らの目には「あのような戦意乏しき叛徒ども相手に重ねてきた勝利など大した意味を持たぬ」と映る。

 

「叛徒どもがイゼルローン要塞を強奪したときにわしが陛下になんと奏上したか、覚えておるか?」

 

 国務尚書が尋ねた。

 

「無論、覚えております」

 

 財務尚書はみたび額に汗を滲ませて答えた。

 

「『帝国領土は外敵に対し神聖不可侵でなければならない』との奏上、伝え聞いただけではあっても忘れようもありませぬ」

 

 財務尚書の額から汗が伝い、頬を伝って滴り落ちた。

 

 銀河帝国において、「銀河帝国が人類統一政体でない」ことを認めることはそれほどの危険である。

 

「わしとしては命懸けで警鐘を鳴らしたつもりであったのだがな」

 

 国務尚書の言葉に、しばし沈黙が室内を支配した。

 今年5月の国務尚書の答弁は単なる失言、危機感や使命感ではなく動揺の現われではないかと財務尚書は考えたが、それを口にすることはなかった。

 

「外敵に備えるためには先んじて内憂を始末せねばならぬ。まずその準備をせねばならぬ。慎重かつ迅速に」

 

 黙り込んだ財務尚書ゲルラッハに対し、国務尚書リヒテンラーデ侯クラウスは決意を示した。

 




エルウィン・ヨーゼフ少年の父、皇太子ルードヴィヒの没年は原作本編と外伝とで食い違いを生じていることは原作刊行当時から指摘されています。

また皇太子妃の安否については明確な記述がありません。

本作では原作本編の記載に近い設定を採り、また皇太子妃については原作本編同様にストーリーに影響しないことにしています。
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