銀河英雄伝説 サンフォード炉辺談話   作:mosamosa

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第12話 夜明け前

宇宙暦796年10月中旬。

 

 閣議中、ふと日付が気になった。

 史実ではちょうど今ごろ、アムリッツァ星域で同盟軍が大敗を喫する。それに至るまでの経緯を思い出す。

 この世界、私の介入によってアムリッツァキャンペーンが不発となったこの世界では起きていないことだ。

 史実におけるアムリッツアキャンペーンは、初期段階ではある成果を上げていた。

 5000万もの民衆を飢餓から救ったのだ。

 だが「その後どうするか」を巡って激論が生じた。

 5000万人を飢餓から救ったことを成果として撤退するか、それともまだ出兵を続けるかという議論がなされた。

 議論は一度は収束した。

 とにかく5000万人の民衆だけでなく、出征した将兵にも食料を届けなくてはならない事実によって。

 たしか、「わが軍将兵に戦死の機会を与えよ。このままでは餓死の危機に直面する」という遠征軍司令部からの報告があったのだ。

 史実において同盟政府と軍隊は要求物資をかき集めて輸送を開始したが、ほどなく前回とほぼ同量の追加要求が届く。

 占領地が拡大し、占領地住民の数が倍増したのだ。

 これによって議論が再燃した。

 史実の9月末から10月頭に渡って行われた議論はシンプルな対立である。

 

 早期撤退論:「際限がない。5000万が1億になった。やがて1億は2億になる。これは同盟の財政が破壊されるまで続く。そうなる前に撤退するしかない」

 出兵継続論:「早期撤退は出兵賛成者の政治生命喪失を意味する。許容できない」

 

 

「帝国は民衆そのものを武器として、わが軍の侵攻に対抗している。憎むべき方法だが、わが軍にとっては有効な方法である。このままではわが軍は餓えた民衆を抱えて力つきたところを帝国軍に袋叩きにされる。そうなる前に撤退すべき」

 財政委員長ジョアン・レベロがそんな趣旨の発言を最高評議会で行ったのが史実の9月末くらいのはずだ。

 出兵に賛成票を入れた評議員(サンフォード含む)はこれに反論できなかった……なら、史実はもう少しマシな結果になったろう。

「何の戦果もあげずに撤兵したのでは、出兵を支持した評議員の立場がない。みな政治生命を失ってしまう」という実に馬鹿げた反論がなされて、それが通った。

「一度で良いから軍事的勝利を挙げてみせれば撤退を認める」そう主張しつつ、ウィンザーがサンフォードを睨みつけ、その内心で「この凡庸な『誰からも選ばれなかった』議長が次の選挙のことなど言ったばかりに、私は乗せられてしまった」と罵っていたはずだ。

 正史ないしは演義を読んだときにはなんという責任転嫁だろうと呆れたものだった。

 もっとも、歴史上にはもっと無責任な経緯で戦争が始まってもっと無責任な経緯で継続された例があるが。

 そして疑問を感じたものだった。

 帝国へ侵攻し、専制政治の圧政に苦しむ民衆を5000万人だか1億人だか救った。これだけで次の選挙に勝つには充分だったのではないか?

 そう主張して同僚を説得する評議員はいなかったのだろうか?

 私が干渉してアムリッツァキャンペーンを中止させてしまったこの世界では、もはやその疑問への回答は得られないだろう。

 

 そんなことを思いながら、情報交通委員長コーネリア・ウィンザー夫人の報告に意識を戻す。

 さきほどからウィンザーは軍隊からもたらされた人員を再配置活用しての同盟の物流改善についていかにも得意げに報告を行っている。

 いかに情報交通委員会がここ数ヶ月でおおきな成果を挙げているか、同盟の各地で生じていた交通障害を緩和しているかと言う報告である。

 まあ、確かに情報交通委員会の功績ではある。

 

「軍隊は何も生まない」と言う主張それ自体は正しい。ただし、同盟軍は自由惑星同盟におけるもっとも大きな教育機関でもある。

 宇宙艦艇のブリッジ勤務だった将兵たちは退役あるいは予備役入りすると同時に運輸会社で商船を動かすのが普通だし、補給や経理部門の将兵にも多数の就職先がある。

 単座戦闘艇の乗員や整備スタッフにも無数の就職先がある。

 たとえば先ほどからウィンザーが自慢げに報告しているのがそれだ。

 数ヶ月前まで同盟軍艦艇の各種センサーを扱っていた若者たちと、同じく数ヶ月前まで単座戦闘艇を扱っていた若者たちを適時に宇宙港の管制部門や警備部門に配置することで船舶の事故は減っている。

 入港や出港も今までよりスムーズに行えるようになってきた。船舶を港で取り回しするときに、その周囲で人間が乗った艇を用いて行うべき作業は無数にあるのだ。

 星域によっては麻痺寸前の状態にあった数ヶ月前とは見違えるようだとウィンザーは成果を強調している。

 もちろん他の委員会の職掌部門にも軍隊から供給される訓練と実地経験を積んだ人材は欠かせない。

 たとえば軍艦の機関室で勤務していた若者たちには民間船舶の機関室や、発電所という職場が待っている。

 陸戦隊であれ憲兵であれ民間での仕事は無数にある。

 また、そうして建て直しを図るべき産業と職場が無数にある。

 情報交通委員長の前に報告していた法秩序委員長の報告内容もそれで、ここ数年間は増大一方だった犯罪発生率、低下する一方だった検挙率に歯止めが掛かりそうだと言う。

 しかしまだ犯罪や未検挙事件が減少に転じたわけではない。

 より多く、より長い民力休養が必要だと法秩序委員長はさきほど主張していた。

 そして今、情報交通委員長の報告も同じように締めくくられた。

 ついで経済開発委員長が報告を開始する。

 各委員長の報告は共通点がある。たいへん短く要約できる。

「国防委員会はより軍縮を進め、軍隊から民間へと人材をよこせ」である。

 このところ、閣議の度にその声が強まっている。

 

 今日もそうである。

「これ以上の軍縮は軍の崩壊を招きます。民間へ人的資源を継続的に提供しつづけることまで困難となっては経済開発委員長としても不本意でしょう」

 たった今、トリューニヒトが彼にしては硬い口調で経済開発委員長の要求を拒否した。

「一息ついたとは言え同盟の社会そのものが危機的状況にあることは私も認めるところです。しかし『無謀な』出兵を慎み、毎年兵役を終えた若者が社会に戻ってゆく体制を続ければ、一年また一年と民力は回復してゆくではありませんか。そして、教育機関としての軍隊の規模縮小はこの目的にも逆効果でしょう」

 トリューニヒトは「無謀」という言葉を特に強調し、ウィンザーを始めとして8月の閣議で対帝国強硬論を述べていた閣僚たちを見渡した。

 ウィンザーたちは特に表情を動かさない。

 

 かねてからの疑問のいくつかを、閣僚たちの話に乗せてトリューニヒトにぶつけてみる機会が来た気がする。

 ついでに、他の疑問を閣僚たちに聞いてみよう。

 

「国防委員長。もし、今年8月の出兵案が可決され、実施されていたなら今頃はどうなっていただろうか?」

 これには閣僚たちが当惑、あるいは軽い怒りを示した。いつもどおり、トリューニヒトの内心ばかりは読めない。

「大損害を受けたでしょうな。」

 即座に淡々と答えが返された。

「たとえばどのような損害だろうか」

 一応は聞いてみる。史実で同盟軍がこうむった損害に近い値を見込んでいるのか、それともライバルの政治生命に打撃を与えるに足りればそれで良いのか。

「あの出兵案は8個艦隊を同時に動かすものでしたが、そもそも同盟軍の支援体制は一度に3個艦隊以上を動かすようにできておりません。12個艦隊を4単位ローテーションする前提で組まれたものです。……今は違いますが」

 基礎論から説明を始めた。トリューニヒトにしては回りくどい。

「8個艦隊を同時に動かすことには予算面だけ見ても根本的問題があり、支援能力を超えた動員艦隊は敵地で行動不可能になるばかりです。時期がいつになるかはともかくとして」

 ではここで聞いてみよう。トリューニヒトだけでなく他の閣僚たちにも。

「そもそも同盟軍がいくらかなりと帝国領に侵攻し、専制政治の圧政にあえぐ民衆を救出できたならそれだけで歴史の教科書に残る成果だ。それで良しとして、行動不能になる前に撤退と言うこともありえたのではないかね?」

 何人かの閣僚が賛意を示し、幾人かは懐疑的な態度を示した。

「失礼ですが、議長。この政権にその選択が出来たとは思えません」

 トリューニヒトの答えは明確だった。

「私はもっと大きな成果を求め、同盟軍が致命的な被害をこうむるまで出兵を続けさせたと言うことかね」

「あるいは議長が早期撤退を望んでも、各評議員諸氏がそれに賛成しなかったかもしれません。なんらかの軍事的勝利を得る前に撤退すると言う決断ができたかどうか、私は疑問に思っています」

 これに閣僚たちの何人かは怒りを示し、何人かは憮然たる表情を浮かべた。

「ふむ。出兵が悲惨な結果になった場合、国防委員長は無謀な出兵に反対した先見性と勇気あふれる政治家という評価を得ていただろうな。また、君の反対を押し切って出兵を強行した政治家とその支持会派は一挙に政治生命を失う」

「恐ろしいことです」

 トリューニヒトが淡々と答えた。

「その状況で新政権を握るのは君だろうな。君にも恐怖と言うものがあるのかね」

「もちろんです。わが国を護る軍隊が大損害を被ることなど、特に恐ろしいことです」

 トリューニヒトが答えつつ会議室を見渡すと、大半の評議員は視線を会議机に落した。

 

「損害の大きさによっては、フェザーン回廊からの侵攻におびえねばならないところだ。イゼルローンが我々の手中にあることが意味を失う。取りやめて正解だったのだ」

 トリューニヒトの視線を見返してレベロが続けた。

 そう、これが聞きたかった。

 史実のトリューニヒトは大打撃を受けた同盟の指導者として、どうやって同盟を生き残らせ、帝国を打倒するつもりだったのか。

 

「仮にあの出兵が実施されて悲惨な結果になり、同盟軍が大打撃を受けたとしてもフェザーンからの侵攻を防ぐことはできます。フェザーン回廊はあまりにも広く、侵攻するには防御側の4倍以上の兵力を要します」

 耳を疑った。

 たった今、恐ろしい未来図を述べて会議室の空気を冷やしたばかりのトリューニヒトが楽観論を示している。

「……なるほど、あの8月の閣議で、なぜ私が質問するまで国防委員長が黙っていたのか理解できたよ」

 失言と承知で、そんな言葉が口をついて出た。

「いかにしてあの出兵案を否決に追い込むか考え込んでいたものですから」

 沈痛な表情でトリューニヒトが答えた。

「それは本当かね?今の説明を聞くと、むしろ出兵案が可決されるまで黙っているつもりだったように思えるが?」

 この言葉は失言であり、侮辱でもあったろう。私は特に悪意を込めたつもりはなかったが、トリューニヒトはいかにも心外そうな表情を作った。

「心外ですな。無謀な出兵案の可決を見過ごせばこの自由の国を守る軍隊が大損害を受ける。それで私に何の利点があるというのです?」

「この椅子から私を蹴り落とし、さらに対帝国戦に積極的なライバル全員を失脚させてトリューニヒト議長による長期政権の基礎を固めると言う利点がある。しかも、同盟軍の損失は回復可能だ」

 それは史実で部分的に生じたことだ。

「議長、それは私の能力に対する過大評価であるとともに、私の使命感や道義心に対する過小評価です。私は政権に就くために同盟軍人を死に追いやる趣味は持っておりません」

「本当かね?」

「本当ですよ。8月のあの閣議で、どうやって反対するか悩んでいた私を後押ししてくれたことには感謝しておりますが」

「なるほど。では今しがたの私の発言については、国防委員長に詫びる。すまなかった。改めて、あの閣議で出兵案を潰してくれたことに感謝する」

「私ひとりの力ではありません」

 特に怒った様子もない。

 閣僚たちの表情を観察する。

 おおよそ、こんな感じだ。

「議長は国防委員長に対して非礼な失言を発した。これは議長の失点、国防委員長の得点になる」

 それにどう対応するかを早くも考え始めたものが何人か居る。

 

「いましがたの国防委員長の発言について確認を求めたい」

 そんな計算など気にもしないかのようにレベロが尋ねた。

 そう、これは私も聞きたかったことだ。

「私なりに解釈すると、『フェザーン回廊の広さが防御側の味方になる。防御側は侵攻側の4分の1以上の兵力を持っていれば対処できる』と言うことになる。それで良いだろうか?」

「フェザーン回廊に限って言えば、そうなります。だからこそ、貿易国家フェザーンなるものが存在できているわけです」

 レベロの問いにトリューニヒトが即答した。

 私なりに解釈するなら、史実でもトリューニヒトは今の答弁と似た認識を持ち、アムリッツァでの大敗も致命的ではないと考えていたと言うことだろうか。

 考えてみると、史実でのラインハルトによる「ラグナロック」作戦の実施はアムリッツァでの同盟の大敗だけではなく、複数の条件が整って可能になったのだった。

 しかしトリューニヒトをしてこんな楽観的認識であるなら、来年の統一選挙で発足する新政権はどんな決断をすることやら。

 そんなことを考えている間に、レベロが発言を続けようとしていた。

「帝国の現有兵力は正規軍18個艦隊、貴族私兵を仮に糾合できたとしても30個艦隊相当だ。これも良いだろうか?」

 レベロが確認を求め、トリューニヒトが肯定した。レベロが次にどんな問いを発するか明白であり、会議室は静まり返った。

「ならば、同盟軍を原状の10個艦隊体制から8個艦隊体制に縮小できるのではないかね?」

 レベロの問いに閣僚たちの何人かはわずかに身を乗り出し、何人かは表情を硬くした。

「私も軍事の専門家と言うわけではありませんが、財政委員長の指摘は話を単純化しすぎ、また楽観的でありすぎるでしょう。帝国は同盟の倍の人口を擁する国家です。また、イゼルローン要塞は決して不落の存在ではないことが今年5月に証明されたばかりです」

「現状以下への縮小は出来ないと?」

「専門家たちはそう考えております。私としても同意見です」

「財政委員長、国防委員長、この件はそこまでにして欲しい。軍縮によって同盟社会に『配当』が分配され、疲弊したこの自由の国が復調することは歓迎するが、安全保障上のリスクは回避したい。すくなくとも、私の政権では」

 私が割って入って発言すると、閣僚たちの何人かは小さく笑った。

 なにしろ「私の政権」は来年初頭の統一選挙までなのだ。

 この政権では8月に大規模出兵を否決し、レベロなどが主張してきた民力休養を実施している。次の政権がどうするのかは判らない。

 しかし、まだいくつか閣僚たちに聞いておきたいことがある。

「諸君の誰かが来年以降に新政権を率いるか、あるいは重要な地位で新政権を支えることになるだろう。今、諸君に問いたいことがある」

 閣僚たちは表情を改め、私の発言を待った。

「わが国、自由惑星同盟にとって銀河帝国の打倒は手段なのだろうか、目的なのだろうか」

 途端に閣僚たちが口々に自説を主張しはじめ、会議室は騒然となった。

 

 




原作によると同盟の「次の選挙」は閣議でサンフォードが口にしている「来年初頭」のものと、キャゼルヌが作中8月半ばに口にしている「三か月後」があるようです。

両方正しいことにして11月から始まって1月くらいに終わる大規模選挙制度を考えてみようかと思ったのですが、本作では両方正しいことにして「11月から始まる方は言及しない」という形で簡素化しました。

大規模選挙を考えても私の力量では面白くならないためです。
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