第1話 8月の最高評議会
憑依転生もののSSはずいぶんと読んだ。銀河英雄伝説は何度か通読したしOVAも見た。
「この状況、自分ならどうする?」と考え込んだこともある。感情移入というものだろう。
しかし、しかし。
自分が本当にその状況に放り込まれるとは考えてもいなかった。
今朝方、ベッドの中で目覚めてから数時間が過ぎた。
呆然としたまま執務とやらを開始し、この会議室に入室したのがさきほどのこと。
未だにこれが明晰夢なのではないか、あるいは「ヴァーチャルリアリティ版銀河英雄伝説・視点選択可能」を視聴しているのではないかとさえ思えてしまう。
けれども力を込めて瞼を閉じてみても頬をつねって見てもこの現象が終わらない。
これが逃れられない現実だとするのなら、せめてもっと重要な役割のキャラクターで体験してみたかった。
このキャラクターに憑依するあるいは担当するのだとしても、もう少し準備期間を貰いたかった。よりによってこの日付とは。
しかしどうにもならないようだ。
幸いなことに、私はこのキャラクターの記憶を自分のものとして使えるようだ。
総統や提督に憑依した社長さんたちよりは恵まれた条件と言えるはずだ。
窓の無い会議室をゆっくりと見渡す。
見えはしないが、この会議室はその外側を対外連絡室、資料作成室、情報加工室、機器操作室などに囲まれ、さらにその外側を警備兵の控え室がドーナツ状に取り巻いている。
会議室の中央には直径7メートルの円卓が配置されており、11名の評議員が席についている。
少し離れた席についている財政委員長ジョアン・レベロは、原作どおりに「この会議室を開かれた政治の府と呼ぶべきだろうか?」などと考えているのだろう。
原作どおり?
ふと『私』は考え込んだ。
これが、『私』のおかれた状況がもし現実だとするのなら「史実のとおり」あるいは「後世の史書に描かれたとおり」と言うほうが正しいのだろうか?
ともあれ、今は宇宙暦796年8月6日。
これから行われる会議は、議題のひとつに軍部から提出された出兵案の可否を決定するということが挙げられている。
銀英伝のファンなら誰しも知っている、アムリッツァキャンペーンと言う破滅に踏み出した会議なのだ。
「これより最高評議会を開会する」
私、同盟最高評議会議長ロイヤル・サンフォードはこのキャラクターらしい無気力な口調で、そして重々しい声音で宣言を行う。
この声を使っているもっと格好良いキャラクター、あるいは主人公の味方や理解者と言うスタンスのキャラクターは多数存在するというのに、よりによってこのキャラクターとは。
「議長」
「財政委員長」
内心で嘆いている間にレベロが発言許可を求めてきた。
「まず結論から申しますと、財政委員長としてはこの出兵に反対であります。
妙な表現になりますが、今日まで銀河帝国とわが同盟とは、財政のかろうじて許容する範囲で戦争を継続してきたのです」
うん、記憶どおりだ。
しかし事実と少し違う面もある。
「財政の許容する範囲の戦争」に留めてきたのは帝国であって、同盟ではないのだ。
なにしろ、この5月までは戦争の主導権は帝国にあったのだから。
いつ、どのような規模の部隊を差し向けるか決める権利はほとんど常に帝国にあった。
同盟がこれを撃退するのに要する出費はかろうじて財政の許容範囲に収まってきたが、そうなるように帝国が配慮してきたわけではない。
調整者があるとしたらそれはフェザーン自治領に他ならないが、レベロがそれを指摘しているわけでもない。
レベロの長広舌を聞き流しながら考え続ける。
原作に、あるいは史書に書かれていた知識を思い出しつつ考え込む。
ともあれ、同盟には今まで戦争の規模、それに備える軍隊の規模を決める権利はなかった。
もちろん戦争を続けるか止めるかを決めることも出来なかった。
レベロのような財政再建派の政治家が議長となったこともあるが、軍を縮小して財政再建を行おうとはしなかった。
実施すれば戦争に負けるのが判りきっていたのだから当然だろう。
強硬な主戦論者が議長となったこともあるが、戦争に勝つどころかイゼルローン要塞を奪取する段階で失敗した。
その繰り返しの果て、誰が議長になっても、どんな会派によって評議会が構成されても何も代わりはせず、年に2回のペースで会戦が行われその都度数十万人の将兵が死者の列に加わることが続くだけとなった。
私(サンフォード)のような政治家がこの席につくことになったのもそのためだ。
つまり、現状が変わらないことに諦めたか飽きたかした同盟市民は前回の統一選挙で和平派と主戦派のどちらにも明快な支持を与えなかった。
投票率も低かったとサンフォードの記憶にある。
そしてどの会派も立法議会での多数を占めることができなかった。
その結果、保革連立ならぬ和戦連立政権が発足したのだ。
原作中で「誰からも選ばれなかった」「漁夫の利を得ただけの凡庸な政治家」と罵られているサンフォードが議長になったのもそのためだ。
要するにどの会派から見ても無害な人物と評価されてのことだ。
実際、サンフォードの記憶によると評議会の司会以外のことはほとんどやっていない。
この年の初頭にアスターテ星域で軍が大敗を喫したときでさえ、事後処理のほとんどは国防委員会で完結した。
レベロの長広舌がまだ続いている。
彼が同盟の危機的な財政状況をさまざまな資料を駆使して説明してくれるのは、いつものことだ。
そして他の評議員も行儀良くそれを聞いている(ように見える)。
まだしばらく続きそうなので、サンフォードの記憶をさらに思い出してみる。
こんなことをしていると「私」とサンフォードの記憶や経験の区別がつかなくなりそうだが……。
原作(あるいは『正史』?『演義』?)において、サンフォードはこの評議会で「次の選挙では強硬派と和平派に挟撃される」と述べた。
この政権を支持しているのは現状維持やむなしとする市民たちと、主戦派や和平派を支持してはいるが強硬ではない市民たちだ。
しかしこの5月にイゼルローン要塞を得て以来、この政権の支持率は日々急激に低下している。
原作で(あるいは史実で)サンフォードが「次の統一選挙では強硬派と和平派に挟撃されて過半数を割り込む」と観測を述べたのはまさにそれだ。
つまりこの政権を支持してきた人々は、いまや同盟に移った「戦争の主導権」をどう活かすか考えて意見を変えつつある。
戦争を続けるか止めるか。
続けるのであればどのような規模で行うのか。
止めるのならばこのままイゼルローンを楯として自然休戦に持ち込むことを意図するのか、それとも和平交渉を行うのか。
今年5月以降の同盟政府にはそれを決めることが出来る。
従って有権者の意見は今までよりもはっきりと別れつつある。
「イゼルローンが我が手にある今、帝国への攻勢に出るべし」
「イゼルローンが我が手にある今、国力回復に努めるべし」
「いずれにせよ政府は方針を決めよ!」
と言うわけだ。
が、すでに8月に入ったのだがこれまで同盟政府はなんら方針を打ち出していない。
サンフォードの記憶にもそんな決定はいっさいない。
同盟市民が不満を抱き、政権への支持率を低下させるのは当然だろう。
手元の資料に目を落とし、いくつかの数字を確かめる。
レベロが示した資料ではなく、支持率関連の資料だ。
OVAでは同盟市民の間で主戦論が高まったと解釈して演出されていたように思うが、原作(『正史』?『演義』?)でサンフォードが述べたように「大きな軍事的成果を望む層」つまり強硬な主戦論を支持する層の厚みは同盟の有権者総数の15パーセント程度だとそこには示されている。
政権を支持している約32パーセント、つまり現状維持を一応は支持している層に比べて厚いとは言えない。
両者を合計すると47パーセントになるが、もちろん残り53パーセントの有権者が全て和平派というわけでもない。
こうしてみると、原作(つまり『私』が知る話)では15パーセントに過ぎない強硬な主戦論支持者の票を目当てに無謀な出兵を行ったわけだ。
もしかしたら後のハイドリッヒ・ラングによる民主主義批判はこれと対をなしていたのかもしれない。
ラングによる批判は確か、26パーセントを占めるだけで残り74パーセントを動かせてしまう問題を指摘したものだった。
『私』ではない方のサンフォードの決定は比率としてはそれよりも悪いかもしれない。
だからといって不当な決定でもない。
この15パーセントには意思と影響力があることは間違いないのだ。
「……しかし、アスターテの会戦において戦死した将兵の遺族年金だけでも、毎年100億ディナールの支出が必要になります。
このうえ戦火を拡大すれば国家財政と経済の破綻は必然となります。
財政健全化の方法としては、国債の増発か増税か、昔ながらの二者択一です。
それ以外に方法はありません」
レベロの説明はそろそろ終わりが近いようだ。
それにしても「国債増発による財政健全化」とは。
『私』が昨日まで暮らしていた21世紀初頭の日本でこんなことを言えば笑われるか、それとも状況の深刻さを思いやられるか、どちらだろうか?
要するにレベロの言う「健全化」とはごく短期的な話なのだ。
今年度の歳入では今年度の支出に足りないから、国債を増発して今年度を凌ごうと言う情けない話なのだ。
そして切羽詰った話でもある。
「対策しないと、今年度中にも行政サービスが停止する」と言う話だからだ。
もちろん国債発行で財政は健全化しない。問題を先送りするだけだ。
『私』が昨日まで暮らしていた日本なら、国債の償還期限が来るまでに経済成長を実現して、国債を買った国民にきちんと利益を--額面ではなく、利益を--返す能力があった。
しかし今の同盟にそれが出来るかどうか。
「紙幣の発行高をふやすというのは?」
これは副議長。
まさに国債を買った国民に、利益ではなく額面だけ返す提案だ。
「財源の裏付けもなしにですか?
何年かさきには、紙幣の額面ではなく重さで商品が売買されるようになりますよ。
私としては、超インフレーション時代の無策な財政家として後世に汚名を残すのは、ごめんこうむりたいですな」
この問答も読んだ覚えと聞いた覚えがある。
自由惑星同盟は戦争に負けかけている戦時国家だ。
もちろん通貨発行権を失っているわけではないから理論上はいくらでもディナールを発行できる。
しかし、レベロが言うとおり無謀で無効な策だ。
もちろん『私』がこの時代の経済学を理解できるわけではない。
一応はサンフォードの記憶にはあるのだが、『私』には高度すぎて理解しがたい。
1500年以上を経ても変わらない共通原則があることくらいしか判らない。
そしてそれだけでもレベロの説明を理解できる。
シンプルなことだ。
昨日まで暮らしていた古代地球で読んだあるコミック作品で、極めてシンプルに描写されていた。
モヒカン・スタイルの悪漢が荒野に札束をばら撒き、「こんなものは今ではトイレットペーパーの代わりにさえならない」と叫ぶシーンがあった。
つまり通貨は、それ自体は価値を持たない。
この原則は『私』の知る古代地球から1500年以上の時間と1万光年以上の距離を経た、まったく別の社会でも成立する。
ディナール札はモノやサービスとの引き換え券に過ぎない。
レベロの言う「財源の裏付け」とは「引換え取り引きが行えること」そのものだ。
労働報酬を含むあらゆる商取引の代価として紙切れや口座の数字を受け取ることを誰もが認め、受け入れているからこそ通貨の価値がある。
この原則は西暦21世紀の日本でも宇宙暦8世紀末の自由惑星同盟でも成り立っている。
『私』が昨日まで暮らしていた日本でも、今日を過ごしている自由惑星同盟でも「労働の成果を食品と交換してくれる相手を探す」なんてことをせずに食事にありつける。
人によっては何十年も前の労働の成果を用いて日々の暮らしを支えることもできる。
つまり何十年も前に労働から退いた人物であっても、現役時代に貯めたディナールを用いて生活することが出来る。
通貨と言う引き換え券が機能しているからこそだ。
ただし、日本と自由惑星同盟では事情が違う。
『私』が昨日まで暮らしていた21世紀の日本と言う国では、円が単なる紙切れになる可能性はきわめて低かった。
だが今の自由惑星同盟は21世紀の日本ではない。
ディナールが増発されたとき、あるいは公定歩合を引き下げたときにモノとサービスの供給を増やす能力は無い。
治安やモラルにおいても21世紀の日本には及ばない。
ディナールだけ受け取って商品を渡さずに逃げるとか、商品を代価なしで強奪するといった犯罪の発生率は21世紀の日本よりずっと高い。
まあ、治安とモラルに関しては『私』の知る21世紀の日本が歴史上の特異例なのかもしれないが。
とにかく、自由惑星同盟は21世紀の日本ではない。
だから副議長が指摘した方法は取れない。
仮に実施すれば通貨の発行高を増やすと共にディナールの価値は下がり、数年後には何桁も下がる。
物々交換経済にまで社会が退化することは無いだろうが、しかしそれだけである。
もちろん何一つ解決しない。
とレベロは今答えたわけだ。
ディナールの価値が下がってゆくメカニズムは『私』が知っている事例よりもずっと複雑なのだろうが、実地にそれを見る必要は無いだろう。
そんなことを考えながら、レベロと副議長の受け答えを聞いていたがこれも原作と同じだった。
副議長もディナールを増発すべしと重ねて主張はしていない。
「しかし戦争に勝たねば、何年か先どころか明日がないのだ」
副議長がそう強調した。
負けると終わりだが、勝てなくても明日くらいはある。
副議長にそう突っ込みを入れたくなったがこらえる。
「では戦争そのものをやめるべきでしょう」
レベロが強い口調で言うと、原作にあるとおりに、そしてOVAで描かれたとおりに室内がしんとした。
閣僚たちを観察してみる。
私の憑依しているサンフォードと言うキャラクターには人の内心を推し量る能力があるらしい。
たいていの人間に備わっている能力だが、とくに背景も持たずに当選を重ねてきた政治家となればそれを高い水準で備えていても不思議はない。
サンフォードが誤った自信を持っているだけかもしれないが、議長の座につく過程では役立ったと言う記憶がある。
さて、それによると閣僚たちの大半は今しがたのレベロの発言に当惑し、何人かは反発を強めた様子だ。
とは言ってもこの能力にも限界はある。
たとえば今しがたの副議長の発言の背景にどんな意図があるのかはぼんやりとしか判らない。
トリューニヒト国防委員長の内心に至っては全く見当もつかない。
もしこれが夢だとするなら、私はサンフォードよりもトリューニヒトを高く評価していると言うことなのだろう。
現実だとするなら、サンフォードの力量ではトリューニヒトの内心を全く推し量れないということになる。
まあどちらが正解でも同じことだ。
「ヤンと言う提督の智略で、吾々はイゼルローンを得た。帝国軍はわが同盟に対する侵略の拠点を失った。有利な条件で講和条約を締結する好機ではありませんか」
レベロの発言が続く。
レベロが講和条約と口にした途端、当惑にとどまっていた閣僚も反発に転じたようだ。
和平派であるはずのホワンさえ、この言葉にはあまり愉快ではない様子だ。
あるいは説得戦術として良くないと評価したのかもしれないが。
「しかしこれは絶対君主制にたいする正義の戦争だ。彼らとは倶に天を載くべきではない。不経済だからといってやめてよいものだろうか」
何人かが口々に反論を行い、レベロが憮然として腕をくんだ。
「しばらく休憩しよう……」
それを見て、私は艶のない声で告げた。
続けてもロクなことにならないのは判った。あるいはサンフォードの能力がそれを教えてくれた。
レベロとしても、帝国との停戦あるいは休戦は嬉しいことでは無いらしい。あくまでサンフォードの観察ではあるが、妥当ではある。
レベロの年齢の同盟人であれば知人や家族の数名を帝国との戦争で失っていて当然であり、銀河帝国に対する個人的な憎悪さえ心の中にあってなんら不思議はない。
それはレベロだけではない。どの閣僚の心の中にもあるだろう。
トリューニヒトの心の中だけは想像も推測もできないが。
昼食の間、私はトリューニヒトと言う人物について考えていた。
トリューニヒトは原作でもOVAでも--静かに一人で考え込んでいるおかげだろうか、心に自然に『原作』『OVA』と浮かんできた--周囲の予想に反して出兵案に反対してみせる。
それによって「無謀な出兵に反対した、真の勇気と識見に富む人物」であることを周知し、サンフォードの次の議長となった。
原作のその時点では「帝国を打倒した同盟史上最高の元首」となる構想を持っていたようだ。
しかしそれは果たせず、どこかの時点から同盟の滅亡を早める方向へと動き始める。
新しい目的は「新銀河帝国に議会を発足させ、初代首相の地位を得る」ものだったらしい。
まあそれも、彼らしくない不用意な舌禍で自らの命を閉じる結果に終わるのだが。
原作(たぶん。この世界が『私』の知る『銀河英雄伝説』の世界であるのなら)をはじめて読んだときから疑問に思っていることがある。
この評議会で出兵案が否決されたらトリューニヒトはどうするつもりだったのか。
否決されそうになったらどうするつもりだったのか。
成算がありそうかどうかと意見を聞かれたらどうするつもりだったのか。
自ら否決に票を投じたことで、軍需産業の支持を失いはしないのか。
そして、どうやってアムリッツァの大敗後の、可動3個艦隊まで戦力が落ち込んだ同盟を率いて帝国を打倒するつもりだったのか。
なんとかして、このうちのひとつくらいは確かめてみたいものだ。
昼食ののち、会議は再開された。
まず人的資源委員長のホワン・ルイが論陣を張る。
レベロほどではないがホワンの話も長い。社会の弱体化を示す事例を次々に挙げてゆく。
たとえばある職場のオペレータに関して平均年齢を紹介し、実際には平均年齢層のオペレータが2割しか居ないことを示す。
それを聞き流しながら考える。
なぜこれほど酷い人手不足なのか。
同盟の総人口130億人に対して同盟軍は5000万人でしかない。
100で割り算してから考えれば、21世紀初頭の日本国において自衛隊の規模を倍にしたくらいだろうか。
相対的により大きな軍隊を持ち、頻繁に戦争をしていたアメリカ合衆国やロシア連邦でさえ今の同盟ほど酷い状態にはなかったはずだ。
ジョン・F・ケネディ空港やニューヨーク港の管制室が「スタッフの8割までが20歳以下と70歳以上で占められている」とか、モスクワ国際空港がそうなっているなんて話は聞いた覚えがない。
それどころか、1億そこらの人口で300万人の軍隊を持っていた一時期の日本、すなわち昭和20年の大日本帝国でさえそこまで酷い状態にはなったことは無いはずだ。
『私』は片方の祖母から聞いた昔話を思い出した。戦時中の日本の、ある大都市での話だ。
当時10代の少女だった祖母は昭和20年には路面電車の運転手を務めていたと言う。
ただし電車を動かすスタッフの中で未成年者は少数派だったとも聞いた。
今の同盟みたいに、社会インフラを支えるスタッフの過半数が未成年と高齢者などと言うことは無かったらしい。
昭和20年の大日本帝国と言う、極限まで追い詰められたはずの国家でさえも。
しかし、同盟は今ホワンが指摘したとおり、昭和20年の大日本帝国よりもさらに酷い状況にある。
ハイネセンの交通管制センターでさえ、中堅スタッフが2割しか居ない状況なのだ。
午前中にレベロが言った「現在の同盟は通貨増発を行えない苦況にある」ことの背景事情でもある。
いまや中堅層が欠けているのは交通管制に限らない。軍隊と軍需産業以外のあらゆる産業のあらゆる職場において中堅層が欠けている。
150年に渡る戦争とはこれほど厳しいものなのか。
同盟は人的資源の面ではすでに昭和20年の大日本帝国よりも厳しい状況へと追い詰められている。
その経緯も手元の資料にあった。
サンフォードの知識にもある。
毎年のように100万人の戦死者が生じ、それに数倍する戦傷者が生じる。
100で割り算してから考えれば21世紀の日本で1万人の死者と数倍の負傷者が出るのと同じで、日本ではそのくらいの交通事故死者と負傷者が出た年もあったはずだ。
が、決定的に違う点がある。
まず交通とはそれ自体が社会を支えるものであり、人命損失以上の価値を社会にもたらす。
だが戦争は何も生産しない。
そして交通事故の死者は年齢層をほぼ問わない。
社会の第一線を退いた老人も、まだ社会を支える側に回っていない少年少女も死亡し失われる。
一方、同盟が毎年失う100万人は働き盛りの年齢層ばかりだ。
戦傷によって職場への復帰が困難となり、復帰しても戦傷前と同じように働くことが出来なくなる人数はその数倍に達するが、それらの人々も同様だ。
失われ傷ついたときに付帯被害が大きい世代だ。
彼らが社会から失われることは、単に働き手の喪失だけを意味しない。働き盛りの年齢層の人々は、同時に次世代を生み出す主力層でもある。
それが失われるのだ。
嫌な気分がますます深くなる。
老人や少年少女が死んでも構わないなどとは思わない。人命の価値が年齢層で変わるなどとは考えたくも無い。
しかし、その死が社会に与える影響は違うことを認めなくてはならない。
考えを切り替える。
戦争によって社会にダメージを受けているのは同盟だけではない。帝国もダメージを受けているのだが、同盟ほど深刻ではない。何故だろう?
少し考えてみると、脳裏に答えが閃いた。
『私』が導き出した答えなのかサンフォードの知識に以前からあったのかは判らない。
とにかく答えがあった。
まず、銀河帝国は戦争の主導権を持っていた。
今年の5月までは、会戦の結果大打撃を受けたときでも帝国はイゼルローンの背後に広がる安全な自国領で時間を掛けて軍を再編できた。
理論上は、イゼルローン要塞と駐留艦隊さえ維持できていれば良かったのだから。
同盟はそうは行かなかった。
常にシヴァかエルゴンに艦隊を配置し、帝国の侵略に備え続けなくてはならなかった。
アスターテのように大敗を喫したときにも次の侵略に対応できるだけの戦力を保持していないといけなかった。
アスターテで可動全力を動員しなかったのもそのためで、戦争の主導権を持たなかった同盟軍は24時間×365日体制で可動部隊を持っていないとならないのだ。
もし可動全力を一度に動員すれば、たとえ勝利しても人員を休養させ兵器の整備を行っている期間には可動の部隊がなくなってしまう。
1500年以上の時代を隔て、何桁もスケールの違う社会にやってきたのだがそれでも共通原則はわかる。
たぶん。
この時代でも休養なしに働ける従業員、整備なしに動かし続けられる設備が存在しない程度のことは私にもわかる。
軍隊も例外ではありえない。
一時的にでも可動戦力が無くなったらどうなるかも判る。
もちろん同盟軍も同盟政府もそれがわからないはずが無く、軍事面にさほど関心を持たないサンフォードでさえも知識として知っている。
だからこそ、同盟軍宇宙艦隊はローテーション運用されてきた。
そのことに今まで『私』が気づかなかったのは『私』が読んだ「本編」が始まってからすぐに同盟はローテーションを考慮する余裕のない状況に追い込まれてしまったからだろう。
しかし思い出してみると、外伝ではローテーションという言葉が出てきた覚えは無いが、その概念は繰り返し描写されていた。
ひょっとしたら、同盟の社会にとっては毎年の戦死者よりも、多数の部隊を常時可動に保ち続けることの負担の方が重い負担になっているかもしれない。
そんなことを考えてもみたが、判らない。
サンフォードの記憶と知識にその答えが無いのか、それとも私が理解できないだけなのかは判らない。
いずれにせよ、イゼルローンを得たことで事情は大きく変化した。
今後は、同盟軍はローテーションを無視して可動全力を帝国領に侵攻させることも、イゼルローン要塞と駐留艦隊の維持に足る程度まで軍の動員レベルを下げることもできる。
どちらにせよ自由惑星同盟の今後に巨大な影響を与えることは間違いない。
それにも関わらず、同盟軍の運用体制は5月以前と以後で変化していない。
もちろん理由は単純で、同盟政府が国家戦略に関わる決断を全く行っていないから。
それを行う責任はまさに私(サンフォード)にあるのだが、何もしていない。
『現状維持を支持する市民が日々減少しているから、そろそろ何かを決めないといけないだろう』
サンフォードが--『私』が憑依する前のサンフォードが--そう考えはじめたところへ秘書を通じて若手軍人が出兵案を持ち込み、今日この評議会に掛けている。
「イゼルローン要塞を手中にしたことで、わが同盟は国内への帝国軍の侵入を阻止できるはずだ。
それもかなりの長期間にわたって。
とすれば、なにも好んでこちらから攻撃に出る必然性はないではないか」
考え込んでいる間に、発言者がホワンからレベロに交代していた。
閣僚たちを観察してみると、レベロが午前中に講和条約を口にしたときよりは反発が少ない様子だ。
「これ以上、市民に犠牲をしいるのは民主主義の原則にもはずれる。彼らは負担にたえかねているのだ」
「大義を理解しようとしない市民の利己主義に迎合する必要はありませんわ」
情報交通委員長、コーネリア・ウィンザーが反駁した。
ウィンザー夫人が犠牲なくして大事業なし、と続けるのを聞き流す。
さらにレベロの再反論も聞き流しつつ、タイミングを考える。
原作では軍事的成果を挙げることで支持率が15パーセント上昇するとサンフォードが示し、閣僚の過半がこれに賛成する。
たしか、賛成6、反対3、棄権2だったはずだ。
賛成6と反対3は圧倒大差に思えるが、1票が動くだけで5対4、2票が動けば4対5になる。その程度の差だ。
支持率15パーセント上昇と示されて態度を変えたものが何人いたのか原作あるいは史書には書かれていなかった。
しいて言えばウィンザー夫人がモノローグで「議長が支持率を口にしたせいで乗せられてしまい出兵案に賛成した」とサンフォードを罵っていたくらいだ。
原作(正史?演義?)を読んだときにはなんという責任転嫁かと思ったものだが、私(サンフォード)の観察によればレベロと舌戦を行っているウィンザー夫人はいまのところは出兵案に全面賛成ではない様子だ。
何か意図があってレベロの和平案に反対してみせているのか、大義について自説を述べたいだけなのか、それは判らない。
さらに他の評議員を観察してみる。
どうやら、現状で票決した場合には出兵案の可否は微妙なところだ。
トリューニヒトにもそれが読めると期待して悪くはあるまい。
ではここでトリューニヒトに発言させてみれば、疑問のひとつに答えが出るのではないか?
「大義と犠牲について考える前に、ひとつ確認したい」
私が口を開くと会議室の全員が驚きを見せた。
なんとトリューニヒトまでも驚いた表情を見せている。その内心は判らないが。
「今回の出兵案に対する国防委員長の意見を聞きたい」
さて国防委員長トリューニヒト、なんと答える?
「史実=原作」では無言で出兵反対の評を投じ「私は愛国者だが常に主戦論を唱えるわけではない」と自身の行動を解説してみせたトリューニヒト。
この状況でなんと答える?
「この出兵には反対します」
間髪を入れず、淡々とした口調で返された答えに会議室が静まり返った。
「……失礼、国防委員長。もう一度言っていただけませんこと?」
私よりも早くウィンザーが立ち直り、問い掛けた。
「この出兵には反対する。理由はただひとつ。成算がゼロであるからだ」
閣僚の中ではもっとも好戦的な立場をとってきたはずの国防委員長が。トリューニヒトが。
今回の大規模出兵に反対している。
その事実が各評議員の心に浸透するや、静まり返っていた会議室は騒然となった。
サンフォード(に憑依した現代人)が内心で思い出したコミック作品とは「北斗の拳」と言うベストセラー漫画です。
作中でその名前を出す機会は無いと思うのでここで書いておきます。
なお、本作品は「銀河英雄伝説」と「北斗の拳」のクロス作品では無いつもりです。
また、読者のみなさまにお詫びがあります。
原作者の田中芳樹氏が「財源の裏付けが無いと無理」と簡潔に示し、長年に渡る戦争が社会に悪影響を与えていると記述していることが、私の筆力では散漫なものになってしまいました。
ご容赦ください。