銀河英雄伝説 サンフォード炉辺談話   作:mosamosa

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同盟側の動きを描こうかと思いましたが、構成の都合上、帝国側の動きを書いてみました。


第3話 発火点

 さて宇宙暦796年、帝国暦489年の末のことである。

 父マリーンドルフ伯フランツが治める領地にいったん帰省して父フランツを説得したマリーンドルフ伯爵令嬢ヒルデガルドと言う人物が、その美貌と若干の演技力を用いてローエングラム元帥への数分の面会を取り付けた。

 その日、ラインハルトは朝から多忙であった。

 まずこの朝、彼の無二の腹心にして赤毛の親友、アムリッツァ方面軍司令官ジークフリード・キルヒアイス大将からは同盟軍との捕虜交換交渉が受け入れられそうだと言う報告を受けた。

 キルヒアイスも忙しい立場である。

 皇帝即位式とメルカッツの元帥任命式に参列するためだけに急遽帝都オーディンに戻り、慌しく任地に復帰したばかりである。

 さてこれは「同盟軍との交渉」という物事の性質上、実戦部隊指揮官であるラインハルトの独断と言う形式で開始したものである。

 銀河帝国と自由惑星同盟の間にはむろん国交などなく、また銀河帝国は自由惑星同盟を公式には敵国とさえ認めていない。同盟側は銀河帝国を「敵」と認めてはいるが、人類社会における正当な政権は銀河連邦の正式な末裔たる自由惑星同盟のみであるとしている。

 よって政府間交渉など成り立つはずもない。

 

 さて先方がどうやら捕虜交換に応じるようであれば、話を捕虜収容所の管理責任者すなわちメルカッツ軍務尚書まで上げねばならぬ。

 もちろん、公式には宰相府を始めとする帝国政府閣僚の誰一人としてこの交渉について知らない。

 メルカッツ軍務尚書さえもまだ知らないことになっている。そして軍務尚書は捕虜交換の実施後には「捕虜を収容所から宇宙のいずこかへ移したら、行方不明だった我が軍将兵がそれとほぼ等しい人数発見された」と軍務省機密日誌に記すことになっているのだ。

 それにしてもなんと馬鹿馬鹿しい形式主義であろうか。

 銀河帝国が人類統一政体でないことなど、いまどき誰一人知らぬもののない事実ではないか。

 この年5月にイゼルローン要塞を強奪されたとき、当時の宰相代理兼国務尚書リヒテンラーデ「侯」は「帝国には外敵が存在する」ことを口走っているのだ。

 帝国で販売されている平民向けの家電製品や地上車、医療機材や医薬品のいったいどれほどがフェザーンのペーパーカンパニーの商標を貼り付けた同盟製品であることか。

 事実を事実として認めれば済むことではないか。

 それはさておき1個艦隊強に相当する人間を動かすための手配とはそれなりの仕事であり、これに宇宙艦隊司令長官としての平常業務も重なるのであるから彼らしく手際よく指示を出し、決済をこなしてもなかなかの分量であった。

 しかもこの間、ラインハルトはある報告を待っても居たのだ。

 内心で冷笑を浮かべる余裕が出来、コーヒーを従卒に持ってこさせようかと考えたところに「美しい貴族令嬢、マリーンドルフ伯爵家のヒルデガルド嬢が面会を求めている」と聞いて興味を持ったのであった。

 ラインハルトにとって「単に」美しい娘などさほど珍しいものでもないのだが、応接室に通された令嬢にはその飾り気の無い容姿だけでなく、どことなく普通の貴族令嬢と異なる雰囲気を感じ取った。

「キルヒアイスが居ないのが残念だ」

 まず令嬢に応接室のソファーを勧め、その対面に自らも腰を下ろしながらラインハルトの口からそんな言葉が出た。自分は赤毛の親友について語れる相手が欲しかったのだろうか?

 そんな疑問がラインハルトの脳裏にしばらくの間浮かんでいたが、すぐに追い払われた。

 令嬢がまず今ここに居ないキルヒアイスがカストロプ動乱でマリーンドルフ伯フランツの命を救ったことの礼を述べた後、本題を切り出したためである。

 曰く、明日にも始まるブラウンシュヴァイク公およびそれに追随する不平貴族集団を相手の内戦に際して、マリーンドルフ伯爵家はローエングラム侯爵に味方すると。

 ラインハルトはそれに応じていくつかの問いを発した。

 ひとつ、自分すなわちラインハルトが勝つ保証はない。とくに確実に動かせる兵力のうち4個艦隊が遠く辺境にある事実は重い。

 ふたつ、なぜ軍務尚書でも帝国宰相でもなく、宇宙艦隊司令長官である自分にこの話を持ち込むのか。

 みっつ、これは確かにマリーンドルフ家の、すなわち当主フランツの意思か。

 

 ヒルダ(ヒルデガルドの別称)はそれぞれに即答した。

 まずひとつめ、確かに現状で動員可能な兵力はブラウンシュヴァイク陣営のそれが大である。しかし軍艦を同じ宙域内にまとめて並べる事は「戦力の集中」ではない。統一した指揮系統の下にあってこそ兵力の集中であるが、ブラウンシュヴァイク陣営にはそれが無い。今後も無い。

 対するに帝国正規軍は統一した指揮系統の下に集っており、今現在はオーディンと辺境にその軍隊を二分されているものの最終的な勝利は明らかである。

 ふたつめ、ブラウンシュヴァイク陣営は数の上ではすでに強大であり、先方の主観ではすでに勝利は約束されたも同然であること。ここに今まで判断を保留していたマリーンドルフ家が加わっても厚遇されることはありえない。

 対するにローエングラム陣営は大義名分を除いては一見劣勢に見えるため、政治的効果をも加味すればマリーンドルフ伯爵家を厚遇するよりない。

 同じ理由によりメルカッツ軍務尚書でもリヒテンラーデ帝国宰相でもなく、ローエングラム侯個人に味方する方針を採用した。

 みっつめ、これは間違いなく当主フランツの意思である。先日領地へ赴き、当主フランツと意見交換を実施し、本件に関する全権を委任されて今ここにある。本件に関する限り、このマリーンドルフ伯爵令嬢ヒルデガルドの言葉はマリーンドルフ伯フランツの意思である。

 さらに付け加えるならば、帝国の統治機構を実際に動かす人物はリヒテンラーデ公であり、その統治能力はブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯のそれより優れている。帝国を二分して考えてそれぞれの『国力比』を考え、それをどれだけ有効に活用できるか考えても、帝国政府の勝利は疑いようがない。

 

 ラインハルトはこの見解を見事な見識と称え、マリーンドルフ家のみならずその口添えにより「ローエングラム陣営」に加わるであろう諸家についても厚遇することを約束し、さらに追加要求がもしあれば述べるようにと言う趣旨の発言を行った。

 伯爵令嬢はそれまでと同様に落ち着いた口調で即答を返した。

「マリーンドルフ伯爵家の領地と家門を安堵する旨の公文書が欲しい」と。

 それまでの応対とはわずかに口調を変えてラインハルトは「公文書を?」そう呟き、数瞬の沈黙後に「本日中に文書化して届けさせる」と回答した。

 そして付け加えた。

「マリーンドルフ伯爵家がとりなしを行い『ローエングラム陣営』に参加するほかの家についても、同様の公文書は必要か?」という趣旨の質問である。

 これに伯爵令嬢は即答した。

 自ら公文書による領地家門の安堵を求めるものにはそのように。マリーンドルフ家は主にその近しい親戚筋を当たって『ローエングラム陣営』への参加を募るが、公文書云々については各家の判断に任せ口出ししないと。

 

 ラインハルトは内心で笑みを浮かべ、表情と言葉の選択に迷ったがそれも長いことではなかった。

 慌しいノックの音につづいて応接室のドアが開き、一人の高級士官が飛び込んできたためである。

 カール・グスタフ・ケンプ中将は手短に、興奮明らかな様子でラインハルトが待っていた報告を述べた。

 不平貴族たちが動き出したと。

 

「マリーンドルフ伯爵令嬢、本日はお会いできて楽しかった。後日、食事でもごいっしょさせていただきたい」

 しなやかな動きでソファーから立ち上がったラインハルトは社交辞令らしき言葉を述べ、会見を終了した。

 

 

 

 奸臣(彼らの主観)リヒテンラーデ公爵と、ローエングラム侯を名乗る成り上がりの金髪の孺子を排除し帝政を正常化(彼らの主観)せしめんとする貴族たちは、オーディンにおけるブラウンシュバイク公爵の別邸があるリップシュタットの森に集合した。

 名目は古典名画のオークションと園遊会であったが、地下の広大なホールで「帝国と帝室への真の忠誠」を誓う「愛国署名」が行われたのである。

 これを「リップシュタット盟約」と呼び、それによって正式に(彼らの主観)誕生した貴族たちの軍事同盟を「リップシュタット貴族連合」と称しその実戦部隊を「正義派諸侯軍」と称する。

 リップシュタット盟約に参加した貴族は四千を超えた。

 盟主は予定どおり、そしてかねてから敵手にまで知られていたとおりブラウンシュバイク公オットー。副盟主も同じくリッテンハイム侯ウィルヘルム。

 4000人を超える貴族の名をつらねた盟約の主文はリヒテンラーデ公爵とローエングラム侯爵の専横を激烈な調子で非難し、ゴールデンバウム王朝を守護する神聖なる使命は「選ばれた者」たる貴族階級に与えられたものであると高らかにうたいあげていた。

「大神オーディンは我らを守護したもう。正義の勝利はまさにうたがいなし」

 そうむすばれた文章を盟主ブラウンシュバイクが読み上げるのに続いて唱和した貴族たちは勝利を確信し、早くも前祝いがなされた。

 森を見て毛皮の値段を見積もるどころではない楽観ぶりだが、多くの貴族たちはそもそも失敗を味わったことがないし、成功まで自分の足で歩いたこともない。

 彼らにとって勝利や成功とは命じれば得られるものである。

 単に数を集めたにすぎないこの段階で「もはや勝利が約束された」と思い込めるのも彼らの過ごしてきた人生が背景にある。

 ブラウンシュヴァイク公だけでなく、リップシュタット盟約の副盟主、公の義理の弟でもあるリッテンハイム侯も同様の判断を行っている。

 

 さて、すでに述べたとおり園遊会と絵画オークションを行うとの名目でこの集まりは行われ、宰相府が気づいたときにはすでに貴族たちは解散して個々の屋敷に戻っていた。

「手抜かった……事前に気づいておれば適当な罪を作って一網打尽に出来たものを」

 宰相リヒテンラーデ公クラウスの呟きをもし皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世が聞けば「じいや、やはり『しょうこ』などいらないのだな」と尋ねたであろうが、もちろんそんな事は起きなかった。

 さてクラウスは過ぎたことは過ぎたことと割り切り、リップシュタット盟約なるものに参加したものの顔ぶれ、また参加を取りやめたものの動きを確認し分析することにした。

 たとえば現在進行形で彼リヒテンラーデ公爵の帝都別邸やゲルラッハ伯爵の帝都別邸におよそ数百名の貴族当主たちが詰め掛け、リップシュタット盟約とは全く逆方向の発言を行っている。

「ふむ、まあマトモな判断力を持つものもそれくらいは居るのだな。これは重畳、有能な忠臣は帝国の財産である」

 彼の帝都別邸に詰め掛けている貴族たちは待たせることにして宰相は軍務尚書兼務統帥本部総長との間に秘匿回線を開いた。

 口頭でいくつかの問答と伝達を行いつつ二つのリストを送付する。

 メルカッツはリストを一読し、うかぬ顔をした。

「リップシュタット盟約に名を連ねている中でもっとも軍事的な判断力の高い人物。すなわちアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト中将。彼ならあるいは、ローエングラム侯を戦場で倒せるやもしれません」

「そのときは卿の出番じゃて。もしあの貧乏人……たしか晴眼帝の御世に領地召し上げ、帝国騎士に落とされた家であったか?あれに軍を任せる度量がブラウンシュヴァイクとその取り巻きどもにあったとしても、ローエングラム侯と戦って無傷で済むはずが無い。傷ついた不平貴族どもを、卿ならば楽々と倒してくれるであろうよ」

 リヒテンラーデ公クラウスは軍事問題の専門家ではないが、有力な軍人というものを評価する方法は知っていた。より正確には軍事問題に限らず「使える人材」を見出すための評価作業を行う組織を二つ抱えている。ひとつは宰相府スタッフとして、ひとつはリヒテンラーデ家の家臣団の一部として。

 後者の過半は帝都別邸にあるが、領地の本館にもそれなりのスタッフを置いており、常時クロスチェックを行わせている。

 どの評価を見ても、今の帝国にあってローエングラム侯に勝てる将と言うものを探すとすればこの初老の武人か、そのメルカッツが高く評価しているファーレンハイトくらいしか見当たらぬ。

「ところで卿に尋ねたいことがある。不平貴族軍の中にあってもっとも有能な軍人はファーレンハイトであるとの卿の言葉は疑わぬ。しかしファーレンハイトは位階においては帝国騎士に過ぎず、また軍における階級は中将である。不平貴族には宮中位階においても軍階級においてもファーレンハイトより上位のものが多数あるが、ブラウンシュヴァイクめはこの問題を解決できるであろうか?」

「ブラウンシュヴァイク公は帝国元帥であり、ファーレンハイト中将を進級させる権限を持ちます。また、軍においては指揮系統の上下と階級の上下、年齢の上下に不一致が生じることは織り込まれております」

 メルカッツは制度上は可能であると答えた。

「進級させたばかりの若手将官が歴戦の将を従える。あるいは階級の上下と命令系統の上下に不一致が生じても動ける。いずれの実例も知っておるが、それは帝国正規軍の規律があってこその話であろう」

 たとえば現任の宇宙艦隊司令長官ローエングラム元帥は、この初老の武人を部下としてアスターテ会戦を戦ったのだ。

「いかにも。しかし私としてはそれ以上のことは判りかねます。……私見を申し上げてよいなら、ある未来予測が出来ますが」

「申せ」

「まずひとつ。武力行使を開始するより前に、早ければ明日にもブラウンシュヴァイク公爵は帝国元帥としての権限を用いてファーレンハイト中将の進級措置を取るでありましょう。ふたつ。不平貴族は建前の上では軍律に従いファーレンハイト帝国騎士を軍事指揮官として認めるでありましょうが、軍律に従い続ける自制心はないと見ます」

「不平貴族陣営にいずれ深刻な不和と、指揮系統の麻痺が生じると?」

 ふむ、とリヒテンラーデ公は首を傾けた。

「仮に私が不平貴族陣営の軍事指揮官と言う話を受諾していたとしても、そうなったでしょう」

「であれば、ローエングラム侯が楽々と勝利してくれそうであるな」

「みっつ。その不和が生じるまではローエングラム侯といえども慎重に兵を動かさねばなりません。たとえば初期段階、不平貴族が『リップシュタット盟約』の建前に従いファーレンハイトの指揮に従っている状況で決戦となれば、ローエングラム侯と言えども勝てる保障はありません。不平貴族陣営の方が数が多いという事実。また帝国正規軍は叛徒の動きにも備えねばならず動員に制限が掛かると言う事実。これは揺らぎませぬ」

 軍事作戦においては相手が誰であろうと懸念点は率直に述べねばならないだろう。そしてメルカッツは常にそうしてきた人物だと人事評価に明記されている。事が政略に類する場合であっても、常に。だからこそメルカッツは実力と実績十分でありながら昇進が遅かったのだ。

 宰相は内心でそう評したが口には出さず、実務上の話を進めることにした。

「孺子……もとい、ローエングラム侯もそれらの事実は理解しているであろうか?」

「ローエングラム侯であれば。しかし念のために私から確認を取ります。侯の実績から考えて初期段階で不用意な行動を取るとは思いませんが、侯はまだ若い」

 軍人としてのメルカッツを誰もが高く評価する。誰もがメルカッツの人格にも高い評価を与え、誠実実直そのものと評する。クラウスもそう評している。ただ、メルカッツと同じくらいに誠実実直な人物でない限り、個人的な付き合いは出来ないであろう。クラウスは内心に浮かべたメルカッツへの人事評価にそう書き加えた。

「つまり、結果は我々の勝利となるが、長引くということか」

「いかにも」

 これを結論として両者は同意した。

「となればやはり、宇宙での戦闘となる前に暴発させて地上にあるうちに一網打尽にしたいものだが……」

 宰相は思案することにし、軍務尚書兼統帥本部長との通信を終了した。

 お互いに多忙な身でもある。

 特に宰相は内憂と外敵以外にも考えねばならないことがある。

 

 そのひとつ、自陣営内部に関する問題の萌芽に宰相は対処することにした。

 これに関しては前後してリヒテンラーデ公の元に届いた報告があった。ひとつは正式に、ついさきほど軍務尚書メルカッツを経由してローエングラム侯本人から届いたもの。

 そしてローエングラム侯を監視しているグループから届いたもの。

 どちらも要約できる。

 史書が伝えるとおり、不平貴族がリップシュタット盟約を交わしたこの日、マリーンドルフ伯爵家がローエングラム元帥に接触を図ったのである。しかも公然と。

 リヒテンラーデ公はそれを一読し、ついで宰相府の内務調査部門のスタッフに命じていくつか資料を開かせた。

「マリーンドルフ伯フランツの評価を改めねばならぬな。領地に篭って領民から名君と崇められることだけが趣味の男ではない」

 この言葉を聞いてスタッフがマリーンドルフ伯爵の資料に追記を行う。近くマリーンドルフ伯についてより詳細な調査が行われるであろう。

 そしてもうひとつ資料を開かせる。

 ローエングラム侯にこれまで娘を接近させようとした貴族はかなりの数に登った。先帝の時代においては第一寵姫の弟と言う将来有望な人材であったから。

 さて、これまでにローエングラム侯(先帝時代であるから伯であるが、この場合はどうでもよい)が貴族令嬢と交わした会話の秒数が記録されている資料を開かせる。

 ついで会話対象の令嬢の知性に関する評価資料を開かせる。

 両者には明確な相関が見られた。

 もっとも長い時間ローエングラム侯と対話した貴族令嬢はマリーンドルフ伯爵令嬢。知性評価が最も高い貴族令嬢でもある。

 1位と2位には大差があるが、しかし2位以下も同じ法則性で並んでいる。

「金髪の孺子め、これまで浮いた噂のひとつも無かったのは女色に興味がないからではなく、才走った女が好みか。ならば、これまで容色ばかり優れた娘を接近させようとした諸侯の試みがことごとく失敗したのは当然というわけじゃ。……となると……」

 リヒテンラーデ公はスタッフを下がらせ、自らの脳細胞に頼った。

 年齢に似合わない素早い手つきでヴィジフォンを操作し、彼の姪の嫁ぎ先であるコールラウシュ家へ秘匿回線を繋がせる。

 そして手短に要件を告げた。

 エルフリーデ・フォン・コールラウシュにもし縁談があれば中止せよ。ローエングラム侯との縁組を申し入れよ。

 

 金髪の孺子がエルフリーデに興味を示すかどうかは、この場合は二義的である。

 用済みになれば切り捨てる予定の人間に対して彼が、クラウスが採用してきた対処方法は二通り。

 まずひとつは「用がある限り、御館さまのお役に立てるかぎりは決して切られない」と確信させること。

 これは切り捨てられる日が来ても抵抗する手段の無いもの、たとえばリヒテンラーデ領の領民を対象に用いているが、他ならぬ領民からはまずまずの善政と評されている。

 開明派を気取る一部の貴族や、それほどではなくてもたとえばマリーンドルフやクラインゲルト、およびそれらの領民や銀河の向こう側からは異議があるやもしれぬ。

「用済みになれば切り捨てられると判っていて誰が忠誠など誓うものか」と彼らは評するだろうが、事実としてリヒテンラーデ公は領民の厚い忠誠を得ている。「用済みになるまでは生かしておいて貰える」と言うのは領民にとって善政である。とくに「他の領主様の領民は、領主様のお役に立てるものでも領主様の気分次第で切り捨てられる」と悪政が行われている領地の噂話を誇張なしに日々聞かせてあればなおのことだ。

 もしリヒテンラーデ領における政が悪政だとするなら人類の歴史上のほとんどの政府とほとんどの帝国領主の政は悪政を通り越して暴政であろう。

 もちろんこの方法はローエングラム侯のような、切り捨てるときに抵抗する実力を持つものを対象としては採用できない。

 そこで、これも実績のある別の方法を採る。

「これほどまでに厚遇を示すのだから、まさか切り捨てられはするまい」と油断させておくこと。また同時に、周囲から見ても厚遇していると見えるようにすること。そして切り捨てるときには誰から見ても「その相手に非があること明白」な状況へ追い込んで、圧倒的多数を味方につけた上でいかにも不本意そうに切り捨て作業を行うことである。

 もちろん、これにはそれなりのコストが掛かる。金髪の孺子の猛獣めいた危険性を考えるとエルフリーデ以外にもそれなりのコストを割かねばなるまい。

 

 

 さきほどまで帝国宰相の険しい顔を映していたヴィジホンの画面は今は単なる灰色を呈している。

 それを眺めながら、メルカッツは考え込んでいた。

 あまり長く考える時間はない。

 軍務尚書執務室の前には控えの間があり、先ほどから憲兵総監を待たせてある。

「高位貴族は程度の差はあれ病人ばかりである」と言う持論は、症状こそ軽いものの帝国宰相にも当てはまるらしい。

 宰相の自己認識としては他人を意のままに操る熟練の陰謀家なのだろうしそれは事実でもあるが、願望と予想の混同がいくらか見られる。

 さてメルカッツの知る限りではローエングラム侯ラインハルト、そして帝国騎士アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトは健康な人物である。彼らに病人たちの心理や行動が予測できるものだろうか?

 さしあたり、ローエングラム侯と対話しどのような見解を持っているのか確認せねばならない。

 そしてもうひとつ。

 現時点ではまだ帝国内戦は始まっていない。

 部下に命じてファーレンハイト中将の執務室へと回線を繋がせる。

 ヴィジホンの画面が移り変わるのを待ちながらメルカッツはこれから行う対話の要点を確認した。ファーレンハイト中将に対してリップシュタット盟約なるものから離脱せよと命じることは、形式上は行える。しかし無意味であろう。またそれによって帝国宰相が望むようにファーレンハイト中将を暴発させることは出来ない。

 彼は、アーダルベルトはそのように扱える人物ではない。

 が、その認識について本人から直接聞くことは可能であろう。

 

「ファーレンハイト中将、卿に用兵学上の質問がいくつかある」

 もしやこれが最後になるかもしれないと言う思いはあったが、メルカッツは淡々とファーレンハイトに挨拶を行うと用件を切り出した。

「メルカッツ元帥が、私ごときに?」

 言葉の上での謙遜を、若い中将の表情は裏切っていた。

「軍事的な対決が武力行使にいたる場合、一般的に時間は兵力の大きい側の味方である。しかしこれが当てはまらない場合がある」

 実に初歩的な質問だったが、今はそれが必要だった。

「指揮系統の統一と兵站に不安がある場合です」

 ファーレンハイトは明快に答えた。まさに彼がこれから直面する問題である。

「うむ。そのような軍の指揮官はどう行動するものか?」

「武力行使に至るまでに出来る限り指揮系統と兵站を改善します。その上で、時間は自らの敵であることを前提とし、早期の決戦を望みます」

 ファーレンハイトはあっさりと意図を明かした。もっとも、軍務尚書が同じ解に到達していることを確信し、隠すだけ無駄と割り切ってのことである。

「そのような場合、いかにして敵軍に早期の決戦を強要するのか」

「情勢や陣営ごとの内部事情によりさまざまです。小官の見識では共通原則のようなものは見出せません」

 ファーレンハイトは表情を変えずに答えた。あるいは答えを拒否した。

「うむ。……ファーレンハイト中将」

「はい、軍務尚書閣下」

「身命を労うように。卿は銀河帝国の忠臣、皇帝陛下の武器のひとつである」

 他にも言いたいことはあったが、メルカッツはそれ以上のことは言えなかった。

「心得ております」

 短い対話はそれで終わった。

 メルカッツは直ちに憲兵総監を執務室に招き入れ、ローエングラム侯の姉であるグリューネワルト伯爵夫人の身辺に厳重な警護を行うように命じた。

 ついでその旨、ローエングラム侯とグリューネワルト伯爵夫人本人に伝達する。

 

 ローエングラム侯は自らヴィジホンに出て丁寧に礼を述べた。宇宙艦隊の陸戦部隊を一部用いて、グリューネワルト伯爵夫人の警護を目立たぬように固める準備中であったと言う。

「軍務尚書閣下の配慮ありがたく、ひそかに警備を固める手間がこれで省けます」

「卿自身にも警護を強化するようにせよ」

 これにラインハルトは一瞬眉をひそめた。

 仰々しい警護を嫌うのは自負心に溢れ実績を誇る若者らしいことだが、メルカッツは気づかなかったふりをした。

 グリューネワルト伯爵夫人を警護する部隊の指揮系統の調整について短い会話を交わし、メルカッツは念のためにローエングラム侯の見識について確認することにした。

「近く生じる内戦を最短期間で終結させるにはどうするべきか。実戦部隊を率いる卿の見解が聞きたい」

 これに対してラインハルトの回答は明快であった。

 賊軍(ラインハルト命名)の指揮系統に問題が生じるまでは決戦を回避する。同時に、アムリッツア方面軍を用いて賊軍の貴族領地を平定する。賊軍の領地を皇帝直轄領にすることは法的にもなんら問題ない。

 これにより賊軍の兵站能力を低下させる。また個々の貴族が領地の奪還や防衛に動こうとすれば賊軍の指揮系統にヒビが入る。賊軍の指揮官が正気であれば貴族私兵の数を活用して決戦に勝利することを構想するであろうから、内部衝突が生じる。

 このひび割れと兵力分散を待って決戦を挑み、一戦して打ち破る。

 恐らく賊軍の兵站が整うのは2月の半ばか3月の始め。それと同時に賊軍は短期決戦を試みるであろうが、6月にはこちらの勝利で終わる。

 史書にあるとおり、この構想や期間、展開予想は銀河の向こう側で何人かの将帥が予想したものと一致していた。もちろんメルカッツもラインハルトも、そしてこの場に無いもう一人の当事者ファーレンハイトもその事実をこの時点では知らない。

 しかしおおよその見当をつけてはいた。

「一点を除き問題ない。叛徒……いや、実情に即して呼ぼう。この内戦を長期化させることを意図し、同盟軍がアムリッツァ方面軍の行動を妨害すると考えられる。どう対処するか、宇宙艦隊司令長官の見解を聞きたい」

「同盟軍との戦闘を避けて撤退させます。同盟軍は軍縮中であり、また彼らの兵站システムは敵地での長期行動を想定したものではありません」

「つまり一時的には敵手に辺境領地を委ねると?」

 僅かにメルカッツの眉の角度が変わった。

 辺境、この場合イゼルローン回廊の帝国側出口すなわちアムリッツァ方面の辺境諸侯のうち、弱小なものはリップシュタット盟約に参加していない。つまりメルカッツとこの若者と、リヒテンラーデ公爵の味方であり、なによりもエルウィン・ヨーゼフ2世陛下の忠実な臣下である。

 また、リップシュタット盟約に参加したものの領地であろうとも、そもそもそれは帝室財産を貴族に代理統治させているだけと言うのが建前である。

 

「不本意ながら、内戦の早期終結を図るにはそれしかないと考えます。また、同盟軍の兵站能力は長期の占領作戦に適合しておりません。確実に奪還できます」

 ラインハルトとしても本意ではない。しかし「内憂を先に片付ける」と言う方針ならば、それが軍事的には合理的である。

「宰相閣下がそれをお許しになるか?」

 政治上の要請が軍事上の合理性を否定する事例を、メルカッツ自身が数多く経験してきた。また、軍事的に合理的であることと、帝国の忠臣たるメルカッツの心情とは一致しない。敵手に辺境領を委ねることが望ましいはずもない。

「少なくとも宰相閣下は可能と不可能の区別、願望と分析の区別が出来る人物と見ております」

 若者の不遜な眼光に、メルカッツは自らが対話することにして正解だったと再認識した。

「念のために確認するが、アムリッツァ方面の辺境諸侯とその領民を避難させねばならぬ。が、どの程度の時間を見込むか」

「捕虜交換に用いる輸送船舶を往復動員することで、来年1月内には完結すると見込みます」

 金髪の若者は即答した。

「判った、その件は私が宰相閣下に上申する。アムリッツァ方面軍の背後には……卿の言葉を借りよう。『賊軍』の兵力があるが、これはどう対処するか?」

「ハーンとヴィーレンシュテーンに展開するブラウンシュヴァイクの私兵、リッテンハイムの私兵は合計してもアムリッツァ方面軍と同数でしかありません。こちらが先手を打つことで短期間で撃破できます」

 メルカッツもそれには同意するものだったが、ただひとつだけ懸念がある。

 同盟軍がこちらの予想より早く武力介入を開始し、アムリッツァ方面軍の事前撤収と住民の避難が間に合わずに損害を被った場合はどうなるか。また、どうするか。

「その場合、こちらの主力のうち1個艦隊を賊軍領地の平定任務に増援します。この場合でも、内戦期間は半年を超えることは無いでしょう」

 これに対してもラインハルトの答えは明快だった。

「その任務に当る将はキルヒアイス提督と同様に治安戦をこなせる人物が必要だが、誰を充てるのか」

「シュタインメッツを考えております」

「けっこう」

 あまり結構でもない。

「撤収の完了が間に合わずに損害を被る」レベルで収まらなかった場合をメルカッツとしては考えねばならない。キルヒアイス提督とその指揮下にあるアムリッツァ方面軍の将帥たちは有能な若手将官で固められているが、軍事行動に確実と言うものはない。

 何よりも銀河の向こう側には有力な兵力があり、それらは有能な将帥に率いられているのだ。

 もしアムリッツァ方面軍が壊滅するような事態となれば、賊軍(ラインハルト命名)にひび割れを入れるための時間だけでも延びてしまう。もちろん内戦終結までの時間もそれに比例して伸び、辺境を同盟軍から奪還するのに要する時間も伸びる。

 また、そのような事態に際してこの若者は平静を保ち、賊軍のひび割れが生じるのを待てるかどうか?

 ことが済んだ後に「老人の要らぬ心配であった」と振り返れるように、メルカッツは祈った。もちろん祈りなどと言うものが「外敵」相手に通じるとは考えてもいない。彼は軍務尚書であると同時に統帥本部総長でもあり、帝国軍情報部もその指揮下にある。

 軍情報部と内務省、フェザーン駐在の高等弁務官。ありとあらゆる部署と協力して、同盟軍の行動を予測し備えねばならない。

 そのために行うべき打ち合わせだけでも分刻みのスケジュールを消化せねばならないのだった。

 

 この時点で、誰一人としてある重大な見落としに気づいていない。

 それは詳細な帝国内戦分析を実施した自由惑星同盟側でも、当事者たる銀河帝国でも同様であった。

 そもそも、後に歴史に大きく名を残す数名のアムリッツァ方面辺境諸侯たち自身さえも、その事実にまだ気づいてはいなかった。

 最初にそれに気づいたのが誰かは、後世でも議論の対象になっている。




次の話でもまだ戦闘には至りません。

予定では第5話から本作では初めての艦隊戦闘を描く予定です。
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