銀河英雄伝説 サンフォード炉辺談話   作:mosamosa

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ちょっと短いです。


第4話 雲行き

 宇宙暦796年が暮れようとしている。

 同盟統一選挙が近い。年明けに行われるそれは、上院の半数改選と下院総選挙、各星系や惑星の首長選挙と地方選挙を一斉に行うものである。

 議長のみはその結果を踏まえての公選であるが、現職議長ロイヤル・サンフォードの支持率はあまり高いとは言えない。

 

 誰からも望まれずに就任したこの議長(『私』だ)の任期中に、前回の議長公選時には誰も想像しなかった偉業がなされた。

 まずこの年5月に成し遂げられたイゼルローン要塞の奪取があり、それを活かした軍縮と民力休養、ありとあらゆる職種と職場でのオーバーワーク(利益に繋がらない多忙)が緩和され、物流の麻痺を解消へと向けつつある。さらに今まさに開始された大規模な捕虜交換がある。

 いずれも支持率を大幅に上げるはずの実績だ。それにも関わらず『私』サンフォード議長の支持率が低いのは、ひとえに指導力が無く、事態の推移への対応が遅いという評価が定着しているからである。

 たとえばイゼルローン要塞奪取から新しい政府方針を定めるまでにあまりに時間が掛かったこと。

 また、銀河帝国で皇帝の崩御と新帝即位と言う大イベントが発生し、さらに同盟市民の間でも帝国でさらなる政変がありうると噂され、各種メディアでも帝国情勢が今後どのように動くのか盛んに論じている。

 帝国はいま、まさに揺らいでおり、しかも軍事的国境線たるイゼルローンはこちらの支配下にある。

 ならば、捕虜交換などは同盟側の主導で行ってもよいはずである。

 

 しかし実際には、今行われている捕虜交換は帝国側の呼びかけによるものであることが同盟市民に広く知られている。

 

 なんとも動きの鈍い政権である。まあ、主に『私』の責任なのだが。『私』が突然その職に就けられてしまったゼネラルマネージャーであることなど言い訳にならないし、できない。

 

 これで、近く生じるであろう銀河帝国でのさらなる政変に対応できるのか。

 そもそも銀河帝国の政変に対してなんらかの方針を持っているのかどうか。

 

 まあ、疑問視するのは当然だろうな。

『私』自身、どうしたら良いのか良くわからない。仮に次の議長選に出馬したとして、自身に票を入れるかどうか疑問だ。

 

 改めて、軍に命じて行わせたシミュレーションの結果を見てみる。

 動員可能な将帥参謀を全て用いて作成し、数日前に統合作戦本部がまとめて提出してきたもので、私(サンフォード)だけでなく閣僚全員に配布されている。閣議の席上でこの報告書を「シトレ・レポート」と呼び始めたのは誰だったか忘れた。

 シトレ報告書の要点として、おおよそ次のことが言えるようだ。

 不平貴族軍が兵站その他の準備を整えて軍事行動を開始するのは来年2月半ば以降、遅くとも4月までには始まる。

 その結果は帝国政府軍が勝利し、不平貴族を粛清する。

 結果に至るまでの経緯は帝国軍アムリッツァ方面軍の動きに掛かっている。

 アムリッツァ方面軍が自由に動ける場合、帝国内戦は6月ごろには終結する。

 そうでない場合、すなわちアムリッツァ方面軍がイゼルローン回廊からの同盟軍の襲来に備えて現在の配置から動けない場合には9月から10月ごろまで掛かる。

 ここまではどの司令部、どの機関が行った分析でも同じである。シトレ・レポートはこの2つの解と、いくつかの司令部と機関が出した次の解を「一般解」としている。

 そして仮に、同盟軍が先手を打って介入しアムリッツァ方面軍を壊滅に陥れた場合には帝国内戦は来年いっぱい続く。この場合には不平貴族軍に勝利の目が出てくる。これは主に宇宙艦隊司令部の帝国内戦分析専従チームが主張している。

 ここまで3つの一般解が示されている。

 

一般解1:帝国軍アムリッツァ方面軍にフリーハンドを与えた場合には帝国内戦は3ヶ月程度で帝国政府軍の勝利に終わる。誰が分析しても同じである。

 

一般解2:帝国軍アムリッツァ方面軍の行動を拘束した場合には帝国内戦は6ヶ月程度掛かって帝国政府軍の勝利に終わる。誰が分析しても同じである。

 

一般解3:帝国軍アムリッツァ方面軍を早期に壊滅させた場合は帝国内戦は9ヶ月以上続く。結果がどうなるかは、分析者によって変わる。

 

 

 

 またシトレ・レポートには「特異解」も示されている。

 不平貴族軍に同盟側から策を授ける、または不平貴族軍に特に優秀な軍事指揮官がある場合には帝国軍アムリッツァ方面軍の行動に関わらず、不平貴族軍と帝国政府軍が互角に戦える場合がありうる。

 この場合、内戦が長引いて疲弊したところで「4個艦隊、1ヶ月」の介入によって銀河帝国を滅亡させうる。

「特異解」は同盟にとってもっとも安上がりで結果も軍事的には理想的であるが、「不平貴族軍が帝国政府軍と互角に戦う」と言う条件があまりに特異すぎる。

『私』は史実のこの時期にヤンが内心で呟いていた介入構想を思い出した。

 確か……「ブラウンシュバイク公らに策を授けてローエングラム侯と互角に戦わせ、両軍が疲弊するのを待って介入し帝国を滅亡させる」だったはずだ。

 史実でヤンが内心でそう呟いたのはアムリッツァキャンペーンによって同盟軍が大損害を被った後のことだが、要するに「特異解」が成立するならば、介入に充てる同盟軍の規模は史実での大幅に弱体化した同盟軍や、それに相当する程度の部隊動員で足りる。

 この「特異解」はそれだけ見れば魅力的だが、いくつも問題がある。

「特異解」を示した統合作戦本部作戦部、戦略研究所、第13艦隊司令部、戦史編纂室のいずれも同意見を付記している。

 まず成立させることそれ自体が難しい。まさに「特異な条件」を要する。

「特異解」が成立した場合には帝国国民に降りかかる惨禍は悲惨なものになる。数億の平民と奴隷が命を失うであろう。

 なるほど、史実でヤンが「勝つことばかり考えていると卑しくなる」と口に出したわけだ。

 これは銀河連邦の正当な後継者を自称する自由惑星同盟にとって理念としても現実政治としても好ましくない。理念を無視しても帝国経済は同盟経済と密接にリンクしているから、同盟も経済的なダメージを負う。理念と実利の両面から「帝国を滅ぼせるなら、帝国の民衆にどんな惨禍が降りかかっても気にしない」とは言えないわけだ。

 要するに同盟にとって好ましい形での銀河帝国滅亡とは、銀河帝国の民衆が救われ、なおかつ銀河帝国が自由惑星同盟との敵対を止めると言うものだ。

 ……そんなことが出来ないからこそこの戦争は100年以上も続いているのだ。

 そんなことを考えているところへ呼び出し音が鳴った。

 見ると国防委員長からだった。

 おおよそ用件の予想はついたが、出てみる。

 

 

 同じ頃、ジョアン・レベロ財政委員長は暫定作成された資料を開いて検討していた。

 シトレ・レポートの示す未来において、同盟がどのような影響を受けるかを各委員会で検討したものである。彼レベロが率いる財政委員会による検討結果だけでなく、他の委員会が検討した資料も手元にある。

 まず3通りの「一般解」となった場合に銀河帝国がどのような変貌を遂げるのか推測した資料を開く。

「一般解」に対する各委員会の分析はおおよそ同じ。

 内戦終結後の銀河帝国は今までよりも強大な敵になる。

 どの程度強大化するかは、内戦期間とその損耗、そして終結後に一挙に増大する帝室直轄領で行われる行政と法運用がどの程度マトモか、あるいはどの程度酷いかによっても幅が生じる。

 仮に最短期間で帝国内戦が終結した場合(=シトレ・レポート、一般解その1)には、リヒテンラーデ領で行われているレベルの政が帝国全土で行われるだけでも帝国の国力は現状に比して1割から2割は増大しうる。

 これなら、現在自由惑星同盟が行っている民力休養と国力再建でなんとか対抗できる。

 しかし、もし開明派が主唱し、現実にマリーンドルフやクラインゲルトなどの行っているような善政が帝国全土に広まるようなら、同盟が民力休養に務め国力再建を図ったとしても対抗できない危険性がある。

「帝国における要注意人物、危険人物」とはそれほどまでに危険な存在である。

 経済開発委員会が作成した資料には付記がある。

 帝国がその全土に急速に「善政」を行おうとするならば、同盟製品を大量に輸入しなくてはならない。

 家電製品や農業機械、そして半自動化された民生医療システム。それらの品質、性能、使い勝手、耐久性、いずれにおいても同盟製品は帝国製品を圧倒している。

 これらの輸出をコントロールすることで帝国の国力増大をある程度は同盟が制御しうる。

 同時に輸出のコントロールには、よりいっそうの治安回復を要する。

 

 国務委員会が分析した資料には別の意見がある。

 現在の帝国の事実上の為政者リヒテンラーデ公爵や、その後継者と目されるゲルラッハ伯爵は帝国の繁栄と自身の繁栄をどうやら同一視しているようである。

 彼らにとって同盟との和平は論外であろうが、しかし擬似的な休戦ならばありうるのではないか。

 つまり彼らは、自身の繁栄を保障するためには帝国の安寧を重視するであろう。

 ここに工作や、フェザーン経由での交渉の余地がありるのではないか。

 

 ……国務委員会分析はなんとも楽観的かつ抽象的で、レベロとしては精読する気にもなれなかった。

 現職の議長が「誰からも選ばれなかった」つまり消去法で選ばれた人物であることは周知だが、副議長を兼ねている国務委員長も似たようなものだ。

 前回の議長選の得票数2位の人物であり、議長に何かあった場合のスペアとして入閣しているだけの人物なのだ。

 具体的な構想を示して国政を指導する能力など期待するほうが間違っている。

 

 さてレベロとしてはシトレ・レポートの一般解その1「同盟が帝国内戦に対して全く無干渉」は推せない。「その後の帝国政府の行政方針によっては対抗できなくなる」ような選択肢は採れない。

 かといって積極的に出兵する一般解その3は、上手く事が運んでも財政的にはギリギリであり、我が方の戦死者が予想を超えたり、またアムリッツァ方面軍との戦闘が長引くことがあれば財政的に許容限度を超えてしまう。

 今年9月から軍縮によって民力休養と国力再建が行われているとは言うものの、あらゆる職場でのオーバーワークやそれに伴う死傷事故などが減少しはじめ、物流の麻痺、国内での治安悪化が下げ止まったという段階にある。経済成長を再開できたわけではない。

 治安悪化の下げ止まりについては法秩序委員会からの報告が、いかに深刻な情勢にあったかをわかりやすく示している。

 建国以来一度として根絶できたことの無い犯罪、宇宙海賊と言うものの傾向である。

 宇宙海賊とはつまり、惑星上に例えるなら路上強盗と強奪品の転売を行う犯罪者である。さてここ数年、その被害にあい強奪されひそかに転売されるものは装飾品や美術品などではなく、生活必需品が対象になる事例が増えていた。

 たとえば農業プラントの構成ユニットや核融合発電所の制御部品、重力制御装置などと言った、それが奪われれば生活が本当に成り立たなくなるもの、そして強奪してでも手に入れなくては生活が成り立たなくなる類の品物である。

 もし治安悪化と経済情勢の悪化が再開するようであれば、数年内には穀物や食肉を狙う宇宙海賊さえ現われるだろう。

 それは一種の不景気である。

 しかしそれは、ある学派の経済学者が言うような「情勢の先行きが不安なので消費を差し控えてディナールを手元に残す」と言う類の不景気ではない。

「情勢の先行きが不安なので、穀物や食肉を手元に溜めておく」類の不景気、すなわち貨幣経済の崩壊である。

 8月の最高評議会(閣議)でレベロが述べた、「ディナール増発は数年後には紙幣の額面ではなく重さで商取引が行われる事態を招く」とはこれが念頭にあってのことだ。

 この場合にはハイパーインフレーションの後に、最終的には物々交換に至る。

「暴力を介した物々交換」に陥る可能性さえある。

 

 レベロは個人的にも付き合いのあるホワンやシトレからも物事の見方が悲観的に過ぎるとしばしば言われる。

 緩やかに、しかし確実に貨幣経済の崩壊へと向かいつつあった国で財政責任者と言う地位を数年ばかり務めてみれば誰もがレベロのようになるだろう。

 

 さて、同盟が悲観的な未来図から離脱しつつある今、シトレ・レポートの一般解その3は採れない。すでに考えたとおりの理由で一般解その1も採れない。

 

 もちろん特異解は推せない。

 特異解の成立条件はまさに特異すぎ、投機性が高過ぎる。さらに特異解が成立した場合には同盟にもダメージが及ぶ。

 なにより、もし特異解を同盟政府が推すようならフェザーンが全力を挙げて妨害に掛かるだろう。特異解が成立したときに最大のダメージを被るのはフェザーンなのだ。

 惑星フェザーンの食料自給率はこのハイネセンよりもさらに低い。

 帝国と同盟の双方の国力が急激に衰退する事態すなわち特異解の成立後の情勢においては、フェザーン商人たちが仕事に困るだけでは済まない。

 惑星フェザーンは飢餓の地獄と化す。

 

 ここで、レベロは先日の閣議でトリューニヒト国防委員長が示した見解の先見性を認めるほか無いことを改めて理解した。

 シトレ・レポートと同盟の国内情勢を見るに、一般解その1も、また特異解も選ぶわけには行かない。

 である以上、「これ以上の軍縮はできない」と言う国防委員長の主張は全く正しい。

 今以上の軍縮を行う場合には一般解その1を選ぶか、特異解の成立を祈るかしか出来なくなるのだ。

 

 つまりは「国防委員長の言うとおり」

 出兵を慎み民力休養と国力再建に努めると繰り返し主張しているレベロとしても認めるしかない。ホワン人的資源委員長やその他の委員長たちもそう認めるしかないだろう。

 

 レベロの結論としては、一般解その2を推すのが唯一の選択肢である。

 すなわち同盟軍宇宙艦隊をして帝国軍アムリッツァ方面軍を牽制、その配置から動けない状況を作り出して帝国内戦期間を増大させることを推す。

 

 ここで、手元で呼び出し音が鳴った。

 着信を確かめる。

 ヴィジホンで彼を呼び出したのは、ホワン・ルイ人的資源委員長だった。

「やあ、ルイ。仕事はどうだね」

 全く面白みのない挨拶を行う。

「まったく詰まらん仕事だ。……要点だけ言うと、シトレ・レポートの一般解その2を推したい。今のところこれは私見で、人的資源委員会に諮ってはいないがね」

 顔をしかめてホワンがそう切り出した。

「私も同じ意見だな。こちらとしても、まだ財政委員会には諮っていない。……思うのだが、政権の残り期間を考えると、いっそ部分的にでも公開して有権者に決めてもらうのはどうだろう」

 レベロは自分の衝動的な言葉に自らの疲労を自覚した。

「おいおいジョアン、いったい何のために我が同盟は代議員制を採り、そして私や君は何のために有権者から信託を受けているんだ」

「……ああ、そのとおりだ。……多忙な有権者から信託を受けてさまざまな選択を行い利害調整を行う最高責任者は私でも君でもない。議長が再選できると思うか?」

 レベロが問うと、ホワンは大げさに肩をすくめて見せた。

「そもそも議長には次の選挙に出馬する意思あるのかさえ判らんね」

 両者の会話は唐突に遮られた。

『最高評議会議長より各評議員へ。イゼルローンでは捕虜交換の日程と人数について同意成立した。詳細は文書を送付する』

 ヴィジホン画面に割り込んできた議長が無表情に棒読みして、一方的に画面から消えた。

「……200万人の帰還兵とその家族の票か」

「議長が再選するに足りるかな?」

 両者とも首を傾げ、そしてそれぞれの仕事に戻ることにして通話を切った。

 

 

 

 




「ダゴンの殲滅戦」について描いた銀河英雄伝説外伝「ダゴン星域会戦記」(短編集である外伝5巻に収録)では当時の同盟最高評議会議長マヌエル・ジョアン・パトリシオは、議長選でその座を争った若手政治家コーネル・ヤングブラッドを閣内に招いたとあります。
 また、原作(作中では「史実」)の3巻以降においても、明らかに議長と政治的立場の異なる人物(具体的にはホワン・ルイ)が閣内に存在し続けていることが記述されています。

 そういったことを踏まえて、本作では「議長には閣僚人事を行う権限がある。また、組閣に際して議長選の次点得票者を閣内に招くことが定着している」ことにしています。制度なのか慣習なのかは決めていません。
 ……そして、この作中ではその人物は「サンフォードと同様にあまり評価の高くない政治家」であることにしました。
 数行空けてネタバレ









 ネタバレ:「組閣に際して議長選の次点得票者を閣内に招く」は今後へ向けての伏線です。描けるのは何話先になるかまだ判りません。
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