銀河英雄伝説 サンフォード炉辺談話   作:mosamosa

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アムリッツァ星域会戦が帝国側に与えた短期的な影響を書いてみました。短いです。


第8話 影響(1)

 アムリッツァ星域会戦の帰趨はその日のうちに帝都オーディンへ伝わった。

 リップシュタット盟約に署名した貴族たちは自分たちの領地が金髪の孺子の軍に荒らされる可能性が無くなったことにまず祝杯を挙げた。

 その一方でいまやアムリッツァ方面を「同盟を僭称する叛徒」から守るものはヒルデスハイム伯爵とフレーゲル男爵しかないと言う事実は、彼らにとってなんら不安を呼び起こすものではなかった。

 なんとなれば、叛徒の軍勢は金髪の孺子の手下「ごとき」を壊滅させるために半数近い損失を出すような惰弱な軍隊ではないか。

 しかも劣勢にあったならともかく、同数で戦ってこの醜態である。

 すなわち叛徒の軍隊は我ら正義派諸侯軍には全く敵わない弱敵にすぎぬ。

 仮に叛徒が再び今回のような企てに出たとして、正義派諸侯軍の分派したヒルデスハイム、フレーゲル両者が率いる軍隊ならば楽々とこれを撃退できるであろう。

 つまりアムリッツァ方面の守りは安泰、従ってアムリッツァから1000光年、2000光年を隔てている彼ら大貴族の領地は全くの安全である。

 後顧の不安なく金髪の孺子との対決に専念できるというものである。

 

 彼らの主観では。

 

 もちろん彼らの近い将来の敵手はそのように考える人間ではない。

「キルヒアイスが、負けた……」

 ことは戦争である。確実な勝利などありえないことは知っていた。敗北もありうることだと考えていた。自由惑星同盟軍が戦略的にはともかく戦術的には強大優秀な敵手であることを彼は、ラインハルトは熟知している。

 しかし、予想外の大敗だった。

 今や、アムリッツァ方面軍の残存兵力では辺境の防護と賊軍領地平定と言う任務を遂行することは望めない。赤毛の親友がこれほどの大敗を喫したことが、ラインハルトにとってはその死以上に衝撃的だった。

 ラインハルトもキルヒアイスも宇宙を戦場とする身、このような遺体さえ残らない死には覚悟もある。

 今のところ法的には戦闘中行方不明だが、戦闘記録を見る限りではその生存は全く望めない。

 しかし泣くことは後からでも出来る。

 

「問題は、アムリッツァ方面軍が崩壊したことそれ自体ですな」

 元帥府参謀長、オーベルシュタインが鉱物的な平静さで指摘した。

 

「確かにそのとおりだ」

 ラインハルトは少なくとも見た目と声の上では平静に応じた。これには多くの証言がある。

 

「アムリッツァ方面軍を失った今、早期に賊軍領地を平定してその富の源泉を脅かし、決戦前に賊軍を四散させて後に一戦して打ち破る構想は成立しなくなりました。無論、放置すれば数ヶ月後には同盟軍が再度来襲し、一戦でフレーゲルやヒルデスハイムを倒して賊軍領地を平定すると思われます。それによって賊軍は四散し、我々は『内戦には』勝利できます」

 オーベルシュタインはこの情勢を放置した場合の不愉快な未来図をごく簡単に指摘した。

 

「そのとおりだが、それは帝国にとっては勝利ではない。貴族領地とその臣民すなわち貴族財産を帝国政府の手中に収め帝政を再建してこそ勝利だ。臣民を同盟にくれてやったのでは意味がない」

 ラインハルトの答えもごくシンプルだった。ひとつには、動揺する元帥府スタッフに聞かせる狙いがあった。

 

「早期に賊軍との決着を付け、辺境の防衛体制を再構築せねばならぬ。そのためには何らかの手段を講じねばならぬ」

 ラインハルトはそう断じ、メルカッツ軍務尚書への面談を設定するように命じた。

 

「……それにしてもフレーゲルとヒルデスハイムが思いとどまったのは意外なことだ。動きを見る限り、同盟軍とアムリッツァ方面軍の戦闘中に星系外縁から無差別砲撃を行う意図があったとしか思えないが」

 ラインハルトは改めてアムリッツァ星域会戦の戦闘詳報をめくり、呟いた。

「内容の解読には至っておりませんが、ブラウンシュバイク公爵ならびにリッテンハイム侯爵がアムリッツァ方面とのFTL通信を行っております」

「ふん、奴らにも『賊軍』貴族の当主たちが帝都オーディンにあるうちには事を起こしては不味いと考える程度の頭脳はあるのだな」

 ラインハルトは冷笑を浮かべた。

 

 

 

「……よって、ローエングラム侯は我らとの早期決戦を望むでありましょう。同盟を僭称する叛徒どもが再び来襲する前に事を進めるものと思われます。宰相が繰り返している挑発行為はつまるところ、貴族の方々の領地を召し上げることに目的があります」

 ほぼ同時刻、ブラウンシュバイク公爵の帝都別邸でアンスバッハ准将がそう進言し、シュトライトなる人物もこれにうなずいた。

 

「我らが皇帝陛下より委任され領民たちに善政を施している領地に対し、こともあろうに帝国宰相たるものが盗賊のごとく目をつけておるわけだ。しかも我々の軍勢が叛徒を撃退できないものと決めて掛かっておる」

 進言を受けたブラウンシュバイク公は公の主観でそれに応じた。そして続けた。

「念のために尋ねるが、我が方についた装甲擲弾兵を用いて先手を打つわけには行かぬか?」

 公爵は帝都で市街戦を行う可能性を示した。この発言にブラウンシュバイク公の家臣たちの幾人かは青褪めたが、公はそれに気づかなかった。

 

「残念ながら一撃急襲により決するには地上戦力が不足し、大規模な市街戦になると思われます。そして公爵閣下と同志の方々は帝国と帝室への真の忠誠によって義挙をなされる立場でございます」

 アンスバッハは主人の知的水準と性格に合わせた形で否定した。

 

「うむ、確かに帝都オーディンに戦火を及ぼしてはならぬな。ではアンスバッハ、ワシと同志の方々すべてが速やかに帝都を脱出する手配を頼む」

 一応は口にしたものの、ブラウンシュバイク公としては帝都オーディンでの「戦闘」は望んでいない。

 今しがた口にした手段や、過去に幾度も在オーディンの政敵を公の命令で暗殺してきたことは、公の内心では「戦闘」ではないのでなんら矛盾してはいない。

 

「ただちに」

 アンスバッハは一礼し、この件を担当するスタッフを率いて公爵の執務室を退去した。

 

「恐らくは同志の方々が帝都を脱出した後、ローエングラム侯は早期に決戦を挑んでくるでありましょう」

 シュトライトが指摘するとブラウンシュバイクは大きくうなずいた。

「まさにそれこそ望むところである。我が軍は金髪の孺子の倍の大軍、一戦して打ち破ってみせるわ!……と、言いたいところだがファーレンハイトめに任せねばならぬ。ところでファーレンハイトはいま何をしておるのだ?」

 ブラウンシュバイクの問いにシュトライトは即答した。

 

「同志の方々の領地軍を視察に回っております。確か、今日はリッテンハイム侯爵領地で演習視察をなされていたかと」

「ふむ。では回線を繋げ」

「ファーレンハイト閣下は視察中の多忙な身と……」

「盟主たるこのワシが、副盟主の領地軍がどの程度のものか把握すると言っておるのだ」

 シュトライトの諫言はなんら通じなかった。

 

 ファーレンハイトは視察に用いている高速巡航艦の司令官室に腰を落ち着け、アムリッツァ星域会戦の戦闘詳報に目を通したところだった。

「とりあえず同盟軍がローエングラム候の戦略を壊してくれた。感謝するつもりは全くないが、しかし好機が生じた。この状況にあっては、ローエングラム候は貴族軍にヒビが入り四散する前に決戦を挑むしかない。これを迎え撃つに……」

 呼び出し音と共にヴィジホンの画面が遷移した。

 落ち着いて考えたい今は、あまり話したくない相手だった。

 

「リッテンハイム侯爵の軍はどうか?」

 挨拶もそこそこにブラウンシュバイク公爵は切り出した。なんと答えればよいのかはその表情が語っていたので、ファーレンハイトは公の望みどおりに答えた。

「公爵閣下の軍にはほんのわずかに劣りますが、あと数回の演習で同等に仕上がりましょう」

 ファーレンハイトはもっとも重要な点、すなわちローエングラム侯の軍勢と比較してどうなのかを省略して答えた。

「うむ。……ときに、アムリッツァで金髪の孺子の手下めが散々に打ち破られ、帝国臣民を叛徒どもに誘拐される醜態をさらしたが卿はどう考える」

 もし迎え撃ったのがフレーゲルとヒルデスハイムの軍勢であったら文字通り全滅し、かつ同盟軍の損害は僅少であったろう。

 と率直に評価することは避け、ファーレンハイトは修辞を用いた。

「いまや帝国辺境を守るはヒルデスハイム伯爵と、閣下の甥フレーゲル男爵の軍勢のみ。叛徒が今回のような企てを行った場合、相応の損害を覚悟せねばなりません」

 この言葉にブラウンシュバイク公爵は表情を変えた。

「ヒルデスハイムめはともかく、ヨアヒム(ヨアヒム・フォン・フレーゲル。フレーゲル男爵)が叛徒ごときに遅れを取るとでも言うのか?」

 このような場合、ブラウンシュバイク公爵の家臣であれば這い蹲って主人に詫びるところである。もちろんファーレンハイトはそんなことはしなかった。

「勝てぬとは申しません。しかし叛徒の次の侵略がより大軍である場合を考えねばなりませんし、また戦は常に運に左右されるものです」

 運や兵力規模を論じる以前に指揮官の資質や知性に問題があり、本来なら一刻も早く更迭して帝国辺境の守りを固めるべきである。とはファーレンハイトは口にしない。

「……それは、そうであるな。であるからこそ、我々は正義と大義を手にしたうえで金髪の孺子に倍する大軍を結集せんとしておるのだ」

 ブラウンシュバイク公爵は全くの暗愚ではない。この場合は「戦争に勝つには正義だけでなく兵力も要る」と理解している。

 

「さようで。またフレーゲル男爵、ヒルデスハイム伯爵がアムリッツァ星域会戦への参戦を見送り、その軍勢を無傷に保ってくださったことは賢明な判断でありました」

 ファーレンハイトは重要な事実を省いた。

「うむ……」

 ブラウンシュバイク公爵は珍しく言葉を濁した。

 ローエングラム侯ラインハルトが戦闘詳報から見抜いたとおり、フレーゲルとヒルデスハイムは援軍と称してアムリッツァ方面軍を背後から撃とうと考え、実行に移しかけたのだ。

 

「同盟を僭称する叛徒の軍とアムリッツァ方面軍が戦闘に入るのに合わせて広く包囲体制を形成し、傷ついた両軍を無差別に撃つ。神聖なる帝国領土を侵さんとする叛徒の魔手を断つためであるから、多少の『誤射』はやむを得ない」

 そう主張したフレーゲルとヒルデスハイムが実施を思いとどまった理由は単純である。

「ワシがまだ帝都にある状況で事を起こすでない」(大意)とブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯が重ねて通信を送ったためである。

 ファーレンハイトが先日から繰り返して「帝国辺境の守りの重要性、ヒルデスハイム軍とフレーゲル軍を無傷に保つことの必要性」を説く通信文を送ったことは、たぶん影響していないだろう。

 

 さて、ブラウンシュバイク公爵が言葉に詰まっているところでファーレンハイトは本題に移ることにした。

「まず現状を述べればローエングラム侯はその手勢12個艦隊のうち4個を喪失し、貴族の方々の領地を脅かすことが出来なくなりました」

 同時に同盟軍から帝国を守ることは当面は出来なくなった、と言う部分は省略した。ブラウンシュバイク公にそれを説明しようとは思わないし、また背後に控えているシュトライトには説明せずとも通じるであろう。

 

「うむ。軽く祝杯を挙げたところじゃ。ヨアヒムに預けた軍勢とヒルデスハイムめの軍勢があれば辺境の守りは安泰。すなわち帝国の守りは安泰であり、また我が正義派諸侯軍の後背も安泰と言うもの」

 ローエングラム候ラインハルトなどが聞けば冷笑すること確実なブラウンシュバイク公の言葉であったが、ファーレンハイトは表情を動かさないように務めそれに成功した。

 

「従って、ローエングラム候あるいはリヒテンラーデ公は早期の決着を図るべく、別の構想により対決を図るでありましょう」

 ファーレンハイトは内戦の敵手について述べた。

 

「流石に卿の目は鋭い。リッテンハイム領にありながら帝都の情勢を見通すもののようだな。まさにその通り、であるからアンスバッハに命じて帝都脱出準備を整えておる」

 ブラウンシュバイク公もその「手駒」に対して世辞のひとつくらいは口にするのだった。いずれ切り捨てるのであるから言葉で済むなら安いものである。

 

「素早い手配に敬服いたします。私としてはローエングラム侯との艦隊戦に、最小限の損害で打ち勝つ策に専念できます」

 大嘘である。ファーレンハイトには他にも考えねばならぬことが複数ある。

「いかにも、最小限の損害で勝たねばならぬ。国政を壟断する奸臣を排除した後には直ちに我らの武力を持って国政の正常化を図らねばならぬのだからな」

 ブラウンシュバイク公の言う「国政の正常化」にはリッテンハイム侯の排除も含まれることは自明だが、ファーレンハイトはそれは口に出さなかった。

 なにしろファーレンハイトが座乗している高速巡航艦は、現在リッテンハイム侯爵領の主惑星を巡る軌道上にあるのだ。周囲にはリッテンハイム侯爵軍の艦艇がある。

 また、ファーレンハイト自身はどの段階まで付き合うかをまだ決めていない。

 

「して卿に尋ねるが、その『最小限の損害で金髪の孺子の軍を打ち破る』策はすでにあるのか?」

「幾通りかございます。詳細は合流後、シュターデン参謀長と詰めたいところです」

「ならば結構。……が、出来れば我が家の手勢に軍功のあるように出来ぬものか」

 公爵の言葉にファーレンハイトは意図して眉を傾けて見せた。

「あくまでも私は同志の一人、正義派諸侯軍の軍事指揮官に過ぎません。特定の家の方々に軍功を独占させることも、またその逆もいたしかねます」

「そうであったそうであった。そう怒るでない、我らが同志。ただ、リッテンハイムめが厚かましくも軍功の独占を要求した場合には断固断ってほしい」

 公爵の表情は言葉を裏切っていた。

「私は一軍人として今後の作戦の成功に全力を尽くすのみ。ローエングラム候を撃ち破るためには実力ある部隊を重用いたします」

 ファーレンハイトの言葉にブラウンシュバイク公爵は大いに満足そうに頷いた。

 公の心中では「正義派諸侯軍」においてもっとも実力ある部隊とは公の私兵なのだろう。

 ファーレンハイトは聞いてみるつもりにもならなかった。

 

「うむ、我らは奸臣を撃つために立つのだ。実力あるものを重用し金髪の孺子を打ち破ることに専念してくれればそれで良い。では引き続き視察を頼む。ガイエスブルグで会おうぞ」

 ヴィジホンの画面が灰色に転じた。

 ブラウンシュバイク公爵の脳裏では自らとその軍勢が『金髪の孺子』ことローエングラム侯の軍勢を打ち破る未来図が描かれているに違いなかった。

 

 ファーレンハイトは再び作戦構想の構築に掛かった。

 ブラウンシュバイク軍もリッテンハイム軍も、将兵の質的には全く話にならない。否、艦を実際に動かす平民兵士たちの技量はそう低くはない。問題は指揮を行う将校の質、各艦、各戦隊、各分艦隊の首脳部の質である。

 艦隊司令部の質については論じる水準にない。艦隊単位での行動は全く望みえない。

 しかし、ローエングラム侯の軍勢に対して倍と言う数は意味を持つ。

 ハードウェアにおいて劣るわけでもない。

 従って……。

 

 

「メルカッツ閣下も同じ意見だが、ファーレンハイトが取りそうな戦術は数の優位を生かすこと。たとえば無秩序で良いから一斉に殺到させることだ」

 遠くオーディンにあってラインハルトは『賊軍』との決戦について見解を示した。

「賊軍には連携をとり包囲網を形成して我々を圧殺する能力は無いと考えられますが」

 オーベルシュタインがごく常識的に応じた。

「ファーレンハイトもそれは承知だろう。倍の戦力があるなら、本来なら連携のとれた包囲網の形成など必要ないのだからな。数的優位を生かす方法はいくつもある。それに対処する方法もまたいくつかある。この件についてはメルカッツ閣下に戦訓の提供を含めてお願いしたところだ。卿には別件を担当させたい」

 ラインハルトはオーベルシュタインの戦術家としての能力をあまり評価していない。

 賊軍との戦闘に際して取るべき手段については彼ラインハルトの脳内にもいくつも浮かぶのだが、より経験の深い人物を頼ることもそのひとつである。

 数的に優勢、質的に劣勢の軍隊を率いて敵軍と戦ってきた経験が最も豊富な現役軍人と言えばこの時点の銀河帝国においてはメルカッツ軍務尚書兼統帥本部総長に勝る人物はない。

 

「同盟が次に事を起こすとすればそれはいつごろになるか、またどの程度の兵力となるか。これを分析せねばならない。それが、我々が賊軍の相手をしていられるタイムリミットだからだ」

 ラインハルトは淡々と説明し、そして付け加えた。

「合わせて、同盟による再度の侵攻そのものを防ぐか遅らせる手段についても検討せよ。同様の分析は統帥本部でも実施中であり、分析結果は統合されて宰相府に上がる」

 ラインハルトは同盟対策を元帥府参謀長に諮ることとし、分析に充てるスタッフの割り当て、勤務体制を含む各種の手配を命じた。

 併せて自らの腹案も述べる。凡庸な参謀長であれば司令長官の意に阿って「ローエングラム案」に欠点があっても推してしまうところだが、オーベルシュタインにはその心配はない。

 このように長期的かつ本質的、公正な分析と計画こそがオーベルシュタインの本領であるとラインハルトは認識している。

 もっとも数週間後、そのオーベルシュタインが「今回の同盟の軍事行動は条件反射的に行われたものである。今後の予測には『条件』のみを見ねばならない」と報告したときにはラインハルトはオーベルシュタインの政治と軍事双方の分析能力にいささか疑念を持つことになるが、それは後の話である。

 

 さて、どんなときでも人間は休まねばならぬ。

 もちろん宇宙艦隊司令部を兼ねるラインハルトの元帥府は24時間稼動の役所だが、主要スタッフは夜には休む。元帥府参謀長が起案したこのルールには元帥府の長たるラインハルトがサインしているので率先して勤務サイクルを守らねばならない。

 夜勤スタッフに申し継ぎを行い退勤する。

 

 姉アンネローゼと二人暮らししているシュワルツェンの館、二人の位階に似合わない質素な自宅へラインハルトが帰りつくと、彼の唯一の肉親が出迎えてくれた。

 ラインハルトは軍服から着替えて居間のテーブルに着いた。

 ほどなくして、静かにハンカチが差し出された。

 意味が判らず、ラインハルトは顔を上げた。

 そしてラインハルトは自分がうつむいていたこと、そして頬を伝って涙が流れていることにきづいた。

「姉上……私は、いつから泣いていました?」

 ハンカチを受け取り、ラインハルトは姉に尋ねた。

「着替えてからずっと」

 ラインハルトは時計を確かめ、自分がどれほど放心していたのか理解した。

 

 この日も、また翌日以降もローエングラム元帥は落ち着いて軍務に精励していたことには多くの証言が残る。

 またアムリッツァ方面軍の膨大な戦死者と遺族に対する行政措置においても、彼の親友とその遺族に対して特別扱いしなかったことは物証も残されている。

 

 帝国軍の艦船が搭載している緊急脱出ポッドの保命日数が過ぎ、アムリッツァ方面軍の戦死者が公式に「戦闘中行方不明」から「戦死者」となったのは会戦から3週間後のことである。

 帝都オーディンでも、また各々の将兵の出身惑星でも葬儀が行われた。

 

 ジークフリード・キルヒアイス大将(元帥号の没後贈与が検討されている)の墓は帝都オーディンの国立墓地の片隅に設けられた。他の戦死者たちの墓碑となんら変わりはなく、強いて違いを挙げるとするならば墓碑銘を記した人物の立場であろうか。

 

 その墓碑が設置されたとき、その墓碑銘を起案した人物は参列しなかった。

 あまりにも多忙であったためである。

 

 

 




帝国軍人から見て同盟政府の行動はどの程度理解できるのか?
と言う話を少し入れてみました。

伏線と言うほど大したものではありません。

アムリッツァ星域会戦でのフレーゲル、ヒルデスハイムの行動は今回描いたような事情によるものです。

戦闘詳報をテキスト描写できればよかったのですが、技量が追いつきませんでした。読者諸姉諸兄にはお詫び申し上げます。

追記:フレーゲル男爵ファンの方、ヒルデスハイム伯爵ファンの方、申し訳ありません。悪いのは本作の作者です。
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